第十三話
【エリナ自室:エリナ・キンジョウ・ウォン】
今この部屋にいるのは私とテンカワ・ラズリの二人だけ。
彼女が私に何か話があるらしい。
「話って何? 私、ちょっと用事があるんだけど」
アキト君をボソンジャンプの実験に参加させる話を付けておかないといけないんだから。
私がこう言うと、彼女は私の顔を見て、こんな事を言ってきた。
「そのイヤリング、綺麗ですね。何の石ですか?」
そう言われても、この石は普通の石じゃないし……。
私、アキト君への牽制に、CCをイヤリングにしていたんだけど。
アキト君には全然気づいて貰えなくて、この娘に先に気づかれちゃうなんて。
止めとけばよかったかしら。
「別に大した物じゃないわよ」
私が誤魔化しの言葉を口にすると、彼女は驚くべき言葉を返してきた。
「やっぱり、CC……ですね」
「貴方、どうしてその事を!!」
「だって普通自分が付けている装飾品、石の種類ぐらい知ってるはずでしょ。
なのに言わないのは、言えないからですよね。で、後は外見からそうじゃないかなって」
「そうじゃないわよ。何で貴方がCCの事を知ってるのかって事よ。企業秘密なのよ」
どうしてこの娘そんな事知ってるのよ。
私が疑念に満ちた視線を送ると、彼女は手の甲を見せてにっこり微笑む。
「ハッキングしたのね」
「さあ? 今の問題はボクが情報を握っているって事ですよ」
確かにそれはそうね。
ここは、彼女がどのくらい情報を握っているのか、それに対する要求が何かを確認しないと。
そうしなきゃ交渉なんて出来ないわ。冷静にならなきゃ。
私が感情を静めたのを見て取ったのか、彼女は真剣な表情になり語りだす。
「生体ボソンジャンプの実験、アキトを連れていく気ですね。
でも、アキトを利用するのは止めて下さい。
アキトなら成功するはずですけど、それはアキトにとっては不幸の始まりでしかないんだから」
彼女はそこで一旦言葉を止め、私の方を見つめた。
数瞬その状態で居た後、彼女は再び口を開く。
「だから、ボクがやります」
その言葉には、驚く程の決意が篭もっている様に感じられた。
「それと、他の人で実験するのも止めて下さい。……無駄ですから」
言い終えた彼女は、私を見つめている。
私は、彼女が今言った事について考えた。
この娘、ボソンジャンプについて何か知っている……?
ならばもっと話をして情報を引き出すべきね。
「ふうん、つまりボソンジャンプの対人試験は貴方に対してだけにしてくれと。……要求はそれだけ?」
「いいえ、まだありますよ」
私が交渉に乗ってきたと思ったのか、彼女の表情が少し緩む。
「欲しい物は……」
そう言いながら私の顎を押さえ、顔を近づける彼女。
え? 嘘? 私に何する気?
私は思わず目を閉じてしまった。
数秒後、離れる気配と共に聞こえた言葉。
「これ、頂きますね」
彼女の手にはCCのイヤリング。
…………。
なるほど、CCが欲しかったのね。
そのイヤリングをつけた彼女は私の顔を見て、いつもと全く違う、妙に色気のある表情で微笑んだ。
「ふふふ、エリナさん真っ赤になっちゃって。これじゃ、ボクの方がお姉様にならないといけないじゃないですか」
「……まさか貴方そんな趣味が?」
やられっぱなしも悔しいから反撃してみる。
「ボク、少女ですから、よくわかりません(はぁと)」
笑みを浮かべたまましゃあしゃあとそんな台詞を言ってのけた。
「あのね……」
思わず呆れる私。
だが彼女は私のその隙に新たな一撃を繰り出してきた。
「ボソンジャンプの有効性はネルガルも理解してますよね。
それに、今ボクの持ってる情報、クリムゾンや明日香インダストリーなんかに持って行っても良いんですよ」
彼女はさらりと脅迫めいた言葉を口にした。
「貴方、一体何者よ」
私は思わずこんな事を聞いていた。
彼女は少し考えた後、こんな言葉を返してきた。
「ラズリはちょっとコンピュータが操れるだけの、ただの記憶喪失の女の子ですよ」
……素直に話してくれる訳無いか。
でもこのまま下がるのも悔しいから。
「記憶喪失の女の子はただの女の子じゃないわよ」
それに、記憶喪失ってのも怪しいのよ。
「あはは、そうですね。……それで、どうするんです?」
私の言葉に彼女は苦笑しつつも、回答を求めてきた。
確かにこの娘の話は利益が大きい。
でもリスクも大きいかも。
何も知らないアキト君を使って、失敗するかもしれない実験にするか。
何かを知っている彼女を使って、成功してもそのまま逃げられるかもしれない実験にするか……か。
「……いいわ。どうせ、被験者は必要だったんだし」
「わかりました」
私の答えに微笑み、立ち去ろうとする彼女。
と、彼女は扉の前で首だけこっちを向いてこんな事を言ってきた。
「シャクヤク、オペレータに研究中のマシンチャイルド使うんですか?」
私は驚きで思わず言葉を詰まらせた。
「……シャクヤクの事や、マシンチャイルドの事まで知ってるの」
現在月で建造中のナデシコ級四番艦シャクヤク、研究中のマシンチャイルド、どちらも極秘事項だ。
特にマシンチャイルド関連は先代の仕事の上、極秘中の極秘だったから私も知らない所があると言うのに。
「使うんですか?」
驚いている私に彼女は重ねて聞いてくる。
「……予定はあるわ」
研究中のマシンチャイルドは年齢の問題もあり、現在検討中だ。
だが、ナデシコで彼女やホシノ・ルリが活躍したため、あの会長は乗せるつもりのようだ。
まあ、目的を達成するには必要だとは思うけど。
そう思った時、ラズリは何でもないかの様に、さらりとこんな事を口にした。
「ま、シャクヤクでもう一度火星に行くつもりなんですもの、当然ですかね」
私はまたも驚かされた。シャクヤクの行動予定まで読まれているとは。
もしかしたら、火星遺跡の事まで知られているのだろうか?
「それで、ネルガルで研究されているマシンチャイルド、もうシャクヤクに乗せる訳にはいきませんか?」
乗せる予定はあるから不可能じゃないけど、どうしてそんな事。
「マシンチャイルドの子に会ってみたいんですよね」
そこで彼女の表情から笑みが消えた。
「自分の過去と未来のために」
やはり彼女はマシンチャイルドと深い関わりがあるの?
それに、会ってみたいってどういう事?
シャクヤクに乗せたからって会える訳じゃ無いのに何故?
「どうなんですか?」
「私の一存では決められないから、確約は出来ないけど」
あの会長ならこの話、飲むだろうな。
こういう何かありそうな話は大好きだから、あいつ。
「良かった。エリナさんから頼んでくれたら安心ですね」
そんな答を残してラズリは部屋から出ていく。
が、閉まり掛けた扉がもう一度開き、彼女の顔が覗いた。
「ああ、忘れてました。今、月には誰が居ます?」
誰の事よ? さっきまでの話からするとマシンチャイルドの事じゃ無さそうだし。
「誰の事?」
「いえ、別に何でもありません。それじゃ」
そして、今度こそ部屋の扉は閉まった。
【通路:テンカワ・ラズリ】
通路に出て、ボクは思わず安堵の溜め息をついた。
はぁ……、何とか上手くいったみたい。
「未来」の記憶やハッキングした情報で勝負に出たんだけど。
偶然CCも手に入ったし、上出来かな。
でも、交渉って疲れるー。
やっぱりボクは人を欺いたりする心理戦は好きじゃないや。
あと今、月にアキトは居ない様だ。
つまりアキトはボソンジャンプ実験に参加していないって事になるはず。
よし、ボクの知っている未来とだいぶ変わってる。これならアキトを護れるかも。
アキトは、ボソンジャンプに関わったからあんな事になったんだから。
関わらせなきゃ、なんとか出来ると思う。
それに、ボソンジャンプは、ボクが何者かわかる手がかりな気もするから。
全く、ボクが何者かわかってたら、こんな怪しまれるような行動じゃなくて、もっとちゃんと協力を頼んだりする事もできるのにな。
【アカツキ自室:アカツキ・ナガレ】
「失礼します」
「ああ、プロス君か。どうだった、前会長派の研究所の監査は」
「マシンチャイルドを一人、保護しました」
ふう、彼女の情報通りだったね。
ラズリ君の情報、流石だね。
やはりマシンチャイルドは、敵に回したくないね、こりゃ。
「とりあえずご苦労さん。そうだ、ゴート君の方にもねぎらいの言葉を掛けてやってくれるかな」
今回は、内部監査とはいえ場所が場所だから、手荒な方法も必要になると思って、腕利きであるこの二人も向かわせたんだ。
「ええ、それはもう。……ゴート君、今回の仕事の報酬に、退艦用の書類を要求してきたんですよ」
「ほう、ゴート君、やめるつもりかい?」
「いえ、自分用ではなくて。誰か、この艦から降ろしたい相手が居るのでしょう。
だいたい想像はつきますが」
……何となく僕にもつくね。でも彼女はきっと降りないんじゃないのかな?
ま、それはそれとして。
「見つかったマシンチャイルドの子、月へ送ってくれないか」
「やはり第二次スキャパレリプロジェクト、そのためにお使いになるので?」
僕の新たな命令に、プロス君は眼鏡で表情を隠しつつ、こんな事を聞いてきた。
「ん、まあね。それに、メインコンピュータの調整は、マシンチャイルドにやってもらった方が早いだろう?
早く完成させておくに越した事はないからね」
ついでの様にこんな言葉をつけ加える僕。
「それと、エリナ君からもそうして欲しいって言われたんだよね」
「エリナさんから、ですか。……彼女、ボソンジャンプの件で、何やら独断で始めているようですが?」
プロス君、さすがはネルガルSSの長、社内の不穏な行動は、しっかり把握しているねぇ。
僕としては、ボソンジャンプ実験は、あの火星遺跡を手にしてからの方が安全にかつ効率よく行えると思うんだ。
だからナデシコ級の三番艦、四番艦を作っているって訳さ。
「とりあえずは静観。ラズリ君が絡みだしてるみたいだから。彼女が何をしたいのかも見てみたいんだよ」
ほんと、ラズリ君面白い子だよ。
エリナ君の上昇志向、使う者としては役に立つんだけど、今回はちょっとやり過ぎだから何とかしようと思ったら。
その矢先にそんな事やりだすんだからね。
全くラズリ君、彼女は美少女で頭も悪くない。
そしてマシンチャイルドとしてのIFS強化体質と、ナノマシンのサポートによる高度な運動能力。
しかも性格も良くて、料理も上手。
難を言えばスタイルかな。将来性はありそうだけど。
ははっ、僕も、少し本気になりそうだね。
「会長……また悪い虫が騒ぎ出してないですか?」
眼鏡を光らせつつ聞いてくるプロス君に、僕は話を逸らすためこんな話題を持ち出した。
「しかしプロス君、居なくなっても誰も気づかないなんて、君、影が薄いんじゃない?
少し皆と交流深めた方が良いんじゃないかな。
ちょうど良い事に、クリスマスパーティの企画があっただろう?」
僕の発言に、会計監査役の顔に戻ってプロス君は答える。
「そんな事言って、クリスマスパーティの予算、多くさせるつもりですね」
と、その表情が少し緩んだ。
「ですが、まあいいでしょう。その代わり私が司会をやらせてもらいますから」
……影薄いって言われて、実は気にしてる?
【ブリッジ:ホシノ・ルリ】
そろそろクリスマスという感じの今日。
ムネタケ提督がナデシコの乗組員の皆に重大な話があるという事で、皆をブリッジに集めました。
それで、提督の話とは何かと言うと。
「ナデシコが軍属に?!」
「前からそういう話はあったのよ。
この間のオモイカネの不手際もあったし、軍はこの際しっかり配下においておこうって考えた様ね」
驚きつつ聞き返す艦長に、提督は不機嫌そうな顔で答えました。
「でも、あれはラズリさんのおかげで……」
「そう、その彼女も理由の一つなのよ」
私のその言葉に提督はそう答え、溜息をつきました。
「彼女が「電子の舞姫」などと言われて、最近人気になってるのは知っているかしら?
だから彼女が軍属になれば、一緒に戦ってくれる上に、情報を流してくれる。
俗な表現をすれば、「お耳の恋人」って奴よね。
だから、兵達の戦意も上がるでしょう」
つまり、それって……。
「はぁ、戦意高揚のアイドルですか。踊り子ってのはそういう物かも知れないですけどねぇ」
私の横に立っていたラズリさんが、呆れた様にそんな感想を言いました。
そういえば、戦争が始まる前は、艦長って役職もそうだった様ですね。
ですが、ラズリさんが呆れた様に言ったその言葉に、提督は真面目な表情で答えました。
「それだけじゃないわ。
ラズリちゃん、あなたの情報収集、探査能力。
戦場で、素早く詳しく正確に、かつ広範囲の情報を手に入れる事が出来る。
ある程度頭のある指揮官なら、間違いなく欲しがる能力よ」
そこで提督は、疲れた様に軽く首を振りました。
「しかもラズリちゃん、あなたのパイロットとしての能力、下手なエースパイロットより上でしょう。
それに気づかれていたら、あなた、西欧の激戦区にでも連れて行かれたかも知れないのよ。
そうさせないようにするの、大変だったんだから」
「あらら、そうだったんですかー。それが本当なら、提督にはお礼を言わないといけないですねー」
驚いたようなラズリさんの言葉に、提督の表情が緩みました。
「うふふ、アタシだって頑張ったのよ。
アタシはラズリちゃんをアイドルなんかにさせたくないんだから。
外見や能力だけで人を判断して、ラズリちゃんがどんな子かも知らない人間に騒がれたくないのよ!」
……もしかして、ライバルを増やしたくないっていうのが本音ですか?
つい私がそう思った時、提督は真面目な表情に戻りました。
「それに、軍も最近負けが込んでいる様で、なりふり構わなくなってきたみたい。
ビックバリアの事や、火星から帰還した時の事まで持ち出してきたのよ」
その言葉を受けて、今まで提督の後ろにいたプロスさんが、皆にこんな事を言い出しました。
「まぁ、ネルガルの方も、そこを持ち出されると弱い訳で。
下手をすると、皆さんにお給料を払うどころか、逆に損害賠償を戴かないといけなくなりそうなんですよ。
どうでしょう皆さん。艦を降りても不愉快な監視がつく事ですし、ここは承知していただけませんか?」
そういえばプロスさん、ここ最近見てませんでしたけど、何処行ってたんでしょう。
でも、出てきたらしっかり勘定事を口にする所が、プロスさんらしいというか……。
「その代わり、ナデシコは独立部隊、基本的にこっちの判断で行動して良いって事にさせたから。
でも、戦場では情報は送れっていうのが、腹立たしいけど。
ま、今までとやる事はあんまり変わらないはずね」
プロスさんと提督の言葉に、皆は納得し始めたようです。
私は、このナデシコが好きですし、降りても行く所ありませんから、仕方ないですね。
それに、ラズリさんが残るんですしね。
「あ、ついでに補充パイロットも回されてきたから」
話が一段落したと感じたのか、提督は一人の女性を紹介しました。
その人はイツキ・カザマという方でした。
長い真っ直ぐな黒髪の、生真面目そうな感じの女性です。
「なら俺、臨時パイロットから、コックに専念してもいいんですか」
補充パイロットと聞いて、そんな事を質問したアキトさん。
アキトさんの質問に提督は少し考え、こんな返事を返しました。
「艦を降りないなら別にどちらでも良いわ。それが希望なら許可するわよ」
「そう、ですか」
考え込んだアキトさんの前に、イツキさんが立ちました。
「貴方、コックなんですか。じゃあ今までご苦労さまでした。
そのうち、貴方の作る料理を食べにいきます」
「あ、ありがとう」
嬉しそうになるアキトさんを見て、艦長やメグミさんがちょっとムッとした様です。
が、イツキさんはそれに気づかず、そのままラズリさんの前に向かいます。
「あなたが、「電子の舞姫」テンカワ・ラズリさんですね。
これから、よろしくお願いします」
そう言って、今度は笑顔でラズリさんと握手をする彼女。
……十五秒経過。
「あの、そろそろ放して欲しいんですけど」
「あ、すいません。つい……」
ラズリさんの困った様な言葉に、慌てて手を離す彼女。
つい……って何でしょう?
少々疑問に思いましたが、そのまま彼女は何事も無かったかの様にリョーコさん達と挨拶をしているので、結局気にしない事にしました。
まぁ、イツキさん、ナデシコでは数少ない常識人の様ですね。
【厨房:テンカワ・アキト】
「「「「「メリ〜クリスマス、今夜はお祭りよ〜」」」」」
ホウメイガールズの皆が楽しそうに歌いながら、仕事をしている。
俺も、クリスマスパーティの料理作りで大忙しだ。
……やっぱり俺、パイロットより、コックをやっている方が良い気がする。
俺が俺で居られる気がするから。
「アキト君」
いきなり後ろから声を掛けられた。
「イネスさん?」
「あなた、何故ここにいるの?」
彼女何か、微妙に眉を顰めた、不機嫌と呆れているのが混じった様な表情だ。
「えっと、どう言う事です?」
俺の答えに、イネスさんは俯きつつ額を指で押さえ、溜息をついた。
「ふぅ。その様子じゃ、何も聞かされてないみたいね」
「エリナと、テンカワ・ラズリ、さっきナデシコから降りたわよ」
え? 何故その二人が一緒に?
「あの二人がこれから何をやろうとしているのか、説明してあげましょうか?」
「え、えっと……」
この人の説明は長いからな……。
躊躇した俺を、彼女は鋭い瞳で見つめた。
「アキト君、貴方は聞くべきよ」
どういう事だ? ラズリちゃんの行動が、何か俺に関係有る事だとでも言うのか?
……なら、俺はそれを知っておかないといけないだろう。
【ボソンジャンプ実験場管制室:エリナ・キンジョウ・ウォン】
「しかしエリナさん、軍があんな事言ってきたのに、よくボクを実験に参加させる気になりましたね」
窓の手すりに肘をかけ、実験用のチューリップを見ながら、ラズリがそう言ってきた。
「あら、あなた、別にこの実験で自分が危険な目に遭うなんて思ってないんでしょ?」
私は彼女の横で、こちらは手すりに寄りかかり、答える。
「でも、ボクがこのまま雲隠れしちゃう、とか考えなかったんですか?」
「今の状況で、あなたがそんな事する訳無いじゃない」
アキト君が、ナデシコに乗っている今の状況ならね。
まぁ、アキト君を大事に思ってるのが全て演技だったりしたら私の負けだけど。
「あはは、そうかもしれませんね」
私の言葉に苦笑するラズリ。
だが、その笑みが消え、彼女はこんな言葉を口にした。
「でもエリナさん、安全かどうかもわからないのに人体実験するなんて、悪人ですね。
何をそんなに焦ってるんです?
ネルガルのトップに立つ事が、そんなに大切ですか?」
なっ?! 私の野望、気づいていたの?
「企業なんて、ちょっとした事でいきなり落ち目になっちゃったりしますよ。
こんな、人体実験したり、戦争で利益を上げようとしている様ならね」
口元に手を当てて、呆れた様に笑う彼女。
彼女の手にあるIFSの輝きが妙に目に付く。
「こんな事までして目的を達したとしても、何が残るのかな?
ボクだったらそんな事より、周りの皆が笑顔で、皆と笑いあう事が出来る方が好きです」
口元に当てられていた手が、顔を覆う。
「これがエリナさんの「エリナさんらしく」なら仕方ないですけど」
……私らしく、か。ナデシコの連中が言いそうな事ね。
そのまま暫く彼女は黙っていたが、顔を手で押さえたまま、私にこんな言葉を投げかけた。
「エリナさん、アキトの事、約束ですからね」
指の隙間から、金色の瞳が左目だけ覗いている。
その瞳は、こちらを射抜く様な鋭さを持っていた。
私は、ぞくりと背筋が冷えるのを感じた。
驚きで私が動けなくなったのに気づいているのか居ないのか、ラズリは手を下ろすと時計を見た。
「そろそろ始めましょうか、パーティ終わっちゃいますから」
私がそう感じたのが嘘だったかの様に、手を下ろした彼女の表情は、いつも通りのほほんとした表情だった。
【ボソンジャンプ実験場:イネス・フレサンジュ】
「あれ、チューリップじゃないか! 一体ここで何してるって言うんだ!!」
ボソンジャンプ実験用のチューリップを見て、アキト君は驚きの表情で叫ぶ。
その声が届いたのか、アキト君の姿を見つけたのか、実験機のラズリから通信が入る。
「どうしてアキトがここに?!
エリナさん、アキトは巻き込まないって約束したじゃないですか!!」
怒りの声を上げるラズリに、エリナが慌てた表情で答えた。
「あたしが連れてきた訳じゃないわよ!」
「連れてきたのは私よ」
「イネスさん! どうしてアキトを!」
私を睨み付ける彼女。
この娘がそんな感情を他人に向けるのは珍しいわね。
「アキト君も、このままずっと無関係じゃ居られないと思ったからよ」
「だからって、何で今なんですか!!」
なおも彼女は私を責める。だが私は彼女の言葉が気になった。
彼女は「何で今なんですか」と言った。
これから何か起こるのだろうか?
そう思った私の横で、アキト君がエリナに詰め寄った。
「一体ネルガルは彼女に何をやらせようって言うんだよ!」
「彼女は今、生体ボソンジャンプの実験に参加する所よ」
「何だよそれ、それじゃモルモットじゃないか!」
アキト君の激昂にラズリは困った表情になり、宥めようとした。
「良いんだよアキト、ボクこういうの、慣れてたみたいだから」
慣れてた……ねぇ。
ラズリがマシンチャイルドである事は間違いないし、そのせいかしら。
いや、エリナから聞いた話だと、それだけじゃないみたいだし。
こんなに説明しにくい娘は初めてよね、気になるわ。
と、いきなり、チューリップが作動を始めた。
一体何? 実験はまだ始めてないのに?
「エリナさん!! ボクの前に、もう実験していましたね?!」
「だって、貴方が条件を付ける前の事だったし、無人機だったもの……」
怒りの表情で叫ぶテンカワ・ラズリに、慌てた表情で答えるエリナ。
「実験を行った事で、敵がこっちのやっている事に気づいたのね」
気づいたならそれを止めさせようとするはず。
つまり敵がここを攻撃してくるという事。
「来るわ!!」
【リョーコ機:スバル・リョーコ】
街に木星蜥蜴が現れ、オレ達は出撃する事になった。
せっかく、クリスマスパーティだったってぇのにな。
……ま、自棄食いしてた所だったから、ちょうど良いか。
アキトの奴、パーティーにも出席しないで、何処行ったんだ?
しかも結局コックに専念した様で、今だって出撃してねぇし。
オレはそんな事を頭の片隅で考えつつ、敵の居場所に向かった。
そこにはヤマダが好きなゲキガンガーのロボットみたいなのが二体居た。
一体の機動兵器がそいつらと戦っている。
「皆来てくれたんだ。助かった〜」
ラズリ?! 何でお前が?
「これ、実験機だから、かなり不安定なんだもの」
それに、その機体は何だよ。
「話は後。こいつら、グラビティブラストが撃てて、しかも……」
ラズリが言いかけたその瞬間、敵ロボが消えた。
「なにぃ?!」
「リョーコ、後ろ!」
ヒカルの言葉に移動した瞬間、オレがいた場所をグラビティ・ブラストが突き抜ける。
何だと、瞬間移動?
「……短距離のボソンジャンプができるんです、ってもうわかったみたいですね」
ラズリ、お前なぁ。
今の、オレ達ならともかく普通の奴なら当たってたぞ。
まあいい、今はこの敵を倒さねぇとな。
「こんな瞬間移動するやつどうすりゃいいんだ?」
「でも、こっちは数が多くて小回りも利くから、勝機はあると思いますけど」
「そうだ! 知恵と勇気があればこんな偽ゲキガンガーなんかに負ける訳がない!」
ラズリの言葉を受けてヤマダが叫ぶ。
まあ、あいつの言い方はともかく頭を使わないといけない状況ってのは確かだな。
「ええっ?! ちょっと待ったぁ!!」
いきなりラズリの機体が突進する。
「一緒にくっついていれば!!」
その先では新入りが敵ロボにワイヤーでしがみつこうとしていた。
「馬鹿ー!!」
だがそれをラズリが引き剥がした。
その直後にジャンプする敵ロボット。
「何するんです!」
「ボソンジャンプに巻き込まれたら普通の人間は死んじゃうんです!」
不満げな新入りを叱りつけるラズリ。
「貴方にアキトの料理を食べてもらうまで、死んでほしくないんだから!」
その言葉に不満げだった新入りの顔が不審そうになる。
「え? どういう事です?」
「貴方、自己紹介の時、アキトの料理食べたいって言ったでしょう!
アキトはね、自分の料理を美味しく食べてくれる人のために戦うって言った。
だから貴方がアキトの料理を食べたいって言った以上、食べてもらいたいんですよ!!」
……やっぱりテンカワの事になるとこいつは。
艦長とは違った方向だけど、こいつもテンカワの事を……。
「とと、それはともかく」
話が脱線している事に気づいたのか、慌てた表情で話を変えるラズリ。
「皆さん、いいですか!
こいつらのジャンプにはパターンというか、癖みたいな物が有るんです。
きっと、ジャンプ可能距離が短いせいだと思うんですけど。
この人数なら、そのパターンに合わせて攻撃できますから!」
「パターンを見切ったら、このゲキガンソードでぶった斬りゃ良いんだな!」
「なるほど、このゲキガンロボのフィールドはちょっとした戦艦ぐらいの強度があるけど、DFSならいけるね」
「じゃあ、あたし達が囮で、ガイ君とリョーコがとどめだねー」
「おとりになるから取りは譲るわ……くくく」
ラズリの言葉に、てきぱきと作戦を決めていくヒカル達。
「でも、ロボの頭は攻撃しないで下さい。
新型ですから、情報が必要なんです。いいですね!」
「「「「「「了解!」」」」」」
【ネルガル研究所ビル跡:テンカワ・アキト】
気がついた時、周囲が破壊されていた。
「アキト君、気がついたのね」
イネスさんが気づいて声を掛けてきた。
エリナさんもその横にいる。
「一体これは? それに、ラズリちゃんは何処ですか?」
「こっちのボソンジャンプ実験に対抗するため、木星蜥蜴が拠点破壊用の大型兵器を送ってきたのよ。
アキト君は研究所が壊された時、当たり所が悪くて気絶したの。
で、彼女はあそこ」
イネスさんが指さした先では、何機ものエステがゲキガンガーみたいなロボットと戦っていた。
ラズリちゃんが乗っていた実験機も、その中に見える。
「アキト君は、これからどうするの?
ナデシコに戻ってあれと戦う? それともこのまま見物してる?」
エリナさんが、いきなりそう聞いてきた。
「……彼女達なら負ける事はないでしょう? 補充パイロットも来たんですし。
それに、俺はコックです。パイロットは臨時でやってただけなんですから」
それで良いのかという気持ちも沸き上がっていたが、それを押し殺して俺は答えた。
俺の返事に、彼女は少々眉を顰め、溜息をついた。
「ふうん、そう。ちょっとがっかりだな。
どうしてあのテンカワ・ラズリ、そんな貴方のためにあんな事までしたのかしら」
「それって、一体どういう事です?」
聞き返した俺の言葉は、イネスさんの叫び声にうち消された。
「あの状態は?! 大変!!」
「ちょっとイネス、どうしたのよ?」
「あの機体、周囲の空間全体を相転移させるつもりね。この街一帯が無くなるのは保証するわ」
「何とかならないの?」
「あれを一瞬で何処か遠くに持っていく事が出来なきゃ無理ね」
「そう……」
イネスさんの言葉にエリナさんは何やら考え込んでいたが、何かを決心した様に顔を上げ、こちらを向いた。
【同:エリナ・キンジョウ・ウォン】
「アキト君、貴方ならあれを何とか出来るはずよ」
「ええっ?!」
動揺する彼にCCを見せる。
「これ、見た事ある?」
「親父達の形見だ。いつのまにか無くなっていたけど」
やっぱりね。彼はこれを持っていた。
「詳しい話は省くけど、これがボソンジャンプのトリガーの筈」
CCについての私の推測を彼に話す。
「あの日、貴方はこれを使って火星から地球へ跳んだんでしょう?」
私はそう確信している。
「貴方なら、これを使ってあれを何処か遠くに跳ばす事が出来るわ」
テンカワ・ラズリとの約束には反するが、緊急事態だから仕方がない。
「これは、貴方にしかできない事よ。火星から地球に跳んだ事のある貴方にしか」
私の言葉に、テンカワ君は数秒目を閉じて考えた後、答えた。
「こいつをありったけ用意して下さい」
【同:テンカワ・アキト】
俺があれをどこかに跳ばす事が出来るのかはわからない。
でも、俺にしかできないって言うのなら、やるしかない。
どうせ、このままだったらみんな爆発に巻き込まれてしまうんだ。
だったら、やってやるさ。
もし出来たら、ラズリちゃんやユリカ、ナデシコの皆が助かるんだ。
なら、悪い賭けじゃない。
【リョーコ機:スバル・リョーコ】
作戦を決めてから五分後、二体の内の一体の破壊に成功。
だが、そのとたんもう一体の様子がおかしくなった。
「何だよこれ?!」
「自爆するつもりだ。あれが爆発したらこの街なんて無くなっちゃうぞ」
「どうするんだよ!」
「……ボクが、何とかします」
オレ達が慌てる中、ラズリが、珍しく着けている菱形の宝石が付いたイヤリングに触れながらそう言った。
お前、一体何をする気だ?
「ああっ!」
オレが聞こうとした時、こいつは何かを見つけたらしく、驚きの表情を浮かべた。
【ビル屋上:テンカワ・アキト】
「アキト、跳んじゃ駄目!!」
いきなり目の前に現れた実験機が、俺が敵ロボへばらまいたCCを受け止めた。
驚く俺にラズリちゃんの声が聞こえた。
「アキトがやりたかった事はボクがやる。だからアキトはこんな事する必要ないんだ」
「ラズリちゃん、何だよそれ! どうして君が!!」
「今度はボク、アキトの盾になりたいんだ。
ボクは昔……アキトの目、アキトの耳、アキトの手足としてだけ生きたのかもしれない。
いやそれどころか、アキトの敵だったのかも知れない。
でも、今のボクは……。
そう、今のボクはアキトの味方になりたくて、アキトを護りたいんだから」
どういう事だ?! 彼女は何を言っている?
「何言ってるんだよ、ラズリちゃん! 全然わかんないよ!」
「わからなくていいよ、わからなくするためのボクの行動なんだから」
そう言い残して、光と共に彼女は消えた。
【ナデシコブリッジ:ホシノ・ルリ】
戦闘が終わり、破壊した木星蜥蜴のゲキガンロボも回収されました。
ですが、ブリッジは重苦しい雰囲気に包まれています。
居るはずの彼女が居ないんですから。
「まるでお通夜みたいね」
やって来たエリナさんが、そんな事を言いました。
「何言ってるんです! ラズリさんが、ラズリさんが居なくなったっていうのに!」
私は思わず叫んでしまいました。
「慌てないの、ほら」
ですがエリナさんは私の言葉を気にせず、通信を繋ぎました。
その、繋がった相手は……。
「あはは、ラズリ、生きてますよー」
ラズリさん?! 無事だったんですね!
何時も通りのぽややんとした通信に対して、慌てて聞き返す艦長。
「ラズリちゃん、今どこにいるの?!」
「月です」
「月ぃ?」
「早く迎えに来て下さいね〜」
いきなり何でそんな所にいるんですか?
でも、無事だったのは嬉しいです。
「ラズリさん、無事だったんですね……」
いつものふんわりのほほんとした雰囲気の彼女に、思わず声を掛けてしまう私。
「ルリちゃん、心配してくれたんだ。嬉しいな」
優しい笑みを浮かべていたラズリさんでしたが、その顔がいたずらっぽい表情に変わりました。
「あはは、メリークリスマス、ルリちゃん。
プレゼントにお餅を用意して待ってるから。
月の兎はお餅をつくものだからね」
「……馬鹿」
ダンシングバニーは一緒じゃないでしょ、ラズリさん。
【後書き:筆者】
第十三話です。
今回、すっごく苦労しました。
何でか、最初話を作った時は西欧編に突入してしまって。
ま、せっかくですから、その展開を……。
ラズリに、なぜかムネタケがついてきて(爆)。
で、街が攻撃されているのを聞いたラズリ、当然助けに行きます。
ですが、町が破壊されている風景、そういうの彼女何のかんの言って慣れて無くて暴走して敵を殲滅。
ちなみに、暴走する前はシュンの計らいで後方支援やってたせいで、ラズリ、サラ及びその両親も助けてました。
一方ムネタケは、グラシスと会談始めるし、そこへいきなりアクアが割り込んで三巨頭会談。
その結果、幾つかの密約が行われ、しかもアリサとナオがシュンの部隊にやってくる事になり……。
ここまで書いて、はたと気づきました。
ラズリ、別に英雄じゃないよな、と。
となるとテツヤ達は巧く絡めないし、しかも小娘であるラズリに絡んだら、かなり悪人に成り下がる。
そういう訳もあって現在の様に、テレビルートになりました。
次回は外伝になると思います。
それでは。
管理人の感想
yunaiさんからの投稿です。
ラズリさん、頑張ってます(笑)
でも、全てが思い通りという訳にはいかないみたいですね〜
西欧編を読んでみたかったですが・・・まあ、確かにテツヤも絡みようが無いですねぇ(苦笑)
次の外伝は何を書かれるのでしょうか?