第8話

【???:???】

      ・
      ・

「そうか……。なら、今度こそ!!」

      ・
      ・
      ・

「ここで死ぬのも良いか……」

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      ・
      ・
      ・

「ラピス、お前にはこれを」

      ・
      ・

「運命を呪い、復讐に狂った男の記憶さ」

      ・
      ・
      ・

「さよならだ、ラピス。そしてユリカ、ルリちゃん、すまない……」

      ・

「嫌、アキトが死ぬなんて。そんなの絶対嫌」

      ・
      ・

「なに!! ラピス!!」

「アキト!!」

【展望台:テンカワ・ラズリ】

叫び声と共に目が覚めた。
何か夢を見ていた様だ。
内容はもう思い出せないけど。

周りを見回す。
横にはアキト、ユリカ艦長、イネスさん。
ジャンプの影響か、三人とも眠っている。

ボクも一緒に居られたんだ。
やっぱりボク、未来の「アキト」なのかな……。
目が覚めたら、沢山の予知、いや、未来の記憶が戻っていたんだ。
だけど、肝心な事、ボクが誰なのかって事がわからない。
でも、未来の記憶から、一つ可能性を見つけた。

ボソンジャンプ。

ボクがランダムジャンプで未来から戻ってきた人間だってのは間違ってないと思う。

戻った記憶は「アキト」のだから、ボクは「アキト」なんだと思うけど……。
でも、その記憶だって、「アキト」としての記憶はナデシコに乗ってからのが大部分だ。
「アキト」だったらそれまでの記憶もあってもいいはずだ。
それに、もしランダムジャンプのせいなら、それが起きた理由が思い出せないのも気になる。
記憶はジャンプの影響で忘れているだけかも知れないけど。
もしそうだとしても、テンカワ・アキトと姿や能力が違うってのが問題なんだ。
今のままじゃ「アキト」の記憶をバーチャルリアリティで見せられた様な物だ。
あれより、もっとリアルで、苦しい物だけど。
でも、この体になった理由がわからなきゃ、確信できないんだ。

確信できない理由はそれだけじゃない。「アキト」の記憶の中に何故か混じる、違和感だ。
自分が「アキト」であるような気はする。だが何故か、「アキト」では無いという気もする。
そう、最初に目覚めた後、アキトに会って彼の名前を思い出した時と同じ感覚。

どうなんだろうか。ボクは、「アキト」だと思っていいのか?

悩み始めた時、アキト達の顔が目に入った。

自分が「アキト」だったとして、今の状況で「俺」に出来る事は、このアキトやユリカ達を、あんな目に遭わせない様にする事ぐらいだ。
それは、「記憶」を思い出す前に考えていた事、皆の手助けをしたい、護ってあげたいという事、それと同じ事だ。
ただ、あの時よりも、もっとしっかりした理由が出来たというだけだ。
いや、自分が「俺」かどうかは、この事に関しては問題じゃない。
ナデシコの皆は「俺」をテンカワ・ラズリと思っているんだから。

……なら、「ボク」はこれから、アキトやユリカ艦長、ルリちゃん達ナデシコの皆を護る為に動く。
木連と地球がどうとかなんて、知らない。火星の後継者や北辰に対する恨みなんて、関係ない。
「ボク」を助けて、色々してくれた皆に報いる為に、ボクは動く。テンカワ・ラズリとして。

ボクは、そう決めた。

「えええええええーーーーーっ!」
決意を新たにした時、ユリカ艦長の叫び声で思考は中断された。
彼女が周りを敵に囲まれているのを見て叫んだんだ。
「グラビティブラスト広域放射!」
「了解しました」
ユリカ艦長の命令を、あっさり了承するルリちゃん。
確か、この行動は……!
「ルリちゃんそれは駄目!!」
「発射します」

連合軍の艦を巻き込んで起こる爆発。
届きまくる抗議の通信。

あ〜あ……。

【???:テンカワ・アキト】

俺は、夢を見ていた。

まだ子供の時の、俺とユリカの夢。

「アキト、どうしたの。ぽんぽん痛いの?」
「うるさい、あっち行け」
「じゃあ、元気の出るおまじない、してあげるね」

近づく顔、そして唇に柔らかな感触。

「お、お前何するんだよ!」
「良かった、元気になった。アキトが元気無いの、嫌だから」
その言葉と共に俯くユリカ。
「何でだよ」
「だってアキトは私の王子様だもん!」

笑いながら顔を上げるユリカ。
顔を上げたユリカは子供じゃなく今のユリカで、しかも純白のウエディングドレス姿だった。

だが、その姿がまるで金属の彫像の様になって行く。

叫ぼうとしても声が出ない。
見ると、自分の体もその金属へと変わって行く。

俺は、声にならない声を上げながら、動かなくなってゆく体をユリカへと伸ばす。
だがその手は届かない。
ユリカの姿が消え、俺は闇へと堕ちていった。

【展望台:テンカワ・アキト】

目が覚めたら、展望台に居た。
隣には引きつった顔のユリカと困った顔のラズリちゃん。
それともう一人、幸せそうな顔で寝ているイネスさん。
今の夢といい、この状況といい、何なんだ、一体?

【ハンガー:テンカワ・ラズリ】

チューリップを通って出てきたのは地球圏。
しかも、木星蜥蜴と連合軍の戦闘のど真ん中。
そのせいで、ユリカ艦長のグラビティ・ブラストは軍をまきこみ、軍の救援無しで戦闘する羽目になった。
「記憶」と同様八ヶ月経っていて、やっぱり木星蜥蜴も性能アップしていた。
でも、ナデシコはほとんど無傷だから、「記憶」より楽なんだけど。
実は、無傷だからグラビティ・ブラストを撃たなくても何とかなりそうだったんだけどね。
全くもう、上手く行かないものだねぇ。
そんな時「記憶」通りやって来た、ナデシコ二番艦コスモスと新型のエステバリス。

このおかげもあって、戦闘は結構あっさり終了して。
ボク達が待ちかまえる前で「記憶」と同じ様に新型から降りてきたのは。
「僕はアカツキ・ナガレ。コスモスから来た男さ」
アカツキ・ナガレ……「記憶」によるとネルガルの会長さん。
「ま、これからよろしく」
その言葉と共に歯が光る。
これまで「記憶」と同じだよ……。

【ラズリ自室:テンカワ・ラズリ】

ナデシコはドック艦でもあるコスモスに収容されて、火星の生き残りの人達の引き渡しをしている。
でも、ネルガルは火星から持ってきた研究資料の方が大事みたい。
やっぱりネルガルは火星遺跡関連のデータが欲しかったんだな。

そういう受け渡し作業はルリちゃんの方が得意だし、戦闘の後だった事もあり、ボクは休憩中。
だからボクは、部屋で色々考えていた。

「記憶」と現在の状況の違い。
ガイさんや火星の生き残りの人をある程度助けたりと、幾つか違いがあるけど、ネルガル関係はほとんど変わりがない様に思える。
だから、アカツキさんと、暫くしたらやって来るはずのエリナさん。この二人に対しては色々気をつけなくちゃ。
アキト達ををボソンジャンプに関わらせる訳には行かない。
「未来」と同じ目に遭わせたくないから。

そんな事を考えている間にもう一度戦闘。

【ラズリ機(ダンシングバニー):テンカワ・ラズリ】

今回の戦闘、「記憶」だとアキトが遭難するみたいなんだ。
今のアキトなら大丈夫だと思うから、余り気にしないでいいかな。
「みんな! フォーメーションはホウセンカ! ……アキトは右翼、遅れないで!」
「「「「「了解!」」」」」
「……り、了解」
何だかアキトの動きが良くない。
……まさか?

【アキト機:テンカワ・アキト】

目が覚めてから、何か気分が良くない。
頭の中に何か別の物が入っているような感じだ。
「くうっ!!!」
そんな事を思っていたせいか、バッタの体当たりを食らった。

モニター一杯にバッタの顔が映った時、体に異変が起きた。
体が動かない。
いや、体の感覚が無くなって行くんだ。
目が霞み、音が聞こえなくなって行く。
だが一番の恐怖は、舌の感覚、味覚が無くなって行く事だった。
俺はコックになるんだ!
味覚が無くなったらコックになれない!
嫌だ! 助けてくれ!!

「アキト、もう大丈夫だから! しっかりして!」
その言葉が聞こえると同時に感覚が元に戻った。
五感がまともなのを確認して思わず安堵の溜め息をつく。
でも今のは何なんだ?
俺、どっか体の具合でも悪いんだろうか?

おっと、今は戦闘中だ。
機体を動かそうとして、自分の機体が今まで勝手に動いていたのに気づいた。
これはラズリちゃんの仕業か?
彼女にそれを聞こうとした時、彼女の機体が攻撃を受けた。
「ラズリちゃん!!」
彼女の機体が急加速していく。
あの加速は普通じゃない。まさか、彼女に何かあったのか?!

【ラズリ機(ダンシングバニー):テンカワ・ラズリ】

「アキト! バッタから手を離して!!」
だけどアキトには聞こえていないのか、機体は手を離さない。
やっぱり、「記憶」通りの事が起きようとしているのか?
なら、こっちから操作を!!

「アキト、もう大丈夫だから! しっかりして!」
ボクはアキトの機体をハッキングして吹っ飛んでいくのを止めた。
でも、そのためにこっちは無防備になってしまい、バッタの一撃が命中してしまう。
「うあっ!!」
それによって推進装置が暴走した。
「嘘!! 止まらない!!」
もしかしてボク、このまま遭難?!

【ナデシコブリッジ:テンカワ・アキト】

戦闘が終了してもラズリちゃんが帰ってこない。
「遭難……ですか」
「まあ、そうね。あの娘の機体「ダンシングバニー」は機体の性質上、通常でもバッテリーを積んでいるわ。
 だから、さしあたっての機動に問題はないはずなの。だけど、彼女の機体、推進装置がやられた様なのよ。
 それ故、今の状態では帰還時刻は20時間後って所かしら」
「じゃあ、帰還可能なんですね」
イネスさんの説明を受けたユリカの言葉で、周囲に安堵の雰囲気が広がる。
「機体はね」
だが、イネスさんの返答で、その雰囲気が凍った。
「機体はってどういう事ですか?!」
「空気が持たないのよ」
聞き返す俺に、簡潔な回答で返すイネスさん。
簡潔な返答故に理解するのも容易かった。
ブリッジはそのまま重苦しい雰囲気に包まれる。
俺のせいだ……。
あの時、俺がふがいないばっかりに!

「俺、助けに行きます」
そう言った俺を、皆が驚きの顔で見た。
「アキト、もしかしてラズリちゃんの事……」
何か勘違いしている様なユリカに、俺は理由を話す。
「そんなんじゃない。
 ラズリちゃんは、自分も記憶喪失で大変だろうに、俺の事色々心配してくれた。
 戦い方も教えてくれた。ラズリちゃんが居なかったら、今俺ここには居ないと思う。
 だからその借りは返しておきたいんだ」
俺はそのまま決意を口にする。
「戦闘機を一機、貸して下さい」

【ダンシングバニー:テンカワ・ラズリ】

「誰が助けに来てくれるのかな?」
何となく独り言を呟いてみる。
やれやれ、ボクが遭難とはね。
遭難自体は「記憶」と同じだけど、状況はこっちの方がましだから良しとしましょうか。

「ダンシングバニー」の羽根には遠距離探査のためにバッテリーが付いている。
推進装置が壊れなきゃ、自力で帰還できたんだ。
だから、普通のエステに比べて生命維持装置の持ちが良いんだ。
壊れた推進装置は強制分離したから、その分早くナデシコに着くだろうし。
それに、いざとなれば「記憶」の様にすれば良いんだもの。

でも、一人の時間が出来た事の方が良い事かもしれない。
考えなきゃいけない事は色々あるから。
自分の事。未来の事。アキトの事。ラピスの事。
そして、自分の記憶。
ただの「予知」だと思っていたのにそうじゃなかったんだ。
だから、今までみたいにこの「記憶」に頼りきる訳にはいかない。
今までみたいに、悪い「予知」だったから、それを変えるために動けばいいって訳じゃないんだ。
これは未来の可能性の一つだから、下手に変えると、この記憶とずれが大きくなって予測不可能になる。
くうっ、知らなかったとはいえ、今までいろいろやってきている。
大丈夫なのか? これで。
例えば、フクベ提督が無事でいるかとか……。
無事でいて下さいよ、提督。
今出来る事は無いとはいえ、ついボクはそう思ってしまった。

でも、未来の可能性の一つである以上、こんな「記憶」の未来にする訳にはいかない。
変えない訳には、いかないんだ。
何とかしなくちゃ。

そう思った時、遠くで何か光った。
「あれは……? 戦闘の光?!」
また、「記憶」通りだ。
こんな所までそっくりじゃなくていいのにな。

とりあえず今の状況で使える装備を確認する。
移動は……羽根を何枚か発射すれば反動で其処まで行けるな。
残ったバッテリーで手足を動かして一撃ぐらいは出来る。
よし、助けに行こう。

【ダンシングバニー:テンカワ・アキト】

「アキトとユリカ艦長だとは思わなかったな」
そう言ってくすくすと笑うラズリちゃん。
まぁ、助けに来て助けられてちゃしょうがないよな。

と、ラズリちゃんは笑いながらとんでもない事を口にした。
「ところで、三人になったから、このままだと到着まで空気が持たないって言ったら……どうする?」
「「ええっ!」」
いきなりの状況に驚く俺達に、彼女はこんな提案をした。
「で、誰か一人が降りたら持つとしたら、アキトは誰を選ぶ?」
顔は笑ったままだけど、ラズリちゃんの目は真剣っぽい。
「二人が先に行って急いで戻ってくるの。機体が軽くなるから間に合うよ」
本当なのか? じゃあ……?
ラズリちゃんはこの機体のパイロットだから当然残る。
残りはユリカと俺、となるとやっぱり……。

「俺が降りるよ」
それが一番だよな。
「駄目、アキト無茶だよそんなの。私が降りるよ」
ユリカ? いきなり何を言い出すんだ?
「お前やラズリちゃんにそんな無茶させる訳にはいかないだろ」
「私IFS持ってないから残っても役に立たないもん! だからアキトが残るの!」
「だからってお前一人放り出す様な危なっかしい真似が出来るか!」
「危ないのはアキトも同じよ! だからわたしが降りるの!!」
「うるさい! 駄目だ! 俺が降りる!」
「わたしが!」
「俺が!」
「わたし!!」
「俺!!」
「わたし!!」
「俺!!」
「わたし!!!」
「俺!!!」

「くくく……あははははっ」
俺達の口論は、突然耐えきれなくなった様に笑い出したラズリちゃんによって中断した。
「「ラ、ラズリちゃん……?」」
呆然とする俺達。
彼女は笑い過ぎで零れたのか、涙を拭いながらこんな台詞を言った。
「やっぱり二人はお似合いだね」
何の事だよ、今はそんな事言ってる状況じゃ無いんだろ。
俺がそう言おうと思った時、彼女はこんな事を言ってのけた。
「大丈夫。このままだと、って言ったでしょ。手足とか外せば十分着くよ」
何だってぇ〜〜〜〜?
そりゃ無いよラズリちゃん。
つまり俺達はからかわれたって訳?
憮然とする俺達を横に、彼女はパーツの切断作業を始める。
「ほーら、これでオッケーだよ」
パーツを取り外したエステの軌道予測が表示される。
確かに大丈夫の様だ。

俺達が安心した時、ラズリちゃんはまたもやとんでもない事を言ってきた。
「でも、これでよくわかったよ。アキトとユリカ艦長の相性が一番ぴったりだって」
「いきなり何なのよラズリちゃん?」
流石のユリカも顔を赤くして慌てている。
「だって、今のユリカ艦長とアキト、息がぴったりだったもん。もう、犬も食わないって奴だったね」
つまりそれって夫婦喧嘩状態だって言いたいのか?
「や、やだなあラズリちゃん、照れちゃうじゃない。でも、やっぱりそうなんだ〜」
そのまま妄想に突入するユリカ。
「お、おい、何言ってるんだよ。違うって」
俺も慌てながら否定しようとした。
「いいのいいの、ボク、わかっちゃったから」
人の話、全然聞く気ないな。

妄想中のユリカ。
人の話も聞かずに納得しているラズリちゃん。
この二人の横で、俺は盛大に溜息をつくしか無かった。

【同:テンカワ・ラズリ】

やっぱり、アキトとユリカ艦長が一緒になるのが一番だよ。
ボクが「未来」の「アキト」だったとしても関係ない。
「今」のアキトとユリカ艦長が一緒になるのが一番良いんだ。
だからボクはやっぱりそのお手伝いをしよう。
「アキト」の記憶のせいか、胸の中は悲しみが占めていたけど、ボクはそうする事に決めた。
いいんだ、こうすれば「今」のアキトも、ユリカ艦長も幸せになるんだから。

そうやって気持ちの整理をしていた時、思い出した事があった。
「記憶」だとこの時、自分が戦う理由について考えていた。
あの時はガイさんのためだったけど、今はどうなんだろう。
聞いてみた方が良いだろうね。

【ダンシングバニー:テンカワ・アキト】

しばらくして、ラズリちゃんが今度はこんな事を言いだした。
「アキトは、何のために戦ってる?」
「何でそんな事を?」
「聞きたいから」
理由になってないぞ。
でも、ラズリちゃんの表情、今度は真剣だ。何か訳があるのかな?
「あ、ユリカ艦長のは地球脱出の時に聞かせてもらいましたから、別にいいです」
ユリカが何か言おうとしたのをそう言って制する。

だけど、戦う理由か……。

やっぱり俺はコックになるって事は譲れない。
前にメグミちゃんに言った気持ちは変わってない。
でも少しだけそれに加わった事が有る。
だから、俺が戦う理由は……。

「俺は、俺の料理を美味いって言って食べてくれる人のために戦ってるような気がする」

考えた末、俺がそう言うと、二人はきょとんとした表情でこっちを見た。
「アキトは私のために戦ってるんじゃないのー?」
「ボクもそう答えるかなって思ったんだけどな。アキト、素直じゃないよ〜」
お前らなぁ……。

「私、アキトさんの料理、美味しくて大好きですから、きっと私のためですね」
そこへいきなり現れたメグちゃんのコミニュケ。
コミニュケが届くって事はナデシコが近くに?
慌てて見回すと、ナデシコが近づいてくるのが見えた。
安心する俺達の前に、コミニュケがもう一枚開く。
「お、オレもテンカワの料理は美味いと思うぞ」
リョーコちゃん?
「あたしだってアキトの料理は大好きだもん! 最近食べ過ぎで重くなっちゃったぐらいなんだから!」
ユリカの奴も慌ててそんな発言をして、彼女達は騒ぎ出す。
それを楽しそうに見ながらこんな事を言うラズリちゃん。
「あはは、アキト、モテモテだね」
勘弁してくれよ……。
でも、こんなに俺の料理を好きだって言ってくれる人がいるのは悪い気分じゃないな。


【ブリッジ:テンカワ・ラズリ】

「なんて終わってもらっちゃ困るのよね」
そんな言葉と共にやってきたキノコさん……ムネタケ提督。
この人、何にも変わってないか……。
仕方ないか、前に話した時は、「未来」の事「予知」だと思ってたから、巧い台詞も言えなかったし。
そう思ったのもつかの間、ムネタケ提督は驚くべき発言をした。
「ま、戻ってきたけど、アタシはあんた達が何しようが、あんまり文句言わないから好きにして」
え? この人出世に拘ってたんじゃなかったの?
その驚きの方が大きくて、もう一人副操舵士としてやって来たエリナさんまで気を回していられませんでした。

【通路:テンカワ・ラズリ】

「あら、久しぶりね」
周りに誰もいなくなったのを見計らってムネタケ提督に声を掛けると、提督は笑いながら返事をした。
何だか妙に嬉しそうだな。
「……何か、あったんですか?」
「アンタ達が火星に行っている間に、こっちも色々調べてたのよ」
そう言った後、提督はじっとボクの方を見た。

「アンタが言ったでしょう。アタシはもっと色々な事が出来るって。
 だから、アタシに出来る事がどのくらいなのか、少し試してみたくなったからね」
提督はそこまで言って、心底嫌そうな表情になった。
「……でもそれで、この戦争の事、かなり理解しちゃったのよ」
木連の事を、知ったって事? じゃあ、軍の上層部は木連の事もう知っているんだ。
いや、それはそうかも。「記憶」によれば、ネルガルなんかも知っているみたいだもの。

「で、アタシ、父親にこの事聞いたのよ。そしたら、なんて言われたと思う?」
提督の父親ねぇ?
昔提督が脱走謀った時調べたから、なかなかの人物らしいってのは知ってるけど。
……わからないな。
困惑しているボクの顔を見つめつつ、提督は答えた。
「お前はどうしたい? ですって。
 『お前の自由だ。公表するのも、無かった事にするのも、いつも通りに出世の材料にするのもだ。
  その事については、儂にはもうしがらみが多すぎる。だがお前はまだ、そうではないからな』
  そう言われたの」
なるほどねぇ。
確かに、提督が尊敬していただけの事はあるな。
提督はそこで、自嘲するような溜息をついた。
「目先の出世にばかり拘ってたアタシには、重い言葉だったわ」
父親が自分の行動をちゃんと知ってた様だとか、色々、思う事があったんだろう。

と、提督はそこで困った表情になった。
「でもねぇ、出世の道具にだけするのは、ひどすぎる秘密だったし、だからって公表するのはまだ凄くやばそうだし。
 流石のアタシも、これからどうするか迷ったわ」
そうだろうなぁ。ボクも思いだした時、どうするか悩んだもの。
「しかもアタシがこの秘密に気づいた事、ちょっとばれたみたいなのよね。
 アタシの父が黙ってるしかなかったぐらい、軍全体で隠していた秘密だから、結構拙いのよね、これって。
 だから、この艦に乗ってる方が安全だと思ったのよ」
軍の秘密なら、軍にいるより、ネルガルの艦にいる方が安全って事か。

「とりあえず今は時間が欲しかったから。この戦争、その内きっと、様相ががらりと変わるわよ」
こう言った提督の表情は毅然としていて、前の提督と比べたら、本当に同一人物かと疑ってしまいそうだった。
ボクが驚いているのを見て、提督は微笑んでから、肩を竦めた。
「そういう訳で、昔みたいにきーきー騒いでまで手柄を作る気しないから、あんまり言わない事にしたのよ」
提督、そういう事言える様になっただけでも、変わりましたね。

でも、そこでまた提督の表情が変わった。何か変な目つきだなぁ?
「それに、あんたの事、気になってたし」
ええ?! なんて事言いますかこの人。
「大変だったのよ。ネルガルと軍の仲直りって。でも、そうしないとここに戻ってこれなかったしね」
木連の事を調べた事といい、能力はある人なんだよね……。
でも、今はあんまり嬉しくない。
だって、何かこっちを見てる提督の頬がほんのり赤いんだもん。
きっと、自分の能力を自慢してるから顔が紅潮してるんだよね。
そうだよね、そうって決めた。うん。
ボクがそう思おうとしているのに、提督はますます衝撃的な事を言ってのける。

「ところで、今度の休暇に、食事にでも行かない?」
やっぱりそうなんですか?! もしかしてボク、口説かれてますか?!!
「え、遠慮しときます」
ボクが断ると、提督は思いっきり落胆した。
「そう、残念。この秘密もっと詳しく教えてあげようかと思ったのに」
秘密の方は聞きたくはあるけど、でも、提督から聞くのは何か怖い。
「これで、消される時は一緒よ、なんて言ってみたかったのに残念だわ」
人を勝手に巻き込まないで下さい。一緒なんて嫌です。
「気が変わったら何時でも来なさい。しっかり教えたげるから」
そのまま含み笑いで去っていく提督。

ああもう、どうしたもんかな。
「記憶」よりましかなぁ、とは思うんだけど、ある意味ではもっとやばい様な。
問題ばっかり増えて行くじゃないか。


だけど、ボクは、負ける訳にはいかないんだ。
アキトや、ユリカ艦長達を、あんな未来にさせないために。
ボク自身の事は、それからでもいい。
今のボクは、テンカワ・ラズリ。それでいいんだ。

だけど、ボクが本当に「アキト」だったとしたら……。







【後書き:筆者】

第八話です。

今回は恋愛フラグが一つ消えて、別の恋愛フラグが幾つか立った話です(違)。

それは置いといて。
ラズリ、記憶覚醒しました。
ですが完全ではないので、半覚醒と言った所ですか。
しかし、覚醒した事より皆の方が大事っていうのは。
いい娘だからなのか、ただよく考えてないだけなのか、それともラズリの人格部分が成長したのか。

とりあえず彼女、これからしばらくは普通の逆行者と同じ様に行動する(なんか妙な表現ですね)はずです。
だから、アキトの方に話の焦点を当てていく事になるでしょう。
後、アキトの子供の頃の夢、本当なら次の話なんですけど、此処に入れた方が展開として良さそうなので入れました。

……こういう時、一人称ザッピングは楽でいいですね。

次に、ムネタケも妙にナデシコに馴染みそうなキャラになって帰ってきました。
彼の扱いどうしようかと思ってましたが、結局こうなりました。
予想してた人もいるんでしょうねぇ……。
読者の反応が予想できても、それに対応した行動が出来なきゃ、予想してないのと同じな訳で。
まだまだです、自分。

それはそれとして、前回の「有能なガイ」、何だか好評でした。
ガイって代理人様が言ったように「能力は一流」のはずですから、あれくらいの思考は出来ると思うんです。
なんて言うか、彼、自分が馬鹿な事をやっているのがわかっていて行動している、「傾奇者」みたいな感じですか?
筆者、そう思い始めました。
それで、前にガイの出番、ホウメイガールズよりはあるって言いましたけど、変更します。
プロスぐらいはある、に。
微妙な評価ですが(笑)。

 

 

代理人の個人的な感想

いやま、恋愛フラグが完遂されちゃうと某氏の某有名キャラまんまなので難しい所ではありますね(笑)

もっともこちらはムネタケくんの方から口説いているわけですが。

(いやー、妙に新鮮だった(^^;>軟派ムネタケ)

 

それはさておき。

・・・・ひょっとしてTV二十一話の様に「混線」してますか?

アキトが五感を失っていくように感じたのは記憶の起こす白昼夢と言うか、

ゴーストペインみたいなものかと思いますが、その元はやはりラズリくらいしか考えられないわけで。

(まぁ、丁度あのタイミングで黒アキトの精神だけが逆行してきたとかそういう可能性もあるんですが)

だとしたら原因は・・・・ボソンジャンプかな? 遺跡がラズリとアキトを微妙に混同して再構成してしまったとか。

 

※ゴーストペイン:四肢を失った人間が失った筈の四肢に感じる「幻の痛み」。
           脳や神経に残ったデータ(キャッシュみたいなもの)が原因と考えられている。