< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

第三話

 


2196年11月

今までやられっ放しだった木星蜥蜴相手に連勝を飾り、意気揚々と航海を続けるナデシコ。
本来の目的である火星に向けて旅立つ為に、連合軍にビック・バリアの通過許可を依頼しているが、その許可は中々下りず。
今は無意味に太平洋上をうろつくだけの存在と化していた。

そんな中、前回の生身の戦闘での筋肉痛に懲りたのか、アキトは精力的に身体を鍛え、厨房でホウメイに師事を仰ぎ、己を磨いていた。

そしてその修行結果の一つが、本日実を結ぼうとしていた。

「・・・よっし!!」

「おお、今回は形になってますね」

ホウメイガールズの一人から褒められた料理は、アキトが作った出汁巻き卵だった。
調味料等の配分に問題は無く、あくまで鍋や調理器材が振るえないアキトは、仕込み以外の時にはひたすらに調理器具と格闘をしていた。
正直に言えば肉体的なトレーニングより、精神的にこちらの方がキツク感じたほどだ。

「ホウメイさん、味見をお願いします!!」

「テンカワの味付けに大きな問題は無い事は分かってるよ。
 それより折角の成功作なんだろ、待っている人達に食べさしてやりな」

笑顔でホウメイが指差した先には、大人しく食堂の椅子に座るルリと・・・ユリカの姿があった。
その二人の視線からは隠しきれない期待の色が嫌でも窺える。

「は、はははは・・・」





「アキトの初めての手料理、美味しく頂きました!!」

「ご馳走様です」

「はい、お粗末様でした」

たかだか出汁巻き卵一つに、仲良く半分に分けて笑顔で食べてくれた二人に、思わず頬が緩むアキト。
自己採点でも及第点ギリギリの出来だが、今までの練習で大量生産された黒炭よりは余程マシだと思える。
それに、未だこの世界のユリカには思う所が多々あるが、料理人として笑顔で美味しいと言ってくれる人に悪い感情を抱くはずも無かった。
例えその笑顔に過去の記憶が刺激され、心に痛痒を感じているとしても。

「でもアキトも大変だよね、昔受けたトラウマで調理器具が操れないなんて」

「あー、まあその事は蒸し返さないでくれないか」

「あ、ゴメンなさい」

頬を掻きながら、ユリカの慰める様な視線から顔を逸らす。
アキトが見習いコックという役職なのに料理が出来ない理由として考えたのが、過去にあるトラウマが原因という言い訳である。
決して大筋で間違っていないので、真に迫った独白を聞いた大抵のクルーには、その理由で納得をしてもらえた。
唯一、プロスが眼鏡を光らせて理由を確かめようとしたが、ホウメイの保障というより横槍によりその矛を収めていた。

そしてユリカの隣の席では、ルリが満足気にお茶を飲んでいた。
ルリにとって今この瞬間の雰囲気は、懐かしい過去を想い出させる一幕に思えたのだ。

前回の戦闘終了後、アキトはユリカからミスマル提督に両親の死について訪ねに行ったと聞かされた。
どうにもテロでアキトの両親が殺された事に、疑問を感じたらしい。
あの当時のテロについては極小規模に終わったと、歴史の時間に教師から口頭で教わっていたが、死傷者については何も聞いていなかったのだ。
つまり意図的に情報が隠蔽されていると思い、昔からアキトの両親と友誼があった父親に質問をしようと思ったらしい。
流石に両親暗殺の実行犯について、真実を語る訳にはいかないアキトは、頭を下げるユリカに礼を言う事しか出来なかった。

「って、そんな授業で出るような教師の小話を覚えてるのか?」

「え、変かな?
 でも昔から記憶力は良いんだよ、私」

えっへんと大きな胸を反り返させるユリカに、アキトは別の意味で汗を掻いていた。
正直、一緒に住んでいた時には、これ程までの天才振りを見せられた記憶は無い。
むしろ天然ボケの後始末に、ルリと一緒に四苦八苦した思い出が多々有る位だ。
もしかすると、自分はとんでもない女性を伴侶として選んでいたのかもしれないと、今更ながらに思い知っていた。

「ルリちゃんもそれ位出来るよね?」

「ええ、極、当たり前に」

「・・・」

多分、自分の常識の方が普通サイドの筈だ。
火星で受けていた教育の決して良いとは言えない成績を思い出しながら、アキトはそう自分を慰めていた。





ナデシコに備わっているトレーニングルームでアキトがストレッチをしていると、ヤマダが急に入ってきて声を掛けてきた。

「おー、アキトもトレーニング中か、毎日頑張るよな。
 俺もそろそろギブスが外れるから、その時には一緒にシミュレーターで特訓しようぜ!!
 ああ、特訓!!良い響きだ!!
 努力、友情、勝利!!」

「・・・いや、シミュレーター云々は別に良いけど、全治2ヶ月だったよなヤマダって?」

前回の出撃からナデシコ帰艦後、医療室で「気」の使用後に襲い掛かってきた筋肉痛と肉離れで唸っていたアキト。
その隣のベットには、更に重症の全身打撲で入院中のヤマダの姿が有った。
二人して数日間仲良く呻っていた事は記憶に新しい。
アキト自身は何だかんだと言いながら、こちらも「気」を使用した治療で、医者が驚く速度で早期に退院をしていた。
まさに月臣の教えは、世界は変わってもアキトに多大な恩恵を与えている。

それに対して特別な力を持たない筈のこの男は、2ヶ月の重症を1ヶ月の間に最初の右足骨折以外の怪我を克服したらしい。
こうなると、むしろ最初の骨折の方がどれだけ重傷だったのか聞きたくなる。

そんな複雑な表情を作っているアキトに、ヤマダは不機嫌そうな顔で自分の呼び方について訂正をしていきた。

「何度言わせるんだ、俺の名前はダイゴウジ ガイだ」

「いや、ネームプレートに名前書いてあるし」

「ダイゴウジ ガイ、だ」

「・・・」

「ガ、イ、だ」

「分かったからそれ以上顔を近付けるな、ガイ」

徐々に迫ってくる暑苦しい顔と血走った目に、アキトは白旗を上げた。
その後は筋肉を衰えささないように、慎重に右足を庇いながら真面目に筋トレを行うガイ。
その隣では、月臣に叩き込まれた木連式柔の型を、ゆっくりと身体に負荷を掛けながら何度もなぞり続けるアキトの姿があった。

二時間後、滝のような汗を流しながらガイは隣の友人を確かめた。
こちらも足元に汗により水溜りを作りながら、何やら目を瞑って静かに動いている。
ガイ自身は基本的な格闘訓練を受けた事しかないので、アキトが何をしているのかは良く分からなかった。
だが、この友人が居てくれたお陰で、自分が渇望して止まなかったパイロットへの道が繋がっている事は知っていた。
恩義も有り、同じパイロットでもあるこの男とは、友人として付き合えるとガイは感じていた。

・・・時々自分の発言に対して冷めた態度を取る所がムカつくが。

「おーい、アキト、これは奢りだから有り難く受け取れ」

「ああ、悪いな」

備え付けの自販機からスポーツドリンクを2本購入し、一本をアキトに向けて放り投げる。
背後から飛んで来たそのスポーツドリンクを、そちらも見ずに片手で見事に背面キャッチする。
その技に素直に感心をして口笛を吹くガイ。

「お前凄いよなぁ、後ろに目でも着いてるのか?」

「見えないほうが感覚が鋭くなるって事さ、まあ馴れの部分もあるんだけどな」

二人でスポーツドリンクを飲みながら、エステバリスの特性について話を盛り上げる。
以前ゲキガンガーの素晴らしさを3時間通して独演した時、ふと気が付くと病んだ目をしたアキトに意識を刈り取られたのだ。
同じ様な出来事が5回続いてからは、ガイはアキトの前ではゲキガンガーの話を少し自重をするようになっていた。

「でもよ、あのカメラ位置だとどうしても死角が出来るじゃねぇか」

「あれは構造上仕方がないからだろ?」

ネルガルから直接派遣された教官によってマニュアルを叩き込まれたガイの知識に、普通に着いて来るアキト。
それどころかガイが勘違いをして覚えていた部分を、逆に指摘してくる程だ。
ふとその事にガイは疑問を感じた。

「お前臨時で雇われた割に、随分とエステバリスについて詳しいんだな?
 俺も教官から企業秘密とか言われて、極秘に教えられた部分まで知ってるなんて思わなかったぞ」

「!!」

思わぬガイの問い掛けに、しまったという顔を作るアキト。
ついついこの男の気安い雰囲気から、余計な事まで話してしまったのだ。
自分でも改めて思い返せば、迂闊としか言い様の無い失態だった。

「・・・そうか、お前」

「な、何だよ?」




「俺とは毛色が違うが、エステバリスオタクだな!!」





「・・・」

この男が馬鹿で本当に良かったと、心の底から思うアキトだった。





その後、何を納得したのかガイから心の友との認定を受けて、苦笑をしながらアキトは厨房に向かった。
たまたま話を聞いていたのがガイで良かったが、今後は気を引き締めようと誓う。

現在のアキトの生活サイクルに、必ず割り当てられている仕事が実は有った。
それは朝昼晩に行われており、現在は昼の作業として自分の料理の失敗作と、ホウメイの料理をワゴンに乗せて移動をしている。

目的地に着くと、何時もの如く悪態が飛んで来た。

「あら、また失敗作を食べさせに着たの?」

「すんません、でも大分焦げ目は減ったんですけどね」

ムネタケとその配下の兵士が閉じ込められている部屋に、ワゴンから料理を出しながらアキトはそう言い訳をした。
反乱が失敗し、捕虜となり一室に監禁されたムネタケには、クルーの誰もが近寄りたがらなかった。
プロスやゴートにしても上からの命令で動いただけのムネタケから、何らかの有益な情報は得られないだろうと判断しており。
捕縛された全員には、おざなりな尋問しかされていなかった。

しかし、問題はその後に発生した。
その後、連合軍に引き取って貰えればそれで済んだ話なのだが、ムネタケの引渡しと同時にナデシコまで接収する気満々の連合軍と折り合いがつかない。
その結果として、長期の捕虜生活に甘んじる事となったムネタケのストレスは高まり、辺り構わず噛み付くような状態になっていた。

だが、ルリが調査したところ、その態度は牢を抜け出す為に部下にハッキングをさせている事を誤魔化す為だと判明している。
ルリの報告を受けたユリカ・プロス・ゴートは厄介払いが出来るなら、そのまま逃げ出してくれと見逃す事にしていた。

それで解決、とならないのがアキトとルリの事情だった。
前回の記憶通りなら、ビック・バリア突破時のどさくさに紛れてムネタケは脱出、その時にガイが射殺されるのだ。
流石にそれは駄目だろうと、ムネタケを見張る意味でアキトはムネタケ達の食事配膳に手を挙げた。
そんな理由でもなければ、様々な経験から軍人嫌いとなっているアキトとしても、ムネタケの食事を用意する事は無かっただろう。

もっとも、誰もが嫌がるムネタケの食事配給に自ら進んで手を挙げたアキトを、プロスとゴートは逆に怪しんでいたりしたが。

「まあ、少しは上達したようね」

「有難う御座います!!」

意外にもムネタケから出た褒め言葉に、反射的に礼をするアキト。
好悪は別として、どうやら料理人として不本意な作品ばかりを作成し続けたせいで、他人の褒め言葉に過敏に反応するようになっている。
実際に礼を言われたムネタケも、笑顔のアキトに毒気を抜かれたのか何時もの毒舌は鳴りを潜めていた。

「そう言えば前に頼んだ事、考えてくれた?」

「脱走の手伝いですか?
 俺、このナデシコに乗ってる皆が好きなんで、逃げ出す気はないからお断りします」

「アンタはそう言ってるけど、この戦艦が何処を目指してるか知ってる?
 火星よ、か・せ・い!!
 木星蜥蜴に占領された星に、幾ら最新鋭とはいえ戦艦一隻で乗り込むなんてキチガイ沙汰よ」

その話は既にプロスによって、ナデシコクルー全員に向けて行われていた。
それを聞いたクルー達の反応は概ね肯定的だが、それはナデシコの連勝による危機感の欠如からきていたものだった。
アキトやルリは前回と同じ様に全てが上手く行くとは思っていない。
だが、自分達の力では現状を何も変えられない事も知っており、歯痒い思いもしていた。
もう直ぐガイが復帰すると知りながら、アキトが身体を苛め抜いているのは、少しでもナデシコの危機を軽減する事が出来るならばとの思いからだった。

「まあ、確かにそうかもしれませんが、俺としては故郷を見てみたいですね」

「・・・アンタ、火星生まれなの?」

「ユートピアコロニーの生き残りです」

「!!」

その日のムネタケとアキトの会話はそこで終了をした。

翌日、食事が終わり器をワゴンに戻しているアキトに、再びムネタケが語り掛けてきた。

「アンタの故郷のユートピアコロニーに、チューリップを落とした人間を知ってる?」

その言葉を聞いて動きを止めるアキト。
勿論、その人間が誰かをアキトは知っている、だが何故ムネタケがこのタイミングをその事を言い出したのか分からなかった。

動きを止めたアキトの事をどう勘違いをしたのか、ムネタケの話は続いた。

「このナデシコに乗っているフクベ提督がその実行者よ」

「・・・それを俺に教えてどうするつもりです?
 俺が暴走をして、フクベ提督に襲い掛かるのが目的ですか?
 それとも情報を教えてくれた代償に、脱走の手伝いをさせるとか?」

アキトは冷めた目でムネタケを見つめる。
そう言えばこの男は過去でもそうやって、口先で自分を丸め込んでいた事を思い出したのだ。
やはり言葉を交わすだけ、無駄な時間を過ごしたという事だったのかと溜息を吐きそうになる。

だが、ムネタケの回答は意外なものだった。

「別に何も望んでないわよ。
 実はね、その時もフクベ提督の副官は私だったの。
 あの人は大量殺人をした事で英雄になり、私は何の献策も出来なかった無能な副官って事になったわ。
 今でも夢に出るのよ、ユートピアコロニーの人の怨嗟の声がね。
 私達はそのユートピアコロニーの人達を、救出する為に出撃したのに」

ムネタケの目には本当に人生に疲れた男の色が浮かんでいた。
過去のムネタケも同じ様に理想を追い求め、そして裏切られ続けた結果・・・ああなったのだろうか。

アキトは本人以外に分かりようが無い問題に解答を求めていた。

「英雄・・・そうね、英雄なんて惨めなもんね、ずっとあの人を私は影から嘲笑っていたわ。
 飾り立てられた滑稽な英雄、それがフクベ提督。
 そして、その提督に庇われて、処罰から救われた無能な副官が私。
 きっとナデシコも同じ様に失敗をするわ。
 だから、アンタも私みたいになりたくなかったら、さっさっとこの船から降りた方が良いわよ?」

「どうして、俺にそんな話をするんですか?」

「アンタ、何か迷っているでしょ?
 そうね、進むか、逃げ出すか・・・って所かしら?
 何だかその表情に見覚えがあるのよね、火星での大戦時に私も同じような経験をした事があるから。
 意見を言わずにフクベ提督に全てを任せるか、フクベ提督を止めて特攻をするか、ってね。
 本当にこれは自体験からの忠告よ、火星に行く事に迷ってるなら逃げ出した方がいいわ」





「・・・でも、俺はもう逃げないって、約束しちゃったんですよ」





忠告有難う御座います、と頭を下げてアキトはその場を去った。
ムネタケは複雑な目でその後姿を見送った後、それ以降は一度もアキトと口を利く事は無かった。







意外なムネタケの言葉を聞いてから、一ヶ月近くが経とうとしていた。
今日は大晦日であり、明日は元旦だ。
ルリちゃんからの連絡により、既にムネタケ達は何時でも逃げ出せる状態らしい。
その事を聞いたゴートさんが、俺がムネタケに懐柔されている可能性が有ると判断して、ムネタケ達の配膳担当から俺を外した。
過去があんな形での別れだったので、碌に話をしなかった男だが、やはり長年軍に在籍していただけに色々な事があったのだろう。
何より自己保身の塊と思っていたあの男が、ユートピアコロニーの壊滅に心を痛めていたのは驚きだった。

「人間、何が切欠で歪むか分からないって事だよな・・・」

復讐鬼だった頃の自分を思い出し、自嘲をしながらアキトは思わずそう呟いていた。







民間企業らしく、年末年始は休日かと思われていたが、逆にその隙をついてビック・バリアを強行突破する事になった。
仕事中毒の人間が指示を出したのか、それとも余程火星に残してきた『アレ』が気になるのか分からないが、連合軍にとってもナデシコクルーにとっても迷惑な話だ。
料理ぐらいは年越しを意識した凝った物を作ろうという話になり、ホウメイとアキトは早朝から下拵えに追われていた。

「テンカワ、少し時間を貸して貰えるか?
 ホウメイさん、問題無いだろうか?」

「ああ、別に良いよ。
 テンカワも用事が終わったら続きをやるからね」

「あ、はい」

ホウメイの指示通りに昼飯の下拵えをしていたアキトは作業を中断し、ゴートの後ろに着いて例の如く取調室に到着をした。
何時もの如く無言のまま対面の椅子に座るゴートに、同じく特に話す事が無いので黙って椅子に座っているアキト。

やがて沈黙にも飽きたのか、ゴートが重い口を開いた。

「テンカワ、お前は何処かで格闘技を習っていたのか?」

「以前、世話になっていた人に教えて貰いました」

「その人物は素手で、訓練を受けた重装備の複数の兵士を、正面から叩き伏せる事が出来るほどの、腕前なのか?」

「まあ、多分余裕ではないかと」

一つ一つ区切るかのように発言をするゴートに素直に頷くアキト。
勿論、師匠と呼んでいる月臣なら、今の自分と同じ事が出来るとアキトは知っていた。

「どんな達人だ、それは。
 そもそも、テンカワ・・・お前の腕前自体が既に異常だ。
 最近はトレーニングの成果で多少筋肉は付いてきているが、お前の体型で鍛えられた兵士四人を一瞬で制圧するなど悪夢だ」

前回の格納庫前の戦闘を自分が倒した兵士達から聞いたのだろうが、それをそのまま信じるとは思ってもいなかったのだ。
自分でも何も知らない時にこの話を聞かされれば、嘘か悪い冗談だと思うだろう。

「シークレット・サービスは何処にでも居るという事だ。
 ウリバタケ班長の守備を担当している者から、お前が素手による単独戦闘で兵士四名を制圧したと報告が入っている」

「・・・」

特に反論をする必要も無いので、そのままゴートの言葉の続きを待つ。
アキトとしては信じてくれ、としか云い様がないだけに、何処までも疑いを深めていくゴートに苛立ちも感じていた。

「どうにもお前は隠し事が多すぎる。
 エステバリスを使った実戦経験者かつ、素手で重装備の兵士四名を瞬殺する陸戦能力。
 ここまでくると、何処かの軍か施設で特殊な訓練を受けた兵士と言われた方がまだ納得出来る」

「・・・」

段々と内圧を上げてくるゴートの視線に、やはり無言を貫くアキト。
ある意味的を得たゴートの推理だが、流石に真実を話してゴート自身に師事してました、とは言えないだろうと思っていた。

二人の間に緊迫した空気が形成される中、突然メグミからのアナウンスが流れた。

『地球防衛ラインへの突入を今から開始します、断続的に揺れが発生すると予想されます。
 万が一に備えて、移動は最低限に抑えて、移動時には手近に掴める場所を常に確認して移動をして下さい』

「・・・時間切れか、もう厨房に帰っていいぞテンカワ」

「失礼します」

結局、ろくな情報を得られなかった事に嘆息をしながら、ゴートは取調室からアキトを解放した。
むしろ謎と疑問だけが増えていく一方かもしれなかった。
そんなゴートに一礼をして、アキトは取調室を出ようと扉を開く。

「信じていいんだな?」

「行動で示させてもらいます」

背後から投げ掛けられたゴートの問いに、アキトはそう言い残して取調室から立ち去った。





色々なもやもやを抱えたまま、アキトが食堂への道を歩いていると、ルリから緊急連絡が入った。

『アキトさん、ナデシコは現在第3防衛ラインに入っています。
 前回と同じくジュンさんが出撃されているのですが、ヤマダさんが防衛として出撃しちゃいました。
 現在はジュンさん率いる連合軍のエステバリス隊からの攻撃を、必死に回避されています。
 ナデシコへの攻撃を逸らす囮、という意味では良い仕事されてますね』

「あー、もー、ガイの奴は・・・」

思わず通路の壁に頭を押し付けながら、色々な意味で人騒がせな性格をしている親友に疲れた口調で怨嗟の声を漏らした。
まあ、ナデシコの為に怪我をおしてまで戦闘に向かうその心意気位は、褒められるかもしれないが。

実際問題として、ナデシコの現在のディストーション・フィールドの出力ではジュンに落される可能性は有った。
その事をルリから説明を受け、苦渋の選択でヤマダを送り出したのはユリカだった。

『あ、ヤマダさん被弾。
 ブリッジにサポートを求める通信が入りました』

『アキト、御免だけどヤマダさんのサポートに出れる?』

ルリの報告に被さる形で新たなウィンドウが開き、見事な晴れ着を身に着けたユリカが厳しい表情で尋ねてきた。

『今は防衛ラインの突破中だから、ナデシコを離れ過ぎると危険なの。
 簡単に言うと、ナデシコのディストーション・フィールドを出ると、撃墜される可能性が高いんだ』

「・・・ユリカはそれでも俺に出て欲しいのか?」

ユリカの依頼に対して、逆に質問を返すアキト。
その質問を受けて、一瞬ユリカは困った顔をした後に頷いて言葉を紡いだ。

『私から見ても、今までの二回の戦闘でアキトが全力を出してない事は分かるよ。
 きっと訓練を受けていても戦闘経験の浅いヤマダさんより腕が上と言うのが、私やジュン君、それにプロスさん達の見解。
 そんなアキトだけど、今の危険な状況を潜り抜ける程の腕前なのかどうかまでは分からない。
 それに、正規パイロットでないアキトには、出撃をするかどうか選択をする権利があるの』

「つまり、どうして欲しいんだ?」

『私は・・・アキトの格好良い所が見たいな』

万全の信頼を含んだユリカの笑顔を前に、アキトには断る術などなかった。






「おーい、生きてるかガイ?」

『おおよ、一応何とかなぁ
 ・・・悪いな、お前を出撃させるより正規パイロットが出るのが筋だと思って、無茶しちまってこの様だ』

所々に被弾の痕は見えるが、比較的に元気な声で返事をするガイに、アキトは安心した。
流石にムネタケに撃たれて死ぬのを防いだせいで、ジュンに撃墜されるという事態には陥って欲しくなかったのだ。

アキトの操るエステバリスがカバーに入り、ガイが少々危なっかしい飛び方でナデシコに戻る。
その間、ジュンは自分を含めて部下に攻撃を控えさせて、ナデシコに居るユリカと通信を行っていた。




『ユリカ、今ならまだ間に合う、ナデシコを地球に戻して、ミスマル提督の元に帰ろう』

『・・・御免、ジュン君。
 何時までも私はお父様の庇護の下で過ごす、人形のままでいたくないの。
 今はナデシコと共に火星に行く、それが私の目標なんだ』

『だけど、ナデシコ一隻で出来る事などたかが知れているだろう!!』

『そうかも知れない・・・でも、今、起きている戦争の、何かが変わるかも知れない予感が私には有る。
 ネルガルの今迄の行動を考えてみて、私は火星に何か意味があると思っているの。
 それに・・・ジュン君が私に望む役割は、私には重すぎる』

『!!』

『ねえジュン君、私はジュン君が思うほど強くないよ?
 お父様に逆らう決心を付ける事にさえ、今まで掛かったんだから』

『・・・ユリカ、僕が君の幼馴染を何年やってると思ってるんだい?
 僕には君がミスマル提督に逆らう決心を付けた切欠の存在が、誰なのか分かっているよ』

そう言ってジュンは自分の機体の銃口を、ナデシコの前に立ち塞がるアキトのエステバリスに向けた。




「おいおい」

何も動きが無いジュンの機体を不審に思いつつ、様子を見守っていると・・・
突然、大人しく滞空をしていたジュンの機体と、残りの8台の機体から次々とミサイルが発射された。
流石に棒立ちの状態で撃墜される気はないので、大げさに動いて全弾を回避する。

「ユリカ!! 交渉は決裂か!!」

『御免、ジュン君怒っちゃった!!』

「・・・何を言ったんだよ、お前」

相手が先に攻撃をしてきた事も有り、仕方なくこちらも反撃を行う。
同じ地球人同士で殺し合いもないだろうと、無難に背後のブースターのみの破壊を試みる。
実際、この時点で最新式のエステバリスの機動性は高く、使いこなせば連合軍の機動兵器を複数相手取ることも可能だった。

短い交戦時間ながら、アキトの撃墜スコアが5を数えた時、ジュンの機体からアキトに通信が入った。

『予想通り、良い腕だなテンカワ アキト』

「そう思うなら此処で引け。
 もう直ぐ第2防衛ラインに入るんだろ?」

ルリちゃんからリアルタイムで送られてくる現状を確認して、俺がジュンに後退を提案する。
その意見に苦笑をしながら同意をするジュンだが、本人の機体を残し残りの機体だけをステーションに向かわせた。

「どういうつもりだ?」

『此処が僕の分水嶺って事さ。
 このままステーションに帰っても、もう僕の居場所は連合軍には無い。
 かと言って、何事もなかったかのようにナデシコの、ユリカの隣に戻るのもプライドがね。
 僕はね・・・ユリカを守り立てて、今の腐り切った連合軍を立て直したかったんだ。
 ユリカには才能も血統も、何よりカリスマが有る。
 僕には何一つ備わっていないモノが、ユリカには揃っているんだ。
 だから、僕が無理だと諦めた今の腐り切った連合軍の再生を、叶える事が出来る存在だと思っていた』

「・・・」

ジュンから淡々と告げられる独白に、そんな事を考えていたのかとアキトは内心で驚いてた。
今までの記憶の中でジュンとの付き合いは短くはないが、ユリカの背後に常に立っていたという思いが強い。
自分とユリカが結婚をした時に、彼が何処か諦めた表情をしていたのは、実はユリカの事だけではなく自分の夢の終わりを見ていたのか?

『ナデシコがビック・バリアを突破した時点で、ユリカは連合軍で絶対に大成出来ない事になる。
 ミスマル提督が庇った所で、話が余りに大きくなり過ぎるからね。
 つまり、僕の夢が終わる瞬間だ。
 でも、勝負を掛けた説得も、先程ユリカにはっきりと断れたよ、僕の夢は自分には重すぎるって。
 長い間一緒に過ごしてきたけど、一言も僕の夢を語った事なんてないのに、全て見透かしていたんだ』

「もしそれが本当の話なら、恐ろしい才能だよな・・・」

『・・・そんなユリカに、人生を棒に振る決断をさせた男が、何を言う』

「え、俺? 何で?」

話の展開に付いて行けず、思わず間抜けな表情と回答をしてしまうアキト。
そんなアキトの姿に、怒りに震えながらジュンは静かな声で自論を展開する。

『気付いてないのか?
 ユリカはナデシコ乗船時、ミスマル提督のナデシコ接収に協力をするつもりだった。
 僕もナデシコのスペックを確認して、ユリカがナデシコを使用して戦果を挙げるのを手助け出来ると思っていた。
 実際に見事に初戦に勝利を収め、前回の勝利も連合軍内では高評価を得ていた。
 だけど、その思惑を全て覆したのが・・・テンカワ アキト、君だ』

「・・・おいおい」

『君の存在が、君の一言が、全てを狂わせた。
 ユリカは君に関心を抱き、ネルガルが隠し事をしている火星に興味を持った。
 それ以上は僕の才能では計り知れない、だけど何かを嗅ぎ取ったユリカは、僕を残してナデシコに戻った。
 その上、いっそ後腐れが無いようにする為か、さっきは晴れ着で連合軍上層部の人間に啖呵まできってくれた』

当時の記憶では軽く流していた出来事だが、ユリカにそこまでの決意と思惑があって動いていたとは知らなかった。
次々と明かされる真実に、アキトの頭は混乱をするばかりだった。

ジュンが思いの丈を吐き出し、アキトがその言葉に混乱をしている間にも戦場は移り続け、ついに第2防衛ラインに舞台は突入した。

『盛り上がっている所を申し訳有りませんが、第2防衛ラインに突入しました。
 すでにナデシコに向けて、多数のミサイルの接近を感知しております』

「ジュン!! 後ろだ!!」

ルリからの警告を受けた瞬間、思考を素早く戦闘モードに戻したアキトが、うろたえるジュンの背後に迫るミサイルをライフルで撃墜する。
その爆発の余波を受けて、大きく体勢を崩して明後日の方向に飛ばされていくジュンの機体。
通信越しに聞こえるジュンの苦悶の声に、アキトは舌打ちをした後、襲い掛かるミサイルの嵐を撃墜しつつ、ジュンの機体の回収に向かった。

「ジュン、意識は有るか!!」

『な、何とかね・・・痛っ!!』

先程とは違い弱々しいジュンの声に、何らかの負傷の可能性を悟るアキト。
自分一人ならば、本格的な攻撃が始まる前にナデシコには辿り着ける。
だが、ジュンを抱えながらの起動戦は明らかに不可能だ。
何より、ナデシコのディストーション・フィールドを解除するギリギリのタイミングが迫っている。

「とりあえず、愚痴も文句も生き残ってから聞いてやる。
 それに自分の夢の為だけに、ユリカが必要だから追い掛けてきたって訳じゃないんだろ?
 後は本人に直接聞いて来い!!」

ジュンの機体をナデシコに突き飛ばし、散発的に自身とジュンを追尾してくるミサイルを的確に落とす。

『テンカワ、君は!!』

「今はナデシコに乗り込む事に集中しろ!!
 ルリちゃん、ジュンの受入タイミングの計算は任せた!!」

『了解です』

ジュンの機体がディストーション・フィールドに触れる寸前。
時間して1秒にも満たない瞬間、ディストーション・フィールドが解除され、ジュンの機体はナデシコの格納庫に入っていった。
それを見極めた後、アキトは正面を向いた。
目の前には群雲のように迫るミサイル、背後には最早解除する時間は残されていないナデシコのディストーション・フィールド。
エステバリスの推力では、ナデシコの背後に回りこみ盾にしようとした所で、ナデシコの上昇についていけず取り残されるだけだろう。

なら、残る手段は前に進み、エステバリス単独で第2防衛ラインを超えた先でナデシコを待つ。

「・・・コロニーの防衛ラインよりは薄いみたいだな」

こちらに『戻って』以来貯め続けたストレスの発散先を見付け、アキトは獰猛な笑みを浮かべてエステバリスを急上昇させた。




――――――未来にて数多のコロニーの防衛ラインを喰い破り、陥落させた男の機体が吼える。




「テンカワ機、更に上昇を開始しました!!」

メグミの悲鳴のような声がブリッジに響き渡る。
彼等の予想では、ナデシコに帰艦不可能となったテンカワ機は、そのままミサイルを撃墜しつつ地上を目指すと思っていた。
アキトの予想以上の腕前により、ガイとジュンは無事にナデシコに収容された。
後はアキトが無事にミサイルから逃げ切れば、人的損害はゼロのままナデシコは火星に向けて旅立てる筈だった。
ただし、全員がジョーカーとして認識を持ち出した、テンカワ アキトという切り札を失っての話だが。

そう、唯一人を除いて、誰もがアキトが逆に上昇を開始するなど予想をしていなかった。

「ルリちゃん、アキトの映像を出せる!!」

「勿論、追ってます」

ルリが全員の前に表示したウィンドウには、降り注ぐミサイルの雨を背景にして、天を駆ける竜が写っていた。

「艦長はテンカワさんの実力を完全に読んでたのですかな?」

「まさか、想定外ですよ・・・こんな非常識なエステバリスライダーが居るなんて、考えた事ないです」

視線をウィンドウに固定したまま、ユリカがプロスの質問に応える。

「私が考えていたのは、アキトのフォローでヤマダさんが帰艦して、直ぐにアキトもナデシコに帰艦。
 ジュン君については私とお話をしている間に、第2防衛ラインに突入をして、ナデシコへの乗艦を促すつもりでした。
 まさか、ジュン君があんなにアキトに対して拘って、ププライベート通信で長話をするなんて思ってもいなかったので」

「・・・・・・いや、アオイさんからすれば拘る理由は大きいと思いますが?」

「ええ、そうですか?」

不思議そうな声を出しながらも、アキトの見事な機動戦から視線を外さないユリカ。
その姿はまさに魅入られているとしか言い様が無かった。

「ミナトさーん、艦長って頭良いみたいですけど感情の機微に弱そうですねぇ」

「そうねぇ、ジュン君も今まで苦労してきたんでしょうねぇ」

アキトの操るエステバリスが写っているウィンドウを揃って見上げながら、メグミとミナトはそんな会話をしていた。





「艦長!! アキトの奴がナデシコのフィールド外に残されてるって話は」

「ユリカ!! テンカワが僕を庇ってフィールドの外に」

左腕を吊り下げたジュンが、右足が動かないガイに肩を貸して一緒にブリッジに怒鳴り込んだ時、目の前には最後にナデシコに一瞥を与えて、カメラ外に跳び出るエステバリスの姿があった。

「流石に今の状況下ではこれ以上の追跡は無理ですね。
 後はビック・バリア手前で、アキトさんを回収すれば万事解決です」

「ほえぇ、凄いもの見ちゃったな〜」

うっとりとした表情で、自分が魅入っていたアキトのエステバリスの動きの感想を述べるユリカ。
その言葉に無言で相槌を打ちながら、ルリはお気に入りフォルダに先程の映像を保管していた。

「・・・嘘だろ、第2防衛ラインをエステバリス単独で突破、だと?
 想定外にも程があるだろ」

「へっ、やる奴だとは思ってたが、流石は親友。
 帰って来た時は、今回の礼を含めて盛大に奢ってやらないとな、支払はジュンで」

「僕かよ!!」

「随分と仲が良いけど、結局アオイ君はどうする訳?」

「そうそう、ブリッジまで来たんだから直接艦長に言わないとね!!」

ミナトとメグミが興味津々の表情で、ガイと掴み合いをしているジュンに声を掛ける。
その言葉により、自分が何処居るのか再認識したジュンは、一つ咳払いをした後にユリカに話し掛けた。

「多分、ユリカを止められないと予想はしていたさ。
 でも僕自身、今後の事を何も考えられなくてね・・・ついつい、衝動的にIFSを使って飛び出してしまったよ」

「うん、ジュン君にしては珍しい行動だったよね。
 私もまさか機動兵器に乗って現れるとは思ってなかったよ」

「その点に関して言えば、珍しく僕の行動がユリカの予想を越えれたのかな?
 それに僕にも興味が湧いてきたよ、ユリカの言ってる予感って奴にね」

そしてジュンは苦笑をしながら右手を差し出した。

「もう一度、雇って貰えるかな?」

「勿論喜んで!!
 私のサポートが出来るのはジュン君だけだもん!!」

ジュンの右手を両手で包み込みながら、ユリカは嬉しそうに微笑んだ。

「ミナトさん、艦長ってアオイさんの事を友人というか、同僚程度にしか見てなさそうですね。
 というか、押しが弱すぎでしょうあの人」

「多分、艦長も男性として認識してないわね、きっと。
 ジュン君もその手の事は、見事なまでにへたれっぽいし」

「きっと幼少時から、あんな感じなのでしょうなぁ」

メグミ達の会話に、思わずプロスもハンカチで涙を拭きながら参加をした。
そしてそんなブリッジの光景を眺めながら、世は事も無しと無言で茶を啜るフクベ提督。

「ナデシコ、第2防衛ラインを突破しました。
 待機中のテンカワ機を発見、収容します」

大人達が遊び呆けている間、黙々と仕事をこなすルリであった。





その後、急激なGにより身体に襲い掛かる衝撃を、無理矢理「気」によって押さえ込んでいた反動で、アキトはナデシコ帰艦後に医務室に直行。
それらの騒ぎに便乗して、ムネタケとその部下達はさっさと脱獄を成功。
ナデシコ自体は、当初の予定通りにビック・バリアを力技で突破し、火星へと旅立って行った。





――――――そして舞台は地球から宇宙に移る。

 

 

 

 

第四話に続く

 

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