機動戦艦ナデシコ 育てよう! 02: 思惑とすれ違い 「な、な、何なんですか、それは!」 復活が早かったのはルリだった。アキトに対し捲し立てる。 「あれ以上ユリカさんの胸を育ててどうしようというのですか! どうみたって90超えてます、 90ですよ、90。一体何の不満があるというんですか! 少しは私にくださいって何度お願いしようと思ったか分かりますか! ユリカさんの胸を育てる位なら私の胸を育てて下さい。私は好きでこの体型をやっているんじゃないんです。これはネルガルの研究者の趣味が反映された結果なんです。大体IFSに特化するように遺伝子操作したからって、瞳が金色になると思いますか? 髪が水色になると思いますか? 胸がなくなると思いますか? そんな事ある筈がありません。つまりネルガルの陰謀なのです。ネルガルの研究者が自分の趣味を私達に注いだせいであり、私が牛乳やヨーグルトが嫌いだったからではないんです。それに鶏の唐揚げは大好きです。知っていますか? 唐揚げ好きの女性は巨乳だって証明したアイドルが21世紀初頭にいたそうです。私の預かり知らぬ所で決められてしまった体型、そう、それはラピスにも一緒「ストップ!」……」 ルリは全然復活していなかったようである。思い付くままに完全無欠に暴走するルリ。気分はランダムジャンプ前という所だろうか。 そんな様子を前に暫く呆然としていたアキトが大声で出した事で、ルリの動きが再び止まった。 「ルリちゃん、落ち着いてね」 「えっ!? 私がどうしました?」 アキトの声にようやくルリに正気が一応戻る。 「い、いや、何でもないんだ……そ、それよりもルリちゃんはナデシコのみんなを守るつもりなのかい?」 流石に暴走したとは言えず、アキトは話を誤魔化して本題に戻した。 「はい。アキトさんもその為にナデシコに乗るんじゃないんですか?」 ルリは先程の血走った目ではない、真摯な瞳でアキトを見詰めながら答え、逆に問い返した。それにアキトの方も今までの軽い態度を変えた。 「俺に特別な干渉をして守るつもりはないよ。基本的にナデシコのみんなは守られるような存在じゃない。それぞれに強さを持った人間達なんだから、わざわざ守らなくても自分達で生きていける筈だから」 「では、何の為にナデシコに乗るんですか?」 「戦略・戦術・戦闘、一切関わらない。俺は子供を大人に成長させる手助けをするだけさ」 ルリはアキトの言葉の意味を少し考えると訊いた。 「その子供というのがユリカさんなんですか?」 「うん。今だから言えるけど、再会した当時のユリカの印象って最悪だったんだ。あれから良くあんな関係になったと自分で驚く位だから。まぁ、今思うとユリカは身体だけ大人で、精神は子供だったんだなと分かるけど」 しみじみと答えるアキトだったが、ルリはそこに冷たく言い放った。 「それを言ったら、ナデシコに乗艦した当時のアキトさんも相当子供だったと思います」 「いっ!?」 「私も今だから言えますが、正論を言われるとすぐに怒る、騒ぐ、拗ねると三拍子揃った上に、基本的に中途半端で役立たずで優柔不断と考えていましたから」 ズビシッ ルリの指摘はアキトにクリティカルした。 「う、う、う……ルリちゃんって、俺の事嫌いだったの?」 自分なりにかなり思う所があったのか、アキトが苦しげに呟いた。それに焦ったルリが慌ててフォローを入れる。 「え〜と……私はその当時好きとか嫌いとかの感情が良く分かりませんでしたから」 しかし、あくまで客観的に見ての判断だと言ってるようなものなので、全然フォローになっていない。 ズーン アキトがそれを分かってしまい落込んだのを見て、ルリは更に慌てて続けた。 「はっ! 違うんです。今の私に限ってはアキトさんが好きですから……ってそうじゃなくて、え〜と、つまり私が言いたいのは、ユリカさんだけでなく、アキトさんも育てないといけないと思うという事なんです」 何とか誤魔化しますとばかりの言い訳、そこに連合軍最年少戦艦艦長、電子の妖精としての姿は微塵も無い。 それでもルリの言いたい事はアキトに伝わった。その証拠にアキトは自らの過去を思い出したのか、腕を組み、真剣な表情で考え込んでしまった。 「ア、アキトさん……」 ルリの心配そうな呼びかけにアキトは答えた。 「……それを言ったら、ルリちゃんの印象もあまりまともじゃなかったと思うけど」 どうやら考えていたのは過去の自分でなく、ルリの事だったようである。 「そ、それは仕方ありません。私は今まで研究所内の、しかも自分の周りしか知らなかったんですから」 「うん。だから、ユリカと俺だけでなくルリちゃんも育てないとね」 自分の事に触れられて思わずどもるルリだったが、アキトは別に意地悪をして言った訳ではない。単に標的を増やす事によって、誤魔化そうとしただけである。 どちらがより性質が悪いのか分からないが。 「あの〜そんな事を言い始めたら他のみんなも育てないといけないと思います。ナデシコのみんなは、全員どこか子供っぽいところがあったと思いますから。でも……」 ルリは少し言い淀んだが、言葉を続けた。 「でも、育てるという事と守るという事の境界って何ですか?」 ルリには分からなかった。 アキトの言ってる事、ナデシコの戦略・戦術・戦闘には関与しない事とユリカをはじめ乗員の教育をする事は、全く別の問題ではない。密接に関わる事の筈である。 例えば、ユリカの成長は艦長の成長と同義であるし、アキトやルリの成長もパイロット、オペレーターとして同じである。実際、ユリカが艦長としての責務を自覚したのは、火星脱出時の戦闘からであろう。あの戦闘なくしてユリカの艦長、又、人間としての成長はないのである。 勿論、戦争行為だけが成長の糧ではない。平時、日常でも幾らでも人が成長する機会はあるだろう。しかし、彼らが乗るナデシコは戦艦である。あんなのでも常に戦争の矢面に立つ運命を担った戦艦である。 それが意味する事は、日常さえも戦争の束の間の休息という事であり、ルリにはアキトの考え方が矛盾するものと思えてならなかったのだ。 「守ると言ったのはルリちゃんなんだけどね。でも、言いたい事は分かるよ」 「では、教えて下さい」 「俺は、サセボでの初戦も、その後のクロッカスやパンジー、サツキミドリ2号も火星での戦闘にも手も口も出すつもりはない。その場で何人死のうが知ったことではないからな」 はっと息を飲むルリが見たのは、プリンス オブ ダークネスの姿だった。漆黒のバイザーこそしていないが、そこには復讐の戦場を単独で駆け抜けた人間が居た。 「ナデシコには戦争の実態を知ってもらう。そこで立ち止まる奴や逃げ出す奴を後押ししたり、引っ叩いて連れ戻すのが俺のやる事だ」 アキトはそこまで言うと、厳しい表情を緩ませた。 「そうやって得た強さこそが未来に必要になるだろうから」 その言葉を吐いた時のアキトの表情をルリは読み取る事が出来なかった。 優しさ、辛さ、期待、憧憬、後悔……全てが入ってるようであり、何かが欠けているようである笑み。 壊れているとルリは思った。 ──アキトだけでなく自分もどこか壊れているのかもしれない。それは果たしていつからか。ユリカさんが死んだ時、ユリカさんの葬式会場が処刑場に変わった時、或はランダムジャンプ直前からか。 ルリは元々自分と関わりの無い人の生死には頓着しなかった。アキトの厳しい、いや、無責任とも言える言葉は、驚きこそ与えはしたが、それをあっさりと受け入れる自分が居る事にルリは気付いた。 ──それでも構わない それがルリの偽らざる本心だった。 ──だって、今、アキトさんはこんなにも自分に近い存在なのだから。 そんなルリの内心を無視して、アキトはさも今思い付きましたというように呟いた。 「でも、この時代のルリちゃんの牛乳嫌いだけは治そうかな」 「アキトさんっ!!」 確かに壊れているかもしれない…… 2196年7月。 ナデシコ出航を3ヶ月後に控え、ネルガルのスカウト担当プロスペクターは、第一次火星会戦の英雄にして、連邦軍退役中将フクベ・ジンの屋敷を訪れていた。 新造の実験戦艦を軍の意向に関係なく使用する為、より正確には火星への単独航行する為の布石の一環として、フクベのスカウト交渉に来たのである。 フクベをオブサーバーの提督として迎え入れる事で、あたかも連邦軍の指揮下に居るように装う。またフクベのコネを利用しての軍内部への根回し、英雄としてのネームバリューによる艦内の士気向上、ネルガルとしては良い事尽くめ、一石数丁の腹積もりである。 『火星』という切り札を持っているプロスペクターにとっては、拍子抜けするような交渉だったが、話は佳境に入っていた。 そんな時、プロスペクターは不意にフクベから提督の補佐として連れて行きたい者がいると言われ、難色を示した。 「ナデシコはあくまで民間船なので、あまり軍人の方は乗って頂きたくないのですが……」 「いや、二人だけじゃぞ。それに昔はともかく二人とも軍人ではない」 人数と軍人ではない事を聞いたプロスの表情が緩むのを見て、フクベは提案した。 「ちょうど家に居るから、一度会ってみたらどうかね?」 「そうですね。では、お話を伺う事にしましょう」 フクベはプロスの答えを聞くと和室の襖の向こうに声をかけた。 少し間が空いてから、失礼しますとの言葉と共に襖が開かれ、2人の人間が入ってきた。 20歳をいくつか越えた位で黒いバイザーをかけた短髪の青年とまだ高校生位の水色の髪をポニーテールにまとめた青い瞳の美少女が。 二人は一礼すると口を開いた。 「初めまして、フクベ・アキトです」 「フクベ・ルリです」 <あとがき> 冒頭でルリが少しシャウトしましたが、ここのルリはかなりまともです。 一度壊れてもすぐに元に戻りますから^^ |