―――火星圏 衛星フォボス近傍宙域――― 

 

 

 

『少佐、ヒリュウ改より入電。『ダボハゼは餌にかかった。これより釣り上げに掛かる』、以上です』 

「……了解した」 

シートに深く身を沈めて腕を組んだまま、男は目を開かずにそう答えた。 

作戦の第一段階、ヒリュウ改とナデシコによる敵戦力の釣り出しは成功しつつある。 

だが、今攻撃を仕掛けても敵はあちらに送り込むはずの戦力からこちらにも増援を振り向けてくるだろう。 

まだ早い。 

本心を言えば今すぐにでも飛び出していって奴らをズタズタに引き裂いてやりたい。 

だが、この作戦の成否には火星市民の生存がかかっており、そして自分は民間人の盾となるべき軍人だ。 

個人的な怨恨で市民やこの場で肩を並べる戦友達を危機に晒しては、冥土で妻や娘にあわせる顔が無い。 

奥歯を噛み締め、パイロットスーツの手袋の指先が破れそうなほどに腕組みした右腕を掴む左手に力を込める。 

フォボス攻略機動部隊戦闘隊長、テンペスト・ホーカー少佐の自分との戦いは、もうしばらく続きそうだった。 

 

 

 


機動戦艦ナデシコ

 

猛き軍神の星で

 

第九章


 

 

 

 

―――ヤマト・ナデシコ 艦橋――― 

 

 

 

「うわー、いっぱいいるねえ」 

「本当。なんかもう数えるのもやんなってくるわね」 

まさに雲霞の群れのごとくに目の前の空を埋め尽くす無人兵器の大群。 

たった二艦で挑むなど正気の沙汰ではないと言うのに、呆れるほどにナデシコのブリッジはいつもどおりだった。 

それを心地よく感じる自分に思わず苦笑しながらも敵配置を分析していたムネタケだったが、ルリの報告でその顔から笑みが消えた。 

「敵中央部隊の中にデータに無い艦があります」 

 

 

「……窓がついてるわね」 

「司令。これはもしや」 

人の乗らない無人艦に舷窓などつける必要は無い。現にこれまでに確認されている敵のどの型の艦にも窓など無かった。 

最大望遠の拡大映像を見ながら唸り声を上げるムネタケを横目で見てのプロスの発言に、ムネタケは鷹揚に頷いて見せた。 

「ええ。とうとう、有人艦を繰り出してきたのかも知れないわね。出し惜しみしていたか生体ジャンプがようやく可能になったのかはわからないけど」 

「となりますと」 

「これまでのような融通の利かないものじゃない組織的部隊運用をしてくるようになるでしょうね。……艦長」 

急に声をかけられて指揮卓前からユリカがきょとんとした顔で振り返る。 

「はい?」 

「予定変更。指揮は任せるわ。戦略戦術シミュレーション無敗の腕前、見せてもらうわよ」 

「は?……はいっ!」 

一瞬虚を突かれた顔になったが、すぐに満面の笑みと共に敬礼して見せるユリカ。 

「そういう事だから、以後はミスマル艦長の指揮に従って行動してちょうだい」 

『了解しました』 

機動力を重視して、司令艦をナデシコに定めていたムネタケはブリッジ上段からヒリュウのレフィーナに指示を出す。 

「敵、まもなく射程内です」 

「さて、艦長?」 

「はい。ルリちゃん、機関出力は?」 

「良好です。いつでもどうぞ」 

ルリの返事を聞いて肩越しに振り向いて無言で頷いてくるユリカに向かって頷きを返すと、ムネタケは立ちあがって腰に手を当て、ゆっくりと声を上げた。 

「それでは、作戦開始!」 

 

 

ナデシコを前に縦列を組んで正面から突撃する二隻を半包囲するように敵の両翼が前進してくる。 

正面スクリーンの配置図を睨みながらタイミングを計っていたユリカの凛とした声が飛ぶ。 

「面舵45°!グラビティブラスト広域駆逐モードスタンバイ!」 

「はいはい♪」 

「了解。収束/加速ブレード、開きます」 

軽い振動とともにYナデシコの中央艦体の先端から四分の三が下方にスライドし、その奥からグラビティブラストの砲口が顔を出した。 

Yユニットを装備して生まれ変わったナデシコのグラビティブラストは開放式砲身である分、重力波を意図的に拡散させることが容易にできる。 

広域駆逐モードは正面50°の角度での拡散放射を行うものだ。 

「カウントします。敵右翼効果範囲におさまるまで後10、9、8、7、6………………」 

ブリッジにルリの冷静な声が響く中、ユリカはゆっくりと息を吸い込むと、カウントゼロとともに声をあげた。 

「スーパーグラビティブラスト、ってぇ―――――――――!!」 

 

大きく拡がる黒い閃光に飲み込まれていくこちらから見て右翼に位置する敵艦隊。しかし、それによって沈んだ艦は僅かであり、エネルギーの奔流が過ぎ去った後には戦艦も駆逐艦も何事も無かったような姿を見せて砲撃を仕掛けてくる。 

「続けて第二撃行きます。取舵いっぱい!」 

だが、それは全て予定通りだった。 

次射のチャージを行いながら左に回頭するナデシコと主砲で敵艦を撃ち抜きながらそれに続くヒリュウ改。 

「第二射!ってぇぇぇぇぇ!」 

 

 

 

―――ゆめみづき 艦橋――― 

 

 

 

「虫型戦闘機の損耗率、九割超えました!」 

「駆逐艦8撃沈、戦艦の被害無し!」 

「艦隊戦力、90%を保っています!」 

「……どういうつもりだ?」 

艦橋中央に立つ白鳥のもとに次々と報告があがってくる。 

白鳥には敵の意図がまるで読めなかった。 

確かに拡散放射したといっても艦砲は艦砲だ。虫型程度の歪曲場など紙同然だろう。 

だが、それにいったい何の意味があるというのか。 

開戦時ならばともかく、敵側も空間歪曲場を装備し始めた昨今においては敵に取り付いて歪曲場を弱める程度の役にしか立たず、虫型の価値はかなり低下してきている。 

ましてここは相転移炉の出力の落ちる大気圏内だ。重力波砲の三連射などをしてまでやらなくてはならない事とも思えない。 

「艦長!敵は右翼を外側に掠める進路を取っています!」 

「左翼を前進させて敵後方に回り込ませろ!包囲さえすればこちらのものだ!中央と右翼は敵一番艦に砲撃を集中!砲撃直後だ、歪曲場も弱まっているはず!」 

「了解!」 

 

 

 

―――ヤマト・ナデシコ 艦橋――― 

 

 

 

「敵一斉砲撃第一波、来ます」 

「タスク君!」 

『任せな!』 

 

グラビティブラストの三連射で一時的に出力の落ちているナデシコの横腹に集中する砲撃の前に立ちはだかる巨大な赤い影。 

その70mを超える不恰好な人型に見える巨体から発する強力なフィールドによって、インパクトレーザーは軌道をそらされ、ミサイルもレールキャノンの砲弾もことごとく弾かれていく。 

そのフィールドの強度はYナデシコやヒリュウ改のものよりも明らかに上だった。 

『どうでえ!ジガンスクードは巨大な盾ってね!!』 

最初の一斉攻撃からナデシコと自身を全くの無傷で守り抜いて、タスク・シングウジ伍長は勝ち誇った雄叫びをあげた。 

 

戦艦防衛用大型特殊機動兵器、ジガンスクード。 

かつてのヒリュウの木星行きの頃から搭載されていた機体であるが、人型兵器の概念など無かった当時は単なる機動砲台であり、ミサイルプラットホームでしかなかった。 

しかし、小惑星帯での木星蜥蜴との最初の交戦のデータによって今後の機動兵器の可能性が注目され出すにつれて時代遅れの無用の長物として一時廃棄が検討されたが、その巨大さから試作相転移エンジンの搭載も可能であり、大気圏中では出力の低下する相転移エンジン搭載艦で攻撃と防御を同時に行うことは困難との判断から、戦艦並みに強力なフィールドジェネレーターの搭載によって防御を担当する文字通り盾としての役割を与えられて新たに生まれ変わったのだ。 

また、イネスに充電器呼ばわりされた事からもわかるように格納時にはヒリュウ改の五番目の相転移エンジンとしての使用も可能となっている。 

今までは共に試作品の流用でトラブル続きのエンジンと飛行ユニットの調整に手間取り、また出す必要も無かった為格納庫に眠っていたが、元担当整備員としてその能力を知り尽くしたタスクをパイロットとし、今火星の空にその雄姿を見せていた。 

『さあ来やがれ!一発残らず弾き返してやるぜ!!』 

 

 

 

―――ゆめみづき 艦橋――― 

 

 

 

「くっ、あんな物まで用意していたのか」 

既に第三斉射まで弾かれ、モニターに拡大されて映る赤い巨大な人型を睨みすえて白鳥は拳を握り締めた。 

被弾面積の大きい場所をほとんど遮られ、弱まった歪曲場をその分集中できるとなれば砲撃直後でもそう簡単に歪曲場を撃ち抜くことはできない。 

(だが、この戦力差だ。それだけならたいした問題ではないが) 

そう、あれはあれで厄介だが問題は別にある。 

白い戦艦が敵のこれまでの敵旧式艦とは比較にならない高速艦なのはわかっていたが、火星の紅い巨艦も白い戦艦と戦列が組めるほどの予想外の高速を発揮している事だ。 

無人艦の武装は艦首に集中しているため狙いを付けるには艦ごと回頭しなくてはならない。 

敵の思わぬ速力に回頭が間に合わず、砲撃の集中が思うに任せないのだ。 

(まず足を止めなくては) 

白鳥がそう考えた瞬間、格納庫から通信が入ってきた。 

『俺の出番だろう、九十九?』 

通信画面内でにやりと笑う親友に向かって白鳥は頭を下げた。 

「頼む。残存する虫型を全てつける。右翼が奴らの進路をふさいで包囲網が完成するまでなんとか足止めしてくれ」 

『誰に向かって言っている?両方とも沈めてやるさ!ダイマジン、出るぞ!!』 

 

 

 

 

―――ヒリュウ改 艦橋――― 

 

 

 

「敵、新型機動兵器を確認。バッタ約二百機と共に突っ込んできますの……」 

アルフィミィの報告を聞くまでも無く、それはスクリーンの拡大映像にも映っていた。 

蒼い輝きを纏って瞬間移動を繰り返すその巨大で不恰好な人型を目にして、対空戦闘用意、主砲砲撃継続の指示を出すとレフィーナとショーンは一瞬顔を見合わせ、再びスクリーンに視線を戻した。 

「ずいぶん大きいですな。零式以上ですか」 

「はい。それに、あの瞬間移動、おそらく」 

ボソンジャンプ対応機動兵器。 

「いずれはと思っていましたけれど……」 

「来るべき物が来ましたかな」 

 

 

―――ヤマト・ナデシコ 飛行甲板――― 

 

 

「……来るか」 

飛来するバッタの群れを睨んで、アキトはこの作戦に合わせてどうにか改造の間に合った黄色い乗機に甲板に置いてあったグラビトン・ランチャーを抱え上げさせた。 

『なにか機体に不具合はありますか?』 

頭の右側にインド系の妙齢の女性の顔の通信ウインドウが出る。 

「いえ、特には」 

『そうですか。強引な改造しましたからかなり不安だったんですが』 

後方のヒリュウの甲板上で白い同型機に乗っているはずの改造責任者、マオ社スタッフのラーダ・バイラバン女史が画面上でほっとしたような笑みを浮かべる。 

試作砲撃戦用重PT、PTX−004C シュッツバルトカスタム。 

負けが込んだ軍隊らしく、かなり極端な改造を加えられた機体である 

元から頭部バルカン、両腕の三連マシンキャノンに両肩のツイン・ビームキャノンと大変な重武装だったが、主兵装であるツイン・ビームキャノンを240mmショットキャノンに換装し、推進剤の積載量を減らして航続距離を犠牲にしてまで無理やり装弾数を引き上げた直援専用機にしてしまったのだ。 

そんなアンバランスな機体を渡されたことでいかに火星が追い詰められているかを改めて感じ取り、今回の作戦に対する意気込みは人一倍なアキトだったのだが。 

 

『そんな馬鹿な!!なんでウミガンガーが俺達の敵に回るんだよ!?』 

『ありゃ、言われてみれば似てるねえ』 

『……でかいね』 

『上等!ボソンジャンプだか何だか知らねえが、タネが割れればびっくり箱に過ぎないって事、教えてやるぜ!!』 

 

騒いでいる同僚達の声を聞いているとシリアスにキメようとしている自分が馬鹿みたいに思えてくる。 

「…………はあ。無理はしない方がいいか」 

と、アキトが肩の力を抜いて軽く息をついた時を見計らったように姉のコミュニケ画像が割り込んできて、 

『あー、盛り上がってるとこに水を差すようで悪いけど、あのでかいののジャンプには巻き込まれないようにね。死ぬわよ?』 

と、晩御飯のおかずを教えるような軽い口調で洒落にならないことをのたまわった。 

 

『おい!ちょっと待て!なんだよそれ!』 

『詳しいことは後で義姉さんが説明してくれるわよ。てい…ザザ…うか説明しようとしてるの…邪魔す…必死こいて押さえつけてんだから。今はそれだけ覚え…ナツキ!!…たんさい。じゃね♪』 

『じゃね♪じゃねえっ!!おいナツキ!!こら!!』 

ノイズ混じりのコミュニケ映像に噛み付いてくるリョーコの勢いを平然と受け流してさっさと通信を切ってしまうナツキ。 

『おいこら!!返事しろ!!おい!!』 

「リョーコちゃん、そこまで。せっかくアイ姉抑えてくれてるんだから邪魔しないでやってよ」 

わめき続けるリョーコをアキトはうんざりした気分で止めた。 

『あ!?』 

「だから。アイ姉の「あの」説明を抑えてくれてるんだよ」 

ブリッジから何かを悟った顔のプロスが会話に入ってくる。 

『いやいや。ナツキさんは火星研にアルバイトで出入りしておられた学生時代から、ドクターの説明を止められる唯一の人材として全職員から女王の如く崇められておられましたからなあ』 

『この戦争が始まってからはマオ社うちのスタッフにもですね』 

と、似たような表情でラーダも会話に入ってくる。 

『ちょっと待ちなさい。うちの研究員達があっさりナツキの言うこと聞いて技術協力決めたのってまさか……』 

エリナの問い掛けに無言で静かに頷くラーダ。 

「今頃通信割り込みとその阻止のために壮絶なせめぎ合いやってるとこでしょうね」 

アキトがそう締めくくると顔を見合わせて、重い、重い溜息をつく一同だった。 

 

 

 

 

 

―――ダイマジン コクピット――― 

 

 

「ええい!鬱陶しい!!」 

跳躍直後に背後から攻撃を受け、苛立たしげに毒づく月臣。 

敵は開戦以来の中型機動兵器をなぜか二機しか出してこないが、白い戦艦の小型機動兵器も十分に厄介な相手だった。 

自軍右翼の側面に回りこむべく速力を緩めない敵艦に追いすがるためにこちらは頻繁に跳躍を繰り返さなくてはならず、反撃が思うに任せないにしても、ダイマジンの跳躍に直ちに反応して実体化直後から十字砲火を浴びせてくるその機敏さは機体性能と共にパイロットの練度を窺わせる。 

「くそっ!!足止めどころか……」 

先程苦し紛れに放ったゲキガンパンチは簡単に撃ち落されて既に片腕。 

ジン並みの重力波砲の連射で薙ぎ払われて虫型の三割をやられ、こちらが小型の二機に翻弄されている間に大火力の中型と格闘戦に長けた小型の連携で瞬く間に討ち減らされて虫型はもういくらも残っていない。 

このままでは手も足も出ないまま各個撃破されてしまう。それどころか、同士討ちを恐れてこちらが砲撃できないのをいいことに二艦とも主砲の砲撃で右翼の味方を次々と血祭りに上げていっているのだ。 

それが、お前ごとき最初から眼中に無いと言っているように今の月臣には感じられた。 

「木連の正義の、熱血の象徴ゲキガンガーの映し身たるジンが、負けるわけには行かんのだ!!」 

 

 

―――ヤマト・ナデシコ 艦橋――― 

 

 

「これまでのデータから見て、特定の距離、かついくつかの決められたパターンでしかジャンプできないみたいですね」 

「目の前の相手のすぐ後ろに跳んで不意打ち、なんて器用な真似はできないってこと?」 

「おそらくは」 

実際には月臣の考えていた様な事は無く、敵新型のデータ収集は対艦対空戦闘中という目の回りそうな大忙しの状況下でも可能な限り行われていた。 

ルリの報告に少しの間考え込むムネタケ。 

市街地のような遮蔽物の多い空間ならそんな限定されたジャンプでも大変な脅威だが、こういう開けた場所なら実体化まで多少のタイムラグの間に十分対応できる。 

ならばおそらく有人機であるあいつをもうしばらく利用して――――― 

『ねー、まだ叩き落しちゃだめなのー?』 

『アオモリの南西……、アキタ……』 

データ収集の為でかぶつを適当にあしらってもらっているヒカルとイズミの緊張感の無い言葉にやや肩が落ちた。 

「……あいつがいる限り向こうも砲撃は控えるでしょうし、目標地点に着くまで出来ればもうちょっとくっつけておきたいんだけど、どう?艦長」 

「そうですね……」 

ムネタケに生返事を返しながらユリカは正面スクリーンを睨んだ。大雑把な敵配置と、ナデシコとヒリュウ改を示す小さな矢印。そしてもう一つ、戦闘開始点付近から別れて進むもう一つの小さな矢印の現在の予想到達点。 

「こっちはそれでいいでしょうね。それと、そろそろ仕掛けてもらってもいい頃合でしょう」 

 

 

―――ゆめみづき 艦橋――― 

 

 

「右翼の展開、間に合いません!」 

「このままでは後方に回られてしまいます!」 

(それどころか……!) 

白鳥は正面モニターの戦力配置図を睨みつけて歯軋りをした。 

敵を止められないのは元一朗のせいではない。それは戦闘の様子を見てわかっている。 

(何がゲキガンガーの分身だ!格好ばかりでまるで役に立たない案山子ではないか!) 

内心で得意顔で自分達にあの木偶人形を披露して見せた技術者共にありったけの罵声を浴びせながらも指示を下す白鳥。 

「元一朗を後退させろ!中央と左翼で間断無く砲撃をかけて押しつぶす!」 

「は?」 

通信士どころか艦橋乗組員全てが意外そうな顔で自分を振り返るのを思わず白鳥は怒鳴りつけていた。 

「あの二隻に側面に回られるという事がどういう事かわからんのか!一刻を争うのだ!早く連絡しろ!!」 

慌てて通信士がコンソールに向き直ったその時だった。 

艦橋の窓から遠く霞む左翼集団の中に連続して毒々しい爆発光が閃いた。 

左翼の中央、回頭しながらの移動で艦が最も密集した付近から数秒遅れて凄まじい爆発音が響いてくるのを、白鳥はただ呆然と眺めるしかなかった。 

 

 

―――木連艦隊左翼グループ内 アルトアイゼン コクピット――― 

 

 

「アサルト1より各機へ。武器使用自由。各自の判断で手当たり次第叩きながら敵中央部隊に突入する!」 

そう言うと、ここまで辿り着くまで自機の姿を隠してくれていた光学迷彩機能も持つウリバタケ謹製のステルスシートを捨てて、キョウスケ・ナンブは目の前の駆逐艦にフィールド最大で自機を突っ込ませた。 

 

戦闘開始の時点から姿の見えなかったヒリュウ隊だが、別に遊んでいたわけではない。 

ユリカの判断で後方攪乱の隠し玉として別行動をとっていたのである。 

隠蔽処置を施した上で出力も抑えて歩いて移動し、味方の後方に回ろうとする敵艦隊の側面から少数ながら配備された新兵器で今、一斉攻撃をかけたのだった。

高圧電流を帯びた高速回転する三枚の刃でフィールドを、装甲を切り裂き、機関部に突入し爆発する必殺の対艦兵器、スラッシュリッパー。 

生産に手間が掛かること、あまりにかさばる為エステバリスでは二基、ゲシュペンストでも六基しか積めないのは確かに問題だが、随伴するバッタのいない、防御はフィールド頼みの機銃すら持たない無人艦に逃れる術など存在しない。 

最初の一撃で左翼の戦艦十二隻は全滅し、破片の直撃を喰らったり衝撃波にあおられて隣の艦に衝突したりしてそれに倍する数の駆逐艦が道連れに沈んだ。 

 

(それにしても、ここまでうまく嵌まるとはな) 

 

ナデシコのグラビティブラスト三連射を煙幕代わりに密かに発進し、木連艦隊左翼に忍び寄っていたのだが、向こうから絶好の攻撃位置にやってきてくれた時には流石に我が目を疑った。 

巡航時ならばいざ知らず、戦闘中の戦艦の放出するエネルギーは凄まじく、それが密集しているともなれば、三尺玉の前では線香花火の輝きなど掻き消されてしまうのと同様に、出力を抑えたうえに隠蔽処理をされて地上を移動する数機の機動兵器など感知できるものではない。 

それを補うのもバッタやジョロの役割の一つだが、それらは既にほとんど破壊され、残りも全て味方艦隊の攻撃に送り出されている。 

となれば肉薄さえしてしまえば後はこちらのやりたい放題なのだ。 

最初からこの展開を全て読んでいたとしたら、それはもう神か悪魔の領域であろう。 

ミスマル ユリカ。 

連合軍大学校過去最高成績の主席にして戦略戦術シミュレーション無敗の天才。 

(よくぞ、この火星に来てくれた……!) 

知らず笑みを浮かべながら、キョウスケは爆発する駆逐艦を背に次の獲物を探していた。 

 

 

―――ゆめみづき 艦橋――― 

 

 

「増援はまだか!」 

「後五分で虫型二百機が来ます!」 

「くそっ!即応できるものをありったけ呼び寄せたのが裏目に出たか……!」 

ぎりっと噛み締めた奥歯が悲鳴を上げる。 

虫型の支援の重要性を軽く見すぎていた。 

敵の主砲を黙らせられないのも中型の奇襲を許してしまったのも結局は全て虫型の不足が原因だ。 

やつらは纏わりついて力を削いでくるうるさい虫型を真っ先に片付け、それによって行動のフリーハンドを得て数では圧倒的なこちらをいいように掻き回している。 

(秋山ならばうまい手も思いついたかも知れんが……) 

あれよあれよという間に左翼は既に壊滅状態で、敵は艦首を右翼の敵艦に向けて横腹を晒した中央集団に取り付いている。 

「ダイテツジンで出る!後は頼むぞ!」 

副長にそう叫んで白鳥は廊下に飛び出した。 

この場に居ない友人のことを考えても仕方がない。自分の浅知恵でできることは目の前の問題を一つ一つ片付けていくことだけだ。 

とはいえ―――――――――― 

(こんな状況で指揮官が指揮を放り出して出撃しなくてはならんとは!) 

思えば、自分達はあまりにもゲキガンガーにこだわり過ぎていたのではないのだろうか。 

だからこそ自らをゲキガンガーの登場人物に当てはめる事にこだわり、彼らの言動をなぞる事にこだわり、この戦争を始める事にこだわってしまった。 

だが、本当にこの戦争は必要なものだったのか? 

自分達はアニメに熱狂するあまりに、本来必要の無い戦争を始めてしまったのではないか。 

火星に来てから目にした一面の廃墟。 

無敵と信じていたジンの予想もしない苦戦。 

体裁と現実を秤にかけて当然のように体裁を優先する指揮系統。 

 

(くそっ!こんな、こんな馬鹿げた話があるか!) 

 

火星に来てから白鳥九十九という青年の中に芽生えようとしていたもの。 

この戦争だけではない、木連という社会体制そのものに対する疑念が、急速に育ちつつあった。 

 

 

 

続く


メカニックfile NO.3 

ジガンスクード 

元は外惑星宙域探査航行艦ヒリュウに搭載されていた戦艦防衛用超大型機動兵器。 

ヒリュウと共に木星圏探査に旅立つが、アステロイド・ベルトにおいて謎の虫型機動兵器群の襲撃によって大破。ヒリュウと共に改修され、超大型の人型機動兵器として生まれ変わる。 

PTや特機の技術が確立する前に作られた旧式の機体である為、人型機動兵器としての総合性能や安定性は低いが、近接格闘能力と防御能力は高い。 

今大戦において実戦投入され、「巨大なる盾」の名に恥じぬ働きを示す。

その活躍はGシリーズと共に見る者の目に強烈な印象を植え付け、火星における特機開発継続の原動力となった。 

テスラ研が戦前から開発を進めていた慣性制御装置と重力波推進の複合ユニット『テスラ・ドライブ』の試作品が搭載されており、重力下での自力飛行も可能である。 

 

武装 

ディストーションフィールドジェネレーター内装シールド×2 

対艦ミサイル×8 

三十二連装マイクロミサイルランチャー×6 

 


後書き 

 

キノコは司令。 

たった二隻の艦隊の指揮官を提督なんて呼ばせたりしたらべク○ラのクル○キン司令に顔向けできませぬ。うむ。 

それにしてもやっと出せたのにジガン影薄い……。 

やっぱり盾だからかなあ。武装もいじったし。派手な活躍させようと思えば重装甲に任せて突っ込んで○ミューラ・ラ○バン・アタックなんて手もあるけどゴールキーパーがゴール離れるのってどうなのよう。 

「あの、ナツキさん、イネスさんを抑えられるんですか……?」 

昔は問答無用の腕ずくで張り倒してたんだけどな。対抗してイネスが研究所の内線クラックして直接姿を現さないようになってからは電子戦の腕前もびしばし上がっていって。 

「いって?」 

今じゃ二人ともこの頃の君じゃ太刀打ちできん腕になってる。 

「…………今の私では?」 

二人がかりだと危ないかな。 

「……………………」 

二人ともキータッチは凄いぞ〜♪幾つもの端末並べてさながら阿修羅のごとき風情だ。赤木のりっちゃんも裸足で逃げ出すだろうな。決算期のゲ○ー社経理部長にはさすがに及ばんが。 

「なんでそういちいちわかる人にしかわからないたとえ使うんですか…………」 

 

 

 

 

代理人の感想

おーおーおー。

やっぱ楽しいですねー。

ただ、直接ジンタイプとナデシコ側の機動兵器の戦闘がないのが残念ですが。