―――ナデシコ 艦橋―――

 

 

 

 

『火星軍所属、戦艦ヒリュウ改艦長、レフィーナ・エンフィールド中佐です』

「ネルガル重工所属、機動戦艦ナデシコ艦長、ミスマル ユリカです」

 

 

儀礼的な挨拶はすぐに終わった。

直ちに今後の行動についての話になる。

「さてと、とりあえずヒリュウと一緒にアガルタシティまで行ってもらいましょうか」

「……ふむ、そうは仰られますがナデシコはネルガルの所有物であり、ネルガルの利益を最大限追求する義務があるのですが」

ミナトに向かってまるで決定事項のように言うイネスに、プロスが探るような目つきで反論する。

「あら、あなたらしくもないわね、ミスター。このまま極冠に向かって生き延びられるなんてまさか本気で思ってるわけでもないんでしょう?」

「ちょっと!ドクター!!」

イネスの発言をとがめるようにエリナが鋭い声をあげた。

イネスを壁まで引きずっていって押し殺した声で詰問する。

「あなた達、まさか極冠遺跡の事まで話してるんじゃないでしょうね!?」

「話したわよ。当然でしょ」

「な……、なんてことを!!」

わけがわからないナデシコのブリッジクルーを置き去りに、ヒートアップするエリナの怒鳴り声などどこ吹く風といった風情で涼しい顔のイネス。

「いずれ間違い無くナデシコが来るってお偉方を納得させるだけの根拠が必要だったのよ。はるばる来てもらって何だけれど、このままじゃナデシコは正直戦力としては使い物にならないんだから」

『あの……、フレサンジュ博士?もう少し、言い方というものが』

イネス、スクリーン越しのレフィーナの制止の声を完全に無視。

「ほら、さっさとアガルタ市に向かってちょうだい。せっかく貴重な資材つぎ込んで用意したんだから、活用できなくちゃ困るのよ」

 

 


機動戦艦ナデシコ

 

猛き軍神の星で

 

第七章


 

 

 

―――木星圏 突撃優人部隊旗艦かぐらづき―――

 

 

 

「まったく!閣下は何を考えておられるのだ!あのような山崎の使い走りに大きな顔をさせておくなど優人部隊の名折れではないのか!」

「荒れているな、元一朗」 

「む?……九十九か」 

木連優人部隊少佐 月臣元一朗は、憤懣やる方無い様子で廊下を足音も高く歩いているところに横から声をかけてきた人物の姿を目に入れてやや怒気を引っ込めた。 

「また中嶋とやりあったか?あまり身内の和を乱すのは感心せんぞ」 

「あんな奴が身内なものか!!」 

昔からの家族ぐるみの付き合いの親友、白鳥九十九の忠告に怒鳴り返す元一朗。その反応は予想していたか、九十九は気を悪くした様子も見せずに苦笑した。 

「つくづく馬が合わないようだな」 

「ふん。優人部隊の中で奴と気の合う者などいるかよ」 

思えば始めて顔をあわせた時から気に食わなかった。

木連遺伝子工学の権威、山崎博士のもとでの有人跳躍の遺伝子処理研究の最終被検体、また、完成間もないジンタイプのテストパイロットも勤める草壁中将直属の大尉待遇軍属、中嶋天山。 

触れるのも初めてのはずのテツジンを見事に乗りこなし、こと機動戦闘においては優人部隊の中でも彼と対等に渡り合えるものなど五本の指に満たないというつわものなのだが、だからこそか、目に余る不遜な態度で軍内部の鼻摘まみとなっているのだ。 

つい先程もやりあって来た傲慢なニヤニヤ笑いを頭から振り払うために月臣は話題を変えた。 

「……まあ、あんな奴の事はいい。それより何か用事があるんじゃないのか? 

「ああ。それなんだが……」 

それまで困った奴だと苦笑していた白鳥の表情が途端に引き締まる。 

「例の地球製の相転移炉式戦艦討伐に出した部隊が、跳躍門ごと全滅した」 

「馬鹿な!!」 

月臣は耳を疑って思わず大声を上げた。通りすがりが何事かと振り返る。 

「絶対確実な戦力という事で五個戦隊をぶつけたんだぞ!?……まさか、また天魔が現れたのか?」 

ちなみに一個戦隊は戦艦一、駆逐艦三、虫型戦闘機二百機が基本である。 

「いや、違う」 

白鳥は静かに首を振って見せた。 

「火星の新戦力だ。跳躍門がやられる寸前に送られてきた映像から見て、三年前悪の地球人が本土を攻撃しようと送り込んできたあの艦に間違いない。……以前とは比較にならないほど強力になっているぞ」 

「あれか……」 

一瞬顔をしかめて、すぐに不敵な笑顔を見せて月臣は拳と掌を打ち合わせた。 

「嬉しそうだな、元一朗」 

その反応を予想していたか、軽く笑う白鳥。 

「まあな。それでこそ俺たちも腕の振るいがいが有るというものだ」 

 

三年前、地球が神聖なる木連本土を侵そうと送り込んできた巨艦を小惑星帯外縁にて見事撃退したことは、正義と熱血の偉大なる勝利として小学校の教科書にも載る輝かしい戦果だった。 

だが悪の地球人どもはそれにも懲りず、それどころか二度と百年前のような悪逆非道な行為の行われることが無いようにという親切心からこちらの提案してやった、地球連合を秩序を守る正義の組織にするための最低限の忠告すら図々しくも突っぱねてきたのだ。 

熱血の民たる自分たちは自ら争いを望みはしないが、悪に対しては話は別である。 

敢然と立ち上がり、開戦からこれまで火星や地球に正義の鉄槌を下してきたが、最近どうもうまくない。 

地球の人型機動兵器は急に性能が跳ね上がって近頃は跳躍門の被害もちらほら出始めているし、火星は火星で天魔に続いてこの新戦力である。 

この世の正義の執行者たる栄光の木連優人部隊の出番としてこれほどふさわしいタイミングがあるだろうか。 

 

「佐官級の者たちに招集がかかっている。恐らく今回の件についてだろう。行くぞ、元一朗」 

「おう!」 

 

 

 

 

 

 

 

―――火星 ダイダロス基地第二ドック 管制室――― 

 

 

 

「……確かに、現状のままで極冠に乗り込むなんて自殺行為ではあるけど……」 

ネルガルグループ会長秘書、エリナ キンジョウ ウォンは、ナデシコの改修作業を見下ろしながらそう呟いた。 

「浮かない顔ね」 

そう言って、イネス フレサンジュが隣に立つ。 

「誰のせいだと思ってるのよ。あなた達が遺跡のことをばらしたりしなければ……」 

「そもそもYユニットの建造は出来なかったわね」 

イネスは憎憎しげなエリナの視線を平然と受け流すと、軽く肩をすくめた。 

 

運用データ採集が急務であったので最も手っ取り早い形で組み上げられたナデシコだが、機動戦艦を名乗ってはいてもその実態は機動力のある浮遊砲台もどきに過ぎないという問題点は最初からわかっていたため、開発段階から強化案はいくつか出されていた。 

その中で実用性が高いとして採用された案は二つ。 

一つはその火力とフィールドをさらに強化して一撃必殺を期する一点豪華主義。そしてもう一つは戦艦としての総合性能を高める底上げ方式。 

前者は四番艦シャクヤクに装着される予定で現在月面支社で建造が行われているが、後者の開発は火星研の担当だったため計画段階での予定スペックくらいしかエリナは知らなかった。 

その幻の強化案が今、さらにアレンジされてナデシコに取り付けられている。 

開発コード、ダブルY。月のシングルYと対になるもう一つのヤマトユニット。 

これを装着することによりナデシコの戦闘能力はヒリュウ改にそう見劣りしないほどに高まるはずだった。 

だが、ネルガルという企業の利益にとっては、その為に払った代償は大きかった。 

 

 

 

―――四日前 ナデシコ 艦橋――― 

 

 

 

『現在火星防衛の総指揮を執っておる。連合宇宙軍中将、フクベ ジンじゃ。まずは火星へようこそと言っておこうか。……はるばる地球よりご苦労じゃったな』 

「いえ。地球連合市民として当然のことですわ」 

心にも無いことをよく言うと自分でも呆れながら、エリナはフクベの敬礼に対して会釈して見せた。 

「提督……、お久しぶりです」 

ぴしりと背筋を伸ばしてムネタケがスクリーンに向かって敬礼する。 

『……うむ。地球の様子について後でいろいろ聞かせてくれ。いろいろ、苦労をかけたようじゃな』 

「いえ。提督のご苦労に比べれば私など…………」 

目頭を潤ませながらも敬礼を崩さないムネタケに向かって一つうなずくと、フクベは早速本題に入った。 

『さて、諸君の今後のことじゃが、艦の損傷の修理、ヤマトユニットの引渡しにはナデシコが軍属として我々の指揮下に入ることが前提条件となる』 

「ふむ、そうは仰いますがナデシコはネルガルの所有物として独自に運用するということで、既に軍とは話がついているのですが」 

眼鏡を光らせてプロスが言わずもがなな反論をするが、フクベは相手にする気の無い涼しい顔で切り返してきた。 

『そのような通達はこちらには届いておらん。抗議は地球の参謀本部にしてくれたまえ。……無論、この要請を断るとしても乗組員の身の安全は我々の力の及ぶ限り保障しよう』 

「……軍の指揮下に入らなければYユニットはおろか修理も補給もする気はないと?」 

『そういう事じゃな。露骨な言い方で申し訳ないが、この火星に戦力にならない物に施しを与えるような余裕は無いのだよ』

そう言うと、スクリーンの中で椅子に座りなおして悠然と腹の上で両手を組み合わせるフクベ。 

『……とはいえナデシコが民間企業の所有物であることは確かであるし、現状のまま何処に言って何をしようが軍がそれに口出しする理由が無いことは確かじゃ。よって貴艦が火星の都市に入港する事や、そこに留まるも出て行くも自由じゃが、修理のための資材を提供することはできん。それはまず火星市民の生命、財産を守るために使われるべきものじゃからな。ましてYユニットを渡すなどもってのほかじゃ』 

その言葉にかっとなってエリナはつい声を荒らげた。 

「Yユニットはネルガルうちの開発したネルガルうちの所有物のはずです!」 

『だが作り上げるための人員も資材も我々軍が負担したものだ。それに対してネルガルはいったいどのような代価を支払ってくれるのかね?断っておくが小切手など受け付ける気は無いぞ。まず勝たなければ全くの空手形なのだからな』 

「ナデシコ無しでYユニットだけ持っていても仕方がないでしょう!」 

『都市防衛用の空中砲台としてなら十分使用に耐える』 

「くっ……」 

下唇を噛み締めるエリナ。 

こちらが火星にやってきた本来の目的を知られてしまっているうえ、ゼンガーに渡されたエルナの手土産の中に最新の地球情勢もあったはずだ。交渉の条件としては余りにも不利だった。 

こちらだけ手札の全てを晒してカードをやっているようなものだ。

火星側は強引な手段をとってまでナデシコに指揮下に入るよう強制する必要などない。 

どのみちこの状況では目的を果たす為には火星軍の力を借りて極冠から蜥蜴どもを追い払うしかないし、それが出来たとしても断念したとしてもナデシコは火星から脱出する事など出来はしない。 

ここまでやって来てすごすご逃げ出したのでは何の為に火星までやってきたのかという事になるし、一度火星軍の指揮下に入った後では首尾よく当初の目的を果たして火星を脱出したとしても、鳴り物入りで戦艦を送り込んでおきながら怖気づいて火星の人々を見捨てて逃げ出した恥知らずとしてネルガルの評判は地に堕ちるのである。 

計画当初の予定通り遺跡技術の独占状態ならばそれでも良かったろうが、同業他社に技術的に追いつかれてしまった現在ではその悪評は致命的打撃になりかねない。 

かと言ってそう簡単に行動の自由を渡すわけにもいかない。下手をすればナデシコはいいように使い回されて撃沈、遺跡は火星の手に、などという事もありえる。

そこまでは行かないとしても指揮権を振りかざしてこちらが苦労して手に入れてきた目的の物の引渡しを要求してくることは十分に考えられた。 

フクベは必死に考えを巡らせているエリナからふと視線を転じると、アキトとイツキのキスシーンについ三十分前まで錯乱状態だったがあれは悪い夢という事で自己完結したらしく、今は落ち着いた様子のユリカに目を向ける。 

『ミスマル艦長、君の意見はどうだね?』 

その問いに、ユリカはにっこり笑って答えた。 

「もちろん、喜んで指揮下に入りたいと思います」 

 

「艦長!?」「ミスマル ユリカ!!あなた!?」 

プロスやエリナが慌てるのを無視してにこやかに笑いながら言葉を続けるユリカ。 

「ただし、ナデシコは軍の所有物ではなくあくまで民間の協力者ですから理不尽な命令には拒否権を行使させていただきますね」

『ふむ、それは当然じゃな。詳しい待遇はアガルタのパストラル少将相手に詰めてもらう事になるが、構わんかね?』 

「はい。了解しました」 

「艦長!!何を勝手にそんな……!!」 

噛み付かんばかりのエリナに向かって、フクベと話していた時の笑顔とはうって変わった真面目な表情でユリカは向き直った。 

「裏でどんな目的を持って火星に来たかは存じませんけど、皮算用は程々にしましょう。ナデシコが大破している現状での作戦行動は不可能ですし、ベストの状態だったとしてもナデシコ単艦で何が出来ます?ネルガルが切羽詰まってるのはわかりますけど、現実も見てください」 

「さんせー。そもそもあたし達火星の救援に来たんでしょ?」 

ブリッジ下段からミナトが頬杖ついて手を挙げながら気楽に発言し、ジュンやメグミもエリナやプロスは何を理由に渋っているのかと疑わしそうな顔で頷いている。 

「ぐ…………」 

握り締めた拳を震わせるエリナだったが、その悔しげな様子などお構い無しにイネスが止めを刺してきた。 

「諦めなさい。木星の連中に場所を教えるわけには行かないんだから、やるときはやり直しの聞かない一発勝負。確実にいけるって状況でないなら手を出すべきじゃないわよ」 

 

 

 

―――ドック内 キャットウォーク―――

 

 

 

「艦底に相転移エンジンを一基増設!両舷に装甲兼用の側方迎撃ユニット装備!前甲板に単装プラズマショックカノン六門内装!そして何と言っても中央艦体の四分の三を使った収束/加速ブレードによるスーパーグラビティブラスト!!ヒリュウほどの火力や防御力はないが速力と運動性ではこっちが上!さらにさらに…………、うは、うは、うははははははははははははははは」 

「やっかまし〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!」 

 

ゴスッ!! 

 

「ぐはぁっ!!」 

「は、班長〜〜〜〜〜!!」 

 

「あの、ちょっと、やりすぎなんじゃ……」 

頭上で騒いでいたウリバタケにモンキースパナを投げつけてまた作業の進捗状況のチェックに戻ってしまったナツキにおずおずと声をかけるリョウト。 

それに対してナツキはうっとうしそうに手を振って見せた。 

「いいのいいの。どうせあの人作業始めてからこっちろくに寝てないんだから。そろそろ休んでもらわないと仕上げに響くわよ」 

「はあ…………」 

釈然としない顔のまま、リョウトは急ピッチで改修の進むナデシコを見上げる。 

「……それにしても」 

「何?」 

「格納庫部分やカタパルトまで作らせたのはこういう事だったのかと思って」 

「無駄になればいいとは思ってたんだけどね。予想通りの馬鹿さ加減だったわ」 

外からもわかる本体部分のこれまでとの明らかな相違点。 

格納庫部分がこれまでよりも大型化し、カタパルトも途中から甲板に機体が出てくる重力/リニア兼用方式になっていた。 

 

ナデシコは実験艦としての性格上かなりのレベルで各部がモジュール化され、換装が容易になっている。 

その構造を生かし、PTの運用が可能なように格納庫とカタパルトそのものを総とっかえしているのである。 

「いくら自社の製品だからってサイズ的にエステバリスの運用しか出来ないってのはどういうつもりだったのか。GOサイン出した責任者を膝詰めで小一時間問い詰めたいところだわ」 

「火星じゃエステバリスの部品なんか手に入らないんですからね……」 

「その火星に送り込む以上遅かれ早かれ艦載機はPTに入れ替えるしかないってのに余計な手間かけさせて。目的果たしたら火星は見捨ててトンズラする気だったのが見え見えよ。そうは行くもんですか。……あ〜、なんかまた腹立ってきた」 

ばりばりとおさまりの悪いセミロングの頭を掻き回すナツキ。 

「弟さん、今頃カチーナ中尉に絞られてるころですか。」 

「それがどうかした?」 

いまさら何言ってんだこいつと言いたげなナツキの目に、リョウトの苦笑が深くなる。 

「いえ、大変だろうなと」 

「ゼンガー少佐相手よりはましでしょ」 

 

ちなみに、ドックのメディカルルームに運び込まれたウリバタケは二時間後目覚めたが、事情を聞いたヒリュウ改乗り組みの看護兵の差し入れを飲んだ直後再び昏倒。今度は半日目覚めなかったという。 

 

 

 

―――ヒリュウ改 艦内トレーニングルーム――― 

 

 

 

『どああああああああああ!?』 

部屋にアキトの悲鳴が響く。 

「あ、またやられた」 

「これで……、二十二回目か?」 

「二十三回目……」 

「あの人遠慮とか手加減って言葉知りませんから……」 

休憩中でのんきな顔の三人娘とさすがに心配そうなイツキとの会話の横でヤマダ ジロウは男泣きに泣いていた。 

「アキト……。今俺がお前の為にしてやれることは何も無い……。だが、俺は信じているぞ!お前なら必ずこの試練を乗り越えられる!!この俺の相棒として、一回り大きくなって還って来い!!」 

「……暑苦しい奴」 

 

エリナやプロスはさんざんぶーたれたが、いずれ嫌でも乗り換えなくてはならないなら今やっても同じ事とユリカの判断でナデシコの艦載機をゲシュペンストMkーUカスタムに入れ替えることになり、現在機種転換訓練の名を借りたカチーナによるしごきの真っ最中である。 

とは言えナデシコのパイロットは皆プロスの選んだ一流ぞろい。そもそも軍にいた頃は皆ゲシュペンストに乗っていたのだから、勘を取り戻すのは早かった。 

ただ、その中で一人、臨時採用で生身ではともかく機動戦闘は素人同然のコック上がりが目を付けられて先程からほとんどマンツーマンでいたぶられているのである。 

ヘタに体力がある分失神も出来ず、先程からシミュレーターの中はミキサー状態のはずだった。 

五人がそうして眺めているうちにシミュレーターが止まり、ポッドからさすがに汗を浮かべたカチーナとよれよれのアキトが出てくる。 

出て来たはいいが真っ直ぐ立つこともできずにポッドに背を預けてずるずると床に座り込んでしまったアキトを見て、カチーナは苛立たしげに舌打ちをした。 

「チッ、だらしのない。今日はここまで!明日も同じ時間からだ。ちゃんと食って体休めとけ!」 

「ありがとう……、ございまし、た…………」 

 

「アキト、だいじょうぶ?」 

「……あんまり」 

カチーナが出て行った後、駆け寄ったイツキとアキトとの会話を聞き流しながら立ち上がる一同。 

「さて、もう一勝負しておれ達も上がりにすっか!」 

「そうだね〜」 

 

 

 

 

 

 

 

―――ナデシコ食堂 厨房――― 

 

 

 

「……それで、ただでさえくたくたな上に一週間コックの仕事のほうは休み貰ってるはずなのになんで俺がメシ作らなきゃなんないのさ?」 

「あたしがおなか減ってるからよ。決まってるでしょ」 

厨房のアキトのぼやきにカウンターからナツキの返事が返ってきた。 

好きでなったコックとはいえ時と場合というものがある。 

イツキの肩を借りてどうにかこうにかナデシコの自室まで帰り着き、布団に横になった直後に部屋のドアが開いて「メシ!」の一言で食堂まで引きずってこられては、愚痴の一つも出ようというものだった。 

 

少し前からミナトのしつこい誘いに負け、ルリは食事を食堂でとるようになっている。 

そのミナトと連れ立って夕食にしようと食堂近くに来てみると、先客がいた。 

「あら、イツキちゃん。何突っ立ってるのそんなとこで?」 

「はあ……、あれを」 

ミナトの問いかけに呆れ顔でイツキの指差す先には、だくだくと涙を流しながらハンカチを握り締めて廊下にしゃがみこんで食堂の中をのぞくユリカの姿があった。 

「あううう、アキトごめんなさい。助けてあげられないユリカの弱さを許して…………」 

しばらく呆気にとられて棒立ちになっていたミナトだったが、気を取り直してイツキに問いかける。 

「……なんなの?」 

「ナツキお姉ちゃんが怖くて近寄れないんだそうです。……気持ちはわかるんですけどね」 

「……うちの艦長にも怖いものってあったのね」 

「ばか」 

 

「一年たって少しは腕が上がったかと思ったら変わり映えしないわねえ。こんなんで本気でコックとしてやっていく気なのあんた?ちょっとは進歩って物を見せなさいよね」 

「……なんか、嬉しそうね」 

「え?……そんな顔、してますか?」 

「うん。かなり」 

ユリカはその場にほっといて三人連れ立って席に着いたが、カウンターから聞こえてくる遠慮も容赦もない悪口雑言。 

恋人と恋人の姉どちらにつくのかとイツキの様子をうかがってみると、妙に浮き立った様子なので思わずミナトは声をかけていた。 

ミナトの問いに何かを噛み締めるような表情でカウンターの二人の会話をながめるイツキ。 

「……そうですね。嬉しいんだと思います。もう……、あのやり取りは二度と聞けないんだと思っていましたから」 

その表情に、この少女が幼馴染の生存を知ってからまだ一週間に満たないのだという事実を思い出す。 

「いつもの事だったんだ?」 

「はい。ナツキお姉ちゃんがアキトの料理をほめるとこなんて一度も見たことありません。いっつもさんざん文句言って、自分はご飯作らないくせに注文はやたらとうるさくて、でもアキトがどんな失敗作作っても絶対に残さなくて」 

昔を思い出したか、微笑を浮かべるイツキ。 

「多分まるで遠慮無しにやりたい放題するでしょうけど、誤解しないであげてくださいね。本当はとっても優しい、誰より頼りになる人ですから」 

「りょーかい。……え?」 

つい反射的に返事を返してから、イツキの言葉の意味を考えて目を丸くするミナト。 

「それって、ナツキさんもナデシコに乗るってこと?」 

「あ、はい。アイお姉ちゃんと入れ替わりでカスタムPTの整備指導とヒリュウとの連絡役をするそうです」 

「……………………」 

先程のユリカの様子とあわせて今後の艦内の力関係の予想を立ててみる。 

「これは、面白くなりそう……なのかしらね?」 

「…………ばかばっか」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ヒリュウ改 ナツキの私室――― 

 

 

 

「それで、頼みって何?」 

「はい〜。まずはこれを見ていただけますか〜?」 

深夜訪ねてきたエルナは持参した携帯端末にデータディスクを入れると物凄い勢いで何重ものプロテクトを解除し始めた。 

「ずいぶん物々しいわね。相当な重要機密みたいじゃない。ネルガルの人間のあたしなんかに見せてもいいの?」 

「ええ〜。あなたには〜、権利がおありですから〜」 

「あら、どうして?」 

口元に笑みを浮かべて含みのある視線で問い返すナツキ。 

それに対して、エルナも手は休めずに笑みを含んだ流し目を返した。 

「…………summer princessはちょっとひねりが無かったんじゃありませんか〜?」 

「何のことかしら?」 

空とぼけた口調でナツキが返事を返したその時、プロテクト解除終了の信号音が鳴った。 

端末のスクリーンに『PTX−008』の文字が浮かび上がる。 

「……へえ」  

エルナの隣に移動して画面に見入るナツキ。 

「この子の武装の件で〜、ご相談したいことがあるんです〜」 

「ふ〜ん。……なかなか面白そうじゃない」 

 

 

 

続く


後書き 

 

ナデシコ側のパワーアップの為早々とYユニット入手。 

戦艦としての問題点がまったく解消されてないTV版のYユニットは相転移砲以外は正直どうかと思うので、漫画版のヤマトユニットを引っ張ってきました。ビジュアル的にもあっちのほうがかっこいいし。とはいっても呪術砲なんか積んでませんからね?別の装備はしてますけど。 

具体的にどういう形かわからない方のために一応説明しておきますが、リーンホースJrをイメージしていただければ結構です。あれの左右の放熱板がディストーションブレードで中央艦体を追加したと考えてください。

リーンホースってなんじゃらほいという方は古本屋で角川エースコミックスのナデシコ二巻を探してください。さすがにそこまで面倒見切れません。 

重力/リニア兼用式カタパルトですが、ナデシコでのPTの運用を考えますとどう考えてもカタパルトの長さが足りないのでこうしました。 

最初は射出台のリニア加速と重力カタパルトの併用で、射出台に乗ったまま外に飛び出してYユニットの甲板上をそのままさらに加速して射出されるわけですね。見てくれはガンダムでよくある光景です。 

「加速が緩くなっていくっていうのはパイロットに負担が大きいんじゃ?」 

その辺はつぎはぎの弊害だな。そもそも一番艦ってのは不都合が多いもんだ。 

「それ、開き直りです」 

む……、やっぱそうかな。 

「大体いつになったら私とフィーさんは対面できるんですか」 

今回入れたかったんだがタイミングがつかめんでなあ。次回だな。 

「全く構成が下手なんですからこの腐れ作者は……」 

 

 

 

 

 

 

代理人の感想

ぶーぶー。エステバリスをお役御免だなんて作者おーぼー(爆)。

そもそもエステとゲシュペンストが並んで戦うからクロスオーバーは燃えるのであって、

それを全部げっぺー(注:ゲシュペンストのこと)に統一してどうしますよ!?