「さっくっら〜の散るこ〜ろ〜に〜♪ ぐっうっぜ〜ん会いま〜しょう〜♪ これ〜以上うったっあったら〜♪ JASRACが攻っめってくる♪」

「……何浮かれてんの」

「あ、つーちゃん♪ 見て見て!アキトさん達の船の外観デザインが出来たんだ♪」

「ふーん、どれどれ―――――――――――――正気?」

「くふふふ、みんなの驚きと賞賛の声が今から聞こえてくるようだわ〜〜〜」

「…………つくづく幸せな子よね…………」

「……仕方ないですよ。響美輝さんですから」

「ありゃ。いつ来たの、キャティ?」

「たった今です。零夜さんは樟葉さんにかかりきりなので、北斗さんの着替えを持ってきて欲しいと」

「……あっちもこっちも大変ねえ」

「でも、楽しいですよ?」

「まあね」

 

 

 

機動戦艦ナデシコ

嵐を呼ぶ乙女達

樹雷編 

第一話  こんにちは北ちゃん

 

 

 

「樹雷か……。何もかも皆懐かしい…………………………」

『多聞』のブリッジ。

モニターに映るほぼ一年ぶりの樹雷本星を眺めながら、三ノ宮蘇羅は目尻に涙まで浮かべて感慨に耽っていた。

「綺麗な星ですね……」

その背後でアキトと並んでモニターを眺めていたルリの呟いた言葉に98が答える。

「マ、分カラズ屋モ結構居ルケドネ」

「……そういう所はどこでも変わらんか」

 

 

 

 

 

「来たか」

「北ちゃ〜ん、ほんとにやるの?」

「当たり前だ」

「やめようよ〜〜」

 

 

 

 

 

天樹中層の軍港に翼を休める『多聞』と『帝釈』。その『帝釈』のブリッジシートから立ち上がって妹に話し掛ける阿耶芽。

「1週間ほどの筈がほぼ一月ですか……。ずいぶん長引きましたね」

「…………」

脇を眺めたまま返事をしない美夜呼を不審に思って阿耶芽は声をかけた。

「美夜呼ちゃん?どうしました?」

「……あそこ」

モニターを指差した美夜呼の指の先をたどってみた阿耶芽は、見覚えのある流線型の船を見つけて掌を胸の前で軽く打ち合わせた。

「……まあ、『広目』。帰ってきていらっしゃるんですね。……ふふっ」

 

 

 

 

 

 

「新しい闘士候補生の方々ですね?樹雷へようこそ」

「……?」

船を降りたアキト達を出迎えたその女性の浮かべた笑みに、アキトは妙な感覚を覚えた。どこかいたずらっぽい、懐かしい相手に久しぶりに会ったような、そんな笑み。

だが、こんな所に知り合いなど居る筈が無い。無いのだが、自分自身どうにも目の前の女性と初対面という気がしない。

脇を見ると、ルリも記憶を辿るような顔をしている。そんな自分達の態度を不思議そうに見上げているラピス。

そんな彼らの様子を眺めて、その女性は右拳で口元を隠して軽く笑い声を上げると表情を引き締め、踵を合わせて宇宙軍式の完璧な敬礼をして見せた。

「樹雷中央情報局次官の私的秘書を務めております、イツキ カザマです。これよりあなた方を初音様のもとまで案内させていただきます」

そう言うと表情を緩め、アキトの前に寄ると右手を差し出した。

「今度こそ貴方の料理、食べさせて頂けますか……?」

その行動と言葉が記憶の中の情景と重なり、アキトとルリは思わず目を見開いた。

「君は…………!」「新入り、さん……………?」

呆然としながらも差し出された手を握り返すアキト。

後ろでは、その場の空気に入っていけずにむくれるラピスを蘇羅がなだめていた。

 

 

 

「そうか。そんな事がね……」

三人の荷物を部屋に運ぶのを手伝うと申し出たオモイカネとダッシュに少し用事が有ると言って何処かに行ってしまった阿耶芽を除く全員で初音の元に向かいながら、アキトとルリはイツキがここに居る経緯を聞いていた。

「私も火星生まれでしたし、ボソンジャンプそのものには成功したんですが、イメージ不足からジャンプアウトに失敗したんでしょうね。あの人の『千鳥』がたまたま通りがからなかったら多分、魂も残さずに消滅していたでしょう」

「で、そのまま初音さんについて来て現在に至ると」「ええ」

ルリに向かって頷くイツキ。

「やめといたほうが良かったと思うけど、あのまま地球に戻ってもねえ……」

「ああ。ろくな事にならなかったろうな」

言い難そうな蘇羅の様子に苦笑して、アキトは気にする必要は無いと態度で示した。

「あの、それに関して一つ、お話しておく事が有るんですが……」

「ん?」

イツキの言葉に反応して、アキトは注意をそちらに向けた。

気配を殺して物陰に潜んでいた何者かが、不意にアキトに向かってしなるような上段回し蹴りを叩き込んできたのはその時だった。

 

 

 

「ほう、よく止めたな。……いや、そのくらいやってくれなくては困るか」

「……何の真似だ」

かわせないと見るや踏み込んで蹴りを受け止めたアキトに、その女性は不敵な笑みを見せた。

「北斗さん!」

イツキが慌てて制止の声をあげるが、完全に無視。

「なら、これはどうかな?」

そう言うやいなや拳や蹴りを織り交ぜた目にも止まらぬ連続攻撃を仕掛けてきた。

「くっ!みんな離れろ!」

その攻撃の鋭さに、回りに気を使っている余裕は無いと判断して捌きながら声をあげるアキト。

それに従って距離を開ける皆だったが、ルリやラピスは相手の突きや蹴りがアキトの身体を掠めるたびに気が気ではなく、イツキに食って掛かった。

「何なんですあの方は!」「早く止めて!」

「え〜と、その、何と言ったものか……」

困り果てるイツキ。こんな事になるんじゃないかとは思っていたのだが、阿耶芽も一緒に帰ってくることだし大丈夫だろうとたかを括っていたのだ。

その阿耶芽は帰ってくるなり何処かに消えてしまうし、自分ごときの腕では割って入ることも不可能である。こんな状況で自分にどうしろと言うのか。

救いを求めて視線を向けた蘇羅は露骨に目を逸らすし、美夜呼は相変わらずの何を考えているか良くわからない目つきでアキト達の攻防を眺めているだけである。

「ごめんなさい、止められませんでした……」

後ろから同僚の黒髪の女性が現れた。

後ろから現れた事から見るに、目の前の角は危なくて通れないため、大回りして来たようだ。

「あのイツキさん阿耶芽ちゃんは」「帰ってくるなり何処かに行っちゃいました」

そんなあと嘆きの声をあげる黒髪の女性、紫苑零夜。実は彼女も危なくなったら阿耶芽が止めてくれるだろうと当てにしていたクチである。

二人して世の不条理を嘆きたくなってきた頃、唐突にその紅髪の女性はアキトから距離を取った。

「いい腕だ。こうでなくてはな」

「……一体何のつもりだ!」

訳もわからずに攻撃を仕掛けられて苛ついた声をあげるアキト。

「お互い身体も温まっただろう。本格的にやる前に自己紹介しておくか。俺の名は北斗だ」

「そんな事は訊いていない!」

苛立たしげな調子を崩さずに相手の自己紹介を斬って捨てるアキトだったが、北斗の次の言葉で身に纏う気配の質が変わった。

「親父の名は北辰と言った」

 

 

「――――何だと」

うって変わって鋭い目つきで自分を睨みつけてくるアキトの殺気を浴びて、北斗は心地良さそうに目を細める。

「勘違いするなよ?あの因業が死のうが生きようが別に俺はどうでもいい。ただ、あんなのでも腕だけはそれなりだったからな。あれを仕留めた人間と聞けば多少は期待の出来る腕って事じゃないか?」

その言葉を聞いてアキトの態度がまた少し変わった。おもしろそうな顔をして訊いてくる。

「で、期待には沿えるのか?」

「期待…………、以上だっ!!」

その言葉と同時に、北斗は心底楽しそうな笑顔でアキトに向かって突っ込んでいった。

 

 

 

 

「まあ、顔合わせまで待つ事も出来ませんでしたか。よほど待ち遠しかったんですね」

止めるどころか何をどうしているのか視認する事すら難しくなってきた二人の攻防に、先ほどから一人でごそごそやっている美夜呼を除いては、もう息を詰めて見守る事しか出来なくなった一同の前に阿耶芽がひょいと現れたのは、それからしばらくしてからであった。

「ヨウ。今マデ何シテタンダ?」 「ふふっ。ちょっとしたお節介です」

98の問いをさらりとかわし、改めてアキトと北斗の対決を眺めやる阿耶芽。

「「ああ〜、阿耶芽ちゃん阿耶芽ちゃん!!お願い早く止めて〜〜!!」」

だが、縋りつかんばかりのイツキと零夜に向かって阿耶芽は首を傾げて見せた。

「それは構いませんけど……、見た所お二人ともあんなに楽しそうですし、無理に止めるとかえってむきになりそうですよ?」

「「この際それでも構わないからあぁぁ〜〜〜!!」」

半ば錯乱気味の二人。ルリやラピスはアキトが心配で気を揉むあまり阿耶芽が来た事にも気付いていない。

そういう訳で、彼女の奇行に最初に気付いたのは蘇羅だった。

「……美夜呼?あんた……、何してんの?」

「……餌の用意」

何処から取り出したのか廊下のまんなかでしゃがみこんで七輪にかけたスルメを破れ団扇であおいでいる美夜呼に一同唖然となる。

絶句する周囲をよそに少女は焼きあがったスルメを皿にのせると、またも何処からか取り出してきた巨大な竹籠と紐付きのつっかい棒で即席の罠を作成した。

わけがわからない周囲を見回して

「……隠れて」

と言う美夜呼に一同が従ってしまったのは、まあ、場の勢いと言うものだろう。

 

 

物陰でしばらく見ていると、青い忍装束のダルマがひょいと現れて焼きたてのスルメのかおりに引き寄せられるように罠に近寄っていく。

(知性って物ほんとに持ってんのかしら……)

美夜呼が何をしようというつもりなのかは知らないが、その為にはあっさり引っかかってくれた方が多分都合が良い。

良いと思うのだが、そうなるとそんなのを特別顧問として一応は尊重しなくてはならない立場の自分が可哀相。

妹たちのようにそんなもの無視してしまえばいいのにそれができないクソ真面目な蘇羅であった。

そんな彼女の複雑な気分を感じとったかのどうかは知らないが、罠の周りをぐるぐる歩き回って一応は警戒する様子を見せるとびかげ。

「引っかからないけど、どうすんの?美夜……呼?」

すぐ隣で紐の端を握って様子を覗き見ていたはずの妹は、堂々と廊下に姿を晒していた。

再度呆気に取られる一同を尻目にとびかげに近寄る美夜呼。

そして。

「やあ、美夜呼さん。帰って来ら……」

それに気付いたとびかげの挨拶を完全に無視してその両足を掴むと。

その身体を今にも交差しようとしていたアキトと北斗の拳の間に突き出した。

 

 

 

 

ぶに。

 

 

 

 

(……ぶに?)

拳に伝わってきたおかしな感触に眉をひそめるアキト。

彼らほどのレベルになると相手の行動をいちいち目で追っていては間に合わない。

相手の視線。足捌き。体重移動。そういった物全てをひっくるめて気配とも言うが、それらの物を感じとって反射的に体が動くのだ。

もちろんこれほど真正面からの戦いと言うものは実際にはまれであり、高位の達人同士の戦いが皆そうなるというものでもないが。

とにかく今回の二人の勝負ではそうなった。

要するに二人とも殴り合いの事以外見えない状態に陥っていたのだが、こんな生ゴムの壁をぶん殴ったような珍妙な感触がしてはさすがに我にも返る。

我に返ったとたんに目に入ったのは、互いの拳の間に挟んだ妙な物体の向こう側でなんとも言いがたい微妙な顔をしている北斗だった。

(多分俺もこんな顔してるんだろうな……)

アキトはそんな事をぼんやりと思った。

 

 

美夜呼さん、いきなり何なさるんですか」

「……お礼するから」

「私は物にはつられませんよ?」

「……ボンタン飴三個」

「仕方ありませんねえ」

 

美夜呼ととびかげの会話を聞きながら、蘇羅は激しい脱力感と戦っていた。

(そうよ。そういえばあの子はこういう子だったのよ……)

単にとびかげをおびき寄せるのが目的なら焼きスルメだけで事は足りたのだ。

なのにわざわざ何の意味も無い罠を仕掛けたのは何故かと問いただしたならあの天然少女はこう答えるだろう。

「……なんとなく」

と。

三ノ宮美夜呼。

一見深い意味がありそうで実は全く意味の無い行動で周囲を混乱の渦に叩き込む、響美輝とは方向性の違うトラブルメーカーであった。

 

 

「えっと……、続き、するか?」

「……いや、いい」

すぐそばでの間抜けな会話に完全に毒気を抜かれた表情で拳をさするアキトと北斗だったとさ。

 

 

 

 

 

「あらあら、それは大変だったわねえ」

「……見越してましたね?」

「何をかしら?」

イツキの向けた恨みがましい視線をものともせずに、初音はくすくすと笑った。

(言っちゃなんですけど……、役者が違いますね)

出されたお茶のカップを傾けながら、ルリは目の前のこれから自分達の雇い主になる女性を観察していた。

にこにこと常に優しげな笑みを絶やさない美しい女性だが、外見のみで判断できるような人物に情報部のbQなど勤まるわけがない。

ちなみにアキト達とイツキを除く皆は、報告を済ませると初音の

「先に行って準備始めていてくれる?」

と言う言葉に従って、何の準備だか知らないがとっとと退出してしまっている。

ふと観察対象の女性の胸元に意識が行き、次いで自分の胸元をちらりと見た。

(ま、まだこれからです。……多分)

空いている左手を固く握り締めるルリであった。

 

 

「さて、皆さんの待遇ですけど」

ひとしきりイツキを手玉にとって満足したのか、話の本題に入る初音。

「まずはラピスちゃんですけど、ご希望どおり皇立学院の初等部にもう席は用意してあります」「え!?」

初音の言葉とそれにうなずくアキトを交互に見ながら戸惑いの声をあげるラピス。

彼女としてはこれからもアキトと共に行動するつもりだったのだろうが、アキトにもこれは譲れない事だった。

「アキト!!どういうこと!?」

「ラピス。前にも言ったが、お前もいつまでも俺に付き合うことはないんだ。……平凡な日常ってのも、悪くはないもんだぞ?」

「そんなのどうでもいい!!私はアキトと!!」

「ラピス」

反論しようとしたラピスだったが、アキトのその一言の重さに思わず言葉が止まった。

「……これまで俺はお前に戦いしか教えてやれなかった。そのお前がこれからも俺と同じ世界に身を置こうとするのも当然だろうな。」

アキトは目の前のティーカップの水面を見ていた視線をラピスに向けると、静かに笑った。

「けどな、ラピス。世の中にあるのは戦いばかりじゃない。学校に通って、同年代の友達を作って、戦うばかりじゃないもっと広い世界を見てこい。」

「……アキトは、私が邪魔なの?」

「そんな事はないさ。」

かつて何度もそうしたように、ゆっくりとラピスの髪をなでるアキト。

「これまで、流されっぱなしの人生だったよ。自分で自分の身の振り方を決めたと断言できる事なんて、ユリカへのプロポーズと奴らへの復讐と、後は、このスカウトくらいのもんだ。

そりゃあ自分の生き方を自分で全て決められる奴なんていやしないだろう。けどな、最初からたった一つの道にしがみ付く事も無いだろう?

ラピス。俺と違ってお前はまだ選べる。だから頼む。せめて十六になるまでは俺の我侭を聞いてくれ。その上で決めた事なら、俺はもう、何も言わない。」 

拒否したかった。嫌だと突っぱねてしまいたかった。

多分、自分がそうすれば、彼は溜息をつきながらでも受け入れてくれるだろう。それは、わかっていた。

だが、それはやってはいけない事なのだとも、わかってしまった。

自分の髪をなでるそのぬくもりの主が、どれだけ自分を大切に想っているか、知っているから。

そのぬくもりを裏切る事だけは、してはいけない事だから。

「………………………………………………………わかった」

「……ありがとう、ラピス」

アキトはラピスの頭を胸に抱きかかえると、その頭をくしゃくしゃとかき回した

 

 

続く

 


後書き

 

というわけで樹雷編スタート。キャラがどかんと増えるので先行き不安な作者です。

アキト達はしばらく樹雷から動かない予定ですが、みんな予定通り動いてくれるかどうか……。

自己主張の激しい連中が揃ってますし、どうしましょうか本当に。

「まったくです。なんだか私影薄いんですけど」

まあそう言わないで。その分次回いい思いさせてあげるから。

「約束ですよ?」

「……ルリちゃん。ただ出番があればいいってもんじゃないのよ」

「蘇羅さん。やっと帰って来れてしばらく休暇なのに元気ありませんね?」

「甘い!甘いわよ!冒頭でこそ望郷の念を満たしてたけど考えてみれば母さんやあの子達がおとなしくしてる訳が無いのよ!!」

諦めろ。それがお前の役割だ。

「……なんで私がこんな目に……」

さだめじゃ。

「納得いかな〜〜〜い!やり直しを要求する〜〜〜〜〜〜!!」

あ、結構前からですが地球編には多少の細かい修正をかけております。インターミッション二話以前から読んでくださっている方は変更点を探してみるのも暇つぶしにはいいかもしれません。では、また。

「…………シカトですか」

 

 

 

代理人の感想

ん〜〜〜〜。

微妙にストレスが溜まりますね。

何でかというと一部の樹雷の人間・・・・具体的に言うと阿耶芽とか初音とかですね・・・・が

物語上他のキャラを「見下す」位置にいるからでしょうか。

蘇羅なんかは悟りきってないのか良心が残ってるのか色々と悩んだりしてましたが、

この話に出てくる樹雷の人間の多くは例えるなら「神」の立場と「人」の立場を自分に都合良く使い分けている、

そういった「ダブルスタンダード」的な部分があるように感じられます。

今回はそれほど露骨ではありませんでしたが、

それでも掌中の孫悟空を嘲笑う性悪のお釈迦様的なものを感じました。

気にしない人はどうってことないんでしょうが、気にする人には中々キツイかと思います。