目の前には漆黒の機動兵器。己の鎧は真紅の機体。
 荒涼とした礫砂漠の広がる火星の大地の上に立つ機体はそのただ二機のみ。
 本来己の周りを囲むべき部下の六人衆が駆る六連は既に目の前の機体に落とされた。六機がかりで敵に与えた損傷は、敵機の左肩に突き刺さる錫杖ただ一つ。それも敵機の堅固な装甲にとってはかすり傷のような物だろう。守りに入ったかに見えた敵機を一気に落とすため、総攻撃を命じたのが僅か1分前。その際に発生するだろう一瞬の隙を狙っていた自分が介入する隙など一切見せ無かった。敵機と交差した4機はほとんど一瞬で切り結ぶこともできず葬られた。ならばと距離をおいて錫杖を投じた2機は、腕を引き戻す前に一気に距離を詰めてきた敵機の高収束DF攻撃で爆散させられた。まさに一蹴。
 自分とほぼ互角。木連の暗部においても最精鋭といっていい六人衆だったが、人の身ながら修羅と化した者を相手とするには役者が足りなかったようだ。たった2年で自分の30年に及ぶ修練で身に付けた物に追いつくほどの物を身に付けてきたことには正直戦慄を覚えた。

「たった2年でまさか此処までの使い手になるとはな。人の執念見せてもらった」

 その賞賛の言葉は自然と口をついて出た。

「…………」

 それに対するのはただ沈黙。機体越しにも相手の鬼気が感じられる。それは明らかに人の纏う物だ。まさに修羅。自分の最後の相手にはこれ以上無い。北辰の口元には何時の間にか何時もの嘲笑の笑みではなく、歓喜の笑みが浮かんでいた。




武人




「草壁らは敗れた」

 出撃前、六人衆を前に珍しく北辰は声をかけた。

「主力たる艦隊が無力化された。この時点で勝敗は決した。今更我らが出たところでナデシコの艦載機を数機落とすのがやっとという所だろう。本来なら我らの役目は捕らえられるであろう草壁らの救出、奪還のため闇に潜伏し時を待つことであろうな」

「そうは、なさらないので?」

 部下の問いは当然の物だろう。最善策が見えながら他の手段をとることなど、普段の彼らの長からは考えられない。情や自らの危険に一切頓着せず任務達成のみを第一とするのが彼らの長の普段の姿なのだから。

「我らは命令には反せぬ。幼少の頃より刷り込まれた呪縛故にな。だが今なら草壁は一切の行動を封じられ我らに干渉できぬ。敵はナデシコただ一隻。あれさえ落とせればと思っていることは間違いない。その意を察して行動することは命令には反さぬ」

「と、言いますと?」

「出撃する、時を待つ。どちらをとるかは我らが意にゆだねられているという事よ」

「ならば!」

 部下の驚愕の声にあくまで淡々と北辰は答える。

「外道のまま時を待つのが最善策。だが、武人として挑むことも今ならば可能ということだ」

 そのとき六人衆が感じたのは歓喜そのものだった。当然だ。彼らは外道。そう生きることしか許されなかった者達。かっての木連、そして火星の後継者の掲げる正義に暗部など存在しない。そう、存在しない者として扱われてきたのだから。掲げる正義を信じぬ者など自分達の中には居らぬ。そう信じられてきたのはある意味間違いではなかった。正義を信じられなかった僅かの者達、木連では彼等は人として生きることを許されなかったのだから。人外の外道そう生きることを強制され、呪縛に縛られた。そうでなければ抹殺され英雄として別の形で人外の者と化された。白鳥九十九のように。極僅かの間であれ武人として生きる。それは彼らの願っても決してかなえられることの無い悲願だったのだから。

「それで長はどうなされます?」

 震える声で尋ねた部下の問いに、北辰ははっきりと答えた。

「無論主らと同じよ。我等は外道。人たるを捨てし者。過ぎし時は戻らぬ。故に、今更只人に戻り生きようとは思わぬ。だが、武人として生きられるというなら、迷うことなくその道を選ぶ」

そう、今だけは自分達を縛る呪縛は存在しない。ならば、この只一瞬のみは己の心のままに……

「闇に潜みし我等が力、最後に歴史の表舞台に生きる者達に見せつけてくれよう。正義を信じる火星の後継者にも、光の下生きてきたナデシコの者どもにもな」

 六人衆は無言で膝を折り賛同の意を表した。



 そして、この結果がある。
 結局ナデシコまで辿り着くことすらできなかった。
 立ち塞がったのは、白亜の戦艦を従えし呪いの黒百合。
 彼らが初めて求めた光の下での戦い、その相手は自分達と同じ闇に生きる者だった。
 
(‘業’からは逃れられぬか)

 無理も無い。因果は巡る。自分が生み出した者だこの相手は。
 自分達とは違う形で火星の後継者に人として生きることを奪われたはずの者。正義のための礎。そうされた者たちの思いが具象化した存在。奪われなお人として足掻き続け、修羅の高みにまで上り詰めし闇の王の後継者。
 足掻いていれば自分もこのように在れたのだろうか。僅かに心が揺れる。
 だが、それも一瞬のことだ。自分が今居るのは、己が望んだ戦場。目の前には最後の相手として申し分無き修羅。武人としてこれ以上は望むべくは無い。

(最後の戦い存分に楽しませてもらうぞ)

 次の瞬間、対峙していた二機が動いた。
 修羅の駆りし漆黒の機体―ブラックサレナ―は後方に跳びつつ両手のカノン砲を連射する。その弾幕を己が真紅の機体―夜天光―を左右に振りつつ間合いを詰める。二、三発が避けきれずフィールドに着弾する。ダメージは無いが突進速度が僅かに鈍る。そこに追撃の連射が来る。咄嗟に機体を傾け斜角を持たせてフィールドに着弾させ弾丸をそらす。その次の一瞬で連射のため足の止まった敵機との間合いを一気に詰めた。裂帛の気合と共に右腕の錫杖を振り下ろす。それは、狙い過たず敵機の右腕のカノン砲を両断した。しかし、敵もただではやられない。引いていた左足を踏み出すと共に左腕のカノン砲を夜天光の右肩に押し付け即座に発射した。零距離射撃。夜天光のフィールドでも防ぎきれる物ではない。着弾の衝撃で二機は再び離れた。
 一瞬の攻防。結果、夜天光の右腕はかろうじてついているが、もはや戦闘の役には立たない。錫杖も失った。敵機の損傷は、右腕のカノン砲を失い、零距離射撃によるバックファイアで左のカノン砲も最早使用できまい。先の六人衆が与えた損傷もあること故、敵機の左腕も十分に動くとは思えない。
 結局、双方武器と片腕を失った。一見すると互角だ。だが、敵が失ったのは左腕。此方は利き腕の右腕を失った。僅かに敵のほうに分が有る。

(我を上回るか。面白い。実に面白いぞ)

 武人の血が滾る。長年求め、欲しながら決して手に入らなかった充足感。外道として生き、非道を働き、弱者の屍の上を歩んできたが、これほどの高揚を感じたことは一度も無かった。

「如何なる鎧を纏うても、己が心は偽れぬ」

 その言葉は、敵にのみ投げかけた物ではなかった。
 修羅の鎧を身に纏い、人の心を持ちつづけし、テンカワ・アキト。
 外道の仮面を被り、武人の魂を秘めつづけた、己。

(案外似ていたのかも知れぬな、我等は)

 その言葉は口から紡がれることは無い。此処は戦場。ただ、武をもってのみ語り合うべき場所だ。
 敵機からも応答は無い。ただ無言のままに腰を落とし右腕を引いた構えを取る。

「抜刀か……面白い。受けて立とう」

 そういって自機の腰を落とし、残された左腕を引いた。
 木連式抜刀術。北辰が極め、テンカワ・アキトが月臣元一朗から受け継ぎし技。
 其の極意は一撃必殺。
 次の攻防で全てが決る。
 勝者と敗者が。生者と死者が。

「これで……決着だ」

 初めて敵機から応答があった。それに答える。

「是非も無し。この一撃にて汝を葬る」

「死ぬのは貴様だ」

 それきり再び沈黙がその場を支配する。火星の大地にふく赤い風の音が周囲を包む。それ以外の音が脳裏から消えていく。己が機体の駆動音も、敵機の駆動音も、響きわたっている筈の戦艦の駆動音も意識には届かない。同時に相対する敵以外の全てが脳裏から消える。正義も悪も、火星の後継者もナデシコも、呪縛をもって己を縛りし草壁春樹への恨みすら北辰は忘れた。ただ眼前の敵を葬るのみ。それだけに意識を集中する。
 其の沈黙が続く中、ひときわ強い風が両者の間を吹きぬけた。小さな礫が一つ音を立てて転がった。聞こえる筈の無い其の音を、確かに北辰は聞いた。
 両者が同時に全力で機体を前進させ間合いを詰めた。
 一瞬で間合いが詰まる。
 先に抜いたのは北辰だった。左腕を突き出す。それは敵機の胸部を貫くはずだった。先の先をとるのが抜刀術の真髄。そして其の一撃は必殺。抜刀とはそういう物だ。
 だが、其の一撃は敵機の装甲に阻まれた。如何に堅固な装甲とはいえそこまでの強度は無いはずなのに。

(直撃の瞬間踏み込んで打点をずらしたか!)

 瞬時に悟るが、その一瞬で勝負はついた。敵機の右腕が夜天光の胸部を貫き、北辰を押し潰した。

「……見事」

 臓腑から溢れる血に構わず言葉を紡いだ。己を倒した者に対する賞賛の言葉を。
 それしか語るべき事は無かった。武人として相手が己を上回った。ただ、それだけだ。

(感謝するぞ。最後の相手が汝であったことを)

 己を倒した者に敬意を送る。外道であったなら決してしなかっただろう。自分は武人として死ねる。だからこそ、己より強き者にはふさわしき言葉を送れる。

(黄泉路より見せてもらおう。我を倒せし汝が何処までたどり着けるのかをな)

 其の思いを最後に北辰の意識は途絶えた。



 この戦いを最後に第一次火星の後継者の乱―草壁の乱―は終結した。
 公的な記録ではナデシコCによる電子制圧により鎮圧と記録される。
 それは確かに間違いではない。
 だが、其の戦いに関わっていた者達により、漆黒と真紅の戦いは語り継がれたという。
 火星最大にして最後の激戦として。
 ただ、その戦いを繰り広げた両者の名は残っていない。
 火星の大地のみが其の記憶をとどめている。





後書き


 どうも、第4作です。
 今回は実験作です。
 ネタに詰まって苦しんでいるうちに、自分にアクションが書けるのか?という疑問に突き当たりまして戦闘シーンを書いてみようと思いました。なんせ今まで語りしか書いてませんから。最初は、アキトと北斗でやろうかと思ったんですが、この二人の絡むシーンは時ナデでたいてい書かれています。第2部じゃアキトが居ませんしね。それに考えてみたらシリアスしか書けない私には昂気や必殺技は無理です。どうしてもリアルに思考が向かってしまうので…。それで北辰を使うことにしました。劇場版のラストを使ったんですが、何で最後になって出てきたのか解らなくなりまして考えているうちにこんなふうになってしまいました。まあ、そのまんま再構成するよりは良かったんじゃないかと思います。オリジナル色は限りなく薄いです。あくまで実験作ですので。
 そんな訳で今までの3作とはぜんぜん雰囲気が違います。メインは北辰。それのみです。外道となった理由を盲信から木連の正義を信じられなかったことに置き換えたら全くの別人になってしまいました。アイデンティティを反転させたんですから無理ないか……
 今までメインだった会話が少ないです。シーンがシーンだけに組み込めなかったんです。そういう意味でも実験作ですね。わりと会話が自然だとおっしゃってくれる人も居たんですがね。今まで程構成に凝っていません。劇場版をほとんどなぞりました。うーん読者様の評価が怖い。自分的には結構楽しんでかけました。ただ、やっぱ構成不足でオチが弱い。この辺自覚してます。どうかご容赦を。実験の誘惑に逆らえなかった私が悪いんです。申し訳ありません。

 
蛇足

 前作「再会」について元ネタの表記をしなかったため何人かの読者の方から指摘をうけました。
 よってこの場を借りて報告させていただきます。ヴェドゴニアというゲームの小説版から着想を得ました。
「不死者との死の間際の再会」はこれからとってます。ただ、内容は完全に別物に仕上げたつもりです。
 よってナデシコの方はともかくヴェドゴニアのイメージに合わないという指摘はご容赦ください。意識 していませんから。そもそも立ち読みしただけですからあまり覚えていないんです。


それでは乱文失礼しました。


 

代理人の感想

や、いいですよ。楽しませていただきました。

ただ、ご自分でおっしゃるようにメインはあくまで北辰であってアクションシーンでなく、

そう言う意味ではこれはアクション物ではないような、とは思いますがw

 

 

>ラストシーン

・・・ああ、やっぱり。

あのくだり、敢えて書きませんでしたがシチュエーションの肝の部分が似すぎているのが・・・

元ネタを知ってる人にはやはり印象が強すぎて逆効果だったかもしれませんね。