ルリの戦い<会長編>






漆黒の闇が広がる広大な宇宙。

その宇宙の一角で白亜の戦艦が複数の敵との戦いを繰り広げていた。

ナデシコC。それが白亜の戦艦の名前である。



「ハーリー君、敵右方にグラビティーブラスト発射!」

「了解!」

ナデシコCの艦長席では若干16歳の大佐、ホシノ・ルリが的確な指示を飛ばしていた。

ルリの指示はハーリーの手によってすぐさま実行へと移される。

ナデシコCの放ったグラビティーブラストは敵右方を直撃、敵艦数隻を撃沈した。

それに動揺してか敵艦隊の連動に一部乱れが生じる。

ルリはその隙は逃さなかった。

「エステバリス隊はその隙から突入、敵をかき乱して下さい。」

「了解!」


突撃のタイミングを待っていた高杉三朗太率いるエステバリス隊がルリの指示ですかさず突入していった。


ナデシコCでは実戦調査として装着フレーム付きエステバリスが装備されている。

テロリスト、テンカワ・アキトの撃墜に一役買ったその機体は急遽宇宙軍に若干数導入されていたのだ。


そんなエステバリス隊の前に積戸気やステルンクーゲル、スーパーエステバリス等様々な種類の機体が立ちはだかった。

しかし、種類は多いものの数自体はそう多くは無い。


「種類を揃えればいいってもんじゃないんだよ!」

それでも自部隊の二倍はいる敵機動兵器群に三朗太は果敢にも突っ込んでいった。

エステバリス隊もそれに続く。

エステバリス隊はなんら回避行動を取るわけでもなく、直線で敵機動兵器部隊へと突入していった。

その動きに敵機動兵器が混乱し、的確な行動が取れないままに双方がすれ違う。

その後には幾つかの爆発が巻き起こった。


「さすがネルガルの新製品。突進力と防御力はピカ一だぜ。」

爆発した機体はステルンクーゲルやスーパーエステバリスといった機体ばかりだ。


装着フレームを付けたエステバリスの戦いでは、その防御力と出力を生かした体当たりが有効となる。

直線スピードとディストンションフィールドの出力が違うため相手方は為す術もなく撃墜されていくのだ。

基本的に装着フレーム型は接近戦には向かない。主武器となるのは遠距離用のライフルだけである。

そして近〜中距離になれば体当たり攻撃。

ベテランパイロットには好かれないタイプの機体ではあるが、一般パイロットからすれば非常に使い勝手がいい。


「お前らの腕じゃあ積戸気は扱いきれないみたいだな!」

機体を操りながらも軽口を叩けるのは三郎太が一流の証であろう。

基本性能が高い積戸気だけは奮闘したものの、数が少なく、ベテランパイロット向きの機体であるが
故に性能を引き出せているものはいなかった。

誰でも操れる機体と、ベテラン向きの機体、その差は集団戦闘になればなるほど明らかになっていく。

結局は積戸気も爆発四散していった。

こうして小破した機体はあったものの、被撃墜機を一機も出さないままエステバリス隊は敵機動兵器を片付けた。

敵機動兵器を排除したエステバリス隊は再び加速をすると敵艦隊を目指して突入していった。

「敵艦隊に乱れが生じています!」

「まずは敵戦艦を集中して叩きます。敵旗艦と思われる戦艦に向かってミサイル発射。着弾を見計らってグラビティーブラストを発射してください。」

「了解!」

よく鍛えられているナデシコCの乗組員の行動は素早く、正確だ。

ナデシコCから放たれた多数のミサイルは狙いを違えることなく敵艦隊中央にいた戦艦に命中。

タイミングを見はからい、同時命中させたグラビティーブラストの威力と相まって見事敵戦艦を爆発、炎上させた。

艦隊中央での戦艦の爆発炎上は、周囲を巻き込み爆発の連鎖反応を起こしていった。

ナデシコCもエステバリス隊もその爆発連鎖を助長するように弾薬を打ち込んでいく。

結果、敵艦隊は戦力の七割を喪失し組織的な抵抗力を失った。


敵艦隊がこうも簡単に敗れるのにもわけがある。

ルリのハッキングを恐れて電子システムが使えないため連携が取りにくいのだ。

また、電子システムの欠如は索敵能力においても大きな影響を及ぼした。

大抵の場合ナデシコCの先制攻撃を許してしまうのだ。

火力においても強力なものを持つナデシコCを敵に回すに当たってこのことは大きなビハインドとなる。

結果、多少の数の差があってもナデシコCの前に敗れ去っていったのだ。


「残敵処理に入ります。駆逐艦はエステバリス隊に任せて本艦は残っている巡洋艦クラスを集中攻撃してください。」

「艦長、降伏勧告は出さないんですか?」

通常、戦局が決まった場合降伏勧告が出される。

無駄な戦闘を避け、人的損害を減らすためである。

「構いません、火星の後継者は降伏をしませんから。」

ハーリーの提言をルリはあっさりと退けた。

「そんな事言ってここ最近全然出してないじゃないですか!」

しかしハーリーはなおも食い下がった。

「火星の後継者の残党で捕虜になったという話は聞きません。」

「それは大半がこの艦が倒しているからじゃなんですか!テンカワ・アキトが死んでから艦長は変ですよ!」

ハーリーの言葉にルリの表情が明らかに変化した。

「マキビ・ハリ大尉。これは命令です。」

最終的にルリの言葉は命令へと代わった。

「・・・了解。」

命令として出されたルリの言葉にハーリーは渋々命令に従うしかなかった。


史上最凶のテロリストと言われたテンカワ・アキトの死亡記事が流れてから一ヶ月が過ぎていた。

ルリは以前と変わらないようにナデシコCに乗って火星の後継者の残党狩りを続けていた。

しかしルリは周囲から見たルリは明らかに変わっていた。

以前にまして笑わなくなったのだ。

ルリに近い人達はそれをアキト死亡の事実のせいだと考えた。

ルリとアキトの関係は考えて見れば当然の考えである。

そんなことから今のルリにアキトの話題はタブーとなっている。

それを破るのはルリに淡い想いをよせるハーリーだけである。

昔のルリに戻ってほしい、そんなハーリーの願いは今の所は届いていない。


そして戦いにおいても変わっていた。

降伏勧告を行わなくなったのだ。

アキト死亡までの戦いでは出来る限り早いうちに降伏勧告を出し、被害を抑えようとしていた。

もっとも草壁逮捕直後のため、ルリに対する火星の後継者達の憎しみは強く、降伏には応じなかった。

それがアキト死亡後では降伏勧告を出すことはなく、敵殲滅を目的とした戦い方になっていた。

その理由をルリは誰にも明かさなかった。



「敵はまだまだいます・・」

艦長席の背もたれに身体を預けながら呟いたルリの言葉は誰にも聞かれることはなかった。





「直ぐに始めないんですか?」

ネルガルの会長室でルリがアカツキへと問いかけた。

アキトの遺体と最後の別れを済ませたアカツキ達は再び会長室へと戻ってきていた。

向かい合って座っているアカツキとルリの周りにはエリナとプロス、そしてラピスが立っている。

「きみはまだナデシコCに乗らなくては行けないからね。」

ナデシコCに乗らなくてはならない、つまり火星の後継者を滅ぼせと言っているのだ。

火星の後継者達を滅ぼさなければルリは軍をやめられない、そう言い換えても良い。

「ナデシコCからでも出来ます。」

何をするのか?

簡単に言えばハッキングである。

ルリとラピスの能力をフルに使っての同時ハッキング、それによりクリムゾンの情報を全て頂こうというのである。

ナデシコCにオモイカネが搭載されている以上、ルリにとっては易しいはずである。


「それは駄目だ。クリムゾンにハッキングを仕掛ければ犯人はきみだとわかってしまう。」

「そんなヘマはしません。」

アカツキの言い方にルリは少しムキになる。

打倒クリムゾンへの決意をしたものの、その性格はすぐには変わらないようだ。

「クリムゾンは馬鹿じゃない。あそこのプロテクトを軽々と破れる人間はそうはいない。必然的にきみに辿り着くさ。」

「証拠は残しません。」

アカツキの言葉に再びルリが反論する。

しかしアカツキはそんなルリの態度は気にしない。

「証拠なんていらないさ。軍はきみを疎ましく思っているんだからね。捏造ぐらいやってのけるさ。」

アカツキに言われてルリははっとした。

軍が自分を疎ましく思っているなど先ほどの会談で言われたばかりではないか。

当然証拠の捏造に考えを巡らせるべきだった。

打倒クリムゾンを決め興奮していて気付かなかった。

ルリは反省し、冷静に努めた。


「軍は私を手放しますか?」

ルリの心配事はそこだった。

いくら火星の後継者を滅ぼしたとしても、ずば抜けた能力と、高い人気を持つ自分を易々と軍は手放すだろうか。

「それは大丈夫さ、喜んで手放すよ。」

しかしアカツキは気軽に答えた。

「『反乱を静めた電子の妖精、平和を信じて軍を去る!』、こんな感じでね。」

アカツキの言葉にルリも納得する。

確かにその言い方ならば民衆も納得するだろう。

同時に、ルリはこういった分野でアカツキに勝てないことを改めて実感した。

「それにね、火星の後継者を直接滅ぼせるのはきみしかいないんだよ。」

アカツキの言葉は冷たく、そして期待に溢れていた。


クリムゾンばかりに目が行っていたが、火星の後継者もアキトの仇には変わりないのだ。

そしてそれを直接討てるのはこの中で唯一軍事力を持つ自分だけ。

ルリはそのことに思い当たると火星の後継者退治に一人静かな決意を燃やした。


「ルリ君が軍をやめてくれれば何の遠慮も無く攻勢に転じられる。」

アカツキはネルガルに入れとは言わなかった。

ルリには軍を辞めた後、しばらくはフリーでいてもらおうと考えているのだ。

ネルガルと繋がっていないからこそ出来る事もある。

そんな時のためにルリとネルガルが繋がっていることは隠しておきたい。


「しかし、時間が・・」

アカツキの言葉を聞いたルリは一つの懸念事項を出した。

先ほどの会談によれば時間はそれほど残されていないらしい。

それまでに火星の後継者を滅ぼせる保証は無いのだ。

「それは大丈夫さ。クリムゾンの動きを探ればそう時間を掛けずに火星の後継者のアジトは見つけ出せるよ。」

アカツキは自信満々に言っているがルリには不安だった。

クリムゾンがいまさらそんな危ない橋を渡るとは思えにくいのだ。

「クリムゾンはまだ火星の後継者を支援している。もう一度何か起こそうとしているみたいだね。」

「本当にわかるんですか?」

アカツキはそう言っているがルリにはまだ不安だった。

「私ガ探ル!」

ラピスが口を挟んできた。

アキトの恨みを晴らすために少しでも働きたいと考えているのだ。

「それには及ばないよ。それにラピス君はルリ君との同時ハッキングまで温存さ。敵に無駄な警戒を与えたくないからね。」

確かにラピス単独でも情報入手は可能であろう。

しかしそれ以降はクリムゾンも手を打ってくる。

切り札となるハッキングは本当にほしい情報を得るまで我慢しなければならない。


「輸送船ですな。」

それまで黙って聞いていたプロスがアカツキに向かって訊ねた。

「さすがプロス君、気付いていたんだね。」

アカツキも声を軽くして言う。

「輸送船?」

ルリにはわからないようだ。

「ここ一ヶ月、火星の後継者が輸送船襲撃を繰り返しているのは知ってるね?」

本隊を失い、指導者も欠けている火星の後継者は物資を得るために輸送船襲撃を繰り返していた。

古来より、国を失った軍隊の末路である。

掲げる正義だけは失っていないことは余計に性質が悪いだろう。


「その中にクリムゾンの輸送船もあるんだ。それも5割以上もね。」

「クリムゾンの輸送船は数が多いので当然だと思います。」

アカツキの言葉にルリは正論を返す。

「それは違う。今クリムゾンの輸送船は全体の三割程度なんだよ。四割までなら偶然と言える。
 でも五割を超えるのは明らかに異常だよ。」

「彼らの考え方からして今までの支援者の輸送船を襲うというのもいささかおかしいですな。」

アカツキとプロスの言葉を聞いてルリもようやく合点が行った。

火星の後継者は自分達を正義だと考えている。そんな彼らが今までの支援者の船を襲うというのは理想に反するはずだ。

であるにも関わらず襲われる輸送船の五割以上がクリムゾン籍なのだ。

確かにこれは異常だと言わざるをえないだろう。

「つまりクリムゾンは輸送船を襲われたことにして火星の後継者に物資を送っているということですか?」

「おそらくね。だからクリムゾンの輸送船が襲われた位置の法則性さえ見つかれば敵のアジトは判明するはずさ。」

「そんな簡単にいくいんですか?クリムゾンも当然警戒しているはずですが。」

簡単に言うアカツキに対してルリの不安は拭えない。

「大丈夫、大丈夫。クリムゾンは火星の後継者とそう何度も連絡を取り合う危険はおかさないでしょ。
 それなら法則性は必ず見つかるさ。これはラピス君に担当してもらう。頼んだよ。」

「ワカッタ。」

ラピスはやる気を剥き出しにして答えた。

「それに時間を掛けない方法として、一応こういう手も用意してある。」

そう言うとアカツキは何枚かの書類を取り出しルリに渡した。


「・・・これは・・」

書類に一通り目を通したルリは顔を上げた。

「使うかどうかはきみに任せるよ。」

「わかりました。遅くとも二ヶ月で火星の後継者を滅ぼして見せます。」

ルリは決意を言葉に代えてそう言うと、立ち上がって会長室を出て行こうとした。


「きみの"戦い"を見せてもらうよ。」

アカツキは会長室から出ていこうとするルリの背中に向かって最後にそう言った。

「・・・はい。」

ルリは静かに答えた。

その心の中にはとある決心が生まれていた。







(もう頃合です。あの作戦を実行に移しましょう。)

ルリがそんなことを考え込んでいると声を掛けられた。


「艦長、艦長。どうしたんです?残敵処理はもう終わりましたよ。」

呼びかけていたのは三朗太だった。

どうやらルリはかなりの間考え込んでいたようだ。

いつの間にか残敵処理を終え、エステバリス隊も帰還していた。


「すいません、どうやら考え事をしていたみたいで。」

「疲れてるんじゃないですか?ここ一ヶ月戦いっぱなしっすよ。」

「そうですよ。乗組員の疲労もピークに達していますし。一度寄港しましょう。」

三郎太の言葉に続けてハーリーがルリに提言した。


決してハーリーが休みたいわけではない。

ハーリーはルリを休ませたいのだ。

今のルリは昔と違う。

しかし少し休めば必ず元に戻ってくれるはずだ。

それがハーリーの願いである。


ハーリーの言葉に根拠もある。

ナデシコCがここ一ヶ月戦いつづけていた。

ルリの分析(一般的にはそうなっている)で火星の後継者のアジトを次々と発見し、戦闘を行っているのだ。

さらに補給物資は次の戦いへ向かう途中にネルガルの輸送船から受け取っているため、全く休み無しである。

ネルガルが補給物資を届けるのは、装着フレームの実戦調査のお礼ということになっている。


しかし実際はエリナが手配しており、一刻も早く火星の後継者を滅ぼすための時間短縮策なのだ。

乗り組み員の疲労を計算に入れて、敵との戦いに勝てるぎりぎりまで戦いつづける。

それがルリのやり方であった。


この行動は民衆の間でルリの人気をさらに高めている。

軍も「電子の妖精はテロをゆるさない!」といった類のスローガンを掲げ、自分達の人気取りに走っていた。


だがそれらはルリにとっては都合が良い。

そこまで火星の後継者退治に力を入れていると見られれば、火星の後継者退治を終えた後の引退がしやすくなるのだ。



「これより次のポイントへ向かいます。」

ハーリーの言葉を無視して、ルリは次の目的地を乗組員たちに知らせた。

そう言いながらもルリはなにやらオモイカネに打ち込んでいる。

「艦長!」

自分の意見を全くと言っていいほど聞き入れないルリに思わずハーリーの声が荒っぽくなった。

普段ルリの言いなりとも言える彼にしては珍しいことだろう。

それほどまでにナデシコC乗組員たちの疲労は貯まっているのだ。

ハーリー以外の乗組員達の表情も、うんざりといった感じである。

三郎太もそれを隠せない。


「次の目的地となるポイントまでの途中にネルガルの補給用コロニーがあります。そこで休憩と補給を行います。」

ルリの言葉に一同の表情が一転し、ほっと息をつく。

ハーリーも安心したようにいつもの表情へ戻った。



そんな時激しい衝撃と共に、ナデシコCの速度が急激に落ちた。

「何事です!」

いち早く体勢を立て直したルリが大声を上げる。

「衝撃は艦内からです!」

ルリの言葉に慌てて職務に戻ったブリッジ要員の一人が答えた。

「原因は不明ですが相転移エンジン出力低下しています。それ以外の被害は認められません!」

その声の後をついでハーリーがより詳細な事実を伝えた。

「エンジンの異常ですか。すぐに整備班を回してください。」

ルリの言葉をすぐさまオペレーターが整備班に伝える。

「艦外に敵がいないか調べてください。奇襲があるかも知れません。」

「は、はい。」

ハーリーがそれに反応して索敵を強化する。

「エステバリス隊は格納庫で待機してください。」

「りょ〜かい。」

こんな時にも三郎太は気軽な口調を崩さない。

ムードーメーカー、それを自分の役割の一つとして認識しているのだ。

ナデシコでは戦闘態勢が引かれ、緊迫感が満ちたまま時が流れる。

そしてエンジンのチェックに行った整備班からの報告が上がってきた。

「エンジンに異常無しですか。どうやら原因は制御システムにありそうですね。」

敵の攻撃では無かった。

それを知って乗組員達にも安堵の空気が満ちる。

もちろん楽観視出来る状況ではないが、急な危機ではなかったのだ。


「ここではきちんとしたチェックは受けられません。本艦は予定通り補給用コロニーへ向かいます。」

ルリの言葉にナデシコCは再び動きだした。

しかし巡航速度は半分以下に落ち込んでいる。

コロニー到着への時間はかなり延びることになった。




ナデシコCが去った後、撃沈された艦の残骸の間で一つの通信が発信されたことにナデシコCの乗組員は
誰一人として気付いてはいなかった。










統合軍本部ビル会議室。
 

スバル・リョーコは至急の呼び出しを受けていた。

「入ります。」

リョーコが部屋に入るとそこには統合軍の幹部が揃っていた。

だがそんなことで気後れをするような性格ではない。

「さて、呼び出された理由はわかっているかね?」

そのうちの一人がそう言って口火を切った。

「わかりません。」

リョーコは姿勢を正したままそう答える。

「ふむ、まあ良い。これを見たまえ。」

その言葉と共に会議場のスクリーンにある映像が映し出された。



遠距離からライフルを撃ってくるブラック・サレナ。

それが効かぬと見ると、一気に接近して来た。

それに対して拡散型のグラビティブラストが放たれる。

ブラック・サレナはさすがに交わしきれず被弾し、速度を落とした。

しかし効いている様子はない。

そのためブラック・サレナは再び突入の構えを見せる。

その前に立ち塞がる四機の機動兵器。

装着パーツをつけたエステバリス隊である。

ブラック・サレナの遠距離攻撃を受けても出力の上がったフィールドで耐え切っている。

ブラック・サレナは構わずに突入を行おうとしている。

それに対しエステバリス隊は四機全機で体当たりを敢行した。

相対速度の速さに回避しきれず、ブラックサレナは一機のエステバリスと正面からぶつかった。

中破するエステバリスに対して、ブラック・サレナは一瞬動きが止まっただけだ。

だが、その一瞬はブラック・サレナには命取りになった。

動きを止めたブラック・サレナに対して放たれた収束型グラビティーブラスト。

大出力を収束したその攻撃はブラック・サレナのフィールドを容易く破り、撃破した。



そこで映像が終わった。

映像のところどころではブラック・サレナ内部のアキトの顔が映し出されてた。

しかしユーチャリスの妨害によって長時間内部を撮ることは出来なかった。



言うまでもなくナデシコD対ブラックサレナの戦いの映像だった。


「アキト・・・」

映像を見終わった後、リョーコは思わずそう呟いた。

実際の戦闘映像を見るのは初めてだった。


アキトの死は一ヶ月前の話だ。

最初リョーコには信じることが出来なかった。

アキトを殺したのがネルガルの最新鋭艦だと言うのだ。

ナデシコ時代のアキトとアカツキの関係を考えれば疑うのも無理は無い。

戦友を裏切ると言うのはリョーコの中では在りえないことなのだ。

しかし詳しい情報が洩れてくるにつれ信じざるを得なかった。

ネルガルに行き、直接アカツキを問いただすこともした。

その結果認めたのがアキトの死なのだ。



「これは本当にテンカワ・アキトかね?」

リョーコが思考の海に沈んでいきかけたところで、リョーコに言葉が投げ掛けられた。

「・・・はい。」

リョーコは悲しみを抑えて言った。

「そうか、きみに聞きたいのはそれだけだ。下がっていいぞ。」

「失礼します。」

リョーコはそれだけの受け答えで部屋を退出した。



「これで決定ですな。」

リョーコが出て行った後、幹部の一人がそう言った。

「映像は本人と確認された。機動兵器に関しても本物と確認されている。あなた方が無根拠に
 主張しているネルガルのでっち上げという意見は却下だ。」


彼らが話しているのは次期主力戦闘艦の選考であった。


選考委員の半数はナデシコDを押した。彼らは単純に評価してそう決めたのだ。

しかし残りの半数、クリムゾンの息が掛かっている者はクリムゾン製の艦を押したのだ。

彼らの主張はアキト撃破はネルガルのでっち上げとするものだった。

証拠は無い。根拠も無い。要は言い掛かりである。

しかし選考には三分の二の決定が必要なため、審議が遅れてしまっていたのだ。


そこでナデシコDを押した委員の一人は記録に残っているブラック・サレナとネルガルより提出された映像を科学的に比較した。

結果ネルガルの提出した映像はブラック・サレナだと断定された。

機動に関しても残っていたデータに近い速度が出ており、一般人ではとても耐え切れない速度と
推定されたため本物と断定されていた。


そして今回行われたのはアキトを直接知る者によるアキトの認定だった。

もちろん様々な手段でアキトだと断定されているのだが、クリムゾン派の委員に文句をつけさせない
ように徹底的に行ったのだ。


ここまでやられてはクリムゾン派の委員も文句を付けられなかった。

元々ナデシコDの方が優れている以上仕方ない。

これ以上の反対は権力を失う原因にもなり得る。


こうして統合軍次期主力戦闘艦はナデシコDに決定した。





ネルガルから軍に提出された映像に出てきたブラック・サレナを操っていたのはラピスである。

ブラック・サレナの内部のみを改造し、外部から操作出来るようにしたのだ。

もちろんそれとてマシンチャイルド並みの能力が無くては操作しきれない。

また、例えマシンチャイルドの能力を持ってしても複雑な操作は出来ない。

ブラック・サレナ撃破のシナリオはアカツキの手によって作られた。

出来る限り単純な動きをし、ブラック・サレナらしい戦いをする。

そして不自然じゃないように撃破される。

そのシナリオが先の映像に表れた戦闘なのだ。


なにはともあれ、アカツキの狙い通り次期主力艦はナデシコDに決定された。













補給用コロニー。

それは基本的に私企業によって運営されている。

それは、地球から火星にまたがる宙路を軍だけでは維持しきれないために作られたコロニーである。

主要航路以外は私企業に任されているのが現状だ。

ヒサゴプランによってかなりのコロニーが放棄されたが、火星の後継者事件でヒサゴプランが駄目になると再び意義を見直されていた。



そんなコロニーの一つにナデシコCは近づいていた。

そのコロニーは周囲を岩石で囲まれている。

周囲と言ってもかなりの広範囲であり、一見すると小惑星帯に見える。


周囲をわざわざ岩石で囲んでいるのにはもちろん訳がある。

修理機能を有しているために、故障艦が訪れることがあるのだ。

故障艦が現在停泊しているかどうか知られれば敵に付け入れられる。

そのためレーダージャミングの一つとしてわざわざ囲ませているのだ。



ゆっくりとコロニーへと接岸し、一息ついていたナデシコCに突如通信が入った。

「艦長、通信が入っています。」

「繋いでください。」

ルリの言葉で開かれたウインドウには火星の後継者の服を纏った男が映っていた。

「ナデシコの諸君、降伏せよ。」

突然の火星の後継者からの通信に、そしてその内容にナデシコC内はパニックに近い状態となった。

いきなりの降伏勧告なのだ。

混乱するのも無理はないだろう。

「あなたが現在の指導者ですか?」

動揺を隠せない乗組員達を他所にルリは極めて冷静に返した。

「そうだ。そして我々は今なお草壁閣下の意志を継いでいる!」

「そうですか。」

熱い口調で語る男に対し、ルリの反応は冷め切っている。

「驚かないのだな。我々の来襲を予想していたのか。」

「はい。」

ルリの言葉に敵以上にナデシコ乗組員が驚いた。

それならば何故対策を取らなかったのだろうか。

ルリへの不信感と共に、予測していたなら何かしら手があるのだろうという希望を持った。


「その心意気は褒めてやろう。だがあまりにも無謀だな。」

指導者を名乗った男はそう言ってルリの言葉を一蹴する。

そして、男の言葉と同時に周囲に漂っている岩石の影から多くの艦が現れた。

故障艦を隠すためのジャミング効果は今回は火星の後継者達に使われていたのだ。

「これがあなた方の残存艦隊ですか?」

「そうだ。草壁中将の恨みを果たすため、今まで貴様に殺された同胞の恨みを果たすために集まったのだ。」

「集まったのではありません。集めたのです。」

男の言葉をルリが訂正する。

「何だと?」

「先程の戦いで生存者がいたことは知っています。ナデシコCの速力が落ちたことも仲間の貴方達
 に知らされたはずです。」

疑問の声を挙げる男にルリが話を続ける。

「そうすれば修理機能を有する最も近いコロニーであるこのコロニーへ来ることも思いつくはずです。
 ナデシコCの速度が半減するような故障をしていれば必ず待ち伏せていると思いました。」

「なぜそんなことをする?」

男はルリの話を信じた上で疑問の声を上げた。

「貴方達の残りのアジトはこの付近ということまで突き止めたのですがそれ以上は分かりませんで
 した。ですからおびきだしたのです。」

今まで順調にアジトを絞っていたラピスであったが残るアジトは大まかに絞ることまでしか出来なかった。

本隊と思われる部隊はさすがに迷彩が上手かったのだ。


「自分を囮にするとはな。」

男は心底感心したような声を上げた。

「だが、この状態で勝てると思っているのか?」

ナデシコCの周囲に展開している敵艦隊は今までの規模をはるかに上回っている。

戦艦は二桁を数え、艦隊全体の数は200隻に及んでいる。

まさに火星の後継者の最後の戦力なのだ。

「もちろんです。」

どう見ても圧倒的に不利な中、自惚れているわけではない、自信を持っているわけでもない、
ただ単に事実を言っているような口調でルリは言う。



「では貴様の戦い振りを見せてもらおうか。」

「か、艦長!どうするんですか?」

戦況は最悪だ。こちらは停止している上にエンジン出力が半減しているのだ。

それに対し、敵艦隊はその砲口を既にナデシコCに据えている。

「慌てている暇があったら自分の仕事をしてください。」

ルリは慌てて声を掛けてきたハーリーに対して素気無く答えた。

ルリにそう言われてハーリーは不安を隠すようにして仕事に戻る。

それを見ていた乗組員達も慌てて職務へ復帰していった。


「!!艦内でボソン粒子反応!」

仕事に戻った途端ハーリーが声を上げる。

「ジャンプフィールド本艦を覆っています!・・・駄目です!ジャンプします!」

最後の方はまさに絶叫に近かった。

戦艦の単独ジャンプなど今のナデシコCで出来るはずはないのだ。

しかしルリの表情は勝利を確信していた。



「!撃て!!」

突然ナデシコCをジャンプフィールドが覆ったことに慌てた敵艦隊からの攻撃が始まった。

しかし、それらが到達するよりも一瞬早くナデシコCの姿は消え、攻撃は空を切る形となった。

「どこだ!」

ナデシコCが火星の後継者を倒そうとしている以上近くにジャンプアウトするはずだ。

そう考えて男は周囲を探すように指示を出す。

「後方200キロにボソン反応です!」

必死にボソン反応を探していたオペレーターが声を上げた。



ナデシコCの突然のジャンプに火星の後継者艦隊は混乱をきたしていた。

「落ち着け!包囲を抜けられたとはいえ、まだこちらの絶対優位には違いないのだ!」

男の一言で艦隊はやや落ち着きを取り戻し、ナデシコCの方へ旋回を行おうとした。


その時ナデシコCからグラビティーブラストが放たれた。

しかし、ナデシコCのグラビティーブラストは火星の後継者艦隊を覆うほどの広範囲に撃たれた
ために攻撃力そのものは低く、全ての艦が耐え切っていた。

「血迷ったか!この程度の・・・!!」

男の言葉は最後まで続かなかった。

想像を超える事態が男の目の前で展開されたのだ。




「これは凄い・・」

ブリッジでその光景を見ていた三郎太はその言葉しか出なかった。

火星の後継者艦隊が潜んでいた岩石群全体が爆発を起こしているのだ。

宇宙という漆黒を背景に展開されている壮大な火球は不謹慎にも綺麗と思わせるのに充分だった。

「か、艦長・・・これは一体・・・」

「敵をおびき出す以上罠を張っているのは当然のことです。」

ルリはあっさりと答えてみせた。

「今のジャンプは・・・」

「まだ敵は残っています。エステバリス隊は出撃してください。」

「りょ、了解。」

ハーリーの更なる疑問を遮って、ルリは三郎太に言った。

火球に呆気に取られていた三郎太はルリの言葉に我に帰り、格納庫へと向かった。


一方ハーリーはショックを受けていた。

ジャンプのことではない。

それについては想像がつく。

問題は作戦の方だ。

これがルリの取る作戦なのか?

確かに味方の被害は無い。

しかし、これでは敵は逃げることすら出来ないではないか。

ハーリーには理解できない作戦だった。




「おのれ魔女め!」

混乱する敵の通信の中ではそんな言葉が飛び交っていた。

ルリに対する火星の後継者の恨みが混じった言葉である。


「魔女ですか。私に相応しい名前ですね。」

そう言ったルリの顔は笑っていた。

だがその笑みは決して無邪気と呼べるものではなく、自分を嘲笑するかのような笑みだった。



(違いますね。相応しくならなければいけないんです。)

ルリは心の中でそう考えた。


アカツキがいますぐ自分を対クリムゾンの戦いに参加させない理由。

それはおそらく自分が闇を知らないことにあるのだろう。

ナデシコに乗っている時に木連の行いを知った。

ネルガルや軍の考えも知った。

一般人よりも闇の部分を知っているだろう。

だがそんなことでは生温い。

これからクリムゾンと戦うというのに知っているだけではとても足りない。

アカツキとエリナは企業の闇をよく知り、味わってきた。

プロスとゴート、月臣は闇に生きている。

ラピスは光の方を知らないぐらいだ。

イネスとてアキトの治療に深く関わることである程度の闇を知ったはずだ。


自分は知識だけなのだ。体験が足りない。

このままクリムゾンと戦ってもいつか潰れてしまう。

自分でもそう思った。

アカツキの言った"ルリの戦い"。

それは火星の後継者を討つだけではない。

闇を知るための、闇に慣れるための戦い。


そのためにルリは戦った。

降伏勧告は出さなかった。

自分の指示で生きて捕まえられる人間を多数殺した。

最初は戦いが終わるごとに吐き気を催した。

火星でのユリカの気持ちが分かった気がした。


だがそれにも慣れた。

クリムゾン打倒に掛ける決意と慣れが闇を上回ったのだ。

ルリはさらなる闇を知るために今回の作戦を使った。

会談の時アカツキに渡された資料。

すでに全ての人間を退避させたコロニーと、その周りにある岩石群全てに爆薬が仕掛けられているという情報。

そこに誘き寄せてグラビティーブラストを放てば全てが決まる。

万に届こうかという人数を決して逃げられない罠に嵌めて殺す。


使えとは言われなかった。

自分で決断して使っていたのだ。

クリムゾンとの戦いで万に届く人間を殺すことはない。

だが火星の後継者相手では彼らは敵だ、そういった免罪符が与えられる。

だからこそ乗り越えられた。

しかしクリムゾン戦では無関係な人間に被害が及ぶこともあるだろう。

免罪符は与えられない。全て自分で抱えるしかないのだ。

そのためには少しでも闇に慣れておく必要があった。

今回のことは全てそのためだ。

敵とはいえ、万に届く敵を他の手段があるにも関わらず殺す。

それを乗り越えた時ルリは打倒クリムゾンに加わる資格を得るのである。

「電子の妖精」では戦えない。

「電子の魔女」こそが戦う資格を手に入れるのだ。



その後の戦いは一方的だった。

最初に衝撃的過ぎる一撃をもらった火星の後継者艦隊に組織的抵抗が出来るわけもなく、
ナデシコCによる各個撃破のいい的となっていった。








 


虐殺に近いコロニーでの戦い。

その戦いで火星の後継者は実働戦力を失った。

火星の後継者の残党は一掃されたのだ。

一人の「電子の魔女」を誕生させて。


そしてルリは軍を辞めた。

ミスマル提督をはじめ、多数の遺留を受けたがルリの決心は変わらなかった。

軍の上層部はアカツキの言うとおり喜んでルリを手放した。



民衆は「電子の妖精」の功績を称えた。

民衆は「電子の妖精」の引退を惜しんだ。

民衆は「電子の妖精」によって齎された平和を享受した。



アカツキ達は「電子の魔女」の誕生を喜んだ。

強力な仲間を手に入れたのだ。

ルリはようやくアカツキ達の仲間たる資格を手に入れたのだ。

アカツキ達の準備は此処に整った。









一つの戦いが終わりを告げ、ルリは真なる戦いの門を潜る資格を得た。

ネルガル対クリムゾンの戦いはまだ始まったばかりである。









<続く>









<後書き>
どうも「やまと」で御座います。

書いてと言ってくださる方が一人以上いてくださったので約束通り書かせて頂きました。


この話はシリアスのはず・・・何気にダーク?

しかしこの作品は自分の中では欠かせません。

今後、様々な戦いが行われる中でルリは劇場版のままでは耐えられないと思います。

理由は作中にある通りなんです。個人的にはイネスも闇が少ないと思いますが彼女は

本当の大人ですし、全く闇がないわけではありません。きっと乗り越えられるでしょう。

しかしルリは子供なんです。いきなりそんな戦いに巻き込まれたら立ち直れない気がします。

もっとも、イネスも今回の作戦に参加しているみたいですが。

もちろんルリに対する考えはあくまで私の設定での話です。他作品でネルガルや軍と渡り合っている

ルリに文句を言っているわけではないので平にご容赦を。

リョーコの出番が少ない〜。まあ内面とかもわざと少ししか書いていないので、ちゃんとした

出番は次回ですな。


ところでナデシコの世界の戦闘距離が気になります。跳躍砲の射程が100キロでしたよね。

火星まで一ヶ月半程度で行ける艦の戦いで100キロ・・・短いっすね〜。

ですから作中のジャンプでは一応200キロです。本当ならこれも短いと思うんですが、これ

以上遠くになると読者が(私も)イメージしにくくなりそうですからね。


ブラック・サレナの戦いは本文中の条件を考えるとあの程度しか浮かびませんでした。

なにかおかしなところがあれば教えてください。


さて問題です。イネスはいつ、何処からどうやって来てナデシコに乗ったのでしょう。

作品を参考に考えてください。すぐばれそうですが(笑)


というわけで今後は「八犬伝」(八人いるので勝手に命名)それぞれの戦いを書いていきます。

ちなみにだれが「義」だの、だれが「智」だのいう突っ込みは禁止です。


さて、みなさん気分が落ち込みましたか?

大丈夫です!アカツキ編があります!そこで元気を取り戻しましょう!

それではアカツキ編にレッツ・ゲキガイン!(笑)



あ、共通の後書きは今後もアカツキ編で行います。

だってあっちが本編だし(笑)



それでは代理人様今回も感想楽しみにしています。








代理人の感想

要するに「禊ぎ」をする話なんですね、今回は。

もっとも、体を清めるのではなくてその逆だった様ですが。

 

にしてもハーリー哀れ(苦笑)。

ルリの事だから多分ケアもしてやれないだろうし・・・・・

まぁ、初恋の最後なんてこんなものか(爆)?

 

戦闘距離の話ですが、これはナデシコ世界の艦艇には

ディストーションフィールドが標準装備されているのが原因ではないかと思います。

距離が遠すぎると有効打を与えられないのではないでしょうか。

グラビティブラストは拡散するでしょうし、スピードの遅い実体弾では命中しないでしょう。

もちろん、単に有効射程とか火器管制とかの問題と言う可能性もありますが。