第十七話 Aパート
【ナデシコ厨房:テンカワ・アキト】
俺は、あの戦いの事を考えていた。
ラズリちゃんの中に存在する、俺を付け狙うもう一つの人格。
いや、狙っているのは俺ではなく、俺の中の「俺」だろう。
同じ俺なのに、全く違う「俺」。
あいつが出てくると、俺は記憶が切り替わったかのように、今の生活を忘れ、あの「北辰」という男やその仲間達に対する復讐心だけを生きる目的としてしまう。
……いや、忘れていると言うのは正確じゃないのかもしれない。
よく覚えていないが、あの「俺」の復讐心の根っこには、ナデシコでの生活、その中で育った、ユリカやルリちゃん達への愛情がある。
自身のを奪われた事に対する物ももちろん有ったが、ユリカやルリちゃんたちの幸せを奪った事が、あいつ等に対する復讐心の多くを占めている気がする。
そこまで考えて、ふと思った。
「俺」がユリカに愛情を感じているなら、俺はどうなんだ?
俺は、ユリカの事をどう思って……。
その時、エプロンのすそが引っ張られ、俺の思考は途切れた。
引っ張った相手を見る。
そこに居たのは桃色の髪の少女。
……ラピス・ラズリ。
シャクヤクのオペレーターだった子で、今度ナデシコに乗る事になったって聞いていた。
「え? えっと、なにか用かな?」
聞いても彼女は答えず、俺の顔をじっと見ている。
暫く彼女は何も言わず俺を見つめていて、何だか決まりが悪くなって俺はもう一度声を掛けようとした。
その時、いきなり彼女は俺の手を掴んだ。
「……繋がらない。じゃあ、あなたは「アキト」じゃない?」
僅かに首を傾げ、暫く何かを考えた後、ラピスちゃんはもう一度俺を見つめながらこんな事を聞いてきた。
「あなた、ラズ姉の事、好き?」
「え?」
「嫌いなら、ラズ姉には近づかないで」
驚く俺を見つめつつ、言葉を続ける彼女。
「あなたが居ると、ラズ姉が居なくなる。私、ラズ姉が居なくなるのは嫌。
でも、ラズ姉はあなたの事を気にしている。
だから、あなたの方から離れなくちゃ駄目」
彼女が言った事は、俺も考えていた事の一つ。
でも、言われて気づいた。
駄目なんだ。それじゃ、駄目なんだ。
あの「俺」の存在と、ラズリちゃんのもう一つの人格は、宿敵のようなもの。
俺の中に「俺」が居る限り、離れたとしても、いつかは対決する事になる。
「いや、俺は離れない。ラズリちゃんの事、俺自身の事、すべてに決着をつけなきゃいけないから。
でも、約束するよ。どんな結末だろうと、ラズリちゃんを居なくならせたりはしないって」
「本当?」
「ああ、約束するよ!」
返答と共に、笑いかける。
でも、ラピスちゃんは俺の笑みを見たら、何か驚いた様に後ずさった。
「……「アキト」と同じ笑い方。「アキト」のはもっと控えめで、滅多にしなかったけど、おんなじ気がする。
なら、このアキトも「アキト」なの?」
何か呟いた様だったが、よく聞こえなかった。
「どうしたの?」
俺が聞くと、ラピスちゃんはふるふると首を振った。
「なんでもない」
でもそう答えた後、彼女は俯いてしまう。
何か傍からは、俺が年端も行かない子供を虐めた様に見える気がしたので、慌てて声をかけようとしたら、いきなり彼女は顔を上げた。
「あの、私にラーメン作ってほしいの」
さっきまでと全く違う話題で少々驚いたが、コックとして、料理を頼まれたら作るべきだろう。
しかし、それは出来なかった。何故ならそこに横槍が入ったからだ。
「ふうん、今度はそんな年端も行かない子に手を出してるんだ。節操無いねぇ、君」
厨房の入り口、食堂の方からじゃなくて、気づかれにくい裏口の方から、こんな声が掛けられた。
「なんだよ、アカツキ。その言い方は」
「いやね、この前の戦いで、ラズリ君がおかしくなっただろう? あの原因、僕は君にもあると思うんだ。
だから僕は、その件で少し君に言いたい事があるんだよ」
言い放った後、アカツキは俺の横のラピスちゃんを見た。
「……場所を変えようか」
「そうだな。……ごめん、ラピスちゃん、ラーメンはまた今度ね」
「わかった、待ってる」
だけど彼女は、頷いた後、食堂の方でなく、アカツキの方に向かって行った。
「今のアカツキは、アキトの事、嫌いなの?」
「な?!」
あまりにも直球な質問に、たじろぐアカツキ。
「「アキト」はアカツキの事、親友だって言ってた。俺みたいな奴に手を貸してくれる良い奴だって。
でも、今のアカツキは、違うの?」
「い、いや、ラピス君、それはなんか」
「うん、俺もそんな事言った覚えないし」
否定の言葉を述べる俺達だったか、かまわず彼女は聞き返した。
「違うの?」
「いや、あのね……」
「違うの?」
言葉を詰まらせた後、がっくりと肩を落とし頷くアカツキ。
「確かに、嫌いではないよ。こんな答で良いかい?」
「なら、いい」
そう言い残して、彼女は去って行った。
「「……」」
毒気を抜かれたような感じで、沈黙する俺達。
「アカツキ、お前、実は良い奴?」
沈黙を破り、俺が聞いてみると、表情を隠すかのように髪を掻き上げるアカツキ。
「ふん、君にそう言われるのは心外だ。少なくとも、君と僕とは恋のライバルのはずだからね」
「なんだって?」
「言おうと思っていた事もそれに関係が有るんだよ。さあ、ついて来てくれたまえ」
【第二倉庫:テンカワ・アキト】
「言いたい事って? それに恋のライバルって何だよ?」
人をこんな薄暗くて人気の無い倉庫に連れてきて、一体何なんだよ。
「うーん、そうだねぇ。 とりあえずは……」
アカツキは軽く咳払いをして、口を開いた。
「ちょっと聞いてくれたまえ、関係ないと思うかもだけどさ。
先日、近所で戦闘になったよね。戦闘。
そしたらなんか敵機に人間が乗ってて戦いにくいんだ。
で、よく見たら真っ赤な機体が居て、錫杖なんか持ってんの。
もうね、アホかと、馬鹿かと。
お前らな、生体跳躍出来た如きで、普段来てない地球圏に来てんじゃないよ、ボケが。
生体跳躍だよ、生体跳躍。……いや、方法は知りたいけど。
なんか六人連れの暗殺者とか居るし。一族で戦闘か、おめでたいね。
よーし我等、親方様のために雑魚を始末しちゃうぞー、とか言ってるの、もう見てらんない。
おまえら、CCやるからそこをどけといいたいね。
戦場ってのはもっと殺伐としてるもんなんだよ。
無機質の無人兵器がいつ自爆してもおかしくない、刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃないか。
日陰者の暗殺者は、引っ込んでろ。
で、やっと助けが入ったと思ったら、無視してラズリ君を助けに行くじゃない。
そこでまたぶち切れだよ。
あのね、黒尽くめの王子様なんて今日び流行らないんだよ、ボケが。
得意げな顔して何が、君に借りを返す、だよ。
君は本当に借りを返したいのかと問いたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
君、彼女のためじゃなくて自分のためにそう言いたいだけちゃうんかと」
アカツキの発したいきなりの長台詞に呆然とする俺。
「お前、それは一体何なのさ?」
「ラズリ君に教えてもらった。電脳世界で伝統ある、定型詩だそうだ。
揶揄を込めつつ問い詰める時に使うらしい」
……電脳世界ってのは、妙な物が伝統なんだな。
だけど、今のアカツキの言葉は、気になる事がいくつもあった。
「CCとか、生体跳躍とか、どうしてお前がそんな事?」
「僕は君より彼女と親しい、そういう事さ」
にやりと皮肉げに笑いつつ、アカツキは答えた。
何だと? じゃあ、さっきの台詞も彼女と親しくしていたから教えてもらえたという事なのか?
俺が驚きで怯んだ瞬間、こいつはさらに斬り込んで来た。
「君は彼女に何をしてやれる? 何が出来るんだい?」
「そ、そんな事は……」
「何も無いだろう? だったら、彼女に手を出すのは止めてくれないかな」
「お前には何か有るのかよ」
苦し紛れの俺の反撃も、奴には堪えた様子が無い。
「とりあえず君より財力はあるかな。お金で愛は買えないけど、愛を潤わす事は出来るさ」
「くっ、でも、俺は決めたんだ。彼女を助けるって」
「だから、どうやって、だい?」
確かに、今の俺じゃ、彼女に何をしてやればいいのかはわからない。
でも、俺の中の「俺」と、ラズリちゃんの中のもう一つの人格、それが在る限り、ここで引き下がる訳には行かない。
睨み合う俺とアカツキ。
だがそこに、第三者の声が割り込んできた。
「アンタ達、一番大事な事忘れてなあい?」
【同:アカツキ・ナガレ】
「アンタ達、一番大事な事忘れてなあい?」
倉庫の入り口からそんな言葉が飛び込んで来て、慌ててそちらを向く。
逆光の中浮かび上がる、その特徴的なシルエットの主は。
「て、提督?! 何でこんな所に?」
焦りつつ聞き返すと、含み笑いと共にこんな答が返ってきた。
「ライバルの動向は把握しておくのが基本でしょう?」
だからって、このタイミングで出て来れるものかね。
何か仕掛けがあるんじゃ?
「ラズリちゃんがあんな風になって、ショックで篭っちゃったから、オモイカネに頼んだのよ。
アンタ達が落ち込んでる彼女にちょっかい出さないかとね。
彼女がああなったの知ってるのは、ブリッジの人間とパイロットだけ。
その中で彼女に何かしそうなのはアンタ達だけでしょ。
彼女の事だったせいか、オモイカネも言う事聞いてくれた訳。
でも、流石はあの娘が育て上げたAI、優秀だわ。盗聴機とかそういうの、要らないわね」
盗聴機って……、流石にそれは拙くないかい?
顔に出てしまったのか、提督はふふんといった感じで楽しげに鼻を鳴らす。
「おべっかやごますり、こびへつらいってのは、相手の事をよく調べ上げるほど効果的に出来るの。
このぐらいの事、昔はよくやったわ」
……どうしてその能力を、まともな方向に向けないかな。
というか、それって既に、ごますりとかそういう領域じゃない気がするんだが。
「ちなみに、お姫様は妖精の魔法で元気になっちゃったから、今から粉掛けようったって、無駄よ」
……ラズリ君の方までチェックしてたのかい。
いや、僕はこの提督の事かなり見くびってたみたいだねぇ。
今の気分を例えるなら。
恋愛通の僕から言わせてもらえば、今、通の間での最新流行は電子の舞姫、これだね。
電子の舞姫ことテンカワ・ラズリ君、これが通の選択。
ラズリ君ってのは超一流エステパイロットでしかもマシンチャイルド。その代わり過去の記憶が無い。これ。
で、それに料理上手な優しい美少女。これ最強。
しかし彼女を選ぶと、次からムネタケ提督にマークされる諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあ、君みたいなど素人はホシノ・ルリにでもハァハァしてなさいってこった。
……って感じだね。
「さて、一番大事な事ってのは、彼女の気持ち、よ。
たいていの場合、恋愛じゃ女の方が立場が強いのよねー。特に、その女性が美人だったら。
困った事よねぇ」
軽く溜息をついた後、提督はテンカワ君を見た。
「で、その女性が何故か、この朴念仁を気にしている訳よね」
「朴念仁って……」
憮然とするテンカワ君。でも提督はそれを無視して話し続ける。
「となればこちらに出来るのは、自分がその朴念仁より魅力的であるとアピールするとか、諦めて影で応援するとか、になる訳よ。
少なくとも、その朴念仁を弄って目覚めさせるのは、得策じゃない気がするんだけど」
僕としては、テンカワ君にラズリ君を諦めてもらうのが手っ取り早く、得策だと思ったんだけどね。
「この朴念仁、潜在能力は侮れないでしょ。今日までの戦闘しかり、恋愛関係しかり。
思い込み激しいし、一旦覚醒したら、裏組織相手でも単身戦いを挑むくらい、惚れた相手にはするんじゃないかしら」
……何故か、納得してしまいたくなる。
「そういう訳だから、この朴念仁かまうより、ちゃんと真正面からアタックしなさいな。
だからアンタは「大関」スケコマシなのよ。「横綱」じゃなくて」
あいたた、言われちゃったよ。でも、間違っちゃいないか。
「ふっ、そうだね。昇進のチャンスなわけだ」
「そうね。でも、アタシも諦めた訳じゃないんだから」
「おやおや、強敵だ」
僕の答に頷き、言い返した後、提督はテンカワ君の方へ向き、言葉を掛けた。
「そこの朴念仁も、好意を持たれているからって、それを利用したりして彼女を悲しませたら、このアタシが許さないからね」
「ああ。どうしたらいいかは、まだわかんないけど、絶対にさせない。それは約束する」
テンカワ君の返事にも、提督は満足そうに頷く。
しかし、すぐからかう様な笑みを浮かべ、こう言い返した。
「でも、悲しませない、までだからね。アンタにはあの小娘艦長が居るんでしょう」
「な、なに、いや、そんな事は?!」
テンカワ君が慌てたのを見て、提督は溜息をつき、眼が、じとっとした感じになった。
「やっぱり、何でこんなのがもてるのかって、腹は立つわね」
うん、そっちは納得できる。
「ちょっと、吊るし上げたくなってくるよね」
「そうね」
意気投合してテンカワ君に向かう僕達。あせる彼。
「お前等、何考えてる?!」
【食堂:メグミ・レイナード】
今回の戦いで、私はアキトさんに聞きたい事が、沢山出てきた。
アキトさんがユリカさんをどう思っているのかとか、ラズリちゃんの事はどうなのか、とか。
でも、一番聞きたいのは。
今回の戦いで、アキトさんは敵が人間だってわかってたのに攻撃を仕掛けた。
アキトさんは、料理で人を温かくさせるより、人を傷つける方を選んだという事。
……私、嬉しそうに料理をしているアキトさんが、好きだったのに。
沢山の事、聞いてみたかったからやってきたのに、アキトさんは居なかった。
戻ってくるのを待とうと一人でテーブルに座っていたら、何だか気分がどんどん落ち込んできた。
私は、アキトさんにとって、何なんだろうって。
「メグミさん、どうぞ」
いきなり、マグカップが置かれた。
差し出したのはジュンコちゃん。
「差し入れです。飲んでください」
「……あ、ありがと」
正直、あまり食欲は無かったけど、照れたような笑顔で、まるで懐いてくる子犬の様な顔で見つめられたら、断る訳にも行かず、口にした。
カップの中身は、自販機のインスタントじゃなくて、ちゃんと作った本物のコーンスープ。
それはとても温かくて、優しい味がした。
「美味しい……」
思わず漏れた賞賛の言葉に、テーブルの正面に座って、私の反応を息を詰めて見守っていた彼女は、手を打ち合わせて喜んだ。
「えへへ、私、ホウメイさんに合格点貰ったら、最初はメグミさんに飲んで貰おうって思ってて。
その願い、叶っちゃったし、しかも美味しいなんて言われて。すっごく嬉しいです」
その言葉のせいで、私は気づきたくなかった事に、気づいてしまった。
アキトさんの料理は、食べてくれる人への思いが篭っていて、食べると何だか温かくて幸せな気分になる。
でも、その温かさは食べてくれるお客さんへのもので、私にじゃないって。
アキトさんにとって、私はお客さんの一人であって、特別な人じゃなかったんだって。
涙が、出てきそうになった。
「あの、メグミさん、どうかしたんですか? 何だか様子が……」
私の目が潤んでしまったのが見えたのか、慌てた調子で声を掛けてきたジュンコちゃん。
彼女の、純粋にこちらを精一杯心配している顔に、私の心は弱りかけていたのか縋りたくなってしまい、つい、彼女に語り始めていた。
「私、やっぱり何にも無かったんだなって……」
そのまま、アキトさんの事とか、この戦争の事とか、私は思いの丈を皆彼女にぶちまけていた。
聞き終えた後、彼女は暫く考え、口を開いた。
「メグミさんは、まだ声が出せるじゃないですか。
木星蜥蜴が、人間だったっていうんなら、木星の人達にも、メグミさんの声が届くって事ですよ」
でも、アキトさんにさえ届かなかったのに、そんな事出来る訳なんかない。
私の言葉なんて、アキトさんは受け入れてくれなかったんだから。
ますます落ち込んでしまう私。
それに気づいたのか、黙り込んでしまう彼女。
重い空気が流れる。
暫くの後、ジュンコちゃんは、今度はこんな事を言い出した。
「私、この戦争が終わったら、歌手になろうと思うんです」
いきなり脈絡の無い言葉で、驚く私。
それでもかまわず喋り続ける、彼女。
「昔、異星人との戦争を、歌で止めちゃうってアニメがあったんですよ。
私、それ見てすっごく驚いちゃって。
今の状況、それと似てるなって。
そりゃ、アニメだからっていうのもあるかもしれませんよ。
でも、実際そうできたら嬉しいじゃないですか」
一所懸命喋り続ける彼女を見て、何故かちょっとだけ元気が出た。
だから、お礼をしてあげようかって気分になった。
「ジュンコちゃん、私の部屋に、声優時代の写真とか台本とかあるけど、見に来る?」
「……え? あ、はい、行きます、メグミさん!!」
彼女は一瞬驚いた後、目を輝かせつつ頷いた。
おかっぱっぽい髪が、垂れ耳の子犬の様に見えて、しかも頷くと揺れるのが何だか可愛いって思えてしまった。
だからつい、からかってみたくなる。
「もう、私のファンだったら、その呼ばれ方じゃない方が好きって知ってるはずでしょ」
「え? でも私の方が年下ですし」
頬に指を当てて考える彼女。
「……メグ姉さん、でいいですか?」
むー。まだ今はそれでも良いか。
「後、私の事は、ジュンコって呼び捨てでかまいませんよ。むしろ、その方が嬉しいですし」
照れた様に笑う彼女。
「わかったわ。じゃ、行きましょ」
「あ、待ってください、メグ姉さん」
そう呼びかけられたら、嬉しい様なこそばゆい様な不思議な気分になって。
また頑張れそうな気がした。
……こういう関係も、悪くない、かな。
【通路:ラピス・ラズリ】
「あ、居た居た」
通路を歩いていたら、前からぱたぱたと小走りにやってきた人が居た。
「ラピス・ラズリちゃんだよね。私このナデシコの艦長の、ミスマル・ユリカ」
……ミスマル・ユリカ。
「アキト」が助けようとしていた人。
「アキト」が求めていた人。
「未来」のその人とは違うはずだけど、同じミスマル・ユリカなら聞きたい事があった。
「あなた、アキトとラズ姉、好き?」
私の質問に、彼女はきょとんとした表情になった。
でも、なにかを理解した様に頷いて、こっちを見る。
「そっか、ラズリちゃんはラピスちゃんのお姉さんなんだね」
優しく微笑みつつ、彼女は答えた。
「大好き、だよ」
ちょっと間を開けてから、その優しげな顔のまま、ゆっくりと喋り出すミスマル・ユリカ。
「何だかね、他人とは思えないの。
戦闘の時とか、ちょっと言った事をぱーんと理解してくれて。
そうだね、双子が通じ合うみたいな、そんな感じなのかな」
そこで彼女の表情が、真剣な物になる。
「そのせいか、今回の事も何か理由が有るって思えるの。
だから、私はラズリちゃんが話してくれるまで待つつもりなんだ。
ブリッジの人やパイロットの皆も、納得してくれたの。
彼女には何度も助けてもらってるし、皆、ラズリちゃんの事好きだから」
みんな、ラズ姉の事が、好き……?!
そこでいきなりミスマル・ユリカはしゃがみこみ、私と目線を合わせてから、満面の笑みを浮かべる。
「だからね、ラズリちゃんがラピスちゃんのお姉さんなら、私もお姉さんになれると思うの!」
そう言ったかと思うと、彼女は私を抱きしめた。
おっきな胸で、苦しい。
……でも、あったかい。何だかこの人、ラズ姉と同じ感じがする。
この胸の中、安心できる。
嬉しい……。
「ああ、後、アキトの事だったね」
ユリカは私のもう一つの質問を思い出し、手を離す。
ちょっと、残念。
「私が一番大好きなのは、アキトなんだっ!!」
「……え?」
でも、いきなり彼女が立ち上がり叫んだので、驚く。
「私はアキトが大好き!! アキトは私が大好き!!」
構わずユリカは嬉しそうに叫びつづける。
「もう、何百回言っても足りないくらいなの!!
私とアキトには深い絆が、運命が二人を引き離そうとも、まためぐり合う事の出来る深い絆があるんだから!!」
……なんか、変な人。
「誰と絆があろうと勝手だけど、あなたはここで何をしている訳?」
ユリカの後ろから、声がした。
声を聞いたとたん、焦り顔で振り向くユリカ。
「え、エリナさん……」
「話があるから来なさいって言ったでしょ。全く、あなた見てると何だかいらいらするのよね」
エリナだ。
この人「未来」では「アキト」の事好きだったと思う。
私にも優しくしてくれたから、あまり嫌いじゃなかった。
でも、「今」のエリナは何か違う。……ちょっと、嫌い。
エリナはユリカの首筋を掴み、連れて行く。
驚きつつ見ている私。
「ラピスちゃん!!」
またもいきなりユリカが叫んだ。
エリナに首筋を引っ張られつつ、ぶんぶんと片手を振り回している。
「ラズリちゃんがブリッジで待ってるから、早く行った方が良いよっ!!」
……やっぱり、変な人。
でも、嫌いじゃない。むしろ、好きになったかもしれない。
【ブリッジ:ホシノ・ルリ】
「私、ホシノ・ルリです。よろしく」
シャクヤクに乗っていた二人は、ナデシコに乗る事になりました。
私と同じ境遇の子だそうで、サブオペレータになる様です。
で、今は顔合わせ中。
「……ラピス・ラズリ」
「あ……マ、マキビ・ハリです。ハーリーって呼んでください……」
男の子の方は私の補佐、女の子の方がラズリさんの補佐だそうです。
でも、ハーリー君とやら、何だかさっきから赤い顔で様子が変です。
「おや? ハーリー君顔真っ赤、どしたの?」
私達の対面を嬉しそうに横で見ていたラズリさんが、いきなりこう言ってきました。
「な、何でもありません!」
慌てるハーリー君を見て、ラズリさんは猫の様な表情になり、こんな事を言い出しました。
「ふふ〜ん。ハーリー君、ルリちゃんとつき合いたいなら、このラズリおねーさんを倒してからになさい!」
「「ええっ!!」」
いきなり何を言ってるんでしょうかこの人は。
「勝負は何にする? ハッキングの腕前? 料理? エステの操縦? どれでも良いよ〜」
ラズリさん、それ全部貴方の得意分野です。
でも、考えてみるとラズリさん、色々と凄いですよね。
「う、うわあああああああん!!」
泣きながら走り去って行くハーリー君。呆れる程の速度です。
「あーあ、ちょっとからかいすぎたかな」
ラズリさんは苦笑いをしながらこっちを振り向きました。
「ルリちゃん、ハーリー君本当にいい子だから、仲良くしてあげてね」
「はい、弟が出来たみたいで、嬉しいです」
「……弟、ね。
まあいいや。ハーリー君何処まで行ったんだ〜い?」
私が答えると、ラズリさんは喜んでるのか困っているのか微妙な表情になりました。
そのまま彼女はハーリー君を追いかけていってしまいます。
私、何か変な事言ったのでしょうか?
でもまぁ、それはいいとして。
もう一人の子、ラピス・ラズリはどんな子なのでしょうか……?
【同:ラピス・ラズリ】
「私、ホシノ・ルリです。よろしく」
確かこの人、「未来」で「アキト」と一緒に暮らしていた事があった人。
この人の事を話す時の「アキト」は、何時も懐かしい様な困った様な顔をしていた。
「アキト」を困らせていたから、この人はちょっと好きじゃない。
でもこれからは一緒にこの艦を動かす事になってしまった。
私、少し困惑している。
いつのまにか、ラズ姉とハーリーがいなくなっていた。
そういえば、ハーリーが泣きながら走っていって、ラズ姉が追いかけていったような気がする。
……つまりホシノ・ルリと二人っきり。
沈黙が続く。
私はどうしたらいいのだろう。
と、ホシノ・ルリがこんな事を言ってきた。
「食事に行きましょう」
え? 何を言うの、この人。
「お腹が空いていると、つまらない事ばかり考えるから。何か好きな物は?」
「……ラーメンは好き」
「アキト」が一度だけ作ってくれた。
私が美味しいって言ったら、「アキト」は珍しく笑って、それから私の頭をなでてくれた。だから好き。
「そう。じゃあホウメイさんかアキトさんに作ってもらいましょう」
【食堂:ラピス・ラズリ】
食堂には、アキトはいなかった。
ホウメイさんという人がラーメンを作ってくれた。
この人、「アキト」が料理の師匠の一人って言ってた人だ。
師匠と言うだけあって、凄く美味しい。
思わず食べるのに集中してしまう。
「ふふっ」
と、そんな私を見て、ホシノ・ルリが笑みを浮かべた。
「……何?」
「ラズリさんやミナトさんが私を見ている時の気持ちが、少しわかったような気がしたの。
私より年下の子、今まで周りにいなかったから」
……何を言っているの?
「ほっぺた、ラーメンの汁が跳ねてる。取ってあげるから」
ルリはそう言うとハンカチで私の頬を優しく拭いてくれた。
そのまま私を見つめるホシノ・ルリ。
何だかその表情はラズ姉とよく似ていた。
「どうして?」
「え?」
「今の顔、ラズ姉が私を見る時とよく似ていた。どうして?」
私がそう聞くとルリは暫く考えて、やっぱりラズ姉を思い出させるような表情で口を開いた。
「……きっと、ラズリさんも私も、ラピスの事が好きだからだと思う」
「私のことが……好き?」
「ええ」
優しい笑顔で答えるルリ。
……この人も、私の事を見てくれている。
私、「今」のこの人はもう嫌いじゃない。
「……私、これからルリの事、ルリ姉って呼ぶ」
「ありがとう、私も妹が出来て嬉しい」
【第二倉庫:テンカワ・アキト】
「いくらなんでも、文字通り吊るし上げ、しかも逆さ吊りってのは無いんじゃないかー。
しかもそのまま放っておくなんてさぁー。
おーい、誰かー、助けてくれー」
【中書き:筆者】
第十七話 Aパートです。
ラピスを前にしたら姉っぽくなったユリカにルリ。
書いてて思ったんですが、女性って弟分や妹分が出来た瞬間から「姉」になっちゃうんだよなぁと。
ラズリは姉というより「姉さン」になってますが。
残りは……、男性陣の方は、どうでも良いや(笑)。
吉野屋コピペは、すでにネタにした方が居ましたんでどうしようかと思ったんですが、せっかく思いついたんだから入れてみました。あまり気にしないで欲しいかと。
最近何故かネタが被り気味でちょっと困ってます(苦笑)。
まぁ、材料が同じでも料理人によって違う味に出来るんですから、あまり気にしませんけど。
それでは。
代理人の感想
(比較的)シリアスなシーンに吉野家コピペを使うとは思わなかったなぁ(笑)
まぁギャグには違いないんですが。
それはそれとして、恋敵への攻撃の仕方が「ああ、実にアカツキらしい」と思ったり(笑)。
計算高いと言うか、相手に劣等感を起こさせて自ら引かせようという姑息さというかそんなところが(爆)。