機動戦艦ナデシコ
  育てよう  00:プロローグはシリアスに?



アキトさん、帰って来て下さい

 ホシノ・ルリの言葉にテンカワ・アキトは暫く押し黙った。
 それから首を左右に振ると呆れたように言葉を返した。

「今更どこに帰れと言うんだい?」
「さぁ、どこでしょう?」

 艦橋から外宇宙を眺めながらしれっと問い返すルリ。

「聞いてるのは俺なんだが……」
「それにしても集めに集めたものですね」

 ルリはアキトの声が聞こえていないかのようにマイペースに言葉を続けた。

「統合軍の何割をこの宙域に集めれば、ここまでになるんでしょう。全く交通の邪魔ですよね」

 ルリの言葉通り、火星宙域に浮かぶ連合宇宙軍所属戦艦ナデシコCから見える光景は、統合軍の数個艦隊に埋め尽くされている。
 しかし、こんな所を航行する宇宙船などある訳が無いので、交通の邪魔という事はないだろう。アキトもその事をつっこもうかと思ったが、その前に更にルリの言葉は続けられた。

「アキトさん、ユリカさんを愛していますか?」
「……ああ」

 アキトは脈絡の無い話に頭を痛めながらも重々しく肯いた。

「今でも愛しているんですか?」
「ああ」
「『ああ』などではなく、はっきりと言って下さい。ここには私達以外誰も居ませんから、恥ずかしいなんて事はない筈です」

 現在、ナデシコCの艦橋にはアキトとルリ以外居ない。もっとも艦橋に関わらず、艦内には二人しか存在しないのだが。

 そんな静かな場所で、アキトはルリを見詰めた。
 見詰めた。
 見詰めた。
 見詰め続けて、言葉を吐き出した。

俺は今でもユリカだけを愛している

 アキトの万感のこもった言葉。それを非難するかのようにルリも思いの丈をこめて言う。

それなら何故帰って来てくれないんですか?

コケッ

 それにアキトはこける事で答えた。





「す、すみません。ちょっと昔の事を思い出して言ってみただけなんです」

 先程までのシリアスな雰囲気を消し、顔を赤くして謝るルリに、アキトは『いいよいいよ』という感じで手を振って答えた。










 火星の後継者達の乱の後、テンカワ・アキトが暫くの間ミスマル・ユリカの元に帰らず、ユーチャリスを駆って残党退治にウロウロし、ルリのナデシコBに追われた事は事実である。
 それもユリカの寿命が残り僅かと判明するまでの事だったが。

 火星の後継者達の実験で身体を弄くりまくられ、五感まで失ったアキトでなく、ボソン・ジャンプの翻訳機として遺跡に接続されただけのユリカの死期の方が早かったのは皮肉としか言いようがない。
 アキトはヤマサキというある意味この時代の天才が実験を施した。ヤマサキの実験が非人道的だったのは言うまでもないが、彼は自らの趣味の範疇に対し遺憾なくその天才性を発揮した。その結果、アキトに付与された未知のナノマシンの殆どを解析し詳細なレポートを残し、それがネルガルの手に渡る事となる。
 それに対しユリカの方は、彼の趣味の一つにある限界への挑戦という事が出来る分野に無かった為、遺跡との接続に成功した後は興味を失う事となった。

 それが二人の明暗を分けたのである。

 ユリカの寿命を知らされたアキトはそれこそ飛ぶように帰った。実際ボソン・ジャンプで跳んで、ユリカの病室を訪れた。その早さは、最愛の女性の居場所をいつの間に調べていたのかと、寿命の伝達という辛い役目を担ったエリナとイネスが驚いた程である。

 ユリカの病室での感動的な再会劇。涙と笑みに溢れた家族の再会は、新しい家族ラピスの誕生とナデシコ同窓会が華を添えた。彼らは不可避な悲しい未来の存在を誰もが知りながら、最後までナデシコらしく自分らしくを貫いた。

 そして、アキト、ユリカ、ルリ、ラピス、コウイチロウの5人の家族だけが居る病室の中、どこまでも優しい雰囲気に包まれ、ユリカは永遠の眠りについた。










 その翌々日、世界は変った。










 火星の後継者達の残党が反乱を起こしたのではない。
 アキトが狂って虐殺に走ったのでもない。


 統合軍及びクリムゾン・グループ、ネルガル反会長派が一斉蜂起して、地球連合政府に反旗を翻したのである。

 二度に渡り火星の後継者達の反乱戦力となった統合軍は、木連との戦争当時から軍部の専横を快く思っていない連合議会によって解体秒読みと言われた。
 また同じように反乱に与した事が明るみになったクリムゾン・グループは、企業としての体裁を保てなくなる寸前だった。ネルガル反会長派は、会長派の攻勢によりネルガル内部での地位を失っていた。

 三者それぞれの事情が大連合を作り上げ、ユリカのお葬式をターゲットにしたのである。

 統合軍が背けば地球連合政府の実質的な戦力は宇宙軍しかない。その最上層部とナデシコ関係者を葬り去る為に。










「月臣も既に倒れた。ラピスはユーチャリスと消えた」
「サブロウタさんとハーリー君もナデシコBと一緒に消えました」

 アキトとルリは、統合軍を見やりながらそれぞれに呟いた。

 綿密に計画された処刑場から逃げる事が出来たのは、ジャンパーと僅かな人間しか居なかった。それも十重二重に張り巡された罠とクローズド・ネットワークや跳躍砲によって、次々と討たれていき、残ったのがボロボロになったナデシコCに乗るアキトとルリだけとなる。

 そして、今、既にネットワーク掌握システムやブラックサレナが破壊されて使用出来ないナデシコCに対し、統合軍は過剰ともいえる戦力を配備して最後の憂いを取り除こうとしていた。

「ふぅ〜〜〜、それにしてもやってくれたものだ」
「そうですね。でも、私達の方が彼らを甘く見過ぎていたからかもしれませんよ」

 まるで他人事のように話す二人の会話は続いた。

「まぁ、万分の一かもしれないが借りは返すさ」
「アキトさん、億分の一ですよ」
「どっちでも核の炎で焼くから同じだよ、ルリちゃん」
「ええ、彼らも自分達の所にナデシコCごと核弾頭がジャンプして来るなんて思わないでしょうから」

 ルリはそう言うと、闇の王子と言われたアキトがしていたかのような暗い笑みを浮かべた。それからふっと表情を消すとアキトに一つだけいいですかと問いかけた。

「アキトさんは私を一人の女性として見てくれた事はなかったのですか?」
「…………」
「最後なんですから聞かせてくれませんか?」
「…………」

 黒いバイザーに隠されたアキトの表情を外から伺う事は出来ない。それでもルリには長年の付き合いから、アキトが言うべきか言わないべきか悩んでいるのが分かった。

「アキトさん」
「……ごめん」

 静かに促がすようなルリの呼びかけに、アキトは短く答えた。
 暫しの沈黙の後、ルリは大きな溜息と共に言葉を紡いだ。

「そうですか」
「ルリちゃん、本当にごめん」
「いいんです。初めから分かっていた事ですから。ただ最後にアキトさんの口から聞いてみたかっただけなんです」

 ルリは透明感を湛えた笑みを浮かべ、謝るアキトを制した。そう、ルリにとって初めから分かっていた事。アキトが自分の事を妹としか見てくれなかった事は。
 それでもどうしても聞きたかったのだろう。

「何故って聞いてはいけないですよね。理由なんて──」

 どこか未練を残したルリの言葉はアキトによって遮られた。










ルリちゃん、胸ないから










へ!?

ごめん、俺は胸が大きな女性でないとダメなんだ
「…………オモイカネ、至急ジャンプ・シーケンスを始めなさい」

 ナデシコCの艦橋にルリの冷たい声が響いた。

 そして、ナデシコCは統合軍艦隊が砲塔を並べる眼前から七色の光と共に消えた。










<あとがき>
一見、シリアスな雰囲気と暗い背景はいかがだったでしょうか?
内容的には、ラストと題名のような壊れギャグのほのぼの恋愛モノの予定です。



 

 

代理人の感想

だははははははははははは(爆笑)!

 

アキト君オッパイ星人疑惑は昔からあったようですが、やっぱりそうだったんですね!

いや〜、すっきりした!(笑)