第十九話 Cパート
【ゆめみづき内秋山用船室:白鳥九十九】
「秋山、怪我は大丈夫か?」
「ああ、俺は打たれ強い方だからな。もう問題無いぞ」
先日、秋山は山崎殿の護衛中に怪我をしてしまった為、今回の作戦に支障が出ないかと見舞いに来た。
「そうか、なら艦橋に行くとするか」
彼の受け答えに安心しつつ部屋を出ようとした時、突然扉が開きその向こうから飛び込んできた影があった。
「お兄ちゃん!!」
「ゆ、ユキナ?! 何でここに?」
飛び込んできたのは、俺の妹、白鳥ユキナだった。
「えーとね、あのね、お兄ちゃんの上司の人が、手を回してくれたの。
何だかね、幼馴染に会いたいって言う部下が居て、それをよこすついでにだって。
お兄ちゃん良い人が上司なんだね。良かったねー」
嬉しそうに言うその言葉に、外面は良いが内面は部下をからかうのが楽しみという、上司の性格を思いだし、つい膝をつきそうになった。
が、しかし、そんな場合ではないと気を取りなおして、説得を試みる。
「あのなユキナ、ここは戦艦で、地球人達と戦うという危険極まりない場所なんだぞ。
だからさっさと帰れ」
「うん、目的を済ませたらすぐ帰るよ。だから安心して、お兄ちゃん」
聞き分けの良い返事に安心した瞬間、こいつは爆弾発言をした。
「じゃあ、本題ね」
ユキナがじろりとこちらを睨む。
「ミナトさん、って誰よ?!」
「なんでそのことを?!」
返事に詰まり目を逸らすと、こいつを連れてきていたらしく、ユキナの向こうに居た高杉の奴と目が合った。
奴は即座に目をそむける。
……こいつか、原因は。
「高杉、貴様何を誰にどこまで喋った?」
「も、申し訳ありません! 先日、上司命令だと少佐達の近況を聞かれ、つい何時の間にか……」
「んもー、高杉さんの事はどうでも良いの! 今はお兄ちゃんとその人の関係が問題なの!
前に、危険な作戦が終わったって連絡くれた時、妙にぼんやりして様子がおかしかったでしょう。
だから、心配して来てみたらこれだもん。
さあ、きっちり答えて頂戴お兄ちゃん! ビシッ!」
小さい背丈で胸を張り、効果音を口で言いつつ人差し指をこちらに突き付けるユキナ。
「……あー、なんだ、どう言ったら良いかというとだな」
何と答えたら良いのか、言葉に詰まってしまう。
「おおう、そろそろ次の作戦の時間じゃないか。行かなくては。
ユキナ、お前は部屋でおとなしくしてるんだぞ。それじゃあな」
「ちょっと、お兄ちゃん?!」
上手い台詞が思いつかない為、とりあえず逃げる事にした。
次の作戦時間が迫っているというのも事実だったが。
しかし、誤魔化しつつ慌てて逃げる様に去って行ってしまった為、私はユキナの呟きを聞く事が出来なかった。
「こうなったら、直接……」
【ナデシコブリッジ:ホシノ・ルリ】
現在、軍の人達と一緒に、木星蜥蜴、いえ木連の無人兵器と戦っています。
ですけど、私達は離れた所に追いやられて蚊帳の外って感じです。
ラズリさんが怪我をしたせいで出撃できないとなったら、この扱い。
軍の人達、ナデシコを情報探査用の電子戦艦か、下手すると広告塔みたいに思ってるんじゃないでしょうか。
そりゃナデシコは、ラズリさんだけじゃなく、戦艦には珍しく女性が沢山乗ってますし、話題にし易いのはわかりますけど。
……なんだか私まで噂になり始めているんです。
データ中継とかでラズリさんが騒がれると、何でか妙な気分になって、ついつい私がやるようにしてたら、顔が売れてきてしまったようで。
「電子の妖精」なんて呼ばれ始めちゃいました。
いくら「未来」でそう呼ばれてたとしても、今からそう呼ばれるのってなんか。
「馬鹿ばっか?」
何となく、口に出してしまいました。
「ん? 何か言った?」
今回は怪我のせいでサブオペレータ席ではなく、一段下の、通常はパイロットさん達が使う端末席の一つに、ちょうど私のすぐ前の席に座っていたラズリさんが、こっちを振り向いて声を掛けてきました。
「いいえ、なんでもないです」
「そう? それなら良いけど」
私の答に会釈を返してくれた後、彼女は話題を変えました。
「ところでルリちゃん、羽根使った探査には慣れた?
無理なら手伝おうか? パイロット用のIFSでも操作系の手伝いは出来るよ」
「大丈夫、私もいるから」
隣りのサブオペレータ席に座るラピスが、話に入ってきました。
「まだ全然ラズリさんの様に上手くは扱えませんけど、パッシブセンサしか使ってないですから大丈夫ですよ」
彼女にばかり負担を掛けたくないので、ダンシングバニーの羽根、あれを探査プローブとしてナデシコからも扱える様にしてみたんです。Yユニットが装備された事でオモイカネにも色々と余裕が出来てきたのと、私自身が最近慣れてきたのか、IFSの親和性が上がってきていて、扱えるようになったんです。
まあ、純粋に探査プローブで、ジャミングモードとかミラージュモードとかさえ使えず、チャームダンスモード、ましてやダンシングソードモードなんて、ラピスと二人掛かりでもまだまだ全然出来ないんですけど。
そんな会話をしていたら、艦長がいきなり間延びした声を上げました。
「なーんか退屈ー」
艦長、艦長卓に突っ伏してダレまくっていますね。
そんな事してると、誰かに、例えば背後に控えているジュンさんやエリナさんに叱られますよ。
「まあ、軍の人達にも面子ってもんがあるし、しょうがないんじゃないの?」
珍しいです。怒るかと思ったら、エリナさん、同意の言葉を口にしました。
エリナさんの艦長を見る目がちょっと変わったみたい、とラズリさんに聞いていたんですが、その通りですね。
「確かにそうですね。木連ってまだジャンプできる人材が少ないのか、無人兵器ばかりですし、軍の人達もここら辺で点数稼いでおくつもりでしょうね。
それに、こっちばかり焦っても仕方ないですよね」
艦長はエリナさんの言葉に顔を上げ、ちょっとやる気が出た様です。
ですが、次の瞬間彼女の口から出た言葉は。
「待てば懐炉の火よりあったかい、なんて言いますからね!」
「海路の日和あり、よっ!」
「……艦長、相変わらずですね」
エリナさんと漫才じみた会話をしている艦長を見て、私はつい呟いてしまいました。
「こうやって見てると、いつも通りなんだよねぇ」
それに対し軽いため息と共に受けるラズリさん。
彼女との話し合いで、艦長が「ユリカ」さんの「記憶」があるかもしれなくても、今はアキトさんと同様に様子を見ようという事になりました。
成り行き任せだとか言わないで下さい。
私達、これでもまだ少女なんですから、人の心の機微とかそういうの、結構手に余るんです。
……自分達のだって、持て余しているというのに。
いきなり割り込む警告音。
突然、事態が変わりました。
「敵艦一機、高速でこちらに向かってきます」
一体何のつもりかと思いかけた時、その理由が判明しました。
「艦首、ボース粒子反応増大!」
この反応が起きるのは、なにかがボソンジャンプしてくる前兆。一体何が?
「あ! まずい、これは!」
「ミナトさん、全速力で上昇してください!」
ラズリさんが何か思い出した様に口走るのとほとんど同時に、艦長がミナトさんに向かって叫びました。
「え?! わ、わかったわ!!」
慌てつつもミナトさんがナデシコを動かしたギリギリのところで、起きる爆発。
「何よ、敵の新兵器かなにか?」
エリナさんが狼狽した声を上げる中、艦長はミナトさんに指示を出します。
「このまま一気に宇宙まで出ちゃってください!」
「ちょっと、逃げるの?」
「はい! 攻撃がどんなのかわからない状態で相手するのは得策じゃないですから!」
で、そのまま宇宙まで出てしまって。
「被害は?」
「左舷ディストーションブレード下部破損。
ですが変ですね。爆発の割に被害が少ないです」
私が疑問を口にした瞬間開かれるコミュニケ。
「こんな事もあろうかと、俺が開発していたディストーションブロックのお陰だ!
もしこいつが無かったら、大変な事になってたはずぞ!」
妙に嬉しそうで自慢げなウリバタケさんは置いとくとして。
この新兵器、どうしたら良いのでしょうか……。
【ゆめみづき艦橋:白鳥九十九】
「新兵器の一撃で尻尾を巻いて逃げ出すとは、情けないぞ地球人!」
俺達三羽烏が敵の動きを確認している背後で、三郎太が調子づいた声を上げた。
彼はまだそれほど戦いに出てはいないし、ああなるのも仕方の無い事かもしれない。
が、この対応は臆病風に吹かれただけではないだろう。
源八郎も同様に思っていたようで、彼を嗜めようとする。
と、その時、艦橋の扉が開き、北辰殿が現れた。
彼は艦橋に映し出されていた現在の状況を確認すると、興味深げに片目を細めた後、口を開いた。
「跳躍砲で行動不能となれば潜入もたやすかったのだが、なかなかやるな」
「そうですね。初手の一撃に対する反応。そして二撃目三撃目を受けない様一気に加速し距離を取った。
向こうの艦長、中々の人物の様です」
源八郎の言葉に、納得半分疑問半分と言った調子で三郎太が聞き返す。
「そうでしょうか? 自分はそこまで高評価して良いのかと疑問です」
「ここから向こうがどう動くかで、それは判断できような」
そう、ここから向こうがどう動くか、それに対しこちらはどうするかの読み合いとなるはず。
今現在、撫子では、我等の新兵器の跳躍砲についての考察、そして対処法でも考えている所だろうか。
【ナデシコブリッジ:ホシノ・ルリ】
現在、イネスさんが先ほどの攻撃、ボソン砲について皆に説明しています。
ですけど、何故紙芝居なんですか?
お約束とやらで駄菓子を買った人しか見せないとかなってますし。
なぜなにナデシコの時も思った気がしますが、何でこんな事するんでしょうね。
仕方なく選んだパラソルチョコの先を齧りつつ、右隣のラピスを見ると。
「甘い……」
飴玉咥えてご満悦中ですか。
しょうがないので左隣のラズリさんを向くと。
「……何してるんです?」
彼女が選んだ駄菓子は、丸いぐるぐるの奴に持ち手のプラスチック棒がくっ付いている、俗にペロペロキャンディーとか言う物でした。それを右手に持ち、何故か、掛けられた包み紙の端を口に咥え引っ張り、悪戦苦闘しているんです。
「だって、左手使えないからこうするしか無くて」
ああ、ラズリさんは左手怪我してましたね。
「貸してください。やってあげますから」
包みを破いて中身を出し、手渡した時。
「あれ? ラズリちゃんのわたしのと色が違う!」
いきなり艦長が話に入ってきました。
「ちょっと味見させてー」
「え?」
「はむ……ん……ぴちゅっ……くふん」
ちょっとした息使いの後、キャンディーに出来る欠けた穴。
「ユリカ艦長、舐めるんじゃなくて齧りましたね?」
「えへへ、このアメ、棒の形から丸めてるでしょ。だからその一列部分だけ齧り取りやすいんだもん」
一欠けを口の中でころころと転がしつつ答える艦長。
「じゃあボクもユリカ艦長のを」
「え? あ、やんっ?!」
「あむっ……んふ……ふぅん?……んんっ……ふぁん?」
ちょっと長めの息使いの後、キャンディーに出来る欠けた穴。でも先ほどよりかなり小さくて。
「ふぁっ、うまくできないです」
「うふふ、じゃあもう一度してあげる……今度はゆっくり……こうよ」
「ン……ふぁ……こうですか?」
「そう、上手。ここのくびれてる所をくーっと。あ……ん……。ねぇ?」
「ああっ、またいきなり勝手にぃ。でもユリカ艦長、凄く上手い……」
えー……。
アメを代わりばんこに舐め齧っているだけ、と言ってしまえばそれだけなんですけど。
ですが、こう、なんと言うか。妙に言葉に詰まる状況なのは何故でしょうか。
「しまったわ、杏なんて一口サイズの物選ぶんじゃなかったわ」
「確かに! 小梅なんて選ばなければ交換できたのに!」
向こうで提督とイツキさんが悔しがってるし。
「ほらほらリョーコ、アキト君のソースせんべいなら半分こ出来るよー」
「ば、ばか?! 向こうは良くてもこっちは瓶ラムネだぞ。そんな事したら……」
リョーコさん達もなんか騒ぎ出すし。
「あれはわざとやってると思う? それとも天然かしら?」
「どっちでも良いですそんな事。でも一つ言えるのは、わざとだったらテクニシャンかもって事ですね」
「あらまぁ、大胆」
ミナトさんとメグミさんはよくわからない会話してますし。
「ラズリ君、今度は僕のイカ焼きの足齧ってみないかい?」
「塩辛いのは嫌です」
「……あ、そう」
アカツキさんは粉かけようとしてあっさり撃退されるし。
「良いのか、副長?」
「まあ、こうなったら暫くはどうにも。ユリカは昔から甘い物が好きで、僕も何度かやられましたから。
……でも、ユリカって口の動きも器用だったんだ」
ジュンさんはゴートさんの質問に答えた後、妙な顔で呟くし。
「あんた達、私の説明聞きなさいっ!!」
とうとう、イネスさんが切れました。
「艦長、貴方ボケかまして作戦浮かばないの誤魔化そうとしてない?」
追い討ちをかけるように、エリナさんが呆れぎみに突っ込みます。
「えへへ、皆さん、気づいた事があったらどんどん言ってくださーい」
照れ笑い半分、誤魔化し半分といった感じで答える艦長。
でも何故か、言いながらアキトさんとラズリさんの顔を横目でさりげなく見ているような気もしないでもないのですが。
艦長の返事に、エリナさんは少しだけ呆れ顔で軽く息を吐き。
「とりあえず休憩しましょうか」
……ま、仕方ないですね。
【ナデシコブリッジ:アオイ・ジュン】
良い作戦が出てくるまで一時休憩となった現在。
皆、思い思いの場所で休んだり話し合ったりしている。
ふと、テンカワが窓の外の宇宙を眺めつつ溜息をついたのに気づいた。
「どうした、テンカワ?」
僕が側に寄り声を掛けると、テンカワは困り顔で振り向いた。
「なんか、さっきのユリカ、微妙にこっち見てる気がしてさ」
さっきって、あのキャンディー騒ぎの事か?
「そう感じるのは、こっちの意識に変化があったせいもあるかもしれないんだけど」
ユリカは妙な所で鋭いから、テンカワの意識変化に気づいてる事はありえるだろう。
そういう方面にはユリカ疎い気もするけど。
が、僕にそれを相談するなんて、酷だぞ。
「あれを見られてた訳じゃないんだろうけど」
僕がそう思っているのに気づいてない様で、彼は溜息をつきつつ言葉を続ける。
「最近、より積極的って言うか、誘われてるって言うか。
釣られそうになっちゃった事もあってさ。
でも、やっぱりそういう事はちゃんとしないとまずいと思うんだ」
……嫌がらせか? 自慢か? 惚気か?
いくらなんでも、流石に一言言いたいぞ。
しかし、僕が口を開く前に、跳びこんできた声があった。
「それよ!!」
「「ユリカ?!」」
思いっきり嬉しそうな笑顔で、話題の彼女がそこにいた。
「そうよ!! 釣るのよ! 誘うのよ!
うん、この作戦なら行けそう!」
釣り? 誘う? 作戦?!
驚いたが、作戦という言葉に、僕はどういう物かと考えてみる。
……つまり、相手を囮か何かで誘い込んで、攻撃を仕掛ける訳か。
「お、お前今の聞いてたのか?!」
「でもよかったー! アキトが言ってくれなかったら、どうしようかと思ったよー。
やっぱりアキトは私の王子様! すっごく嬉しい! アキト、大好き!!」
ユリカの言葉に、テンカワが泡を食った様子で声をかける。
しかしユリカは聞いている様子も見せず、自分の喜びを喋りまくる。
「ユリカ、俺が聞きたいのは」
「さー、みなさーん、聞いてくださーい!」
めげつつも聞き返そうとするテンカワ。
しかしユリカはこっちにお構いなしでさっさと指示を出し始めてしまう。
「……おーい」
「ああなったら、よっぽどじゃないと止められないのは、テンカワにもわかってるだろ?」
「とほほ……」
がっくりと気を落とすテンカワに、つい慰めるかのように肩を叩いてしまう。
ふぅ、本当、良い人って言われてもしょうがないなぁ、僕は。
【ゆめみづき艦橋:白鳥九十九】
「敵艦、探査範囲から消失しました!」
「ほう、アクティブセンサまで消して音無しの構えか」
撫子の対応を確認すると、秋山が感心した声を上げた。
「このまま一気に懐に飛び込んで跳躍砲の一撃を!」
「向こうの居場所がわからないというのに、どこに飛び込むのだ三郎太よ?」
「九十九はこの状況どう読む?」
「撫子は慣性移動中だ。ならば其処までの行動から現在の位置を推測して、其処まで移動し、跳躍砲を撃ち込むか?」
我々が対応を話し合う中、鋭く割り込む声。
「その読みは甘いかも知れぬな」
「北辰殿?」
「我なら、気配を消している間も相手の動きを読み、罠を仕掛ける。
こちらの動きを誘導させる為の、そう……機雷か何かを撒き、機動兵器が待ち構えている所に誘い込み、止めと言った所か」
北辰殿は、四方天の座に着いている事や、六人衆の様に彼を心酔する部下を持っている事などからわかるように、只の猪武者ではなく、指導者、部隊指揮者としても才がある。ゆえに、こちらは彼の言葉に注目する。
「それでは、こちらはどのような対応を取るべきでしょうか?」
秋山の質問に、北辰殿は少々考えた後、答え始めた。
「ここからでは見つけられないというのなら、探しに出向くしかあるまいな。
先日届いた魚雷兵器があったであろう? あれなら、撫子の予想位置に向かう事は可能だな。
ゆめみづきが動けば撫子も対応するだろうが、あれならば気づかれずに接近できる。
あの魚雷を用すれば、撫子を行動不能程度には出来るはず」
「しかし、誰を乗せる……まさか、六人衆をあれに乗せるのですか?」
「あやつらの微小機械による精神接続、まあ他心通のような物で、通信代わりになるからな」
そこで北辰殿は自らの目を指差しつつ。
「有視界の光学探査でもなかなか効率良く見渡せる」
「しかし、予想範囲を全て調査する事は無理と思われますが」
私の質問に彼は楽しげに口元を曲げ。
「後は、勘、だ。
危険な賭けほど面白い……」
北辰殿は、言葉と共にあの温度の無い笑みを浮かべた。
【ナデシコブリッジ:テンカワ・ラズリ】
「しかし艦長、機雷代わりにって、全部使う事はないんじゃないか?」
「ミサイルだって、ただじゃないんですよ」
「釣りは撒き餌をぱーっと行かなきゃだめですっ!」
ウリバタケさんやプロスさんの言葉にもめげず、作戦指示を出しているユリカ艦長。
何だか凄く自信たっぷり。
……やっぱり艦長も、そうなんだろうか。
「この作戦、どう思います?」
同様に気になっていたのか、メインオペレータ席に座るルリちゃんが聞いてきた。
彼女の質問に、軽く首を傾げつつ答えるボク。
「んー。「未来」とおんなじっぽいんだけどね。なんかちょっとユリカ艦長が妙な事考えてるみたいで」
そこまで言って、ボクは包帯を巻いた左手を見ながら軽く溜息をついた。
「ボクがウズメを使えたら、羽根を飛ばして色々できるんだけど。
向こうもボクが出てこれないようなのを確認して、この作戦を実行したんだろうなぁ」
使わない理由はそれだけじゃない。
この怪我で医務室に連れ込まれた時、イネスさんがボクの体について教えてくれた事があって。
ボクはその事について考えてしまう。
【ナデシコ医務室:テンカワ・ラズリ】
「あら、起きたの?」
目が覚めたら、ルリちゃんとラピスはもう居なくて、イネスさんがベッド横の椅子に座っていた。
「あの子達なら、もう休憩時間も終わったから戻ったわよ。
でも、添い寝させる時は制服脱がしてからになさい。変な皺がついちゃうから」
「え、あれはボクから頼んだ訳じゃなくて」
答えつつ話を逸らそうと見ると、彼女は何やら妙な機材を幾つか片付けていた。
ボクが疑問の目でそれを見ているのに気づいたのか、彼女は説明を始めた。
「せっかくだから貴方の体、ちょっと調べさせてもらったの。
そしたら、色々と出てきて、ね」
……色々って、何ですか?
その視線、ちょっと嫌かも。
なんか雰囲気がシリアスになってきた気がするし。
「貴方、体の調子は?」
「ええ、別に問題は無い気がしますけど」
「本当に?」
イネスさんはボクの返事に納得がいかないらしく、じろりとこちらを見る。
「貴方、自分の体が自分の物でないように感じた事、無い?」
瞬間、どきりと心臓が鳴った。
今回医務室に連れこまれた原因。
それは、「北辰」に右手を奪われたから、自分の体が自分の物で無くなったせいもあるから。
彼女はボクの動揺に気づいたのか、納得した様に頷いた後、語り始めた。
「まずは、あなたの体のナノマシンについてから説明しましょうか。
通常のナノマシンは、脳内に、思考をIFSに対応した情報に変換する組織を作るのは知っているわね」
ボクの頷きを受け、彼女は説明を続ける。
「でも、あなたのナノマシンはそれだけじゃなく、体全体に、神経組織を補助する擬似神経網を作っているのよ。
人間の神経の情報伝達速度より、ナノマシンによる伝達速度のほうが速いの。だから動作も高速化されるわけね。
例えるなら、通常の道路のそばに高速道路を作ったようなもの」
言葉をいったん止め、イネスさんはボクの顔を見つめ、聞いた。
「問題なのは、そばに使い易い高速道路ができたら、今まであった道路はどうなると思う?」
「使い易くて高速な道路が有れば今までのは使う必要がなくなって……え?!」
「そう、使われなくなって、寂れちゃう。
組織が退化して、無くなっちゃうのよ」
ボクの驚く顔を確認し、少々満足げな様子を見せつつ回答を述べるイネスさん。
「これだけの高性能なんですもの、使う時に大量のエネルギーを使用するわ。
足りないエネルギーは、周囲の組織を食う事で維持していたのよ。
普段は元の肉体と同様に擬態してて、発見が遅れたわ。
このナノマシンの機能なら、その程度たやすいって事なんでしょうね。
しかも最初のうちは情報操作をつかさどる部分だけ、つまり神経だけだったからさらに発見が遅れたの。
でも、最近肉体動作のほうも使い始めたでしょう?
それでわかったのよ。
貴方、全力出した場合、終わった後いきなり倒れる事あるでしょ。
あれは、限界超えてるのに気づかず能力を使い続けちゃうからなの」
説明を続けていたイネスさんだけど、その顔がそこで曇った。
「ここはまだ推測でしかないため、話半分に聞いてもらっても構わないわ」
間を入れたかったのか、軽い咳ばらいの後に語り出す。
「原因はそれだけじゃない気がするのよ。
ナノマシン自体が意思を持つかのように、削り取ってる気もするの。
だって、脳味噌だって神経の塊なんだから、普通そこから行くでしょう?
なのに食われているのは体の末端から、手足の先からなのよ。
まるで、頭は傷つけずに体だけ奪おうとするかのように」
意思……? まさか。
いつのまにか、ボクは右手を握り締め、左手でその上から押さえつけていた。
イネスさんはボクのその行動に気づかず、説明を続ける。
「こういう、希望的観測は言いたくないんだけど。
何かがこのナノマシンの暴走を押さえている。
だから貴方は生きていられるし、マシンチャイルドとしての力を発揮する事が出来る訳」
そこで彼女は困惑げに肩を竦める。
「貴方のナノマシン、ちゃんと研究できたら凄い物なのだけど。
現在の状況が、ただの幸運によってバランス取れているだけで、何かの拍子に一気に変化する事もありえそうなのよ」
「もしそうなったらどうなります?」
一気に変化と言うのは、「北辰」がこの体を奪い取る事なのかもしれない、と思いながら、聞いてみる。
「普通だったらそのまま全身食われちゃうでしょうね。
IFSが実用化されるまでの昔の研究例にそんなのが有ったわ」
……ナノマシンの動作が「北辰」による物だけじゃなく、他の要因である可能性もあるのか。
「ただの勘なんだけど、私は、どこかに制御用の、ナノマシンのコアみたいな物があるんじゃないか、って考えているわ。
それが貴方の中に有るのか、どこか別の所にあって、指示を送っているのかはわからないけど。
ボソン通信を利用したリンクシステムが有るから、理論上はどこにあっても構わないんだから」
その説明で「未来」の「アキト」と「ラピス」の関係が思い出された。
あれは「アキト」が自分の体内のナノマシンの制御が出来なくなっていたのを、「ラピス」が指示を送る事で制御、暴走を押さえていたはず。
……参ったなぁ。
ボクはもう「アキト」じゃないはずだったのに、こんな所で関連性が出てくるなんて。
思わずボクの口から溜息が漏れた。
「で、ボクはどうすれば良いんでしょう?」
「マシンチャイルドの力を使わないのが一番なんだけど、貴方の事だから、そうも言ってられないんでしょ?」
「……ええ。アキトやユリカ艦長、ルリちゃんやラピス、そしてこのナデシコの皆が危険になったら、使うと思います」
イネスさんはボクの返事に、真剣な表情でこちらを見つつ暫く黙る。
「それで自分の命を縮める事になっても?」
「はい。皆は、ボクにとって大切な人ですから」
ボクがきっぱりと答えると、彼女は仕方ないといった雰囲気で軽く溜息をつき、説明を始めた。
「だとすると、まずは自分の体の存在、感覚を意識して動かす事ね。
あとは……」
少し考えた後、口を開く。
「あなた、一日の食事の量は?」
「は?」
いきなり予想外の質問に、間の抜けた声を返してしまった。
でもイネスさんは真面目そのものの顔で。
「とりあえずたくさん食べなさい。
体にエネルギーがたくさんあったら、その分限界までの時間も伸びるわ」
「それって、もっと太れ、とか言ってますか?」
ボクが聞き返すと、イネスさんは少々黙った後、口元が楽しげな形に持ち上がった。
「食べないと、胸、大きくならないわよ。
ただでさえ胸に行く栄養がナノマシンのほうに行っちゃうんだから」
からかうような視線が、ボクの胸に向いている。
瞬間、ボクは色々とふっ飛ばして、叫んでいた。
「わかりましたよっ!! ボク、イネスさんやミナトさんやユリカ艦長みたいな胸目指して、食べまくりますからっ!!」
【ナデシコブリッジ:テンカワ・ラズリ】
「ラズリちゃん、どうしたの? 聞こえてないの?
ノックして、もしもーし? はろーはろー、だれかいますかー?」
呼びかけられた気がして物思いを止めたら、目の前にユリカ艦長の顔があった。
「わあ!!」
「良かった、やっと気づいてくれた」
ボクが驚いているのも構わず、嬉しそうに、にぱっと笑うユリカ艦長。
「あのねラズリちゃん、これ、やっておいて欲しいの」
「普段なら問題無いですけど、今は無理かも」
「大丈夫よ、ウリバタケさんにも出来るようお願いしておいたから。
それに」
彼女はそこで優しく微笑む。
「ラズリちゃんにはこんな素敵な妹達がいるでしょ。手伝ってもらえば、絶対大丈夫だよ」
うーん、そう言われちゃ、やるしかないか。
……でも、何に使う気なんだろ?
【ゆめみづき艦橋:白鳥九十九】
「前方に爆発物多数!」
「北辰殿の予想通りか?」
報告を聞き、三郎太が驚きの声を上げた。
「しかし、この量は……」
「向こうも半端な量では、こちらに気づかれると思ったのだろう。
その上量が多ければ回避行動も大きく取る必要がでて、撫子に追いつける航路はより限定され、読みやすくなる。
やはり向こうの指揮官、かなりの人物と言えよう」
秋山が納得した様に頷く。
「となれば、北辰殿の読みと向こうの読み、どちらが鋭いかという事になるか」
【アカツキ機:アカツキ・ナガレ】
「ほんとに来るのかよ……」
テンカワ君のぼやきが聞こえた。
現在、僕達は艦長の作戦に基づき、無動力機動で敵に気づかれないように接近している途中だ。
無動力機動ってのは、まあ単に流されているだけなんだが。
何でこんな機動かって言うと、動力機動だと敵に気づかれ接近する前に落とされちゃうからなんだ。
あのサレナでも流石に距離がありすぎて、一機だけじゃボソン砲付きの戦艦相手ではきついだろうね。
ならばどうすると考えてみて、結構僕はこの待ち構えている所に誘い込む作戦、納得している。
「士官学校きっての逸材、戦術シミュレーション不敗の艦長がそう言うんだ。
信用しようじゃないか」
「しかし、さっきの行動からするとなぁ」
確かに彼女の行動は突拍子も無い。
でも僕は、そう言う意外性って、結構嫌いじゃないんだ。
予想できる事ばかりじゃ、人生つまらないだろう?
それに、一歩間違えたらヤバイって時に大きく賭けられて、しかも自信たっぷりでいる事が出来るってのは結構凄い事なんだよ。
アレが演技だとしても本気でそうだとしても、ね。
小市民のテンカワ君には、わかりづらいかもしれないけど。
僕がそこら辺を教えてあげようかと思った時、横から割り込んできた通信。
「始まっちまった作戦にごちゃごちゃ言っても仕方ねーだろ。
接敵予想時刻までまだかなりあるんだ、おとなしく英気でも養ってろ。
俺は今からそうする。邪魔するな」
ヤマダ君、昔だったらこんな作戦、文句言うはずだったろうに、なんか最近ちょっと成長した感じだね。
木連の事とか、彼も色々と考えた事があったのかねぇ。
でも、目を閉じて眠りに入ろうとした彼は、こんな台詞を口走った。
「それと、先日みたいな惚気を聞かされた身としては、アキト、お前の今の行動は、ちょっと情けないと思うぞ」
「え、あっ?! な、なんだよそれ! だからあれは誤解と言うかそういう意味じゃなくて!」
狼狽するテンカワ君を無視して、ヤマダ君は通信を切る。
「ふーん、なんのかんの言ってそうなんだ。もう何かしたのかい?」
「なにって、なんだよ!」
「なにって、そりゃナニよね。くくくっ」
「艦長って口の中でさくらんぼの茎を結べそうなタイプだったね。アキト君良かったねー」
「だから、なにが良いんだよ?!」
僕の言葉に合わせるかのように話に入ってきたイズミ君やアマノ君の突っ込みにますます慌てるテンカワ君。
「お、お前ら女としてそういう下品な事口走るんじゃねーよ!」
「おやぁ? リョーコそこで実は清純派なのをアピールぅ?」
「「六月と言いなさい」は英語で、「sey
"june"」……セイ、ジューン……清純。くくくっ」
「そういうことじゃねーっての?! 人として品性の問題だろう?!」
「……なんか意外だった。ちょっと感心した」
「な、何、アキト今何ってった?!」
「わーいリョーコ、顔真っ赤だよー」
「だからお前ら騒ぐな! 俺を休ませろ!」
……やれやれ、どうしてこう彼らは何時も彼らなんだろうね。
ま、僕自身も、そんな彼らと一緒に居るのは嫌じゃないとは思っているけど。
【ゆめみづき艦橋:白鳥九十九】
「北辰殿が賭けに勝っていれば、もう攻撃を開始している頃だが……」
月臣の呟きがまるで切っ掛けとなったかの様に、敵艦予想範囲内に爆発の反応が起きた。
「やったか?!」
三郎太がすぐさま戦果を問い質す。
「……だめです。敵艦の存在を確認しました。
今だ魚雷艇の攻撃は続いている様ですが、有効打撃まで行っていない模様です」
観測士の報告を聞き、月臣がこちらを向き問い掛ける。
「どうする?!」
「ナデシコの居場所は判明した!
全速力でそこへ向かい、跳躍砲の射程に入ると同時に攻撃を行う!
もし敵機が待ち構えていたとしても構わん! 一気に突っ切る! これも賭けだ!」
こちらの返事を受け、秋山が命令を下した。
「ゆめみづき、全速前進!」
【ナデシコブリッジ:アオイ・ジュン】
「敵の攻撃です!」
「左舷ディストーションブレード直撃」
「フィールド出力低下」
「新兵器みたいだ! どうするのユリカ?」
オペレータの彼女達の報告を聞き、僕はユリカに問い掛けた。
「向こうが新兵器なら、こちらも使うまでよ!
こんな事もあろうかと、用意してもらった物があるんだから!」
「おい艦長、それは俺の台詞!!」
泡食った調子でウリバタケさんからのコミュニケが開くが、構わず、ユリカは命令を下す。
「ラズリちゃんにルリちゃん、いきなりだけど、さっきの頼むわよ!」
「わかりました。ラピスはボク達のフォローを。ハーリー君はナデシコの方お願い」
「うん」「わかりました!」
ユリカの命令を受け、彼女達はてきぱきと行動を始め。
「ラズリさん、機体の動作、託します、貴方に!」
「オッケイ! アイハブコントロール!」
ルリちゃんとラズリちゃんの掛け声と共に、出撃した機体があった。
「え? 乗れるパイロットは居ないはずなのに……まさか、遠隔操作?!」
「ちょっと、あれってエステバエックスじゃないの!」
「違う! エクスバリスだ!」
僕が驚く横で、現れた機体を見、ムネタケ提督が叫び、ウリバタケさんがコミュニケから突っ込む。
「もしかして、あれのグラビティブラストで薙ぎ払おうってつもりな訳?!」
突っ込みを無視して続けて聞いた提督に、ユリカは真面目な顔で彼の方を向き、答えた。
「いいえ、気配もさせず接近し、ダメージのある左舷ブレードを攻撃した事から、あれは有人機からだと思います。
下手に薙ぎ払うとその人達が死にます。こんな戦闘で無駄に犠牲は出したくありません」
でも、真面目に喋っていたのに、いきなりユリカの顔がてへっと崩れた。
「それに、あれ今んとこ一発しか撃てないですから、全部薙ぎ払うのは無理なんですよー」
「じゃあ、どうするのよ?」
流石に焦りが入る提督。
「大丈夫です。ラズリちゃんやルリちゃん達の事も、作ってくれたウリバタケさんの事も、信じてますから」
でも、余裕いっぱいのいつもの表情で答えるユリカ。
「第二波、来る」
ユリカ達の会話を断ち切る、ラピスちゃんの冷静な声。
「じゃあ、行くよ! エクスバリス・リバースモード!」
彼女の報告を受け、ラズリちゃんが声を上げ、エクスバリスが動いた。
その動作を見て、僕は驚いた。
何とエクスバリスは、飛来するミサイルの全てを、自らの機体で受け止めたんだ。
いや、受け止めているのは機体自身ではなく、機体から発生している強大なディストーションフィールドだ。
「……何よ、あの無茶な防御力は」
あまりといえばあまりな展開に、呆れた様に呟く提督。
「こんな事もあろうかと、俺が作っておいた新兵器だからな!
まあ、俺自身はここまで考えてなくて、艦長の案なんだが」
状況を解説するかの様に、ウリバタケさんがエクスバリスのスペックを見せた。
スペックを見て、僕はやっと何がどうなっているのか理解できた。
このエクスバリスの構造は、エステのサイズでグラビティブラストを撃つ為に、ディストーションフィールドを砲身代わりにしている。
砲身代わりに出来るぐらいだから強力なフィールド発生装置な訳だ。
そこに発射するはずのグラビティブラストのエネルギーも全てつぎ込み、かつマシンチャイルドだから出来るであろう高度な出力及び収束率制御により、局所的にだが強固なフィールドを、戦艦並の物を作る事が出来る。
例えるなら、強力な破壊の槍転じて無敵の盾。
技としてはウズメの羽根による防御の関係を戦艦の大きさまでオーバーサイジングした物だから、彼女達なら使いこなせるのは当然かもしれない。でも、わざわざさせようなんて、普通思わない。
グラビティブラスト装備のエステは、ナデシコのフィールドを開かず全ての方向にブラストを発射できるから、まあ使い様はある。しかし、フィールドを発生させる盾としてなんて、普通なら、鎧を着込んだ戦艦に何で盾が要るんだと、使おうなんて考えない。
だけど実際、役に立っている。
ユリカのこういうとんでもない事を思いつく所、僕は凄いって思うんだ。
「しかも打ち落とすんじゃなく受け止めるだけなら遠隔操作で十分だし、無人なら少々無茶な受け止め方させても安全!」
えっへんと胸を反らすユリカに、エリナさんが疑問を投げ掛けた。
「でも、守ってるだけで良いの?」
「こうしていれば、敵の攻撃も尽きますし、アキト達が新兵器を破壊してくれます。
そうなれば、向こうも人間だから、作戦失敗と判断して撤退するはずです」
最後にユリカは柔らかく笑って、こう付け加えた。
「出撃しているアキト達の事も、信じてますから」
……だけど、敵の行動は、ユリカの予測を超えるものだったんだ。
【アカツキ機:アカツキ・ナガレ】
「爆発?!」
「まさか、ナデシコが攻撃受けているのか?」
「どうする、助けに行く?」
ナデシコの方からの爆発を感知し、慌てだす皆。
「……いや、このまま行こう」
だが、テンカワ君のこの言葉に、皆驚き、黙る。
「俺は、ユリカと、あいつが立てた作戦を信じるよ。だから」
へえ、テンカワ君も、少しは成長したみたいだね。
同じ失敗は繰り返さないか。
「そうだね、このまま無理に戻るより、敵の母艦をやっつけて撤退させる方が良いと思うね」
現在一応小隊長である僕も同意して、皆も納得した様だ。
「敵艦、全速力でこちらに向かってきます!」
と、その時、イツキ君が敵艦の行動に気づいた。
「ようし、良いタイミングだ! 皆、行くよ!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
【ナデシコブリッジ:ホシノ・ルリ】
「侵入者です!!」
突然のハーリー君の叫びに、驚愕する私達。
そんな、攻撃をしている艦に潜入を仕掛けるなんて。
隔壁は閉鎖しましたが、ここへやってくるのは時間の問題でしょう。
爆発。
ブリッジの扉が吹き飛ばされ、吹き込んでくる爆煙。
煙により状況を見失いかける中、切り裂き、飛び込んできた影。
影は一瞬で目的を見つけたのか、目にも留まらぬ早さで疾りこみ、奇鳥じみた気合の声と共に振り下ろされる白刃。
その向かう先は。
「ラズリさん!!」
思わず漏れ出た叫びと同時に響いた、何かを打ち鳴らす音。
「……ほう? やるな」
「なんの、つもり、よ?」
ラズリさんは、北辰の一撃を、白刃取りで止めていたのです。
「どうして、峰打ち、なのよ」
怪我をした手での精一杯の力で白刃を挟み込んでいるのでしょう。
苦しげに歪む彼女の口から、再び疑問の言葉が流れ出て。
対して北辰は、口元だけ持ち上げる、まるで温度の無い笑みと共に、こんな言葉を返したのです。
「踊り子よ、草壁殿の為、新たな秩序の為、礎となってもらうぞ」
「え……?! あ、あう……」
言葉がラズリさんに向けられ、紅く光る義眼の視線が突き刺さった瞬間、彼女の顔から一気に血の気が引きました。
「ラズ姉の声が、どんどん弱くなってる。駄目、ラズ姉、頑張って!」
同時に、切羽詰ったラピスの声、でも、その叫びの甲斐も無く、ラズリさんの手から力が抜け、北辰の白刃がぐっと動く。
突然の銃声。
ラズリさんの白刃取りによって動きを止めた北辰に、ゴートさんが銃を撃ったのでした。
ですが、北辰はラズリさんに蹴りを入れ反動で仰け反り、銃弾をかわしたのです。まるで銃弾が見えているかの様に。
しかもその反動を利用し、懐から取り出した刀子を投げつけさえしたのです。
「この状況で撃つとは、思い切りは良かったが、な」
刀子を受け、苦しげなうめきと共に銃を取り落とすゴートさんに、試験の採点をするかのように余裕げに声を掛ける北辰。
その間に私は、わき腹を蹴られたせいで咳き込み、こちらへ倒れこんできたラズリさんが心配で、傍に寄り、支えようとします。
「妖精、踊り子にこれをつけろ」
それさえも気づいていたのか、取り出した手錠らしき物をこちらに投げる北辰。
余りの隙の無さに、私はどうすれば良いのかわからなくなってしまい、つい縋る様にラズリさんの手を取ってしまいました。それにより、蹴られた腹が痛むのか片目を閉じ、顔を引き歪めているラズリさんと目が合って。
瞬間、驚いたかの様に、目を見開く彼女。
同時に、何かよぎる違和感。
「……貴方、まさか」
私が誰何の声を上げようとした瞬間、凛と響き渡った声。
「待ちなさい!」
声を上げたのは、何と艦長でした。
「私はこの艦の艦長です。人質なら私で十分でしょう。
ですから、彼女に手を出すのは止めなさい」
私達が驚く中、彼女は北辰に対し全く気後れも見せず、毅然とした態度で言葉を掛けます。
流石の北辰も感心したかの様に頭を振りましたが、しかし答えはNoでした。
「ほう、女ながら中々の胆力。だがな、この娘自体に用があるのだ」
「よかろう。ついて行こうではないか」
何時の間にか立ち上がっていたラズリさんの言葉。
いえ、もうあれは彼女ではなく、既に「北辰」でした。
「ちょっと、ラズリちゃん、なんて事言うの!」
艦長が驚き顔で声を掛けます。
その様子から、艦長はあれがラズリさんで無く「北辰」である事に気づいていない様です。
ですから、「北辰」が何かとんでもない事を言うのかもしれないと、私は慌てました。
しかし、「北辰」の答はこんな物でした。
「彼」は何故か、数瞬の沈黙と、僅かに眉を顰め、唇を噛んだ後、こう言ったのです。
「艦長がむやみにそのような事を言う物ではない……です。
今いきなりぬ……貴方が、上に立つ、頭となる人物が居なくなったら、この撫子の人間はこの先どうする……んですか。
艦長が部下を想うのは大事だが、それ以上に大事な物もある事、最善の策を見失うな……見失わないで下さい」
意外です。艦長を思いやったのか、それとも他に理由が、ここで存在をばらすのは得策でないとでも思ったのかわかりませんが、まともな応えです。しかもラズリさんの口調まで真似て。
ですがやはり、「北辰」は「北辰」でした。
「北辰」は先程投げつけられた手錠の様な物、鎖で繋がった、しかもその鎖には首輪まで繋がっているという、そんな物をつけさせられました。
「こんな小娘に、大層な事だ」
「彼」はそれをかちゃかちゃと弄りつつ、くくく、と笑みを洩らし。
「だが、趣味ならば良い趣味をしているな。その気持ち、理解できる」
言いながら「北辰」の視線が、私とラピスの上をさりげなく、ですが、ぬるりと過ぎ。
その不気味さは、かなり来る物があり。
こんな奴にラズリさんの体を使われていると思うと、やはり怒りがこみ上げてきます。
私がそう感じているのもお構いなく、「北辰」はそのままゆっくりと北辰の元へと寄って行きました。
「しかし、一撃の借りは返させてもらう」
突然、そんな言葉と同時に「彼」の口から北辰の目に向かい何かが放たれ。
驚愕しつつも身を反らす北辰。
が、その瞬間。
轟音。
神速の踏み込みと同時に放たれた両手突き。
一撃により北辰はよろめき、間合いを取り、痛みを堪えるかの様に息を吐いた後。
「初手は、楊枝……か? 女が高楊枝とは、はしたないぞ」
「貴様に礼儀を云々される謂れは無い」
……今のは。楊枝ではなく、作戦会議の時のキャンディーの棒です。
あれを噛み千切り尖らせた物を、含み針の要領で吹いたのですね。
まさかあんな物を武器とするなんて、「北辰」はやはり一流の殺し屋だったという事でしょうか。
「装甲服越しだというのに、やるものよ。だが、もう隙は見せん」
刀を構え、「北辰」に向く北辰。
しかし、「北辰」はそれ以上の攻撃を仕掛ける様子も見せず、ウリバタケさんにコミュニケを繋いだのです。
「ウリバタケ、あれを用意してくれるか」
「ちょ、ちょっとまて?! 今の状態であれを動かすのか?」
「客人が所望している。とりあえず動けば良い」
驚いていたウリバタケさんでしたが、きっと表情を引き締めると、一言、問いました。
「ラズリちゃん、約束、覚えているよな?」
「……ああ、知っている。約束しよう」
数瞬の沈黙の後、「彼」の返事はこうでした。
一体何の事なんでしょうか? ウリバタケさんは「北辰」の事は知らない様ですが。
ウリバタケさんは「彼」の返事に少々眉を顰めましたが、約束する、と言った姿自体は信用できると判断したのでしょう、頷いてコミュニケを切りました。
「踊り子、何を考えている?」
「北辰」が会話を終えると、如才なく身構えていた北辰が、疑問げに声を掛けました。
「さてな。だが、迷っている時間は無いぞ。
早くせねばこちらの機動兵器がお前達の艦を破壊してしまうからな」
数秒の間。
「……よかろう」
そうして、「北辰」は新機体に乗り、北辰と共に行ってしまったのです。
ラズリさんの体を奪い取ったまま。
【艦長室:テンカワ・アキト】
俺達は、ユリカの作戦通り敵戦艦の奇襲に成功していた。
迎撃のデンジンも退け、ボソン砲を破壊する事も出来、後は敵艦を行動不能にするのみ、という時に、攻撃中止の命令が下された。
理由は、ラズリちゃんが敵の人質になってしまったからだった。
どうしてそんな事になったのかが聞きたくて、俺は着艦するなりユリカの所へ向かった。
正直、怒りの感情も存在している。
俺達はユリカを信じて作戦に出ていた。
それなのに、ラズリちゃんが敵に浚われたというのだから。
だけど、ユリカの顔を見た瞬間、その感情は消え去った。
「アキト……、私、失敗しちゃった。失敗しちゃいけない所で、しちゃった……」
今にも泣きそうな青い顔でこちらを見、かき消えそうな声で呟くユリカ。
子供の頃俺の後ろを必死で追いかけてきた時や、あの別れの時の姿と重なる物だった。
それはいつものお気楽極楽で天真爛漫な姿の下に隠された、ユリカのもう一つの、隠された姿。
ある意味、いつもの姿は、この姿を隠すための演技、仮面なのかもしれない。
「私、相手は人間だから、自分の命を優先して撤退すると思ったの。
なのにあの北辰って人は、自分の命を危険に晒してまで、この船に潜入して目的を達する方法を選んだの」
身を震わせ、首を振る彼女。
「考えなかった。一歩間違えてたら爆発に巻き込まれたかもしれないのに、生身で出てくるなんて。
だってここが急所となる戦いでもなくて、単なる新兵器の実験みたいな戦闘だよ。
なのにそこまでするなんて」
何かに気づいたように、大きくなり始めた声を止め、彼女はまた頭を振った。
「ううん、わかってるの。これがただの言い訳だって事。
私、艦長なんだから、そこまで、ギリギリまで考えておかないといけなかったの」
そのままユリカは俯いて黙り込む。
沈黙が満ちる部屋。
「アキト……キスして」
それを破り、俯いたままのユリカの口から出た言葉。
「私、キスしてくれたらまた頑張れると思うの」
何かを期待するかの様に、いやそれとも何かに縋るかの様に、こちらを見上げるユリカの瞳。
だけど、何故か俺は動けなかった。
「ごめんなさい……」
見上げていた瞳がついと下がり、そう言い放ち、彼女は俺に背を向ける。
「私、嫌な女だね。覗き見はするし、やるべき事はやれないし。なのに、こんな時だけアキトに縋って。
本当、最低だよね。アキト、私の事嫌いになっていいよ」
瞬間、俺は何かに突き動かされたかの様に叫んでいた。
「待てよ、ユリカ。
確かにお前は失敗したかもしれない。だからってこのまま逃げ出すのかよ」
びくりとユリカの肩が震える。
俺はその肩を掴み、強引にこちらを振り向かせつつ、語り続けた。
「ラズリちゃんが助けを待ってるんだろ。
きっと彼女は、お前や俺達の身を案じて、自分を犠牲にしたんだ。
だったら、俺達はそれに応えないといけない。
大丈夫さ、イズミちゃんやミナトさんが帰ってこられたんだ。ラズリちゃんだって何とかなるさ。
だから、頑張ろう。それに、俺そんな風に頑張ってるユリカの方が、好きだから」
驚き顔でこちらを見ていたユリカだったが、だんだんとその瞳が潤んでくる。
「あ……アキトォ」
感極まったかのように俺に抱きつくユリカ。支えるため、抱きかえす形になる俺。
触れた柔かさと、僅かに感じる震え。流れた髪からの甘やかな香りが俺の鼻をくすぐる。
それらが何故か俺の胸を打つ。
見詰め合ってしまう俺達。何時の間にかだんだんと近づく互いの唇。
「ユリカ」
「アキト……」
その時、割り込む様に開かれたコミュニケ。
「艦長、レーダーに反応です。
救難信号らしき電波を発している物体がこちらに接近してきています。
ショックなのはわかりますが、ブリッジまで来てください」
「「わああっ?!!」」
叫びながら弾かれた様に距離を取る俺達。
「……何してたんです?」
じとっとした目で俺達を見つめるメグちゃん。
「べ、別に何でも無いよっ!」
「そ、そうなのよ! メグちゃん、すぐ行くからちょっと待ってて!」
泡を食いつつ俺達は言い訳っぽい台詞を吐く。
でも、やはりというかなんというか、メグちゃんの視線はそのまま変化しなくて。
「別に、今更もうどうでもいいですけどね。こんな時にそういう事している余裕があるんですか?」
「「……ごめんなさい」」
俺達の謝罪の言葉が被ってしまう。
「もう、声を揃えちゃって」
メグちゃんはそのまま呆れたような溜息をつき。
「誰にも言いませんけどね。でも、貸しにはつけときます。
アキトさんはこれで二つ目です。しっかり返してくださいね」
言い残してコミュニケは切れた。
「メグちゃん、アキトに振られたせいか、言うようになったね。
今までアキトの前では猫被ってたのに」
ユリカがコミュニケの消えた空間を見つめたままぽつりと呟いた言葉に、俺は驚く。
「お前、何で俺がメグちゃん振ったの知ってるんだよ?!」
慌てて聞き返すと、ユリカの目が泳ぎ、しまったという感じの表情になる。
照れ隠しかこりこりと頬を掻きつつ、口を開くユリカ。
「あのね、この前、アキトに会いに食堂行ったら居なくて。
つい艦長権限で場所調べたら、ジュンコちゃんと会ってるじゃない。だから気になって……」
それで見に来て、俺がメグちゃんを振った、ユリカが好きだと言ったのを聞いてしまったのか。
「最近、妙に積極的だったのは、そのせいか?」
俺がさらに質問するとユリカの頬に赤みがさした。
「私、凄く嬉しかったの。天にも上る気持ちってこんなのかって気分だった。
だけど、盗み聞きだから、黙ってなくちゃ、知らないふりをしなくちゃって思って。
でも、どうにかしてアキトにちゃんと言って貰いたくて。それで、出来たらその先とかも……」
言いながらユリカの顔はどんどん赤くなり、とうとう俯いてしまう。
俺には、何故だかその様子が凄く愛しく感じられ、彼女に両腕を伸ばし、抱き寄せてしまう。
見詰め合う俺達。だんだんと近づく互いの唇。
「ユリカ」
「アキト……」
再び、割り込む様に開かれたコミュニケ。
「だから、そういう事は後にしてくださいって言ってるでしょう」
「「……ごめんなさい」」
再び、俺達の謝罪の言葉が被ってしまう。
メグちゃんは先程よりずっと長く、呆れた様な、いや、呆れているに違いない溜息をつく。
掛ける言葉も無いらしく、今度は無言でコミュニケは切れた。
数秒の沈黙。
「さて! 艦長として仕事しに行きますか!」
雰囲気を変えるかのように、ユリカは自分の頬を両手で叩き、叫んだのち、部屋の扉へと歩き出す。
と、いきなりユリカは振り向き、真剣な顔で俺にこう言ってきた。
「アキト、がんばろうね。
私達皆が幸せになれるように。
ラズリちゃんは、私達にとって、ううん、ナデシコの皆にとっても大事な子だから。
絶対助け出そうね!」
「ああ、そうだな、絶対助け出すんだ」
彼女の台詞に、大きく頷く俺。
……約束だからとか、借りがあるからとかじゃなく、皆で幸せになる第一歩として、彼女を助けに行くんだ。
そう心の中で呟きつつ、俺はユリカと共に歩き始めた。
【ルリ自室:ホシノ・ルリ】
「ルリ姉……ラズ姉が居なくなっちゃったよう……」
泣きそうな顔で、私に縋りつくラピス。
「私、頑張るって言ったのに。大丈夫って言ったのに」
「ラピスのせいだけじゃないから。私だって、何も出来なかった」
彼女を抱きしめ、優しくゆっくりと背中を撫でる。
暫くの間は、私も彼女も、何も言えなかった。
しかし、彼女を慰めているうちに、私の心の中で、決意が固まって行く。
「ラズリさんが、居なくなった訳じゃないはずです」
私の言葉に、ラピスは驚いたかの様に顔を上げる。
「きっとラズリさんは、体を乗っ取られただけ。
だからラピス、取られた物は、また取り返せば良いんです」
あの「北辰」相手に私達が直接戦って勝てる訳はありません。
でも、私達には私達のやり方があります。それを使って助け出します。
どんな事をしてでも、取り返してみせます。
ラズリさんは、私達の大切な人なんですから。
【後書き:筆者】
第十九話Cパートです。
うーん、纏まりきらなかったです。
……やはり、原作の複数の話を混ぜ合わせるのは無理があったのか?
それだけじゃなく他の方の作品の影響が出ているシーンがあったりしますし。
まあ、切りは悪くない気がするので、十九話はお終いにして次回は二十話です。
さて、次に。
黒アキトのラピスサポートや、エクスバリスのグラビティブラストの構造がこうなのかは、全くわかんないです。
とりあえずノリ優先で行きました。
しかしあれですね。天才の策は驚嘆するだけですが、天然者の策は唖然とするというか愕然とするというか。
スゲーじゃなくてポカーンって感じで、どこまで策なんだか素なんだか。
……でもエクスバリスがジガンになるってどうなの?
やっぱり無理がある気がしないでもないですねぇ。(苦笑)
ジガンはスパロボOGの中では好きな機体の部類ですが。
一番好きなのは、今んとこやっぱりフェアリオンで特に合体攻撃ですね(w
ちびこくて可愛いのがくるくる踊ってるの見ると、幸せな気分になるのですよ。
では、また次回に。
代理人の感想
「コミニュケ」じゃなくて「コミュニケ」ね。とりあえず。(笑)
それはともかく、確かにごちゃごちゃ詰め込んだ感はありますが、それなりに纏まってはいるかと。
というか連載の場合は「切りがいい≒纏まっている」という面もありますので余り気にしなくてもいいんじゃないでしょうか。
>待てば懐炉の火よりあったかい
秋山源八郎か、君は(笑)。