「前方、敵駆逐艦のワープアウトを確認」
駆逐艦『そよかぜ』と接敵したのはオリオン座方面に侵攻中のラアルゴン帝国先遣部隊だった。
総数102隻、先遣隊の旗艦、『エルローメ』第一艦橋の各オペレーター達が
突然目の前に現れた敵駆逐艦に驚くも刹那の事、直ぐに自らの仕事に取り掛かる。
「索敵艦とのリンク同調終了、フォースフィールド展開完了。
敵駆逐艦のワープでの離脱を完全に阻止」
『そよかぜ』は敵先遣隊のド真ん中、旗艦『エルローメ』と向かい合う形でワープアウトしてきた。
長距離攻撃を警戒して索敵に散らばった、艦隊陣形の裏をかくような出現ではあるが、
所詮は駆逐艦一隻、本陣には尚32隻もの艦隊が旗艦を護衛している。
「飛んで火に入る夏の虫とはよく言ったものよ。全艦隊へ敵駆逐艦に向け標準固定・・・」
先遣隊を統べる提督も何の脅威を感じないままオペレーター達に勢い良く攻撃の指示を下す。
『そよかぜ』への一斉射撃まで後僅か・・・。
ズズ−ン
「「「キャアア」」」
ブリッジに次々と叩き付けられる衝撃。
体を少し揺らすだけの微弱な振動だけれど
私やユミィたちのように慣れていない人にとっては不意打ちのようなもの。
「重力波による標準固定、完全に補足されました!」
キム中尉の言葉で現状を理解することが出来た。
重力探信波、知識としては知っていたけれどこんなに響くものだとは・・・。
ズーーン
先ほどまでのモノより一段と大きな振動、
先ほどの経験もあって声に出して悲鳴を出したりしなかったけれど。
(恐い・・・)
震える心を抑えることは出来なかった。
前方に広がる赤い光のシルエット。
一斉射撃が始まればこの艦は沈む。
いえ、あの中から一つでも粒子砲が放たればこの艦は沈む。
防御磁場(バリアー)を形成できない今の状況を知ってしまったばかりに
その心を抑えることが出来なかった。
ズズ−ン
またもや重力波による衝撃音がブリッジを叩く。
もうこの艦は補足しているはずだ。
それなのに・・・。
ズ−ン
敵は完全に遊んでいた。
怯える心を弄ぶかのような仕打ち、
普段の私なら怒りに我を忘れるところのはずなのに・・・。
ズ−ン
(もういや!)
心が折れかけていた。
周りを気にせず泣き叫びたかった。
でもそんな私と違って皆さんは・・・。
「おい、どこへ行く!?」
ブリッジから飛び出すよう走りかけるサカイ少尉の肩をクライバーン特務曹長が掴む。
「ここまで舐められて黙っていられるか!!
あのクソ生意気な探信波を打ち続けている敵のブリッジに
対艦弾の一つでもぶちまけないと気がすまないのでね」
怒りをあらわにサカイ少尉。
「珍しく気が合うじゃねえか、艇長(ていちょう)!!」
そんな彼の姿に満足しながら勢いよくアンドレセン中尉に視線を向けるクライバーン特務曹長。
「ああ、敵艦突入だ!副艦長殿、出撃の許可を!」
先ほどの件はなかったとばかりに不敵に笑うアンドレセン中尉。
その視線はヤマモト大尉に向いていた。
そんな彼らの様子に勇気付けられて恐怖が和らぐ。
私を含むブリッジの全ての乗員がヤマモト大尉に注目した。
「感謝する。だが諸君達はしばらく待機願おう。
キム中尉、艦内の乗員に第一種戦闘体制を発令!
カトリ中尉、敵旗艦に向けて中速前進の用意!
この様子だと敵は直ぐに撃ってきたりはしない。
動力炉の余剰エネルギーの確保を第一優先!
エンジンを温めるよう」
「「了解!!」」
両中尉の了承と共に艦内の動きが活発になった。
先ほどの争いが嘘のような指揮の統制、規律ある軍の姿。
パニックに陥ることも無く、逃げ出そうという姿も無い。
自業自得だけれど最後の最後で見せる決死の覚悟には好感が持てる。
そう、この姿を見ることが出来ただけでも価値はあった。
臨場感溢れるこの姿を見ることが出来ただけでも・・・私が乗艦した価値がある。
これが最後だということが非常に残念だけれど、この記録は確かに残る。
私の意思は後の人たちが受け継いでくれる。
従軍レポーターとして乗り組んできた時から覚悟は出来ていた。
それなのに何故私だけ・・・。
震えが止まらない。
ユミィ達でさえ気丈に振舞っているのに私だけ・・・。
「・・・で、俺たちは・・・どうすればいいんだ?」
「じかんが・・・迫って・・・いるのに・・・たいきとは・・・」
貧血で目眩がする。
気を取り締めないと、そのまま倒れそうになる。
視界までもが揺らいでいくが、この人たちに私が怯えているということを気付かれるのはいや。
「・・・たちに・・・もら・・・こと・・・こがた・・・」
「・・・まか・・な・・・ぶ・・・に・・・やるぜ」
彼らの声はもう言葉としては聞き取れなかった。
分厚いフィルターに掛かったよう、形の無い断片が聞こえてくる。
ジジジ、と耳の中でノイズが鳴り響き、次第に強さを増す。
いや・・・、あれだけ好き勝手なことを言ったのに、
・・・私だけこんな心を抱いているなんて、死んでも知られたくない。
でも、もう許して・・・。
「では・・・お嬢・・・がた・・・願いましょう・・・」
海兵隊の皆さんが私達に注目、歩み寄る。
「いや!!」
クライバーン特務曹長の手を振り払いながら悲鳴をあげる。
「いや!?・・・ってどういうことだ!
一緒に来てくれないとシャトルに案内できないじゃないか!?」
私の仕打ちにさすがのクライバーン特務曹長も傷つく。
でも私は傷つけたことより最後の言葉が気になった。
「・・・何を言っているのですか?」
パニックは収まりかけた。
変わりに海兵隊の皆さんが驚く。
「何をって・・・先ほどまでお嬢ちゃんたちの脱出の手筈を話し合っただろう?」
脱出の手配?私たちの?
後からクライバーン特務曹長の拍子抜けした声が響いてきたが、気にならなかった。
恐怖が取り払われていく。
そして浸水するように広がっていく安堵感、
そんな心に気付き私は・・・。
「お心遣い感謝します。ですが私は結構ですのでユミィ達をよろしくお願いします」
「おいおい」
私の意固地が生んだ返事、
話し掛けたクライバーン特務曹長も呆れる。
「「ユリコさん・・・」」
ユミィ達が心配するように覗き込む。
「大丈夫よ。私は従軍レポーターとしてこの艦に乗り込んだわ。
最後を見届ける義務があるだけ」
「「ですが・・・」」
「私のことはいいの、貴女たちこそ早く・・・」
周りの勇ましさは私の醜さを際立たせていく。
惨めな気持ちと恐怖が負の心を増大させる。
無茶なことを言っているのは分かっていた。
でも・・・もう、自分の心を制御することが出来なかった。
「話の尾を折るようで悪いが例外は認められない。
アンドレセン中尉、彼女たちを強制退艦させろ。これは命令だ!」
時間がないとばかりの強引な命令。
その物言いに思わず口調を尖らせてしまった。
「何で私が貴方の言う通りにしなければいけないのですか!?
私は貴方たちの行く末を見届ける義務がある。
それともこれから私達に見せられないことでもしようとするのですか?」
違う。こんなことを言いたかった訳じゃない。
そんなこと、今では微塵も思っていないはずなのに・・・。
醜さを誤魔化そうとばかりに罵り口調に拍車が掛かる。
「今まで味方を平気で切り捨ててきたんですものね。
一体今度もどんな手で・・・!!」
もはや中傷でしかない罵声。
理性を失いかけた私だったが、彼の瞳を見て思わず口を閉ざしてしまう。
後悔した。
虚ろ、焦点の定まらない両瞳。
その視線は私を捉えていない。
私は正気に戻った。
そして取り返しのつかないことを放ったことも・・・。
「・・・そうですね。これから行うことを民間の方にお見せする訳にはいきませんゆえ・・・」
弁明のために開こうとした声も両目を軽く閉じたヤマモト大尉の言葉に遮られる。
「時間が無い。アンドレセン中尉!彼女たちをこの危険宙域から速やかに避難させ
そのまま友軍まで護衛しろ。戻ってくる必要は無い!」
凍りつく想い。
彼みたいな人が一番嫌いなはずだった。
なのに突き放すような、その声に私は先ほどとは違う恐怖に駆られる。
「了解!すまないな、これも命令だからな・・・」
そう言って私に歩み寄るアンドレセン中尉。
この人は死ぬ気だ。
自分も例外ではないとばかりに・・・この艦を本来の姿に戻し、その通りに・・・。
死の恐れとは違う、別の何か・・・。
先ほどとは比べ物にならない恐れが全身を覆い、悲鳴をあげようとしたその時。
「ああ、確かに時間が無いな。
湿った話も悪くはないがそろそろお開きにしよう」
・・・誰もが間を置く。
私も皆さんも、誰もが直ぐに応えることが出来なかった。
失礼にも私たちが今の今まで忘れていた人物。
「「「「「「「「タイラー艦長」」」」」」」」
「起きていらっしゃったのですか?」
と驚きを隠さずにヤマモトさん。
「何気に失礼だね。ヤマモト君(怒)、先ほどから起きていたよ。
まあ、とにかくヤマモト君、『艦長代理』ご苦労だった。
それでは艦長として全乗組員に告ぐ」
真顔で気を引き締めて皆を見渡すタイラーさん。
「海兵隊を含む戦闘要員は各自持ち場に着け!
メカニック班は前方の光子魚雷発射管を優先的に修復、他は無視して構わない。
その他、非戦闘要員は通行の妨げになる通路のゴミを中心に
『そよかぜ』の不純物をエアロックに集めてくれ・・・」
まるで今までの現状を全て把握しているかの如く、テキパキと指示を下すタイラーさん。
そんな彼を、命令伝達に明け暮れていたキム中尉以外のブリッジの面々は
唖然として彼を見守り続けるばかりだった。
「アンドレセン中尉以下海兵隊の諸君、何をしている?
第一種戦闘配備だ!さっさと各自持ち場に着け!」
「「「「「「りょ、了解」」」」」」」
そんなタイラー艦長をキツネに化かされたような思いで返事する海兵隊の人たち。
「おっと、チャーリー君?君は少し待って♪渡したい物がある」
「はあ・・・渡したい物ですか?」
おどけるような艦長に怪訝そうな顔で待機するチャーリーと呼ばれた太り気味(?)の海兵隊員。
その間、タイラーさんは艦長席のメディアドライブから何らかのデータディスクを取り出し、彼に渡す。
「艦長?これは??」
「一言で云えば『そよかぜ』を救うことが出来るとっておきの秘密兵器さ。
まあ、君ならその中身が何なのか直ぐにわかるだろうからあえて説明はしない。
とにかく時間が無い、格納庫に急行、のち指示を待て」
まるでお使いを頼むような気軽さで送り出すタイラーさん。
その表情からは現状に対する悲壮感は見出せない。
けれどヤマモトさんだけが突然ハッ、と正気に戻ったかのような表情をし、艦長に異議を唱える。
「艦長!まさか、まともに・・・、いえ、指揮そのものは問題ありませんがスターさん達の避難を・・・」
先ほどの凛とした面影は消え失せ、慌てて進言するヤマモトさん。
そんな彼に艦長が振り向き・・・。
「・・・ヤマモト君、あれからどれ位時間が経っているかわかる?もう手遅れだよ」
「敵艦隊、一斉射撃の兆候を確認」
タイラー艦長の言葉に止めとばかりのキム中尉の報告。
「ほら」
「そ、そんな・・・」
自分の事とばかりに絶望に嘆くヤマモトさん。
傍から見て気の毒なほどの取り乱し振り・・・。
「助けて欲しいか?ヤマモト君♪」
悪戯っぽく問い掛けるタイラーさん。
このような非常時で一体何処からあのような余裕が生まれるのか・・・。
そんな状況ですからヤマモトさんも、始め何を言われたのか検討がつかないとばかりにキョトンとした表情で見返します。
途端、機嫌が悪くなるタイラーさん。
「あっそう、やっぱりどうでもいいんだ。彼女たちなんて・・・。
まあいい、時間も無いことだしおっぱじめるとするか・・・」
そこまで言われて艦長の意図を察することが出来た私を含めた皆さん。
特にヤマモトさんの変わりようは尋常ではなかった。
「お願いします!お願いします!私に出来ることがあれば何でもしますから・・・」
ワラにでもすがるような気持ちで艦長に頭を下げ続けるヤマモトさん。
もし、このような切羽詰まった状況でなく冷静に観る状況であれば、からかわれたと思うことでしょう。
しかし、私を含めたブリッジの皆は艦長の不思議な流れに引き寄せられていた。
そして、ヤマモトさんの態度に満足したタイラー艦長がひとつの魔法を唱える。
「仕方ないな〜、キム中尉、敵旗艦とのホットラインを開いて♪」
「了解!」
キム中尉は何の疑いも無く指示通り、テキパキと敵とのチャンネルを開き始めるのでした。
ラアルゴン艦隊旗艦『エルローメ』。
「艦長、敵駆逐艦より通信が・・・」
通信士が提督に向けて云う。
「・・・通信とな?副官、この通信をどう解釈する?」
艦長席でドーンと居座る貫禄ある提督が、隣の細長い副官に聞く。
「どうやら陽動という訳でもなさそうですね。指揮から外れたのか・・・事故なのか・・・、
少なくとも単艦での行為です。外部からの脅威がないと分かれば躊躇(ためら)う事もありますまい。
煮るなり焼くなりお好きなように・・・」
「確かに士気向上に派手にぶっぱなすのもいいが、それだけではつまらんな。
余興だ。通信を開いてやれ!」
「提督、我が帝国は敵との交信を禁じています。特に問題になることではないですが・・・」
とりあえずと言った感じで進言する。
どうせ、最終的に辿り着く所は一緒だから問題にはならない。
「少し興味が沸いただけだ。
この圧倒的な現実の前で惑星連合の下等人種はどのような対応をするか、
自らの運命を悟って開き直って強気で責めるか・・・それとも命乞いをするか・・・、
敵のデータ−は多いに越したことはないだろう。上手くすれば戦を前に有益な情報を得られるかも知れん。
何よりオンボロ駆逐艦一隻沈めたところでなんの足しにもならぬしな」
「そこまでお考えでしたら何も問題ありますまい」
副官の了承と共にブリッジのメイン画面が光る。
映り出せれたのは白い軍服を纏った優男、
「私は駆逐艦『そよかぜ』艦長、ジャスティ・ウエキ・タイラーと申す者。
貴艦の所属と航海目的を告げていただきたい」
「所属と航海目的だと?」
問われること自体が屈辱的な職務質問に怒りで狂いそうになる。
冷静でシンプルな対応。
開き直りでも命乞いでも無い、予想と違った事務的な口調。
圧倒的な砲撃の兆しを見せ付けたにも関わらず
この男は自分が死ぬことを自覚してないのではなかろうか?
己が毛嫌う誰かとダブって見えた。それが己の怒りに油を注ぐ。
「たかがオンボロ駆逐艦の艦長の分際で我にそのような口を叩くか!?」
艦橋を埋め尽く怒声、オペレーター達が思わず耳を塞ぎたくなる大音量だが
画面の男は眉間ひとつ変えない。
「貴方たちは我が領内の奥深く侵入している。
・・・そもそもこれがオープン回線であることをお忘れか?
貴殿の発言は全て記録されているが・・・」
「ええい、うるさい!!記録以前に我がラアルゴン帝国では敵との交信そのものが禁止されている。
だがもういい、このまま宇宙の塵にしてくれるわ!」
「なるほど・・・」
と納得したような敵艦長の台詞、だが先ほどの事務的なモノは消え、彼の瞳に鮮明な輝きが宿された。
大した事は無い。だが、無視することを何故かためらわせた。
「無駄だと思うがこれも規則なのでとりあえず警告する。
貴艦を含めたラアルゴン帝国の所属不明艦は
20年前、ラアルゴン帝国と惑星連合との間で調印された
親約を明らかに違反している」
「何!!!」
提督を含めた旗艦『エルローメ』のブリッジに動揺が走る。
そんな彼等の様子に構わず話を続けるタイラー。
「違反項目は条約の第三条、
他領土内での演習を含めた軍事行為の禁止、及び無断進入。
事故によるものなら申告後、24時間以内にこの宙域から速やかに離脱せよ。
もし故意によるものなら武力を持って排除する。以上!」
「貴様!!我の前でそのような狂言を弄するか!?
ただで死ねると思うなよ!!」
我を忘れ敵艦長を睨み呪詛を吐く。
当然のことだった。
ただの条約ではない。親約とは皇帝陛下が相手と対等な状況下で直々に結ぶ神聖なるモノ。
その神聖なる親約を狂言を持って創り上げた身の程知らずの優男に純粋な殺意を抱くのは当然のことだった。
最後の武力で排除するという話も気にならなかった。
「はあ?貴殿は本当に誉れ高いラアルゴン帝国艦隊の提督なのか?
3分ほど猶予を与える。
速やかに貴殿たちのデーターベースから問題の項目を参照せよ」
「おのれ・・・まだ言うか!!
3分もいらん、今すぐその生意気な口ともども息の根を止めてくれるわ」
何よりこのような下等人種と皇帝陛下が対等な親約を結んだことが信じられなかった。
ところが・・・。
「・・・て、提督!確かに問題の項目がありました。
しかもこれは・・・異系人と結ばれた親約の中でも最上級に位置するものです!」
「なんだと!!そのデーターをこちらに映せ!!」
「ハッ!」
「・・・間違いない・・・これは間違いなく先代皇帝陛下の印・・・、
何故これほどの物が誰にも知れず・・・」
皇帝直筆の親約。
色んな意味で問題があった。
己がそのことを見落としたことも、これから行われようとすることも・・・。
「・・・どうやら互いに思い違いをしたようだな、手違いなら話は早い。
規定どおり事故申告を行い速やかにこの宙域から速やかに立ち去るがいい」
まるで教師が出来の悪い生徒を諭すような物言いにさすがの提督も切れた。
「図に乗るな!
我らは皇帝陛下の命の下で動いているのだ。
今更、そのようなことで・・・」
「つまり貴殿たちが先立って親約を破棄するというのだな?」
「ウッ!」
何故か不可思議な迫力に気圧される提督。
「よかろう、貴殿たちの行為をラアルゴン帝国の総意と判断。
我が『そよかぜ』は惑星連合を代表し、6999年12月31日23:39をもって貴殿たちに宣戦布告する」
「ナッ!!?」
身のほど知らずにしてはあまりにも力強く、そして凛とした姿勢に提督を含む
旗艦『エルローメ』のブリッジ要員全てが驚きに開いた口が塞げない。
威風堂々。
その姿勢に自分達が圧倒的に有利だという事実さえ忘れさせられる。
「威嚇射撃を含む砲撃開始時刻は7000年1月1日00:00、
言い残すことがあれば受け入れよう」
つまりその間、猶予を与えるというモノだった。
その物言いに怒りで我を忘れる提督。
「貴様に残すものなど何も無いわ」
「そうか、では貴殿たちの幸運を祈る」
と不敵な微笑を浮かべて通信を切るタイラー、
その皮肉に怒り狂う提督。
「おのれーーーーーーー!
たかがいち駆逐艦の艦長の分際で我への数々の暴言、許さん!!
全艦!敵駆逐艦に標準固定、このまま息の根を・・・」
「お待ちください!提督、このままでは問題がありすぎます。冷静になってください!」
そう言われて我に帰る。
確かに問題がありすぎた。
売り言葉に買い言葉とはいえ、ある意味取り返しのつかないことをしてしまったことに気付く。
状況を正確に把握し、処理するにはラアルゴン軍人としての己は小さすぎた。
そしてこれから考える時間も少なかった。
そのことが己を追い詰めていく。
なまじ皇帝陛下への忠誠心が高いばかりに混乱に拍車をかけていた。
「落ち着いてください!確かに親約を見落としたのは重大なる過失です。
ですが我らはまだ敵とは開戦してません。問題はまだ起こってないのです」
「・・・どういうことだ?」
冷静に問い掛ける。
猶予期間に撤退するという意味でないことは副官の口調で察していた。
上官が理知的になったことを確認した副官の目が怪しく光る。
「敵は我が艦隊のど真ん中に跳躍し我々は直ぐにフォースフィールドを展開しました。
つまりこれから起こることが外に漏れることはないのです。
逃げ出すことは勿論、亜空間通信での救援も不可、目の前の証拠を闇に葬れば記録も残りますまい」
「・・・闇に葬るというのか・・・」
別に小奇麗な論理を並べるつもりはなかったが、揉み消しみたいな物言いに抵抗を覚える提督。
そんな上官に副官が畳をかけるよう云う。
「提督、惑星連合などという下等人種など、この際どうでもいいことなのです。
我らが問題とするのは『親約の存在を知って尚、開戦の意向を伝えてしまった』事のみ、
帝国内での皇帝陛下の威信が下がることは何が何でも阻止しなければいけないのです。
まずはその事実を何が何でも隠さねばならない。そうなれば後の事等どうとでもなります」
「ククク・・・、我は本当に部下に恵まれたものよ。
よかろう、貴殿の案を採用、細かい指示は任せた。
時間はあるのだ。奴らが逃げることの出来ない完璧な包囲網を作りあげ、排除しろ」
要は己の過失だ。
それを副官が尻拭いしてくれるというのだから奇麗事など言ってはいられない。
そう、確かに彼の者の言う通り陛下の威信が下がることは何が何でも避けなければならなかったのだ。
「ハッ、お任せを・・・」
勢い良く返事する副官、
そんな彼等の様子をブリッジの者たちが頼もしく見守るのだった。
「まあ、こんなものだろう、とりあえず時間は稼いだ。
その間に・・・っとどうした?皆、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして?」
皆さんが驚きに唖然とするのも当然のことです。
まず・・・。
「すごい・・・タイラー、まるで本物の艦長みたい・・・」
いち早く回復したキム中尉が感心し。
「居眠り艦長じゃなかったんですね」
と今度はカトリ中尉。
「貴様ら、どういう・・・「「お兄様、ステキー!!」」、ドワッ」
叱咤しようとするところを両側からユミィたちに抱きつかれるタイラーさん。
その姿を私は凝視する。
親約のことを含めて聞きたいことは山ほどあったけれど、何よりその交渉術に驚く。
ジャーナリストとして数々の政治家と対話したことはあったが、これほどの人に出会ったことはない。
彼はこの圧倒的不利な状況の中で出前をするような気軽さで貴重な時間を手にし、尚相手に悟らせもしなかった。
外交という名の戦いが繰り広げられたとしたらタイラー艦長の完全なる勝利だった。
「艦長・・・」
浮かれるブリッジでただ一人、ヤマモトさんが深刻な表情で彼を見る。
「ヤマモト君、時間は稼いだよ♪
さあ、早く彼女たちをシャトルまで・・・」
相変わらず悪戯っぽく笑いながらヤマモトさんに云うのですが、
彼の表情を見て艦長の笑みが次第に消えていく。
「いいえ、お聞きください、艦長」
流されることなく意を決したかのようなヤマモトさん。
艦長を含め皆さんが注目します。
「これからの作戦は私が指揮します。
艦長はスターさん達と共にシャトルで脱出してください」
「・・・どういう意味だ?」
先ほどまで暢気に構えていた彼が笑みを完全に消し、無表情のままヤマモトさんに問う。
「先ほど言ったように指揮は私が取ります。この作戦に指揮官は二人も要りません」
「・・・・」
「貴方はこんな老駆逐艦と運命を共にするような御方じゃない。
ここから先は私が殿(しんがり)を勤めます。
どうかスターさん達と共にこの危険宙域から脱出させてください」
・・・もしかしたら私と同じ事を考えたのかも知れません。
今の惑星連合の現状、私の知る限りでも、これほどの人はいなかった。
その思い、そしてそれらが導こうとする想い。
しかし、タイラー艦長から紡ぎ出された言葉は私たちの予想を遥かに越えたモノでした。
「ヤマモト副艦長、どうやら貴様は軍の適正チェックを受けなおす必要があるようだ」
それは先ほどの暢気な艦長からは信じられない、ブリッジの皆が怯えるほど冷たいもの、
ヤマモトさん以外の方々の思考を奪い去るほどの力を秘めていた。
「艦長権限で処分を下す。
『そよかぜ』副艦長、ヤマモト・マコト大尉。
以下の者を副艦長としての責務能力に重大な欠陥があると判断、
現在の副艦長としての全ての権限を一時的に剥奪、
彼女たちと一緒に軍上層本部に、このデーターを持って出頭しろ。
これを見たら軍本部も貴様の問題に気付くだろう」
私達が状況判断を確かにする前に下されたヤマモトさんへの処分。
それは不信任による不名誉な追放処分でした。
その出来事に唖然と見守るブリッジの人たち。
その6