孫   第3話






「アキト、これがナデシコ?」

「そうだよ。この変な形の艦がだよ」

「ふっ、我があのナデシコに乗るハメになろうとは」


アキト、ラピス、北辰の3人は、ネルガル社員証を提示してサセボ軍港基地に入り、地下ドックからナデシコを見上げていた。

ナデシコは戦闘をするのに適した形状ではなく、新技術を搭載・運用するのに適した変な形を見せている。

科学者が設計した艦などそんなものである。

本来ならプロスに案内される所だが、面倒くさいのでアキトに先導されやって来ていた。

故に、プロスによるナデシコの説明はない。


アキトにとっては思い出深い戦艦の筈だが、それを微塵も見せずにさっさと搭乗口に設置されているスリットに社員証を通した。


プシュー


ハッチが開く。

アキトはそこから一歩踏み出した所で立ち止まった。

目の前に一人の少女が立っていたのである。

水色の髪をツインテールにした金色の瞳の少女。

過去、いや、未来に幾度となく……


ドスッ


アキトの感慨は少女の体当たりによって遮られた。

しっかりと腰の入ったタックル、しかも同時に少女の腕はアキトの太腿を掴んでいた。


ドシィーン


結果、アキトは見事に倒され、少女が上に乗りかかる形になった。

顎を引き、後頭部だけは守ったアキトの耳に少女、ホシノ・ルリの言葉が入ってきた。


「アキトさん、アキトさん、アキトさん、アキトさん……」


胸元を両手で掴み、胸に顔を押し付けながら、何度もアキトの名前を呼ぶルリ。

最初は慌てたアキトだったがそれを聞いて、ルリの頭に手をやると髪を撫で始めた。

途端にルリのアキトを呼ぶ声が小さくなっていった。

代わりに聞こえる音。


クンクンクン


まるで犬が臭いを確かめるような音に、アキトは顔を引きつらせて尋ねた。


「ル、ルリちゃん、何をやっているのかな?」

「はい。とりあえず匂いを堪能しています」


ルリはあっさりと答えると次いでアキトの上着のボタンを外し始めた。


わぁーーーっ!ルリちゃん、何するんだ!?」

「はい。とりあえず手を付けておこうかと思いまして」


アキトはまたもやあっさりと答えるルリを引き剥がし立ち上がった。


「ぜぇぜぇ、い、いきなり何をするつもりだ?」

「ナニって、もうアキトさんったら、わかってるくせに♪」


綺麗な笑顔で言うルリを見て、アキトはズササーッと跳び退った。

そして、周囲を確認した。

すると北辰がラピスの目を手で覆っているのが目に入る。


「そっちは何をしているんだ?」

「我か。我は教育上好ましくない情報を遮断している。こちらは放っておいて構わんぞ」

「やかましい!」

「さぁ、向こうの外道もああ言ってる事ですし……」


ガン!


アキトはいそいそとアキトの服を脱がそうとするルリの頭に拳を落とした。


「きゅ〜〜ぅ」


目から火花を散らせるルリ。


「11歳の少女相手に出来るか」


アキトは自分達とは違い、昔のナデシコで出会った姿のルリを見て呟いた。




















その後、ルリの説明があった。

特攻エステバリスでランダムジャンプを引き起こしたルリだったが、気が付くとナデシコAのオペレーター席に昔の姿で座っていたらしい。

時間は、今日から1週間前。

とりあえず情報収集をしてみると、ナデシコ乗員名簿に気になる名前があった。


ナデシコ食堂 副コック 中華担当 テンカワ・アキト

ナデシコ食堂 ウェイトレス ラピス・ラズリ

ナデシコ食堂 パティシェ デザート担当 ホクシン


どこをどう考えても自分と同じようにアキトも過去に戻って来たという結論しか出せないルリ。

それでルンルン♪とアキトの乗艦を待ち望んでいたという訳である。


『私にはあの一夜の思い出を忘れることは出来ませんでした』


ポッと頬を染めて言うルリの前に、アキトはうろたえた。

ちなみに北辰はすかさずラピスの耳を塞いだ。

教育的配慮である。










そんな一幕があった後、ルリが真面目な顔でアキトに言った。


「もうすぐ無人兵器の襲撃がありますから、アキトさんはそろそろ格納庫に向かった方が良いと思います」

「何で?」


過去を踏襲した行動を提案するルリに、アキトは疑問を返した。


「何でって、ヤマダさんは例によって骨折する予定ですから、アキトさんがナデシコが出るまでの囮にならないといけませんよね。囮よりも殲滅させた方が早いかもしれませんが」


ルリはナデシコ船出のイベントを忘れたのですかという感じで言った。

ルリは逆行を理解した時からこのアキトの初戦闘を楽しみにしていて、サセボ軍用ドックのカメラというカメラをハッキングして自分の指揮下にしていた。

逆行によって失ってしまったライブラリーを未来よりも遥かに質量凌駕出来る体制を必死になって整えていたのである。

それを肩透かしをくったかのようで、ルリは少し怒っていた。

もうVTRはとっくに回っているのである。

ここは『君の為に頑張るよ』の一言でも欲しい場面なのだ。

しかし、そんなルリの思惑を他所にアキトは言う。


「でもさ、何でガイは足を骨折したんだろう?」

「へ?」

「いや、エステでこけた位で骨折するなら、普通に戦闘したら怪我人続出になるだろう。大体アサルトピットはそんなに柔じゃない。素人の操縦でも俺が怪我することはなかったんだから」


アキトの言葉にルリは考え込んだ。

確かにアキトの言う通りである。

ルリはガイの『ガイ・スーパー・ナッパァー!』を見ていないが、所詮格納庫内での事故という認識がある。

戦闘中より激しい動きが出来たとは思えなかった。

それでもアキトの初戦闘を特等席で見たいという欲求は、そんな正論を激しく無視させた。


「ヤマダさんの事ですからシートベルトを締め忘れて、シートから投げ出されて骨折したんですよ。ええ、きっとそうです。それに骨折は必然です。歴史がそれを証明しています」


殆どいうか全然ヤマダ・ジロウの事が記憶にないのにも関わらず断言するルリに、アキトは気だるげに言葉を返した。


「ん〜と、後、足を骨折しててもギブスして痛み止め打ちシートに固定しとけば、IFSなんだから囮位出来るんじゃないのかな? 一応プロスさんにスカウトされた位なんだから腕は一流なんだろうし」

「はぁ〜」


それしかルリには言えなかった。

パイロットによっては、両足を突っ張る事で座った姿勢を維持して戦闘するのではないかとも思うが、ルリにはそこまで思い至らない。

ただここ1週間の苦労が無駄になったという思いである。

故に仕方ない話だろう。

ルリがヤマダ・ジロウの骨折を増やそうかな?と思い付いたとしても。




















ミズハラ・ジュンコは、目を点にしていた。

ナデシコ食堂副コックにパティシェにウェイトレスと紹介された3人を前に唖然としたのだ。

黒いボブカットの髪を揺らして左右を見ると、同僚の4人の娘も同じような有り様である。

ジュンコは実はお嬢様育ちの為、世間知らずの所があると自分でも思っていた。

しかし、周りの様子見る限り、この目の前の3人はやはり普通と違うらしいと密かに安心してたりもする。

驚いているのは自分だけではないのだから。


もっとも一人コック長のホウメイさんだけがにこやかに元気良く3人を出迎えていたが、彼女と5人の少女を比べると言うのは、いささか酷というものだろう。

何と言ってもホウメイさんなのだから。


ともかく5人のウェイトレス、通称ホウメイガールズを呆然とさせた3人はこの通りである。


「テンカワ・アキトです。よろしくお願いします」


アキトは到って普通の良好な挨拶とは逆に、黒の上下に黒マント、黒いバイザーという怪しさ爆発の姿。

更に白いエプロンが非常に浮いていた。


「我が名は、北辰。デザートは我に任せろ」


北辰は、白い着流しの袖をたすきがけにまとめて、白いエプロンを付けていた。

微妙に垂れ下がった目で出来る限りの眼光を放っている親爺である。

しかもデザート担当。


「ラピス・ラズリ。よろしく」


ラピスはウェイトレス修行の成果かアキトと北辰の間に立ち、しっかりとあいさつをしていた。

和服に白い割烹着と三角巾という姿は、それなりにツッコミがあるかもしれないが、前に挨拶した二人の前には普通にしか見えなかったようである。

3人というよりある2人のせいで呆然としていたというのが正しいかもしれない。


しばらくして、他の4人に押される形で5人の中では最年長、ついでに身長も一番高いテラサキ・サユリが質問した。


「あの〜どうして制服を着ないのですか?」


皆が聞きたかった事ではあるが、サユリが一番気にしていた事でもあった。

別に制服を着なくても大丈夫なのかな〜と思う彼女の心は、ハイヒールを脱ぎたいという一心である。


サユリは身長に少しコンプレックスを持っている。

しかも、ここの制服はウェイトレスにも関わらずハイヒールなので、更にサユリを大きく見せる。

実際目の前に立つアキトと同じ位なのだから。

年より大人びて見られる事の多い彼女としては、年相応に可愛く見られたいと思ったとしても無理はない。


「制服が嫌いなんでね。服装は、プロスさんに交渉して自由にさせて貰ってるんだよ」


アキトの答えに、サユリはキュピーンと目を光らせた。


「じゃあ、私もプロスさんと話そうかしら」

「どうしても制服が嫌なら承諾してくれるかもしれないね。給料は少し減ると思うけど」

「へ!?お給料?」


早速今すぐにでもプロスを探しに行こうとしていたサユリをアキトの言葉が止めた。


「うむ。奴に8.25%程減らされたな」


北辰が苦々しげに呟いた。

10%カットと主張するプロスと5%とするアキト・北辰の交渉結果である。

0.75%程プロスが有利だったようだ。


「お給料の8.25%カット……」


微妙な数字に悩むサユリ。


そこに突如艦内警報が響き渡った。

どこか懐かしそうにその音を聞くアキトに驚き慌てるホウメイガールズ。

ホウメイは一人で厨房内に戻り、火元のチェックを始めた。

そして、どこから取り出したのかクッションを頭の上に乗せ、テーブルの下に丸くなって隠れるラピス。


「うむうむ。地震避難訓練の成果は上々」


元々細い目を更に細くして満足そうに見詰める北辰だった。

















<あとがき>

ホウメイガールズの個々の設定ですが、PCが壊れる前、マルよ師匠様より資料を頂いた上にアドバイスまで頂きました。

HDDがクラッシュしたので、その内容はもう確認する事は出来ませんが、今でも大変感謝しております。ありがとうございました。

あの頃はホウメイガールズ主人公の話を書いていたのですが、こういう形で日の目を見る事になりました。

他の3人も順次出し、5人それぞれに人間味を持たせられたらと思っています。










 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・・・・・・・・人間、何がどう役に立つかわからんものですねぇ(しみじみ)。

学生の皆さんも「こんな事勉強しても社会に出たら使わないじゃないか」などと言わずに、

どんな教科でも真面目にやっておいたほうがいいですよ。

本当にどこで役に立つか分かりませんから。

 

それはさておき。

 

やっぱりルリは壊れてますねぇ。いい傾向です。(核爆)

アキトはこう言う時だけ常識人だし(更爆)。

まぁ、世の中に氾濫してる小学生相手にあーしたりこーしたりする輩よりは

黒ずくめの変人の方が100倍ましでしょう(爆笑)。