孫   第6話






「今までナデシコの目的を明らかにしなかったのは、某会社──いえ、妨害者の目を欺く必要があったからです」


プロスは主要メンバーを艦橋に集め、乗員全てのコミュニケに通信を開くと演説を始めた。


「私達ネルガルは、伊達や酔狂で戦艦を作った訳ではありません。ええ、決してありませんとも。一部で極楽トンボが趣味で建造したなどと揶揄されていますが、そんな事はないんです」


プロスは熱く語った事に恥ずかしさを覚えたのか、一度言葉を止めて辺りを見渡した。

十分に注目を集めている事に満足感を覚える。

同時に艦長席とオペレーター席から漂う得も言われぬ気配にいささか引いたりしながらも。


「私達の目的は──」


プロスはそこで一端言葉を止めると、意味ありげにフクベ提督の方に視線を向けた。

提督は一度肯くと重々しく宣言した。


「火星だ」

「は〜い、わかりました♪ ナデシコ火星に出発します。はぁっ〜しん!──あれっ?」


提督の言葉を今や遅しと待ち構えていたユリカの嬉々としたいきなりのお言葉に、艦橋中は静まり返った。

ユリカの方も何故キノコはこのタイミングで邪魔しに来ないんだろうと訝り、考え込んでいた。

奇妙な沈黙が流れる中、プロスがユリカに言う。


「あの〜普通はここで『何故火星に?』とか『地球はどうするんだ?』とか聞くのがセオリーというものではありませんかな?」


説得とか交渉とかしたいのにさせてくれず心残りがあるんですがという口調のプロスに、ルリを除く艦橋クルーの全員がうんうん肯いた。


「忘れてました、てへっ♪ まぁ、些細な事です」


ユリカの反応に今度はルリだけが肯いた。

二人にとってはキノコが入ってくれば、それでジ・エンドなのである。

そして、艦橋の扉がウィーンと開き、待ち望んだキノコ頭が入ってきた。


「アタシは火星なんて行かないわよ!」




















『アタシは火星なんて行かないわよ!』


「はややぁ〜火星ですかぁ〜う〜ん……」

「どうかしましたか?」


ミズハラ・ジュンコはラピスに向けていた視線を同僚のサトウ・ミカコに移し、問いかけた。


艦橋から大変重要な連絡があるというので、食堂も小休止していた。

しかし、ホウメイ・アキト・北辰のコック3人衆は、関係ないねとばかりに調理をしている。

そんな中ウェイトレス5人衆+1の+1が暇そうにしていたのを見て、ジュンコはラピスにアヤトリを教えていたのである。

初めは興味津々、見様見真似と細かい指示に従っていたラピスだったが、コツを掴んだのか、今や『ブラックサレナ』、『ユーチャリス』、『夜天光』と言っては、ジュンコには不可解な複雑な型を示してくる。

自分では蝶とか橋とか蛇といったのが複雑だと思っていたのに自信喪失する事甚だしい。

難解すぎてラピスの紐を取り返す事を断念したジュンコは、暇になっていたのである。


『副提督、それはどういう事ですかな?』

『アタシは火星には行かないって言ってるのよ』

『ハイハ〜イ!私には副提督さんが言ってること分かりま〜す』


「火星って遠いですよねぇ〜?」

「え〜と、何ヶ月かかかると思います」


最新鋭戦艦のスペックを知らないジュンコは、一般的な知識で返答した。


「そうですよねぇ〜。ミカコ、困るなぁ〜」

「何故ですか?」


両手の人差し指をぽっぺに当てて困り顔のミカコ。

自分と一つしか違わないのにとても幼く見えるその姿は、ただでも丁寧なジュンコの言葉使いを小さな子供相手にするような感じにしていた。


『副提督は軍がナデシコを徴発する為の尖兵としてやってきたと言ってるんです』

『何ですと!?』

『今頃、きっと副提督の部下達が銃を手にナデシコ各所を制圧してる筈です。えっへん!』

『えーーーー!!!』×複数


「ミカコ、見たいテレビ番組があるから」

「録画して貰えばいいんですよ?」

「え〜〜っ!生で見るから楽しいんですよぉ〜。それに火星に行くとしたら宇宙ですよねぇ〜」

「そうなりますね」

「デパートとかないから、お買い物できないですぅ〜」


ジュンコは頭が痛くなるのを感じた。

ジュンコ自身も外国に寄航した際は、ブランドショップに行こうとは思っていたが、特別思い入れを持っていた訳ではないからである。

それよりも初めてする仕事というモノをしっかりやろうと考えていたのだ。

更に、これが最近良く聞く世代の断絶という奴かな〜とずれた感慨など抱いてたりする。


『血迷ったか、ムネタケ!』

『困りましたな〜。軍とは話し合いが付いているのですが』

『ちょ、ちょっと、艦長、いい加減な事言わないでくれるかしら!』

『へ? 違うんですか?』


「それにミカコ、ママに余り遠くにいっちゃダメよと言われてるから」

「へ!?」


ミカコは本気で言っていた。

それがわかるだけに普段から物腰が丁寧なジュンコをして、変な声を上げてしまう。


「ナデシコから降りよう──」

う〜〜〜〜っ!


ミカコの言葉は、可愛らしい唸り声に遮られた。

二人が見ると、その声の主は固まっていた。


う〜〜〜〜っ!


両手の指とアヤトリの糸が複雑に絡み合った上に、何とか外そうと頑張ったのか肘までが極っていた。


「──こ、これは切った方が早いかしら」

「──うん」

う〜〜〜〜っ!


暫し固まったジュンコとミカコだったが、オペレーションを実行する為に動き始めた。


















「アタシを馬鹿だと思っているのかしら。フン!アタシはムネタケなのよ」

「え、え〜と、すいません、良く分かりません」


キノコの剣幕に自分の思惑と違う反応をされたユリカはおずおずと問い返した。

一方、ルリの方は、もしやこれが巷で有名な有能茸とか思ってたりしていた。

しかし、それは甘いというモノである。


「アタシのこの准将という地位はね、親の七光りで得たモノではないわ。賄賂追従おべっかを駆使して得た、大金涙ぐましい努力の賜物なのよ!」


艦橋クルーの思考が完全に停止した。

フケベ提督に到っては、口を大きくあんぐりと開けて、どこかに逝ってしまいそうである。

誰が自分の恥部をここまであからさまに胸を張って告白できると思うだろうか。

しかし、キノコの言葉は止まらない。


「そのアタシが民間人に銃を向けるなんて、危ない橋を渡ると思ってるの。そんなシーンの映像でも写真でもマスコミに流れたら、身の破滅だわ。追従とおべっかで得た経験を舐めて欲しくないわね!」


堂々と胸を張って言い切ったキノコ。

どうでもいいが、『賄賂』と大声で叫んでいるのは、マスコミに流れてもいいのだろうか?

所詮キノコはその程度の危機回避能力なのかもしれない。


艦橋クルーと一部コミュニケ向こうのクルーをも凍らせたキノコは懐から書類を取り出すと、とある説明を始めた。








キノコの説明──それはプロスが説明しようとしていた事に軍の解釈を加え、ムネタケ自身の悪意を混入したものだった。


スキャバレリ・プロジェクトの真の意味。

火星の避難民の救出を目的としているが、その実はネルガル火星研究施設から最新の研究成果を引き上げる事でしかない。

その証拠に、ナデシコは乗員用以外の居住スペースを特に用意していない。

それはどれだけの規模の避難民がいるか分からないからでなく、元々研究者だけを助けるつもりだから。

同様に積み込んでいる食料その他日用品も避難民を考慮していない積載量である。

ホホホ、騙されてるのよ、あなたたちは


更にこの計画の成功度合について。

ネルガルはナデシコが火星から戻って来れるとは考えていない。

戻ってきたら大金星だと思っているが、単艦で火星宙域まで行ったという事実があれば、軍需産業として新兵器のお披露目に成功なのである。

その証拠に『一流のクルーを集めた』という言葉で騙して、ネルガルの一流の技術を持った社員を200余名のうち僅か数人しか乗せていない。

殆ど全てを契約社員で賄っているのは、ナデシコが沈んだ時に下手な騒ぎを起こさせないためなのだ。

あはは、つまり当て馬よ、当て馬


ついでとばかりにナデシコの武装の少なさについても。

前方に主砲グラビティ・ブラスト一門。しかも、連射性が悪い。

他は対空ミサイル10数門。但し、搭載ミサイル弾数少なし。

戦艦というより高速移動砲台よね。笑っちゃうわよ


プロスが現実復帰した時には、キノコの解説は殆ど終わっていた。


「という事だから、アタシはここでナデシコから降りさせてもらうわよ。貴方達は精々生き残れるように頑張りなさい。サマージャンボ程度には期待しているから」


言うだけ言うと、オカマ笑いをぶちかますキノコ。

クルーの士気をトコトンまで引き落としたキノコにプロスは殺意をぶつけるが、キノコの方は気にした様子もなく笑い続けている。


「こ、これはどうなりますかね〜?」


プロスが呟いた言葉は、そのままユリカとルリの心境でもあった。

しかし、未来を知る二人はこの位でへこたれない。


まだよ! お父様がいるわ!!

まだです! 親馬鹿がいます!!


一心に祈る。

とびうめとびうめとびうめとびうめとびうめとびうめ……

大宰府の梅の木の精霊を呼ぶかのように。


そして、願いは叶った。










「ユリカァ〜〜〜〜!!」


これよ、これ。

これです、待ち望んでいたのはこれなんです。

キノコも含めて艦橋クルーを撃沈した音声兵器を他所に、舌なめずりするユリカとルリ。


「お父様」

「ユリカ、やつれたんじゃないか? ご飯はちゃんと食べてるか? やはり水は家から持って行った方が良かったと思うんだよ、お父さんは。今からでも用意させ──」

「お父様は何をしにいらしたのですか?」


ミスマル・コウイチロウの言葉を途中で止めて、ユリカは期待を込めて問いかけた。

両手を胸元に引き寄せ、ワクワクとした面持ちで父親を見ている。


「ユリカ、お父さんも辛いんだよ」

「ええ、よく分かっています」

「そうか、ユリカは分かってくれるか」

「ええ、お父様の娘ですもん」

「──そ、そうか、私は良い娘をもって幸せだよ」

「お父様、そんな本当の事を言わなくても。良い嫁になるだなんて」


言ってねぇよ!


ルリは密かにオモイカネに毒づいた。

しかし、オペレーター席の瘴気とは裏腹のほのぼのとした会話に、クルー達も徐々に現実復帰をし始める。

その中でも一番早く復帰したプロスが言った。


「これはこれはお久しぶりです。本日はどのようなご用件でいらしたのですかな?」


ナデシコを囲みように位置するトビウメ、バンジー、クロッカスの指揮官相手に日常会話レベルの遣り取りをもちかける。

プロスならではの技である。

コウイチロウはそれを敏感に感じ取ったのか、居住まいを正して答えた。


「とても重要な事だよ。連合軍極東艦隊司令官として、ナデシコ乗員諸君に伝える──」


そこで一端止める。

クルーは緊張に固唾を呑んだ。

ユリカとルリは期待で目が爛々と輝いた。


ユリカの事を頼む


艦橋の一部を冷たい風が通り過ぎた。


「親として我が娘が危険な所に行くのを見るのは忍びない。しかし、あの娘は一度決心した事は、誰が何と言おうとも変えやしない。だから、諸君等に頼むのだよ。この通りだ」


スクリーン上でも分かる位頭を下げるコウイチロウ。


「お父様!」


ユリカの驚愕の叫びを聞いて顔を上げたコウイチロウの瞳には、誰が見ても慈愛が感じられた。

うんうん、良い話だね〜と操舵士と通信士はハンカチを目に当てる。

しかし、ユリカにとってはたまった話ではない。

再度呼びかける。


「お父様!」

「ユリカ、何も言わなくてよい。わかっている」

「本当に分かっているんですか?」


半信半疑で問いかけるユリカ。

ルリなら全然わかってない!と叫びそうなものだが、そこら辺はユリカはお父様を信じるお嬢様である。


「ユリカは艦長として私の教えを全うするつもりなんだろう。私の言う事を良く聞いて従ってくれたユリカに、今更私情を挟む事はしない。断腸の思いながら、我が娘の旅立ちを見送るとしよう」


あんぎゃぁー!』と内心で叫ぶルリ。

ハニワ顔で呆けるユリカ。

そこにコウイチロウは止めを刺した。


「総員、勇敢なるナデシコ乗組員諸君に火星からの無事な帰還を祈って、敬礼!」


艦橋の通信画面がより広がり、トビウメ艦橋の全域が映し出される。

そこには一糸乱れずビシッと敬礼する軍人達の姿があった。

ナデシコの方でもフクベ提督と軍属経験のあったゴートがビシッと敬礼を決めた。

操舵士と通信士も雰囲気に呑まれたのか、真似をして似合わない敬礼をした。


そして、束の間の静寂を提督が破った。

斜め上空の青空を適当に指差し宣言した。


ナデシコ、火星に向けて発進!

















<あとがき>

アキトと北辰が出てないや。TV版第2話を5,6話に分けたようなモノだからいいか。

さて、今回はキノコを書いてみました。これも有能茸種の一種になりますかね。

一応、有能っぽそうだし。そこはかとなく間抜けだけど。

多分こんなアプローチの彼は居ないと思いますが、いかがでしたでしょうか?

書いてて結構気持ち良かったです^^










 

 

 

代理人の感想

……………どちら方面の巷で有名なんでしょうか。(爆)>有能茸

(いや、「Action方面」とか返されてもそれはそれで困りますが)

 

毎回ガードの僅かな隙間にねじり込むような必殺ブロー

を放つが如くネタを爆発させてくれますが、今回の茸はその中でも格別でした。

物事をここまではっきり言える人ってステキ(爆笑)。

 

に、してもこれは無能と言うべきか有能と言うべきか・・・・・悩むなぁ(笑)。