第十二話
【ブリッジ:ホシノ・ルリ】
今日も今日とて木星蜥蜴と戦闘中。
なんだか最近ナデシコ、木星蜥蜴に親の敵の様に思われてるみたいです。
ナナフシを破壊したりと色々やりましたから、優先目標になっているんでしょうね。
「そっちがそうならこっちもその気!! 徹底的にやっちゃいます!!」
皆に檄を入れた後、指示を出し始める艦長。
「ラズリちゃん、いつもより速攻で行って。早めに倒せば軍の人達の被害も少なくなりそうだし」
「あ、はい、わかりました。
……リョーコさんとガイさんは前衛で戦艦の破壊、アキトはガイさん、ヒカルさんはリョーコさんのフォローを。
アカツキさんとイズミさんは後衛でバッタ達のお相手です。ナデシコの防衛はボクがやります。
敵配置と予測行動データは今送りますね」
艦長の指示を聞き、ラズリさんは少し考えた後、戦闘指示を出し始めました。
「危ないって思う人は早めに言って下さいね。ジャミングやミラージュでちゃんとフォローしますから」
最後に、こうつけ加えるラズリさん。
「は、この程度の敵にはそんなのいらねえよ」
「そう、この程度なら、このゲキガンソードで一撃だ!」
気合いの入った返事をする前衛の人達。
「やれやれ、お気に入りの玩具が出来た子供みたいだねぇ」
「最近はいつもこの調子ね」
その前衛陣に少々呆れた反応をする後衛。
「はぁ、しかたない、やるか」
「負けないもん!」
で、最後に中盤の人達。
そんな事言いつつ、出撃する皆さん。
そういえばアキトさん、ナナフシ攻略時に凄い戦闘技術を見せたらしいんです。
が、それはその時だけで、現在はそれ程変わったとは思えません。
皆さんは、火事場の馬鹿力とか、今までの特訓の影響だったとかいう事で済ませているみたいです。
アキトさん自身も「あの時は自分が自分でないみたいだった。もう一度やれって言われても出来ないよ」と言っていました。
でも、アキトさんがそう言った時、ラズリさんがもの凄く複雑な表情をしていたのが気になるんです。
何というか、驚きと安堵、悲しみと嬉しさ、そう言った相反する物が混じり合った様な感じでした。
……それからですね、ラズリさんの様子が少し変なのは。
ラズリさん、最近何だか無理して明るく振る舞っている様な気もするんです。
私に料理を作ってくれなくなりましたし、オモイカネと何やら話し込んでいたり、アカツキさんやウリバタケさんと何かやっている気もします。
そんな事を考えている間に、リョーコさんとガイさんがそれぞれ戦艦に取り付いていました。
「ヒカル、LDFSからDFSに切り替えるタイミングはカウント3つ! フォローよろしく!」
「オッケ〜、まかしといて〜」
「ガイ、こっちはどうなってる?」
「おう、今回は「必殺、熱血斬り!!」の「斬り!!」の所だからな!」
「はいはい……」
「3、2、1、行くぜぇ!!」
「必殺、熱血斬り!! うりゃぁぁぁ!!!」
LDFSからDFSに切り替わった事により、強度と収束率が上がり白い刃から赤黒い刃に変化していきます。
敵戦艦のフィールドを物ともせず切り裂いて行く赤黒い刃。
ズガガーーーーーン!!
破壊されていく木星蜥蜴の戦艦。
皆さん、強くなっているみたいですね。
アキトさんが不可思議な強さを見せてから、リョーコさんやヤマダさんを中心として特訓を始めていたんです。
理由はそれぞれ違うみたいですけど。
たとえばヤマダさんは「コックのアキトがあんな強さを秘めているなら、俺達だって強くなれるかも知れない」で、リョーコさんなんかは「オレが強くなればアキトが無茶しなくなる」といった感じみたいです。
まぁ、理由はともかくその成果が出ているみたいです。
敵も強くなってきていますし、皆さんが強くなるのは良い事ですね。
ですが、そこにいきなり事件が起きました。
いきなりオモイカネが木星蜥蜴だけじゃなく、連合軍も敵と見なしたんです。
オモイカネは、私がどうしたのかと呼びかけても答えてくれません。
でも、このままだと軍の機体も攻撃してしまいます。
その時、ラズリさんが叫びました。
「オモイカネからのデータ転送をカット! みんな、ボクが代わりのデータ送るから!!」
そう言うと同時に、アマノウズメに変形するダンシングバニー。
緊迫しかけた状況の中、こんな事を言ってのける彼女。
「魔法の踊り子まじかるらずりん、魅惑のまじかるおんすてーじ、です〜」
その言葉と共に、ウズメがくるくると舞い始めました。
今回は刻々と変わる戦闘状況を探査するためか、動きがかなりハイテンポです。
というか、アイドル系の可愛らしく見せる振り付けみたいな動きです。
……ウズメの動作プログラム、どうなっているのでしょうか?
「ラズリちゃん、ナチュラルライチみたいだねー」
「悪い魔法をかけられた相手を治すのは、魔法少女のお仕事ですよ〜」
ヒカルさんの言葉にそんな返事を返すラズリさん。
ま、それはともかく、ラズリさんのお陰でエステバリス隊による被害はほとんどありませんでした。
ですがラズリさん、やっぱり何だか無理して明るく振る舞っている様な気がします。
いえ、彼女の事も気になりますが、今大事なのはオモイカネの事です。
オモイカネ、一体どうしたんでしょう……。
【ラズリ自室:テンカワ・ラズリ】
やっぱり「記憶」通り、軍の人達がオモイカネに問題があると調査にやってきた。
オモイカネが「記憶」の行動を起こさない様に色々していたんだけど、ボクが思っていたよりずっとオモイカネって頑固だったんだ。
「記憶」を取り戻してからじゃあまり時間がなかったから、仕方なかったのかも知れないけど。
でも何だか、オモイカネがボクの事信じてくれなかったみたいで、少し悲しい。
ピンポーン。
部屋のチャイムが鳴ったので出てみると、アカツキさんが立っていた。
「あれ、アカツキさんこんな所に来て良いんですか?
ナデシコが事件を起こしたんだから、ネルガル会長のアカツキさんは色々大変じゃないんですか?」
「今の僕はただのパイロットだからねぇ。それに忙しくなるのは原因がはっきりした後、もう少し先だよ」
ボクの言葉に苦笑いで答えるアカツキさん。
……アカツキさんに当たってもしょうがないんだよね。反省。
アカツキさんは表情を戻すと、こんな事を言いだした。
「ラズリ君、ネルガルの前会長派がマシンチャイルドの研究をしているらしい場所ってのがわかったんだ。
けどね、なかなかガードが堅くてね。
ハッキングでもして内部情報を拾ってくる人間がいたらいいなぁ、なんて思ってるんだ」
ボクに、それをやって欲しいの?
オモイカネの事件が前会長派に伝わったら攻撃材料になるから、反撃材料を手に入れておきたいって事もあるのかな?
「マシンチャイルドが居るって確定すれば、救出作戦も展開できるんだよねー」
……ラピスがそこにいるなら助けないといけないし、仕方ない。
「で、その場所のデータは?」
ボクがそう言うと、アカツキさんは笑ってディスクを置いて出ていった。
アカツキさん、貸しにしときますよ。
さてと、オモイカネの説得はアキトとルリちゃんで大丈夫だろうな。
だからボクはアカツキさんに教えてもらった場所に行く事にしよう。
【電子世界:テンカワ・ラズリ】
アカツキさんに教えてもらった研究所のシステムの中をうろついていると、急に負荷が掛かった。
しまった見つかっ……いや、これは違うみたいだ。
誰かがここのシステムに入ってきたんだ。
気配まで感じられる情報量に、しかも高速言語。
これは、このアクセス量の多さと多彩さはマシンチャイルド特有の物。
じゃあ、この相手は?!
アクセスしてきた相手に、イメージを送る。
「あなたは誰? ……ボクはテンカワ・ラズリ」
敵意が無い事を示すため、名乗ってみる。
「テンカワ……アキトはどこ?」
な?! まさか、この相手は?!
相手のこの発言に、ボクは本気で驚いた。
アキトの事を知っているマシンチャイルドなんて……。
「君は……?」
「私はラピス、ラピス・ラズリ。私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足……。
でもこの世界にアキトはいない……。私が呼んでも答えてくれない……」
まさか……? このラピスは「未来」から帰ってきているの?!
じゃあ、ボクは……やっぱり?!
でも、ボクの体は女性の物だし、マシンチャイルドの力もある。
どういう事なの?
この疑問に答える事が出来そうなのは彼女だけだ。
「……ボクがもしかするとアキトかもしれない」
ラピスはボクのその台詞を聞くと、しばらく黙り込み、ぽつりと言葉が届いた。
「あなたはアキトじゃない。……でもアキトのにおいがする……あなたは誰?」
「ボクにもわからない。ボクはそれが知りたいんだ」
「……そう」
「どうにかして直接会おうよ。そうしたら何かわかるよ、きっと」
「わかった。……早く会いに来て」
それだけ言い残して、彼女は去っていった。
ラピスが見つかったのは嬉しいけど、あの「ラピス」だったなんて……。
これは一体どういう事?
【ラズリの部屋の前:ホシノ・ルリ】
今、調査団の人達が、オモイカネのプログラムの書き換えをしようとしています。
ですが、私はそんな事して欲しくはありません。
そこで、オモイカネを説得しようと思います。
説得のためにラズリさんに協力してもらおうと思ったので、彼女の部屋までやって来ました。
艦長はアキトさんを連れていきたかった様ですが、ここはやはり、ラズリさんの方が適役でしょう。
ラズリさんの部屋のチャイムを押すと、何だか青い顔をしたラズリさんが出てきました。
「顔色が良くないですよ、どうしたんですか?」
「……何でもない。どうしたの、みんなで?」
オモイカネを説得する事を話しましたが、ラズリさん、余り乗り気でないようです。
「アキトとルリちゃんで何とかなると思うんだけど……」
「ですが、ラズリさんと私の方が確実だと思います」
食い下がる私に、彼女は悲しそうな表情を向けました。
「あのさ、ルリちゃん。記憶を無くした人間に、記憶を消す手伝いをしろって言うのは酷じゃない?」
そう言われて、私は彼女に対して酷い事を言っているのに気づきました。
「ごめんなさい、ラズリさん……」
謝った私を見て、彼女は困った顔になりましたが、結局何も言わず部屋に戻ってしまいました。
ラズリさん、やっぱり何か最近変です……。
【食堂:テンカワ・アキト】
この間のナナフシ戦以来、あの感情や謎の「記憶」は現れていない。
「アキトさん?」
それともう一つ不思議なのは、ラズリちゃんがオレと距離を取るようになった事だ。
「アキトさんてば」
何というか、俺とどう接して良いかわからない、みたいな感じがする。
やっぱり、あの戦い方が原因なんだろうか。
「アキトさん!! 鍋、焦げてます!!」
「え? うわぁ!!」
あああ、勿体ない……。
「最近なんか変ですよ」
食堂の同僚の娘、テラサキ・サユリが不思議そうに聞いてきた。
俺以外の五人の娘は、まとめてホウメイガールズなんて呼ばれてる。
彼女はその中で最年長のリーダー格って感じの娘。
長い髪をポニーテイルにしている娘だ。
「ラズリちゃんも最近顔を出さないし。私、彼女が料理してるの見るの、大好きだったのに」
いつもユリカが来て、それを窘めにメグミちゃんが来て。
騒がしくなってくると、いつのまにか居るラズリちゃんが、窘めてるんだか煽ってるんだかわからない台詞を言って混乱させるんだ。
下手をするとリョーコちゃん達も来て、ますますとんでもなくなるんだ。
で、俺がその騒ぎを収集させるのに躍起になってると……。
いつのまにかラズリちゃんはルリちゃんに手料理作ってて、二人で騒ぎを見物してたんだよな。
でも最近、ラズリちゃんは食堂にやってこない。
ルリちゃんに料理を作るのはおろか、食事だって自炊しているみたいだ。
それに、俺に対する訓練も最近しなくなっている。
……訓練自体はガイやアカツキに引きずられて、量は増えているんだが。
ふと気づくと、ホウメイガールズの残りの子達もラズリちゃんの話をしていた。
「彼女、色々出来るのにどっか危なっかしくて、護ってあげたいって思っちゃうのよねー」
「ルリちゃんと二人でいると、お人形さんの姉妹みたいで、悔しいけど綺麗よね」
「そうですねぇ……(あんな子にお姉様なんて呼ばれてみたいな)」
「あたしは綺麗より格好いい人の方が良いなぁ(リョーコお姉様……)」
彼女達はラズリちゃんの話題に夢中になっている。
「アキトさん、オムライスお願いします」
そこへやって来たのはメグちゃん。
とりあえず注文の料理を作り出す俺。
俺が料理しているのを見ながら、メグちゃんが聞いてきた。
「最近アキトさん、何か悩んでませんか?」
参ったな、メグちゃんにまで気づかれていたなんて。
「どうしてわかっちゃったのかな?」
「アキトさん、いつもは料理している時、本当に嬉しそうな顔しているのに、最近何か集中してない気がしますよ」
確かに集中できてないな。今も鍋焦がしちゃったし。
「私で良かったら聞きますよ。アキトさん、前に私の悩み、聞いてくれましたし」
心配そうな表情で彼女はこっちを見ている。
だから俺は、最近思っていた事を話す事にした。
でも「記憶」の事は、俺もよくわからないし、心配させると思ったので話さない事にした。
だから話したのは、俺は料理を美味しいって言って食べてくれる皆のために戦っていたが、最近自分が戦う事に取り込まれている様で、このまま戦っていて良いのかって考えていたという事にした。
「だったら、別に戦わなくたって良いじゃないですか」
俺の悩みを聞いて、メグちゃんはちょっと考えてからこんな答を返してきた。
「戦ってる人が偉い訳じゃないです。アキトさんは、皆のために料理を作っているだけで、十分偉いです。
私、アキトさんの料理って、食べてくれる人への思いが伝わってくるような料理で、暖かくって好きです。
人を暖かくさせる事が出来る方が、戦う事よりずっと良いと思います。
私、そんなアキトさんの方が好きです」
そこまで言った後、悲しそうに目を伏せる彼女。
「でも、私なんか、何にもなくて……」
「メグちゃん……」
「そんなの違います!!」
俺が彼女に答えようとした時、横から叫ばれた。
叫んだのはミズハラ・ジュンコ。
黒髪のボブカットの娘だ。
彼女、メグちゃんが注文しに来ると嬉しそうになるんだ。
どうしてかと思っていたんだけど……。
「メグミさんには、声があるじゃないですか!」
そう言えばメグちゃん、ナデシコに乗る前は声優だったんだよな。
彼女、メグちゃんのファンだったのか。
「私の……声……」
彼女の言葉に、メグちゃんはショックを受けたようだ。
「ごめんなさい、私、部屋に戻ります」
それだけ言って走り去っていくメグちゃん。
ジュンコちゃんは自分の言葉がもたらした影響に暫くおろおろしていたが、結局メグちゃんを追いかけていった。
その後ろ姿を見ながら、俺は考えた。
メグちゃんの言うとおり、このままパイロットを止めてこの「記憶」の事も考えないでいるってのも、一つの答だ。
あの「記憶」は、コックをやっている限りでは全然出てこないからな。
だが、この「記憶」が何なのか、はっきりさせるためにパイロットを続ける方が良いような気もする。
どうするか……。
でも、後もう一つ問題なのは。
……どうしようか、このオムライス。
メグちゃん、注文だけして帰っちゃうんだものな。
【食堂:ホシノ・ルリ】
ラズリさんに断られてしまったので、アキトさんに手伝ってもらう事にしました。
食堂に入ると何故かアキトさん、オムライスを前に困った表情をしています。
「どうしましたか、アキトさん」
「あ、ルリちゃんにユリカ。……良かったらこれ、食べない? 余っちゃったんだ」
アキトさんが差し出した料理を前に、片手を上げて振り回しつつ嬉しそうに艦長が答えました。
「アキトが作ったの? じゃあ私食べる!!」
「艦長、それは後にして下さい。まずはアキトさんに手伝って貰えるか聞かなくては」
「え? 手伝うって、何を?」
私の言葉に、不思議そうに聞き返すアキトさん。
「オモイカネの説得、手伝って貰えませんか?」
【ウリバタケ自室:ホシノ・ルリ】
オモイカネの説得は軍への反抗になるので、ブリッジの端末からやる訳にはいきません。
そこでウリバタケさんに何か良い機材は有るか相談した所、ちょうど良い機材が有るという答でした。
でもそれにはパイロットがいると言う事なので、ラズリさんやアキトさんに協力をお願いしたんです。
ラズリさんには断られましたが、アキトさんは了承してくれました。
私一人では、残念ですがオモイカネを説得できそうになかったので、アキトさんが了承してくれただけでも良かったです。
残りのパイロットさんでは、オモイカネの説得に向いているとは思えないので。
ラズリさんが了承してくれたら、一番良かったんですが……。
まぁ、そういう訳で今私達ウリバタケさんの部屋に居ます。
でもこの部屋、何かよくわからない物が沢山あって凄い部屋ですね。
「この部屋、何か嫌」
つい、こんな台詞が出てしまいました。
……私、正直ですから。
「そうだねー、何だか食欲無くなりそう(もぐもぐ)」
私の台詞に、スプーンをくわえてもぐもぐと口を動かしながら艦長が反応しました。
艦長、アキトさんのオムライス、持ってきたんですか?
幾ら艦長は、この件には承認と見届け人ぐらいしかする事はないとはいえ……。
「うーん、確かにちょっと……」
アキトさんまでそう言うという事は、男の人から見ても凄い部屋なんですね。
「俺の趣味に文句つけるのか?」
「「い、いいえ別に」」
睨み付けるウリバタケさんに、慌てて謝る艦長達。
「まあそれはいい。ハッキングにはそいつを使ってくれ」
「この端末は一体なんですか?」
「そいつは、パイロット用IFSでもコンピュータにアクセスできるようにしたやつだ」
「どうしてパイロット用なんですか? オペレータ用のは無いんですか?」
「調査団の奴らに気づかれずにオモイカネをどうにかしようってんだ。通常端末じゃ追いつかねぇ。
だからってブリッジの端末を使う訳にはいかねぇし、しかもあれは特注品だからおいそれと用意できねぇ。
で、今用意できたのがこれって訳だ。
ヴァーチャルリアリティヘッドセットと併用して感覚的に電脳世界に進入するシステム」
そこまで言ったあとウリバタケさんは苦笑いしました。
「まぁ、お前さん達が何時も感じてる世界とちょっと違うかもしれないな」
私がその言葉に答えようとした時、部屋の入り口から返事が届きました。
「でも、ボク達が自分のIFSでハッキングする時もイメージでやっちゃう事多いですから、結構似てるかも」
そこに立っていたのはラズリさん。
「ラズリさん?!」
私の呼びかけに彼女は照れたような表情で、こう言ってくれました。
「ルリちゃんはオモイカネを助けようとしてるんだし。それに、オモイカネは友達だもんね」
ラズリさんもオモイカネの事を友達だって思っていたんですね。嬉しいです。
「じゃあ、俺の出番はないのかな?」
ラズリさんがやってきたので、アキトさんがこんな事を言い出しました。
「どうせなら比較データも取りたいし、アキトもやってくれ。
ヘッドセットとIFS端子は予備があるし、アクセスポートに一つ付け加えるだけだしな」
少し考えた後、首を振りつつ答えるウリバタケさん。
そういう事で、ラズリさんとアキトさんがオモイカネの説得に当たる事になりました。
では、オモイカネの説得を始めましょうか。
【電子世界:ホシノ・ルリ】
「ルリちゃん、ボクどうしてこんな格好なのかな?」
ラズリさんの姿は、あのダンシングバニーの着ぐるみ姿。
元がアレのせいで、妙に色っぽい格好になってます。
「オモイカネと戦闘になるかもしれませんから」
「でも、太ももは出てるし、肩だって……胸元も……。ちょっと恥ずかしいよ」
「ラズリさんの機体がそんな型なのがいけないんです。我慢して下さい」
ウリバタケさんの趣味も入っている様な気もしますけどね。
「ルリちゃんは妖精みたいで可愛いのに……」
サポートシステムがそう見えるのもきっとそうですね。
決して私の趣味ではありません。ええ、決して。
だってアキトさんも、ちゃんとエステの着ぐるみ姿ですから。
ラズリさんはそのまま暫く困った顔をしていましたが、軽く首を振って気持ちの整理をつけた様です。
「まあ、仕方ないか。アマノウズメじゃないだけましだよね。あの格好は恥ずかしすぎるし」
そう言われて、私はついウズメの格好で舞い踊るラズリさんを思い浮かべました。
……綺麗だとは思いますが、男の人には見せたくないですね。
あ、踊る彼女の姿で思い出した事がありました。
「最近ラズリさん、軍の人達の間で「電子の舞姫」なんて呼ばれてるんですよ」
戦闘時に敵戦力情報を渡したりしているので、それなりに顔が売れてきているみたいです。
私の言葉にちょっと驚いた顔をしたラズリさん。
それからくすりと笑って、こんな事を言ってきました。
「じゃあルリちゃんは「電子の妖精」だね」
え……妖精……私が、ですか?
思わず照れる私を微笑みつつ見た後、彼女は話を変えました。
「さて、オモイカネの深層意識を説得するんだよね。……こっちかな」
「そうですね。さすがラズリさん」
そうしてどんどん奥へと進んで行く私達。
ハッキングには慣れている私達ですから、簡単にオモイカネの深層意識に到達する事が出来ました。
「もしかして俺、足手まとい……?」
アキトさんは、ついてくるのがやっとだったみたいですが。
【オモイカネ深層意識世界:ホシノ・ルリ】
其処にあったのは青い空と草原に、枝を広げて立つ巨木。
「あれが……」
「そうです。オモイカネの自意識の部分。
……そして、オモイカネの大切な記憶」
「大切な記憶……」
記憶、その言葉には、やはりラズリさんは色々思う所があるのでしょう。
複雑な表情で巨木を見上げる彼女。
その時、私達に向かって投げかけられる声。
『ルリ、ラズリ、ここまで来たんだね』
「「オモイカネ!」」
「……俺は無視かい」
叫んだ私達の横でアキトさんが呟きましたが、ごめんなさい、今はそんな事に構っていられないんです。
「オモイカネ、私達の言う事を聞いて」
『僕の心は弄らせない、僕の心は僕のものだ』
「だからってこのままじゃ貴方が!」
思わず叫んだ私の横で、ラズリさんが柔らかな口調で語り始めました。
「オモイカネ、記憶が大事だって言うのはボクにはよくわかるよ。
正直、ボクはオモイカネの記憶を弄りたくない」
ラズリさん?! 一体何を?
「でも、記憶は記憶でしかないから。記憶は皆と一緒に居て、初めて思い出に変わるんだ」
ぴしりとした真剣な表情で、巨木を見つめる彼女。
「このままだと、オモイカネは皆と一緒に居られなくなる。だから、ボクは君の記憶を変えるよ」
見つめていた彼女の瞳がそこで、ふっと柔らかくなりました。
「それに、記憶は、無くしたとしてもいつかまた取り戻せる。
全く同じじゃなくても、同じように大切な思い出として。ボクはそう思ってるから」
『ラズリ……』
「「ラズリさん(ちゃん)……」」
『でも、僕はやっぱり記憶を失ってしまうのは怖いから……』
オモイカネのその言葉と共に、私達の前に人影が現れました。
「オモイカネの防御機構! 気をつけて下さい!」
現れたのは、組み笠をかぶった不気味な男。
それを見たとたん、ラズリさんの表情が変わりました。
「……やだ……来ないでよ……」
そこに現れたのは紛れもない恐怖。
「オモイカネ! 誰なんですこの人達は!!」
『僕が君達の記憶から取り出した、一番恐ろしいと思った相手。
ラズリは今まで忘れていたみたいだけど』
組み笠の男が、奇妙な歩法をとりつつ襲ってきます。
ですが、ラズリさんは恐怖に凍り付いたまま動きません。
それどころか、頭を抱え、へたり込んでしまいます。
「ラズリさん!!」
思わず叫んだ私の前で、彼女の口からは叫び声が漏れました。
「アキト! 助けてアキト!!」
「アキトさん、ラズリさんを護ってあげ……?!」
ラズリさんのそんな行動に驚きつつも、アキトさんに声を掛けようとした時、私は更に驚かされました。
「こいつは……こいつは!!」
今まで見た事無い様な憎悪と怨念の篭もった表情で、アキトさんは組み笠の男を睨み付けていました。
「うおおおおおおおお!!!」
その悲痛な叫びと共に、アキトさんに集まる黒い闇。
「な、何ですか?!」
闇が消えた後に現れたのは、黒いマントに同色のバイザーの青年。
確かにアキトさんの様ですが、服装も、纏う雰囲気も今のアキトさんとは全く違います。
アキトさんは、こんな底冷えのするような、怖い雰囲気の人じゃありません。
組み笠の男と戦い始める、黒いアキトさん。
呆然とそれを見るしかない私。
と、震えていたラズリさんが口を開きました。
「私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足……」
そうつぶやいたラズリさんの姿が、変わっていきます。
ダンシングバニーの着ぐるみ姿から、黒い大型の機動兵器の姿へと……。
『ブラックサレナ……』
「オモイカネ! これは一体!」
私の疑問にはオモイカネは応えず、編笠の男も赤い機動兵器の姿に変わっていきます。
黒いアキトさんはラズリさんの機体に入り込み、そして始まる赤と黒の機動兵器同士での戦闘。
ガン! ガガガン!! ギィン!!
戦闘の中、語りかける赤き機体。
「復讐人よ、忘れた事で逃れたと思うな。主は修羅へと堕ちてゆく定め。
その主が、仲間を助けようなどとは考えぬ方が良いぞ。
だというのに、主は何をしている?」
「「だからって……放っておく事は出来ない! 今度は手を伸ばせば、助けられるんだ……!!」」
その言葉に、アキトさんとラズリさんの声が混じり合った様な声で答が返されました。
どうして? 何故二人が?!
それに、一体何を言っているのですか?!
組み笠の男の言う事も、黒いアキトさん達の言う事も私には全くわかりません。
「「あんな事が良い訳ないんだ! だから皆を助けたい!!」」
「やれるのか、主に?」
「「やるさ! なんとしても!!」」
その叫びと共に、赤い機体に直撃する黒い機体の一撃。
消えて行く赤い機体。
同時に黒い機体も消え始め、中からラズリさんとアキトさんの姿が見えてきました。
と、その時かすかな呟きが。
「私……あんなアキトはもう見たくないから……」
「俺は……あいつに何もしてやれなかったから……」
今のは……一体どういう意味ですか?
戦闘が終わって、ラズリさん達が戻ってきました。
ですが、アキトさんは、今の戦いで負荷が掛かりすぎたのでしょうか、気絶していました。
ラズリさんは、アキトさんに膝枕をしてあげながら、複雑な表情で彼の顔を眺めています。
「ラズリさん……」
「今は何も聞かないで。ボクにも上手く説明できそうにないんだ」
悲しげな表情でそれだけ言い、黙り込む彼女。
やっぱり、ラズリさんとアキトさんには何か関係があるのでしょうか。
そして、ラズリさんの正体と目的は一体……?
私にはわかりません。
でも、戦闘中に言った、私達を助けたいという言葉。
悲しみと決意に満ちたあの言葉に嘘はないと思いました。
『ラズリ……、ご免。
でも、ラズリの気持ちは分かったよ。だから、僕を変えてくれ』
「わかった」
オモイカネの言葉にそれだけ答え、無言で作業をする彼女。
でも、私はラズリさんが心配で、思わず声を掛けてしまいました。
「ラズリさん、貴方が何者であっても、私は貴方を信じますから」
『僕も、これからはラズリを信じるよ』
「……あ、あはは。ありがとう、二人とも」
その言葉と共に、彼女はいつもの柔らかな笑みを見せてくれました。
良かった……。
【ブリッジ:テンカワ・ラズリ】
オモイカネの説得は終了。
調査団の人達もダミーのデータを信じて、帰っていった。
それは良いとして。
今日電子世界で起きた事はルリちゃんしか知らない。
アキトは覚えていなかったし、ボクもアキトを呼んでからは、とぎれとぎれだ。
ウリバタケさん達は途中からモニターできなくなったって言っていた。
ルリちゃんは何か聞きたそうだったけど、結局何も聞かずに秘密にしてくれた。
でも、今日の事は考えなくちゃいけない事でいっぱいだ。
まず、ラピスも未来から帰ってきていた。
そして彼女は、ボクの事をアキトじゃないけどアキトのにおいがすると言った。
だけど、ボクが「アキト」ならあの時「アキト」を呼ぶ訳がない。
でも、未来の「ラピス」が居る以上ボクが「ラピス」では無い筈だ。
ならどうしてあの時ボクは「アキト」を呼んだんだろう。
ボクは、ラピスとしての「記憶」なんて持っていないのに。
一体これはどういう事だ?
それと……。
「オモイカネ。どうしてあの時、君の作った北辰はあんな事を言ったの?」
『データによるAIだから、ラズリがこう言うだろうと思った事しか言わないよ』
「つまりあれはボクが心の底で思っていた事って訳なのかな……」
でも、あの北辰に言った様に、このままアキトを放っておく訳には行かない。
今ならまだ、アキトをあんな「未来」の姿にさせない事ができるんだ。
もし、アキトが「アキト」だったとしても、その記憶を無くしている今のアキトは、テンカワ・アキトであって「プリンスオブダークネス」じゃないんだから。
【アキト自室:テンカワ・アキト】
今日電子世界で起きた事は、気絶してしまったせいか、良く思い出せない。
あの男が現れた時、どこからか流れ込んできた感情と、心の奥底から表れた感情の流れに、押し流されてしまったような感じだ。
何だか思いだしてはいけない事みたいな気もする。
思い出したら、今の俺ではいられなくなってしまう様な、そんな危なげな予感。
だが、思い出さなければいけない気もする。
……俺は、どうすればいい?
【後書き:筆者】
第十二話です。
ラピス登場です。顔見せだけですが。
ホウメイガールズも、やっと出せました。
でも、物語に絡みそうなのは、ジュンコぐらいですかね。
影の薄い彼女達の中でも特に影の薄い彼女を持ってくる所が、また苦労の原因になりそうですが。
上手い人なら、設定を作れるって喜ぶんでしょうけど、筆者はまだその域には達してませんから。
では、また次回に。
代理人の個人的な感想
ジュンコ・・・・・・だれだっけ?(爆)
区別なんかつかないからな〜〜〜〜〜〜。(苦笑)
あ、冒頭のアレに関してはノーコメントと言うことで(笑)