二度目の火星の後継者の乱から60年余りが過ぎた。指導者層を完全に失った火星の後継者達は二度と組織として再起することができず,もはや完全に消滅していた。結局彼らは歴史の中では単なるテロ組織として名を残したのみだった。掲げた正義も理想も何一つとして残し得ずに。彼らは力によって起った。その力で負けた以上当然のことだ。彼らが正義の名のもと行ったことの全ては白日の下にさらされ,地球はもちろん木星の民からすら石もて迎えられることとなった。
 だが一つだけ謎として残ったものがある。乱のあと潜伏したと思われていた残党達は一切の行動を起こすことなく歴史から姿を消した。彼らの勢力はは残党とはいえ当時の統合軍の一割ほどには達していたと言われていたにもかかわらずだ。連合の手を逃れかっての木連のようにどこかに息を潜めているのだと主張する者も20年ほどの間は存在したが,やがてそれも消えた。変わって流れた噂が在った。
 
 彼らは‘闇’に飲まれて消えた。
 
 表社会では単なる噂とされていたが,裏社会では異なった。何故なら彼らにとり‘闇’の実在は明らかだったから。60年の時を経たいまでも。



奇跡



 ミスマル・ルリは病の床についていた。80を目前に控えた今となっては回復するのは難しい物だったが故に,彼女は入院するのを拒否して地球の自宅で静養していた。近いうちに確実に訪れる死を待って。この時代においても老いと死は人類には克服できないものだった。すでにかって共に戦った彼女の仲間達も大半がこの世にはいない。最愛の義姉は30を待たずして逝った。3年も持たないと言われていたにもかかわらず,6年間義兄の帰りを待ち続けて。彼女が最後に残した遺言がルリを此処まで生き長らえさせた。それは彼女の願いとも一致したから。だがそれもかなえられずに終わりそうだった。
 軍に在籍した50年間,彼女は彼を探し続けたが痕跡すら捕らえられなかった。それでもまだ彼は生きているはずだった。火星の後継者の残党の消滅,跳躍制御のため人体実験に及んだ研究機関全ての壊滅は,この60年ずっと続いていたから。裏社会ではすでに伝説になっている。‘闇’の目を潜り抜けられた機関は存在しない。そして狙われたなら決して逃れられない。捕らえるどころか姿すら掴めない。こんなことをするのは,そしてできるのは‘彼’しかいないはずだから。軍を退役してからの10年も彼女はあきらめなかった。義姉よりも深刻な状態であったはずの‘彼’が生きているはずが無いと言う仲間の言葉は無視した。‘彼’の生存を裏付ける‘現象’が起きているのに,どんなに説得力があっても‘推測’など認めるわけにはいかなかったから。
 それでもどうやら時間切れのようなのは認めざるを得なかった。時間がもう残されていないのを己自信で自覚してしまった。自分の願いをかなえるには自分の一生では代償にはなりえなかったのかと悩む彼女をわずかに残された彼女の仲間の一人,ハリはただ見守るしかできなかった。

「やはり,自分も手伝います。」
 何度かそう申し出たことはあった。だが答えはいつも同じ
「いえ,これは私の仕事です。」
 そうきっぱりと答えるさまは凛として年齢を感じさせず美しかった。
 それに見惚れたのは妻には内密にしてある。見抜かれているのだろうが,気づかない振りをしていてくれているようだ。ハリは20代で結婚し今では孫にも恵まれている。一方のルリは一人身だった。義姉亡き後,養父の願いで正式にミスマルの家に入ったが夫を迎えることは無かった。20世紀から続くミスマルの家を途絶えさせるのは申し訳なく思っていたようだが,彼女の譲れない理由は明らかだったので養父は笑って許したと言う。だがそれゆえ彼女にはたくせる者がいない。そして,それは自分の役目だとハリは誓っていた。


 しんしんと雪の降るのことだった。訪れたハリにルリが唐突に告げた。
「どうやら私はここまでのようですね。」
 思わず絶句するハリにルリは重ねて告げる。
「ですが此処でやめるわけにはいきません。せめてユリカさんの伝言だけは‘あの人’に届ける義務が私には在ります。」
 病み衰えているはずの瞳に決意を満たして続ける。
「これは私の仕事だと自分に言い聞かせて此処まで着ましたが,もういいでしょう。ハーリー君。あなたにお願いがあります。」
 ようやく立ち直ったハリは,その続きは言わせなかった。
「わかりました。あとはおまかせください。自分が,自分が力尽きたならジルに託してでも‘彼’に伝えます。」
 今度はルリが絶句した。
「わたしは,まだ,なにもいってませんが。」
 ハリは苦笑した。
「気づかれてなかったんですか?‘艦長’私もそして皆もあなたがそう言ってくれるのをどれだけ待ったと思っているんです?50年ですよ。もう私ぐらいしか残っていませんが,これほど嬉しい事はありません。
必ず成し遂げます。どうかご安心を。」
「‘あの人’はもういない。そう言っていたのはあなたたちでしょうに。」
「それでも,今なおあの‘現象’は続いている。‘彼’か‘彼の遺志を継ぐ者’がこの銀河のどこかに必ずいる。そう信じてこられたのでしょう?それを自分が継ぎます。」
 ルリは少しの間無言だった。
「……ありがとう。」
やっとそれだけの言葉を紡ぐ。少しして笑いの衝動に襲われ苦笑しながら告げた。
「わたしなんだか‘馬鹿’みたいですね。一人で意地を張って。みんなに助けを求めていたらひょっとしたらもっと早く手が届いたかもしれないのに。」
「それはぜひとももっと早く気がついて欲しかったですね。」
「自分にこの言葉を使うとは思いませんでした。」
苦笑は何時しか微笑みに変わり,周囲を暖かい雰囲気が包んだ。

「それではよろしくおねがいします。ユリカさんの伝言はオモイカネのA1178領域に保存してあります。‘あの人’に接触できたときに渡してください。」
「了解しました。……ひとつお聞きしてもいいですか?」
「いいですよ。大体解ります。”‘私’の伝言はいいのか?”ですね?」
ややためらいながら発したハリの問いにルリは即座に答えた。
「私は自分で伝えるつもりだったんです。伝言で伝えることはユリカさんに先を越されてしまいましたしね。‘あの人’に接触した‘報酬’ぐらいもらってもいいでしょう。そう思っていたので伝言は頼みません。ユリカさんの伝言がそのまま私の伝言です。」
ルリは,きっぱりと言い切った。
「了解しました。」
そして,今度こそハリも何の迷いも見せずに言い切り,10年振りの敬礼をルリに返した。


 数刻後,雪降り積もる夕暮れにハリがミスマル家を辞そうとする間際。
 ルリがいたずらっぽく微笑んで告げた。
「そうそう。ハーリー君。確かにあなたにお願いしましたけど,私の時間もまだ残ってるんです。」
「え?それはそうですけど……。」
ハリが戸惑いつつ答えると,ルリは微笑みながら告げた。
「まだ‘報酬’を諦めた訳じゃあないんです。私は。だから…これから競争です。私が勝ったら‘報酬’をいただきますね。」
 その言葉を理解するとハリは思い出した。
 この人はこういう人だと。
 自分が憧れたこの人は,どんな絶望的な状況でも微かに微笑みながら切り抜けてしまう。
 今の自分に残された時間を承知しながら,まだ諦めていないのだ。
 今まで費やした時間を考えるとそれは奇跡の領域だ。
 それでもハリは奇跡は起こるかもしれないと思えた。自分の決意も誓いも無駄なものになるかもしれないと感じた。そして,そんな奇跡が起こることを心から願いながら言った。
「解りました。普通なら負けませんよと言うところですが,今回に限りぜひとも自分に黒星をつけてください。」
「結構言うようになりましたね,ハーリー君。私に勝てる気ですか?」
「そりゃあ伊達に艦長に鍛えられてませんから」
そういって笑いあう
「しかし,この競争ちょっと不公平ですね。」
「どういうことです?私にだけ報酬があることですか?」
「いいえ。自分の報酬はもういただきましたから。」
そういうハリの前でルリが微笑んでいた。自分が皆がずっと見たいと思っていた笑顔で。



それから3日後
いまだ降り続く雪の日にミスマル・ルリは息を引き取った。
葬儀は故人の希望でごく親しい人のみでささやかに行われた。
喪主はハリが勤めた。ミスマル家にはもう彼女の義姉も養父もいない。遠縁の親戚がいるにはいるが,どうせ血のつながりは無かったので,最も故人と縁深かったハリが勤めることになったのだ。
かっての仲間達の顔は多くが欠けているがその代わりにその子や孫達に見送られルリは静かに眠っている。
心底幸せそうな笑顔を浮かべて。


葬儀の翌日オモイカネにアクセスしたハリはその笑顔の理由を悟った。
オモイカネの厳重なプロテクトに50年間守られていたたった数行のメール
二人の女性の思いの全てが込められたそのメールには送信済みのアイコンがついていた

「まだ勝てませんでしたか。‘報酬’は受け取られたようですね。おやすみなさい,‘艦長’……ルリさん。よい夢を。いつかまたお会いしましょう。そのときは残念賞にでもまたあの笑顔を見せてください。」

ハリの声を聞くオモイカネが同意するかのようにウィンドウを点滅させた。





後書き

どうもはじめまして。HNを夕瞬というものです。
実はssどころか,ある程度の長さの文章をかくのも初めてなので至らぬところ多々在ると思いますが
勢いで書き上げてしまいました。どうかご容赦ください。
しかし,たったこれだけの文章を書くのに3時間近くかけてしまいました。
もっと長いssを書かれている方には頭が下がります。
キーを打つのが遅いのもありますが,今まで読むだけだった裏の苦労をちょっとだけ思い知りました。
まして長編なんて想像もできません。どれだけのエネルギーが掛かるのか……
とか言いつつ複線に見えるのは気のせいじゃ在りません
なぜかと言うとこの作品もともと前編のつもりだったんです。
アキトと死の直前のルリの再会を書こうとしていたら膨らみすぎまして纏まる所で纏めたのがこの作品です。計画性全く無し(汗)
これだけで纏めたので後編と言うか本編は書かなくてもいいかなあと思ってます。
まあ,書いてみたい気もありますが

補足
ジルはハリの孫です名前だけなので適当に決めました。
あとハリがやたら硬いのは50年も軍人やってたせいということにしてください
もはや完全にオリキャラ化してます。すいません
一応ハリと名乗らせて差別化したつもりです。70過ぎて愛称も無いだろうと言うことで
本人結構気に入ってるんですけどね
あまり歳食ってるように思えないかもしれませんが設定上二人とも80歳前後です
平均年齢だけならここでトップを取れるかも…
最初はユリカをメインにして30ぐらいでやろうかとも思ったんですが
こっちのほうが重みがあるかなと思って歳をとらせて見ました。どうでしょうか?

最初に書いたように夕瞬,完全に初心者です。批判,批評等在りましたらご遠慮なくお願いします。
いい経験になりますので。それでは失礼します














代理人の感想

ん、いいですね。

いいです。

 

ただ、オチが少し説明がいまいちだったかなと。

一目では結果がわからないというか、意図が伝わりにくい為に理解に時間がかかるというか。

もっと鮮烈に、たった一行だけで描写と感動を伝えられるような文章というのが理想ですね。