孫   第5話






ちょっとした運動を終えたアキトと北辰は、艦橋に報告にも行かずに食堂に直行していた。

アキトは、『俺はもう早くない早くない早くない早くない……』と青白い顔でエンドレスにぶつぶつ呟いている。

北辰はそんなアキトに構わず話しかけた。


「テンカワ・アキト、これからの未来の予定を教えてもらおうか?」

「俺はもう早くない早くない早くない早くない……」

「早かろうが長持ちしようが、我はそんな事聞いてない」

「そんな事だと! 漢の矜持の問題をそんな事だと!」


獣のようなギラつく目で北辰をねめつけるアキト。

ある意味アキトは正しいが、今の境遇を考えると大多数は北辰を支持するだろう。

だが、そこら辺、北辰は外道だった。


ポンポン


アキトの肩を慰めるように叩き、言い放つ。


「無理矢理の時は、早い方が喜ばれるぞ」


ドゲシッ


アキトの拳が北辰の顔の正中線に入った。










「では、話も一段落した所で、これから起こる事を教えてもらおうか」


北辰がティッシュを鼻に詰め詰めしながら言った。


「まずキノコとその部下が一斉蜂起して、艦橋その他を襲撃しナデシコを制圧する。その後、ユリカの父親が戦艦で威圧して、ナデシコを拿捕・徴発しようとするが、海底に沈んでいたチューリップが活動を再開して混乱をきたす。で、どさくさにナデシコは軍から逃げ出すという流れだった筈だ」


アキト主観の話の流れに、北辰は目を輝かせた。


「ほ〜う、軍はナデシコを徴発するつもりだったのか?」

「ああ。所詮民間が作った実験艦だからと自由にさせていたのが、サセボ、ここでの思わぬ戦果を見て考えを変えたようだな」

「面白いな。では──」

アキトォーーーッ!


北辰の言葉は、巨大な叫び声にかき消された。

ルリを小脇に抱えた艦長ミスマル・ユリカの突撃である。


アキトォーーーッ!


目をクルクル回しているルリを北辰に放り投げて牽制し、自らはアキトに抱きつく。

ユリカの作戦は完璧な筈だった。

が、相手は腐っても外道である。


ヒョイ


飛行させられて迫り来る妖精を軽く避けた上に、裏拳の要領で後頭部を軽く後押しした。


ズベシャッ


結果、ルリは派手に壁に激突していた。

しかし、ユリカも他人、他人ではないが、を心配している暇は無かった。

アキトもユリカの抱きつく軌道を読み、身を捻っていたのだから。

ご丁寧に着地地点に片足を残して。


チョイ


ユリカはその足にひっかかり、スライディングを決めた。


ズベシィィィーーーッ


久方ぶりの再会を避けられたパターンは多々あれど、足まで出された不幸な人はそういない。


「う、う、う、アキトの愛って痛いよぉ〜」


しかし、額と鼻を赤くしながらもユリカは、まだまだ元気なようである。


「でもでも、アキトの為ならユリカは痛いのも早いのも我慢する!」
                                         特 訓 を し た
「喧しい!他人様が聞いたら、誤解しそうな事を言うな。それに俺は経験を積んだから、もう早くない!」
          特 訓
うぇーーーっ、経験!?

「あっ……」


ユリカの叫びは、アキトに掘った墓穴の大きさを知らせるのに十分な声量だった。

暫し沈黙が流れた所に、壁に張り付いたままの妖精の呟きが皆の耳に入った。


「──馬鹿ばっか……です……」


ズルズルズルッ


ペシャッ


ルリが通路に崩れ落ちた。


「あぁ〜誰がルリちゃんにこんな酷い事をしたのっ!」


ユリカの声に、額から大粒の汗を流すアキトと北辰だった。




















「う〜ん、何と言うか異様な光景だよ」


食堂の隅っこのテーブルに付いて話し合う5人を見ながら、ウエムラ・エリは呟いた。

良くは分からないが、ロボットに乗って戦闘してくると外に出て行った、今日来たコックさん二人は、女性とラピスちゃんくらいの年齢の女の子を引き連れて帰って来た。

女の子は見覚えがある。

確かオペレーターの人。

ナデシコに早くから乗り込んでいたので紹介されたから知っている。

もう一人、マントを付けた見慣れない制服の女性は誰だろう?

更に黒尽くめの若いコックさんの方は、何故ほっぺに手のひら型の赤いもみじを付けているのだろう?

ついでに初老の方のコックは、何故鼻にテッシュを詰めているのだろう?


ともかくその4人とラピスちゃんが一緒に座って話し込んでいる姿は、エリには『変』の一言だと思えた。


「でも、ボクとしては興味あるな〜。メッ○ールでも飲みながらチェキしたい気分だよ」


エリが意味もなくポケットから取り出した虫眼鏡をかざして言ってみたりした時、突然背後から声がかけられた。


「メッコ○ルって、なぁに?」

「えっ!? うわっ、居たの?」


エリが驚いて振り返ると同僚のタナカ・ハルミが立っていた。


「最初から居たんだけど……」


エリの質問に、ハルミは気まずそうに三つ編みにしている2本のお下げの毛先を指でもてあそびながら答えた。


「最初から居たの?」


肯くハルミ。

相変わらず存在感の薄い娘だよねとは、口が避けても言えないエリは、笑って誤魔化す事にした。


「あはは、そうなんだ。え、え〜と、そうそうメ○コールの話だよね」

「最初から居たんだけど……」

「メ○コールの話だよね。ボクの部屋の冷蔵庫にストックがあるから、今度飲ませてあげるよ」


まだグズグズと長引きそうなハルミを強引に方向転換させるエリ。

エリ秘蔵で日本以外では入手困難な伝統的清涼飲料水を餌に提案する。


「ありがとう」


ハルミは暫し考えている様子だったが肯いてお礼を言ってきたので、エリは一息ついた。

ふぅ〜意外に根に持つ娘なんだよね〜。

コレはやっぱり存在感が薄いとは言えないよね〜」

「そうなんだ。私は存在感が薄いって、エリちゃんは思ってたんだ」

「へ!?何で!?」


突然、思っていた事をズバリ言われたエリは困惑した。


「エリちゃん、たまに独り言口に出してるよ」

「あははは〜っ、じゃあ、ボクはそういう事で。チェキな!」


ダダダダダーーーーァッシュッ


エリはぶすっとした顔で告げるハルミから、思いっきり愛想笑いを浮かべて逃げ出した。


「むぅ〜まだ勤務時間中なのに」


後にはハルミだけが残されるのだった。




















一方、5人が話し込んでいるテーブルでは、ラピス1人がお寝む中だった。

ラピスにとって、難しい話もそうでない話も大抵、あぁ〜さっぱりさっぱりである。

最初こそはニコニコとホウメイさんが作った杏仁豆腐を食べていたのだが、おかわりをアキトに止められてからは、むすっ〜と膨れていた。

もっともそれも長時間は保たずに、いつしか暇してたらウトウトしていたが。


そんなラピスを他所に、4人の話は佳境に入っていた。


「「ナデシコを軍に引き渡すの?(ですか?)」」


ユリカとルリが同時に驚愕の声を上げた。


「そうだよ。その際にクルーも皆退艦させるんだ。そして、俺達は大手を振って、みんなで地球で平和に暮らすと」


アキトはこの1年間のラピスとそのおまけとの生活を思い出しながら言った。


アキトとの新婚生活──

ニヘラッ

凄くいいかも……

ユリカの顔は、北辰が不思議がる位緩み崩れた。


アキトさんとの二人っきりの怠惰な生活──

ニヤリッ

凄くいいかもしれません……
                       ほほえ
ルリの顔は、アキトも北辰も後退る位邪笑んでいた。


「決めた!ユリカは──」

「でも、問題があります」


ユリカの賛成の言葉は、ルリによって遮られた。


「え?何かあったかな?」


首を傾げるユリカに、ルリは自分の境遇を思い出させた。


「ナデシコをオペレート出来るのは、現在私一人です。そんな私を軍が手放すでしょうか? それに退艦できたとしても、今の私の身分はネルガルの所有物と一緒です。自由行動が許される筈がありません」


淡々と告げるルリに、ユリカが優しく笑いかけて言った。


「なぁんだ、そんなことかぁ〜」

「そんな事じゃありません!」

「大丈夫、そこら辺はユリカにお任せだよ。お父様の権力でスパッとネルガルから別れさせてあげる」


ニコリと笑うユリカは腐りきってはいるが、ゴート曰く、連合大学在籍中は戦略シミュレーションで無敗を誇った逸材である。

更に実戦と社会の裏も経験し、かなりの無敵なお嬢様と化している。

十分に力の使い所をわきまえているようだ。


しかし、アキトとルリは、火星にいるイネス・フレサンジュをどうするつもりなのだろうか?

忘れているのか。

考えないようにしているのか。
                                      元 気
或は、イネスさんならナデシコが行かなくても火星の大地上、狂的科学で生きていけると信じているのかもしれない。

片やユリカの方は、アキトとルリのボソン・ジャンプ先を演算解析し、共に跳んで来た人間の事などは忘れているだけだろう。


「あぁ〜早くお父様が来てくれないかな〜」

「そうですね、さっさとキノコに反乱して起こしてもらいたいです」


ゴンッ


もうすっかりソノ気の二人だったが、やたらと大きな音がしたので振り返った。

テーブルに突っ伏すラピスの後頭部が見えた。

状況的には、コクコクッ舟を漕いでいたラピスがテーブルに頭突きを噛ましたという所だろうか。

無言になるユリカとルリ。


「えぅ……」


ラピスはムクッと顔を上げる。

額が赤くなり、涙目でウルウルしている。

今にも泣き出しそうな感じである。


そんなラピスに慌てて駆け寄る男二人。


「ラピス、大丈夫だぞ。痛いのは、ここか? ほら、さすっててあげるからな」


アキトは額を撫でながら、ラピスに話し掛け、


「ぬぬぬ、ラピスを傷つけるとは、許せぬ。こうしてくれるは。ちょめ!ちょめ!」


北辰はラピスに見えるように、テーブルに手刀を振り下ろす真似をした。


何と言うか親馬鹿爺馬鹿な光景に、ユリカとルリは目を白黒させるだけであった。

おそらく主に北辰の行動についてだろうが……


















<あとがき>

次話 驚天動地の最終回!ナデシコ、軍に徴発される!?










は、お送り致しません^^

でも、実質TV版2話でナデシコ徴発ENDというSS書いた人いるかな?

本当はかなり本気で謀っていたのですが、ホウメイガールズと他にも書きたい事があったので、プロットを変更して書いています。

う〜、しかし、コウイチロウにマスターキー渡して、エンディングというのは捨て難い^^;

さて、代わりにどこでナデシコ堕とそうかな?(爆)










 

 

代理人の感想

TV版2話でナデシコ徴発END・・・・やってれば多分ナデSSの歴史に残ったとは思います(笑)。

まぁ、「この人ならやりかねん」

大多数の読者は納得すると思いますが(核爆)