―――西暦2194年 太陽系小惑星帯外縁宙域―――

 

 

 

 

 

 

「本艦の被害状況を報告せよ!」

「第四から第九ブロック、第二艦橋大破。第一、第二主砲、共に使用できません」

「ジガンスクードは!?」

「正体不明機に包囲されて身動きが取れません」

「ぬうっ……!」

「艦長、彼我戦力差が大きすぎます。ここは撤退すべきでしょうな」

「おのれ……!手も足も出んとは、このことか!」

「虫に似たあの物体は明らかに我々より高度な技術で作られています」

「ならば、異星人……!?」

「それはまだ決め付けるには早いでしょう。ですが、多勢に無勢……。さらに、敵機の大きさと数から考えて、母艦、あるいは機動要塞が近くにいるのかも知れません。……このままでは非常に危険です」

「うぬっ……!ようやく人類が外惑星宙域へ足を踏み出したというのに……!」

「お気持ちはわかります。ですが、ここは撤退を。これ以上、ヒリュウに損害を受ければ……、地球どころか、火星へ戻る事も不可能になりますぞ?」

「……やむをえん!ジガンスクードを回収し、最大戦速でこの宙域から離脱する!」

(この屈辱……、忘れんぞ!!)

 

 

 

 


機動戦艦ナデシコ

 

猛き軍神の星で

 

第四章


 

 

 

 

―――西暦2197年 火星近傍宙域 機動戦艦ナデシコ 艦橋―――

 

 

 

 

「むう、思ったより赤くないな」

メインスクリーンに映った火星の拡大映像を眺めて、ゴートは唸るような感想を漏らした。

「…………」

その声を聞いたミナトが振り返って苦笑混じりに声を掛ける。

「ちょっとミスター。いつの時代の話してるのよ?」

「なに?」

「火星は百年以上前からナノマシンの散布によるテラフォーミングによって大気の組成や地質の改良が行われています。現在の火星はかつてのような赤い星ではありません」

「そうですね〜。百年前の段階で木連の御先祖の皆さんが小さな実験区画内とはいえなんとか暮らしていけた訳ですし〜」

「………………」

「むう、そ、そうか」

続けてのルリとエルナの発言にやや赤面するゴート。

「いやいや……、それにしても、中佐が紅茶を淹れるのがこんなにお上手とは存じませんでしたな」

「あら、どうも。火星にいた頃に提督に教わったのよ。あの方の唯一の道楽だったから」

「エルナさんの焼いたこのタルトも美味しいですよね♪中佐の紅茶にも良く合いますし」

「……………………」

「そうですよね。これならお店にも出せるんじゃないですか?」

「えへへ……、そんなに誉められると照れちゃいますねえ〜」

 

「だあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

「あんたたち!!勤務中なんだから少しは真面目にやったらどうなの!!」

火星を目前に和気あいあいとお茶会をしているブリッジクルーの中で、一人苛々とストレスを溜めていたエリナの爆発にみなが目を丸くする。

「大体なんでこの女がここブリッジに居るのよ!?重要区画への出入り制限を最初に言い渡しといたはずでしょ!!」

「でも〜、ちゃんと艦長の許可は頂いてますよ〜?」

「艦長!!あなたねえ!!」

「ほえ?別にいいじゃないですか。ウリバタケさんも面白いアイデアが貰えたって喜んでましたよ?」

「なっ……、あなたまさか、格納庫への出入りまで許してるの!?」

「そうですけど?技術者さんなんだから火星までずっとお部屋にこもってたら退屈でしょうし」

「あっ、あなた、企業秘密って物をなんだと思ってるのよ!!」

「だって、どうせテスラ研の技術の方がネルガルより上じゃありませんか。今更隠す事なんて何も無いでしょう?」

しれっとした顔で言ってのけるユリカの態度に言葉を失って金魚のように口をぱくぱくさせるしかなくなったエリナの隣りで、しきりに汗を拭いながらプロスはただ天井を仰ぐのみであった。

 

 

 

 

「さて、それはそれとしてそろそろ全艦に警戒態勢を敷いたほうが良いんじゃなくて?」

「そうですね」

エリナが医務室に胃薬を貰いに行き、お茶を片付けた後でのムネタケの提案に軽く頷くユリカ。

「メグちゃん、全艦放送を……」

と彼女が言いかけたところでいきなりブリッジの扉が開き、ウリバタケを始めとする整備班やリョーコ、ヒカル、イズミのパイロット三人娘、ヤマダ ジロウといった面々が銃やら横断幕やらを手になだれ込んで来る。

「違う!!俺の名はダイゴウジ ガイだ!!」

「……お前、いきなり何言ってんだ?」

「いや、なんか無性に言いたくなって」

呆気に取られるブリッジクルーの前でウリバタケが音頭を取って皆が拳を振り上げて声をあげ、

「「「「「「「われわれはあ〜〜〜〜!ネルガルの横暴に断固抗議すズゥゥゥゥゥンるうううう〜〜〜〜!?」」」」」」」

いきなり艦を襲った激しい揺れに全員が薙ぎ倒された。

 

 

 

「なっ……、なに?なになに!?」

「戦闘です」

指揮卓にしがみ付いて辛うじて転倒を免れたユリカの当惑気味の問いにルリが答える。

「本艦の前方にて戦闘と思われる高エネルギー反応を確認。ていうか爆発光も見えてます」

ルリのその言葉どおり、メインスクリーンの拡大映像の中でミサイルの爆発とおぼしき光が現れては消えている。

「先程の衝撃は流れ弾が本艦のフィールドに接触した模様です。これまでの軽いちょっかいとは規模が違いますね」

「それは大変!メグちゃん、アキトに連絡して!パイロットの皆さんは出撃を!みなさ〜ん!!不満があるなら後でうかがいますから今は持ち場についてくださ〜い!!」

「「「「「「「うい〜〜〜〜〜っす!!」」」」」」」

 

 

 

 

『よっしゃ、いくぜえ!ゲキガンガー、ゴー!!』

『あ、てめえ!俺より先に出るんじゃねえ!!』

『う〜ん、気合い入ってるね〜♪』

『私は木……。木、アイ……』

『……なんだかなあ』

口々に勝手な事を言いながらエステバリス隊が飛び出していく。

慌ててブリッジに駈け戻ってきたエリナが肩で息をしているのには目もくれずにルリは報告した。

「識別出ました。敵無人艦隊と交戦中の所属不明機の所属は火星軍。機種不明。数は一機」

「えっ!?たった一機?でも、戦艦だけでも三隻はいるよ!?」

「そうですね。ちなみに残骸から判断して既に敵の戦艦二隻、駆逐艦三隻が破壊されてます」

「そんな馬鹿な冗談……、じゃないみたいね…………」

エリナが一笑に伏そうとしたが、ルリが無言でスクリーンに戦闘宙域の真新しい残骸をピックアップしてみせたのを見て口をつぐむ。

「外見的にはテスラ研の開発した相転移エンジン試験用大型特殊機動兵器『SRG−01 グルンガスト』に似ていますが、どうします?}

「……メグちゃん、とりあえず通信繋いで!」

 

 

 

 

 

 

 

―――戦闘宙域 グルンガスト零式 コクピット―――

 

 

「チェストオォォォォォ〜〜〜〜!!」

激しい気合いと共に振り下ろした斬艦刀で敵駆逐艦を真っ二つにした勢いのまま、一旦敵から距離を取ったゼンガーの元に通信が入る。

『こちらネルガル重工所属、機動戦艦ナデシコ。交戦中の火星軍機、応答願います!こちらナデシコ、火星軍機応答願います!』

(ナデシコ……、ようやく来たか)

敵戦艦への突入コースへ移動しながら通信を返す。

「こちら火星軍少佐、ゼンガー・ゾンボルト。これより敵戦艦の殲滅を行うので貴艦には敵機動兵器の掃討を要請する」

『そんな!?たった一機でむちゃですよ!!』

「心配無用!我が零式斬艦刀に、断てぬ物無し!!」

そう言い放ち、ゼンガ―は斬艦刀を蜻蛉に構えなおす。

 

 

 

 

 

 

―――機動戦艦ナデシコ 艦橋―――

 

 

『うっそお…………。戦艦まっぷたつ…………』

『とんでもねえな…………』

『すっげえ!!すげえよ!!おい、見たかアキト!?熱血斬りだ!!本物の熱血斬りだぜ!!』

『はあ……、何というか、姉さんが好きそうな…………』

通信でパイロットの面々の様々な感想を聞きながら、エルナは誰に言うとも無く呟いた。

「グルンガスト零式……、完成させていたんですねえ〜〜」

「……では、あれはやはり?」

「はい〜。リンちゃんのとこで開発してたグルンガストのプロトタイプ、グルンガスト零式ですね〜〜」

プロスの問いににっこり笑って答えたエルナに向かって今度はエリナが問い掛ける。

リンちゃん……?どういう事?グルンガストはテスラ研の開発じゃなかったの?」

「いえ〜?原型を作ったのはリンちゃんの会社の火星研ですよ〜?」

「……どういう事よ!?自分の会社の企業秘密他所に提供するなんて……!」

「もともと出力不足でほとんど開発が行き詰まってたんだそうで〜、ジョナサンおじ様がうちテスラ研の試作相転移エンジンのテストベッドに使わせて欲しいってお願いしたら〜、データの提供とパテントの割引を条件に快く図面まわしてくれたそうですよ〜?一機でいろんな情況のデータを取るのにうちでもずいぶんいろいろ弄りましたけど〜。開戦以来火星とはろくに連絡が取れませんでしたけど〜、こっちでも完成させてたんですね〜」

「あっ……、あんた達、最初からマオ社とグルだったのねえぇぇ!!」

「人聞きの悪い事言わないでください〜。技術提携ですよ〜」

エリナの怒鳴り声に口を尖らせて抗議するエルナ。そこにメグミがおずおずと手を挙げて質問してきた。

「あ……、あの〜〜、話が良く見えないんですけど……。リンちゃんって……?」

「リンちゃんはマオ・インダストリーの社長さんですよ〜。士官学校で同期のお友達だったんですけど〜、お父様が急に亡くなられて軍を辞めて会社を継いだんです〜」

「…………マジ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――グルンガスト零式 コクピット―――

 

 

「貴艦の援護に感謝します。火星軍少佐、ゼンガー・ゾンボルトです」

『ネルガル重工所属、機動戦艦ナデシコ艦長、ミスマル ユリカです』

こちらの敬礼に通信画面の向こうで年若い女性が答礼を返してくる。

(彼女も若いが、こちらも若いな。火星の現実に押し潰されねば良いが。……さて、一応確認しておくか)

「ネルガル所属というと、民間の運用する戦艦という事ですか?」

『その通りよ。変わり無いようで何よりね、少佐』

「ムネタケ中佐!……お久しぶりです」

画面に出てきた旧知の人物に軽く目を見開き、ゼンガーは再び敬礼した。

 

 

『地球でも最近になってようやく技術が追いついて来たけど、それが戦力として形になるのはまだ先の話よ。……せめて先触れだけでもしたくてね。オブザーバーに志願したわけ』

「……心中、お察しします」

『まあ、ちゃんと手土産も有るわよ。ねえ、ナカハラさん?』

『お久しぶりです、隊長〜。ゲシュペンストMk−UタイプFの図面、その他諸々。ばっちり持って来ましたよ〜♪M型とは別物に見えるくらい性能上がってますから〜、楽しみにしててくださいね〜。旧パーツの六割は流用できますから〜、火星でもラインの切り替えには一月もあればいけると思います〜』

『なんですってえええええ!!』

『エ、エリナさん!!落ち着いてください!!』

『これが落ち着いていられるもんですか!!あんた達、地球だけじゃ飽き足らず火星の市場まで横取りする気!?』

『馬鹿な事言ってんじゃないわよ。火星にはエステバリスの生産ラインなんか無いのよ?全くの新機種の採用なんてバクチ打てるような状況かどうかくらい考えてから物言いなさいな』

『あんたね!?あんたがバラしたのね!?こいつらにナデシコの火星行きバラしたのあんたねえ!?』

『ご挨拶ねえ。あたしは軍人なんだから上には報告の義務があるの。その報告を上がどこに流そうととあたしに止められる訳無いでしょう』

『きいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!』

『エリナさん!!穏便に!穏便に!!……ゴート君、何やってるんですか!手伝いなさい!』

『りょ、了解しました!』

「……………………」

(どうも、よくよく騒がしい奴らと縁があるらしい……)

 

 

 

 

―――機動戦艦ナデシコ 艦橋―――

 

 

 

「あの……、隊長?伺いたい事があるんですけど〜」

通信相手など放ったらかしで乱闘を止めるのに必死になっているオーナー側の人々の目を盗むように通信画面のフレームに入り込むと、エルナはやや緊張した面持ちで軍人時代のかつての上司に問い掛けた。

『……何だ?』

「その……、グレイの事なんですけど〜」

『ランフォードか?今はエル・ドラドシティの守備隊にいる筈だが、それがどうかしたか?』

「あ……、無事、なんですね?」

『そうだが?』

「いえ〜。無事なら、いいんです〜。無事、なら…………」

ほっとした顔で目に見えて緊張を解くエルナの様子に訝しげに眉を寄せるゼンガ―。それを見てブリッジ下段で顔を寄せてひそひそ話を始めるメグミとミナト。

「あの様子じゃ全然わかってないわね」

「いかにも硬派!って感じですもんね〜。誰かに好意寄せられても気付かないどころか自分自身の気持ちにすら気付かないでせっかくのチャンス棒に振りそうなタイプですね」

「きついわね、メグちゃん」

「え〜、だって想像できます?あの人が女の人と腕組んで歩いてるとこなんて?」

「……それはね」

ミナトが苦笑したところにユリカもコンソールの前に立って話に割り込んできた。

「そこいくと私とアキトなんて!」

「……艦長?上にいなくていいの?」

「だってエリナさんうるさいんですもん〜」

「そんな事より……、艦長?さっき言った事ってどういう意味ですか?」

「ほえ?私とアキトはいっつもラブラブ、って意味だけど?」

「事実を捻じ曲げないで下さい!アキトさんは私とラブラブなんです!」

「メグちゃんこそ何言ってるの!アキトは私の王子様なの!!」

 

 

ここは敵地の真っ只中と言ってもいいというのに、背後だけでなくすぐ頭の上でも始まった口論にうんざりした溜息をつくと、ルリは呟いた。

 

「ふう……。ほんとにばかばっか」

 

 

 

 

                                                                          続く


メカニックfile NO.1

RPT−007 ゲシュペンストMk−U

マオ・インダストリーの開発したパーソナルトルーパーと呼ばれる人型機動兵器の内で、最も知られるものはこの機体であろう。

蜥蜴戦争開戦直前に火星地上軍にて制式採用され、第一次火星会戦にも少数が参加。

駐留艦隊がただ打ちのめされるのみであった中で唯一木連無人艦隊に対抗できる戦力であったが、衆寡敵せずその半数が破壊される。

だがその戦果は地球でも大きく評価され、火星にやや遅れて地球軍でも正式に採用。

初期量産型のM型、アポジモーターの増設によって運動性を強化した007M−A1型、バッタのディストーションフィールドジェネレーターのコピーを二基搭載したA2型、一般には後期量産型と呼ばれるF型など、大戦中だけでも多くの派生型が誕生している。

また火星戦線においては各地でパイロットや情況に合わせた様々な改造が施され、それらも全て数に含めるととんでもない数のバリエーションが存在する事になり、世のマニアやモデラーに悲鳴をあげさせている。

その巨体ゆえのコスト高、エステバリスに劣る整備性などの欠点も併せ持ってはいたが、大戦の勃発から終結まで連合軍の機動戦力の中核を勤め上げ、この機が無ければ火星は全滅していたであろうとも言われる名機であった。

武装

プラズマソード×3

ジェット・マグナム

他情況に合わせM950マシンガン、M13ショットガン、メガ・ビームライフル、コールドメタルナイフ等多くの武器を使い分ける

 


後書き

 

火星到着。やっぱりエリナは暴れます。

ムネタケを最初からまともな人にした分をエリナに負わせて見たらこれがもうハマるハマる。

という訳でこれからもプロスには順調に胃に穴を空けてもらいましょう(笑)

「……お話はあんまり進みませんねえ」

ちょっと間が空いたしな。今回はそれなりにとどめて置こうかと。という訳で、次回ついにあの艦が目覚めの咆哮を上げる!!

「ただし一部に大人気の『赤い楯』はもう暫く出番無し」

……テンション下がる事言うなよ……。

 

 

 

代理人の感想

むう。親分しっかりボケもこなしてますな(爆)。

それはそれとして、うすうす出るかなとは思いましたがやはりウィンも登場ですか。

ついでに爆裂正義娘も出してくれないかなぁw

 

 

>赤い盾は

何いっ!?(爆)