第十五話
【シャクヤクブリッジ:ラピス・ラズリ】
ナデシコが来て、数日たった。
シャクヤクが居たドックは攻撃で壊されてしまい、ナデシコとシャクヤクは外に停めたまま。
実はシャクヤク、動かせるだけで、装甲とかはぜんぜん出来あがってない。
フィールドが張れても、それでは問題だからとナデシコの人やネルガルの人が総出で頑張っている。
でも、シャクヤクのコンピュータ設定はもう問題無いレベルまで出来上がっている。
だから、私、ちょっと退屈。
何となく私はラズ姉と会った時までの事を思い出していた。
【ネルガル研究所:ラピス・ラズリ】
気がついたら、過去に跳んでいた。
毎日実験の日々。
この研究所の人達は、それなりには私に気を配ってくれるけど、それは私が実験に必要だから。
私が好きだからじゃない。
アキトに会いたい。
アキトは私の事をちゃんと見てくれた。
何故か、アキトに会った時の事は思い出せないけど、アキトの手のぬくもりは覚えている。
でもこの世界にアキトは居ない。
幾らリンクで呼びかけても応えは返ってこない。
待つしかないの?
どうして私だけ同じ時間を繰り返しているの?
何も代わり映えもせず、数ヶ月過ぎた時、入ってきた一つの通信。
テンカワ・ラズリと名乗った女の人からだった。
此処に居ても何もできないし、私は彼女に協力する事にした。
それに、彼女からはアキトの匂いがする。
彼女のおかげで、あの「未来」が夢じゃないって思えたから。
つい先日、私は月へと送られた。
「未来」では無かった事。
これは一体どういう事?
何かが起きるの?
そう思った時、それは起きた。
轟音。
天井が崩れ、一機のエステバリスが墜落していた。
「あいたたた……。何処だろ、ここ」
ハッチが開いて中からパイロットが出てくる。
テンカワ・ラズリ……。
どうして今ここに? しかもこんな方法で……。
彼女は私に気づかず、携帯端末を使って何やら調べている。
「……月のネルガル研究所? 何でこっちに?」
そのまま彼女は周囲を見回し、私を見つけた。
「ラピス……。そうか、君に引かれたのかな?」
彼女は優しい笑みを浮かべて、こっちへ手を伸ばす。
「やっと直接会えたね。ラピス」
「テンカワ・ラズリ……」
手が触れ合った瞬間、感覚が共有される。
……とても懐かしい……この感覚……。
「貴方、アキトだ!」
私は思わず彼女に抱きついた。
体が接触した事でリンクの感覚がより強くなる。
「え? これは……?!」
でも、それにより「アキト」とのリンクと違う所が出てきた。
「「アキト」との感覚と少し違う……何かが無くなって、代わりに何かが入っている感じ……」
姿が違うんだから、違うのは当然かもしれないけど、これは一体?
「ボソンジャンプの影響かな?」
彼女はそう言って、考え始めた。
「ねえ、ラピス。君は、何故過去に戻ってきたのか、覚えてる?」
それは、思い出すのも嫌な事。
「アキトと、あの怖い人が戦ったの。
でもその時はもう、アキトの体はぼろぼろで。
私、アキトを助けたかった。だから助けも呼んだの。
でも……、でも、間に合わなくて。それで……」
凄く悲しくなって来て、上手く喋れない。
目から、ぽろぽろと涙が零れて来る。
そんな私の顔を見ると、彼女はいきなりこちらを抱きしめてきた。
「もういい、もういいから……。思い出さなくてもいいから」
彼女の胸の中は凄く温かくて。
怖い夢を見てアキトの寝床に潜り込んだ時も、温かくて安心できたけど、何だかそれよりもっと柔らかくて温かくて。
「ボクが「アキト」なのかわからなくても、これからは「アキト」と同じ様に、ラピスと一緒にいるから」
ラズリはそう言って微笑んだ。
その微笑みも、とても優しく温かくて。
私を助けてくれた時のアキトと同じだ。アキトと同じで私をちゃんと見てくれてる。
なら、もしあなたがアキトじゃなくても、私はあなたが好き。一緒にいてほしい。
「ありがとう……テンカワ・ラズリ……」
私がそう言うと、彼女の表情が変わった。
「ラピス、そんな他人行儀な呼び方はしないで。ボク達これからは家族みたいな物なんだから」
え? 家族……? なら、あなたと私は姉妹?
姉妹ならそれに相応しい呼び方がある。私は呼び方を考え始めた。
「テンカワ・ラズリ……ラズリお姉ちゃん……ラズ姉! 私、これからはあなたの事、ラズ姉って呼ぶ」
私がそう呼びかけると、ラズ姉は微笑んで、私を優しく抱きしめてくれた。
彼女のぬくもりと、リンクから伝わってくる優しさが心地よい。
【シャクヤクブリッジ:ラピス・ラズリ】
「じゃ、ラピス、ナデシコに行って来るから、後頼むね」
思い出に耽っていた私に、声が掛けられた。
「うん、アキ…ラズ姉、待ってるから」
考えていた事のせいかアキトと呼びそうになって、慌てて言い直す。
そのままラズ姉が出発するのを見送る。
何だか、「未来」でユーチャリスに乗ってた時の事思い出す。
少し、嬉しい。
「ううっ、二人とも、僕の存在忘れてる……」
え? ハーリー、居たの?
【リョーコとヒカルとイズミの部屋:スバル・リョーコ】
オレは、ベットに横になったまま、今回の事を考えていた。
「参ったなぁ」
「うん、まさかこんな風になっちゃうなんてね」
オレの呟きを耳にしたのか、部屋の真ん中でテーブルに肘を突いていたヒカルが相槌を打った。
「そうだよなぁ……」
まさか、木星蜥蜴が人間だったなんてな。
流石のヒカルも予想できなかったんだろう。事実は漫画よりも奇なりって所か?
「まさかイズミが居なくなったら、数日で部屋がこんな風になっちゃうとは!」
「そっちかよ!!」
ヒカルの台詞に思わず突っ込みを入れるオレ。
でも、確かにイズミが木連に連れて行かれて、部屋の惨状は目を覆いたくなる状態だ。
オレは掃除や洗濯ははっきり言って苦手だし、ヒカルは漫画を書く方を優先するし。
そんな訳で、この部屋の掃除や洗濯は、ほとんどイズミがやっていたんだ。
実は家庭的な所もあるイズミは、繕い物なんかもやってくれたりした。
やりながら駄洒落を言って、一人で受けてたりするので、端で見てるとアレだったけど。
「はー、イズミが淹れてくれる紅茶とかコーヒーとかって美味しかったのになー」
部屋の惨状を眺めていたヒカルが、溜息をつきつつこんな事を言い出した。
「リョーコ知ってた?
私、漫画書いてて煮詰まった時、イズミに頼んで紅茶とかコーヒーとか淹れてもらってたんだけど、それが凄く美味しいって事。
なんか淹れ慣れてるって感じでさ。
もしかしたらイズミって、どっかのお嬢さまで、いつもお客さんに振舞ってたとかそういうの無いかな〜?」
「あんな駄洒落ばっか言う女がお嬢さまな訳あるかよ。どうせ、喫茶店でアルバイトでもしてたんだろ」
「そっか〜、そうだよねー」
笑うヒカル。とりあえずオレも笑い返す。
だがそのせいで、笑い終わった時の沈黙がより重くなった。
「な、なあ、ヒカル。お前、今回の事、木星蜥蜴の正体が人間だったって事、どう思ってる?」
それは、このままあいつ等と戦ったら、人を殺すかもしれないという事。
「お前はいいさ、パイロット辞めても漫画があるし。でもオレにはこれしかないんだ」
機動兵器に乗る事、それがオレに出来るただ一つの事。
「木連の方の話もわからなくはないんだよね。
人には絶対譲れないものってあるからねー……。
私も、このネタ帖とか原稿とかを壊そうする人が居たら、許さないし。
そういう相手は怖いと思う」
確かに、この間オレが誤って原稿をコーヒー漬けにした時のお前は怖かった。
ヒカルが真剣な顔でこちらを見た。
「でも私は最後まで付き合うつもりだよ。
漫画書きっていう物語を作る者の一人として、関わった話は、最後まで見届けないといけないもの」
「それで、人を殺す事になってもか?」
「うん、そうだね、その時はそうするかな。そんな事したくないけど」
真剣な表情だったヒカルが、そこで不敵とも言える笑みを浮かべた。
「私には、まだ書いてない話、書き上げてない原稿がたくさんあるから、死ねないもの」
我侭かもしれないが、それも一つの答。
いっつもおちゃらけてるけど、こいつも色々考えて、この答を出したんだろうな。
なら、オレはどんな答を出す?
考え込むオレの顔を見て、ヒカルの表情がいつものに戻った。
「でもリョーコ、悩んでるのはそれだけじゃないでしょ?」
ん? なんのことだ?
「アキト君と、艦長の事は?」
な?! ……そうか、それもあって、オレはこんなに落ち込んでいたんだな。
「それもあったか……。正直、そっちはもっと、どうすりゃ良いかわかんねぇ。
アキトの奴は鈍感だから、まさかあんな風になるなんてな」
オレが聞くと、ヒカルの表情が、すこし優しくなった。
「どちらの事も、どうするか決めるのは、リョーコだからね。私に出来るのは助言だけ」
そう、だよな……。
「でも、今は捕まったイズミとミナトさん助けないといけないし、それが出来たらまた状況が変わってるかもしれないし。
悩むより、目の前の何とか出来そうな状況に向かって動いている方が、リョーコには合ってると思うよ」
まだ、完全じゃないが、少しだけ光が差したような気がした。
まったく、ヒカル、お前とは付き合いは長くないが、良い友人だよ。
オレ一人だったら、気づくのにもっと時間がかかったかも知れねぇからな。
そう思った時、暫く黙ってオレの方を見ていたヒカルが、いきなりこんな事を言ってのけた。
「例えばアキト君の方は、結婚式場に乗り込んで花婿抱えて走り去っちゃうなんてのも、リョーコには合ってるかもね〜」
「な、このやろ……」
照れ隠しも込めてヒカルにヘッドロックを仕掛けるオレ。
「あはははは、痛い、痛いってばリョーコ、ギブアップ〜」
じゃれ合う中、ヒカルに向けて囁いた。
「ありがとな、ヒカル」
「……どういたしまして」
聞こえないかと思ったが、満面の笑みと共に答が返ってきた。
【ゆめみづき食堂:ハルカ・ミナト】
……私、夢でも見てるのかしら。
歓声。歓声。さらに歓声。
「イズミさ〜ん! 面白いっス〜!!」
「隊長〜、最高です〜!!」
なぜかイズミとあの月臣という人が、壇上で漫才をしていて、それが大受けなの。
世の中って広いっていうか、環境が変わると常識が変わるっていうか。
こんな光景を見る事があるなんて、本当、驚きね。
で、二十分後。
漫才も一段落し、テーブルでお茶を飲んでいる私達四人。
「二人共、仲がいいわね」
目の前で仲睦まじいイズミと月臣さんの姿を見せられ、思わずこんな感想が出た。
「二人の関係は、摘みたての紫蘇の葉」
「は?」
「……今日の紫蘇旨い……きょうしそうまい……相思相愛……くくく」
「ははははっ、面白いですイズミさん」
……あうう。
「紫蘇の葉と言えば、イズミさんは料理お好きですか?」
「普通かしら。でも、料理は愛情ですし。……愛情料理が、「あ、異常料理」に成るなんて事ないですわ」
「あははははっ。今の駄洒落も面白いですね。ですが、私はイズミさんの料理ならどちらでも食べきって見せますよ」
「まあ、月臣さんたら。くふふふっ」
「ははははははっ」
…………あうううう、この駄洒落好きラブラブバカップルってばもう。
ルリルリだったら「……勘弁して」とか言いそうね。
ふと横を見ると、白鳥さんが赤い顔をしている。
あらら、彼、駄洒落より、二人のラブラブっぷりに当てられたみたいね。
結構初心なんだ。ちょっと可愛いかな。……からかっちゃおうか。
「あら白鳥さん、顔が赤いわ。どうしたの」
「い、いえ、あの、人前でああいう事をするのはどうかと思いまして」
「ふーん、真面目なんだー。でも……、私とだったらどう?」
「はえっ?! あ、いやその、なんと言っていいやらどうした物やら?」
わたわたと慌てる。面白い。
「地球の女性は皆、あの様な芸がお好きなのですか?」
「そっちじゃないわよっ!!」
【ゆめみづき通路:白鳥九十九】
ミナトさん達を部屋へ送り届けた帰り、予想外な人物と出会った。
「北辰殿……」
横の元一朗が表情を固くした。
「ふん、優人部隊で一番の剛の者であったお主が、あのような女に迷うとはな」
「北辰殿、イズミさんを侮辱する気ですか?」
気色ばむ元一朗を見て、私は慌てて別の話を持ち出した。
「と、所で北辰殿、何故この様な時期にここへ? 新機体の調整だけでは、貴方が自らやって来るには弱い気がしますが」
「我ら木連に協力している地球の企業があるのは知っているか?」
一応そういう存在が有るという事だけは上司から聞いてはいる。
「そこで勢力争いが起き始めていてな、それを潰す必要が出てきたのだ」
と、北辰殿の口調が、嘲りの入った物となった。
「だがしかし、所詮は地球人よな。孫娘の教育も出来ておらぬと見える」
その言葉に、またも元一朗が反応した。
「貴方がそれを言うのですか? その片目の原因、こちらも知らぬ訳ではないのですよ」
「言いおるな。それも、あの女が原因か?」
そこで北辰殿は笑みを、温度の無い、言い方は悪いが爬虫類の様な笑みを浮かべた。
「あの女が死んだ時、貴様がどの様な顔をするか、見てみたくなってきたな」
「何ですと?!」
「ふん、冗談よ。木連軍人である貴様に、害を成す訳はあるまい」
「貴方は人を強さで判断する人だ。
自分の強さに見合う相手を作るためなら、どんな外道な真似もしてのけるという噂もありますが」
二人の間の殺気はまだ収まらない。いや、ますます強くなって行く。
慌てて私はまた別の話題を投入した。
「北辰殿、わざわざ私達の元へやって来たのは、何か話があったからでは?」
「……ふむ、それはだな。お主達が失敗した新型相転移炉式戦艦の破壊を、我が新型機の調整も兼ねて、やってやろうと思ってな。
かまわぬな?」
「は、はい……」
不満はあるが、ここは受け入れるしかないだろう。
「しかし、貴様らが失敗したと聞き、強敵かも知れぬと思っていたが、この分では期待外れになりそうだな」
そう言い残し、北辰殿は去っていった。
ふう、一触即発の事態は何とかなったか。
「元一朗……」
つい俺は元一朗に非難の混じった口調で呼びかけてしまう。
「すまん、つい熱くなってしまった」
ばつの悪い表情で答える元一朗。
だがすぐに彼の表情は引き締まった。
「しかしこうなると、イズミさん達は、早めに解放しなければいけないな」
【ナデシコブリッジ:ホシノ・ルリ】
再会したら、ナデシコ級四番艦シャクヤクの艦長になっていたラズリさん。
シャクヤクの艦長がラズリさんだと聞かされたエリナさんは、慌てて設定を解除しようとしましたが、ドックの設備が破壊されていて出来なかったそうです。
それで、ラズリさんとエリナさんが、会議室で今後のシャクヤクの処遇について話をしています。
私も気になるので、オモイカネに頼んで覗き見させてもらう事にしました。
いけない事だとはわかってますけど。
「ネルガルはナデシコを囮にシャクヤクを火星に行かせるつもりだったんですよね。でも、これじゃしばらくは無理ですね〜」
何だか楽しそうなラズリさんの微笑みに、エリナさんは悔しそうな顔をしました。
「あんたまさかこれを狙って?」
「何の事です? それより、敵の攻撃で破壊されるはずだったのが無事なんですから、喜ぶべきでしょう?」
笑みを浮かべながら答えるラズリさん。
「あ、でも三番艦があるから関係ないんですか?」
「くっ、カキツバタはナデシコと同タイプだから、乗員探しに時間がかかるの知ってて言ってるわね、あなた」
ますます悔しそうな顔をするエリナさんに、ラズリさんはニヤリと猫の様な顔で、言葉を返します。
「だって、エリナさんボクとの約束破っちゃうんですもの。ボクちょっと悲しいな」
「あ、あれは、緊急事態だったから……」
慌てるエリナさんを助けるかの様に鳴る警報。
「敵です」
私も、探知した敵情報を艦長に報告しました。
「数は?」
「確認できるのは七体です」
「迎撃用意!!」
また、戦いですか。
私は、木星蜥蜴が人間だからといって、向こうがこちらを攻撃する以上、戦わなければいけないと思います。
子供の論理かもしれませんが、全く知らない人がどうなるかより、知ってる人の方が私にとってはずっと大事ですから。
【ダンシングバニー:テンカワ・ラズリ】
敵の情報を見て、ボクは驚いた。
一機が先行し、それに付き従う六体。
先行する一体は、血の様に赤い色の機体。
ジンに似ているが、一回り小さく、エステに似た様な所もある。
特に目立つのが両肩の可動式ターレット。
その上、武器は右手に持つ錫杖。
……あんな物を使えるのは、まさか?!
こちらを見つけると、その機体は、両肩の可動式ターレットを利用し、不規則に緩急の付いた、特徴的な機動を取りつつこちらに向かってくる。
あの動き、傀儡舞!!
じゃあ、あれはやはり北辰!
それに気づいた瞬間、ボクの中で「アキト」が弾けた。
【ダンシングバニー:テンカワ・「アキト」】
「ラズリ! お前の機体じゃ直接戦闘は無理だ! 下がれ、どうしたんだよ!」
リョーコ達が止めるのも構わず、北辰に向かって突進する。
「北辰! お前が何で今ここに!」
「ほう、我の名を知っているとはな」
通信に出たのは紛れも無く、俺が復讐の相手とした人物の一人。
「俺は、お前を許さない!!」
DFSを抜き、斬りかかる俺。
俺の叫びに答えるかの様に、北辰の機体は錫杖を構えた。
「ならば、来るがいい!!」
【ナデシコブリッジ:ホシノ・ルリ】
戦闘が始まると同時にいきなり突進して、敵の隊長機らしい機体と斬り結び始めるラズリさんの機体。
ただでさえ木星蜥蜴の正体のせいで皆の動きが悪いのに、これでは!
ラズリさん、どうしたんです?!
「ちょっとルリちゃん、ラズリちゃんの様子が変よ? こっちの言葉、聞こえてないの?」
艦長が、慌て気味の声で聞いてきました。
「何か、敵機と通信が繋がっている様なんですが……」
「通信? それ、こっちでも聞ける?」
『俺は、お前を許さない!!』
『ならば、来るがいい!!』
敵の声を聞いた瞬間、不審な表情になった艦長。
「え……この声、私、何処かで……」
そう呟いた艦長の顔が、見る見る青ざめて行きました。
「なに、これ……。私とアキトの新婚旅行……襲ってきた人……」
何故かはわかりませんが、混乱している様に見えます。
「貴方、私達に何の用があるって言うの!!」
真っ青な顔で叫んだ艦長に、横に控えていたジュンさんが慌てて声をかけました。
「どうしたんだユリカ?! あの敵が、一体何だって言うのさ!」
「え? ……あれ、ジュン君? ここ、ナデシコのブリッジ?」
きょろきょろと周りを見て、首をかしげる艦長。
「今はあの敵の事と、突出したラズリ機をどうにかしないと」
「そ、そうね、わかったわ」
艦長にフォローをいれるジュンさん、頷く艦長。
そうでした、ラズリさんは一体どうしたんでしょうか?
【ダンシングバニー:テンカワ・「アキト」】
「なかなかの動きだが、何処か身に付いていないな」
俺の攻撃を、そんな台詞と共に避ける北辰。
くうっ、ジンの改造型だと思っていたが、そうじゃないぞ、こいつは。
こいつは木連の技術だけじゃない。
「貴様、その機体、どうやって作り上げた!」
「火星にいた技術者を捕虜にしてな、其奴らの技術を利用して作らせた」
ユートピアコロニーの生き残りか!
記憶を失っていた時の行動が、こんな事に影響するとは!
「地球人の技術で、傀儡舞が機動兵器で使える様になった事だけは、感謝してやろう」
そこで北辰は右甲をこちらに見せた。
「推進装置の技術も悪くないが、特に良いのは、この微小機械の接続装置だな」
ナノマシンのIFSだと?!
「何故かわからぬが、これは我の体に良く馴染む。まるで使っていた事が有るかの様にな」
使っていた事がある? どういう事だ?
疑問に気を取られかけたその隙に、北辰の機体がゆらりと動いた。
「滅!」
北辰の一撃が、俺の機体の右足を砕いていた。
「うむ、実にいい。馴染む、馴染むぞッ」
その言葉と共に、奴はあの爬虫類の様な笑みを浮かべた。
「この様な時、この様な気分を貴様等はこう表現するのであろう?
『最高にハイって奴だッ!』とな。うふはははは」
「くっ! 馬鹿にしてェッ!!」
【食堂:テンカワ・アキト】
戦闘が始まった事で、食堂の皆は不安そうな顔で座り込んでいる。
手持ち無沙汰のせいもあり、隅で淡々と芋の皮むきをしていた俺。
時たまサユリちゃんがこちらを見て、何か言いたそうにしているが、俺は気づかないふりをしていた。
「アキトさん、出撃してくれませんか?! 後一機居れば、何とかなるんです!」
いきなり開かれた、ブリッジからの通信。
「だけど、俺、もうパイロットは……」
このままパイロットで居たら、俺が俺じゃ無くなっちゃう気がする。
そんなのは嫌だ。
あいつ等が火星の皆にした事に、復讐してやりたい気持ちはある。
でも、そうしたら、その感情に引きずられて行ったら、ユリカやラズリちゃんがまた悲しむ。
何故だか、それはしてはいけない様に思える。
だから俺は、コックとしてやっていく、それだけでいいんだ。
「アキト、お前さん、それで良いのかい?」
ずっと黙っていたホウメイさんが、口を開いた。
「昔お前さんに「あんたなら、食べた人が皆笑顔になる料理が作れるかもしれない」って言ったけど、今のお前さん見てると、それが間違いだったと思うよ」
俺がショックを受ける中、ホウメイさんは言葉を続けた。
「今のお前さんは逃げてる。そして迷ってる。
そこを何とかしないと、あんたの料理で皆を笑顔にする事なんて出来ないさ」
数秒の沈黙。
「どうすれば良いか、自分でもわかってるんだろ?」
「そうですよ、今のアキトさんは、アキトさんらしくありません!」
ホウメイさんの言葉に続く様に、サユリちゃんが叫んだ。
その一押しを受け、俺は、二人の顔を見つめた。
「俺、行ってきます!!」
俺は心を決めると、叫びつつ走り出した。
【ハンガー:テンカワ・アキト】
「ウリバタケさん! 俺の機体は?!」
俺は、ハンガーに飛び込むや否や、叫んだ。
「アキト?! お前、パイロット止めたんじゃ?」
驚き顔のウリバタケさんに、まくし立てる俺。
「ラズリちゃんがやられそうなんです! 助けなくっちゃ!」
でも、返事は済まなさそうなウリバタケさんの顔と、こんな言葉だった。
「すまん! お前の機体、ばらしちまったから、今すぐは使えないんだ。
けどノーマルの予備機じゃ、あの戦いの中に飛び込んで行くには力不足だろう?
設定し直してるけど、十分はかかるぞ」
「そんな?! それじゃ間に合わない!
ウリバタケさん、何かすぐ使える機体はないんですか?
今すぐ彼女の元へ飛んでいける様な奴は!」
俺の懇願を聞き、ウリバタケさんは考え込んだ。
「あるにはある……だが、お前にあれが使えるか?」
「何でも構いませんよ!」
【第三倉庫:テンカワ・アキト】
「この機体は?!」
「ラズリちゃんから作ってくれって頼まれていた機体だ。
彼女へのクリスマスプレゼント代わりにって、仕上げておいたままになってたんだ」
ウリバタケさんに連れられてきた倉庫で見せられた機体。
それはエステより一回り大きく、重装甲と大きなスラスターが特徴の、黒に塗られた機体。
「ブラックサレナ……」
機体を見た瞬間、名前が頭の中に浮かび、思わず呟いてしまった。
「アキト、お前これの事、聞いてたのか?」
驚きの顔で、ウリバタケさんがこっちを見た。
どうしてだ? 俺はこの機体を知っている。
この機体は、奴等の柔を断つために、速度と防御を優先した剛の機体。
だけど、今はそんな事より、この機体はあの敵を倒す力があるという事、その方が大事だ。
「俺、この機体で出ます!! こいつなら俺、扱えると思います!」
ウリバタケさんは俺の返事を聞き、大きく頷いた。
「ようしわかった!!
こんな事もあろうかと、そっちの壁が外へのハッチになっている!
全速力でラズリちゃんを助けに行ってこい!!」
そのままハッチの操作室であろう小部屋に走っていくウリバタケさん。
俺も、ブラックサレナに乗り込んだ。
「細かい所はだいぶ違うけど、基本は知って……いや、思い出した、のか?」
IFSから伝わる機体の状態から、こいつをどう扱えば良いのかが理解できる。
同時に、心の奥底から、じりじりと何かが這い上がってくるのを感じる。
「くそっ、負けるか! 俺はまだ、彼女に何もしてあげてないじゃないか!」
その焼かれる様な感情を振り払った時、目の前のハッチが開く。
凄まじい加速と共に、俺の乗るブラックサレナは外へと、彼女の元へと飛び出した。
【ダンシングバニー:テンカワ・「アキト」】
「その程度の借り物の修羅では、我には勝てぬ」
こんな、接近戦向きじゃない華奢な機体じゃ、勝てない!
「死ぬがいい」
錫杖が振り上げられ、その一撃を食らう瞬間、心の奥底から何かが湧き上がって来る。
それは、記憶の鎧を砕き、俺の心を覆い尽くしてゆく。
覆い尽くしてゆくもの、それは恐怖と悲しみ、そして悔恨。
そして、「私」の口から漏れた言葉は。
「アキト、ごめんね。私、また……」
【同:テンカワ・ラズリ】
「うおおおおおおおっ!!!」
気合いのこもった叫び声と共に放たれた一撃により、ボクは我に返った。
「あ、アキト……?!」
「何だと?!」
驚きつつそちらを見る。
そこには真っ黒な機動兵器が一機居た。
ボクはその機体が何だか、知っている。
その機体の名は、ブラックサレナ。
「俺は、君に何度も助けてもらった。だから今、その借りを返す!!」
叫んだ後、北辰の方を向くアキト。
「それに、こいつを見てると、何故か、許せなくなるんだ」
アキトのその言葉を受け、ニヤリと笑う北辰。
「ふん、小僧にしてはなかなかの殺気。ならば、かかってくるがいい」
「なら……いくぞ!!」
「応!!」
目の前の戦いを、ボクは呆然としつつ見つめていた。
ボクは、この戦いを見た事がある。
これは、心の奥底に、閉じ込めておいた筈の出来事。
アキトと北辰が戦っている……。
嫌……、このままじゃアキトが……。
ならば「我」を出せ。
いきなり、そんな思考が頭の中に走った。
なに? どういう事?
驚く中、その思考は次々と流れてくる。
あれは「我」が負けた相手。「我」が倒さねば意味が無いのだ。
今の「我」ならば負けぬ。
「我」を出せ。
「我」を出せ。
何でもいいよ! ボクは、あれを止めたいんだから!!
そう思った瞬間、ボクの意識は、「我」へと引きずりこまれた。
【ナデシコブリッジ:ホシノ・ルリ】
いきなりナデシコから発進した、アキトさんが乗った黒い機体に対する驚きが薄れる間も無く、新たな事態が起きました。
ラズリさんの機体が姿を変えていきます。
いつものウズメの状態から、手足の紗や髪の毛に見えるアンテナ類を切り離し、より細身に、軽量化した姿に、背中の翼だけが再び装備された状態。
それは、白い翼を持った黒い天使の様な姿。
翼をはためかせると同時に、彼女の機体は不規則で、緩急のついた高速機動を始めました。
舞うような動きですが、その動きは、いつものとは違い、何か禍々しいような気がします。
彼女の機体は、その駆動のままアキトさんの黒い機体と、敵の赤い機体が戦っている中に割り込みました。
「この動きは?!」
「ほう、流石は踊り子よ、我の傀儡舞、見盗ったか」
ラズリさんの動きに、驚きの声を上げるアキトさん達。
敵の赤い機体が両肩の可動式ターレットで行う、不規則な高速移動を、ラズリさんは、探査プローブとなっている羽根に付いたスラスターを全て稼働させ、しかも翼を羽ばたかせる事で同様の効果を作り出しているのですね。
「片足が無いというのに、良くやる」
「足など飾りだ。四方天などと偉ぶるからわからなくなるのだ」
敵の挑発を避わし、反撃の一撃を与える彼女。
でも、私はその時のラズリさんを見て、驚きました。
今のラズリさんは、全く違う人の様。
いつもの温かさが抜け落ち、戦いへの喜びを感じているかの様な、怖い姿。
一体、どうしたんですか?!
その上、事態はそれだけではなかったんです。
切羽詰った声で跳びこんできたウリバタケさんのコミュニケ。
「やばいぜありゃあ!
ウズメは基本的に高速駆動や直接攻撃には向いてねぇんだ。
電子戦用部品を積むために、装甲だけじゃなくフレーム自体もかなり削ってるからな。
だからあんな機動を続けたら、数分で機体がいかれるぞ。
良くて翼の付け根がへし折れて、悪くすりゃ機体が分解するかも知れねぇ」
そんな?! じゃあ、何とかして止めさせなくちゃ!!
でも、呼びかけてもラズリさんは答えてくれない上、事態はいっそう大変な方向に向かいました。
「「我」は貴様との決着をつけたいのだ!」
彼女が、アキトさんにも攻撃を仕掛けたんです!
「我の邪魔をするならば、主も始末してやる」
「彼女に手を出すな!!」
「そんな事をしている余裕があるのか? 復讐人よ!」
目の前で繰り広げられる三つ巴の戦い。
一体これは、どういう事なんですか!!
【後書き:筆者】
第十五話です。
まず、勘違いされそうなんで言っておこうと思います。
北辰の目とか、時ナデからネタを拾ってますが、クロスって訳じゃないです。
あくまで本編準拠で、その上で使えそうな部分だけですから。
優華部隊とかの登場予定は無いですよ。
彼女達出したら、色々大変そうですからね。
たとえば、京子VSイズミとか、こんな、本筋に絡まないのに手間の掛かる上、端で見てておっそろしい物書きたくないですし。
それに、時ナデルートになると色々洒落にならない気がしますんで。
……姫が魔女に勝てないのは御伽噺からのお約束なんです(自爆)。
え、えっと、それでは今回の話です。
北辰登場です。
これでラズリの謎に絡むキャラは出揃いました。
後は話を盛り上げつつ、どうにかして謎に型をつけるだけです。
それが一番大変な気がしますが。
で、話的には、ラズリ暴走。後、再起動。って感じですねー。
しかも再起動したら、悪ラズリ化。
もうちょっとおとなしめな状態で出てくる予定だったのにこうなって、筆者、慌ててます。
続き、どうなるんでしょうか。
思いつかないので、とりあえずスパロボDやってます。
……人、それを逃避という(何故今更ロム兄さんか)(苦笑)。
とりあえず男主人公は強いと思います。
分の悪い賭けをしない(戦闘台詞参照)からでしょうかね(笑)。
では、また次回に。
(2003.09. 誤字修正および数行追加)
代理人の感想
うおー、伏線爆発!
傍から見てると何がなんだかさっぱりわからないこの状況、明日はどっちだっ!
・・・いやー、見てて本気で混乱しますわ(爆)。