「んん〜〜〜〜。おはよ〜、母さん。」

「はい、おはよう。そろそろ地球が見えてくる頃よ。」

「結構久しぶりだよね。前に来たのは恒例のお花見大会の時だから……だいたい一年と半年振りかな?」

「そうねえ。ところでひーちゃんは?」

「まだ寝てる。昨夜は遅くまでMBいじってたから。イレーザーの同調に目処が立ったんだって。」

「あらあら、しょうがない子ね。」

「あれはもう病気だね………あれ?母さん、あれ何かな?」

 

 

機動戦艦ナデシコ

嵐を呼ぶ乙女達

 

第二話   おかーさんは魔女

 

 

 

「ふう……、もう朝かあ……。」

三ノ宮 蘇羅は、はっきり言って参っていた。

アキトの治療が始まって三日が過ぎた。

鷲羽はジョージと共にラボに篭りきりであり、当然の論理の帰結としてラピスの相手は蘇羅が一人でしなくてはならない。

ラボの入口から頑として離れようとせず、事あるごとにアキトの容態を聞いてくる彼女に一体何と答えれば良いというのか。

あなたの大切な人は今データに変換されてマッドの良いように弄くられています?

11歳の少女にそんなことを平然と言えるほど蘇羅の心臓は強くなく、それ故にラピスに質問を受けるたびになんとかして誤魔化すしかなかった。

それが彼女の心身に多大なるストレスを強いていたのだ。

家では破天荒な母と無軌道な妹達に振り回され、他所では他所でこうしていらん面倒を背負い込まされる。

三ノ宮 蘇羅。とことん苦労性な少女であった。

散々苦労させられた三日間も終わり、昨夜ようやく治療?も終わり、どうにか五体満足でラボから出てきたアキトを見て一安心した彼女が翌朝少しばかり寝坊してしまったとしても、一体誰が責められるであろうか。

しかし、それゆえに、彼女はまたも大きな気苦労を心の準備もなしに背負い込まされる事になる……。

 

 

テンカワ アキトは眩しさの刺激で次第に意識が覚醒していくのを感じた。

(また、この夢か……。未練だな……。)

もう何度も見た夢だ。ただ未来の可能性を信じて突き進んでいったあの頃。もう二度と帰っては来ない懐かしい日々。だが、目を開いてみれば変わらない現実が自分を苛む。今更、あの頃には戻れはしないというのに。

(目を開いた所で何も見えは……って見える!?」

驚いて飛び起きるアキト。周囲を見回し、自分の隣の布団でラピスが静かな寝息を立てているのを確かめて安堵の息をついた。

自分の体を確かめ、全身の感覚が戻っている事を確認する。少し落ち着いて、自分達の置かれている状況を確認した。

八畳間の和室。監禁には不向きだ。見れば枕もとには戦闘服にマントが綺麗に畳まれ、コミュニケにバイザーに愛用のブラスターまで置いてある。

「……あれからどうなったんだ?……ダッシュ?」

「なんでしょう?」

とりあえず身支度を済ませ、コミュニケからダッシュに呼びかけてみてあっさり返事が返ってきたのにまた驚く。

「……現状を説明してくれ。」

「かなり長くなるうえに、うまく説明できる自信が有りませんが…。」

「いいから頼む。」

アキトが意識を失ってからの事を戦闘記録を交え、目を覚ましてしがみついてくるラピスを宥めながらラピスが『多聞』に乗り移る所まで説明を受けた時、アキトは廊下に気配を感じ咄嗟にブラスターを抜いた。

 

 

朝食の仕度の前に様子を見に来たら室内で話し声が聞こえ、さてはアキトの目が覚めたかと一瞬喜んだ蘇羅だったが、部屋の中の気配の質が変化するのを感じ取り意識を戦闘用に切り替える。刺激しないようにゆっくりと部屋の中に呼びかけた。

「入っても構いませんか?」

「……ああ。」

襖を開くと予想通り自分の眉間にブラスターがぴったりと狙いをつけているのに内心でため息をつく。こりゃうちとけて貰うの大変そうだわ。

「とりあえず自己紹介させていただきますね。三ノ宮 蘇羅と申します。色々と聞きたい事がお有りとは思いますが、まずは朝ご飯にしませんか?」

「……いいだろう。」

ひとまず銃を収めるアキトに内心で今度は安堵のため息をつく蘇羅。

(私なんかじゃとてもかなわないわね……。これでも一応闘士だってのに……。)

 

 

「ここは何処だ?」

「日本のオカヤマの山の中ですよ。」

話しながら居間への階段に向かう途中、蘇羅は漂ってくる味噌汁の匂いに戸惑っていた。

(変ねえ、ジョージさんには疲れてるだろうから朝ご飯は私が作るって言ってあるし、鷲羽さんは寝てるだろうし……。)

などと考えながら背後からの威圧感を受け流して階段を下りている所に

「蘇羅姉おはよ〜〜〜!」

「や〜い、寝坊した〜〜〜!」

などというシリアスな雰囲気をぶち壊す底抜けに明るい声を浴びせられ、思わずバランスを崩して階段から転げ落ちる蘇羅であった。

「ズイブント派手ナりあくしょんダナ。頭大丈夫カ?」

階段下で話し掛けてくる98。その言葉に反応を返す心の余裕もなく、彼女はいきなり現れた妹達に詰め寄った。

    つばき        ひびき                                                                                                                                「つ津羽輝!!響美輝!!なんであんた達がここにいるのよお!?」

「あれ、母さんから聞いてない?」

「例のカルナギルドの件の連絡だけど?」

当たり前のような顔で答える妹達につい納得してしまいそうになりながらも言い募る蘇羅。

「それなら通信で十分でしょ!大体『持国』でここまでどれだけかかると思ってるの!……って何でこんなに速く?」

「うん。だから乗せてもらってきたんだ♪」

その軽い返事に背筋が凍りつく。胸中に沸き起こる「ごっつい嫌な予感」に震えながらも彼女は言いつのる。

「何に、乗せてもらって来たの?」

「そりゃあ「あらあら蘇羅ちゃん、お寝坊さんは素敵なお嫁さんになれないわよ♪」

背後から掛かって来たその声で、蘇羅は自分の嫌な予感が的中した事を悟り、へなへなと床に崩れ落ちた。

「母さん………。」

割烹着姿でにこにこ笑いながら味噌汁の鍋持って彼女の背後から声を掛けたその人こそ、三ノ宮姉妹の養母であり、各国情報部や海賊ギルドに「鬼姫の右腕」「双面の魔女」の異名で恐れられる女性、神木 初音 樹雷であった。

「なんで居るのよ……」

「なんでって、人一人スカウトするのに雇い主が面接しないなんておかしいじゃない?」

「……仕事はどうしたのよ?」

「優しい娘たちを持てて母さん嬉しいわ♪」

「また……押し付けてきたのね……。」

 

 

「あら、気が付かれましたか。初めまして。私、蘇羅の母親の神木 初音 樹雷と申します。」

階段の上でいささか呆気に取られた顔で一連のやりとりを見ていたアキトに、今気付いたという風情で挨拶する初音。それによって我に返ったアキトは、とりあえず会話の主導権を取る為にも自分の聞きたい事を聞いてみる事にした。

「……あんたが黒幕か?」

「助けさせたのが誰かという意味ならそうですよ。」

「何が目的だ。」

「それはもちろんスカウトです。優秀な人材を集めるのは正義の味方の基本ですから。」

にこにこと邪気の無い笑顔で軽く言ってのける初音。それを聞いた津羽輝に響美輝と呼ばれた少女たちがこそこそと話し出す。

「私たちって正義の味方だったの?」

「うーん、一応母さん直属ってことで命令権は母さんの上位の人でないと無いわけだけど……。」

「つまり私達って母さんの好き放題できる手駒って事?」

「どっちかって言うと悪の組織だね……。」

「なんか今更な気もするけど……。」

「聞こえてるわよ、二人とも♪」

「「い゛!!」」

「後でゆっくり話し合いましょうね♪」

「アキト……、怖い。」

「あ、ああ……。」

少女たちに向けられた初音の優しい笑顔の向こうに何か黒いものが見えた気がして思わず引くアキトとラピスであった。

 

 

「………で、あんたらは何者なんだ?」

ずず〜〜〜

「そうですねえ……、手っ取り早く言うなら『樹雷』という星からやってきた『異星人』ですね♪」

もぐもぐ

「……それを本気にしろと?」

がちゃがちゃ

「あら、状況証拠ならもう十分すぎるんじゃありませんか?」

ぽりぽり

「そんな突拍子も無い話を頭から信じるほどお人好しではないつもりだ。」

かちゃかちゃ

「…………………ねえ、二人とも……」

「なあに?」「何だ?」

「……朝御飯のお新香かじったり卵御飯掻き込みながらする会話じゃないと思うんだけど……。」

「だって早く食べないとせっかくの朝御飯が冷めちゃうじゃない。」

「………………はあ〜〜。」

「蘇羅ちゃん、ため息は駄目よ。幸せが逃げて言っちゃうわよ?」

「……誰のせいよ。」

 

 

後片付けも済ませ、全員に食後のお茶が行き渡った所で初音が話を切り出す。

「それじゃ改めて自己紹介でもいたしましょうか。樹雷中央情報局次官、神木 初音 樹雷と申します。」

「……それを信じるに足る根拠は有るのか?」

「そうですねえ……、ダッシュ君に聞いてみたらいかがですか?」

それはアキトも気になっていた事だった。状況から言ってダッシュと交信できるような距離ではない筈なのだ。

「ダッシュ、今何処にいるんだ?」

「それがその……。」

妙に答え難そうな様子のダッシュ。

「そちらの初音さんと仰る方の船の船内ドックと申しますか……、隣には蘇羅さんの『多聞』や津羽輝さんと響美輝さんの艦も収容されている程の広さがあるんです……。」

と答えて外部映像を出すダッシュ。確かにドックに見える光景が映り、隣に相当の大きさの戦闘艦も見える。

「ここに来る途中にたまたま見つけまして。折角ですからお連れしました。」

そう言うとお茶を啜る初音。

「戦艦三隻収容できる船だと!?一体どんなサイズだ!?」

「あれくらいですよ♪」

湯飲みを手にのほほんと答える初音が指し示したのは、窓の外の池に着水しているどう見てもユーチャリスどころか『多聞』すら入りきりそうには見えない大きさとデザインの、木製にしか見えない外装の優美な船だった。

「な……」

「私の一番のお友達の第二世代皇家の船、『千鳥』です。仲良くしてあげて下さいね♪」

 

 

 

 

アキトはラピスと二人、池の辺で水面を眺めていた。

「アキト……、どうするの?」

「そうだな……。」

アキトはついさっきまでの会話を改めて思い返してみた…………。

 

 

「私達にとってボソンジャンプその物に大した価値は無いんです。」

「何?」

樹雷の国家形態や銀河連盟について大まかな説明を受けた後、初音の話しだした事でアキトは意外さに目を見開いた。てっきり自分のジャンパーとしての能力に目をつけられた物と思っていたのだ。

「個人の力量に頼りすぎるボソンジャンプは余りにも不安定でとても実用化できた代物じゃないんですよ。それよりもずっと信頼性も実績も跳躍距離もある超光速航法や空間転移の技術はあるのに、一寸したイメージミスで簡単に暴走しかねないような危険な技術を無理して使う事もありませんし。」

「……なら、何故俺なんだ?」

「もちろん、あなたの腕前を見込んでです。」

「わざわざこんな田舎の星に自分の娘を派遣してまでか?あんたも四大皇家とやらの一員なら代々の家臣くらい幾らでも居るだろう?」

「それがそうでもないんですよ。」

結構不躾なアキトの言葉にも初音は気を悪くした様子も無く、にこにこ笑って説明する。

詳しい説明はやたら長くなるため省くが、彼女はほんの二百年ほど前に皇家に迎えられたばかりであり、部下は自分の器量で揃えるのが原則の皇家内ではまだまだ部下の数が少ないのだという。

「その分精鋭を揃えているつもりですけど。」

「なら尚更だ。何故俺なんだ?」

「あら、今のあなたの腕前なら闘士達の間でも一流で通りますよ?」

「……は?」

先程の疑問を繰り返すアキトに初音はさらりと返事を返した。思わず間の抜けた声をもらすアキト。

「自覚してらっしゃらなかったんですか?よく鈍いって言われません?」

「結構……じゃない!どういう意味だそれは!!」

 

 

「話が長引いてるねえ。」

いまだに奥のちゃぶ台で話している初音とアキトをほっぽりだして、津羽輝と響美輝はラピスを引っ張って居間のソファーに移っていた。

「何か用?」

アキトのそばに居たいので機嫌の悪いラピスに楽しそうに話し掛ける響美輝。

「うん。あなた達の船、ユーチャリスだっけ?ずいぶん酷くやられちゃってるよね?」

「それが何?」

ラピスに向かってそりゃもう楽しそうな笑みを向ける響美輝。その隣で津羽輝がまた始まったと言いたげな苦笑を浮かべている。

「それでね、もし良かったら私が直してあげようかなって思って。」

「一応、腕は確かだよ。私達の『持国』も蘇羅姉の『多聞』もこの子が趣味で作った物だし。」

フォローするように言葉を繋げる津羽輝。ラピスは考え込んだ。しばらく補給も受けていないし、手元の資材では修理できるかおぼつかないのが現状である。得体の知れない所はあるが、ユーチャリスに何か細工をしたとしても彼女達にメリットはない。

「アキトがいいって言ったらいい。」

「よっし!まかして!!この響美輝ちゃんが責任持ってどこに出しても恥ずかしくない立派なブ○ュン○ルトに改造しあ痛!」

「全くこのアニメおたくは……。一寸目を離すとすぐにこれなんだから……。」

背後から響美輝を張り倒したのは、何時の間にかお茶のおかわりを運んできた蘇羅だった。

「いった〜い!何すんのいきなり!」

「こっちの台詞よ。見境なく人様の船まで自分の趣味の犠牲にしようだなんて……。」

食って掛かる響美輝に対して呆れ顔を隠さない蘇羅。

「そんな事より。」

「な、何?」

急に雰囲気の変わった蘇羅に逆に戸惑う響美輝。

「あのD−1はどういうつもり?」

蘇羅の顔にははっきりとこう書かれていた。返答次第では殺ス。

「わたしはっきり言ったわよね?カモフラージュ用の機動兵器は現地調達するって。勝手に『多聞』にあれ積み込んだのあんたでしょ!!」

「だだってあんなクーゲルみたいな量産品の安物よりあの子の方がずっとやり易いだろうって思ったから……。」

「よ・け・い・な・お・世・話・よ!!」

「あ、あの…、ごめんなさい。」

「はあ?」

その言葉に蘇羅はかえって呆気にとられた。この子がこんなに素直に謝るなんて……。

「やっぱりD−3の方が良かったんだよね。でもあれはそもそも単独戦闘のための機体じゃないし、蘇羅姉の狙撃の腕ならD−1でも十分アウトレンジ戦法ができると思ったから……。」

「ぜ・ん・ぜ・ん・解ってないじゃないのおおおおおおお!!!」

「痛い痛い痛い頭ぐりぐりはやめて何でそんなに怒ってるのおおおおおおおおおお!?」

自分を放ったらかして騒いでいる目の前の年上のお姉さん達に、ラピスはかつての某美少女艦長を思わせる口調で冷たくこう呟くのであった。

「馬鹿。」

「イヤマッタク。」

少しは弁護してやれよ、98……。

 

「いいのか?止めなくて。」

「あら、仲睦まじい光景じゃありませんか。」

「……そうか?」

 

 

 

「アキト、どうしたの?」

「いや、思い出したら頭痛くなってきた……。」

「?」

初音の話によればモノはDシリーズに留まらず、全て響美輝個人の趣味で他にも白い悪魔は言うに及ばず赤い聖戦士、灰色の悪魔、蒼き流星、死の大天使、蒼き死神、白い人形、果ては狂った歯車なんてマニアックな物まで開発して、せっかく有るんだからと状況に合わせて利用しているなどと言われては、まあ頭も痛くなるだろう。趣味に走るにも程がある。

「それはそれとしても、確かに家中の気配の動きが掴めるような感覚は有ったがな……。」

気持ちを切り替え、掌を見つめながらアキトは呟いた。

人間の肉体は一部の機能を喪失すれば、それを補うべく他の部分の機能が増大するものだ。

ましてアキトは全身の感覚を失っている状態で師である月臣をも上回る腕前を身につけていたのだ。それが五感を取り戻した完全な健康体になった今、アキトの肉体の戦闘能力は彼自身にも見当もつかなかった。

「いかがです?考えはまとまりました?」

唐突に背後から声を掛けられ、彼は驚いて振り向いた。全く気配が掴めなかったのだ。

「……初音さん」

自分のすぐ後ろに立ってにこにこ笑っているその美しい女性はどう見ても動きやすそうには見えない着物もどきの姿である。

そんな格好で今の自分に全く気配を悟られずこの必殺の位置までやって来たというのか?今までの彼女の気配はわざと出していた物なのだと唐突にアキトは悟った。それと同時に底知れない恐ろしさを感じる。

「強い、な……。」

「いえいえ。皇族の中では私なんて大した事ありませんよ。で?いかがなさいます?失礼ですがこちらも一応忙しい身でして、あまりのんびりも出来ないのですよ。」

心底申し訳無さそうな顔で頬に手を当て、首を傾げる初音。

「…………すまないが、まだ考えがまとまらない。」

それは本心からの台詞だった。五年の命と宣告された時点で彼は復讐を果たした後の事を考える事は止めていた。

そしてそれを果たした後は、余命幾許も無い身でそれを考えても仕方がないと諦めていた。唐突に健康体に戻ってしまった所で感じるのは戸惑いばかりというのが正直な所だったのだ。

彼女もその返答は予想できていたらしく、折衷案を出した。

「ではこうしましょう。考えが纏まるまでの間、ラピスちゃんと一緒にこの家の管理人をしていて頂けませんか?」

「何?」

人の住まない家はあっという間に傷むものだ。今はジョージが管理しているが、鷲羽の助手をしながらこの広い家全体とにんじん畑の面倒をみるのはいささかきつい。アキトがそれを引き受けてくれるなら多少は給料も出そうというのだ。

明らかに口実であったが、アキトにとってもこの提案は悪いものではなかった。ゆっくりこれからを考える時間も欲しかったし、戦いしか知らないラピスに静かな暮らしを教えてやりたくもあった。

「わかった。引き受けよう。」

「よろしくお願いしますね。」

 

 

「じゃあとりあえずユーチャリスだけ残して帰るのね?」

「そういう事ね。じゃ、蘇羅ちゃんは引き続き地球でのお仕事頑張ってね♪」

「え?スカウトの予定はさしあたりこれで終わりじゃ……」

「あらあら、鈍い子ねえ。津羽輝ちゃんと響美輝ちゃん連れて来たのは何の為?」

「カルナギルドの件の連絡……って、あたしがやるのお!?」

「当然でしょ?あなたが前任なんだから♪」

「……お休みは?」

「お預けね♪そうそう、ちゃんと調査の拠点は別の所にね?鷲羽ちゃんに迷惑かけちゃ駄目よ?」

「……………鬼。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ここは何処?)

お母さんの執務室

(わたしは誰?)

                                 くずは                                                                                                               お母さんの二番目の娘。三ノ宮 樟葉。

(どうして私はこんな所にいるの?ここで何をしてるの?)

それは……………………

 

「ほら樟葉ちゃん、手が止まってる!!」

「ううっ、なんでお母さんのお仕事私がやんなきゃいけないのお!?」

「ごめんなさいね。一般業務でも一度溜めると大変な事になるのよ。」

いつもの光景ではあった。

初音が事務の書類の決裁を溜め込んでは彼女の筆跡を完璧に再現する特技を持つ樟葉をあの手この手でだまくらかして仕事を押し付け、その隙に宇宙のあちこちで悪さしてくるのである。

流石に機密書類にはそんな事は無いが、局内で普段まわされる書類の初音のサインはほとんど樟葉のものだと言うことは局内では公然の秘密であった。

「ほら、泣かないで?もうすぐ終わるから。ね?」

「うん。がんばる……」

今回は二週間分の書類の山との消耗戦を強いられ、もとからへたれの彼女は既に半泣きであった。

「これで、これで終わり……。」

やっと休める。彼女はそう思い体の力を抜く。

しかし、タイミングの悪いアクシデントという物が世の中には良くある。今回の場合それは、新たな書類の束と言う形でやって来た。

「すいません、総務からの備品の件で……」

 

また?

またきたの?

なんであたしがこんなめに?

これはもともとぜんぶ……おかあさんの……おかあさんの……………………

 

「お……」

うつむいてしゃくりあげだした彼女の口から低く声が漏れ出す。

「やばいわ!始まる!!」

「ああっ!持ってくるの忘れてた!!」

「馬鹿!!早くこれつけて!!」

外野が騒ぐ声などもはや彼女の耳には入っていなかった。

「お母さんの……ひっく、お母さんの……」

「お母さんの、馬鹿ああああああああああああああああ!!!」

齢十九歳の少女の号泣を前に大人たちが出来る事は、耳栓の上から両手で耳をしっかりと押え、超音波が頭蓋骨ごしに直接脳を揺らす感覚に耐える事のみなのであった。

 

 

 

 

 

                                                                             続く

 


後書き

おかしいなあ、初音母さんは最初は通信画面での出番しか無かったはずなんだが。

暗躍だけじゃつまんないとの自己主張が激しくて出て来てしまわれました。

おかげで蘇羅の特技ばらせずじまい。次回こそ……。

オリジナル設定ですが彼女、天地の従姉です。天地より少し前に皇家入りしています。

三ノ宮姉妹と共にいずれキャラ設定もお届けできると思いますが、その前に全員登場させんとなあ……。

次回はこれまで出番の無かった彼女も出てきますので。

では、おまけをお楽しみください。

 

 

 

 

(おまけ)

「お母さんの、馬鹿ああああああああああああああああ!!!」

「今日も叫んでるね。」

「そうだね。」

「昨日も叫んでたね。」

「そうだね。」

「明日もきっと叫ぶんだろうね。」

「そうだね。」

 

 

「よろしい。今日こそ天地様の第一夫人はこの私だと言う事をその皺一つ無いつるつるの脳に刻み込んで差し上げますわ!!」

「へっ、それに目じりにも口元にも無いって付け加えときな。てめえと違ってなあ!!」

「何ですってええええええええ!!」

 

 

「こっちもそろそろ始まりそうだね。」

「そうだね。」

「昨日もやってたね。」

「そうだね。」

「明日も多分やるんだろうね。」

「…………………………………………………そうだね。」