玄武秘話〜玄武誕生〜
我は、ネズミの首を千切った。
食事前のいつもの儀式。いや、挨拶か。
ネズミが時に、蛇、蜥蜴、蛙、子猫、子犬となり、貫き、握り潰し、引き裂き、噛み砕き、生命を奪ったものだ。
生命を奪う意識などなかったな。それが、食事前にやらねばならないことでしかなかった。
幼い時から、そう言われ実行してきただけなのだから。
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これは、夢か……我の4,5才の頃の話。
白面の目の細く鋭い子供。我ながら良い三白眼をしていたものだと感心する。
あまり感情の出ぬ子供であったな。特におもしろい物に出会った事がなければ、仕方あるまい。
6才の時に、初めて、人間を刺した。
今日の食事の挨拶は何かと思えば、動かない人間が転がっていた。男か女かも覚えていない。
ただ短刀を渡され、指図された所を順番に刺して回っただけ。
つまらなかったものだ。猫や犬とて騒ぐものを、この人間は血を流そうとも反応が無かった。
手順だけ多くて面倒くさいだけ。刃も脂でべたつき嫌なものだった。
暴れる犬猫を素手でやる方が楽しめた。
今思うと、既に薬漬けで役に立たない奴だったのだろう。
この頃から、『教育』なるモノが始まっていたらしい。
我には覚えがない。物心つく前には、それが始まっていたからだろう。
武道の鍛錬はそのずっと前に行われている。武道という意識など欠片も無い遊びの延長。
木連式柔術師範代が行う遊びという名の実戦訓練。肉体の痛みを軸に展開される実地訓練。
『教育』の方は、教師役は、母親他。父親は知らぬ、いや、知らなかった。
人間は生きているだけで罪ということ。死こそが人間のやすらぎに相応しいということ。
当然、人の生命に何の価値もない。生命そのものが罪なのだから。死こそ唯一の希望なのだから。
この世界は矛盾と異常にまみれ腐りきっている。
その罪を取り除いてやる為に世界を正常に戻す為に我らは動いている。草壁一族の道具として動いている。
それは至高の使命、信義、すべて。
我等は生きてはいない。道具だから。故に罪も無い。道具には死もないから、やすらぎもない。
だから、人間から取り除いてあげるのだ。罪をなくしてあげるのだ。
死とは与えるべきものなのだ。
下らぬ建前を並べたものだ。
裏切者の汚名を勝手な話で作り変えただけ。隠れて生きるしかない我らに理屈を付けただけ。
他を知らぬ育て方をされた我では、疑いようがなかったがな。
たびたび動かぬ人間を挨拶に使っていたある日、縛られ、猿轡をした人間の男が我の食事前に与えられた。
殆ど身動きできぬ体が震えている、未だ目に光がある人間。
我は何も思わずいつものように手の指から切り刻み始めた。
手の中で人の筋肉が動くのがわかる。硬くなる。重くなる。
短刀を入れた瞬間、その人間が凄まじい力で我の元から離れる。
一瞬驚いたが、すぐに抑え、切り落とす。
猿轡からもれる声にならぬ苦鳴が興奮を与える。怯える目が愉悦をもたらす。悶える体が歓喜を生む。
言い知れぬ感情達が我を襲い、驚異的な速さで我は短刀を突きつけていた。
我が気が付いた時、心臓を刺さぬうちに、首を切る前に、頭部を割る前に奴は死んでいた。
我は、初めて生命を惜しんだ。
何故、最後まで生きてくれなかったのかと。理不尽な想いに駆られた。
我は、まだ何もしていない…
終わっていない…
楽しんでいない…
……いない……
…ない…
呆然とする我に声がかけられた。
「これが死よ」
母親の冷たい声が響いた。
これが……死なのか? やすらきなのか? 希望なのか?
我が与えるべき物。
与えるべき……
与える…
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なら…ならば……ならば、こんなに簡単に与えてよいものか!
何の役にも立たぬ者達にやすらぎを希望をこんな奴らに簡単に渡してもいいのか!
「……教えろ!俺に死なない方法を教えろ!こんなに簡単に死なない方法を。壊れない方法を。
すべてを試しても死なず、意識も失わず、すべてが最後の瞬間までわかる方法を!!」
我は知らず叫んでいた。
「ふふふ……貴方に最高の方法を教えるわ」
母親は嫣然と話したはずだ。
我は見ていなかった。目の前の塊に怒りを覚えていたから。
この頃から、我の食事の挨拶は、人間主体に変わった。老若男女問わず。
母親が教えてくれた。刃を使い、暗器を使い、素手も含めすべての技を。
死が遥か遠くて、それでいて、いつ訪れてもおかしくない技の数々を。
そのすべてを役立たぬモノに我は与え続けた。
そして、12才のある日、我に『北辰』の名が与えられ仕事を任された。
つまらない仕事であった。
ただ男を殺しただけ。誰も見ていない所で、ただ一突きしただけ。
未熟なモノ。我の気配に気付けとは言わぬが、何の役にも立たぬつまらなきモノ。
気付けば、本人も回りも死んでいたことが分かっただけ。
幾多の影の道具達が我の手練を褒めたが、虚しくなるだけだった。
我が教えられた仕事はこんなものなのかと…
仕事は単調に、そして、完璧に繰り返された。
14才になったある日、一つの仕事が与えられた。
屋敷を構える一軍人の抹殺。いつものこと。取り立てて騒ぐ程ではない。
だが、これが転機になった。
見られた!!馬鹿な!気配はしなかったぞ。
屋敷に忍び込み、部屋に目的のモノを見つけた。
我が事を成そうとしたその時、突然、扉が開けられ少女が顔を出した。
「お父様…」
その声が途中で止まる。
「な、何だ、お前はーーー!!」
我の拳がそのモノを黙らせる。が、外した!急所を外しただと!!
そいつは、吹っ飛んだが死んではいない。さらに、少女が叫び声を上げた。
「きゃあああぁぁぁーーーーー!!!」
屋敷中から人の気配が出てきた。
我は、決断した。
屋敷中を疾風と化し疾走した。
感じる気配のすべてに反応し、拳と脚を振るう。停滞はない。一撃で決する。
すべての気配を消し去り、元の部屋に戻ったのは10分後であった。
そこには、我の目標のモノと少女がまだいた。
「娘だけは、この娘だけは、助けてくれえー!!」
「いやぁーーーお父様っ!!」
我の前であがき続ける二人。
怯えた目で我を見、泣き叫び、懇願し、身を竦めている。
飽きたな…
少女に手をかけ引き剥がそうとした瞬間、そのモノは我に体当たりをして来た。
怯えた目が凶気に彩られている。何をする訳でもなく、力任せに掴みかかるだけ。
「桜ぁ!逃げろ!!逃げるんだ!!」
叫び声を上げ、離さないとばかりに両手に力を込めているのが分かる。
鍛え上げられた我にして力だけでは振りほどけそうに無いパワー。無駄ではあるが。
娘は蹲り、逃げようとしない。呆然と我らを見上げている。
「逃げるんだあーー!!」
再度の叫びにもビクッと反応するだけで、動かない。足元には透明な液体が広がっている。
我が触れた瞬間漏らしたか。
「さく…」
いい加減、うざいな。
我は、力を抜き、一瞬の間に拘束を解き、モノを叩き伏せた。
そして、少女に近寄ろうと一歩足を進めた時、足を掴まれるのを感じた。
その目……今まで見たことの無い暗い炎を宿した目に我は心底震えた。
歓喜のあまり叫びだしそうになった。暗い、暗い、目。心を騒がす目。
見つけた!見つけたぞ!何を見つけたのか、はっきり分からぬまま魂の奥底から歪み出る喜悦。
フフフフフフ……
我は、そのモノの両肩を掴み、徐々に力を込めた。
メキョメキメキョメキメキ……
関節を破壊する音が響いた。モノと少女に聞かせる為にわざとゆっくり大きく響かせる。
叫び声が煩わしいので、顎の関節を外した。
ゴキュ!
これでうめき、涎を垂れ流す事しか出来ぬ。
仕上げに脚を両膝に踏み下ろした。
ミシィグジャベギベギベギィ……
靴底に複雑な関節の崩れる音が感じられる。
これで、奴は動けぬ。
そして、顔を少女のいる方向に向けて横たえた。距離にして3m。
少女に近寄る。
怯えきった目…つまらぬ。しかし、お前が奴を我にふさわしい獲物にしてくれる…
何の役にも立たぬ使えぬくだらぬ未熟なモノを我に有意な獲物に。
生贄よな…
やはり、まず顎に手をかけ、関節を外す。
母親に真っ先に教えてもらった技。煩い叫び声を排し、勝手に舌を噛み切る心配もなくす有効な技。
こうすれば、もはや、涙と唾液を垂れ流すモノでしか、ありえない。
そして、我は、少女を組み敷いた。我の下で震えることしかできぬ体を。性欲などではない。
モノを獲物にする為だけに必要な事。
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楽しませて貰った。いや、そんな言葉では言い尽くせぬ、我の魂が震える術。
動かぬ四肢で尚前進しようとする。娘の姿を見る目は閉じらても、娘の怨嗟の声を聞く耳は防げない。
その目が黒くどこまでも黒く燃え、変らず何も出来ず、そこに倒れ伏しているのみ。
事をやり終え、つぶし尽くしたモノを獲物に与え、我は、頂いた、最高の獲物と化したモノを。
贄として供物を与えることで、モノは我に価値を与える存在に進化したのだ。
今でもこのモノ、いや、獲物の顔は鮮明に思い出せる。あの己を獣と化す暗き闇の瞳を。
少女の顔など露とも出ぬというに…
余計なモノまで殺したとして、我は初めての叱責を受けたが、何の痛痒も感じなかった。
それ以上の最高の獲物を得ることのできる術を知徳したのだから。
我は目的を与えられたのだから。
そう道具が目的を得たのだ。
道具だったものが。
16才になり我が仕事から帰還した時、、母親からの召喚命令を受け取った。
我が静寂の間とも呼ばれ、ここで起きたことは影の間にも漏れることはない部屋に入った時、
複数の人影があった。影の重鎮とも呼ぶべき者達6名に母親に兄弟達。
母親が口を開いた。
「北辰。貴方は、殺しすぎます。我らの使命は、草壁様の指示の元、死を与えるのが役目。指示無き者達には
手を触れずに、指示の合った者だけを殺す道具ですよ。貴方は、楽しみで余計な物まで殺していますね」
「それがどうした」
「道具に意思など必要無いということです」
「生かしておきたい奴がいるなら、知らせればいいだろう。そいつには、手を出さない」
「命があっても、精神の壊れた廃人では意味がありません」
「………」
「改める気はないのですか?」
静かに尋ねられた。
「無駄なことだ」
我の返答で部屋に冷気が溢れた。
「……では、死になさい」
「おまえがな」
我の言葉に影の重鎮六連が、その力を振るった。
一瞬にして、兄弟達が血煙に沈んだ。
「な……!!」
先代となったモノの声が聞こえる。
つまらぬ奴……兄弟の一人を残し希望でも持たせるべきだったか。
いや、六連如きに一撃では無駄か。先代共々使えぬ奴等だ…
「後は、好きにしろ。道具だ、犯すも殺すも自由だ。但し、首だけは後で持って来い」
「はっ。北辰様は?」
六連の一人、烈風が尋ねてきた。
「我は、草壁閣下に代替わりを伝えてくる。使えぬ道具に嫌気がさしてたらしい、喜ぶであろう」
何かわめき散らす先代の声に呟いた。
「役にも立たぬ道具を使う気はないそうだ。女としても飽きたそうだしな」
我は静寂の間を後にした。
「………以上だ」
「分かった。殺ってこよう」
我は、直命を受け、草壁閣下の下から退出した。
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「ふ〜〜〜、山崎博士、頼んでいたことは、出来たのか?」
「ええ、出来てますよ。でも、いいんですか、彼に使って…」
「狂犬の時代は終わった。飼主はヒモを付けねばならんのだ、責任があるからな。
それに、中道派を取込む交換条件だ、構わん」
「閣下!これが北斗ですぞ!この愛らしさ。もお誰もが愛されずには済ませないかわいさ!!
閣下ですから、特別にこの写真をお見せするのですぞ。おっと、こっちのアルバムは見ましたかな?」
「待て待て。北辰、そう言えば、舞歌も写真を見たがっていたぞ」
「何と!そうですか、他ならぬ舞歌の頼みとあれば、いざ仕方ありませんな。それでは、これにて」
我は、直命を受け、草壁閣下の下から退出した。
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「ふ〜〜〜、山崎博士、これはどういうことだ!」
「見ての通りです」
「私は、ヒモと首輪を付けろと命じたはずだ!」
「副作用ですな。いい実験になりましたよ」
「………もう好きなだけ使え」
「ほお。では、ランダボソンジャンプをやりたいんですよ。幸い彼はB級ジャンパーですし…」
長き夢からの目覚めのとき。
ぬおぉーーーーーーー
ぬぬ
ここはどこだ
…………
おお、見慣れた天井、畳、掛け軸、一輪挿し
開け放たれた障子から来る風、虫の音
そして、染み込んだ血の匂い……
なんだ我が家ではないか
ふふ、驚かせる……
<あとがき>
北辰パパ誕生秘話。ライト・バージョンです。かなりカットしました。
『教育』部分は、デル○ィニア戦記のファ○ット一族を参考にしています。
たしか、細部は忘れたけど、そんな話だったと思います。
一応、オチは付けましたが、玄武戦記そのままを期待した人には悪いことしたかも。すみません。
代理人の感想
う〜む。
こんな裏があったとは・・・。
それにしてもダークだ。
って、「北斗異聞」書いた人間が言えることじゃありませんが(苦笑)。