漆黒の戦神アナザー Written by Walkure

民明書房刊「漆黒の戦神、その軌跡……とある少女の手記」

 私が「漆黒の戦神」と呼ばれる人と出会ったのは、今よりも少しだけ幼かった日のこと。
 その頃の私にとって戦争は全く縁のないものでした。
 私が両親と住んでいたのは西欧のとある小さな……平和な、平和なだけの、今にして思えば、それがどれほど大切なことなのか、感じさせてくれる……そんな街でした。
 日々、憂うことなく、両親が交わす「戦争の話」も遠く離れた別世界の出来事のようで、そんなことよりも今日の昼食が何なのか、その方が大切だったんです。
 緩やかに過ぎていく時間と両親の愛に包まれながら、私は微睡みにも似た世界で暮らすのだと、この幸せが何時までも続くのだと思っていました。
 そう……私が彼と出会ったのは「幸せ」の壊れてしまった直後のことでした。

 轟音と衝撃……それが幸せの終わりが始まる合図でした。
 私の信じてきたものは一瞬で、それこそ初めから存在しなかったと思えるほど容易く破壊されてしまったから。
 両親はきっと死んでしまったのだと思います、意識を取り戻した時……着ていた服が私以外の誰かの血で枯葉色に染まっていましたから。
 黒煙で覆われつつある街を私は歩きました。
 崩れて重なり合う建物がまるで墓標のように整然と並んでいましたけれど、声は聞こえません。
 連なる瓦礫の山々、その中でも一際高い所に彼は立っていました。 
 “何か”に挑むような双眸で彼は空を睨み付けていました。
 彼が従えるのは漆黒の巨人。
 空の彼方に存在する“何か”、喩えそれが神だったとしても彼は立ち上がり、戦いを挑み続ける。そう思わせる姿でした。
 その姿は戦鬼、この世の存在ではないように私には思えたのです。
 数多の敵を討ち滅ぼし、戦場を駆ける戦鬼の姿を……私は見たのです。
 けれど、瓦礫の裾にいる私を発見した彼の顔は戦鬼とは言い難いものでした。
 何故、彼は私を見つめて破顔したのでしょう?
 何故、彼は私を見つめて泣きそうな顔をしたのでしょう?
 何故……彼に見つめられて、私の胸は高鳴ったのでしょう?
 私には何も分かりませんでした。
 けれど、彼が私以上に孤独で、様々なものを失い、絶望と希望を抱きながら、必死に戦っていると私は理由もなく、そう思ったのです。
 そして、私は意識を失いました。
 私を抱き上げてくれた、優しい腕の温もりを感じながら。

 こうして、私と『漆黒の戦神』との出会いは終わりました。
 しばらくして戦争が終わり、二年の月日が過ぎました。
 『漆黒の戦神』が死んだなどと報道がされていますが、私は信じていません。
 きっと、彼は戻ってくると信じています。
 私は、神にすら戦いを挑み、決して曲げられない運命というものに敢然と戦いを挑もうとする戦鬼の姿を見ていたから、絶望と希望の狭間で足掻く人の姿を見ていたから、私は彼が戻ってくると信じられるのです。
 願わくば、彼が幸せを掴めますように……神にではなく、悪魔でもなく、私は祈り続けるでしょう。

 この手記はとある少女が残したものである。
 彼女は戦争で生き延び、その後は木連と地球の友好に努めているという。
 我々はこの戦争で様々なものを失った。
 家族、友人、子ども、両親……それでも、私達は平和を守らなければならない。
 一部の軍人達の暴走を止めなければならない。
 それが、英雄が……一人の人間が傷つきながら指し示した、苦悩の果てに残した課題なのだから。

後書き

 書き上げてみて……そう言えば、アキトが来てから人的な損害は皆無だったなぁ〜と思ってしまうワルキューレです。突っ込まれると果てしなく突っ込まれそうなので、突っ込みは却下です(笑)。とは言え、アキトが何を成し、何を残したのか? と思いながら書いたSSですね。アキトは戦線の兵士達の希望であり、多くの人達の希望であったという、それだけのお話です。一人の英雄に依存することなく、自分の将来を決めた『一人の少女』。
きっと、それは些細なことに違いないけれど、些細なことが全てを変えていく、という話です。何か、偉そうなことを書いてしまいましたが、英雄は一人の少女の中で生き続け、一人の少女を変えた、というお話でした。

 

 

 

代理人の感想

 

些細なことが全てを変えていく・・・・・けだし名言ですね。

 

彼と深く関わったわけでもなく、ただ一度漆黒の戦鬼を目にしただけの少女。

そんな普通の少女から見た彼は? というお話です。

オリジナリティのあるのが好感。

綺麗にまとまっていてまた好感。

御馳走様でした。