nadesiko if
木連聖戦記 02:家来る?
遠くに炎と煙が上がる宙港。
血の匂いが濃密に立ち込めたそこには、一人の子供と数人の墨染めの袈裟を纏った男達だけが立っていた。
「ちっ、間に合わなかったか」
男達のリーダーと思われる男が呟いた。その周りには一組の男女と5人の黒服の者が倒れている。
「……お父さん……お母さん……」
倒れている男女を前に子供が立っている。子供は右肩から血を流しているが痛みなど感じないかのように、ただ倒れている両親を眺めていた。
突然宙港で爆発が起こったかとかと思うと、隣人を見送りに来ていた一家に黒服の男達が近づいてきた。子供がその珍しい服装を不思議そうに眺めているうちに、男達は両親に発砲した。
崩れ落ちる二人。
呆然とする子供に銃口が向けられた時、子供は弾かれたように動いた。銃を構えた男に向かって。
ゲシッ
子供の肘が下から抉り込む形で男の鳩尾に入る。呻き声を上げる間もなく男は倒れた。子供が次の動きを見せる前に、男達の一人が発砲した。
パーン!
軽い銃声の後、子供は右肩に熱いモノを感じ、動きを止めた。それが撃たれた為だと気付かないうちに、男に蹴られ窓際まで弾き飛ばされる子供。子供がノロノロと立ち上がった時、再び状況は変わっていた。4人残っていた黒服達に、笠を被り墨染めの袈裟を纏った男達が襲い掛かっていたのだ。
抵抗も出来ずに切り刻まれる黒服達。
「博士は確保出来ませんでしたが、子供は如何なさいますか?」
「その齢にしてシークレットサービスを倒したのだから、面白いな。我等と共に来るならば、力をやろう?」
「ちから?」
男の言葉に子供は軽く反応を示した。
「然り。我と同様の力だ。汝の親の仇を取る為の力を我が与えてやろう」
爬虫類のような冷たい目で見据える男に、子供は首を横に振って答えた。
「そんなものいらない」
「そうか。ならば……」
男は失望したかのように呟くと腰に挿している刀の柄に手を伸ばした。が、続けて聞こえてきた子供の言葉に動きを止めた。
「僕はあなた達を使う力が欲しい」
「使う力だと?」
「そう。使われる方じゃなく使う方になりたい」
一瞬の間の後、男は爆笑した。
「ぶわははははぁ、面白い、面白いぞ。我を前に逃げ出す者や固まる者はいた。媚びる者や僅かながら刃向う者もいた。だが、我を使うと言ったは汝が初めてぞ」
「…………」
「あいにく汝が我を使う事は出来ぬ。故に、我が愚息を使役してみよ。汝が力を愚息に見せ、使えるものなら使ってみるが良い」
「…………」
男は何の反応も見せないが目だけをギラギラと光らせた子供を興味深く見詰め、名乗りを上げた。
「我が名は、北辰。外道と呼ばれる身だ。汝が名を告げよ」
子供は一言だけ答えた。
「……テンカワ・アキト」
「……クン、明人君、明人君、聞いてるのかい?」
「えっ? ああ、勿論聞いてますよ」
地球連合軍の戦力の一部、火星駐留軍についての説明を聞いていたからだろうか、もうすっかり見る事の無くなった悪夢を思い出してボーッとしていた所を呼び起こされた。
自分で経験した事ながら、何故か第三者的視点で繰り返される悪夢。あれは一体どういう意味なんだろうな? 一度狂的でない正式な医者にでも訊いてみたいものだ。
「明人君、本当に聞いてるのかい?」
再び自分の想いに捕われそうになるのを八雲さんの声が引き戻してくれる。
火星地上駐留軍。百年前の木連創始者達の月独立運動の影響か、戦力が独立運動に転化されないように質量共に一つの星を抑えるべき戦力は置かれていない。地球では実験できない試験兵器も存在するが、少数の為大勢に影響なく特記する程でもない。
火星宙域艦隊。こちらも地上駐留軍と同じような事がいえる。もしくはより酷い。何故なら、この艦隊の主目的は外宇宙からの侵略というあやふやなもの──木連の存在は知られていない──ではなく、火星で独立運動が起った時の鎮圧部隊という役割を担っているからである。地球−火星航路の安全を見る他にだ。
結果、どちらの艦艇・武装も世代更新はされず、基本的には100年前と変らない。木連が遺跡プラントから発見した重力波砲・空間歪曲障壁を防ぐ、又は破る力は存在しない。
うん、問題無い。ちゃんと聞いていたようだ。
「大丈夫です。聞いてましたよ」
「本当かな。もう月艦隊から地球内地の艦隊まで説明したんだけど」
「へ!?」
あっ!思わず間抜けな声を上げてしまった。聞いて無かったというのと同義だもんな〜。もうごまかしようが無い。
「ふ〜ぅ、やっぱりね。まぁ、いいけど、レポートにしておいたから、後で読むようにね」
「はぁ〜ご配慮痛み入ります」
……って、またやってしまった。八雲さんも舞歌も変な顔でこっちを見ている。最近なんだかんだと義父関係の会合に顔を出す事が多くなり、無理矢理叩き込まれた礼儀作法と言葉使いをするなんて疲れているのだろうか。
「随分お疲れのようだね」
「そうでもないですよ。味方につけるべき人達の説得は終わりましたからね、一番の難敵を筆頭に」
その難敵は俺の前で苦笑している。
俺の義父草壁春樹は、表面上は対地球連合との政策を中立としているが、その実、強硬派の首魁だ。また、俺も同じ事を考えている。その俺達にとって、戦略戦術の天才として優人部隊司令官・少将に抜擢された八雲さんを自陣に迎える事は戦争する際に必須なものだった。
しかし、協調融和路線を標榜している八雲さんは、昔からの付き合いというだけで説得できるほど甘い人物ではない。情を知りながら情に流されない判断をする、それが東八雲なのだから。
結局、残念ながら俺では説得出来なかった八雲さんの考えを変えたのは、政治経済の専門家西沢学の通称西沢レポートだった。
西沢レポート──地球の歴史上、軍政小国家が自由経済世界に取り込まれ、解体衰退していく事実を宇宙規模で木連に当てはめた報告書。
木連がこの100年間、議会がありながらも軍政主体という本来非常体制で生きてきた事は紛れも無い事実である。仮想敵として、常に地球があったのだから仕方がない。
ここで地球と対等な条約を結んだとしても、経済活動が小さい木連は、大複合企業体──コングロマリットによる有形無形の圧力を受け、衰退し、遂には独立形態を保てなくなるという趣旨である。まだその際に予想される様々な圧力を赤裸々に綴った文章は、木連人の危機を煽るのに十分すぎる程だった。
実際アレを読むまでは、俺自身ももっと楽観視していた節がある。協調融和路線の八雲さんなら尚更だろう。勿論、あくまで可能性を論じたレポートにすぎないのだが、俺同様八雲さんもその未来を回避しにくい事と断じたのだろう。
それでも八雲さんなら、俺や義父のように地球を完全支配化に置こうというのではなく、有利な条件を相手に飲ませた上で協調していくなどと考えているかもしれないが。自分の思惑を隠す事にかけては、足元にも及ばない俺にはそこまで察知できない。
「疲れているように見えるけどな〜。何なら家に来るかい? 舞歌の手料理をご馳走しようと思うけど」
「今更手料理位で釣られませんよ」
何度も食べているから。しかし、八雲さんの言葉にそわそわし、俺の言葉にむ〜ぅな舞歌。俺が行くと、一応北斗も大概憑いて来るので、残念なのかもしれない。
「それは残念だな。明人君が来てくれると料理が最低一品増えるのに」
確かに東家で食べる食事は豪勢だった気がするが、アレは特別だったのか? 俺より前に東家を知る北斗に目線で尋ねると答えてくれた。
「八雲、それは違うな」
「僕には違うとは思えないけど」
「一品ではなく二品増えるし、量も増えるんだ」
「成る程、良く視ている」
「ふっ、弱肉強食の世界に生きる身としては当然だな」
何か真紅の羅刹の二つ名が泣き叫んで嫌がりそうな事で胸を張る、北斗。かと言って、枝織ちゃんのキャラでもないけど。影護家の食卓への参加を一度で止めた俺が言うのもなんだけどさ。
ともかくその日は東家で食事を取る羽目になった。
<あとがき>
という訳で、ここのアキト君、草壁明人は逆行者ではありません。
客観的な強さで言うと、
腕力系は北辰に勝り、北斗に劣る。智謀系は八雲は当然、舞歌以下。権力も草壁以下。
強いのは、地球(企業・軍・政府)に対しての復讐心くらいってな感じです。
|