< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

プロローグ






2202年4月

ユーチャリスのブリッジに一人佇み、虚空を見上げる男が居た。
その瞳は黒いバイザーによって隠されており、外からは伺う事は出来ないが彼は全身らは倦怠感を滲み出していた。
特定の拠点を持たず、確たる目的も持たず、絶えず彷徨うように宇宙を航行する戦艦ユーチャリス。

「アキト、補給が終わった」

「そうか、なら出航だ」

「何処に?」

背後のオペレータ席に座るラピスからの問いに、一瞬答えを詰まらせる。
何処?
何処に行けばいいのだろうか?
生きる目的は最早無い。
それどころか、この身体自体が既に限界を迎えようとしている。
最近、ますます身体の感覚が鈍くなっており、IFSを使用した操縦も上手くいかない状態に陥っていた。
ラピスが懸命にサポートをしてくれているが、既にこの身体は限界に近いのだろうとアキトは諦めていた。
むしろ、北辰を倒しユリカを救出するまで持った事が奇跡だったのかもしれない。

「・・・エリナから伝言、延命処置受けてって」

「・・・火星に向かう」

ラピスから伝えられた何時もの伝言を聞いた瞬間、反射的に目的地を呟く。
アキト本人も別に火星に目的が有る訳ではない、ただ予感は有った。


――――――この航海が自分にとって最後の船出になる事を。





火星に向かう途中、思い出されるのはナデシコで過ごした日々だった。
その光景には、辛い時もあったが楽しい時もあった、何より自分は心から笑い怒り悲しんでいた。
ナデシコに乗るまでは一人で生きていくと肩肘を張っていた。
だが、ナデシコで家族や仲間に恵まれた時、俺は周囲の好意にやっと素直に甘える事を知った。

そのナデシコも既にこの世には無い。

恩返しではないが火星の後継者とグルだったクリムゾン・グループの凋落は激しい、そうそうアカツキがヘマをしないかぎりネルガルは安泰だろう。
そのアカツキも何か予感があったのか、今回の補給時には顔を出してきてしきりに俺に入院を勧めていた。
最早俺に係わっても益は無いだろうに、意外に人情家だったみたいだな。
今度、補給に拠らせてもらった時には一緒に酒を飲む約束までさせられてしまった。

そう言えば、味覚が既に無い俺を食事に誘うような図太い神経の持ち主は、アカツキ位しかいなかったな。

ラピスについてはエリナとイネスさんに任せてある、何かとラピスを構っていた二人なら問題は無いだろう。

それ以外にもナデシコには――――――

「ああ、そうだな・・・色々と伝えたい人は居たんだな」

改めて思い返せば、次々と顔が浮かんでくる。

料理の師匠と言えるホウメイさんにサイゾウさんを始め、自分を鍛えてくれた月臣やゴートさん、それにバックアップに勤めてくれたプロスさん。
ブラックサレナという鎧をくれたウリバタケさん、自分の身体を最後まで面倒を見てくれたイネスさん。

本当に自分は沢山の人達に支えられていた。
そんな人達に何も言わず、何も伝えず人生に幕を降ろそうとしている。
最後の最後まで酷い男だ、俺は。

だが、自分が今までに犯した事件を考えると、どうしても素直に彼等に言葉を残せなかった。
世間では火星の後継者に並ぶ犯罪者・テロリストとしてテンカワ アキトは認識されているのだから。
そして、実際にそう呼ばれるに相当する事件と破壊を、感情の赴くままに起こしてきた。
そんな自分が接触する事で、彼等の人生に汚点を残したくはない。

それが所詮、ただの言い訳だと分かっていても、譲れない一線だった。




暫くの間、ユーチャリスは何事もなく火星への航行を続けていた。
飽きもせずに宇宙を眺めていたアキトに、突然ラピスから報告が入る。

「接近する艦影有り」

「何だと?」

ユーチャリスはネルガルとの接触が露見しないように、非公開なルートを航行している。
そんな場所を通るユーチャリスに接近する船とは?

不審に思いつつ、万が一に備えて思い通りに動かない身体を叱咤しながら格納庫に向かう。

「艦影、判明・・・ナデシコC」

「ルリちゃんか!!」

どうやらアカツキの目的には俺の足止めも含まれていたらしい。
食えない友人に脳裏で文句を言いつつも、格納庫に向かう足を止めてラピスに逃走を指示する。
機動戦を仕掛けたところで、ユーチャリスのシステムを乗っ取られてしまえば全て終わりだ。
それにそもそも、友人・知人一同が一度は乗船した船に攻撃など仕掛ける事は論外だった。

『待って下さい、アキトさん!!』

「強制リンク、防げなかった」

「まあ、相手が相手だ仕方が無い」

逃走を指示した瞬間、突然現れたウィンドウに思わず小さく頬を緩ますアキト。
ぼやけている視界に、一緒に住んでいた頃より華やかに成長をしたその姿を認め、改めて月日の経過を感じる。
もしかするとこれで最後と思っていただけに、最後の最後で家族と思っていたルリに逢えた事は単純に嬉しかった。

『アキトさん!!』

「ラピス、ジャンプは可能か?」

「無理、ナデシコCが近すぎる」

「なら、振り切れ」

ルリを一瞥した後、ラピスにそう指示を出して無言になるアキト。
そのアキトに向けて必死に話し掛けるルリ。
ラピスは敢てエリナとアカツキの要望通りに、ルリの通信を遮断せずにユーチャリスを操り逃走を開始した。





逃げに徹するユーチャリスをナデシコCが執拗に追いかける。
何時も以上に鬼気迫るその勢いに疑問を感じたアキトが、思わずルリに話し掛ける。

「随分と今回は粘るな、それほど暇ではないだろう?」

『・・・ユリカさんの容体が急激に悪化しています』

「!!」

思わず身体を揺らして動揺を顕にするアキトに、ルリが畳み掛ける様に言葉を繋ぐ。

『もう、回復の見込みは無いくらい内臓等の機能が衰退してしまってるそうです。
 それでもユリカさんは懸命に生きようとしています、何故だか分かりますか!!
 アキトさんに一目逢いたいからです!!
 お願いします、一瞬でもいいからユリカさんの傍に居てあげて下さい!!』

ルリの言葉に歯を食いしばりながら無言を貫くアキト。
本心を語るのならば、今すぐにでもユリカの傍に跳んで行きたい。
だが、それを実行する事が一番怖い。


もし、ユリカに笑顔で「さよなら」を言われたら、自分の今までが全て否定されてしまう。


むしろそんな言葉を聞く位なら、罵られた方が余程マシだった。
自分が死ぬ事は、今まで犯してきた罪を考えれば当然だ。
だが、巻き込まれただけのユリカが死ぬ事には耐えられない。
ユリカが元気になった時に、この身が残っていれば邪魔になると思っていたくらいだ。
イネスやエリナから度々ユリカの身体の事を聞かされても、聞こえないように背を向けて逃げていた。

そんな現実から未だ逃げ続けている。

最初にナデシコに乗った頃から、自分は少しも成長していない。
むしろ、ルリの方があの年で艦長職をこなす程に、見事に成長をしたと思える。

美しく成長をしたはずの少女をバイザー越しに見上げる。
その視界はやはり微妙に滲んでおり、正確な姿は見えない事が今は悲しい。

きっとベットの上のユリカの顔を見れば、自分は最後の強がりも失い泣き崩れる事だろう。

『アキトさん!!』

「もし、俺を捕まえる事が出来たら・・・」

アキトは自嘲気味に、ウィンドウ越しに叫んでいるルリに話しかける。

『捕まえる事が出来たら、何ですか?』

頭の片隅にはラピスから、ジャンプ準備完了との報告が入っていた。

「逃げる事を止めるよ、ルリちゃん」

『・・・その約束、絶対に叶えてみせます!!』

気合を入れるルリの声に背を向け、ラピスにジャンプ・フィールドの形成を指示する。
ユーチャリスにジャンプ・フィールドが形成された瞬間、そのシステムに横槍のごとくハーリーのハッキング攻撃が襲い掛かった。

「っ、ハッキング!!」

『艦長との交信の為に、回線を空けていたのは迂闊だったねラピス!!』

『ナイスですハーリー君!!』

不安定な状態に陥ったジャンプ・フィールドに、ナデシコCが更に割り込む。
通常のシステムならば、この状態に陥った時点で事故防止の為にジャンプ・シーケンシャルにキャンセルが入る筈だった。
だが、何故かキャンセルは行われる事なく、不安定なままにジャンプは実行されようとしていた。

「ラピス!!」

その理由に思い当たり、思わず一人奮闘をしているラピスに声を掛けるアキト。
背後を見るとラピスの全身を駆け巡るナノマシンが、激しく発光をしていた。

「だめ、私はアキトの願いを叶える。
 その為にも・・・あの二人にも負けない!!」

自分が気紛れで漏らした火星に行きたいという願いを、必死になって叶えようとするラピス。
出会った頃の感情の無い人形ような少女も、こんな自分の傍で何時の間にか人として成長をしていた事を知る。

だが、多勢に無勢であり、ルリとハーリーの二人掛りのハッキングに、徐々にシステムを乗っ取られていく。

「無茶をするなラピス!!
 ジャンプを一旦キャンセルして、通常航行で逃げよう!!」

ラピスはアキトの言葉に珍しく首を左右に振って拒否をする。
ユーチャリスの航行能力では、このままではナデシコCにスペック的に適わない事をラピスは知っていた。
今まで数々の追跡の手から逃げ切れてきたのは、単独で戦艦をボソン・ジャンプ可能にするアキトの類い稀な能力があったからだ。

そして、その肝心なアキトの身体にもう時間が残されていない事を、一番身近に居るラピスは判っていた。



――――――最後の瞬間まで自分はアキトの願いを叶え続けてみせる。



決意を瞳に宿し、自分と同じ瞳を持つルリを睨み付けながら、追い込まれたラピスが最終的に取った手段は・・・不安定な状態での強制ジャンプだった。


実行をした瞬間に響き渡るレッドアラームと、エマージェンシーのウィンドウの数々。


白光に染まる視界。





「一体、何が――――――」





そして、アキトの叫びを最後に、ユーチャリスとナデシコCの姿はその宙域から消えた。




 

 

 

 

 

 

 

第一話に続く

 

 

 

 

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