この、慮外者おおぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜!!」

「待ちなさい!!このバカ猫吸血鬼!!」

「にゅははははははははははは! 待てといわれて待つ馬鹿はいないにゃ〜〜〜♪」

「黙りなさい!!今日こそは冥土に送ってあげます!!」

「怒りっぽいのは栄養が偏ってる証拠にゃ〜〜。偏食は肥満や発育不良の元にゃにょよ?」

「お、大きなお世話です!!」

「や〜〜〜い、シエル60オーバー妹70アンダ〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

「「………………殺す!!!」」

 

 

 

 

「…………君も、毎日大変だね…………。」

「…………天地さんこそ。」

「…………うちは二人だからね。君の所よりはましだよ…………。」

「誰も悪くなかったのに…………。俺たち、何でこうなっちゃったんでしょうね?」

 

 

 

 

「志貴さま……。」

「悪いのは天地ちゃんと志貴殿じゃないの?」

「くすくす……、自覚していてもどうにかなるものじゃありませんよ♪」

「秋葉さまも皆様も退くって事をご存知ありませんからねー。」

「「「あはははっ」」」「…………(汗)」

 

 

 

 

 

 

 

「……みんな、いつも元気だよね。」

「ああ、そうだな。」

「……楽しそうだね?」

「気を抜いてると巻き添え食らうからな。いい環境だ。」

(……ただの巻き添えで串刺しにされそうになったり凍死しかけたりする生活空間でそんなこと言えるの北ちゃんだけだよ……)

 

 

 

機動戦艦ナデシコ

嵐を呼ぶ乙女達

 

いんたーみっしょん

vol.2 羅刹の叩きのめされた日

 

 

『逃げなさい!! 北斗を連れて、今すぐ!!』

紫苑 零夜が東 舞歌の声を聞いたのはそれが最後だった。

黒い機動兵器によるコロニー襲撃の一ヶ月前。

彼女の元に舞歌から掛かってきた緊急通信は、それきり不自然に切れたままうんともすんとも言わなくなった。

その頃、自らのうちに宿るもう一つの人格、枝織との肉体の主導権のせめぎ合いが限界に達し、精神崩壊一歩手前のほとんど寝たきりになった北斗の世話を零夜はそれこそ付きっきりでしていた。

そんな状態になってまでも、北斗は零夜か舞歌しかその身に近付けようとはしなかったのだ。

どちらかの人格が表に出てくるのは日にほんの三十分ほど。

あとは眠っているか、ぼんやりと宙を眺めているだけの状態でありながら、その防衛本能だけは健在だった。

「舞歌さん?舞歌さん!!―――――逃げなきゃ!!」

しばらく前からの周囲の不穏な空気を感じ取っており、舞歌からのさりげない示唆も有って逃走ルートを密かに確保していた零夜はその場で直ちに決断。北斗を連れコロニー「シラヒメ」から定期便に紛れ脱出した。

まさに鼻の差の逃亡であり、用済みになった北斗を始末するべく北辰と六人衆の乗る船がシラヒメに入港してきたのは彼女たちの乗る船と文字通りの入れ違いであった。

 

 

 

 

 

 

「―――――――うん。接触はし易くなったんだけどその分面倒な連中が動き出して……。一人じゃさすがに手に余るのよ。あの子達を寄越してくれない?―――――――うん。合流ポイントは……」

 

 

 

 

 

 

「……これから、どうしよう……?」

月面都市アンマン。

当座の食糧を調達して潜伏先の安ホテルに戻る道程で、零夜は途方に暮れていた。

脱出以来二週間、舞歌との連絡は一切取れなかった。

西沢を始めとする火星の後継者穏健派の保護を受けられれば最良なのだが、そもそも接触の手段が無いうえ、真紅の羅刹の名は味方にも未だ恐怖の代名詞である。受け入れて貰えるかは五分五分だった。

だいたい逃亡中の身としては、こちらから所在を明かすような事は論外である。

ネルガルを頼る事も考えたが、北斗は彼らにとって不倶戴天の仇敵である北辰の子である。

零夜自身、アキトやユリカをあんな目にあわせた火星の後継者の一員として、どの面下げて保護を求められるかという思いで一杯であり、また北斗の世話に掛かりきりでユリカの正確な所在を知っているわけでもなく、取り引きに使えるような情報も持ち合わせていない以上、ネルガルに身を寄せるのもあまり現実的な手段とは思えなかった。

「……結局、このまま逃げ回るしかないのかな……。」

手持ちもあまり豊かとは言えない。零夜は先の見えない現状に思い悩み、そのために気付くのが遅れた。

「……紫苑 零夜だな。」

我にかえると編笠にマントの男二人に道の前後を塞がれていた。ほかに人通りは無い。

(北辰さん直属の六人衆の二人……!)

自分の迂闊さに歯噛みする。

零夜とて素人ではない。一対一なら何とか対抗できる自信はあった。

だが、相手は前後に二人。分が悪すぎる。

(どうする?どうやって切り抜ける?)

荷物を落として前後の気配を探る。

上司の悪い影響でも受けたか、前の男が嫌らしい笑みを浮かべて零夜を嘲笑った。

「くく。うまく逃げたものだな。だが我々を甘く見るな。今頃は隊長も羅刹を始末している頃だ。すぐに後を追わせてやろう。」

(北辰さんに六人衆が四人!?そんなの、今の北ちゃんじゃ!!)

既に寝たきりになって久しい。北斗の身体は相当衰弱している。それでも六人衆の一人や二人は撃退できるだろうが、北辰もいるとなると今の彼女ではどうにもならないだろう。

北斗の身を案じるあまり零夜は一瞬今の状況を忘れた。それは致命的な隙となる。狙いどおりの効果にほくそ笑みながら六人衆の二人は小太刀を抜き、僅かにタイミングをずらして突っ込んできた。

「!!」

殺気を受けて我に返り、目の前に迫った正面の男の攻撃を何とかかわす零夜。だがそのために体勢が崩れ、後ろからの攻撃はどうにもかわせそうに無かった。

(北ちゃん!!)

最後の瞬間まで、零夜がまず第一に案じるのは北斗の身であった。

 

 

その時、一発の銃声が響いた。

 

 

「……あ、あれ?」

いつまでたっても予想した感覚がやってこない事に戸惑い、思わず目を閉じてしまっていた零夜は恐る恐る目を開けた。

「………………え?」

目の前には予想もしなかった光景が広がっていた。

何時の間に現れたのか、目の前に一人の少女が佇んでいたのだ。

ついさっきまで自分を殺そうとしていた怪しい格好の二人が地面に倒れており、それをあまり感情を感じさせない目で見ていた長い黒髪をアップに纏めたその十五、六ほどの少女はこちらに声を掛けてきた。

「……怪我は?」

「え、あ、……無い、けど。」

「……そう。」

そう言うと、その少女は足元の男たちを拘束し始めた。

「あ、あの……?」

戸惑い気味に声を掛けてくる零夜に、その少女はちらりと視線を向けると

      み や こ
「……美夜呼。」

と言った。

「え?」

わけがわからない零夜の様子を見て少女は手を止めると、今度はちゃんと顔を向けて言った。

「……私の名前。三ノ宮 美夜呼。」

「あ、ああ、そうなんだ……。」

名乗っただけで再び作業に戻る美夜呼になんと声を掛けたものか迷う零夜。そんな彼女の背後から声が掛けられた。

「すみません。その子、あんまり人と話すのが得意じゃないんです。」

慌てて振り返ると、十七、八くらいの長い黒髪を首の後ろで束ね、眼鏡を掛けた美夜呼とよく似た顔立ちの少女が銃を懐にしまいながら歩み寄って来ていた。

見れば道の隅に小太刀が転がっている。

どうやら自分に刺さる寸前だった小太刀を彼女が銃で弾き飛ばし、美夜呼が男たちを失神させたようだった。

(六人衆を何の気配も無しに……。すごい……。)

「いきなりで驚かれたとは思いますけど、私たちはあなた方の敵じゃありません。話だけでも聞いていただけませんか?」

そう言われて零夜は急に北斗の事を思い出した。

「ごめんなさい!!後にしてくれない?行かないと……!!」

今にも走り出しそうな零夜を押しとどめる少女。

「落ち着いてください。私たちもご一緒しますから。」

「駄目よ!六人衆二人に勝ったからってあの人相手に敵うわけが……。」

止めようとする零夜の態度にくすりと笑うと、少女は軽く言った。

「大丈夫ですよ。あなたが恐れていらっしゃる連中なら、今頃叩きのめされてます。」

「え?」

明らかに言われている言葉の意味がわからない様子の零夜。

「あ、申し遅れました。美夜呼の姉で三ノ宮 蘇羅と申します。今後ともよろしくお願いしますね。」

 

 

 

 

「恐れ入りますがこの先は立ち入り禁止です。お引き取りいただけませんか?」

六人衆の残り四人を従え、北斗の部屋に向かう北辰の前に立ち塞がったのは、十六歳ほどの膝裏まで届く長い黒髪を背中に流した和装の吹けば飛びそうな少女だった。

「邪魔だ。どけ。」

「お断りします。」

軽くぶつけた殺気に全く怯む様子の無い少女の様子に、余計な時間を取るのも面倒と部下の一人に声を掛ける北辰。

「烈風、殺れ。」「はっ。」

命令に従い小太刀を抜いて飛び出していく烈風。だが、次の瞬間に起こった事は北辰の予想とは違っていた。

「むっ?」

いまにも少女を刺し貫くと見えた烈風が急に崩れ落ち、床に伸びるのを見て、不審気な顔をする北辰。

「あなた方に直接敵対するつもりはありません。あなたに引導を渡す権利を持つ方は別にいらっしゃる事でもありますし。」

「……一斉に掛かれ。」

他の三人にも命じるが同様にあっさりと意識を刈り取られる。

「……何者だ。」

烈風たちがどのように倒されたのか推測はできる。だが、北辰ほどの腕をもってしても全く見えなかったのだ。

それは即ち、目の前の小娘が彼など足元にも及ばない高みに達している事を示していた。

「教えて差し上げる義理はありません。……やはり面倒ですね。眠っていてください。」

その言葉を聞くと同時に北辰は牽制に錫杖を投げつけると大きく身を翻し、少女の間合いから逃れようとしたが、既に少女は北辰の視界から消えていた。

(修羅………)

そんな言葉が浮かんだ次の瞬間には北辰の意識は吹き飛ばされた。

 

 

彼らが目を覚ましたときには既に北斗の部屋はもぬけの空であった。

以後、北斗と零夜の消息は完全に途絶える事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北斗さんの具合はいかがですか?」

『帝釈』のメディカルルーム。

収容されてから一応の検査を行った後、そのままベッドに寝かされている北斗の傍についている零夜の背後から蘇羅が声を掛けてきたのは、そろそろ夕食時になった頃だった。

「……何か訊きたい事がおありのようですね。」「……ええ。」

硬い声で答える零夜の様子に軽く溜め息をつくと、蘇羅は丸椅子を持ち出して北斗に近付かないように壁際に座り込んだ。

「どうぞ。わかる範囲でならお答えします。」

その言葉に促されるように零夜は口を開いた。

「舞歌さんは、もう……?」

「……はい。二週間前、東少将、西沢大佐を始めとする火星の後継者の一部穏健派は粛清されました。これによって火星の後継者は決起に向けて内部意見を統一したことになります。」

「……知ってたのね?」

「粛清をという意味なら答えは……イエスです。」

「――――どうして?」

膝の上で握り締めた自分の両手を見つめながら零夜は問いを続けた。

「あんなに強くて、こんな凄い技術を持ってて、どうして舞歌さんを助けてくれなかったの?」

「……無理だったからです。」

その答えにかっとなった零夜は蘇羅を睨みつけると思わず怒鳴っていた。

「嘘!!」

そんな零夜を冷静に見返して、淡々と言葉を返す蘇羅。

「無理でした。彼らの根拠地の中枢に潜り込み、東少将を助け出し、誰一人殺さず我々の存在の証拠を残さず脱出するなんて芸当は。我々にも立場と都合があります。彼女一人のために危険は冒せませんでした。」

「そんな……、そんな身勝手な理屈で……。舞歌さんの事だけじゃない!!ずっと外から私たちを見ていたって言ったわよね!?止められるだけの力は持ってたくせに、どれだけの戦争を放置して、どれだけの死ななくていい人たちを見殺しにしてきたの!?」

睨み殺さんばかりの零夜の視線を正面から受け止めると、蘇羅は口を開いた。

「私たちが、よそ者だからですよ。」

 

                                          こ こ
「どれだけの力を持っていようと、私たちは太陽系では部外者です。歴史を作る権利も、未来を紡ぐ義務も、あなたたちの物であって我々の物ではありません。」

部屋の中に蘇羅の言葉が響く。

「私たちは通りすがりのよそ者に過ぎないんです。あなた達の歴史に深く関わるような事は分を超えます。」

「そんな言い訳……!」

「それとも、自分達の行く末を自分達で決める事もできない、赤の他人に指図してもらわないと我が身の始末もできない、そんな愚かな人々なのですか?あなた方は。……私は、そうは思いたくありません。」

ぐっと詰まる零夜。

「未開惑星保護条例は伊達に有る訳ではありません。宇宙は、自分で自分の面倒も見られないような者が生きていけるような甘い環境ではないんです。自力で自分達の内部を纏め、外宇宙に飛び立つだけの技術を身につけるまで、干渉は許されません。」

反論の言葉を封じられ、零夜は項垂れた。家庭内の揉め事に他人は口出ししない。蘇羅の言うことはそういうことであり、それは全くの正論なのだから。零夜は力なく呟いた。

「なら………、どうして、私たちを助けてくれたの?」

「建前論はともかく、ただ何もしないで黙って眺めてるのも精神衛生上良くないじゃないですか。」

そう言いながらやや沈んだ笑みを浮かべる蘇羅。

「人材を集めるついでに舞台での役割を終えた行き場の無い人達をばれない程度に拾い上げる。まあ、これくらいは許されるんじゃないでしょうか。……舞歌さんみたいに、限界はありますけど。」

「……どうにか、ならなかったの?」

「……神様にだって、できる事とできない事があります。まして私たちは、ただの、人なんですよ。」

 

 

 

 

 

「どうするつもりなの?」

「……荒療治だって。」

蘇羅と美夜呼はブリッジからモニター越しの映像を眺めていた。

『帝釈』のカーゴスペース。

あくまで戦闘艦のためあまり余裕は無いが、ある程度は開けた空間が広がっている。

零夜が阿耶芽に北斗をそこに連れてきて欲しいと頼まれたのは、一夜明けた翌日の朝だった。

いまだ放心状態の北斗を肩で支えて零夜がやって来ると、既に阿耶芽は部屋の中央で待っていた。

「連れてきたけど、何の用なの?」

「……少々歯痒いもので。」

そう言い終わるやいなや阿耶芽はとてつもなく純粋かつ強力な殺気をぶつけてきた。

その標的では無かったと言ってもそのすぐ隣にいた零夜はそれだけで失神しそうになり、標的となった北斗は、意識の無いまま防衛本能の命令に従って阿耶芽に飛びかかり、

凄まじい勢いで阿耶芽から見て右側の壁に叩きつけられた。

 

 

「……無様ですね。」

壁際に崩れ落ちる北斗に容赦の無い言葉を浴びせる阿耶芽。

「幼い頃から自分の意志も無く暗殺のための道具としていいように利用され、邪魔になったからと消されかけ、弱さの象徴として散々否定してきた女性相手に手も足も出ないほどに落ちぶれましたか。そんな調子でよくも真紅の羅刹などと名乗れたものです。」

聞き捨てならない言葉に反応する零夜。

「勝手なことばかり言わないで!!あなたに北ちゃんの何がわかるって言うの!!」

「黙りなさい。」

阿耶芽のその言葉は、特に声を張り上げた訳でもなく、ごく普通の調子だった。

だが、声に込められた意思で零夜は半ば金縛りにされていた。

阿耶芽は北斗から視線を外すと、正面から零夜を見つめた。

「ここまでの事態の悪化を招いた責任の一端は、あなたにもあるのですよ。」

「……わたし、に?」

阿耶芽の視線の重圧に耐えながら、どうにか言葉を搾り出す零夜。

「彼女のあの状態は自分の中の女性的な部分である枝織さんへの北斗さんの強すぎる拒絶によるもの。北斗さんは枝織さんを弱い、目障りなものと断じてその排除を望み、枝織さんはそれに抵抗し、北斗さんが自分を疎めば疎むほどより強く自己を主張するようになりました。」

「普通言われる二重人格と違い、共に同一の人格の別の側面である以上彼女たちの力関係は常に対等であり、決して決着がつくことは無いのです。そのため互いの主導権争いは際限なく激しさを増していき、その結果彼女は、……彼女たちは、こうなりました。」

倒れたままの北斗をちらりと見る阿耶芽。

「このままでは、遠からず精神崩壊を起こすでしょう。そうなればもう、手の打ち様はありません。」

「そんな!!」

悲鳴をあげる零夜を手で制する阿耶芽。

「ですがこの事態の原因はそもそも北斗さんの枝織さんへの一方的拒絶によるもの。北斗さんが枝織さんの存在を受け入れさえすれば理論上二人は一つの体の中で共存していける筈なのです。つまり、北斗さんが自分が女性である事を受け入れる事さえできれば。けれど、北斗さんが自力でそれを成し遂げる可能性はほぼ皆無でしょう。」

言葉を切ると、阿耶芽は哀れみに近い目で零夜を見る。

「零夜さん。あなたは、この十五年間いったい何をしていたんですか……?」

 

 

 

零夜は、呼吸すら忘れて完全に凍り付いていた。

思えば舞歌はいつも北斗を女性として扱っていた。

今にして思うと彼女は北斗と枝織の関係の特殊性を薄々感づいていたのかもしれない。

確かにフリフリスカートだのどでかい熊のぬいぐるみだのといった誕生日プレゼントなど、からかって楽しんでいるとしか思えないような行為ばかりだったが、今にして思えばあれは北斗の自覚を促すための舞歌一流の策だったのではないか。単なる個人的楽しみだった可能性も大きかったが。

それに引き換え自分はただ幼馴染の身の回りの世話をしているだけで満足してしまっていた。

もっとも身近な人間として、北斗が枝織を受け入れられるよう手助けしてやらなくてはならなかったのに……。

北斗と再会してからの十五年間、自分は幼馴染に何をしてやれたのか。何もしてやれていなかったのではないか。そんな思いが零夜の頭の中を駆け巡る。

「わたし……、わたしは…………。」

声を震わせて項垂れる零夜。

ため息を一つつくと、阿耶芽は言葉を続けた。

「……もっとも、あなたがその調子だったからこそ引き離されずにすんだとも言えるかもしれません。舞歌さんは彼女本来の仕事があった為北斗さんばかりに構っている暇が無かったからこそ許容範囲内と見なされていたのでしょう。やり方もやり方だったようですから。あなたにその種の動きが見られれば、おそらく、引き離されていたでしょうね。周囲に気を許せる人間の全くいない日常生活というのもそれはそれで問題ではありますし。」

「いずれにせよ、過ぎてしまった事は取り返しがつきません。仮定の話に意味はありません。問題はこれからどうするかです。そうでしょう?」

そこまで言うと、阿耶芽はやおら右側に向き直って続けた。

「―――――北斗さん。」

 

 

 

「ふざけるなあっ!!」

怒声と共に飛びかかって来た北斗の拳を軽く首をひねってかわすと、その右腕を取ってそのまま投げ飛ばし、床に叩きつける阿耶芽。

「北ちゃん!!」

零夜が悲鳴をあげる。

投げつけられた姿勢のままで大きく喘ぎながらも、北斗は煮え滾るような怒りと憎悪を剥き出しに阿耶芽を睨みつけていた。

「あんな奴を受け入れろだと……!?世迷言をほざくな!!奴は俺の邪魔をする敵でしかない!!」

「北斗さん。どんなに否定なさろうと、あなたが女性である事はどうにもなりません。あなたがあくまでも強さを追い求めると仰るなら、あるがままを受け入れる事無しにこの先に進む事など出来はしませんよ。」

「五月蝿い!!知った風な口をきくな!!」

北斗は起き上がると再び殴りかかった。

「俺は男だ!!あんな軟弱な奴と一緒にするな!!」

阿耶芽は、その拳を無造作に払うと掌底の一撃で再び北斗を壁に叩きつける。

「言葉だけは勇ましいですが、現実はどうなのです?女である私相手に触れる事すら出来ないではありませんか。」

「貴様あぁぁぁぁ!!」

攻撃を仕掛けては打ちのめされ、幾度と無く壁や床に叩きつけられる北斗。

全身ぼろぼろに痛めつけられている北斗に対して、阿耶芽は服の裾も乱していなかった。そこに表れる歴然たる実力の差。

「うぅ、うおああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

手も足も出ない現実に完全に冷静さを無くし、北斗はもはや構えも何も無しにめちゃめちゃに殴りかかった。その全てをかわしながら、阿耶芽は言い募る。

「あなたを誰よりも理解する方を消し去ってまでして、何を求めるというのです!!」

「黙れ、黙れ、黙れえっっ!!」

「己の半身を否定する事に無意味な労力を費やし、本来持ち得るはずの力を殺すような事をなさっていては、私には、勝てません!!」

阿耶芽の拳が鳩尾に食い込む。

その一撃で北斗の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

――北ちゃん……――

――……何だ――

――…………ふふっ――

――何がおかしい?――

――ちゃんとお返事してくれたのって何年ぶりかな?――

――……さあな。そんな事が聞きたいわけじゃないだろう。さっさと用件を言え――

――うん。…………負けちゃったね――

――…………ああ――

――あんまり荒れてないね?――

――……あそこまで徹底的にやられると悔しがる気にもならん――

――諦めるの?――

――馬鹿を言え。見ていろ。いつか、必ず越えてやる――

――…………え?――

――何だ?――

――見てても……、いいの?――

――……ふん。十五年かけて消せなかったんだ。もう十五年かけても無理かも知れん。なら、付き合っていった方が鍛錬に時間を割ける――

――……うん!目標は遥か彼方なんだもんね!――

――やかましい!!――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、阿耶芽ちゃん。美夜呼ちゃんも。」

通りすがりにたまたま出くわした二人に零夜は声をかけた。

「あら、零夜さん、良いところに。ちょうどこちらからお伺いしようとしていたところです。」

「何?」

「はい。急用で一週間ほど留守にしますので、樟葉姉様の事、お願いしたいのですが。」

「……誰か危ないの?」

零夜は顔を曇らせた。

阿耶芽と美夜呼はその戦闘力や乗艦の快速を活かし、普段は樹雷に留まり、状況の変化や要請で各地に派遣される応援専門チームである。

彼女たちが樹雷から出かけるという事は出先の誰かが危機に陥りそうという事なのだ。

「誰のところなの?」

「蘇羅姉様のところです。地球ですよ。」「また?」

零夜は苦笑した。自分たちの時といい、つくづく彼女は面倒事と縁が深いらしい。

「急ぐんでしょ?早く行ってあげて。」「はい。では失礼します。」「……じゃ。」

零夜は立ち去る二人を見送った。その彼女の背後から声がかけられる。

「………行ったか?」

「…………北ちゃん。姿を見るなり隠れなくても…………。」「あいつの顔は見たくないんだ。」

呆れ顔の零夜に堂々と胸を張って大人気ないことを言う北斗。

いつかは勝つと誓いを立てはしたが、やはり顔を合わせると腹が立つらしく、あっさりと仲良くなった枝織違ってとことん阿耶芽を避ける北斗であった。

全く悪びれる様子の無い幼馴染にため息を一つつく零夜。

「でも、今度は何なんだろうね?」

「さあな。俺たちには関係ないさ。」

「もう。またそんなこと言って。」

 

 

 

 

 

未だ北斗は知らない。

彼女の生涯の好敵手にして親友となる青年との出会いの日まで、あとーーー

 

 

 

 


後書き

現在とてつもなく遅ればせながらDQZプレイ中。マリベルのリアルすぎるねエさンっぷりにくらくらきております。

で、長女なのにどうして蘇羅は被害者側の立場なのかとふと思いついたんですが、結論は簡単でした。

初音母さんを元から最強の姉としてデザインしてしまっていたからなんですな。

そう。あの御方は瀬戸様同様、母である前にねエさンなんですよ。

ううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜!!余計なことして!!出番のたんびにひどい目にあわされる私の身にもなってよ!!」

おう、樟葉か。そりゃおまえが悪い。

「なんで!!」

だっておまえ竜のくせに設定上たいした戦闘力は持たせられないし、蘇羅と対になる能力なかなか思いつかなかったし、本当にぎりぎりになるまでキャラが固まらなかったんだもんよ。おまけにそれ自体ではたいして役に立たない能力だし。被害者担当以外に一体なにをやらせろと?

「そんなの私のせいじゃないもん!!五十鈴母さんに言ってよ!!」

そう言われても死人だしなあ。

「まあまあくー姉、そんなに興奮しないで。」

「ひーちゃん!!ひーちゃんはわかってくれるよね!?」

おとーさん                                                                                                                                   「作者もこんなとこでくー姉いじめたって仕方ないでしょ?」

そうか?

「ひーちゃん……(うるうる)」

「どうせ今更何言われてもくー姉がいじめられ役なのは変わらないんだから♪」

おう、わかってるな♪

「ふたりともばかああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

「さて、静かになった所で……、なに?初っ端のあの人たち。」

うむ。地球編で蘇羅のスカウトしてきた三組の最初のグループだ。

「……いいの?」

せと  はつね  こはく                                                                                                                               鬼と魔女と悪魔が朗らかに笑いながら談笑している様を物陰から樹雷皇と天地と志貴がびびりながら覗いてる様子って電波が来たんだが……。

「が?」

自分の感性では会話の様子を到底書けそうに無いので断念した。まあこれから先それほど出番は無いだろう。

「……企画倒れ?」

ほっとけ。ちなみに地球を離れたので『彼女』の空想具現化や理不尽な不死身っぷりは無し。

「まああれは地球の自然の加護あっての物だからねえ。」

 

 

 

「さて、バカ話はこれくらいにして作業に戻りますか。アキトさん達の船も設計しなきゃいけないし。」

おう。しっかりやってくれ。

「それではみなさん。」

そのうちまたお会いしましょう。

 

 

 

代理人の感想

うわ傲慢。

自己満足の為に助けておいて「自分のことは自分でやれ」と偉そうに説教したり、

自分が力と知識を持ってるからと言ってそうでない零夜を蔑んだり、

どうも基本的に阿耶芽やら蘇羅やらは地球の人間を見下してるようですね。

あー胸糞悪い。