第十九話 Bパート
【???:「北辰」】
我は、夢を見ていた。
夢の中で、我は愛しさにも似た狂おしい思いを胸に奴を追う。
だがしかし、やっと見つけた奴の命の灯火は、今にも潰えようとしている。
奴がこのまま燃え尽き、勝ち逃げするなど耐えられるものではない。
それゆえ我は奴に向かって渾身の刃を振るう。
だがその刃は届かない。
奴の姿が消え、我は闇へと落ちてゆく。
それでも我は刃を振るい続ける。
全身の痛みをこらえながら、宿敵と認めた奴へと、執念を受け取れと振るい続ける。
【ラズリ自室:テンカワ・ラズリ】
いきなり目が覚めた。
何か嫌な夢を見ていた気がする。
「何だったのかな……? 誰かに呼ばれた気もするんだけど?」
気分を変えようと、顔を洗いに洗面所に行く。
蛇口に視線を向け右手を伸ばし開こうとした、その時。
“知りたくはないか?”
いきなり頭の中に響いた声。
驚きと共に顔を上げる。
その瞬間、恐ろしい物を物を見せつけられ、恐怖で動けなくなった。
鏡に映るボクの顔。
でもそれはボクの顔だけども、ボクじゃ無い。
まるで爬虫類の笑みのような冷たい笑みと、温度の無い金色の瞳が、こちらを見つめている。
“こうして話すのは初めてだな。踊り子よ”
「……ほ、く、しん?」
自分の口から言葉が出ているかさえ気づけず、ボクは恐怖で、蛇の前の小動物の様に身を竦ませるだけだった。
そんなボクにお構いなく、「北辰」は語りかけてくる。
“貴様の体の力、真の力がどういう物なのか知りたくはないか?”
「どういう、事?」
恐怖で押しつぶされそうな中、必死で聞き返そうとした。
“お主の周りでは、何時の間にか都合のよい事ばかり起きているとは思わぬか?
そう、まるで三流小説のご都合主義の様に。
お主は、自身が気づき、望むなら、神と等しいとも言える力を持てるのだ。
気づいていない今は、「偶然」の程度でしかないが”
「そんなの、信じられない。でも、もしそうなら、貴方にそんな力を渡す訳には行かない」
驚きと混乱の中、それでもボクは答える。
なのに、「北辰」は嘲笑うかのように右目を細める。
“ふん、我はそんな物必要とせぬ。奴と勝負を着けるのに、そんな物は無粋だからな”
「じゃあ、何で今そんな事言うの?!」
“何故か、だと? お主が混乱し、気を弱めるほど我には都合がよいのだよ”
鏡の中の、冷たい、爬虫類のような笑み。
背を走る恐怖に顔をそらした瞬間、ボクの顔をぬるりと撫でる手。
「……?!!」
それは、ボクの右手だった。
ボクの右手が、ナノマシンの文様を光らせながら勝手に動き、ボクの意のままにならない。
“くくく、もう少しだ、もう少しで我は……”
言葉と共に襲い来る黒き悪意。
襲われ、体を奪われる恐怖。
心の奥底に押し込めていた、忘れていた感情。
右手が顎を掴み、顔を無理やり鏡に向けようとする。
視界が揺れて、意識が弾けた。
「いやああぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫びながら「私」は、まだ意のままになる左手で鏡を叩き割る。
「助けて……アキト、「私」、また……」
左手から流れるぬらりとした血の感触。
それの感触が、傷の痛みが、まだ、これが自分の体であるという事を教えてくれる。
必死でそれに縋り、耐える。
“これでは……。まだ、だな。自分から明け渡すか、心を完全に空白にさせねば……”
「北辰」の呟きと共に悪意が去っていくのを感じ、僅かな安堵と、でもそれ以上に大きな哀しみの中、意識を失った。
【医務室奥のベッド:ラピス・ラズリ】
ラズ姉が部屋で怪我をして、医務室のベッドに運び込まれた。
怪我はそれほど大した事無いそうだけど、ベッドの横に座る私達の目の前には、包帯が巻かれたラズ姉の左手があって、何だか痛そうで心配だ。
血が流れたせいか、いつもより顔色も悪いような気もするから。
「う……ううん……」
「ラズリさん!」
「ラズ姉!」
ベットに寝ているラズ姉がうめき声と一緒に身動きしたので、私とルリ姉は同時に声を上げた。
「あ……。ここは……?」
声が届いたのか、彼女は目を開き、小さく呟いた。
でも、何だかぼうっとした感じで、いつもと何か違う。
「大丈夫ですか? 傷が痛みますか?」
「……傷?」
ルリ姉の言葉に、ラズ姉は包帯の巻かれた左手を見る。
見つめている間に、ぼうっとしていた顔がしっかりとしてきた。
「……オモイカネからいきなり報告が来て、びっくりしました。
ラズリさんは結構のほほんなんですから、ちゃんと注意してください。
洗面所で転んで鏡割って怪我なんて、いまどき漫画やアニメにも出てきません」
ラズ姉の表情の変化をじっと見ていたルリ姉が、何やらすました顔になり、ラズ姉に注意をし始めた。
でも、私知ってる。
ルリ姉、ラズ姉が血だらけで倒れているのを見つけて、真っ青になって心配して、ここに連れてくるのに必死だった。
だから、これはその裏返しだと思う。
大丈夫そうなのを見て、安心してるって事。
「エリナ」が「アキト」にそんな事してたの覚えてる。
だけど、ルリ姉の言葉を聞いてラズ姉の表情が硬くなった。
「ありがと、ルリちゃん。
でも、これは転んだからじゃないんだ」
「?! なにが、あったんですか?」
驚くルリ姉。ラズ姉はそんなルリ姉と私の顔を見、何が起きたのか話し始める。
「頭の中であいつの声がして。見上げた鏡の中の姿はボクじゃなくあいつで……」
語り終えたラズ姉は、最後に悔しそうに唇を噛んで。
「あの時、ボクの意識があったのに、この右手はボクの物じゃなかった。
「北辰」に、持って行かれたんだ」
悲しそうで、怖がっているような感じでラズ姉は右手を見ていて。
私はラズ姉にそんな顔して欲しくない。
だから私、ベッドの毛布を持ち上げ、一気にラズ姉の上に乗り、右手を掴んだ。
「ちょっ、ラピス?!」
いきなりの行動に、驚いているラズ姉。
構わず、私は腕ごとラズ姉の右手を抱きしめた。
「ラズ姉が体を上手く動かせなくなったら、私が頑張る。「未来」で「アキト」にした様に」
ラズ姉を見つめて、言葉を続ける。
「だから、この手はずっとラズ姉の手」
抱きしめたまま、ラズ姉の胸にもたれこむ。
「あったかくて安心する胸の中も」
胸の中で、ラズ姉を見上げる。
「ずっと、大丈夫」
私は、いつもラズ姉が掛けてくれる様な笑顔を返してあげようと頑張る。
言葉も表情も、リンクさえ使って。
精一杯、思いを伝えたいから。
【同:ホシノ・ルリ】
「……ありがとう、ラピス」
「うん」
ラピスの行動に驚いていたラズリさんでしたが、だんだんと表情が柔らかくなって行き、優しくラピスの頭を撫で始めました。
猫の様に頬を摺り寄せるラピス。ラズリさんの胸にしなだれかかるラピスの安堵の表情が珍しくて。
その姿は嬉しく思えても、私だって負けていません。
ええもちろん、こんな事は勝ち負けではないですけど。
「私も居ます。私だってラズリさんの為に、精一杯の事をしますから」
「ありがとう、ルリちゃん。嬉しい」
彼女の微笑みに、何故か心臓の鼓動が一つ高鳴った。
どうしてでしょうか。病室のベッドの上で横たわる彼女の微笑みが、何故か胸を打って。
……でも、それだけじゃなくて。
頭を撫でられ、嬉しそうに頬を摺り寄せるラピスが凄く幸せそうで。
私も、そこに行って、良いですか?
言いたくても、言えなくて。
ラピスと彼女に向ける視線に気づかれたのか、ラズリさんは左手の人差し指を頬に当て少し考えた後、くすりと微笑んだ。
「いらっしゃい」
腕に抱きついたラピスを起こさない様、ゆっくり体を起こし、微笑みながらぽんぽんと自分の隣の場所を軽く叩いた後、左手をこちらに伸ばす。
怪我の後で血の気が薄く白い頬に、黒髪が一房掛かっている。
いつもの微笑みなのに、そのせいか妖艶な雰囲気を感じてしまい。
ドキリと心臓が鳴り、頬に血が上ってくるのを感じる。
でも私だって、いつまでも翻弄されてばかりではありません。
こういうので慌てると、余計喜ばせる事になるから。
「不束者ですが、宜しくお願いします。
やさしく、してくださいね」
私の言葉に、ラズリさんの頬が赤くなる。
「……馬鹿」
一言だけ呟いた彼女に、微笑む。
「ふふっ、いつもと逆ですね。でも、言われるのも悪くないです」
そのままベッドに乗り、ラズリさんの隣に横たわる。
「はい、ルリちゃんはこっち」
つい、差し出された左腕を抱きしめてしまう。
「痛く……ないですか?」
抱きしめてから、怪我の事を思い出す。
「平気だよ。ボクが痛みに対してとかの感覚が鈍いの、知ってるでしょ。
でもね、もっと大事なのはね。
ルリちゃんの為なら、痛みなんて気にならないって事」
「馬鹿……」
やっぱり、言わされちゃいました。
だけど、嫌じゃなくて。
でも、赤くなった顔を見られるのはちょっと恥ずかしくて、そのまま彼女の胸に頬を寄せる。
彼女の心臓の鼓動が聞こえる。
本当、暖かくて安心できる。
不思議な感覚です……。
【医務室:イネス・フレサンジュ】
「イネスさん、ラズリちゃんが怪我したって本当ですか?!」
ミスマル・ユリカが、息せききって飛び込んできた。
医務室奥のベッド、カーテンで仕切られている場所を指差してやる。
「あそこのベッドに居るわよ。
とりあえず、今回の怪我その物は、洗面所で鏡を割ったため左手切って貧血で倒れただけね」
私の説明に、彼女は大袈裟とも言えるくらい安堵の溜息をつく。
「よかったー! じゃあ、お見舞いしても平気ですね?」
「ええ。ホシノ・ルリとラピス・ラズリもちょうど見舞いに来てるわよ」
「そうですか。本当、あの子達は仲が良くて、お姉さんとしては嬉しいです」
……お姉さん、ねぇ。
貴方が彼女達を可愛がったり、テンカワ・ラズリを信用しているのは知ってるけど。
私がそう思っている間に、彼女はベッドに向かって行く。
しかし、カーテンの向こうに飛び込もうとしたミスマル・ユリカは、そこで動きを止めた。
「あら、どうしたの?」
彼女は柔らかく微笑みながら、カーテンを音を立てない様ゆっくりと閉め、人差し指を唇に当てる、静かに、のゼスチャーをしながら手招きをした。
「なんなのよ?」
そばに寄った私は、カーテンの隙間から中を覗く。
中を見て、彼女の行動の理由がわかった。
「あらあら」
ベッドの上では、テンカワ・ラズリを真中、ホシノ・ルリとラピス・ラズリが左右にと、川の字に眠っていた。
まるで子猫が三匹寄り添い、丸くなって寝ているのを髣髴させる、ほほえましい光景だった。
「なんか、こういうのいいですよね。こういうの、平和って言うんでしょうね」
私の横で、ミスマル・ユリカが呟いた。
「私達、こういうのを護る為に、頑張ってるんですよね」
柔らかく微笑み、ベッドに眠る三人を見つめている。
今の彼女が纏う雰囲気を表現するなら、こんな言葉がふさわしいだろう。
優しさと強さ、その二つを併せ持つ、母性。まるで慈母のような雰囲気。
「貴方、まるで母親みたいな顔してるわよ」
でも、面と向かってはこう言ってしまうのは、私の性格ゆえだろうか。
私の言葉に、頬を膨らせ拗ねだす彼女。
「むー、せめてお姉さんって言って下さい。私まだそんな年じゃありません。
まだお嫁さんにだってなってないんですから」
おやおや、母親みたいだったり子供みたいだったり。
拗ねていたのがだんだんとにやけて来る。
「早くなりたいですねー。当然旦那さんはアキトで〜……」
乙女みたいだったり。
よくころころと変わるわね。
そういう所が、彼女の魅力なんだろうけど。
「……なんですか?」
何時の間にか、彼女は正気に戻っていた様だ。
不思議そうに首を傾げ、聞いてくる。
「何でも無いわ。それで、どうするの? 彼女達が起きるまで待ってる?」
「この様子なら安心そうですし、ラズリちゃんはルリちゃんたちに任せて、私は戻ります」
ちょっと考えた後、にぱっ、と笑って答える彼女。
でも私には、その笑みの理由が推測できた。
「どうせアキト君の所に行くんでしょ」
私の言葉で、にぱっ、が、にへらっ、となる。
「えへへぇ、アキトの事考えたら、会いたくなっちゃいました」
はいはい、ごちそうさま。
アキト君も、幸せ者よね。
【厨房:テンカワ・アキト】
「くしょっ」
何でか、いきなりくしゃみが出た。
「アキトさん、風邪ですか?」
「誰か噂してるとか、陰口叩かれてるのかもです」
「悪口の場合は、くしゃみが二回じゃなかったっけ?」
「三回以上はただの風邪とも言いますねぇー」
俺のくしゃみにサユリちゃんが少々心配そうに聞き、残りのホウメイガールズ達がネタにして騒ぎ出す。
「はいはい、口を動かさずに手を動かす!」
そんな彼女達にホウメイさんが喝を入れる。
「今日はジュンコが休みを取ってるからね。忙しくなるよ」
「「「「はーい」」」」
「……あ、それで思い出したです」
ホウメイガールズの一人、ウエムラ・エリがこっそり話かけてきた。
「ねぇねぇアキトさん? 貴方、ジュンコになにかしたですか?
最近あの子、貴方に冷たい気がするです」
「え? 別に、何かした覚えは無いけど」
疑問に思いつつも仕事を始めた時、コミュニケの機能の一つ、伝言メールが入ったのに気づいた。
差出人は、ちょうど話題にした彼女、ジュンコちゃんだった。
偶然に驚きつつ内容を見て、俺はまた驚いた。
【展望台:ミズハラ・ジュンコ】
「ジュンコちゃん、一体何の用?」
「テンカワさん、メグね……メグミさんの事、どう思ってます?」
私は、ここにアキトさんを呼び出す原因となった情景を思い浮かべる。
それは、先日、食堂で私がメグミさんに自作のクッキーを食べてもらっていた時の事。
『どうした、ユリカ?』
『え、なんでもないよー。でも、アキトが私の事気にしてくれて嬉しい!』
『ばか。お前のためのラーメン作っているんだから、お前の事気にするのは当然だろ。おとなしく座って待ってろ』
『うん!!』
やって来たユリカさんと、アキトさんの会話。
幸せそうにアキトさんへ料理を頼んだユリカさん。
彼女が何か気になったようにラズリさんを見ているのに気づき、アキトさんが声を掛けたという光景。
でも、この時発せられた台詞を聞いて、メグミさんの表情は確かに硬くなり、ショックを受けたんです。
きっと理由は、アキトさんが、ユリカさんには、お客さんへの料理じゃなくて、ユリカさんへの料理を作っていたという事。
しかも作っている時に、ユリカさんをに気にしていたという事。
それらは、アキトさんにとって、ユリカさんが特別だったって事。
「メグちゃんは、君と同じく一緒に艦に乗ってる仲間だと思ってるけど。
どうして、そんな事を聞くんだい?」
不思議そうなアキトさんの返事に、かっと頭に血が上った。
「な?! もしかしてアキトさん、メグミさんの事、全然気づいてなかったんですか!」
怒りの感情のまま、私はアキトさんに罵詈雑言をぶつけ始めてしまう。
「鈍感です! 鈍過ぎです! 朴念仁です! 酷い! 最低!! 信じられない!!」
こんな風に頭に血が上っていた私には、部屋の扉が開き、誰かが入ってきたのに気づけなかった。
「止めて、ジュンコ」
聞こえた言葉に、上っていた血の気が一気に引く。
言葉の主は、メグミさんだった。
「メグお姉さま? どうしてここに?」
「ホウメイガールズのエリちゃんが教えてくれたの。ジュンコが何か思いつめてる様だって。
だから、貴方を探してここに。
けど、ジュンコがこんな事するなんて」
彼女は、私に悲しげな瞳を向けながら語り始める。
「ジュンコ、貴方の気持ちは嬉しい。
でも、アキトさんは悪くないの。
私が勝手に好きになって、勝手にショックを受けて、勝手に諦めただけだから。
だから、アキトさんを責めないで」
そう言われても、私は納得できない。
だって、そんな悲しそうな顔してるじゃないですか。
「それでも! それでもアキトさんは、メグお姉さまのそんな思いに全然気づいてなくて!
あんな無遠慮に艦長と親しげにしたりして!!」
「だけどね、それはジュンコが気にする事じゃないの。私がちゃんとけじめをつけるべきだったのよ」
メグミさんは、アキトさんの方を向き、彼をじっと見つめる。
何かを吹っ切ろうとするかのような暫くの沈黙の後、彼女は、一言、こう聞いた。
「アキトさんの好きな人、愛している人は、誰ですか? 答えてください」
【同:テンカワ・アキト】
「アキトさんの好きな人、愛している人は、誰ですか? 答えてください」
真剣な顔での、メグちゃんの質問。
ここまでの展開で、わかった事は。
俺は今まで気づいていなかったが、メグちゃんは俺に好意を、恋愛感情を持っていてくれたんだろう。
だが俺は、それに応えられない。
「……やっぱり、ユリカだと思う」
暫くの思考の後、俺は答えた。
「あいつはいつも子供っぽくて、でも時々ドキリとするような優しさを見せてくれたりして。
何時の間にか、あいつの存在が俺の中で大きくなってきていて。
メグちゃんの事は嫌いじゃないよ。
でも何か違うんだ。
俺の中の何かが、ユリカを求めているんだ」
いや、これはただの言い訳だ。この気持ちはあの「俺」のせいじゃない。
「俺自身が、ユリカを求めている気がする。
あいつなら、俺がどうなっても、ずっと一緒にいてくれる気がする」
言葉に出した事で、思いが、よりはっきりした物になった気がした。
決意と言っても良い俺の言葉に、メグちゃんは俯き、黙り込む。
原因は俺とはいえ、やはりいたたまれず、何か言葉を掛けたくなった。
「君と始めてまともな会話をしたのは、ここだったよね」
俺の言葉に、彼女は顔を上げた。
「あの時君は落ち込んでて。
俺が自分の目標を言ったら、何故か元気を出してくれて。
だから、都合の良い台詞かもしれないけど、君の気持ちに整理がついたら、俺の料理を食べに来てくれないか。
その時、俺は君のために精一杯腕を振るって、君が笑顔になれるような料理を作ってみせるから」
メグちゃんの表情が、俺の言葉で変わった。
目を見開いた、驚き顔。
でもそれは、ほんの数瞬だけで。
言葉が進むにつれ、彼女の表情は崩れ、泣き笑いのような顔になる。
「アキトさん、優しいですね……」
目元を拭った後、こちらを見つめる。
「でも、その優しさは、残酷な優しさです。
艦長と、幸せになってくださいよ。私が諦めたくらい、お似合いなんですから」
精一杯の笑顔と、言葉を残し、歩き去って行った。
振り向かなかった。しっかりと歩いていた。
俺は、彼女が部屋を出て行くまでそれを見届けた。
それが、俺の義務だと思ったから。
彼女が部屋を出ると、展開を一歩引いて見届けていたジュンコちゃんが、俺の前に立ち塞がった。
「メグ姉さまがああ言ったから、私もここまでにします。でも、幸せにならなかったら、私絶対許しませんから」
同じように言葉を残し、走り去って行った。
きっと、メグちゃんを追ったのだろう。
残されたのは、俺一人。
俺は独り、今回の事と、これによって確かめた思いを、心に刻んだ。
……でも、この事件にはちょっとした後日談があったりする。
【食堂:テンカワ・アキト】
「あ、こんにちわ、アキトさん」
数日後、何事も無かったかのように食堂にやってきたメグちゃん。
「メ、メグちゃん……」
俺は流石にばつが悪いような感じがして、言葉を詰まらせる。
「メグお姉さま!」
そこへジュンコちゃんが跳び込んできたので、これ幸いと厨房の奥にある食器洗い場の方に下がる俺。
「……ジュンコ、今日のお薦め料理は?」
「クリームシチューの下拵えは、私がしました!」
「じゃ、それお願いね」
「はいっ!!」
聞こえてくる声が、妙に二人、仲が良い気がする。
「ところでジュンコ、人前でそう呼ぶの、やめてよ」
「でも、お姉さまはお姉さまですよ」
「誤解されちゃうでしょ」
「でもー。あの日のメグお姉さまは、すっごく素敵でしたもん〜。普段からお姉さまにしておきたいですよ〜」
「ちょ、ちょっと?!!」
何を話してるんだろうか? 背中越しの上、小声でよく聞こえない。
「ともかく、クリームシチューね」
「はーい」
ジュンコちゃんがシチュー鍋の方に行ったので、俺はメグちゃんの方を振り向いた。
軽く溜息をつくメグちゃんが見えた。
俺の視線に気づいたのか、こちらを向く彼女。
「別に気にしなくていいですよ。
あの時はもう諦めていて、区切り、みたいなのをつけたかっただけですから」
さばさばとした表情で、彼女は俺に声を掛けてきた。
「で、でもさ……」
やっぱり、振った、傷つけた方としては、対応に困る。
そんな俺を見て、彼女はくすっと微笑んだ後、こんな言葉を言ってのけた。
「じゃあアキトさん、あれはしばらく貸しにしといてあげます。
返す時は満漢全席辺りを用意してくださいね?
がんばって、腕を上げてくださいよ?
私のお口は商売道具だけあって、うるさいですから」
……それは、うるさいの意味が違うんじゃないのかなぁ。
【ゆめみづき内ヤマサキの部屋:ヤマサキ・ヨシオ】
北斗君の再調整の為に色々機材を運んできたお陰で、ちょっとした研究室と同レベルになっているこの部屋。
そしてその研究対象である北斗君はと言うと。
「状態はどうなのだ?」
検査用寝台に横たわる北斗君を指差し、北辰さんが声を掛けてきた。
「どうも北斗君の人格と枝織君の人格、それがきっちり別物になっちゃってるようで。
二重人格って奴ですねぇ」
僕のやっていた記憶の書き換え、枠組みとしては、ある物に対して、それの利用できる部分は残しつつ、主体から付属物に貶めるような部品をつける、こんな風にやっていたんだ。
例えがちょっと難しいけど、例をあげると。
一本の短剣に、小銃をくっつけて、銃剣として扱うような物かな。
短剣の刃物であるという部分は残ってても、銃剣は既に短剣と全く違う物になっているって事。
でも、今の状態は、短剣と小銃、二つが別々になって、状況によって装備が変わるような物なんだ。
しかも、接合部品が壊れかけ、下手に二つをくっつけると両方壊しちゃいそうな、そんな困った状態になっている。
「後、面白い事にですね、体内の微小機械にいくらか変化が起きているんですよ。
ぶっちゃけ、性能が上がってるんですね。情報転送速度や、情報修復能力、あ、これは治癒能力にも影響してますね。
使用不可になっていた機能が、何かの影響で使えるようになった感じです。どうしてなんでしょうかね」
この微小機械、結構わかってない事多いよ。
地球人も、完全に理解して使ってる訳じゃないのかもね。
例えば、有機化合物が結合分子量によって性質が変わる物がある様に、この微小機械も集合度によって性質が変わるのかもしれないとか。普通の人間の体内では、その状態にならないだけで。
そのうち、大量に人体へ仕込んだりとか実験したいかも。
僕の疑問に思い当たる節でもあったのか、考え込んで居た北辰さんが、口を開いた。
「こやつが接触したのは、あの踊り子達、地球人がマシンチャイルドと呼んでいる者のみだった筈だが」
「つまり踊り子さんが何か仕掛けたと?」
「流石の踊り子も、枝織と北斗の二連戦では余裕は無かったであろうから、偶然か故意かはわからぬがな。
奴との接触で北斗が目覚めたのだから、影響元は奴だと考えるのが妥当だろう」
「じゃあ、出来たら彼女を招待して欲しいですね」
原因の可能性がある物は調査したくなる、これは当然だよね。
ついでに予想できる注意点を述べておく。
「あ、招待する時、彼女を抱き抱えて運んだりしない方が良いと思いますよ。
枝織君は踊り子さんと踊ったり殴り合いしただけですから、影響受けた原因がそれだと、接触感染って可能性が大です。
北辰さんにまで何か仕込まれたら、面倒ですからねぇー」
最後にちょっとした冗談を言っておきたくなった。
「踊り子さんにはお手を触れないで下さい、って事で」
……でもやっぱり、北辰さんは冗談を無視して考え始めてしまう。
つまらないねぇ。柔軟な対応って、大切だと思わない?
「まあ、よかろう。やり様はいくらでもある。
ちょうど時間稼ぎ程度の策が幾つか本国から回ってきていた所だからな」
ああ、あの人間魚雷とか跳躍砲とかですね。
「ただし」
こちらへの視線が、ぎらりと鋭くなる。
「お前のためではない。我が、その方が愉しめると思ったからだ。
そしてそれは木連の為、草壁殿のために成る事だからだ。それは覚えておけ」
言い残し、部屋を出て行く彼。
ま、踊り子さんを連れてきてくれるならどうでも良いさ。
ああ、楽しみだねぇ。色々と弄くりたいねぇ。
……おっと、これは純粋に知的好奇心さ。いけない欲望とかそんなんじゃないよ。
【中書きその2:筆者】
第十九話Bパートです。
今更ながら、サモンナイトクラフトソードやりました。
シュガレット(護衛獣)×プラティ(女主人公)で。
や、もう、色々と補給ですね(w
さて、今回の話です。
とりあえず、メグミは型がついたかなと。これで背景化させても良いですよね?(w
私がゲーム板b3yをやった時メグミ×女主人公ルートだったせいか、彼女のイメージはこういう方向らしいです。
後はリョーコですねー。
頑張れサブロウタ! 早くしないとミカコに取られるぞー(爆)
って気分だったりします。
私、こういう方向のほうが書きやすいんですよねー。
ナデシコは戦争物な要素もあるはずなのに。
なんでこう精神的というか抽象的というかパステルカラーでラブアンドピースな文章になりますか?(w
……まあ、こういう方向で書いてる人少ないし、それはそれで良い事にしておきます。
あ、あと、コミュニケに伝言機能があるかわからなかったんですが、携帯電話にさえある機能が無い訳ないよな、って事で。
それでは。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
これはこれで楽しいからいいです(笑)。
こう言うのも「ナデシコ」っぽいですしね。
つーか、今回はなんか盛大に百合の花が咲いているような(爆)。