< ナデひな >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの、忌々しい戦争が和平という奇跡の幕を閉じ。

 激戦を戦い抜いたナデシコの面々も、今は平和な世界へと溶け込もうとしていた。

 

 しかし、その平和を享受できぬ不幸な男が一人・・・

 

 これは、その男の愛と戦いの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん、やっぱり夏はカキ氷だね〜」

 

「言っとくけど、それを食べ終わったら休憩時間は終わりですからね」

 

「そうです、仕事はまだまだ残ってますから、はい」

 

「・・・(シクシク)」

 

重厚で歴史を感じさせる机の上で、カキ氷を前にして涙する極楽トンボ。

その姿を見守りながら、プロスとエリナが少し離れた机で、涼しい顔でアイスコーヒーを飲んでいた。

既に会長室に監禁されて3日・・・アカツキは世の無情を嘆いている。

 

暫くの間、最後の抵抗とばかりにシャクシャクと、氷の山をゆっくりと切り崩していくアカツキ。

ふと思いついた事を、自分を監視している二人に尋ねる。

 

「そういえば、ゴート君の姿が見当たらないけど?」

 

「・・・有給をとって、現在エベレストに行ってるわ」

 

「は?」

 

渋い顔をしたエリナの一言に、さすがに頭がついていけず、間抜けな顔で聞き返すアカツキ。

 

「何でも、無装備で単独登頂に挑むそうです。

 その苦行を修めれば、なにやらステージが上がるとか何とか、不思議な事を言ってましたが。

 一応、私は引き止めたんですけどね・・・」

 

「・・・そりゃまた、涼しそうだね」

 

「・・・涼しい以前に、凍り付いてるわよ」

 

何故か、完璧にエアコンの効いた会長室の温度が、下がったような気がしたアカツキであった。

とにかく、ネルガルトップ組もこの夏を満喫しているようではある。

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十五話 真夏の夜のパッション

 

 

 

 

 

 

 

 心地よい風が俺の頬を撫でている。

 今日一日の労働を終え、俺は浜茶屋の厨房から抜け出し、大きく背伸びをした。

 

「へえ〜、アキトと同じ職場で働いてたんだ?」

 

「そうなのよ、だからこんな所で再会するなんて、思ってもみなかったわ」

 

 ・・・うん、俺も思ってなかったよ。

 なるちゃんとサラちゃんの会話を背中で聞きながら、俺の頬は引き攣っていた。

 一応、俺の事情は説明をしたから、変な事を言ったりしないと思うけど。

 

「姉さん、私達の宿も皆さんと一緒で、大丈夫だそうです

 はるかさんが口を利いてくれたお陰ですね」

 

「わぁ、それはラッキーね!!

 有り難う御座います」

 

「何、今日の売り上げの半分は二人のお陰だからな。

 そのお礼にしても安いものさ」

 

 そう、俺との遭遇を果たした後、サラちゃんとアリサちゃんは店の手伝いを買って出てくれたのだ。

 ひなた荘の面々に、さらに美女が二人追加され、その後の売り上げはまさにうなぎ登りだった。

 ・・・俺も現実を忘れる為に、一心に鍋を振るっていたもんさ。

 

「じゃあ帰って宴会でもするか」

 

「「「「「「「はぁ〜い♪」」」」」」」

 

 はるかさんの号令に、サラちゃん達を含めた女性全員が、嬉しそうに返事をする。

 初めは二人を警戒していた皆も、同じ場所で働いた事で仲間意識が出来たらしい。

 仲が良いのは、良い事だ。

 

 しかし何だろう、俺の計り知れない不安な気持ちは・・・

 

「なぁアキト、あんさん滅茶苦茶顔色悪いで?」

 

「・・・あ、やっぱり?」

 

 俺はキツネさんの心配そうな質問に、力無く微笑む事しかできなかった。

 

 


 

 

「では僭越ながら、うちが乾杯の音頭をとらせてもうで。

 初日が無事に終了した事に、かんぱ〜い!!」

 

「かんぱ〜い!!」 × その他の人

 

 ガチャガチャ!!

 

 はるかさんとキツネさん、それとアリサちゃんがビールをジョッキで掲げ。

 他の面々は、ジュースが満たされたコップを掲げる。

 俺は勿論ジュース組である。

 

「そうそう、店じゃ忙しくて聞けなかったんだけど。

 二人はどういう経緯でアキトと知り合ったの?」

 

 なるちゃんが気軽に尋ねたその質問に、俺はちょっと不味いなと顔を顰める。

 それは別に、俺の正体がばれるからではない。

 俺とサラちゃん達の出会いは、決して穏やかなものとは言い難いものだったからだ。

 

 チラリと横目で、サラちゃんとアリサちゃんを盗み見しながら、その気配を探ってみる。

 ・・・少し動揺はしてるが、取り乱してはいないみたいだ。

 

「う〜ん、アキトとの出会いか・・・

 西欧が一時期凄い激戦区だった事は、知ってるかしら?」

 

「うん、それは知ってるけど?」

 

 何を言い出すのだろう? と、なるちゃんが不思議そうに首を傾げている。

 

 そんななるちゃんの反応を見て、少し困りながら、顔を見合わせる二人。

 でも、それで察しろと言うほうが無理かもしれないな・・・

 はるかさんとキツネさんは、顔色が変わったから、どうやら分かったみたいだけど。

 

「なる、余り人の事情を詮索するもんじゃないぞ。

 それとも、アキトと二人の関係がそんなに気になるのか?」

 

「なっ!! あたしは別にそんな!!」

 

「じゃ、どうでもええやん。

 アキトの知り合いで、好意で店の手伝いをしてくれる女性で十分やんか」

 

 そう言ってなるちゃんを説き伏せる二人に、俺はこっそり目礼をした。

 俺が口を挟むとややこしい事態になるけど、この二人なら問題は無い。

 この二人が味方で良かったと、この時は本当に感謝した。

 

「そういえば、あのヤギ ナオヤ殿ともお二人は知り合いなのですか?」

 

「ヤギ ナオヤ?」

 

「ああ、ナオさんの事だよ」

 

 素子ちゃんの質問を聞いて首を傾げるアリサちゃんに、俺が急いでフォローを入れる。

 こういうトラブルを考えて、俺は皆の会話に神経を尖らしているのだ。

 

「ナオさんの事だったんですか。

 ええ、西欧ではよくお世話になりましたから。

 四人でよく街に遊びに行ったりしたんですよ」

 

 俺の慌て振りを見て、くすくすと笑いながらアリサちゃんが答える。

 憮然とした顔を向けると、サラちゃんと二人で楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 その後も、色々な質問が飛び交ったが、何とかぼろを出すことも無く、無事に宴会は終了した。

 

 


 

 

「浜茶屋で働くより疲れた・・・」

 

 ドサッ・・・

 

「変に誤魔化そうとするからよ。

 ま、アキトの正体をそうそうばらすのも、やっぱり危険だけどね」

 

 布団に倒れこむ俺の隣に座り、見事な手つきで備え付けのお茶を淹れるサラちゃん。

 その隣では、アリサちゃんがお茶菓子を珍しそうに食べていた。

 

「そう言えば、何と言うか・・・予想外の反応をしてたね、二人とも」

 

 何時ものパターンなら、この二人から嵐のような質問を受けると思っていたのだが。

 この部屋に大人しく二人を入れたのも、廊下で騒がれるよりマシだろうという判断からだった。

 

「あら、私と姉さんの態度が不思議ですか?

 でも私達でも、『漆黒の戦神』に群がる興味本位の女性と、『テンカワ アキト』個人を見ている女性の区別くらいしますよ。

 彼女達は少なくとも、スケベで優柔不断で料理が上手で喧嘩は強いけれど、何処か抜けている『浦島 アキト』さんが好きなんですからね」

 

 そう言ってクスクスと笑うアリサちゃんに、俺は何も言い返せなかった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・誉められているのだろうか?微妙だ。

 

「それに勉強をしているのも本当なんでしょ?

 トラブルに巻き込まれるのは、何時もの事だしね」

 

 はい、お茶。

 と言いながら、サラちゃんが俺の側に、湯飲みを置く。

 そんな二人の返事を聞いて、俺は苦笑をしながら布団から身を起こした。

 変に身構えていた自分が情けなく、俺はそれを誤魔化すかのようにお茶を飲む。

 

 お茶は無茶苦茶熱かった。

 

 

「――――――!!!!!!!!!」

 

 

 叫びそうになるのを無理矢理押し殺し、涙目でサラちゃん達を睨む。

 アリサちゃんと二人して、お腹を抱えて笑っていた。

 体内を巡るナノマシンが、急速に火傷を癒していくが、まだ何か舌にジンジンとした感じがする。

 

「クッ、クククク、変に隠し事をしたお返しです」

 

 そう言って俺の膝を枕にして寝転ぶアリサちゃん。

 少し考える素振りをした後、サラちゃんもアリサちゃんの隣に並んだ。

 その連携によって見事に、俺の動きは止められる。

 この前のピースランドでも十分振り回してくれたのに・・・

 

 ま、仕方が無い、これも自業自得と諦めるか。

 それに店の手伝いをしてくれたんだし。

 

「お〜い、アキト〜

 はるかさんが明日の打ち合わせ―――」

 

 そして突然、この部屋の扉が開いた。

 何かを言いかけて動きを止めるなるちゃんが、その扉の向こうにいた。

 

 

 

 ―――四人の動きが止まった瞬間だった。

 

 

 


 

 

「あ、あ〜ら、お邪魔して悪かったわね。

 直ぐに出て行くけど、アキト・・・後ではるかさんの所に、ちゃんと顔を出しておいてよ!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!! なるちゃん!!」

 

 ドタドタドタ!!!!

 

「・・・行っちゃいましたね、姉さん」

 

「・・・暫くしたら帰ってくるわよ。

 ふぁ〜、それより疲れたから・・・私、先に寝るわね」

 

「・・・・・・・姉さん、それってアキトさんの布団。

 ま、私も一緒に入れば問題有りませんね♪」

 

 ゴソゴソ・・・

 

 

 

 変に誤解をされると困るので、俺は早足で歩くなるちゃんを追いかける。

 直ぐに追いつかなかったのは、どう説明をしようか迷っていたからだ。

 

 ・・・・・・・・・本当に、どう説明するんだ?

 

 そんな事を悩んでいるうちに、俺となるちゃんはテラスの一角に出ていた。

 テラスの下から聞こえる波の音が、その高さを物語っている。

 このまま後を追い続けるのも進展が無いので、俺はなるちゃんを呼び止めた。

 

「待ってよ、なるちゃん!!」

 

「何よ、大切な彼女達をほっておいていいの?」

 

 うわっ、視線が怖っ

 

 その視線に一瞬射すくめられながらも、俺はサラちゃん達との関係を説明をしようと足掻く。

 だが考えれば考えるほど、どう説明すればいいのか思いつかない。

 あの二人は大切な戦友であり、俺を支えてくれた恩人でもある。

 他の女性同様、少々行動力がありすぎるが、他意はないだろうし。

 

 ・・・って、何処から何処までを説明しろと?

 

 目の前では、イライラと俺の返事を待っているなるちゃんがいる。

 スリッパを履いた足で床を叩き、不機嫌さを身体全体で表現していた。

 

「あのさ、サラちゃんとアリサちゃんは俺の友人であって・・・」

 

「ふ〜ん、それで?」

 

 ―――間違い無く、視線の温度が下がった。

 

「あれは、ちょっとしたスキンシップっていうか、悪ふざけっていうか・・・」

 

「へ〜、西欧じゃあ、ああやってスキンシップをするんだ?

 知らなかったわ、あたし」

 

 バキバキ

 

 拳を鳴らすなるちゃんの姿に、理解の色は全然見えなかった。

 ついでに理性の色も。

 

「で?」

 

「・・・つまり、えっと。

 何でそこまで怒ってるの?」

 

 返答は、床スレスレから突き上げるような右アッパーだった。

 そして、俺の身体は漆黒の海へと消えていった。

 

 

 

 

 

「・・・ただいま」

 

「あ、お帰りなさい・・・って、どうしてずぶ濡れなんですか?」

 

「ちょっと命綱無しのバンジーと、遠泳をね。

 って、二人共それ俺の布団」

 

「ええ、ですから真ん中が空いてますよ♪」

 

「・・・もう一組布団を出します」

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十六話に続く

 

後書き

久しぶりの更新です〜

まあ、リハビリにはなったかな?

 

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