アキトアキトアキト!!もう、今まで何してたの?半年も連絡無しで私もルリちゃんもみんなもすっごく心配してたんだよ?ほらほらそんなとこに立ってないで早く入って!変わんないでしょ?アキトがいつ帰ってきてもいいようにあの頃のままだよ?あれ?バイザー着けてないね?目は見えてるの?もしかして治ったの?そうなんだ!うわーよかったねー。これでまたコックに戻れるね!アキトと私とルリちゃんの三人でまた一緒に屋台引こうね?ほらほらそんなとこに立ってないで座って!あ、いっけない、ラピスちゃんの事忘れてた。三人じゃなくて四人だったね?そういえばラピスちゃんは?一緒じゃないの?そっか、わかった。照れて隠れてるんでしょ?大丈夫。ラピスちゃんもルリちゃんとおんなじアキトとユリカのかわいい娘なんだから。そうそう、ルリちゃんに早くアキトが帰ってきたって教えてあげなきゃ!ルリちゃんもね、さらわれて大変だったんだよ。あ、もしかしてアキトが助けてくれたの?うわー、やっぱりアキトは王子様だね!ルリちゃんったらなんにも教えてくれないんだもん。ううん、怒ってないよ。二人でユリカを驚かせようと思った! でしょ?急に帰ってきてほんとにびっくりしちゃった!これからはずっとずうっといっしょだよね!まあその前に裁判とか色々すませなきゃいけない事があるかもしれないけど大丈夫!私はアキトが大好きだし、アキトは私が大好きだもん。うん。これからはきっとみんなうまくいくよ。全部済んだらまずは火星への新婚旅行の続きだね!それからそれから……

「………………ユリカ。すまないが、俺は帰ってきたわけじゃない。」

ほえ?

「お別れに来たんだ。」

 

 

機動戦艦ナデシコ

嵐を呼ぶ乙女達

 

最終話  昨日よりも明日を

 

 

部屋には入ったが、アキトは話の途中にも、話が終わった後も、座ろうとはしなかった。

アキトの衝撃的な第一声に半ば呆然としながら、ちゃぶ台の前に座り込んでアキトの話を聞いていたユリカが叫ぶ。

「なら、なら私も一緒に行く!」

アキトには、ユリカのその言葉は予想できていた。そっと首を振ると問い掛ける。

「ユリカ、おまえは親父さんを捨てられるのか……?」

「!?……お父様を?」

ユリカは答に詰まった。

もう彼女もあの頃の、アキトとの仲を認めない父に反発して家を飛び出すような子供ではない。

幼い頃に母を亡くして以来、男手一つで自分を精一杯慈しんで育ててくれた父を、一人置いて行く事など出来ない。

だが、アキトと共に行くという事はそういう事なのだ。

コウイチロウにはもう自分しかいないことはユリカにも解っており、だから大人しく今まで地上勤務を続けてきたのだ。

アキトについていくなら父を捨てねばならない。父を取るならアキトを諦めなければならない。

板挟みになり、俯くユリカ。そんなユリカにアキトは優しく、あくまで優しく声を掛ける。

「酷い事言ってるな、俺は。おまえにそれを選ぶ事なんか出来ないって事は解ってるのにな。……けど、俺についてくるって事はそういう事だ。親父さんを含めて、これまでの人生で積み重ねてきた全てを捨てる事だ。ユリカ、……おまえにその覚悟は有るのか……?」

ユリカには、答える事が出来なかった。その様子を見て無言で背を向けるとドアに向かうアキト。

「アキト!!」

逃がすまいとその背にしがみ付くユリカ。

「一緒に暮らそうよ……。昔みたいに一緒に屋台引こうよ……。」

弱弱しく呟く。アキトは淡々とした調子で答えた。

「……そうだな。……そうしていけない理由なんか何も無いんだ。それも……悪くない人生だと思う。」

しばらくは苦しむだろう。戦いの緊張感を求めて気が狂いそうにもなるかもしれない。だが、乗り越えられない事は無い筈だ。

ユリカが支えてくれるだろう。仲間たちが手伝ってくれるだろう。……そしていつか、また、皆で笑いあえる日々が戻って来るだろう。

「だったら!!」

縋るように叫ぶユリカ。だが、アキトはゆっくりと首を振るとユリカの手を優しく引き剥がした。

「……おまえに捨てられない物が有るように、俺にも、譲れない物が有る。……さよならだ、ユリカ。」

ユリカは、そう言って部屋から出て行くアキトを見送る事しか出来なかった。

反射的に追おうとしたが、足が動かなかった。

その場に膝を折り、畳に手をつくユリカ。その手の甲に一つ、二つと水滴が落ちる。

「アキトのバカ。バカ。バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカバカバカバカ、………………バカァ……。」

ユリカはこれまで、何かを心底憎んだ事など無かった。

だが、今は憎かった。

もう、アキトは二度と自分の手を取ってはくれない。

自分のもとへ帰ってきてはくれない。

それを悟ってしまった自分の勘の良さが、憎かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火星に寄って行きましょうか?」

『多聞』のブリッジで蘇羅はアキトに尋ねた。

あれから十日。樹雷への出発の日である。

本当はもっと早く出発できたのだが、納屋のにんじんの積込みや、阿耶芽達が樹雷の皆に頼まれた地球土産の為に外出したりもした為、意外に手間取ったのだ。

「いや、いいさ。未練になるだけだ。」

そのアキトの言葉に蘇羅は何か言いたげであったが、結局無言で航路設定を行う。

ちなみにラピスはすっかり美夜呼に気に入られてしまい、彼女に捕まって今も『帝釈』に乗っている。

設定を終えると蘇羅は席を立った。

「少し用事があるのでちょっと部屋に戻りますね。ここお願いします。」

「解った。」

一人になりたかった事もあり、アキトに反対する理由は無かった。

「じゃ、失礼しますね。」

そう言い残して蘇羅はブリッジを出て行き、一人残されたアキトはしばらく遠ざかって行く地球を眺めていた。

しばらくたって、背後の扉の開く音がした。

「ずいぶん早かったね。用は済んだのかい?」

背後に振り向かずに声を掛けるアキト。だが、それに答えたのは非常に聞きなれた、だがここに居る筈の無い人物の声だった。

「蘇羅さんは……、気をきかせて下さったんですよ。」

「……!?」

慌てて振り向いたアキトの目の前で、ルリが穏やかに笑っていた。

 

 

 

 

「何!?ルリ君がまた行方不明!?」

受話器に向かって珍しく怒鳴り声を上げるアカツキ。

『申し訳有りません!二日前に有給を取られてから官舎に篭っておられたのですが、今朝旅行鞄を持ってタクシーに乗られてから行方が掴めず…。』

「ああ、もういいよ。とにかく捜索に全力をあげてくれ。」

SSの警備担当者の言い訳を煩げに遮るとアカツキは電話を切った。椅子に身を預けて呟く。

「ついさっき宇宙軍本部に退役願いが届いたっていうし……、やれやれ、動くだろうとは思ってたけど唐突だねえ。こっちの身にもなって貰いたいよ。」

ぼやいている所にまた電話が鳴った。

「はい、こちら愛の伝道師。」

『会長!?ふざけている場合じゃありません!!』

「やあエリナ君、そんなに取り乱してどうしたい?」

ふざけた態度ながらアカツキはエリナの様子に非常事態の気配を感じ取り、内心身構える。だが、次の瞬間受話器から伝えられた情報には普段のポーズをかなぐり捨てて悲鳴をあげていた。

『ナデシコBのオモイカネが初期化されました!!』

「何だってえええ〜〜〜〜〜〜〜??!!」

 

 

 

 

「どういうつもりだ!!何故ここに居る!?」

怒鳴りながらもアキトは大体の事情を察していた。

出発に手間取ったのはルリが月から地球に戻ってきて合流するための時間稼ぎだったのだ。

思い返してみれば口実としか思えない数々の出発の引き伸ばし理由。

おそらくラピスもぐるになってルリの為に出発を延ばしたのに違いなかった。

「腕の売り込みです。」

ルリはアキトの怒気をはらんだ声に平然と答えた。

「何?」

「優秀な人材を求めておいでとの事でしたので。自分で言うのもなんですが電子戦関連では自信がありますし。」

あらかじめ答を用意していたのだろう、すらすらと淀みなく答えるルリ。

「そんな言い訳が通じるとでも思ってるのか!?すぐに戻るんだ!!」

「そう言われましても……、困りましたね。軍には退役願いを出してしまいましたので戻っても職がありません。」

「ふざけるのもいい加減にしろ!!」

暖簾に腕押しなルリの態度にかっとなって怒鳴りつけるアキト。

「俺なんかの為に何もかも捨てるやつがあるか!!」

「私にとっては……、それだけの価値はありますよ。」

ルリは、うって変わって静かに答えた。

 

 

「……あの時、帰って来なかったら追いかけると決めました。私が自分で決めた事です。アキトさんがなんとおっしゃられようとその気持ちは変わりません。あなたに帰るつもりが無いなら、私が追いかけます。だからついてきました。それだけの事です。」

「だからといって物には限度が……。」

ルリの放つ静かな迫力に押され、怯みながらも反論するアキト。ルリはそれに突然激したように叫んだ。

「……今しか無かったんです!!今を逃せばアキトさんは手の届かない所に行ってしまう!!私の力ではどうやっても追いかけていけない所に飛び去ってしまう!!そんなのはいやです!!私はアキトさんと一緒にいたい!!どんな時にもあなたの事を一番そばで見ていたい!!その為に必要なら……、必要なら、何だって、ナデシコだって捨ててみせます!!」

いつしかルリの頬を涙が伝っていた。

「……ルリ、ちゃん…………。」

この少女のか細い体の何処にこれだけの激情が収まっていたのだろうか。アキトはそんな埒も無い事を考える。

「いやです……、もう会えないなんて、いやです……。」

俯いて激しくしゃくりあげるルリ。

アキトは一つ、大きな溜め息をつくと頭を掻き回しながら言った。

「……ああもう……、解ったよ。どうせ言ったって聞きやしないんだから……。」

「アキト、さん?」

まだ泣き声混じりながらもそのアキトの声に何かを感じたか、顔を上げるルリ。

「後悔したって知らないからね。」

照れたようにそっぽを向いて話すアキトの言葉に、ぱっと表情を明るくするルリ

「……はい。」

「もう後戻りは出来ないんだよ。」

「はい。」

「これからは、これまで以上に大変な毎日なんだからね?」

「はいっ!」

アキトはルリを真っ直ぐ見ると、頭を掻きながら言った。

「……それじゃ、これからもよろしく、ルリちゃん。」

「はい。アキトさん!」

 

 

 

「まるく収まりましたか。おめでとうございます、ルリさん。」

『帝釈』のブリッジ。

いざとなったらルリに加勢しようと、98に頼んでずっと様子を見ていた阿耶芽は優しく微笑むと、脇に目をやった。

「ですけど、本当に良かったんですか?ラピスちゃん。」 

隣のシートではラピスが美夜呼の膝の上でじっとウインドウを眺めていた。

「いいの。私じゃアキトのお嫁さんにはなれないから。」

「……そうですか?」

「うん。アキトは私の事、娘としか見てない。それはわかってる。」

「最初から諦める事は無いと思いますけど……。」

釈然としない様子の阿耶芽にラピスは意外に元気な顔を向けた。

「大丈夫。私はルリになれないけど、ルリも私にはなれないもん。だから私とアキトの関係の間に割り込める人は誰もいないの。私はそれで十分だから。後はルリに譲ってあげる。」

「……ラピスちゃんは優しい子ですね。」

優しく微笑む阿耶芽。それまで無言で話を聞いていた美夜呼は、表情を緩めるとゆっくりとラピスの髪をなでた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソノ身体ニモソロソロ慣レタダロ?具合ハドウダイ?」

「なんだかこう……、頭が冴え渡るような感じがするよ。凄い演算能力だな〜。」

「このサイズで自由に動き回れるというのはなかなか新鮮ですね。これで直接ラピスについていてやれます。」

「ナンダ、僕ガ羨ヤマシカッタミタイナ言イカタダナ?」

「まあ少しは。」

 

 

 

「最初っから予定のうちだったんでしょ。」

『あら、何の話?』

艦内の自室から蘇羅は初音の執務室にアンシブル通信をかけていた。

「あんなもの送り付けといて今更とぼけないで。ルリちゃんを引っ張り込むのも予定のうちだったんだろうって言ってるの。」

『蘇羅ちゃんたらひどい……。もしかしたら必要になるかもしれないと思ってダッシュ君のぶんと一緒に予備のつもりでつけただけなのに……。』

傷ついた表情になって口元に右手を当てる初音。

「その態度に何度騙されたか……。」

うんざりした様子で深々と溜め息をつく蘇羅。

初音の送りつけてきたコンテナの中身。

それは、「おもいかね」「だっしゅ」と大書された頭の空っぽの皇族用ガーディアンだったのだ。

わざわざそんなものを用意していた以上、初音の当初からの魂胆は見え見えだった。

ちなみに、結局廃棄する事になったユーチャリスから引っ越してきたダッシュと共に、ルリについてきたナデシコBのオモイカネ、即ちナデシコA時代からずっとルリと共にあった全てのオモイカネ型AIの母体たるオモイカネも今はガーディアンとなっている。

たった二回の出撃の経験しかないナデシコCのオモイカネも経験ではオリジナルに遠く及ばない以上、ネルガルの損失ははかり知れず、エリナやアカツキが悲鳴をあげるのも無理も無い話。

「それだけじゃないわ。阿耶芽達だって幾ら『帝釈』でもあんまり来るのが早すぎる。少なくとも二日前には出発してなくちゃ間に合わない筈よ。まさかテロの事もカルナの計画も何もかも知ってて二人を釣り上げるのに利用したんじゃないでしょうね?」

自分の調査が課題のようなものだという事はもとから彼女は承知していた。

二百年前はいざ知らず、今や初音はただの情報部bQではない。「鬼姫」瀬戸の右腕であり、誰疑う者のない神木の次期当主である。

樹雷の黒幕とも言われ、樹雷皇すら平然とちゃん付けで呼ぶと言う瀬戸の後を継ぐという事は、彼女の樹雷情報部をも凌ぐ個人的情報網をも引き継ぐという事を意味し、現に初音は既に「それ」の管理を一部任されているのだ。

その情報網はカルナの内部にもとうに入り込んでいるはずである。

初音はカルナの動きを知っていながら何もしない事によってアキトやルリの背中を押すのに利用したのではないか。蘇羅はそう睨んでいた。

「決めたのはあくまであの二人。それはわかってる。けど、どうしてそこまでしなくちゃいけなかったの?こんな回りくどい事して、いらない陰謀巡らして、そこまでしてあの二人を欲しがる理由は何?」

蘇羅の問いに対して初音はただ微笑むだけだった。

聡くなったものだ。けど事が終わった後に気付くようじゃまだまだね。

途中には大体読めているようでなくちゃ相手の裏はかけないわよ?あなたには期待してるんだから♪

『……あの子達には太陽系は狭すぎる。母さんはそう思っただけよ。』

「……それは……、まあ、否定しないけど……。」

それは初音の本心だった。アキトにせよルリにせよ、太陽系においてあまりにも突出し過ぎた力を持っていること、それが問題だったのだ。

兵士として、A級ジャンパーとして極めて強力な戦闘マシーンであり、大した後盾を持たないアキト。

禁止されたマシンチャイルドとして電脳世界で他の追随を許さない存在であり、後盾のコウイチロウは娘を守る事で精一杯のルリ。

例え火星の後継者をどうにかしたとしても、太陽系という狭い世界の中で彼らは間違い無くこれからも狙われ続ける。ならばもっと広い世界、彼らほどの力を持つ者がそれほど珍しくない世界へ連れ出してはやれないか。

こっち側でも十分に一流以上の力の持ち主だけれどね、と初音は考える。

ひきあわせたら面白そうなあの子もいるし、これからますます楽しくなりそうね♪

「……またなんか良からぬ事企んでるでしょ。」

じと目でこちらを睨んでくる蘇羅に子供っぽく口を尖らせて反論する初音。

『蘇羅ちゃんひどいわ。母さんは愛と善意とおちゃめの人だっていつも言ってるじゃない。』

「…………わかったわよ。では、これより三ノ宮 蘇羅以下三名、闘士候補生二名を連れ樹雷に帰還します。以上!」

『はい。はやく帰っていらっしゃい。』

疲れきった顔で蘇羅は通信を切った。

邪気と陰謀と裏工作の人でしょなどと言った所でこたえる母ではない事は承知していた。

 

 

 

 

 

 

「…………で、ね。くーちゃん?いいかげんこれ、ほどいてくれない?」

通信を切った後の冷や汗混じりの初音の言葉への樟葉の返事は、たった一言だった。

「……………………お仕事して。」

初音の執務室。

部屋の主である筈の彼女の体の通信画面に映らない部分は椅子に縄でがんじがらめに縛り付けられており、自由になるのは右腕だけだったりする。

「いや、あのね?一ヶ月分の仕事押し付けたのは悪かったと思ってるけどこの扱いは」「お仕事して。」

その縄尻を握る樟葉の目は完全に据わっており、秘書の女性は何を言っても無駄とばかりに見て見ぬふりを決め込んでいた。

「ねえ。この扱いは娘が母親に対して取る仕打ちじゃ」「お仕事して!」

樟葉は諦めの悪い初音に顔を近づけて仕事を迫る。

「あの、樟葉ちゃんもうちょっと冷静に話し合いましょ?ね?」

「お ・ し ・ ご ・ と ・ し ・ て !!」

顔がくっつきそうな距離まで近付いて怒鳴る樟葉。

「あ、だめ、そんなに迫られたら母さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………こんな事したくなっちゃうから(はーと)

謎の効果音の直後に部屋の壁に背がつくまで一瞬で後ずさった樟葉は、真っ青な顔色で口元を押さえて小刻みに弱弱しくかぶりを振る。

何があったのかは謎だがたいそう衝撃を受けた様子の彼女は既に涙目である。

「初めてだったのに・・・。好きな人とって大事に取っといたのに・・・。」

意味はわからないが悲痛な呟きが彼女の口から漏れる。それを聞きつけた初音がよせばいいのにいらん一言を言った。秘書の女性は既に耳栓を装着済みである。

「あらら、初めてだったの?……ファーストキッスはほんのりレモン味?」

「お……、おかあさんのばかああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 

 

 

 

 

「なんであそこまでショック受けるのかしら?」

超音波を周囲に撒き散らしながら樟葉が部屋を飛び出していった後。

真正面からそれを喰らいながら平然たる様子で、心底不思議そうな顔をして右手を頬に当て首を傾げる初音。足元に縄がばらりと落ちる。

「……それ、本気で言ってます?」

「え?」

質問の意図が全然わかりませ――んという顔の初音に秘書の女性は深く溜め息をついた。

あの一瞬に初音が何をしたのか?それは良い子も悪い子も追求してはいけない未来永劫解けない全くの謎なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

その紅い長髪を首の後ろで括った鳶色の瞳の女性はふと鍛錬の手を休めた。

「どうしたの?」

それを眺めていた黒髪の女性が声をかける。

「樟葉がまた初音に泣かされたようだ。じきここに来るだろ。」

「また?しょうがないね、あの人たちも……。」

黒髪を揺らしてその女性は苦笑まじりに溜め息をついた。

「ずいぶん懐かれたな?毎回あれを宥めるのも大変だろう?」

「ん〜〜、阿耶芽ちゃんが留守にしてるからね……。」

その女性には困ったような顔で笑う様が非常に似合っていた。

「……あいつの話はするな。」

とたんに不機嫌になる赤毛の女性。

「ふふっ、そんなに悔しい?」

悪戯っぽい顔をして相手の顔を覗き込む黒髪の女性。

「五月蝿い!!」

「北ちゃんたら手も足も出なかったもんね〜〜。」

「黙れ!次は勝つ!」

「零夜さあ〜〜〜〜〜〜ん!!」

そんなふうにじゃれ合っている二人の所に泣きながら飛び込んでくる樟葉。

「ああ、よしよし、泣かないで。今度はどうしたの?」

「私、汚されちゃった、汚されちゃったよううう〜〜〜〜〜〜!!」

「え゛?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーー許して欲しいとは言いません。抜け駆けと怒ってくださっても構いません。

私はあの人についていきます。どこまでもついていって、あの人の行く末を見届けます。

一番大切なものは、なにがなんでも諦めない

それが、ナデシコで手に入れた私の『私らしく』ですから。

もう、お会いする事も無いかもしれませんが、どうか、お元気で。

                                        

                                            ホシノ ルリ」

 

 

大衆食堂「日々平穏」。

入口に「準備中」の札のかけられた店の中で、ハルカ ミナトは読み終えた手紙をカウンターに置いた。

「そっか……、行っちゃったんだ……。」

「……はい。」

「あなたは……、それでいいの?」

そう言うと、ミナトは隣に座るユリカに目を向けた。

「私……、ずっとアキトが帰ってきた時のことしか考えてませんでした。あの頃の毎日は本当に幸せだったから、アキトにとってもそれは同じだろうって、単純にそう思ってたんです。」

カウンターの上で組んだ自分の両手を見つめながら、ユリカは話し出した。

「けど、それは間違いでした。私の知らない三年の間に、アキトも変わってた。それなのに昔の暮らしに戻れって言われても、できるはず無かったんです。身体に合わなくなった服はもう着られないんですから。……だから追いかけられなかったんです。アキトにも私にも、捨てられない物が有るってことがわかっちゃいましたから。でも、ルリちゃんは違った。」

「………………。」

ユリカはそこで一旦言葉を切った。無言で先を促すミナト。

「勝手ですよね。ルリちゃんは、ただアキトを追いかけていっただけなんです。自分がアキトの傍に居たいから、アキトの気持ちなんか無視して、ルリちゃんを大切に思ってる皆の事も何もかも放り出して。……でも、ナデシコの『私らしく』は結局それなんですよね。何を犠牲にしても、自分の素直な想いを押し殺して幸せになんかなれないって。……わかっていた筈だったのに……。えへへ、いつの間にか追い越されちゃいました。」

そう言うと、ユリカは肘をついて組んだ両手に額をあずけた。長い髪が表情を覆い隠す。

「……勝ち目なんかありませんよね。昨日しか見てない人間と、真っ直ぐ明日を見ている人じゃ。」

「ユリカさん……。」

ミナトには、かける言葉が見付からなかった。だが、顔を上げたユリカは意外に元気な顔だった。

「やだ、そんな声出さないで下さい。私、諦めたわけじゃありませんよ?」

「え?だって、アキト君はもう……。」

ミナトの戸惑った声に、ユリカは晴れやかな笑顔で答えた。

「この同じ宇宙で生きて、同じ時を過ごしてるんです!二度と逢えないなんて、そんな事有る訳ありません!勝負は、次に会う時までお預けです!!」

ミナトはしばらくあっけに取られてぽかんとしていたが、やがて楽しそうに笑いながら頷く。

「そうね。それでこそ我らが艦長!!」

「はい!!」

明るい笑い声が店に響くなか、口をはさまずに黙々と下準備をしていたホウメイは、そっと楽しげに笑みをもらした。

 

 

 

 

 

それは、いつか語られる昔話

後には敵対する者達から

ディザスター・シスターズ

「災厄を呼ぶ姉妹」

と恐れられる少女達が

ほんの駆け出しだった頃の物語

 

 

                                                                       とりあえず 

 


後書き

どうにかこうにか一段落です。

ちゃんと天地キャラを出せとお怒りかもしれませんが、あくまで天地ワールドとのクロスオーバーとして始めたので、彼らの重要度は最初からそれほど高くなかったんです。

話を続ければ出番も回ってくるでしょうが、揉め事のネタが浮かばん事にはどうにもならんのです。

幾つか外伝のネタは有りますので、さしあたりそれで勘弁してください。

「あの二人には太陽系は狭すぎる。」この一言のために始めた連載でした。

というわけでアキトもルリも樹雷では超一流ではあっても超越者ではありません。

アキトは阿耶芽に敵いませんし、ルリも技術と経験を身につけた蘇羅には及びません。

広い世界にはいくらでも上には上がいるものなのです。

「……ねえ。」

ん?津羽輝か。どうした?

「その意見には賛成だけどさ、……あれはどうかと思うんだけど?」

「あ〜〜はっはっはっはっはっはっはっは!!出来た!!出来たわ!!私、天才だわあああ〜〜〜〜〜〜!!」

………………あいつか。

「……うん。」

「運命の歯車は回り始めたのよ!!錨は巻き上げられ、炎の時代が始まるのよおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「……なんか危険な事喚いてるんだけど。」

    き ょ う い く                                                                                                                                     ……性格設定、間違えたかも知れんな…………。