小さな事務室。
もう一度見渡しても小さな事務室としかいいようの無い狭い部屋。
昼の時間のため、席を外したのか部屋には誰もいない。
円卓に並ぶよう置かれた六つのデスク。
中にスッポリ入るよう配置された大きなパソコン。
そしてデスクの端末へ乱雑に結ばれたコードの類と
部屋の片隅にもうしわけないように置かれた給湯室、
「はあ〜」
溜息しか沸き起こらない。
これが宇宙暦６９９９年１２月２２日１２時４２分、
配属辞令を受け持った職場だと思うと溜息しか出なくなる。
人事部の言う通り配属先に訪れてはみたものの、
この風景を眺めるとさすがに情けなくなる。
もう一度辞令を読み直しては溜息を吐き、
指定されたデスクにドスンと居座る。
そして静かに五感を閉じ馴染みの少女との会話に神経の全てを注ぎ込むのだった。
（璃都ちゃん）
＜＜はい、何でしょう？アキト様＞＞
銀髪の少女のビジョンがイメージに飛び込んでくる。
黄金色の瞳で真っ直ぐ見詰める彼女に少しだけ気圧されそうになるが、
不機嫌な原因を思い出し今回の人事に対する遺憾を惜しみなく言い放つ。
（確かに璃都ちゃんの云う通りにするとはいったけど・・・これは無いんじゃないの？）
＜＜何か問題でも？？＞＞
天然なのか演技なのか、
彼女は本当に分からないといった感じで問い返す。
（別に部署そのものにはこだわってはいなかったけど・・・
何が悲しくて一番寂れた窓際部署に配属されなければならないんだ？）
そう、こだわってはいなかった。ここに訪れるまでは・・・。
ここに居座っては・・・腐っていては己の探す何かから遠ざかるのは目に見えている。
彼女もそれは分かっているはずだ。それなのに・・・。
＜＜気にしないでください＞＞
張本人は無邪気に微笑むばかり。
唇を両端につり上げながら口元に手を当て笑うその仕草が可憐に思えるだけに憎たらしい。
（気になる！これじゃ何のために軍に入隊したのか分からない）
そう、気持ちのモヤモヤをハッキリさせる為に軍に入隊したはずだ。
こんな寂れた所で事務的な仕事をするためではない。
まさか・・・。
（もしかして、あの事をまだ根に持ってるの？）
彼女に内緒で軍入隊した事への当て付けなのかと思ったが？
＜＜あの事とは？？＞＞
真剣な眼差しで聞き返す。
この様子だと本当に違うようだ。
だとすると彼女に内緒でリアナちゃんと逢引したことなのか？
それともレナちゃんと一緒に食事したことなのか？
まさかカエデ君と二人っきりで遊んだことがバレたのか･･･。
＜＜ア・キ・ト・さ・ま・・・そのことについて詳しく聞きたいのですけど・・・＞＞
高レベルで同調していたことをすっかり失念していた。
気が付けば両目を細めて僕を覗き込む璃都ちゃんがいた。
一見呆れたように微笑んでいるようにも見えるが
その瞳の奥底に宿ったものは全く異質のもの。
僕はというとヘビに睨まれたカエルの心境ですっかり肝を震え上がらせていた。
＜＜･･･まあ、いいです。
アキト様の浮気話は後に詳しく聞くとして
今はこちらの仕事を優先的にこなして貰います･･･はい＞＞
その言葉と共に一つのデーターを僕のイメージの中に映しだす。
余りにも見慣れた人物の映像に驚きと焦りを感じ彼女とのリンクを強制的に閉じるが、
それを見逃さないといいたげに今度はデスクの端末を通して先ほどのデーターが
書類様式として吐き出される。
内容はある退役軍人の年金仕送りの手配書。
住所先不明によって添付不能になった年金の支給と手配、
その対象人物と直接会って確認をとってこいとの命令。
＜＜忘れ物は直接取りに行かないといけませんからね。
もちろん、拒否することは認めませんよ。
逃げたらどうなるか・・・わかってますよね（ニッコリ）＞＞
リンク切断の去り際に残した彼女の言葉が脳裏に響く。
端末から吐き出された手配書を剥ぎ取り、もう一度一瞥すると
今日一日何度目かの溜息を吐き続けるのだった。
逆らえるはずがない。
そういえばここの人たちに承認手続きは・・・もういいや･･･。
UNKNOW
第２話
〜走る者上に飛ぶ者〜
ラアルゴン帝国、巡洋艦ドローメ、
宰相ワングより諜報と攪乱の命を受け惑星連合の内部に深く侵入するが
仕掛ける前に迎撃艦隊に発見され任務遂行は事実上不可能となった。
ラアルゴン帝国の緋き獅子の異名を持つル・バラバ・ドムは
ブリッジの艦長席に居座り続けながらある人物の来訪を待ち続けた。
ビィーン
独特の音を立てて、扉が開く。
そして、待ちかねた人物、
黒衣を纏った男が堂々と歩み寄り艦長席の前で膝をつく。
「お待たせしました。ドムさま」
「いや、こちらこそ無理を言って済まぬ、バラゴム殿」
「いえ、ドムさまのためなら命も惜しみませぬ」
威厳を感じさせる低いトーンで畏まりながら彼の者は言う。
ラアルゴン人にしては珍しいタイプ。
禿頭で体型的にも少し太り気味な中年男だが
漆黒のマントから窺える鍛えられた筋肉と
彼の者から滲み出る雰囲気は仕草はまさに歴戦の勇士を感じさせる。
「して私の役目とは？
迎撃艦隊に発見された今、出来る事など限られていますが？」
等と申すものの、こういう時の己の役割を彼の者は充分知り尽くしていた。
問題は対象が誰であるかに絞られる。
「ラグーン会戦での敵を覚えているな」
「・・・はい」
第三者が今の会話を理解するには説明が絶対的に足りていなかったが
彼等にはそれで充分だった。
跪きながら畏まる彼、バラゴムの素顔が少しだけ憎しみに歪む。
ル･バラバ・ドムにさえ聞こえるか聞こえないかの小さな呟きだったが
返事に秘められた憎悪は隠しきれるものではない。
「我が帝国を根底から揺るがした張本人。
今回のそなたのターゲットはまさにその者だ。
晒し者にしろ、そして最後は惨めに殺せ・・・以上だ」
「畏まりました、では失敬」
話は終わった。
しばらくして、巡洋艦ドローメより小型宇宙船が発進し、とある地点に進む。
それを見送りながらドローメはラアルゴン帝国領まで静かに撤退を開始する。
高層ビル群が居並ぶ街。
今でも人々が活発に流れる繁華街であり後二日経てばクリスマスイブなだけに
クリスマスツリーと広告、イルミネーションで覆われた街を人々が活発に流れる。
ただ、その繁華街から少し外れた古い高層ビルの１７階に
元軍人が住んでいるという事実はここの住民の間でもあまり知られていない。
「はい、あんして〜」
エミィｰと思わしき双子の片割れがスプーンで掬った物を持ちながらいう。
「いつもいつもすまないの」
目当ての人物の声。
「それは云わない約束ですわ」
と、もう一人の声はユミィー。
「ワシが宇宙の塵にでもなっていればお前達は遺族年金で・・・」
「ご心配なさらないで」
「お父様さえいてくだされば私達は何も要りませんわ」
一人の寝たきりの老人を囲って双子の姉妹が甲斐甲斐しく看護する。
ハナー提督。
かつの惑星連合宇宙軍の中核まで上り詰めた元軍人も
今では医療ベットの上で各種補助機器を取り付けられながら
延命し続けている寝たきりの老人でしかない。
１７階建て廃ビルの片隅にある寂れた一室が彼者の全てであった。
繁華街の賑やかな様子がこの場所の寂れ具合をよりいっそう引き立てている。
その玄関前で年金を持ったまま立ち尽くし続ける自分。
＜＜アキト様、入らなくては任務を遂行出来ませんよ＞＞
（・・・いや、わかっているんだが・・・どうも・・・）
彼女が突っ込みを入れるも中から伝わる惨めな雰囲気が己の足を引き止める。
別に今回が初めての訪問ではない。
初めての訪問以来数十年。
度々訪れても玄関より中には入ったことはない。
＜＜アキト様は被害者なんですよ。何を躊躇っているのですか？
仇を討つつもりでドーンと攻め込んでください＞＞
仇・・・そういえば仇だったな。
等と突拍子もないことを考えたりする。
でもその考えが正しいのだと思い続ける自信は無い。
初めの頃は勿論殺してやりたいと思った。
しかし、時が経つにつれ、己の行いを冷静に見直すようになると
違った感想を抱くことになる。
今にして思えばあれは自業自得。
己の甘さを戦場に曝けだしたことに対しての仕打ち。
そして他の皆にも危険を及ぼしてしまったことへの罰、
自責の念は止まらない。
しかし、いつから惑星連合の公僕になったのだろう、
と考えるとやはり理不尽な想いに駆られるのは避けられず
とりあえず半殺しにしてやろうと決心し訪ねてみたらこの有様・・・。
やるせない気持ち、後ろ暗い想い。
それらが己を映し出す鏡となり、自分を照らし出す。
この者ほど惑星連合に尽くした者もそういないだろう。
自ら汚れ役を買い、惑星連合のために自らをも奉げた旧式の軍人。
当然見返りなど求めていなかった。
そして、己が殺めた者達も忘れてはいない。
惑星連合から捨て駒のように見捨てられ、敵からは親の仇のように付狙われ・・・
それでもハナーは全てを受け入れる。
実際、殺されかけたことも何度かあった。
そんな目にあったにも関わらず自分のせいで他の人が巻き込まれるのは忍びないといって
段々と寂しい所へ移り住む彼の者の姿が、復讐を受け入れる彼の者の姿が
己を・・・深い自己嫌悪の底に叩き落していく。
見ようによってはハナーのこの姿は滑稽に見えるかも知れない。
負け犬の典型的姿として嘲笑われる事もあるだろう。
しかし、異世界ともいえる世界に彷徨いこみ、
自分を恨んでいると思わしき人たちとの関係を断たれたことを心のどこかで喜んでいる、
そんな自分にとっては彼の者の姿は眩しい・・・。
そんな自分が彼の者に恨み言をいう資格があるのだろうか、
いや、彼の前に立つ資格すらあるのだろうか・・・。
＜＜アキト様、任務を遂行してください＞＞
認めることが出来ずいつものように背けて逃げようとする僕に彼女が釘さす。
・・・もう潮時だな。
経緯はどうあれ任務まで放棄するわけにはいかない。
いつかはこうなる宿命だと思えば諦めもつく。
２０年間培った陽気な雰囲気と言葉使い。
締まりのない顔で対面すれば何とか誤魔化せるだろう。
しかも外見的に歳を取っいるように見えないから
まさかあの時の僕だとは到底思うまい。
僕はジャスティ・ウエキ・タイラー、いざ・・・。
＜＜アキト様！不審者が接近してきます＞＞
（！ああ、分かっている）
彼女の警告よりも先に察すると共に、己の気配をとっさに消し物陰に隠れる。
暫くすると予想した通りの物騒な雰囲気を纏った不審者が
玄関前まで歩みより扉を蹴り飛ばす。
バーン
相手の力か、老朽化し強度が弱まった扉のせいなのか、
とにかく扉は勢い良く弾け、反対側の壁まで飛ぶ。
「「御出でなさいませ」」
「どちら様で」
「ございましょう？」
見る限り怪しい危険人物を健気に御向かいするハナー姉妹。
相手の男はそれに動じることなく懐に隠し持っていた小型機関銃を取り出し
無造作に乱射する。
ババババババーー
窓ガラス、デスク、タンス、小物置き、家電、惑星連合の賞状・・・、
室内のあらゆる物に鉛ダマが浴びられては壊れていく。
＜＜アキト様！！＞＞
（大丈夫だ、人は狙っていない・・・今更だが乱射している所を迂闊に踏み込むのは不味い）
＜＜ですが・・・＞＞
（それに・・・）
一通り一掃したのか銃撃の反動音が失せる。
普段ならここから忍び寄って格闘戦に持ち込む所だが・・・、
（何より意外と隙が無い。よほど出来る奴のように見える。
今回ばかりは惑星連合宇宙軍に任せるとしよ・・・）
ドガーン
人任せにしようと思った刹那に全身が揺さぶられるほどの爆発音が辺りを鳴り響く。
爆発は隣のビルから起こった。
爆風とともに残骸が散らばり、煙を吐き出しながら炎上する。
＜＜アキト様！！！＞＞
彼女の焦りが直接響いてくる。
当然だろう・・・自分ですら予想できず冷や汗をかいているのだから・・・、
（さ、さすがテロ屋だ・・・己のアピールの仕方を心得ている、
大丈夫だ・・・あのビルには人は居なかったはず・・・消防署も近い。
それより単独犯ではないのか？）
他に仲間がいるとすればあの男を抑えるだけで事が済むとは思えない。
もしかしたら己の存在も察知されているかも知れない。
＜＜単独犯です・・・彼以外、不穏な動きを見せる者はこの辺りにいません。
先ほどの爆破もリモートコントロールによる遠距離操作で行われました＞＞
彼女から悔しさ、怒り、憎しみの波動が惜しみなく伝わる。
長い間、彼女と共に過す時、彼女のこういった一面が不思議でならない。
何か訳があるわけではない。
爆炎、水・・・ただ、それらのキーワードを見せ付けられるだけで露になる
理不尽から醸（かも）し出される純粋な怒り。
プログラムらしからぬ、合理性から遠く掛け離れた思考、想い、
そこから滲み出る不完全さが愛しく思える。
ただ、僕自身が爆破を起こしたり水を取り扱ったりしても
彼女が何とも思わないところがお約束のような気もするが・・・、
＜＜アキト様？？＞＞
おっと、脱線している場合じゃなかったな。
（わかった、璃都ちゃんが云うのだったらその通りなんだろう、それに・・・）
視線を外に向ける。
狭いスラムの道路を埋め尽くすように続々と入り込む惑星連合の公僕達。
爆破テロのせいか下を埋め尽くしているのは警察関係より軍関係の車両が多い。
人質立て篭もりの一般犯罪ではなく、武装テロ事件として取り扱われたのだろう、
状況によっては武力弾圧を強行、人質もろとも射殺するかも知れない。
真下の関係者達は活発に動いていた。
街道封鎖は無事に進み数百メートル向こう側のあらゆる街道がバリケードで封鎖される。
辺りの住民の避難も無事に進み、これ以上被害が広がることは無いだろう。
だが、情報封鎖（規制）には失敗したようだ。
敷かれたバリケードの向こう側に続々と集まる野次馬の群れ、
人通りの多い繁華街、クリスマスシーズンなだけに人の多さは半端じゃない。
しかも空中にはマスコミのヘリが辺りをボーバリングしていた。
（対応を誤ると火傷するな）
＜＜アキト様、近くの映像機器よりデーター転送を確認。
犯行声明がこのビルのハイビジョンを通して始まります＞＞
ここからは見えないが彼女の言う通り犯行声明が始まったのであろう。
このビルに設置されたハイビジョンを眺めようと下に集まった人々が一斉にこちらを見上げる。
「諸君、我は誇り高き神聖ラアルゴン帝国の尖兵である。
惑星連合の愚民どもよ、無駄な抵抗はやめてさっさと降伏しろ」
関係者も野次馬もさすがに動揺を隠せない。
近くで聞いていた自分ですらここまでストレートに表現するとは思わなかった。
その中で一人の現場の責任者らしき者が拡声器を片手に犯人と交渉しようとする。
「犯人に告ぐ。人質を解放して直ちに投降しなさい。君の要求はなんだ？」
「我の要求はただ一つ、惑星連合の全面降伏だ。
見ろ！この老いぼれの姿を・・・、我々ラアルゴン帝国を脅かした元軍人も
お前等は敬うどころかこんな寂れた所に見捨てたではないか？」
一人の老人が医療機器に繋がって卑しく延命し続ける姿がハイビジョンを通してありありと映る。
沸き起こるどよめき。
単純に老人の惨めな姿に目を背ける者が大半だ。
内情を知っての反応ではない。
「これは惑星連合に対するラアルゴン帝国からの宣戦布告でもある。
一時間の猶予を与える。その間に返答を出せ。
時間が過ぎても手応えが無かった場合この男を見せしめとして殺す。
そもそもお前達惑星連合は・・・」
男は意外と多弁だったようだ。
ハイビジョンで次々と語られるラアルゴン独特の観念論、
共感できるところは多いけど・・・まあ聞き入るだけの時間的猶予は余り無いだろう。
（璃都ちゃん、現場の責任者は誰だ？）
＜＜現時点での責任者は市警庁の・・・すみません、たった今責任者が変わりました。
刑事から軍事に移行、総責任者はヤマモト・マコト大尉です＞＞
（ヤマモト？まさかあのヤマモト艦長の息子か？）
＜＜はい、ヤマモト・マサシ様の御子息です、今年で２５歳になります＞＞
（・・・そうか・・・あれから２０年が過ぎたからな・・・）
暫し感慨に耽る
ヤマモト・マサシ。
当時一番お世話になった懐かしの人物だ。
クールを装っているように見えて実は熱かったり、
堅実そうに見えて奇策を好む人柄。
内と外のギャップの激しさは忘れ様にも忘れられない。
そのヤマモト艦長の御子息・・・。
どんな人物に育ったのか純粋に楽しみだったりする。
長生きはしてみるものだ。
（ヤマモト大尉殿か・・・お手並み拝見だな）
その２