突進の勢いを殺さず愛刀の切っ先を抉りこみ、敵のフィールドに穴を穿つ。
自らのフィールドと大推力に物をいわせて弱まった敵フィールドを力尽くでぶち破り、丸裸になった敵艦に手にした刃を全力で横殴りに打ち込む!
「必殺!斬艦刀一文字斬り!!」
機動戦艦ナデシコ
猛き軍神の星で
第一章
その刃渡り60mを越える巨大な剣を振り抜いた背後で、二つに両断された無人戦艦が爆沈していく。
それを確かめもせずに、陣形を正面から突破されて混乱する敵部隊になど構わず眼前のチューリップを次の標的に定めると、後に木連優人部隊に『天魔』と呼ばれ、憎悪と畏怖の対象として怖れられる事になる男は再び突進を開始した。
「我が斬艦刀に、断てぬ物無し!!」
――――アガルタシティ守備部隊基地 第零格納庫――――
「おかえんなさ〜い。今回も派手に暴れたみたいねえ〜〜」
チューリップ一基、その護衛の戦艦一隻に駆逐艦三隻を沈めて基地に帰還した火星軍少佐、ゼンガー・ゾンボルトを出迎えたのは、そんな軽い調子の声だった。
「派手にやって連中の注意を自分に引き付けなくては目的は達成されません。『あれ』の改装が終わるのはもう間近。決して敵に悟られる訳にはいきませんから」
「固いわねえ。ちょっとは調子に乗るなり照れるなりしてもばちは当たんないわよ?」
軽口を真面目に返されて、声をかけてきた女性は不満そうに口を尖らせる。
「これが俺の務めです。それより博士、こいつの修理をお願いします。ディストーションフィールドを装備したといっても艦砲は馬鹿になりません。二発ほど受けてしまいました」
「はいはい、了解。…………それにしてもまあ、マオ社も馬鹿げたもの造ってくれたもんよね〜〜〜」
そう言うとその女性は、目の前にそびえ立つ黒い巨人を見上げた。
「……何図々しいこと言ってるのかしら、あの人」
非番でたまたま格納庫に見物に来ていた基地オペレーター、リオ・メイロン伍長は呆れて小声で呟いた。
SRG−00 グルンガスト零式。
ゲシュペンストに代表されるPTと総称される人型機動兵器と並行してマオ・インダストリー火星研で開発が進められていた『Gシリーズ』と仮称される対艦機動兵器のプロトタイプである。
が、それは誰が見ても開発担当者やゴーサインを出した社の上層部の正気を疑ってしまうような常識外れの物だった。
その計画を知ったある者は驚き、ある者は呆れ、ある者は失笑した。
それというのもそれは、身長50,3mの巨大ロボットに全長82mの巨大な段平を振り回させるというTVアニメに出てくるようなスーパーロボット開発計画にほかならなかったのだ。
まともに動く筈が無いという周囲の予想を裏切らず、その開発は困難を極めた。
対艦兵器である以上宇宙で使えなくては意味が無いが、宇宙という無重力の空間で剣を振り回すという事は口で言うほど易しい事ではない。
軽く腕を振り上げるだけで体がその場でぐるぐる回りだすのが無重力という環境なのである。
開発が始まった段階で既にIFS技術は確立されていたが、それを差し引いてもトリムバランスの調整、操縦サポートプログラムの作成は至難であり、また何よりも大きな問題として主機の絶対的出力不足があった。
以上の様々な理由により開発は半ば頓挫しかけていたのだが、このままでは計画中断も検討されかねなかったところに今大戦が勃発。
戦力になるなら丸木舟でも欲しい火星軍にとって対艦機動兵器というものは非常に魅力的であり、本社に無断でのネルガル火星研の技術提供やスタッフの協力を得られたこともあり計画は一気に進展することになる。
そんな中でも出力不足だけはなかなか解決できないネックだったのだが、ネルガル火星研のある技術者の、擱座した巡洋艦二隻のエンジンを改造して両肩に装備するという乱暴極まるアイデアが戦時下という異常な状況下で何を血迷ったか採用されてしまい、結果として戦艦をも一刀両断にするパワーや単独での大気圏離脱も可能とする大推力だけでなく、強力な内蔵火器の稼動やディストーションフィールドの展開まで可能になり、よくわからない勢いのままこの黒い破壊神が誕生「してしまった」のであった。
つまり、こんな『馬鹿げたもの』を実用化させた直接の下手人は、厚かましくも零式の前で呆れた様子を隠そうともしない今年二十四歳のネルガルの技術者なのだ。
それを承知しているだけに、リオの隣りで二人のやりとりを眺めていたマオ社技術スタッフ見習、リョウト ヒカワも苦笑するしかない。
「ま、任せておいて。次の出撃までにはぴかぴかに仕上げておくから」
「頼みます」
頭を下げてくるゼンガーに右手をひらひらと振ってみせながら、イネス・フレサンジュ博士と並ぶネルガル火星研の主要メンバーの一人であるその女性は、損傷具合の確認を終えて整備員を呼び集めるのだった。
――――火星 ホウライシティ守備隊基地 通信室――――
「それで、またブリットが倒れちゃいましたの……」
『まあ。ふふふ……』
ほんの一年にも満たない親子関係だというのに、この少女は母親との週に一度の通信の間中本当に嬉しそうな顔をする。
できればこの笑顔をずっと眺めていたいと思いながらも、時間なのでやめさせなくてはならない自分の立場が少々恨めしい。
そんな事を考えながら、レフィーナ・エンフィールド少佐は通信画面に向かっている蒼みがかった銀髪に金色の瞳の十歳ほどの少女に声をかけた。
「フィーちゃん、ごめんなさいね。そろそろ時間なの」
「えっ…………?」
それを聞いて悲しげに見上げてくる少女の瞳に思わず挫けてしまいそうになるが、ぐっと堪える。
「ネート博士。申し訳ありませんがそろそろ時間ですので……」
『もう、ですか?この子と話していると本当に早いですね』
そう言って、ソフィア・ネート博士はモニターの向こう側で少し残念そうな顔で苦笑した。
「ごめんね。……あと二週間ほどの辛抱だから」
食堂に向かう廊下を歩きながら、レフィーナは並んで歩く少女、アルフィミィ・ネートに話しかけた。
「はい……。楽しみですの……」
そう言うアルフィミィの笑顔を見てまたやりきれない思いがつのるレフィーナ。
(生き残る為とはいえ……、こんな小さな子を戦場に駆り出して、私たちは何をやっているの……?)
一年前、非合法の地下研究所からこのマシンチャイルドの少女を保護したのは、あの会戦後の退却戦の最中の全くの偶然だった。
たまたま近くを通りがかった輸送艦のセンサーが生体反応を拾い、敵が迫るなか大慌てで出した救出チームが研究施設に取り残された実験体の少女を発見したのだ。
万一軍に見付かった時、少女を連れていては言い逃れもきかないと判断して置き去りにしていったのだろう。
施設の調査をしている暇など無かったため、どこの所属の研究所だったのかはわからない。
だが、少女の面倒は見なくてはならず、戦時下において極めて多忙な身ではあるがナノマシンの専門家であり、本人が名乗り出た事もあり火星におけるナノマシン工学と人工知能開発の第一人者、ソフィア・ネート博士に引き取られたのである。
人格者としても知られる博士と少女との本当の親子のような仲睦まじい関係は、自分達軍人が『何の為』に戦うのかを改めて思い出させてくれる、レフィーナの心の中の大切な宝物だった。
だが、火星のジリ貧の戦況はこの親子を放って置いてはくれなかった。
アルフィミィの傑出したオペレート能力は『あれ』に積まれるコンピューター『メイガス』の制御の為に必要不可欠であり、レフィーナやソフィアの抵抗も空しく、何より本人がそれを望んだ事もあり、少女がメインオペレーターとして『あれ』に乗り込むことは既に決定している。
アルフィミィに笑顔を見せながらも内心では慙愧の念で押し潰されそうになっていたレフィーナだったが、脇から声をかけられて我に返った。
「レフィーナ少佐にフィーちゃん?……ああ、そういえば今日はソフィア博士との通信の日でしたね」
「あ、クスハ……」
話し掛けてきたのは看護兵のクスハ・ミズハ一等兵だった。先程ぶっ倒れたパイロットのブルックリン・ラックフィールド曹長を医務室に運んだ帰りだろう。
屈みこんで視線を合わせてアルフィミィに笑いかけるクスハ。
「フィーちゃん、お母さんは元気だった?」
「はい。あと二週間くらいだそうですの……」
「そう。私にも配属命令が出てるから、向こうでも一緒ね」
「ほんと……ですの?」
ぱっと表情が明るくなるアルフィミィ。この元医学生の少女や第一小隊長のキョウスケ・ナンブ少尉には特に懐いているから喜びもひとしおだろう。
嬉しげにクスハの手を握って並んで食堂に向かうアルフィミィの後姿を眺めながら、レフィーナは罪悪感は一時忘れようと心に決めた。
自分の苦悩など、所詮は感傷に過ぎない。どんなに心苦しく思ってもあの母子が『あれ』に乗って前線に出る事に変わりは無いし、蜥蜴どもに敗れれば何処に居ようと命は無い事にも変わりは無いのだ。
(博士、フィーちゃん、……今は、あなた達の力を借りるしかありません。その代わり、あなた達の身は私が、私達が、必ず守りますから…………)
決して、それが贖罪になるとは思わなかったが…………。
「でもどうしてみんな倒れちゃうのかな?栄養あるのに……」
「そうなんですの?」
「ええ。……そうだ!フィーちゃんにも作ってあげようか?」
「ちょ、ちょっと、クスハさん!駄目〜〜〜〜!!」
――――地球 サセボシティ軍港 第三ドック――――
「いかがですか、これが我がネルガル重工が総力を上げて建造した新型戦艦、『機動戦艦ナデシコ』です!」
「…………変な形」
ホシノ ルリは隣りのプロスペクターと名乗る人物の言葉を適当に聞き流しながら艦内を見て回っていた。
自分が担当する事になるオモイカネというコンピューターの事は確かに気にはなっていたが、後で艦内で迷子になっても困るし、
(どうせ早いか遅いかの違いだけですし)
なら慌てても意味がない。そんな事を醒めた頭で考えているうちに、開けた場所に出てきた。
「ここが格納庫です。艦載機の整備や補修を行う機動戦艦としての重要な部分ですな」
そう言われてなんとなくあたりを見回してみて、気付いた事を軽く口に出してみた。
「……艦載機、ゲシュペンストじゃないんですね」
「ええ。あれこそが我がネルガルの開発した新世代の機動兵器、『エステバリス』です」
プロスはその問いに我が意を得たりと大きく頷くと早速説明を始める。
「内部動力を廃する事により大幅な機体の小型化に成功しました。外部動力によってディストーションフィールドの常時展開が可能であり、運動性能も格段に向上しております。またコクピットブロックと陸戦、空戦、重機動戦、0G戦などの各種フレームを組み合わせることによりあらゆる戦況に対応が可能。まさにあれこそが太陽系の救世主となり得る機動兵器でしょうな」
その立て板に水の勢いで続くセールストークにルリは内心うんざりしていたが、ちょっとした気まぐれで少し気になった事を聞いてみることにした。
「外部動力、ですか?」
「はい。背中の受信アンテナでナデシコからの重力波ビームを電力に変換する事で半永久的に稼動が可能です」
「ならビームの届かない場所では?」
「内蔵バッテリーで十分ほどは動けますな」
その答えを聞いてルリは軽く溜息をついた。
「……使えませんね」
「な、何ですと?」
「たった十分しか動けないんじゃ常に母艦の重力波ビームが届く範囲にいなきゃとても安心して戦えないでしょう。そんなんじゃ空母艦載機としては失格じゃないですか」
「そ、それは、どういう……?」
再びうんざりした溜息をつくと仕方無しに説明するルリ。
「わざわざ敵の攻撃可能域にまで母艦を持っていかなきゃまともに戦えないどころか、母艦を沈められたら所属機の全てが撃墜同然になる艦載機なんて正気の沙汰じゃないでしょう。まともな使い道なんて基地防空とか艦隊直援くらいですか。……こんなんでゲシュペンストに勝てると本気で思ってます?」
「………………………………」
情け容赦の無い指摘に返す言葉も無く硬直するプロスペクターを尻目に、もうどうでもいいからブリッジに行こうと思い、ルリはコミュニケから案内図を呼び出して歩き出した。
「ほーんと、みんなばかばっか」
続く
後書き
祝、投稿二十作品突破〜〜〜〜〜〜〜〜!!どんどんどんぱふぱふぱふ〜〜〜♪
「いきなり何の騒ぎですか!」
数えてみたら前回で投稿当初からの目標の二十作越えてたんだ。……あの頃は勲章システムなんかもあって励みになったもんだったが、今じゃとても無理だろうなあ。……我ながら長くかかったもんだ。
「メイン連載はろくに更新しませんしね!」
電波の流れに逆らっても疲れるだけでいい事なんて何も無いもんだよ?
「お預け喰らうこっちの身にもなってください!!」
すまん。善処する。
「口先だけでなく行動で示してください」
こればっかりは本人にもどうにもならん所があるからな。まあ心を広く持てや。
「…………ふう。ところで、エステの事ずいぶんこきおろしてましたね?」
本来空母ってのはスタンドオフ攻撃の為のものなんだしな。いくらディストーションフィールドで防御力が飛躍的に向上したっていっても安全域に置いておけるならそれが一番だろが。殴られないように殴るのがケンカの基本だよ?なに、攻撃のゲシュと防空のエステで分担はきくさ。
「そうですね。……でもゲシュペンストがこれだけ活躍しちゃうと戦後のステルンクーゲルの出番あります?」
……スタンドアローンで活動できるのとレールガンくらいしかとりえが無いらしいからなあ。……どうしよ?
代理人の感想
ん〜、エステの欠点についてはその通りなんですが、別にナデシコは「空母」ではないのもまた確かだったり。
TV等を見てる限りでは基本的にエステとナデシコで一つの戦闘ユニットであって、
その点ではゲシュペンストとエステバリスは別カテゴリの兵器として捉えるべきではないかと思うんですがどうでしょうか。
それに、条件が互角ならエステバリスの方が圧勝っぽいし。
(DF装備及び体格差による機動性の圧倒的な差がありますので)