※この話は、『千沙ちゃん、寿!』の全面改訂版です。
 
千沙ちゃんLOVE♪はそのままに、方向性・登場キャラがガラッと変っています。
  はっきり言って、前半はともかく、後半は別な話です。












正史では婚約者に浮気疑惑が持ち上がりますが、婚約者は暗殺されました。

その寂しさを紛らわそうと仕事に集中。

が、上司の暗殺に巻き込まれてしまいました。

また、ある世界ではやはり婚約者に浮気疑惑が持ち上がり、しかも事実でした。

その失意を紛らわそうとやはり仕事に集中しますが、仕事を押付け趣味に走り遊びまわる上司とお気楽極楽な部下と全てを超越するお方との板ばさみに、過労と心労の毎日を送っていました。


これは、そんな女性に幸福になってもらいたいという物語……




















千沙ちゃん、未寿
プロローグ『千沙ちゃん、跳んだ?』







「ふぁ〜〜〜〜ぁ」


あくびが出ます。

本当に眠くて仕方ないのです。

はしたないかもしれませんが、誰も見てないからいいですよね。

今の私は、雷神皇のコックピットの中。

ここは戦場です。宇宙空間での機動兵器同士による戦いの真っ最中です。

近くで遠くで敵味方が八方に散らばり交戦しています。

こんな時にあくびが出たとしても、私の顔を見ている人はいませんから。


それにしても、まともに当たれば大破間違いなしの攻撃を交互に繰出していますが、ひたすら緊張感がないですよね〜


『またシミュレーションやりに来ないか、万葉?』
『今度暇なときにな、ガイ!』


ピクピク

万葉。何を話しているのですか?


『そ、それで実はナオ様の写真が欲しいんですけど?』
『ところでさ〜、私としては他の人の援護をしないとダメなんだけど?』
『もう、ヒカルさんも隅におけませんね〜♪』


ピクピク

百華。何を頼んでいるのですか?


『聞いて下さいよ〜北ちゃんったら帰ってからもずーっと…』
『うんうん、分かります。私も先輩が…』
『ぜーったい女性の敵ですよね〜』
『まったくです!私達の大切な人をたぶらかしているんですよ〜』


ゾクゾクッ

零夜。……お願い、まともになって。


こう節々に漏れ聞こえてくる通信は、決して味方同士の会話ではありません。

それも北斗殿の欲求不満の解消に機動兵器戦をして、ついでに実績確保の為に周りで命がけのじゃれあいを演じていれば、当然かもしれません。


「ふぁ〜〜ぁ……」


またあくびが出てしまいました。

もういっそのことこの場で寝てしまいましょうか。

この戦闘開始の直前まで書類整理をしていて、もう48時間以上寝てないんです。

寝ても誰も文句を言えませんよね、特に舞歌様。

『やぁ、マイハニー、元気にしてたかい?』
『ははは、照れない、照れない』
『ねぇねぇ、聞いてる?』
『僕を見てよ〜マイハニー?』


何か雷神皇の周りを蝿のようにうろつく青紫の敵機がいます。

殺気でもあれば体も反応するのでしょうが、全く戦意が感じられないので眠気が勝ってしまいます。と言うよりも、余計催眠効果を増幅してくれているような……

だいたい丸二日貫徹し、その上、機動戦をさせる方がおかしいんです。


「早く終わらないかしら……北斗殿はまだ、駄々をこねているのかしらねぇ〜」


北斗殿の欲求不満。

今回は3日間、漆黒の戦神ことアキトさんと戦えなかったという事です。

前にアキトさんとの機動戦に大満足してシャクヤク戻ったのが三日前。

その後、一切戦闘がなかった事に業を煮やし、ナデシコを探させダリアで戦いにきたのです。

そして、今、機動戦を楽しんでいます。


ちなみに私はその三日前の帰還後、前日の徹夜の疲れから丸一日熟睡してしまい、今日の原因となる仕事を溜め込んだのです。

舞歌様は、綺麗に私の分の仕事を残してくれましたから。


「ふにゃぁぁ〜〜〜、ベッドが恋しいよぉ〜!」


思わず地が出た時、何かが聞こえました。


ビィー! ビィー! ビィー!


「……あら、何かしら?」
                                     『そ、総員退避ーーーー!!』

何か急に周りが騒がしくなったような……


「……え〜と、これは……最大級の……危険信号!!


嘘!?

北斗殿とアキトさんがこっちに急接近しています。

え?え?え? 辺りには誰もいません。私だけです。




『沈め!!アキトォォォォ!!蛇王牙斬!!!』


ドギャァァァァァァンンン!!!


『させるか!北斗!!竜王牙斬!!!』


ドシュゥゥゥゥゥゥンンン!!!




「あれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜」


とんでもない衝撃波を受けた私の雷神皇は、弾き飛ばされ制御不能です。

などと落ち着いている場合ではありません。

物凄いGがかかります。

でも、これで気を失えば、宇宙の藻屑に消えるだけです。

何とか……立て直さ……な……い……と……




















「んっ」


私は暖かい温もりに包まれた中、目覚めました。


「ここは?」


久しく感じたことのない平穏な感じを不思議に思い呟くと、すぐ背後から声をかけられました。


「気がついたかい、千沙さん?」

「あ、ハイ、アキトさん」


アキトさんだったのですね、少しびっくりしました。

へ!?にゃ!?


「何でアキトさんがここにいるのですか!?」


思わず納得しそうになりましたが、その異常事態に気が付きました。


「どうして、私の雷神皇にアキトさんがいる……ので……す……か……」


アキトさんに聞いてる途中に気付いてしまいました。

どこか見覚えがありますが、ここは見慣れた雷神皇のコックピットではありません。

でも、そんな問題ではありません。


「ここはブローディアだよ」


そうです。その通りです。アキトさんの言葉通りです。

ここはアキトさん、漆黒の戦神の乗機ブローディアのコックピットの中ですが、そんな問題ではないのです。


「ア、ア、アキトさん」


思わず言葉が震えてしまいます。

だって、こ、こんな経験初めてなんですよ。


「なに、千沙さん?」

「あ、あの〜その〜どうしてというか、何故というか、私はアキトさんに……」


抱きかかえられているのでしょうか?とは恥ずかしくて聞けません。

ブローディアのコックピットで、アキトさんに後ろから抱きしめられてる形で私は座っています。

こんなに男の人と近い位置でいるなんて、背中越しにアキトさんの心臓の音が聞こえそうな位です。

もしかして、私の心音も聞かれてるとか。

このドキドキとして止まらない心臓の音が。

こ、困ります。え〜と、何が困るかのかわかりませんが、困ります。


そんな私の困ったような雰囲気がわかったのか、アキトさんが優しく説明してくれました。









アキトさんと北斗殿の戦いに巻き込まれ、重力波エネルギー供給範囲から遥かに飛ばされた雷神皇を救出しに来たという事。

本当なら味方である北斗殿のダリアが行くべきなのですが、極度の方向音痴の為、探す事も戻る事も出来ずに二次災害が起こる可能性を考慮した結果、アキトさんのブローディアが行く事になった事。

雷神皇を発見した時、既にエネルギー切れで生命維持装置しか働いてなく、ブローディアからの供給も考えたそうですが、安全の為、私をブローディアのコックピットに収容したという事。


「そういう事だったのですか」


わざわざ助けに来てくれたアキトさんにお礼を言わないといけませんが、アキトさんの顔が直視出来ません。

理由は理解できても、この体勢が恥ずかしい事にかわりはないのです。

それにアキトさんには恥ずかしい様子は無く、一方的に私が意識しているみたいなので余計照れてしまいます。


「さぁ、みんな、心配しているから、帰りましょう」

「……ハイ」


だから、アキトさんの明るい声に、ちょっとブルーになります。

アキトさんにとっては、こんな体勢はどうでもいい事なんですね。

それとも私を敵パイロットとしか見ておらず、女性とは認識していないからでしょうか?

どちらにしろ憂鬱なことです。


「ディア、ブロス、ジャンプフィールド展開。ナデシコまで跳ぶぞ」

『うん、アキト兄、りょうか〜い♪』
『千沙さんもジャンパーだよね?』

「ええ、ジャンパー処置は受けてるわ」

『じゃあ、……ボソンジャンプ準備』
『あれ? 何か向かって来るよ、アキト兄?』


ブロス君の言葉通り、真紅の機体が高速でブローディアに近づいてきます。

あれはダリアですね。

ああいう機体は、木連にも地球にもダリアしかありませんから。


音声通信が入りました。


『アキト!無事かぁ!!』


「……北斗、お前よく迷わずにここまで来れたな?」


北斗殿のぶっきらぼうな呼び声にアキトさんが呆れたような返事を返しました。

北斗殿はあれでもかなり心配されたみたいですから、もう少し優しい言葉をかけてあげてもいいのではと思いましたが、次に聞いた言葉で撤回しました。


『フン!お前の居場所ならどこでも行けるに決まっている。それより千沙も無事か?』


優しい言葉をかけられても、北斗殿が素直に受ける筈ありませんものね。

でも、北斗殿はさりげなく自己主張している事に気付いているのでしょうか?

言われているアキトさん共々気付いてない確率が高そうです。

それより私の無事を知らせないといけませんね。

通信画面を開きましょう。


ピッ


「北斗殿、ご心配をお掛けしました。この通り、私は大丈夫です」

『…………』


私の言葉に北斗殿は無表情でこちらを見ています。

どうしたのでしょうか?


「北斗、千沙さんも無事収容できたから、早く帰るぞ」

『…………』


アキトさんが呼びかけても、やはり無表情でこちらを見ています。

ただ幾分怒っているような気がしないでもありません。

どうしてでしょう?


「おい、北斗!聞いてるのか!」


アキトさんの再度の呼びかけは、押し殺したような声で答えられました。


……羅刹招来!


ダリアに二対の真紅の光翼が生えました。


機動制限解除!?

何故、今この時に?


「な!?待て!待て、北斗、何のつもりだ!?」

「ほ、北斗殿、どうされたというのですかーー!?」


アキトさんと私の声は、次の北斗殿の絶叫にかき消されました。


「……ナデシコクルーだけでは飽き足らず、千沙まで毒牙にかけたか!
 そこまで俺に見せつけるとは……こ、この、この俺の気持ちを考えた事があるのか!」


はひ!? ホクトドノ、トツゼンナニヲイワレルノデスカ?


『……やっぱりね』
『……アキト兄、天然の甲斐性なしだから』


ブロス君とディアちゃんがウィンドウに文字を表示しますが、何を言ってるのか全くわかりません。

先程の北斗殿の言葉同様意味不明です。

私とアキトさんが一体何をしたというのでしょう?


『フッフッフッ……この浮気者がぁー!喰らうが良い!!』

「わ、待て待て、誤解だー!」


アキトさんが必死になって止めようとしています。

私も止めないと。


「落ち着いて下さい、北斗殿、私達はまだ何もしておりません!」


プチン


何かが切れる音がはっきりと聞こえました。

にゃにゅぅ!? 私は何を言ってしまったの!?


「ち、千沙さ〜ん、何て事言うんですかぁー!」


アキトさんが何か言ってますが聞こえません。

目の前のダリアが、DFSを二刀流で構えているのが見えるんですもの。


塵と化せ!八又蛇王斬舞!!


斬!   斬!   斬!   斬!
   斬!   斬!   斬!   斬!


1本のDFSから4つの赤き炎が噴出したように見えます。

そして、その合計8本の炎の剣が蠢くように前後左右上下から一気に襲い掛かってきました。


「のげえぇ!回避回避回避回避!」

「キャァァァーーーー!!!」


                             『あ、アキト兄ぃー、そんな急機動したら……』
                          『準備してた、ジャンプフィールドが暴走しちゃうよ』


「回避回避回避回避ィィィィィッ!!!」

「にゃぁー!三半規管がぁ!Gがぁ!!」


                   『聞いてないね。ランダムジャンプするかもしれないのに……』
                       『……そうよね。それに意外に千沙さん、余裕ありそう』








そして、私の意識は途絶えました。



















『アキト兄!千沙さん!ディア!起きなよ!!』

『……後、5分寝させて』

『もう、二人はともかく、なんでディアまで寝起きが悪いかな〜』

『く〜〜〜』

『こんな所までルリ姉やラピ姉に似る事ないのに』

『く〜〜〜』

『仕方無いなぁ、もう。ボクが一人で状況把握するしかないか』





















「……沙さん、千沙さん、千沙さん」

『……ロス!ブロス!ブロス!!』


心地よい声が私を呼んでいます。

他にも何か聞こえます。


「千沙さん、起きて」

『ブロス、もうウイルス流すわよっ!!』

『……え?、ダメ!それはダメ!絶対ダメだよ、ディア!!』

『あ、やっと起きた、もうブロスは寝ボスケなんだから。一体誰に似たのかしら?』


あれはディアちゃんとブロス君の声ですね。

二人(?)は、AI同士なのに関わらずよく音声で会話します。

とても合成音とは思えないその声は、耳に心地よいんですよね。


『ボクはディアとは違うよ!ちゃんと早く起きて、情報確認をしていたんだ』

『え?そうなの?』

『そうだよ、それをウイルス流すとか言っちゃって』

「ブロス、偉いな。後は千沙さんが起きてくれれば……」

「はい。私も起きました」


もう少し寝ていたかったのですが、アキトさんにご迷惑をかける訳にはいかないので声をかけました。


「え?いつから起きてたの?」

「ディアちゃんとブロス君がお話しているあたりからです」

「じゃあ、本当についさっきだ」


アキトさんに肯いて答えました。

どのくらい寝ていた、違いますね、北斗殿からの攻撃回避によるGのショックで気絶していたのでしょうか?

前まではとても眠かったのですが、今は随分と楽な感じです。

けっこう眠っていたようですね。


「アキトさん、私はどれくらい気絶していたのでしょうか?」

「う〜ん、実は俺も目覚めたばかりだから良く分からないんだ」


え?アキトさんがですか?

アキトさんならどんなにGがきつくても、気絶するとは思えないのですが。

それにアキトさんが気絶していたら、北斗殿から逃げたりできません。

それなのに今周囲に北斗殿のいる様子は全くありません。


「ディア、ブロス、分かるか?」


私の困惑を他所に、アキトさんは訊いています。

AIなら気絶しませんから、確実にわかりますね。

でも、ブロス君の答えは、私達の予想を遥かに越えるものでした。


『あ、うん。え〜とね、ランダムジャンプしたから、その質問には意味が無いよ』

「「ランダムジャンプ!?」」


大声でアキトさんとハモってしまいました。

ちょっと嬉しいです。……じゃなくて、ランダムジャンプってどういうことですか!


『アキト兄がジャンプフィールドを張らせたまま無茶な機動をするから、暴走したんだよね』

『そうだよ。回避回避って、忠告したのに無視してたし』


それは無視したのではなくて、返答する余裕がなかったんだと思います。

でも、ランダムジャンプの危険性は木星でも煩く言われてます。

今生きているだけ本当に運が良かったみたいです。


「そうか、ランダムジャンプしたのか。良く生きてたな……」


アキトさんも私と同じ思いのようですね。


「で、ここは何処なんだ?」


アキトさんは頭を振ると、改めて訊きました。


『月軌道まで通常航行3日位かな。ジャンプした地点からあまり離れてないよ』

「運が良かったな」


アキトさんはホッとした様子です。

私も同じです。

いくら生きていたとしても、これで太陽系外とか言われたら大変でしたからね。


『うん、でもね、アキト兄…』


そんな私達とは対称的にブロス君の声は沈んでいます。


「どうした?」

『今日は、2196年の10月だよ』





何やら意味不明の事を言われた気が……


「……2196年10月?」

『そうだよ、間違いなく2196年10月。過去に戻ったみたいだよ、ボク等』

「またか!」


わっ!突然アキトさんが叫びました。

でも、過去に戻ったと驚くにしても『またか』とはどういう事でしょうか?


「またですか?」

「…あ、いや、その…」

「『またか』とはどういう事なのですか、アキトさん?」


私の質問にアキトさんは厳しい顔で黙ってしまいました。

そして、しばらく考え込んでいたかと思うとブロス君に確認しました。


「2196年10月に間違いないんだな?」

『間違いないよ。惑星の位置でも電子の世界でも確認できたよ』

「そうか、分かった……」


そう言うと、また黙り込んでしまいました。

その様子は過去に戻ったと聞いた時より私を不安にさせます。

過去に戻ったと言われても現実感に乏しくて、何も考えれないだけかもしれませんが。


暫くして、アキトさんは意を決したかのように話し始めました。


「千沙さん、長い、本当に長い話になるけど聞いて欲しい……」


その思い詰めた様子に、私は黙って肯く事しかできませんでした。

そして、聞きました。

アキトさんしか知らない秘密、過去への逆行の事を。







熱い。

頬が熱かった。

泣いてるのが分かります。

涙を流すなんて、何時以来でしょう?

でも、今、この涙を止める術が私にはありませんでした。


初めて知った漆黒の戦神と呼ばれる地球の英雄の秘密。

真紅の羅刹北斗殿と並び称される人類最強の男であり、同時にコックの腕前を持ち、やさしさまで兼ね備えた男。

しかも、彼は、軍部と経済界に強いパイプを持ち、地球と木星の和平を強力に推進させています。


舞歌様と二人で何度彼の事を話し合ったかしれません。

彼の経歴は簡単に知る事が出来ました。

しかし、その経歴では彼のしてきた事全てが成し得る事ではありませんでした。

木連・地球圏で最も謎に包まれた人物。


その秘密を知った時、謎は謎ではなくなりました。

自分の過去を物語りのように淡々と話したアキトさん。

強い意志と深い悔恨、未来への渇望と暗すぎる絶望。

全てが混ざり合うその姿は、見かけの強固な姿と裏腹に、まるで壊れかけの人形のようでした。


だから、私はアキトさんを抱きしめました。

アキトさんに正面から向き直り、その頭を胸に抱き、何も言わずに抱きしめました。

これ以上壊れないように、アキトさんは正しいと伝える為に、髪を優しく撫で続けました。


初め抗う素振りを見せたアキトさんも、今は力を抜いて身を任せてくれています。

今だけは何も考えずにいて下さい。

すぐにアキトさんは自分の事など省みずに前に進むでしょう。

全ては自分の周りのかけがえのない人達の為に。

それを止める事は、私には出来ません。

止めて止まるアキトさんでなく、止まったアキトさんなどアキトさんでありませんから。


だから、今はこうしていて下さい。

少しでもくつろぎや和みを感じてくれているなら、私の胸の中にいて下さい。

アキトさんが走り始めた時には、私も共に走り出しますから。


でも、

でも、

何故、

どうして、

一緒に過去に戻ったのは私なのでしょうか?

それだけが悔やまれてなりません。

これが舞歌様なら、アキトさんの希望を余す事無く、それ以上に形作って作戦に仕上げるでしょう。

戦術レベルでも戦略レベルでも。

北斗殿なら、アキトさんの片腕として隣に立ち、共に戦い続けるでしょう。

機動戦でも生身の戦闘でも。


私には何が出来るというのでしょうか?

他の誰にも出来ず、私だけが出来ること。

お笑いですね。

この中途半端な私に出来ることが私だけに出来ることの筈ありませんから。

一体何を考えているのでしょうか。

所詮、私は副官でしかないの……です……か……ら…………


見つけました。

アキトさんに足りない物がありました。

ならば、私はそれに全力を使いましょう。


この世界に漆黒の戦神を生まない為に。




















私もアキトさんも落ち着いた頃合を見て、話を始めました。


「……アキトさん、これからどうするのですか?」

「俺がやる事は、一つだけだよ。昔も今もそれは変らない」


ここまで一語一語に意志を込めれる人は、そうはいません。


「ナデシコに乗り、和平を実現し、俺の周りで起こった不幸な出来事を繰り返させない!
 俺は神に運命に呪われているのかもしれない……だけど、諦めない!挑戦する!!」


強いですね。

私なら果たして3度目の挑戦を出来るでしょうか。

わかりません。でも、今この時の事は、もう決めています。


「今度は私も協力させて下さい」

「え?千沙さん?」

『アキト兄、まさか、ここで千沙さんを捨てる気?』
『そうだよ、ボク達は木星まで千沙さんを送っていけないし、この世界の千沙さんがどうなっているかわからないのに放って置くのは、無責任だよ』


ディアちゃんとブロス君が口を挟みました。

ちょっと私の考えとは違いますけど。


「いや、そんなつもりはないけど……ただ、戦争に巻き込みたくないんだ」

「私は軍人ですよ。それに木星に帰れないとしたら、誰も知る者もいない地球で一人で生きろというのですか?」

「え?いや?だけど……」


アキトさんは、口ごもってしまいました。

これは良い機会だから、少し厳しく言っておきましょうか。


「それに『巻き込みたくない』と言いますが、ならば誰なら巻き込んでも良いのですか? 最初の歴史で一緒になったナデシコクルーですか? それとも私みたいに2回目の歴史で出会った人はダメなのですか?」

「それは……」

「甘ったれないで下さい。私が協力するのは、地球と木連の為です」


嘘です。

それだけじゃありません。

でも、私は言葉を続けます。


「舞歌様と何回もシュミレーションを行いましたが、あのままでは地球と木連との間に恒久的な和平が結ばれる可能性は殆どありませんでした。何度考えても、アキトさん、漆黒の戦神主導の和平交渉は失敗し、優人優華部隊は全滅するという結論しか出せませんでした」

「なっ!?」


アキトさんは驚いていますが、これは事実です。

少なくとも表の流れだけでは、和平など夢物語でしかありませんでした。

裏技を駆使しても、確率を五分に引き上げるには至りませんでしたが。


「だから、私はアキトさんをサポートします。アキトさんは、何でも一人でやりすぎたのです。和平の為に、皆を死なせない為に私に協力させて下さい」


私はしっかりとアキトさんを見詰めて、言い切りました。


『『アキト兄……』』


ディアちゃんととブロス君が心配そうにこっちを見ています。


「わかったよ……千沙さん。謝って済む事ではないけど、巻き込んでしまって、ごめん」

「またその言葉を使いますか!」

「わっ!すみません、ごめんなさい」

「はい。結構です♪」


狭い空間で大きな声を出してしまいましたが、アキトさんは分かってくれたようです。

でも、油断できません。これからも注意しないと。

自分自身も含めて性格というものは、そう簡単には変りませんからね。


『千沙さんって、強い』
『びっくりしたよ』


ディアちゃんとブロス君が何か言ってますが、そんな事はありません。

私のは見せかけの強さです。

本当に強い人は、いつも貴方達の傍に居た男性の方ですよ。


ふぅ〜少し疲れました。

いわば漆黒の戦神相手に正面から挑んだようなものですから、仕方ありませんね。


『それで話は変るけどね、アキト兄?』

「何だ?」

『この世界のアキト兄は、去年2195年に火星で行方不明の死亡扱いになってるから、
 この戸籍を復活させればいいんだけど、千沙さんは一から作らないといけないんだ?』

『だから、この際二人は夫婦って事にしようと思うんだけどいいかな、アキト兄、千沙さん?』


今、ディアちゃん達はサラッととんでもない事を提案してくれたような。

え〜と、『夫婦』って、私とアキトさんの事ですよね?

それって……


『アキト兄、良く考えてね。ルリ姉に聞いた所だとぜ〜ったいにアキト兄は同じ事を繰り返すって。しかも、より酷くなる事請負ったっていいもん』

『ルリ姉、ラピ姉、艦長、メグミさん、リョーコさん、サユリさん、イネスさん、エリナさん。1回目は8人って、言ってたよ、ルリ姉が』

『二回目は、ホウメイガールズの残り4人に、サラさん、アリサさん、レイナさん、舞歌さん、北斗さん、枝織さんが増えたでしょう。10人も増えたもん』


何かとんでもない数の女性の名前が上がっています。

知らない事ではありませんが、改めて聞くと色々な感慨が湧くものです。


『だから、千沙さんで手を打った方がいいよ。千沙さんなら、お仕置きしないから』


ピクッ


『お仕置き』という言葉に、アキトさんから一瞬変な反応が生まれました。

身体が密着しているので、良く分かります。


『ナデシコを逃げ出してシャクヤクに行った時に、いつも暴走する周りを庇ってくれたのは千沙さんだよ』


ピクッピクッ


更にアキトさんから妙な反応が生まれました。

あの〜これは喜んでも良い場面なのでしょうか?


ディアちゃんとブロス君は、アキトさんから見えない位置で私にある合図を送っています。

コレはアキトさんを丸みこめというか、畳み込めというか、という事でしょうか?

あ、悪魔の誘惑です。

ちょ、ちょっと恐ろしすぎです。


ここで私が、


『でも、私なんて……婚約者に振られるような魅力の無い女です。アキトさんには不釣合いです……ダメですよね。違う男の人が好きだったのに振られてから、アキトさんに気付いた女なんて……いいんです。私は一人で生きて行けますから…』


とキュッと眉を寄せ、涙を滲ませながらアキトさんに笑いかけたら、一秒了承してくれそうな雰囲気です。


でも、私には言えません。


「ディアちゃん、ブロス君、ダメよ。そんな事したら、私はアキトさんが逃げているナデシコの女性陣と同じになってしまうから」

『『千沙さん……』』

「ほら、アキトさんもいつまでディアちゃん達の冗談に悩んでいるのですか。そんな気持ちで結婚するのでは、いくら好きになりつつある男性だとしても女性は嬉しくも何ともないですよ」

「ははは、そ、そうですよね。冗談ですよね」


アキトさんは、物凄くホッとした顔をしています。

そちらも色々聞いてみたい所ですが、他に私の言葉で気になる所はなかったのでしょうか?

いくら鈍感だと言っても、はっきりと言ってるつもりなんですが。


何かムカムカします。

きっとそのせいですね。

普段の私なら絶対に考えもしないのに、今からやろうとしている事は。


「アキトさん。そう言えば、雷神皇を救出しに来てくれたお礼がまだでしたね」

「そんな事いいですよ。元はと言えば、俺と北斗の戦闘に巻き込まれたのが原因なんですから」

「それとこれとは話が別です。ありがとうございました」

「どういたしまして」


狭いコックピットの中で頭を下げる私にアキトさんは苦笑してます。

真面目な人とでも思っているのかもしれません。

確かに私は、自分で言うのもなんですが真面目だと思います。

でも、それだけじゃないんですよ。


「これはお礼です」


チュッ♪


「へ!?」

「わ、私の、フ、ファ、ファーストキスです。受け取って下さい」


勇気を出して、キ、キスしましたが声が震えてます。

結婚もしてないのに、ましてや恋人でもないのに、唇を自分から許してしまいました。


「あ、そ、それは御大層なものを……」

「い、いえ、お粗末様です……」


え〜と、私は何を口走っているのでしょうか?

にゃぅ……


『千沙さんって、何気に大胆だね』

『でも、そこまでされないと何も気付かないアキト兄にも問題あるもん』


ブロス君とディアちゃんの声に少し落ち着きました。

見るとアキトさんはまだ呆然としています。

ふふふ、あれだけの女性に好かれていながら、私以上に免疫がないのですね。

私はアキトさんを正面から見詰めて言いました。


「私、各務千沙はテンカワ・アキトさんの事がドンドン好きになっています。アキトさんも私の事を好きになってくれると嬉しいです。今後とも宜しくお願いします」


ちゅっ♪


唇が触れているだけですが、先程とは違う長いキス。


これは突発的にしてしまったファーストキスとは違う私の想いです。


全てが終わった後、アキトさんの隣に立つのが自分でなくても構いません。

その代わり、和平成立後もアキトさんは消えないで下さい。

その為にはテンカワ・アキトさんを漆黒の戦神、英雄にしてはいけません。


それが私の願いであり誓いです。


今は伝わらなくてもいいです。

ただ心に刻み付ける為のみに私はキスをしています。

いつか望んだ未来の為に。




















<あとがき>

『千沙ちゃん、寿!』を全面改訂しました。大きな違いは、以下3点です。

1.千沙ちゃん一人称を使って書いてます。

2.壊れ量の大幅減少。もしくはカット。

3.題名からわかるでしょうが、千沙ちゃんは未婚。

4.シリアスっぽさが入ったほのラブな話。

4点でした^^;

変更理由は、半年の間隔が空いた事で何を書きたかったのかわからなくなったというのもありますが、各務千沙という女性の内面をもっと表現したくなったからです。

文章量も倍になってます。

最初にも書きましたが、すっかり別な話になっています。

が、根底に流れる千沙ちゃんFight!L・O・V・E・らぶりー千沙ちゃん♪に変更ありません。

今後も読んで頂ければ幸いです。


尚、今月7月20日海の日は、各務千沙のバースデーです(私的設定)。

ドシドシ千沙ちゃんを応援・投稿しましょう!










 

代理人の感想

え〜、まぁ、改訂というか新作というか。

取合えずこ〜ゆ〜作品に対して私が言える事は一つですね。

 

 

はいはい、ご馳走様。