せ り お 1st

〜 機械仕掛けのアキト君 〜

後編






吹きすさぶ風。

川面に反射する光。

草花の緑の匂い。


ありとあらゆる情報が数字となって、頭の中に流れ込んでくる。

それを意識せずに処理して行くと分かるのは、現在地球に居るという事。

更に足元に倒れている少年を見て分かるのは、ここが過去だという事。

何故なら、その少年はボサボサの黒髪で、近くには雪谷食堂の岡持が転がっているからだ。

こちらが頭の処理速度を上げ計算していると、傍目にはボーッとしているように見えたのか、話しかけてきたのだ。


『どうしたの?』

『大丈夫?』


煩わしかったので有無を言わさず殴ったが、特に問題はないだろう。

さて、これからどうすべきか?

とりあえずネルガルに接触するしかないか。


今の俺は完全に人間ではないのだから。




















『はいは〜い、愛の伝道師に何か用か〜い、セニョリータ?』

「────」


久しぶりに聞くお気楽な声に、怒りを覚える自分がいた。

こいつがこんなに極楽トンボでなければ、もっとまともな身体だっただろうにと思うと。

そう悪いのはあの時代の極楽トンボだけではない。

この時代もどの時代も極楽トンボの趣味は一緒なのだから同罪だ。


『おや? 聞こえないのかい。もしかして、本物の間違い電話とかかな。もしも〜し?』

「──ちゃんと聞こえている。話を聞け」


ネルガル重工会長ホットラインに間違い電話などかかるかというのだ。


『おやおや、随分と可愛らしい声なのに厳しいね〜』

「いいから黙れ。無駄話は取引の後でだ」


アカツキの流れにならないように、自分から切り出していく。

こういう話は経験からいっても向こうの土俵だから、こちらとしては強引に行くしかない。


『取引ね〜。君の用意する商品は何だい?』

「ボソンジャンプ」


電話口の向こうで一瞬息を飲むのが聞こえたが、俺も定番のセリフを言ってから気が付いたことがあった。


「──は、できないんだった」

は!?

「というと、何を取引すればいいんだ!」

『いや、僕に言われてもね──』


この身体には演算ユニットにイメージを伝達する為のナノマシンがない。

研究者でもない俺には、オモイカネ級の頭脳があっても論理的に説明する事も出来ない。

俺はいったい何を取引材料にすればいいんだ?


「う〜〜〜ん……」

『ハハハハハ、と、とりあえず、この電話番号をどうやって知ったのかは知りたいから、一度会ってみようか?』

「いいのか? これといった商品は思い浮かばないんだが」

『ああ、構わないよ。女の子なら大歓迎さ』

「厳密には女の子ではないと思うが」

『勿論、大人の女性でもベリーオッケーさ』


無駄に歯をキラリと光らせてるアカツキが頭の中に浮かんでくる。

しかし、電話越しとはいえ、男にナンパされるのは気分がよろしくない。

願わくば面と向かった時にナンパしないで欲しい。思わず殴りそうだから。


「では、今から行ってもいいか?」

『今からかい。君もせっかちだね〜。今日は出かける予定はないから大丈夫だけど』

「わかった、なら失礼する」


俺はプリペイド式携帯電話の通話を切ると、天板を押し上げた。

ちょっと重いか。力を込める。


ドスン


上で大きな音がしたが、出入口の上に何か載っていたのか?

まぁ、壊れたとしてもネルガル会長なんだから大目に見て貰おう。

そう思い、下から会長室に這い上がった俺が見たのは、椅子ごとひっくり返ったアカツキ、書類を散乱させているエリナ、珍しいことに目を丸くしているプロスの3人だった。

どうやら上に載っていたのはアカツキのようだ。重いわけだ。


「な、な、な、どこから出てくるんだい?」

「到って普通の隠し通路からだが」

隠し通路!?


驚くアカツキ。

知らなかったのか。だが、隠し通路が本社ビルのような所にあるのは、常識だと思うのだが。

一応、確認してみるかな。


「ああ、本社ビルとはそういうものだろ?」

「プ、プロス君、君は知ってたかい?」

「い、いえ、初耳ですな」


どうやら世間の常識ではないらしい。う〜む、奥が深い。




















同じ会長室内の応接セットのソファーにアカツキと向い合って座っている。

一歩離れた所にはプロスが立ち、目の前ではエリナが紅茶とケーキを並べている。

どうせ飲み食いしない俺には邪魔なだけなのだが、アカツキは譲らなかったのだ。

遠慮していると思ったのか、交渉の糸口なのか、ナンパの手口なのかはわからないが。


「さて、あんな所から入ってきたのだから、もう知っているかも知れないけど、改めて自己紹介しようか。
 僕はアカツキ・ナガレ、見ての通り、普通の愛の伝道師さ。で、こちらがエリナ君にプロス君」


エリナはふざけた紹介に眉をしかめ、プロスはいつもと変らぬ笑顔で頭を下げている。

プロスは会った当初から全然変らないが、エリナについては随分懐かしい姿を見せてくれる。

思えば、随分変ったもんな、彼女は。

見詰めていたからか心持ち怪訝な表情を浮かべるエリナから視線を外し、俺は端的に言う事にした。


「俺は、LILY−TYPEW−HMX−13A、通称セリオ、ロボットだ」









暫し、静寂の時間が流れる。

自分でも無茶な自己紹介と分かってはいるが、こればかりは他にどうしようもない。

ネルガル首脳陣3人が揃って呆然自失となる様は、今日2度目である。

最初は特に驚かす意図はなかったのだが。


「──ロ、ロボット?」


肯く。


「き、君が?」

「そうだ」

「あはは……じょ、冗談だよね?」

「残念だが」


壊れかけているアカツキ。

それでも一番先に現実復帰する辺り、柔軟性も一番あるのだろう。

ありすぎという話はさておき。


「いやはや、これは何とも──」


愛想笑いでこちらを見てくるプロスは、何を考えているかは分からない。

たださり気なく警戒しているのだけが分かる。


そして、最後にエリナが再起動した。


馬鹿なことは言わないで!


俺を指差し、続けて叫んだ。


「ネルガルでもあなたみたいなロボットは作れないわ。あなたがロボットの訳ないでしょう!」


もっともな話だ。

しかし、冗談など欠片もない。

大体そういうエリナ自体が一枚噛んでいる話なのだから。


「証拠を見せれば納得するか?」

「しょ、証拠? そんなの見るまでも──」

「待ちたまえ、エリナ君。僕は見たい。セリオ君、その証拠を見せてもらえるかい?」


アカツキは凄い剣幕のエリナを抑えると真面目な顔をこちらに向けた。

会長モード発動だな。俺の言葉に奴の琴線に触れる何かがあったのかもしれない。


「さて、何から見せようかな」

「さぁ。僕には分からないから任せるよ」


一転して、軽い調子で返してくるアカツキに苦笑が漏れる。

本当に切替が早い。アカツキとプロスを敵に回して、交渉なんてするものじゃないな。


「なら、まずはこれから」


目の前の頑丈そうなテーブルの端を掴み、ティーカップを載せたまま、水平にゆっくり持ち上げて、下ろす。

超小型相転移エンジン搭載ウリバタケ謹製ロボットとしては、この位造作もない。

なにせ生身というと語弊があるが、素手でバッタやジョロ位ぼこれる身体なのだから。

そこそこ驚いている3人に、今度は肘関節の連結を外し内部を見せた。

そして、特に驚いているエリナの手を掴み、俺の左胸に当てさせた。


「あっ、いいね〜僕も──」


羨ましそうなアカツキを視線で牽制し、エリナに問いかける。


「どうだ?」

柔らかいわね。意外にあるのね

「「「────」」」


室内に奇妙な沈黙が下りた。

って、


「誰が感触の話をしている! 心臓の鼓動があるか確かめろと言ってるんだ」

「へ!? あっ! …………ええ、ないわね。動いてないわ」


エリナは更に右胸に手のひらを移動させた。


「こっちもないわ」


押し当てれば分かりそうなものを何気に揉まれた気がするが、エリナだからいいか。


「これで俺がロボットだとわかってくれたか?」


2人は肯いてくれたが、


「やっぱり肝心な所は自分の手で──いえ、何でもありません。だから、睨まないでよ、エリナ君」


3人とも分かってくれたようだ。








「では、本題に入ろうか。セリオ君、君は何を目的に僕に電話をしてきたんだい?」

「簡潔に言えば、俺は俺の製作者に会いに来たんだ」


この試運転もしていない身体では、オチオチ日常生活も送れないからな。

作ったのは、この時代とは違うイネスとウリバタケさんだが、どうせいつの時代もマッドである事に変りはない。

なら責任持って、メンテナンスをして貰おうという所だ。


「製作者? 君を作ったのはネルガルの関係者だとでもいうのかい?
 僕はそんな報告を一切受けてないんだけど、エリナ君は聞いたことがあるかい?」

「いえ、ないわ。あれば、放っておいたりしないわよ」

「俺の製作者は、イネス・フレサンジュ。だから火星に行く為にナデシコに乗せて貰いに来たんだ」

「「な!?」」


アカツキとエリナは驚愕の声を上げた。

プロスは辛うじて声を出さなかったが、驚いている事に変りはない。

ボロが出ないうちに畳み掛けておこう。


「イネスは自分の趣味からプライベートで俺を作った。その後、それぞれの嗜好に関する些細な事で喧嘩して、家出して地球にやって来た時に戦争が始まり、火星に帰れないのでメンテナンスも受けれず困っていたという訳だ。その時にスキャパレリ・プロジェクトの事をネルガル・ホストコンピュータからハッキングで知った俺は、接触しに来たという所だ」


どうだ?

ボコボコに穴は空いてると思うが、勢いで誤魔化せただろうか。


「色々言いたい事はあるが、話は大体分かったよ。でも、一つ聞いていいかい?」

「なんだ」

「イネス博士は、確かにネルガル屈指の天才だよ。君を作ったという事でもそれは分かる。でも、メンテナンス位なら何も本人を探しに火星に行かなくてもいいんじゃないかな? ハッキングしたという事は、計画成功率も見たんだろう?」


……いや、本当はハッキングもしてないから、見てないのだが。

もしかして、ネルガルはナデシコが火星から戻ってこれるとは思っていなかったとか。

う〜予想していなかったかなり嫌な事を聞いた気がするが、とりあえず用意していた答えだけ言おう。


「アカツキ、変な事は考えるなよ」

「変な事って何だい?」

「俺はイネス以外に身体を見せるつもりはない」

「────」

「何故なら、自爆装置が憑いてるからだ」

「「「自爆装置!?」」」


流石に今度はプロスも驚いたか。

まぁ、俺も真実は知らないんだけどな。

ただあの二人、イネスとウリバタケさんなら本当に付いててもやっぱりと納得するだけだが。


「ついでに言っておけば、動力源は知らない方が精神的に楽だろう。漏れたりしないしな」

「「「漏れる!?」」」


超小型相転移エンジンが実用化されてるとわかれば、精神的に穏やかではいられないよな。

それに相転移エンジンから何かが漏れるという話は聞いた事がない。

うん。一切、嘘は言ってない。

これで一応の身の安全は確保だ。








その後、色々話をした結果、ギブ&テイクで、オペレーターやパイロットをする事になったとだけ言っておこう。

歴史は変って行くようだが、気にしてはいられない。

もしかしたら、ルリちゃんがナデシコに乗らないかもしれないが気にしてはいけない。

まずは生きる為にイネスを確保しなければならないのだから。
















<あとがき>

続きません。










代理人の感想

続かないのかっ!(爆)