寝ていたのは多分20分か30分だと思う。起きた時、いやそれとも脳が起きるよりも先に目が開いたのが先か。外はまだ暗く、灯りはついたまま。でもそんな事より重要なのは、すぐ目の前に遠坂がいた事だった。
 それを当たり前のように受け入れて、――思い出した。
「おはよう、士郎」
 多分俺の寝顔を見ていたろう遠坂に、俺は赤くなった顔で
「……おはよう、遠坂」
 そう返すしか出来なかった。

「どう、傷の具合は」
「痛い。でも、昨日よりはマシになってる」
 胸の包帯をめくってみると、表面は既に傷が塞がっていた。
 聖剣の鞘を失ってもこの回復力。魔力が充実しているとは言え、尋常じゃない……もしかしたら本気で、この体には変な血が流れてるんじゃないだろうな……?
 ……って、
「どうしたんだ遠坂、顔赤いぞ」
「え、あの、なんでもないの。ただ包帯の下、士郎の裸見たら思い出しちゃっただけで――」
 ……言ってるって、全部。


Fate偽伝/After Fate/Again―第3話『死を拒む』


>interlude 3-1

 マキリの魔術は略奪。
 だが同時に縛る事にも長ける。
 聖杯によって召還された英霊をマスターに従わせる為の三つの令呪、それを作り上げたのはマキリの魔術に他ならない。
 ならば、たかが土地に縛られた程度の怨霊を、新たな何かに縛り直すのは訳無い事であった。
 怨霊とは紫の衣を纏い、自らの名を持たぬ、五尺もの長刀を携えた刀使い。
 今にも溢れ出さんばかりの強大な聖杯の霊気を受ければ受肉は容易であり、此処に存在する。だが彼は自由の身ではなく、今の彼を縛るもの、それはやはり、悪意であった。

 だが行動を縛られようと、彼の心まで縛る事はかなわないのか。
 彼は夏の夜空を見て杯を傾ける。かつて彼の生きてきた時代と比べ汚れた空気、そして夏である為に空は低い。だが今は新月に近く、その点では夜空を見る事に何の不都合も無かった。
 彼は手にした杯を振り、中の酒を撒く。そうして懐に杯を入れて立ち上がる。 気配を隠さず、足音を隠さず、敵意を隠さず。そうして現れたその存在を見て、彼は軽い驚きを持った。

「久しいな――アサシン」
「――それは違う。私は名も持たぬ亡霊に過ぎぬよ、アーチャー」
「ならば私もアーチャーではないな」
「ならばなんと呼ぶか」
「自らの名を忘れるほどに戦いつづけ磨耗した私に、名など覚えている暇は無い」
「ふむ、互いに名無しということか」

 其処に在ったのは、互いに敵意を見せながらの、何の裏表の無い笑い。
 戦場において、敵の力を認めたが故の笑顔に他ならない。

「アサシン、やはりまた門番として召還されたか」
「詮無きことよ。地の底で眠りに付く亡霊を、そう何度も呼び起こすなど」
「人の業は深いということか」
「残念な事だ」
 互いにやれやれといった風に腕を組んだり首を横に振る。片や死霊、片や守護者。その在り様は全く別なれど、どちらも既に死者であり、容易に現世に介入すべき存在で無いと知っているのだ。
 だが、どれだけ会話をしても互いの間合い、いや結界と呼ぶべき刃の距離には入り込まない。
 その瞬間に、全てを終わらせるものが始まるが故に。
「聖杯戦争がまた始まるのか」
「聖杯に蓄えられた力は既に臨界に近い。故に私は此処に居る」
 諦めの入ったアサシンの声に、僅かに外れた返答を返すアーチャー。
 そして介入するのは第三の声。
「そうか、やはり始まるか」
 それは死者たる二人をもってしても、生きる者の持ちうる声とは認識できない、冷たく汚れた声であった。
 戦慄さえ含む声で二人の死者は、死者そのものと成り果てた老人の声を呼ぶ。
「間桐臓硯――」
「――マキリ臓硯か」
 クツクツと、まるで何か人間ではないものが必死になって人間のフリをしているような笑い。
 臓硯は自分を間桐と呼んだアサシンを笑い、マキリと呼んだアーチャーをいかぶしむ。突如現れたアーチャーが敵対するか否か、それを考えるよりも先に、不安定要素を切り捨てる事を優先する。
「何をしておるアサシンよ。それは敵、討て」
「残念だが私は門番に過ぎない。あれは門の外にいる。ゆえに敵とはならない」
「まるで役所の対応だな。アサシン、この時代に毒されたか」
 むうと唸る臓硯に、アーチャーは気負いの無い声で語る。
「私には目的がある。それを果たすのが先決でね、マキリ臓硯、君如き小物に構っている暇は無いのだよ」
「小物とぬかすか」
「ああ。目的の為に手段を選ばず、手段の為に目的を忘れ、手段そのものに固執する哀れな虫けらなど、私の知った事ではない」
「虫とぬかしたか、ならばその虫の恐ろしさ――教え―」
 ――教えてくれよう、そう続けるつもりだったのだろう。
 臓硯の魔術が発動―するよりも先に―アサシンが消えた。
 キン、カン、キンと硬質の鋼の打ち合う音が響き、後に残ったのは切り裂かれた鋼鉄の剣の群れ。その全ては黒鍵と呼ばれる儀礼武装。臓硯が何者であったのかはアーチャーにも計り知れない。だが今の臓硯がまっとうな生物でない事は容易に分かる。ならば、まっとうな生物に戻してしまえばいいのだ。そうすれば、不自然な生物である臓硯は自然の摂理に従い存在できなくなる。
 だが、その黒鍵の群れを切り捨てるものがいた。
 アサシンと呼ばれる、名を持たぬ亡霊。

「小物に構っている暇は無いのではなかったか、アーチャー」
 自らの背を敵に向け、長刀を構えるアサシン。背後を向けるという事は、無論構えの事も在るが、次の一刀の下に相手を斬る、その覚悟の現れ。油断など到底できるものではない。
「お前は小物ではあるまい、アサシンよ」
 対しアーチャーは干将莫耶を構えるのみ。その姿に気負いなど無い。

 月の無い新月の夜。
 だが地上に、星の灯りの下に、双剣と刀のぶつかり合う星が輝きだす。


>interlude out


 日が変わって少したった頃、ようやく家に帰ってきた彼女は大荷物を居間に下ろすと、無慈悲にも今まで手伝ってくれていたセラとリーズリットに戦力外通知を出して藤村邸に戻らせた。
 あまり収穫が無かったのか、気落ちした表情で部屋の中に入ってきたイリヤは、起き上がった俺の顔を見て飛び込んで来た。

 ……そして痛み(イリヤタックル)に気絶した後、気づいてみたらイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは非常に不愉快そうな表情をしていた。
 うん、それは断言できる。
 何と言うか…あの柔らかそうなほっぺをぷっくぷくにしている辺り、絶対に今日中に何かしでかしてくる。問題は、それを受け止めるだけの体力が回復していない事か。
「結局、何をしたのリン。どうも私にはリンの魔力が士郎に流れているようにしか見えないんだけど」
 ……知っている。
 絶対にイリヤは、昨日――というかついさっき――何があったのか、見ていなくとも知っている。
 彼女にはそれだけの知識があるし、第一、赤くなった顔が戻らないのが、ここに二人も居たんじゃあ誤魔化すなんてそれこそ不可能。
「いや、だからなイリヤ」
「あのね、だからそのイリヤ」
 まずい、これは何とかして応戦しなければ。
 第一イリヤは普段藤ねえの家で暮らしているから――
『士郎ーーーーっ、お姉ちゃん、アンタをそんな子に育てた覚えは無いわよーーーっ!!』
 ……いかん、幻覚が見えた。。
 ああ、明確にその光景が想像できてしまった。
 イリヤの口を封じなければ、後に待っているのは破滅じゃないか。

「……まあ、結果的にシロウが持ち直しているんだから、責めはしないわ」
「そうしてもらえると助かる…」
「でも追求はするわ」
「……助かってない……」
 嗚呼、また涙で枕を濡らす日々がやってくるのだろうか。

 コホンと、取り繕いの見本のような咳払いが一つ、場を引き締めさせる。
「…でイリヤ、結局アインツベルンの城に、何かあったの」
「収穫は無いわ。いくつか儀礼用の武装があったから護身用に持ってきたくらいよ」
 ごろごろと無造作に床に広げられたのは、前に遠坂から預かったのと同じアゾット剣、素人目にも希少品と分かる大粒の宝石、怪しげな陣図の描かれた衣服、いかにも呪われてそうな指輪や首飾りの数々。
 そのどれもが、俺の――正確にはつい先刻までの――魔力とは桁が違う。
 使いようによっては、かなりの戦果を上げる事も容易に違いない。
 けれど。
「無駄よイリヤ、そんなもの何の役にも立たないわ」
「何言って―」
「相手はアンタも知ってるでしょう、バーサーカーを6度も殺したあのアーチャーよ」
 遠坂の言葉に、イリヤははて、といった表情を見せて――
「そんな事ありえない!」
 そう、誰もが思ったことを叫んだ。
「でも本当よ。士郎が聞いたみたいだけど、今のあいつは『聖杯に召還された英霊(サーヴァント)』じゃなくて『世界に召還された守護者(ガーディアン)』らしいわ。それなら聖杯とは独立して活動しているのも頷ける」
「でも、それなら何でシロウを…」
「未来を変えるために、今のうちに士郎を殺すんだって。何処まで本気かわからないけどね……」

 そこまで言って、遠坂は何かを思い出すように顔を背け、何かを言った。
 言葉になっていないような小さな呟きだったが、すぐ近くにいたせいか、それともずっと遠坂を見てきたせいか。僅かに動いた唇の動きが読めた。
『そんな事したって、救われないのに』
 って。
 その仕草、それとも表情、それともラインを通して繋がっているから何かが伝わってきているのか。
 酷く深い苦悩が見える。
 半年前に起きた聖杯戦争の時、俺は何度も夢にセイバーを見た。それは彼女の過去の記憶だった。彼女もまた俺の過去を夢として見たようだ。ならば遠坂が、アーチャーの過去を知っていてもおかしくないではないか。
 その中には、俺に関するものもあるのだろうか。

 ギヂュ!
 変な鳴き声を聞いた。
 それに驚いて視線を変えると、イリヤが手を振りかざした姿勢のまま向いていた先、夏だからと開け放たれていた襖の一枚に、奇妙な虫が張り付いていた。
 虫の形を見ようとした時、それはいきなりパチンと破裂し、人間の血液によく似た物を撒き散らしていった。
「あ、畳が汚れる…」
「違うでしょ。あれを良く見てよ」
 遠坂の突っ込みに押される形で視線を向けなおす。
 血は、字の形に変わっていた。
『本日22時、桜を人質として柳洞寺にて待つ。マキリ臓硯』
 シンプルだからこそ、その中に込められた異常性が伝わってくる。
 臓硯は間違い無く、それをするだろう。
 だが何故、自分の孫娘である桜を人質になど取るのだろうか。

「―リン?」
 イリヤの軽い驚きの声の理由は、常ならぬ形相の遠坂の姿。
 彼女はぎゅっとその手を握り締めて言った。
「……やってくれたわね、マキリ臓硯……私の妹を人質に取るなんて――」
「え?」
 …いもうと。
 それってつまり。
 ……あれ?
「…サクラとリンが?」
「そう。……詳しい事は聞かされてないけれど、父さんが生きている時、桜は養子に出されたの」
「でもその割には他人行儀だったじゃないか。桜なんていつも『遠坂先輩』って呼んでて」
「マキリと遠坂の取り決めだったのよ。互いに重要な用件が無い限り、接触は持たないって。……だからずっと、弓道部の朝練に顔を出して…」
 その横顔には後悔がありありと浮かんでいる。
 マキリ臓硯が、どのような男であるかは俺に分からない。
 けれど、遠坂の表情にあるのは怒りと後悔だけ。
 このような暴挙に出る以上、桜がまともな生活を送れていたのか……非常に疑わしい。最悪の事態さえ生温い行状もあったろう。
『あの子があんなに表情豊かにしているなんて――』
 ああ、あの時の遠坂の言葉はそういう事だったのかもしれない。
 マキリのことを考えずに済む、ただ、一人の少女として存在できるのはこの家の中だけだということ――
「うん、サクラを助け出そうよ」
 当たり前のようにイリヤが言った。
 俺と遠坂に、異論なんて出るはずは無い。
 三人で、頷きあった。


 柳洞寺の境内。
 魔術師は、その存在を秘匿しなければならない。
 マキリ臓硯はそのルールを律儀に守って、柳洞寺周辺に中毒性の低いガスを撒いた。住民の大多数が病院に担ぎ込まれたが、大した被害は無かったらしい。

「用意周到、といってほしいな。これなら気兼ねなく……お主たちを殺せるのだからな」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。……それより桜は何処」
「ほう、袂を分かっても、実の妹は大事と見える……手遅れだがのう」
 遠坂に緊張が走る。
 それは、臓硯の言葉に反発したからであり、この場に当たり前のように立つアーチャーを見たからだ。
「アーチャー……」
「凛」
 その声に、雷に打たれたようになる遠坂。
 けれど。
「私はアーチャーではない。かつてこの地の聖杯戦争において召還された存在と同一であるが、連続した個体ではない。第一、存在理由が異なる」
「だったら貴方は何者なの」
「死ぬまで闘いつづけ、死んでも戦い続ける、磨耗し磨り減ったただの道化だ。そして目的の為、この老人とは一時的ではあるが不戦協定を結んだ」
 臓硯とアサシンを手で制しながら、アーチャーは一歩前に出る。アサシンはどこか不満を抱えているようだが、アーチャーはそんな事に気を留めている様子は無い。
 あの手にあるのは既にアーチャーのシンボルとも言うべき干将莫耶。
 あれはただの偽物。
 本物と変わらない偽物。
 アーチャーの手によって改良の加えられた偽物。
 本物すら凌駕する偽物。
 それがどうした。
 今更それがどれほどの差になる。
 俺は遠坂とイリヤに残るように手で制し、踏み出し対峙する。
「後ろの女の手を借りないつもりか」
「ああ。お前が何者だろうと構わない。この手で倒すだけだ」
「甘いな」
 ギギン!!!
 全く同じ剣。
 全く同じ剣閃。
 遠坂のバックアップを受け、魔力の後押しを受けた剣戟の威力までもが互角。
 互いの体を切り付けあい、しかし斬りつける以上の剣戟を許さない。
 腕が悲鳴をあげる。骨が悲鳴をあげる。筋繊維が悲鳴をあげる。指はその力に耐え切れず折れる。
 なのに魔力が後押しをする。
 傷を無理やり直し、意識の求めるままに、肉体を強制的に動かしつづける。

 徐々に攻撃の、投影の回転が上がる。
 アサシンが何か言いたげに笑う。
 そんな事は関係が無い。
 俺はこいつを超える。
 同じ力を持つものゆえに。
 同じ理想を持つものゆえに。
 同じ――

 分かっていた。
 何時からかは分からない。
 もしかしたら最初からだったかもしれない。
 だからこそ反発した。

 壊れては投影し、壊しては投影され、互いに決定打を持ちながら打ち出せない。一撃ごとに新たな武器を投影し、拮抗させる。
 偽・螺旋剣(カラドボルク)
 覇王の剣・絶世の名剣(デュランダル)
 魔剣・太陽剣(グラム)
 破滅の魔剣(ダインスレフ)
 一合一合の度に自分が上に上げられていくのがわかる。鍛えられていく。打ち合う鋼が剣を鍛え上げるように。
 奴は言った。
『お前に殺すだけの価値をつけようと思っただけだ』
 ならば、それを利用してやろうじゃないか。
 アーチャー、お前につけてもらった『価値』で、お前を倒してやる。だからこんな幻なんて関係ない。
 戦って戦って戦った、殺して、殺して、殺し続けて、救って、救って、救われて、憎まれて、憎まれて、殺された。
 戦った相手の中には俺までいる。
 廃墟と化したアインツベルンの中で斬りあっている。
 こんなことをした事は無い。
 ただの幻覚にしか過ぎない。
 そう斬って捨てる事の出来ない自分がいる。

「フン。……これなら多少は可能性があるか」
 その言葉と共に、俺は弾き飛ばされた。
「何…?」
「未だに気づかない愚か者に話すつもりは無いが……」
 ダン、と地を蹴り全く別の武器を使うための間合いに移る。

「アーチャー、アンタまだ!!」
「私には私の目的がある。それを阻むものは凛、君であっても許されない」
 決定的な平行線がそこにある。
「『剣』以外のものを投影するのは反動が大きいのだが……目的の為だ、致し方あるまい」
 気だるげな言葉。
 アーチャーは何かを掴むように手を伸ばし、一言呟いた。
 俺はその聞こえないはずの声を明確に理解していた。理由なんて分かるはずも無いが、聴覚以外の何かが聞いていたんだ。
"I am the bone of my sword.(体は 剣で 出来ている)"
 そう言ったアーチャーの手にあるのは、かつてランサーの英霊クー・フーリンの手にあったあの槍か。
 それに気づいた遠坂は俺の後ろから出てこようとして――
「そんな物を投影しても使えるはずが――」
 ――違う!
「さがれ遠坂、あいつは使ってくる!!」
 当たり前だ。
 使えないものを投影する必要なんて、意味なんて無い。
 第一『俺たち』は、武器の全てを読み取って投影している。読み取った情報から、使い手の事を理解している。完全に使いこなす事は出来なくとも、使い方を知って、使うだけなら出来る!!

刺し貫く(ゲイ)――」
 ギリギリと自分の体をアーチャーの名の如く(ボウ)のように……いや、それどころか投石器(バリスタ)の如く大きく捻りこみ力を込め、
「――死翔の槍(ボルク)!!」
 投擲した。

 あれは人間の使う魔術では防げない。
 宝具を防ぐものは具現化した神秘たる宝具――それも盾の宝具――を除いて他には無い。
 識っている。
 既にアイツが何者かを知っている。ならば知る原因はあった。原因が何かなんて追求は必要ない。アイツの記憶その物が流れ込んでいる。流れ込んだ先は、自分の中に他ならない。ならばあるはずだ。
 如何なる時代、如何なる場所へも召還される、見ただけで武器を複製できる男の記憶の中に、盾となる宝具があるはずだ!!

 自分でも、理由なく、理解せずに、それが正しい方法である事だけを知っていた。そう考えるより先に、右腕を突き出し、同時に口は勝手に言葉を発していた。
「----I am the bone of my sword(体は剣で出来ている).」

 意識を集中させる。
 片目を瞑り、意識を内面へ、開いた瞳は真っ直ぐに敵を見据えて。そして意識を自身の奥深い所に潜らせる。深く、深く、もっと深く、魂の、精神の、肉体の底まで、深く、探り出す――そして意識を伸ばしたその先に俺は見た。
 全てのものがありながら、何も無い世界を。
 何千何万という、墓標の如く丘に突き刺さる剣の群れ。
 咲き誇る花の如く、美しい盾の存在を。
 その盾を、俺はその真名と共にあの丘から引きずり出す!!
熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 中空に生まれ出でる、七つの花弁を持ち咲き誇る美しき盾。
 ギンッ!
 盾はアーチャーの投擲したランサーの槍を受け止め、その花弁を散らす。
 一枚、二枚、三枚、四枚!!
「ぐ、あぁ!」
 盾は衛宮士郎自身に他ならない。
 花弁が欠けるたびに、衛宮士郎の体そのものも欠けていく。
 後ろには遠坂が、イリヤがいる。
 負けられない。

 五枚。
 傷ついた体から流れる血。
 意識は朦朧とし、自分が何をしているのかさえ分からなくなる。
 間違っている。
 同じ能力だとしても、注ぎ込める魔力の量が違う。
 遠坂のバックアップを受けていても、蛇口がたった二つの魔術回路では限界がある。
 それが間違っている。

 六枚。
 ならば何が間違っているのか。
 武器には防具。
 それが間違っている。
 こちらは人間、相手は英霊。
 もとより力で勝てる存在ではない。
 力で勝てない相手と戦う。なら必要なのはペテンだ。

 七枚。
 全ての盾が突破され、衛宮士郎の体は決定的に破壊される。
 しかしそんなものは関係が無い。
 自分の限界を全て破壊する。
 限界の向こうにあるものに手を伸ばす為に。
 魔術回路を焼き尽くすほどに魔力を流し込む。暴走する魔力は全ての闇を打ち壊し――












































 ――衛宮士郎の中に巣食っていた闇を食い尽くした。
 27。
 それが理解できた存在の全て。
 衛宮士郎が持っている魔術回路、その全てが開放され、魔力の奔流が激しく疾駆する。
 ならばするべき事はこの魔力を全て、たった一つのイメージに変換する。

 衛宮士郎の中に最も強く残るイメージ。強くありながらも弱くあった、凛々しい騎士の少女。彼女(セイバー)はその手に剣を携えている。(彼女)を護るのは()。俺と彼女を結んだ絆。最強の宝具『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。
 ただそれだけを求めた。
 彼女との誓いを守るため、遠坂とイリヤ、俺にとって最も大切な家族を守るため。ただそのためだけに力を求めた。

 そうして俺は、死を拒みつづけた。
 生きるために。
 誓いを果たす事を望むために。

「セイバーの宝具『全て遠き理想郷(アヴァロン)』か!」
 これが全ての始まり。
 ただこの為だけに、アーチャーは全てを仕組んでいた。俺はそれを知る。
「ようやく投影したか。私はこの時を待っていた」
 その言葉に、狙いがこの瞬間であった事を理解した。
「夢が現実となる時だ。そう、今こそが――召還の時だ」



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