激昂して徹底抗戦を叫ぶ幹部達とは対照的に沈黙を守っていた草壁は静かにその一言を発した。
「……部下には裁判を受ける権利を保証してもらいたい」
それは事実上の敗北宣言。
彼がその一言を発した瞬間に‘公的には’火星の後継者の乱は終結した。
麾下の全艦隊はたった一隻の敵艦に完全に掌握された。彼の立つこの旗艦ですら例外では無い。
航行や武装どころか生命維持すら敵の手に握られている。
この状態で徹底抗戦を叫んでも戦う事すら出来ずに全滅する。
艦内の空気を抜かれれば窒息するしかなく、慣性制御を切られれば艦が加速した瞬間にGで押し潰される。 それが解らないほど彼は愚かではなかった。
よって被害を最小限に食い止める必要がある。次の戦いのために。
(そうだ。まだ、次がある)
彼はそう信じていた。今回は敵の新型艦の前に敗れたが、正義は必ず最後には勝つものだから。
未だに彼は自らの正義の絶対性を全く疑っていなかった。
故に今一度の雌伏をも耐える事が出来る。最終的な勝利のための試練なのだこの敗北は。
(そのために、せめて‘あれ’だけは確保しておかねば……)
万が一の時のための保険はかけてある。
艦隊とシステムを共有する麾下ではなく、独立して動ける存在しない‘私兵’。
それをもっての奇襲をかけ、一時の混乱を生み出す。
その隙に確保できる筈だ。最低限‘遺跡’だけは。
それさえできたなら再起は可能。
(可能なのだ)
彼は気が付いていない。自分の絶対性を信じる自分のその姿が彼の敵たる少女から見ればどれほど愚かに見えるかを。文武とカリスマを兼ね備えた彼には唯一欠落している物が有った。自らを疑うと言う思考。それは彼の思想の根幹をなすものであったが故に、気付く事も改める事も出来ず、彼は一生を牢獄で過ごす事になった。彼が夢想した物とは違い、二度と再起する事無く。
戦友
(後編)
「ルリルリっ。遺跡都市隣接の敵基地から機動兵器。数はえーっと7機。掌握、できないよっ!!」
通信士の席につく白鳥ユキナがあせった様子で報告をあげた。
もう殆ど戦闘の終結を皆が確信していた所に此方の制御を受け付けない敵機。
彼女だけではなくブリッジクルーに緊張が走る。
歴戦の操舵士ミナト、臨時提督のジュン―本来軍務で地球にいる筈の彼が何故此処にいるのかは彼のためにも語られない方がいいだろう―ですら表情を引き締めた。
「ルリ君。どう見る?」
ジュンがルリに尋ねる。今回の作戦で掌握できない敵というのは予想外だ。事実上ナデシコCのハッキングに抗し得る敵などいないと思われていたのだから。
「おそらく切り離しているんでしょうね。システム自体を、艦隊から。連携どころか通信すら不可能になるというのに」
「それなら……」
軍組織とはいえない。
「はい。おそらく奴等は‘私兵’。個人の命のみを受け行動するイリーガル。アマテラスで確認した奴等です」
ジュンと違いルリには予想済みのことだ。存在を確認されたイリーガルなど恐れる事は無い。
「対策は?」
ジュンが暗に機動兵器の発進を促す。四対七。やや不利だがこのまま接敵を許せば万が一がありうる。
早めに対応し危険の芽は摘むべきだ。
数の上では不利といっても此方のパイロットは全員エース級。五分以上でやれるだろう。
ところが、
「かまいません。‘あの人’に任せます」
ルリはきっぱりとそう言った。続ける。
「少なくともあの‘外道’は‘あの人’に」
敵機の中央。唯一人型をした赤機を見据えて宣言する。
「‘あの人’か……」
ジュンが呟いた時にユキナから再び報告があがる。
「敵機と本艦の中間地点にボソン反応。規模は機動兵器クラス。これは……『亡霊』?」
ジュンがシラヒメで確認したと言う存在。機動兵器クラスで跳躍を行う漆黒の亡者。未確認ながら八つのターミナルコロニーの壊滅全てに関わっていると言う血塗られた戦鬼。
ついた字が‘闇の皇子’プリンス オブ ダークネス。死と破壊を司りし闇の王の後継者。
連合では正式には認知されない幻の筈。
それが今目の前に在る。自分達の敵と明らかに相対して。
しかも、ルリはそれを予期していたようだ。
訳がわからない。報告をあげながらユキナは思いっきり混乱した。
実は解っていないのはユキナだけだ。ジュンとユキナはどさくさにまぎれて乗艦したが故に詳しい事情を知らない。連合軍人と言う事で報告を受けていたジュンはまだましだがユキナに至っては予備知識ゼロだ。周囲は冷静そのもの。うろたえているのは自分だけ。そういう時彼女の追及の手が伸びるのは……
「ジュンくーん。どういう事?」
「あっ、後で話すから。今はそれどころじゃ無いし……」
しどろもどろにごまかす。さっきまで見せていた冷静な提督ぶりは何処にも無い。
はっ!と気がついて咳き払いをする。
「っんっ!! ……なら相手をするのは六機か」
「はい。その為の戦力ですから。リョーコさん達は」
ルリが答える。
「君の計算通りか……恐ろしくなってきたよ」
戦場のコントロール。歴戦の将校でもたやすくは出来ない。
「ここまでですよ。私が計算したのは。後は……信じるだけです」
勝てる状況は作り上げた。指揮官の役目は此処まで。後は仲間の勝利を信じるだけだ。
「私は掌握の維持を続けます。此処で隙でも見せたら奴等の思惑にはまりますから。そんな事はさせません」
火星の後継者の最後の一手。これを完膚なきまでに叩き潰す。禍根を断つためにはそれが必要だ。そのために自分に出来る事を為す。
「ジュンさん、以後の指揮を。ハーリー君は艦の維持。ユキナさんは今までどおり現状監視をお願いします」
ルリがそれぞれに指示を出す。
「私はぁ?」
一人だけ除かれたミナトが尋ねる。
「ミナトさんは待機してください。貴方の手腕が必要になる事は私がさせません。ただ、万一掌握を敵艦隊に突破された時は速やかに位置取りをお願いします。……グラビティブラストで敵を殲滅できる位置取りを」
戦場では何が起きるか解らない。絶えず予防措置は必要になる。
「了解」
艦外を見ると対峙した漆黒と真紅は動いていない。互いにけん制しあって膠着状態に陥っているのだろう。それは、些細なきっかけで崩れる。それを与えるのは自分達だ。
「ユキナさん。パイロットの方達に繋げて下さい」
「はーい」
即座に4つのウィンドウが立ち上がる。
「遅えぞ。ルリ」
リョーコが吼える。
「まあまあ、リョーコ、落ち着いて。落ち着いて。まだ、動いてないみたいだから」
「……そうね。むしろ私達が出ると同時に戦闘開始。そんな状況よ」
ヒカルがなだめ、イズミが指摘する。
……イズミはシリアスモードに入っているようだ。幸いである。
今時間停止などさせられたら冗談抜きで負けてしまう。
「出撃ですか?艦長」
サブロウタが尋ねる。普段の通りの様子で。
全員気負いは無いようだ。
「状況はその通りです。皆さんの役目は敵機動兵器、六連の撃墜。よろしくお願いします」
「「「「了解」」」」
「では皆さんに武運と勝利を……ナデシコCエステバリス小隊、出撃」
本当ならもっと兵を鼓舞するように言う台詞である。だがルリはあくまで冷静に淡々と告げた。ただ、僅かな微笑を浮かべて。
それだけで十分だった。ルリが冷静さに押し隠した物を汲み取れないような浅い付き合いでは無い。それにもともと彼らの士気は十分高い。それぞれに戦う理由を持っている。雪辱と救出。仲間のため。それだけで戦う理由は十分だ。奴等のように正義でごまかす必要など無い。
「おっしゃ。スバル・リョーコ。いっくぜえ!」
「アマノ・ヒカル。いっくよー」
「マキ・イズミ。……だめ、思いつかない」
「タカスギ・サブロウタ。出ます」
それぞれに答えて四機のエステが出撃した。
ナデシコCから四機のエステが発進するのを北辰は確認した。
機体はそれぞれのカラーリングによって染められている。即ち、全員がパーソナルカラーを許されるエース級の実力の持ち主だと言う事だ。特に先陣を務めている二機には見覚えがある。アマテラスで合い見えた二機だ。その時に確認した実力は相当な物だった。自分には及ばずとも六人衆では連携しなければ敵うまい。他の二機によって援護されたなら正直危うい。
だからこそ北辰は自ら仕掛けた。
現場‘修羅’の相手だけでも全機総掛かりで膠着状態。それに援護されたなら勝利は見込めない。なら、合流される前に‘修羅’を落しきるのが最善手。それほど時は無い。ただ一瞬の交差でもって葬る。
「滅!!」
北辰の号令と共に六連が動き出す。北辰自身―夜天光―は動かない。六連の攻撃によって敵機に生じた僅かな隙を突いて落す。その為にじっと隙をうかがう。何時でも錫杖を投擲できる姿勢で。
六連の戦い方は変わらない。彼等が最も得意とする。基本にして奥技。幻惑機動からの死角を突く技、傀儡舞。この敵機には既に破られた物だが、それで戦闘スタイルを変えても付け焼刃となるだけだ。自分達の最も熟練した技で。以前より少しでも速く、少しでも苛烈に攻めるだけだ。その際に生じた隙を彼等の長が突く。注意を少しでも引き付けられれば、彼等の勝ちだ。
六機が舞う。上下に、左右に、時に速く、時に遅く。法則性などまるで無い。それに敵がついてこれなくなるその一瞬に死角に回り込み反応させる前に落す。幻惑と奇襲。基本そのもの。それが傀儡舞。これまで不破を誇った彼等の奧技。
何時も通り二機が敵の死角に回りこむ。この敵に読まれることはある程度承知の上。敵はまだ単独。二機の同時攻撃は同時にはさばけない。そこに隙が生じる筈。
その時、彼等の眼前を何かがかすめた。とっさに突進速度が鈍る。テールバインダーの一閃。それはアマテラスの時のように狙われた物ではない。ただ振り回しただけ。彼等の速度を緩めるためにのみ振るわれた物。それによって出来た一瞬で。標的の黒機は二機の視界から消えていた。
全速で前へ。残る四機との間合いを一気に詰めた黒機はそのまま高収束DF攻撃を仕掛けた。狙われた一機が避けきれずまともにくらって爆散する。だが六人衆も最精鋭。僚機が落されたのにもかまわず今度は残った五機で全包囲から切りかかった。フィールドキャンセラーの機能を持つ錫杖。そのどれもが一撃必殺。
だが、通じなかった。僅かに存在した時間差。それを見切られ五機の一撃は空を切った。圧倒的な技量差。
しかし、全く無意味だったわけでは無い。五回の錫杖をかわしきった時、さすがに一瞬の隙が生じた。六連は役目を果たしたと言える。錫杖が飛ぶ。北辰が狙い済まして投じたその一撃は黒機の左肩に深々と突き刺さった。
「今だ。全機掛かれ!!」
そう言って北辰が自機を突っ込ませる。同時に残り五機の六連も動く。それで終わったかに見えた瞬間。
飛来したのは銃弾の雨。
ディストーションフィールドすら突破しかねない威力の弾丸。とっさに回避に成功したのは僥倖としか言い様が無い。
連射は続く。それを放つのは黄と緑のエステバリス。狙いは正確無比。一瞬でも対応が遅れたなら避けきれない。乱れた連携の中、北辰と六連を分断するように二機が突撃をかけてくる。かわすだけで精一杯だ。為す術無く彼等は分断された。
それを見逃す‘修羅’では無い。一気に夜天光に肉薄し一騎打ちに持ち込んだ。後ろは一切振り返らない。六連は来ない。それを知っているかのように。
「間に合ったぜ」
突撃をかけたリョーコが宣言した。
「戦場で一対一で戦えとはいわねえが……邪魔はさせねえよ」
「その通り。奴の援護がしたけりゃ。俺達を倒してからにするんだな」
サブロウタがフィールドランサーを構える。
「こっちとしてもさっさと片付けてあっちの援護に行きたいしねー」
ヒカルが連射を続けながら続く。
「おのれ……なら、汝等から葬ってくれよう」
一機がそう応じた。突破は不可能。北辰の援護をするためにはこの四機を落していくしかない。幸いまだ数の上では六連が上回る。数で圧倒し、一刻も早く落す。それしかない。
そう答えようとした瞬間その一機は被弾した。撃墜されるほどでは無いが片腕が効かなくなる。
放ったのはレールガンを構えた緑のエステ。
「簡単に出来ると思わない事ね。ふざけてると……あっという間に棺桶行きだよ」
イズミの声には容赦が無い。元ナデシコのパイロットで戦場で最も冷徹だったのがイズミだ。シリアスの時はだが……。
「お前等の相手は俺達だ。そして、お前等に次はねえ」
リョーコが告げる。返答など期待してはいない。己に対する宣誓だ。
「お前等は俺たちが落す。一機たりとも‘あいつ’の所には行かせねえ。……行くぜ、ヒカル、イズミ」
「りょーかいっ」
「了解。リョーコ」
突進するリョーコをヒカルとイズミが銃撃で援護する。
その連携に一切の隙は無い。嘗てナデシコで無双を誇った三機。その真骨頂はコンビネーション。多対多の状況でそれは最も効果を発揮する。孤立した一機を即座に見極め。部分的に三対一の状況を作り出し、即座に必殺の一撃を叩き込む。その攻撃にさらされたなら逃れる事は不可能に近い。
狙われた一機も例外とはなりえなかった。ヒカルのラピッドライフルでDFを削られ、そこに狙い済ましたイズミの狙撃。銃弾は右マニュピュレーターを吹き飛ばす。そして、体勢が崩れた所に接敵したリョーコがコックピットにフィールドランサーを突き通した。胴体を貫通し根元まで突き刺さる。
リョーコが抜けなくなったランサーを手放すと同時にその六連は地表に落下し爆散した。
戦闘開始から僅か五秒。瞬殺だった。これで数の上でも互角。
「まず、一つ!」
リョーコが叫ぶ。残りは四機。
一方取り残されたサブロウタは一人で残りの4機を引き付けていた。決して無理はせず。回避に重点を置く。自分にはあの3人のような連携はまだ無理だ。訓練はしたとはいえ今回が初めて共に実戦で戦う仲間と急に連携は出来ない。むしろ三年のブランクが有りながら、あそこまでの連携を取れる彼女達が異常だ。サブロウタにはそれは不可能。だから自分は壁となる。敵を分断する壁に。それで十分の筈だ。
「俺、忘れられてないだろうな……」
口調は軽いが、実際は真剣そのものだ。
早く援護に来てくれないと長くはもたない。四対一ではその瞬間を生き延びるので精一杯だ。数もまた力。連携したなら脅威度はさらに跳ね上がる。四機の敵を同時に相手にするのはたとえ相手の四倍の実力をもってしても困難。
一騎当千など夢物語。同じ人が駆り、同等の兵器を用いる以上、一では二に敵わず、十では百に敵わない。故に敵を上回る数をそろえる事が勝利に繋がる。それが戦場の本来の常識だ。
……それを打ち破る存在が現出してきてはいる。漆黒の修羅の姿で。だがあれは例外中の例外だ。
通常、数の差を戦術で埋めようとすればどこかに無理がでる。今サブロウタが直面しているように。
だが、自分が今直面しているのと同じ危機に奴等のうち一機も直面している筈だ。リョーコ達三機と相対している一機と四機の敵を相手にしているサブロウタ。どちらが長く持ちこたえられるかで勝敗は決まる。
自分が落されるのが早ければ、この四機は残り一機の援護に回る。そうなれば五対三で逆包囲をかけられ、リョーコ達でも危うい。逆に自分が持ちこたえられたなら数の上で対等に持ち込める。
「まあ、予定より楽なんだ。これで落されちゃリョーコちゃんにどやされるな」
当初は五機相手に時間稼ぎするつもりだったのだ。前哨戦で‘彼’が一機落してくれたので四機ですんでいる。五対一と四対一では難度の桁が違う。おかげでかなり楽になった。
僅かだが攻勢に出る事すら出来る。
これなら持ちこたえられる。そうサブロウタが思った時、敵の機動が変わった。数を頼みに力押しで押してきていた敵が一旦退いて集結したかと思うと互いが互いを隠すような機動を取り始めた。
「ちいっ!! 傀儡舞とか言う奴か。馬鹿の一つ覚えのようにっ!」
そうは言っても侮れない。
傀儡舞は多対一で真価を発揮する技。多でもって幻惑し、一を敵の死角に送り込む。
解ってはいる。だが、実際に破るのは非常に困難だ。
理屈では一機が消えた瞬間に死角に回り込んでいるのだからそれを迎え撃てばいい。だが、多による幻惑の中、その瞬間を見切るのは至難の技だ。
たとえ見切れても正面に残った敵にも隙は見せられない。一機に背後を取られるだけでもかなりきついのだ。
出来る事なら回り込まれないほどの距離をとっての銃撃戦が望ましい。傀儡舞は白兵戦用の技だ。近距離から中間距離で威力を発揮するが遠距離では瞬時に回り込まれる事は無い。しかし、距離を開け過ぎれば敵を逃す可能性がある。自分を無視されてリョーコ達の方へ行かれる訳にはいかない。
「さて、どうするかな」
動きつづける四機を前にサブロウタは呟いた。時間は無い。次の瞬間にも仕掛けてくるかもしれない。
自分が見切れる可能性に賭けるしかない。
そうサブロウタが決意した時、決着はついた。
傀儡舞は多対一の白兵戦用の技。複数を相手取る時の技ではなく、遠距離からなら比較的容易に見切れる。アマテラスで初見のリョーコがアキトの背後に回った一機を反応は出来ずとも目で追う事は出来たように。サブロウタの背後を取った一機は必殺の一撃を繰り出す前にイズミの狙撃をまともに受けた。
弾着は胸部コックピット。DFを打ち抜いたその弾丸は装甲を貫通しパイロットを跡形も無く吹き飛ばした。
「二つ」
イズミが冷徹に告げる。
リョーコ達を相手取った六連は十秒もたず瞬殺された。サブロウタは四機を相手取ってそれ以上の時間を稼いで見せた。その時点で勝敗は決していたと言っていい。
サブロウタが残る三機の内一機に突進する。リョーコ達が間に合ったと知った以上後ろを気にする必要は無い。背後から響く爆音に全く構わず距離を詰めた。
傀儡舞は一機を送り込む瞬間に残りの機体は一瞬動きを止める。緩急をつけて動きつづける機動に幻惑された敵の注意が、急に機動を止めた機体に引き付けられるからだ。その次の瞬間に死角から必殺の一撃が襲う。その一撃こそ傀儡舞の要。それがなければ、ただ敵の前に隙をさらすのみとなる。
あらゆる技にはリスクが伴う。どんな攻撃も見切られれば、崩れた体勢をさらす事になる。その隙を見逃す敵などいない。
動きの止まった一機にサブロウタは一瞬で肉薄した。超接近戦。この状態では数は関係なくなる。一対一。純粋に技能の勝る方が勝つ。そしてフィールドが無効化されたこの距離で圧倒的に有利なのは先手を取ったほうだ。
サブロウタが突進の勢いをそのまま載せてフィールドランサーを振り下ろす。とっさに錫杖で受けれたのは最精鋭たる六人衆であるがこその反応速度。だが、反応できても受けきれるとは限らない。突進したサブロウタと動きの止まった六連。一撃の重さは比べるべくも無い。
結果、サブロウタの一閃は六連の錫杖を押し切ってそのまま振り下ろされた。六連のコックピットを両断して。
「三つ!」
そのままの勢いで突き抜けたサブロウタが叫んだ。
それに一瞬遅れてリョーコとヒカルが残りの二機にそれぞれ襲い掛かる。サブロウタと違い距離があったため今度は六連も初撃を受けきった。だが、たとえ受けきっても状況はそれぞれ一対一。二機は完全に分断された。そして、残ったサブロウタとイズミが静観する筈も無い。
ヒカルの高収束DF攻撃をかろうじて受けきった六連は、フィールドの反発で何とか距離を取って体勢を立て直した所にイズミの第二弾を受けた。とっさにフィールドを強化してその一撃で落される事は防いだがそこまで。弾丸を受けきってフィールドが消失した瞬間に再び距離を詰めたヒカルの至近距離からのラピッドライフルのフルオート射撃を受けて一瞬で原形を留めない程に破壊された。
全弾を一瞬で打ち尽くしたヒカルが弾切れと同時に宣告する。
「四つぅ!」
残りは一機のみ。
最後に残った一機はリョーコと競り合っていた。フィールドキャンセラーの機能を持つ錫杖とDFを最大限に収束した拳。相反する互いの武器が出力の上限を競い合う。両者の出力は完全に互角。競り合ったまま両機は膠着した。
だが両者の状態は異なる。
リョーコは維持さえしていればいい。密着しているため援護射撃は期待できないが、それなら接近して後ろを取ればいい。実際一機落したサブロウタがすぐに後ろに回り込もうとしている。あと数秒で六連は背後から攻撃を受けて沈む。
それを悟ったのだろう。最後の六人衆は奇策に出るしかなかった。
瞬間的に全スラスターをふかしての全速後退。リョーコのエステのDFに乗るようにして大きく距離をとった。
勢いをそらされてバランスを崩した所に錫杖を投じてしとめる。それを彼は狙った。
此処で唯一にして最大の武装である錫杖を失えば残る三機との戦いには勝機どころか抵抗すら不可能となる。飽和射撃で蜂の巣にされるだけだ。それを悟りながらも彼はそれを狙った。
もはや残ったのは自分のみ。彼ら六連の負けは既に明らかだ。ならばせめて一機を黄泉への道連れに。彼等の長が‘修羅’を討ち果たした後の戦いを少しでも楽にするために。
長の勝利を彼は疑っていなかった。長は彼等六人を同時に相手取れる。人外の存在たる自分達の中でも最強の存在だ。‘修羅’とはいえ所詮は人間。戦うためだけに存在する‘外道’が遅れをとる筈は無い。そして、長ならばたとえ消耗していても自分達を破ったこの者たちに勝てる。自らの命をもってその可能性を上げる意味はある。
彼は瞬時にそう結論付けた。普段から己の命すら勝利のための布石と為す彼等故に一切の躊躇無く。
錫杖は投じられる事は無かった。
彼等と同じ真紅のエステは突然の抵抗の消失にもバランスを崩す事無く一直線に距離を詰めたから。
彼が己が命をかけて作り出した距離はそれだけで簡単に埋まった。
狙いを一瞬見失った六連はその一瞬で投擲の体勢をとったままリョーコのエステに胸部の中心―コックピット―を貫かれた。
「見え見えなんだよ! 狙いがな!」
彼にリョーコのその言葉は届かなかった。
「これで、五つ」
最後にリョーコが数え上げる。
「ヒカル。イズミ。サブ。全員無事だな。現状は?」
一応の隊長はリョーコである。サブロウタの方が階級は上だが彼はナデシコCの副長でもある。エステ小隊の隊長は兼任しなかった。リョーコの方がヒカルとイズミが従いやすいといった事情もある。
よってリョーコには部隊の状況を把握し任務を遂行する義務もある。
戦闘中は指揮の必要は殆ど無かったが、区切りがついたなら話は異なる。
「ラピッドライフルが弾切れ。でもまだランサーが残ってるよ。機体は損傷無し」
「レールガンの弾はまだ残っている。ランサーも。私は狙撃が中心だったからね。消耗は少ないよ。当然機体も損傷無し」
「俺はランサーだけだな。レールガンは捨てたし、ラピッドライフルも弾切れで捨てた。四対一が一番きつかったな。機体は損傷は無い。敵が白兵戦主体で助かった。弾幕を張られてたらさすがに避けきれなかっただろうな」
それぞれに答える。
「リョーコちゃんは?」
サブロウタが尋ねる。
「俺はランサーもねえな。最初の奴に突き捨てたからな。銃器は白兵戦の邪魔になるんで捨てちまった。機体は損傷無し」
そう言ってリョーコは続ける。
「任務完了。次の任務に掛かる」
六連の殲滅はあくまで‘援護’。まだ大物が残っている。
戦えるのなら‘彼’の援護に向かわねばならない。戦場で一対一にこだわる必要など無い。数で圧倒し、殲滅する。それもまた立派な戦術だ。感傷など無用。
彼等もそれぐらいはわきまえている。勝てる時に勝てないようでは戦場では生き残れない。
「了解。でも……必要ないみたいだぜ」
サブロウタが答えると同時にまた一つ爆音が火星に響き渡った。その音源に立ちしは漆黒の鎧を脱ぎ捨てた懐かしいカラーリングのエステバリス。
結局決着は彼等の介入の前につけられた。
決着は、自らの手で。
その想いを抱いて戦う者は多いがそれを果たせる者はめったにいない。
こだわりが過ぎれば戦場では生き残れず、過ぎる事は無くても戦場と言う名の現実は個人の想いなど考慮しない。
‘彼’は戦場の神には愛されているようだ。そんな者はいないと確信しているだろう‘彼’がその寵愛を受けるのは何故だろうか? 過酷な現実が支配する戦場で運命を信じる気になるのはこんな時だ。
「ちゃー、間に合わなかったか。ちぇっ。借りを返し損ねたぜ」
戦闘の終結を感じたのだろうリョーコが素に戻って言った。
「まあまあ、勝ったんだからいいじゃない。リョーコ」
ヒカルもまた緊張を解く。既に戦気は感じない。火星の後継者の乱は今こそ間違いなく終結した。
「でも……よく勝ったわね、‘彼’」
イズミの言葉にサブロウタも賛意を表す。
「全くだ。あの化け物をとうとう一人で倒しちまいやがった。俺達全員総がかりで何とかって思ってたんだがな」
それ程にあの‘外道’はレベルが違った。‘彼’もまた同等なのはアマテラスで見せられていたとはいえ。それでも信じがたい。‘彼’が戦場に立っておそらく2年経ってない。たったそれだけの時間であの領域に達するなど。自身もまた一流の戦士だからこそ、そこに至るのに必要な物は解る。途方も無いほどの物が必要だ。修練、覚悟、信念といったものだけでなく師や同志、資金に技術といった環境やサポートも必要となる。それら全てがそろうなど普通はありえない。奇跡と言っていい。
「まあ、確かに奴は化け物だったけどな。俺はそんなに意外には思わねえぜ」
「……何故?」
リョーコの言葉にイズミは一瞬沈黙した。それ程に驚いたのだ。
「奴は負けるべくして負けたからさ」
リョーコが答える。
「奴が勝つ方法は有った。アマテラスで俺とサブを殺っておけば今はねえさ。悪くても六連の何機かは‘あいつ’との戦いに介入させられた筈だ」
そうなったら結果は異なっただろう。
「だが、奴は俺達を見逃した。自分の恣意でな。結果はこの通り。戦場で自分の嗜好を優先させるような奴は勝てねえよ。決してな」
敵は倒せる時に倒しておくべき物だ。そうしなければ次は自分が倒される。それが奴には解ってなかった。結果論ではあるが一面は正しい。
「所詮は犬。目の前の餌を我慢できない狂犬に過ぎないか……」
‘狂犬’は奴についた字の一つでもある。ある意味で的確な物だったのかもしれない。
如何に強靭な牙を持とうが準備をし、罠をかけ、武器を用いれば人でも倒せる。
「奴自身が言ってたよな‘人外の外道’だと。戦いのみに生きる生き物をそう呼ぶんだろうさ。だからこそ奴は戦いには私情をはさんだ。強者との戦いを求めた。そんな事をすれば結果は明らかだろう?」
修練ならそれもいい。より高い領域へと至る道となる。だが、生死のかかった戦場でそれをするのは自ら滅びを招くのと同義だ。
「だいたい‘外道’が‘人間’に勝てる訳ねえだろ」
外道どころか悪鬼羅刹すら調伏し、神殺しすら為すのが‘人間’だ。
「そうね……」
いつかは必ず人に倒される存在。それがたまたま今日だったに過ぎない。
奴が自ら名乗っていた字は人の強さを放棄した証でもある。
「………こんぐらいにするか。議論しても仕方がねえ」
戦場では結果が全て。生き残った者が勝者。それこそが絶対にして唯一の戦場の理。
だから、今は結果として生き残った自分達が勝者なのは間違いない。
だが、戦争は終わった。ならまた異なる理が場を支配する。
社会と言う名の理。それは戦場の物よりも安全ではあるが、同時に数段複雑で、時に残酷である。
「よし。帰還すっぞ。後始末はルリに任せなくちゃなんねえからな」
彼女に任せておけば間違いない。押し付けた方が効率的だ。
そう言ってリョーコは機体をナデシコCに向けた。
残りの3人もそれに続いた。
その背後でピンク色をしたエステバリスが虹色の光と共に母艦へと跳ぶ。
結局共に戦いながらも一言も交わさなかった。それでもいい。
一瞬だけ戦場で交わった視線。そして、リョーコ達に後ろを任せて彼は戦った。一度も、振り返る事無く。
それはそれ以上無い信頼の証。
それだけでいい筈だ。
確かにあそこにいたのだから。嘗ての戦友が。テンカワ・アキトが。間違いなく人として。今も変わらぬ友として。それ以上の何かを確かめる必要も無い。
再会の時はまた来る。今度は戦場ではない場所で。
その時を楽しみにしていればいい。
そんな想いを胸にリョーコはナデシコへと機体を走らせた。
後書き
これで、第十作「戦友」完結です。
……もうちょっとラストに鮮やかさが欲しいなあと思ってるんですが、第一稿をあげてからずっと考えても思いつきませんでした。もう1シーンいったかなあ……エピローグ。
わざわざ、分割投稿までしたのに……
期待はずれかもしれませんが出来たらお納めください。
今作は戦闘シーンがメインでした。実験作その二です。
いや、ネタに困りまして……以前にもこんな事をしたような……
此処最近語ってばかりでしたからね。書いててすっとしました。そこに辿り着くのに二話も掛かったのは計算違いでしたが……
どんなもんでしょうか?
戦闘シーンでは会話ははさみにくいので描写のみに限りなく近づきました。
話してる暇があったら動け。敵と語り合う必要なんか無い。
私はそう考える口です。そんなわけでなんかカウントダウンっぽくなってしまいました。
うーん、未熟。もうちょっと演出した方が良かったですかねえ。結構妥協したんですが。
一応後付けのテーマがもう一つ。
rule of war。戦場の理です。
出来る限りリアルに書いたつもりです。
私は完全に理系の人間でロマンには余り重きをおきません。
……此処でこんな事言って石投げられないかな(汗)
いえ読むのは好きなんですが、どうしてももっと効率的にやれよと突っ込みを入れたくなります。
という訳で一対一ではなく多対多、なるべく孤立させ数で圧倒し押し潰す。
そういう形になりました。
正々堂々なんて影も形もありません。
リアルに書いたらこうなるんですよね。そしてそれが私の思考法でもあります。魂に熱血の成分が足りないんですかね。
以下ちょっと一部に私情が入ります。あくまで私見ですので見逃してください。
だいたい現代戦、未来戦で侍の出番なんか無いです。
携帯性においてナイフに劣り、射程と破壊力で銃器に劣る。それが現実です。
史上でも魂を掲げ戦った士族たちは明治政府に完膚なきまでに叩き潰されてます。
……具体的に言うと、
内蔵火器を使わんかーーーーっ!!
となります。
……最近親分ルートクリアしまして。all武器……せめて射程5位は……
確かに熱かったんですが、使いにくいったら。SP足らんくなるだろうが。
私貧乏性でして常に「幸運」使ってるんですよね。
そんな訳でプレイスタイルに合わずいまいち感情移入できませんでした。
後、親分、侍の魂、投げちゃ駄目です(爆)
ああすっとした。言いたかったんですよ。ずっと。
ここでこんな事考えたのは私だけなんでしょうか?
なんか親分やたら人気あるみたいですけど。なんか肩身が狭くって。
そんな反発もあってリアルを目指しました(笑)
こんな考えで書いたんだから錫杖しか持たない六連が殆ど一指報いる事も出来なかったのも無理はありませんね。もう一つナデシコ側に戦死者を出すつもりは無く、そして前編で戦闘を基本的に一撃必殺に設定してしまったという理由もあるにはありますけど。言い訳っぽいなあ。
パワーバランスが偏ったのはこういう理由です。
もうちょっと接戦にするつもりだったんですけどね。プロット立てたときは。
何時もの事ですが何時の間にか強くなってました。勢いで書いたのがよくなかったのかな?
次の課題はぎりぎりの接戦ですかね。
ちょっと前作について議論する機会がありまして
そこで話にあがったんですよ。戦場での見解や親分が。
読者が感じた事が全てなんですが、黙ってるのも我慢できず。今作の動機の一つとなってしまいました。
私の負けん気、私が思っていたより強かったみたいです。
……そんなわけです。ノバさん。ある意味貴方がこの作品を生み出したと言っても良いです。
レスをやめた御無礼此処で謝罪させていただきます。
あれ以上続けても揚げ足とりになると思ったので。
未熟ですが本作を持って返答とさせていただきます。
いただいたメールは心にとめております。参考になりました。違う意見に触れる機会は貴重でした。
改めて感謝を。また、機会がありましたらお願いします。
長々とすいませんでした。
それではこの辺りで。
また、ありましたら次回作にて。
乱文失礼いたしました。
代理人の感想
しょーがないじゃないですか、ミサイルのボタン押して敵を撃破するより剣で敵を叩っ切るほうがロマンがあるんですから(爆)。
まぁそこらへんはやはり好みによるとしか言いようがないのですが。
それはともかく、鮮やかさが足りないと感じるのは「タメ」が足りないからではないでしょうか。
具体的に言うとラストに至るまでのリョーコの描写、これが単純に量が足りないのだと思います。
中編でのリョーコの葛藤をもっと増量するか、
後編で出撃する前にリョーコが戦闘の経過を見ながら一人で悩んでストレスを溜めていく様を描写する、
あるいはもう一話、中編と後編の間に全編リョーコの煩悶だけを書いた話を一本挟むくらいでもよかったんじゃないかと思います。
只でさえ、「戦場の理」というもう一つのテーマがあるわけですから、
メインテーマ(多分)たるリョーコの感情はクドいほど描写する必要があったのではないかと。
鮮やかさが足りないというのはタメの不足とテーマを二本立ててしまったことで
重点が分散してしまったのが原因ではないかと思います、はい。