『火星の後継者の乱』から一ヶ月……。
どの航路からも外れた宙域を進む、一隻の白い船。
その船の艦橋に一人座る、全身黒ずくめの男は呟いた。
「疲れたな……。」
男の名はテンカワ アキト。
コロニ−四基を破壊し、万を越す犠牲者を出した凶悪極まるテロリストとして第一級指名手配を受けている男であった。
機動戦艦ナデシコ
嵐を呼ぶ乙女達
プロロ−グ
ナデシコCのハッキングによって火星の後継者の全実験記録は確保されており、彼、テンカワ アキトの見せられた地獄の証拠も捉ま
れていた。それにより、ある程度の世論の同情もあったが、犠牲者の遺族達の当然の恨みの声や、いかなる理由があろうともこれほど
の凶悪犯罪を犯したものを放置する事など許されないという正論の前にはさしもの親馬鹿、ミスマル コウイチロウも反論の余地無く、
娘たちの懇願を拒絶して彼を重犯罪人として手配せざるを得なかったのである。
ネルガルは表立って彼を庇う事など出来ず、現在、彼はどう説得しても彼のそばを離れようとしないラピス ラズリという少女のみを伴
い、戦艦ユ−チャリスで寄る辺も無く宇宙を彷徨っていた。
「アキト…。」
艦長席に身を沈めるアキトにいつの間にかその傍らに立っていた少女が声を掛ける。
「ラピス…、休んでいろと言ったろう?」
「でも…、アキト、大丈夫なの?」
「ああ。まだ、しばらくはもつさ……。」
火星の後継者のラボでの実験によりアキトの肉体は蝕まれ、救出された時点でもって五年の命と宣告されていた。それとて養生に専念
しての物であり、狂気の沙汰とも言える鍛錬、相次ぐ実戦により彼に残された時間は更に縮んでいった。さながら、残る命の全てを復讐
の為に焼きつくさんとしているかのように。
復讐が終わった時、残った物はただ空虚のみであり、残り僅かな時間を彼は、自分が死んだ後の世界で心残りである妻、ユリカと娘、
ルリが少しでも生き易いよう、火星の後継者の残党狩りに使っていた。
ラピスの頭を撫でながら、もう何十回と無く繰り返された会話を繰り返すアキト。
「いつまでも俺に付き合うことは無いんだぞ?ラピス」
「アキトは、私が邪魔?」
「そんなことはないさ。だが…」
「私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足………。私の居場所はアキトのいる場所だもの。」
「……そうか。」
抱きついてくるラピスの頭を撫で続けながら、彼は再び目を閉じた。
「と、言うのが彼の現状なんだけど。」
『あらま、大変ねえ。し○ば−仮面は宿無し仮面、帰る家無し金も無し、ってのはちょっと違うかしら?』
「…お母さん?私、真面目な話をしているんですけど?」
『やあねえ、母さんにだって人様の不幸を面白がる趣味なんて無いわよ?』
「…………本当に?」
『なに?その言い方?』
「天地おじさんは母さんに助けてもらった事なんか一度も無いって断言してたけど?」
『あらあら、あの子ったら。ちょ〜っと、躾が足りなかったみたいね(は−と)』
「はあ…、それで?これからどうするの?」
『そうねえ…、あわてる乞食は貰いが少ないって言うし、もう少し静観してて。じきに状況も動くでしょ。そんなにはかからないはずよ。』
「了解。それじゃね、母さん。」
『ああ、そうそう、そのうちそっちに津羽輝(つばき)ちゃんと響美輝(ひびき)ちゃんが行くかも知れないから。』
「え?あの子達が今調べてるのって…。」
『どうもね、そっちにも繋がりそうなのよ。それじゃ、スカウトのお仕事がんばってね〜。』
「あ、ちょっと母さん!…もう!……98(キュッパチ)、ユ−チャリスは捕捉してる?」
「当タリ前ダロ。僕ト蘇羅(そら)ガ組ンデイルンダ。逃ゲラレル奴ガイルワケ無イサ。」
「ふふっ、それもそうね。」
夢も希望も無い状態から物語は始まる
アキトはこのまま一巻の終わりなのか
怪しい会話の二人は一体何者か
元から影の薄かったあの丸顔の元少年は果たして出番を貰えるのか
ボソンの輝きは何にも答えてくれないのであった……
次回予告
火星の後継者の残党との戦闘の最中、危篤状態に陥るアキト。
危機に陥ったサレナとユ−チャリスを颯爽と救う謎の小型艦を駆る謎の娘さん。
アキトの命を救うべく彼女のとった最後の手段とは!
「鷲羽ちゃんって呼んでね(は−と)」
後書き
始めてしまいました。ナデシコ世界と天地世界との融合。
時間軸に二百年のずれが有るので当然あのままでは出てきません。
つ−か一部除いて出番はしばらく後だし。
あと、最後の会話の二人は二人ともオリキャラです。念のため。
代理人の感想
う〜む、そのまま融合させてしまっても特に悪いことはなかったような気もしますが(笑)
なんせああ言った閉鎖的な世界の話ですし。
まぁ、それは置いておくとして劇場版とリンクさせたのはちょっと意表を突かれました。
人の予想を(いい意味で)裏切るのはいい事です(笑)。
なんといっても「次を読もう」という気にさせてくれますから。