統合軍第2艦隊所属エステバリス第一教導部隊。
部隊名はライオンズ・シックル。
教導部隊と銘打ってはいるが、統合軍ではステンクーゲルが主に採用されていてエステバリスは少数派。統合軍でエステの教官役をする事は滅多に無い。新兵にはステンクーゲルが与えられるからである。実態は木連戦役中からエステバリスを愛機としてきた元連合軍の熟練兵を集めた特務機動中隊だ。
エステバリスとステンクーゲルでは操縦方法から異なる。
敷居は高いがより精密な動きが行えるIFS。
動作パターンは限られるが操縦が比較的容易である程度のクラスのパイロットの量産を可能としたEOS。
一長一短。
勿論ネルガルとクリムゾンもそれぞれの長所を生かし、短所を埋めようとしてはいるが、現状はそこに落ち着く。
つまり、質か量かの選択だ。
統合軍は量を選択した。
拡大を続ける新設の軍隊としては尤もな選択とも言える。
元木連の将兵の多くはIFSを所持していない。最初からIFSで操縦を仕込むのは時間が掛かりすぎるのだ。軍として早急に形を整えるにはEOSのほうが適していたという事だ。
尤も木星戦役で被害を受けたネルガルがクリムゾンとの暗闘に敗れたからだと言う意見もある。
それもまた事実。
両者の技術は拮抗しており、差は設計コンセプトから来る僅かな物であったのだから。
所詮一企業が突出した技術を持つ事など無い。
木星戦役におけるネルガルは遺跡というオーバーテクノロジーを有していたからこその例外中の例外である。
同じ人。同条件なら同じ事を考え出す。人が作り出したものなら、どんなに機密で守っても人は同じ物を作り出せる。先駆者にアドバンテージはあるが、それをネルガルは木星戦役で失った。結果戦役中に力を蓄えたクリムゾンに逆転を許した。
企業の事情はそんな所だが両機の性能は前述の通りである。
だが、熟練のエステバリスライダーにEOSを仕込みなおすのも無駄だ。
彼等にとってEOSは不自由な機動しか行えない枷となる。
事操縦の自由度に関してEOSはイメージで制御できるIFSに遠く及ばない。両機のエース同士を一対一で戦わせたなら殆ど間違いなくエステバリス側が勝つ。質は明らかにエステの方が上なのだ。
よって統合軍に編入された古参のエステバリスライダーは少数精鋭という形で部隊にまとめられ、運用された。
ライオンズ・シックルもそんな部隊の一つであり、その能力は統合軍屈指といわれていた。
火星の後継者の乱が勃発し、何時出動が掛かるかわからない緊張が高まる中
そのライオンズ・シックルを一人の連合軍少佐が訪れた。
銀の髪に金の瞳。ナデシコBの史上最年少艦長として余りにも有名なその少女の名はホシノ・ルリと言った。
戦友
(中編)
「隊長? この間の出動からずっとシミュレーターに篭ってるぜ」
応対した少尉は統合軍人としては珍しく普通に応対した。上官に対する口調がぞんざいなのは別にルリが連合軍人だからでは無い。この部隊の気風ゆえだ。統合軍の上官に対しても平時はこんな物である。組織はその長の気風に染まる。その典型的な例だ。
「そうですか。ありがとうございます」
ルリの口調もそっけないが丁寧だ。立ち場上は彼女の方が上官なのだが微塵も気にした様子は無い。
「でもよ。行っても無駄かも知れねえぜ」
その様に好感を憶えたのか忠告とも取れる言葉を返す。
「なぜですか?」
「姐御……いや、隊長ここんとこ鬼気迫る様子でな。とても訓練中に話し掛けれる雰囲気じゃねえ。よっぽどこの間の戦闘で小破させられたのが悔しかったみたいだ」
あれから半月ずっとそんな感じだ。
もともと熟練の隊員の中でも頭一つ抜けた実力の持ち主だったが最近は異常だ。まるで研ぎあがっていく日本刀のように切れ味を増していっているのが見ているだけで解る。
「ありゃあ、多分リベンジ果たすまで他の事なんか目にもはいらねえよ。……俺としてはその相手に同情するね」
午前の訓練で四対一でなお圧倒された。曲がりなりにもエース級の実力を持つ彼等がである。
それでも彼女はまだ満足していない。
まだ目指すべき所は遠いとでも言うように。
彼としては戦慄を感じるしかない。
「多分、大丈夫だと思います」
だが、そんな彼の忠告にルリはきっぱりと返した。
「なんでだ?」
不思議に思ってそう聞いてみた彼にルリはくすりと笑うと答えた。
「リベンジの機会を、持ってきたからですよ」
圧搾空気が抜ける音と共にシミュレーションピットのハッチが開く。同時に
「だーっ!!くっそっ!!また、やられたかっ!!」
シミュレーションルームにそんな声が響き渡った。
同時に勢いよくハッチから飛び出してきたのはまだ20代前半の女性。
スレンダーながらも出る所は出ている女性らしい体型。纏っているのはパイロットスーツ。体の線がはっきり見えてしまうものだが気にした風も無い。自信があるというより気にしていないといった感じだ。
容貌も整っていて外見だけ見れば大和撫子で通るだろうが纏う雰囲気はその真逆だ。
戦場の戦姫。
そんな表現が当てはまる。
ライオンズ・シックルの隊長にして元ナデシコクルー、スバル・リョーコである。
「ちっきしょう。さすがに勝てねえか。攻撃が飽和してやがる。よける所がありゃしねえ」
そう吐き捨てつつ、置いてあったドリンクを掴むとのどに流し込む。
極度の緊張で疲れきった体に水分が染み渡る。その心地よい感覚に浸っていた所に声が掛かってきた。
「いくらリョーコさんでもあのレベルの敵を相手に四対一では無理ですよ」
驚いて振り返るとそこに顔なじみの少女の姿があった。
「ルリ? 何でこんなとこにいるんだ?」
「何でじゃ無いですよ。何度も呼んだんですけどね。訓練中は全く気が付いてくれないんですから。集中するのは良いですが、戦場では情報も重要ですよ。命令聞き逃したらどうするんです?」
シミュレーション中に掛けた呼び出し実に4回。5回目は諦めた。
30分ただぼーっと待っているしかなかったルリにしてみればこれ位の皮肉は言いたくなる。
「悪い。悪い。ちょっとそんな余裕無くてな」
リョーコもそこを突かれると痛いのだが、集中しすぎると敵しか目に入らなくなる。治さなくてはならないのだが、今の仮想敵はそんな余裕を持たせてはくれない。一瞬でも注意をそらせば落される。
「まあ、奴等が相手じゃ無理ないですけどね。むしろ四対一で戦える事が異常です」
ルリが呆れたような声で告げる。リョーコが仮想敵にしていたのはアマテラスで確認された火星の後継者の機動兵器―六連―。その腕は尋常ではなかった。おそらくは元木連の暗部の最精鋭。一対一でも戦える者はそうは居まい。まして、それを複数相手取れる者などルリが知っている者では両手で余る。
それで満足できないと言うのだから洒落にならない。
何でそこまで? そう眼でたずねたルリにリョーコは表情を真剣な物に改めて言った。
「‘あいつ’は六対一で奴等を圧倒した。しかも同時にあの化け物まで相手にしやがった。‘次’の機会が来た時に‘あいつ’の力になるには、せめて露払い位出来ないとな」
それがリョーコの誓い。二度と遅れはとらない。無力である事に彼女自身が耐えられない。
‘次’の機会は必ず来る。
その時は証明してみせる。自らの力を。奴等を倒し、‘彼’と‘彼女’を取り戻して。
だからこそ今は牙を研ぐ。
信念だけでは戦闘には勝てない。
戦場で発揮できるのは自ら身につけたものだけだ。
精神論を始めから言っているようでは決して勝てはしない。
限界の戦場で初めて精神はその力を発揮する。そして、それは相手もまた持っている。狂信と言う名のそれを。その力は侮れない。だからこそ戦力で敵を上回っておく必要がある。その為の対価はいくらでも支払う。その姿勢こそが戦場で生き延びる為に必要な物だ。
「それが、私がここにきた理由です」
ルリもまた表情を改めて答えた。そこに居るのは齢16の少女では無い。敵と味方の戦力を計算し、勝利する方法を導き出す指揮官。限界の戦場でなお冷静に思考できる存在。
連合軍史上最年少艦長の肩書きはマシンチャイルドゆえの電子戦能力だけで得たものでは無い。
その思考こそが彼女の持つ最強の力。
その力が示したのだ勝つために必要な戦力を。だから彼女は此処にいる。
「……‘次’の機会が来ます」
「なんだと?」
ルリの言葉にリョーコは即座に反応した。それこそが彼女が今最も求めていた物だったから。
「私に辞令が下りました。最新鋭艦ナデシコCの艦長就任の辞令です。与えられた任務は火星の後継者の中枢の掌握。それでこの乱を終わらせます」
その言葉は一切の驕り無く、ただ淡々と紡がれた。
「……たった、一隻でか?」
出来るとなかば信じながらもリョーコが尋ねる。
「はい。私ならそれが可能です」
それが彼女の思考がはじき出した結果。
「そして、中枢を抑えた時、おそらく出てくる筈です。‘奴等’と、‘あの人’が。遺跡を、‘彼女’を賭けて」
そこが‘次’にして‘最後’の機会。
「アマテラスで見ました。‘あの人’の戦いを。‘あの人’なら‘外道’に勝てる。……戦いに邪魔さえはいらなければ」
だから、そのための戦力が必要だ。‘外道’を取り巻く六機の赤機―六連―それを取り除く戦力が。
「それで……俺か」
リョーコが確認するように尋ねた。
「はい。ヒカルさんとイズミさんにも声をかけました。そしてリョーコさんとサブロウタさん。現状で集められる戦力はそれが最大です」
六連を複数相手取れる者は両手で余る。ルリの知るその4人。その全ての人材を持って奴等を排除する。
欲を言うなら数の上でも対等以上にしておきたいが、予測される敵の拠点攻撃に対抗する戦力が地球にも必要だ。必要十分の少数精鋭で事に当たるしかない。そしてルリの思考が導いたのがこの4人。おそらくリョーコとサブロウタで五分。ヒカルとイズミが加われば戦力比で上回れる。
「ヒカルとイズミもか……ブランクは大丈夫なのか」
彼女等は木星戦役後エステを降りた。それぞれの道を見つけて。彼女達の力は誰よりもよく知っている。六連とも対等以上、二対一でも五分でやれる。三年という歳月が彼女達のカンを失わせていなければ。
「はい。さすがに鍛錬を続けたリョーコさんには及びませんが、あの頃の力は維持しています。さすが元ナデシコクルーと言うべきですかね」
実力第一で世界中から集められた人材。彼女達もまたリョーコと同じく地球圏屈指の戦闘技能者。その力を奪えるほどの力は三年という年月も持っていなかったらしい。
「そうか……」
リョーコの心に浮かんだ感情は歓喜。嘗て二人がエステを降りた時、二度と共に戦う事はないと思って彼女達が新たな道を見出した事を祝福しつつも寂しく思ったものだ。出来る事ならもう一度、共に。それはリョーコの胸に秘められていた願い。決して喜ぶべき状況では無いがその願いが叶う。アカツキは欠けるが嘗ての戦友が再び集う。赤き軍神の星で嘗ての‘四人’の戦友が。
「ちょっとした……同窓会だな」
「はい。同窓会です。そのつもりでミナトさんにも声をかけました。来られない方もいますが、可能な限り集めて見ました。実力的に文句は無いですから」
ウリバタケには声をかけられなかった。ジュンも軍務がある筈だ。アカツキとメグミ、ホウメイガールズは地球で何かたくらんでいるらしい。ホウメイは店があり、プロスとゴートも地球で任務。そして、エリナとイネスはおそらく‘彼’と共に在る。
こうしてあげて見るとそろわない方が多いがそれでも多くが同じ目標のために集う。嘗てと同じように同じ明日を求めて。立派な同窓会と言えるだろう。後は‘艦長’さえ取り戻せばいい。ナデシコの同窓会には不可欠なそのピース。それを取り戻すための戦いだ。
「負ける気がしねえな」
リョーコがそんな言葉をもらす。
戦争は勝つためにやる物だ。勝率無き戦いなどする物では無い。敵の力を削り、味方の戦力を整え、可能な限りの手を打って勝率を高めた後に戦闘はする物だ。
それでも、戦場に絶対は無い。些細な事から全てが覆る事がある。
それは理解しているが、それでも負ける気が全くしない。
「はい。私もです」
ルリも賛同する。この予感は外れない。そんな奇妙な確信がある。士気が嘗て無いほど高まっている。おそらく集った全員がそうだろう。奴等の信じる正義では無い。狂信でも、盲信でも無い。ただ仲間達との一体感、それがある。一人一人がそれぞれの思いでもって望む戦いだが、望む結果が、願いのベクトルがぴったりと一致している。それがはっきりと自覚できる。
「同窓会、参加してくれますか?リョーコさん」
ルリが尋ねる。
「今更聞くことかよ。当たり前だ」
きっぱりと答える。
「だけど、大丈夫なのか? 俺は統合軍人だぜ。連合軍戦艦なんかに乗せて」
連合軍と統合軍。この二つは決して仲がいいとは言いがたい。所属を移る事など出来るのだろうか? この戦時に。エースの一人である自分を連合軍に渡すほどの度量が自分の上司にあるとは思えない。
「そこは私が何とかしますよ」
ルリはあっさりとそう言った。悪戯っぽい微笑を浮かべて。
「そんなにあっさりと……一体何をする気だ?」
その微笑に思わず戦慄しながらリョーコが尋ねる。大体答えは予測できた。
「‘たまたま’‘偶然’とある資料を手に入れましてね。それを見せて説得すれば、まず大丈夫です」
「……ハッキングしやがったな」
「軍の上層にいる者。しかも利権の塊ともいえる統合軍。そんな地位にいる者は叩けば、叩いただけ埃が出てきますよ。例外が見つからないんですから……困った物ですね」
何食わぬ顔でさらっと言った。
「お前の行為も十分違法なんだが……」
冷や汗を流しながらリョーコが指摘する。
「失礼な事を言わないでください。‘たまたま’‘偶然’手に入れただけです。ハッキングなんて違法手段とるまでも無いです」
あくまできっぱりと言い切る。
「そうか……解った。任せる」
これ以上何を言っても無駄だ。
証拠は一切残していまい。たとえ万が一見つけられたとてそれ以上の弱みを握られた後だ。上の連中にはどうしようもあるまい。天災にでも遭ったと諦めてくれたらいいのだが……
この少女にだけは逆らうのは得策では無い。以前にも思い知ったが、改めて心に刻む。
「では、またナデシコで」
そう言ってルリが微笑む。今度は穏やかな懐かしさを込めて。
「ああ」
それにリョーコも答える。
もう一度、あの船で。嘗ての仲間と今ひとたびの再会を。新たな仲間と新たなる絆を。
その力を持ってこの戦いに勝利を。
もう一度仲間達と共に笑い合える明日のために。
後書き
中編をお送りしました。
予告どおりインターミッションです。
というか実はこの話も後編の導入のつもりで書き出したら膨れ上がって出来た物です。
同じ話で2度も同じ事をやらかすんですから私の計画性の無さもかなりな物です(汗)
というわけでラストバトルの前振り的話でした。
メインのリョーコですから特別にスカウトシーンを書いてみました。
ヒカルやイズミでも書けなくはないですが、書いてるときりがないですからね。
書いても似たような話になりますし。
メインの特権です。
それでは、後編で
乱文失礼いたしました。
PS.
何故かルリがちょっと黒くなってしまいました。
この影響が……でないと良いなあ。
代理人の感想
劇場版のルリならこれくらい平気でやると思いますけどねぇ・・・・
ハッキング、顔色も変えずに指示してましたし。
だから、別に黒くはないと思いますw