< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

第七話

 

 





2197年2月

アキトがメグミとイネスを連れてナデシコに合流した時、既に撤退戦は終わった後だった。
所々に着弾の痕や破損している箇所が見えるナデシコを不安気に見詰めながら、三人は格納庫へと入っていった。

「おい、直ぐにテンカワのエステバリスを、空戦フレームに換装しろ!!
 追撃がまだあるかもしれないからな!!」

「ヤマダのエステバリスの右腕は丸ごと交換だ!!
 あの野郎、無理矢理フィールドごと護衛艦を殴るような無茶しやがって」

「スバル機とアマノ機の損傷は軽微だが、点検を怠るなよ!!」

「マキ機は直ぐに弾の補充を始めろ!!」

格納庫には怒号が満ちていた。
忙しなく整備班の人間に指示を出しながら、ウリバタケ班長が悔しそうな表情でアキト達の前に歩いてくる。

「タイミングが悪かったな、一番嫌な状態で襲撃を受けちまったぜ。
 ヤマダ達も必死に頑張ったんだがな、無人兵器の攻撃を抑えきれずに被弾しちまった。
 その上、ナデシコもフィールドを貫かれて、相転移エンジンが損傷したせいでディストーション・フィールドをまともに展開出来ない。
 怪我人は続出したが、幸いな事に死亡者は出ていない」

「そう・・・ですか」

自分が不在の間に起こった襲撃に対して、予想以上の被害が発生している事をアキトは悔やんでいた。
『戻る』前とは微妙に出来事が変わって来ている事を知っていたのに、何故自分はイネスを一人で迎えに行ったのだろう。
ナデシコをユートピアコロニーに向かわせれば、これ程の被害を受ける事も無かったかもしれない。

もっとも、アキトがそう意見をした所で、本当にその通りになる可能性は極めて低かっただろうが、アキトは自分を責め続けていた。
そんな落ち込むアキトを見て、助け舟を出したのは目の前に居るウリバタケだった。

「おいおい、勘違いするなよ、テンカワ。
 人一人の力なんて本当は高が知れてる。
 お前さんが居たとしても、被害はある程度抑えられたかもしれないが・・・あの物量を相手に勝つのは、無理だったさ」

「ですが・・・」

「あの戦況を一人の力で引っくり返したら、それはもう人間じゃねぇよ。
 そんな奴が居たら、俺も心の底から『英雄』って呼んでやるぜ」

ふざけた物言いでアキトを煙に巻いた後、ウリバタケは笑顔のままアキトの肩を叩いてその場を去った。

「これは・・・最悪のタイミングで合流をしちゃったかしらね」

「でもでも、大丈夫ですよイネスさん!!
 ナデシコは今までのように、敗退をしてきた戦艦とは違います!!」

「そうだと良いのだけど、ね」

元気の良い声で意見を述べるメグミを横目に、イネスは一人佇むアキトの背中を見詰めていた。





パイロット達も少なくない怪我を負ったと聞き、アキトはブリッジにイネスを案内した後、メグミとイネスを残して直ぐに医務室に向かった。
しかし医務室には既に怪我人が溢れており、比較的軽症と判断されたパイロット連中はブリーフィングルームに居るとの事だった。

背後から聞こえる呻き声に眉を顰めながら、アキトはブリーフィングルームに向かった。

「皆、怪我をしたらしいけど・・・って無事そうだな、ガイ以外」

足早に向かったブリーフィングルームでは、地面に横たわるガイと、ガイを介抱しているヒカル。
そして、不機嫌そうな顔で珈琲を飲むリョーコと、苦笑をしていイズミの姿があった。

「遅ぇ・・・遅刻だぞ、テンカワ」

「まあ、全員無事に再会出来てなによりね、ククク」

見た目通りの不機嫌な声で遅刻を詰るリョーコと、何が可笑しいのか、含み笑いをしながらイズミが声を掛けてくる。
そんな二人を他所に、ガイを介抱していたヒカルがジト目でリョーコを見ながら呟く。

「一人怪我人が増えたけどね」

「つまらねぇ事を言いやがるからだ、ヤマダが悪い」

ヒカルの抗議にそう言い返しながら、リョーコはアキトに現状を説明した。

「全員、打撲程度の怪我で済んでるよ。
 二〜三日の間、湿布でも貼ってれば治る程度だ。
 ・・・今はウリバタケの旦那の方が、エステバリスの修理で大事になってるかもな」

「それでも生きて帰ってこれて良かった、って褒めてくれてたじゃない」

「まあ、な・・・」

イズミがそう補足するも、リョーコの口調から苦々しいモノは消えなかった。
その様子をアキトが不思議そうに見ていると、リョーコが不機嫌な訳をヒカルが教えてくれた。

「さっきの戦闘でね、リョーコがピンチに陥った場面があったのよ。
 その時、ついついテンカワ君の名前を呼んじゃってねぇ
 ・・・で、その事をヤマダ君が口にしたもんだから」

「ヒカル!!てめぇ〜!!」

顔を真っ赤に染めて、ヒカルを追いかけるリョーコ。
リョーコが動いた瞬間には、既にガイを床に降ろして逃げ出していたヒカル。
二人の追い駆けっこは、ブリーフィングルームを飛び出していっても続けられた。

「ちなみに、リョーコの危機を救ったのはワ・タ・シ」

「はぁ、ご苦労様です」

アキトにはイズミにそう告げるしか、他に言葉を思い付かなかった。





その頃、ブリッジではこのままではナデシコが火星から脱出する事も不可能だと、イネスにより説明会が開かれていた。

「外からも拝見させて貰ったけれど、相転移エンジンにも相当ダメージがいってるみたいね。
 格納庫にいた眼鏡のオジサンも同じ様な事を言ってたし」

「ご明察の通りです」

イネスの決め付けに、その素性を既にプロスから聞いていたユリカは隠す事無く頷いた。
誤魔化した所で、ナデシコの設計段階から係わっているこの女性に、隠し通す事は不可能だと判断をした為だった。

「あら誤魔化さないし、強がらないとは良い心掛けね?
 でもそうなると、貴方達にも理解できたでしょう、このまま火星から逃げる事は不可能だって」

「確かに今の相転移エンジンの出力で展開できるディストーション・フィールドでは、火星を脱出する事は不可能です。
 ですから私達はこのまま、オリンポス山にあるネルガルの研究所を目指します」

「なるほど、あそこの設備ならナデシコの修理も可能かしらね」

イネスとしては、ナデシコ一隻で火星まで無事に辿り着いた事を、内心では賞賛をしていた。
ただ、そのついでとばかりに救助をされても、地球に無事に帰れるかは別問題だと思っている。
そして実際問題として、ナデシコは致命的な損傷を受けて、今、火星の大地で立ち往生をしていた。

「まあ、貴方達の頑張りは遠くで見守らせてもらうわ。
 私はユートピアコロニーのシェルターに帰らせて貰うから、先程の彼にもう一度運んで貰えるようお願いしてもらえるかしら?」

「あー、その件なのですがドクター」

イネスがそう言い出すことを予見していたプロスが、ここでアキトを再度放出するのは困ると思い待ったを掛けようとする。

「あらプロスさん、お久しぶりです」

声を掛けられてやっと気付いたとばかりに、驚いた表情を作るイネス。

「・・・さっきから視界の隅に居たと思いますが?」

「全然気が付かなかったわ」

良い笑顔でそう言い切られてしまい、プロスも乾いた笑い声しか上げられない状態に陥る。
だが、ここで押し切られてはナデシコの存続に係わると思い、再度の交渉を開始した。

「テンカワさんはナデシコのエースパイロットでして、そうそう貸し出す事は不可能なんですよ。
 今回の件についても、偶然彼の生まれ故郷がユートピアコロニーであり、その故郷を見たいとの要望から始まっておりまして。
 ですからして、今時点のナデシコの防御力を考えますと、次に襲撃を受けた場合には彼の不在は致命的になります」

「一人のパイロットに対して、随分と高評価な事ね。
 それにしてもテンカワ君、か」

アキトの名前を聞いて、何故か再度考え込むイネスに、此処が勝負所と捕らえたプロスから提案が出される。

「どちらにしろナデシコの修理に、ドクターには是非とも立ち会って頂きたいものでして。
 どうでしょうか、その修理完了後に改めてナデシコを使用して、ユートピアコロニーに送らせていただくのは?」

「・・・それまでの間、ユートピアコロニーを壊滅に追いやった本人と共に居ろ、と?」

キツイ眼差しでイネスが睨んだ先には、フクベ提督が静かに立っていた。
ブリッジクルーが黙り込む中、フクベ提督とイネスの間で無言のやり取りがあったが、結局視線を先に逸らしたのはイネスだった。

「此処でするような話では無いわね。
 そう言えば最近碌な食べ物を口にしてなかったわ、食堂に案内してくれるかしら?」

「では、私が」

「お断りします。
 どうせなら、あのテンカワ君をお願いするわ。
 彼がユートピアコロニー出身と言うのなら、是非とも聞きたい事があるから」

名乗り出ようとするプロスに先んじて、イネスが指定したのはアキトだった。
それを聞いてユリカとルリが、少し不機嫌そうな顔をしたが何も言う事は無かった。

そして結局はイネスの要望が通り、ブリーフィングルームでパイロット仲間と話をしていたアキトが呼び出されたのは、それから5分後の事だった。





ブリッジからの呼び出しに応じたアキトは、廊下をブリッジに向けて歩きながら先程の戦闘について、ルリと情報のやり取りをしていた。

「やっぱりおかしい、そんな大量の敵はあの時には現れなかったはずだ」

『はい、私の記憶通りなら、あの時に襲撃に現れたのは半分以下の数でした』

ルリから自分の記憶に間違いないと肯定をして貰い、アキトは無言のまま廊下を暫く進んだ。

改めて考えてみれば火星に到着してからの戦闘すら、過去の素人同然だったアキトでは明らかに生き残れないような戦いだった。
やはり、『戻る』前の記憶を使用した戦闘による、何らかの問題が発生しているだろうか?
前回との違いを挙げるとすれば、どうしても真っ先に浮かび上がるのはアキト達による介入以外に思いつかない。

「ルリちゃんは今回の事についてどう思う?」

『はっきりとした事は分かりませんが・・・
 もしかすると、SF的な話になりますが、『歴史の修正力』的なモノが本当に存在するのかもしれません』

「歴史の修正力?」

聞き慣れない単語に、思わず足を止めてアキトは通信ウィンドウに映るルリを見詰める。
その視線を真っ向から受けて、ルリは訥々と語りだした。

『実は地球脱出時にヤマダさんではなく、シークレット・サービスの方が一人亡くなられているんです。
 歴史があの時、あの場所でヤマダさんの死を予定していたのに、私達が介入した事でそれが覆された。
 ・・・その穴埋め的な意味で、別の誰かが殺される。
 そういう現象を『歴史の修正力』と呼ぶそうです』

「じゃあ、今回の敵の大群はサツキミドリの人達が生き残った事により、その修正力が更に増したって事なのか?」

思わず呆然とした表情でアキトはルリに問い掛ける。

『その修正力が必要とされる現象を巻き起こしているのが、私達である以上・・・その原因を取り除き、代わりの生贄を求めるのなら。
 ナデシコの乗組員全員の命を使って、その負債を補填しようとしているとしたら。
 ・・・所詮、例え話ですが何か納得出来る部分も有ります』

「っ!!ふざけるな!!
 そんな訳も分からない理由で、俺はナデシコの皆を巻き込んだのか!!
 それとも神様は人を勝手に過去に送り出しておいて、知人友人が殺されるのを黙って見てろっていう事なのかよ!!
 またユリカと一緒に奴らに浚われて、人体実験を受けて悲鳴を上げる事がお望みなのか!!」

アキトは廊下の壁を思わず殴りつけ、歯を食いしばり激情を押さえ込む。
確かに自己中心的な思いで動いてはきた、だがその結果が更なる不幸を呼ぶとは思いたくなかった。
もしそうならば、自分達は本当に何の為に過去に『戻って』きたのだ。

『アキトさん、全ては仮定かつ小説的な話です。
 本当の理由は、もっと別の所にある可能性もあります。
 そもそも、私達に起こっている現象を検証した人なんて存在しないんですから』

「ああ、そうであって欲しいよな。
 じゃないと、余りに救いが無さ過ぎる。
 でもどちらにしろ、今のままの戦力だと俺達は・・・何時か負けるかもしれない」

今回の危機はチューリップを使用したボソン・ジャンプで、回避可能だとアキト達は知っている。
だがこの先、この調子で段々と困難の度合いが高くなり、どうやっても回避できない危機が来た時、自分達はどうすればいいのだろうか?

「・・・強く、ならなくちゃならないな」

『・・・はい』



――――――ブリッジに居る皆に己の怒気を気付かれないよう、深呼吸をして気持ちを切替えた後、アキトは足を進めた。





ブリッジに辿り着いたアキトは、疲れた顔のプロスから依頼を受けてイネスを食堂に案内した。
そして、何故かイネスがテーブルの対面に腰を掛け、顔をマジマジと見られる現状にアキトは戸惑いを隠せなかった。
ついでとばかりに、ユリカかプロスから命令を受けたのか、ジュンが何とも複雑そうな表情でアキトの隣に座っている。

「そんなに警戒をしないでも、別にテンカワ君を誘惑して逃げ出そうなんてしないわよ」

目の前に座っている二人の青年に向けて微笑みながら、イネスは食後の珈琲を楽しんでいた。
シェルター内にある不味い食事と泥のような珈琲に慣れたしまった舌には、どの食事も格別に美味しく感じられた。

「・・・まあ、そうだと思うんですけどね。
 テンカワがその手の事に鈍感かつ、不器用というのも本当だし」

「・・・ジュンにそれを言われるとは、思わなかった。本当に思わなかった。
 というか、そんな目で俺を見てたんだな?」

アキトから向けられる視線に危険を感じたのか、ジュンはさり気なく席を移動しながら、ホウメイガールズの一人で三つ編みをしているハルミに声を掛けた。

「僕とテンカワに珈琲を頼む。
 まあ、僕の奢りだから気にするな」

「はい、直ぐに持って来ますね」

クスクスと笑いながらハルミが良い返事をジュンにして、直ぐに珈琲を運んできた。
アキトは怒るタイミングを外されたせいか、憮然とした表情のまま差し出された珈琲を手に取った。

「それにしても、アキト君がテンカワ夫妻のお子さんだったなんてね。
 私もテンカワ夫妻には良くお世話になっていたのよ」

アキトがテンカワ夫妻の子供だと言う事が判明して以来、イネスは名前でアキトを呼ぶようになっていた。

「へー、そうだったんですか?」

子供の頃に亡くなった両親である為、アキトにはそれほど思い出は残っていなかった。
ただ、もし生きていれば自分の人生はかなり変わっていたんだろうな、いう程度の思いしか持っていない。

「確かにテンカワさんの面影が有るわね・・・
 でも、それ以外にも私の記憶に引っ掛かるモノがあるのは何故かしら?」

「イネスさんもユートピアコロニーに住まれてたんですよね。
 何処かですれ違う事もあったんじゃないんですか?」

「う〜ん、そんな感じじゃないんだけどなぁ」

それが科学者の性なのか、自分の記憶の照会が上手くいなかい事が許せないのか、目を瞑って必死に頭を傾げるイネス。
大人の女性の可愛らしいその仕草に、ちょっとジュンがドギマギしている事を察したアキトは、先程の仕返しとしてメグミに告げ口をしようと決めた。
そもそも、イネスが首を捻っている理由をアキトは知っているが、それこそ此処で話すような内容ではない。

「テンカワの手の速さは流石だな、うん」

「ジュンが何に感心をしているのかは、敢て聞かない」

この友人のプライバシーを売った事に、少々後ろ冷たさを覚えていたアキトだが、今回の件で綺麗さっぱり忘れる事とした。

「まあ、この件は後で思い出すとしましょう。
 所でアキト君、テンカワ夫妻の事についてだけど、ネルガルに関連する黒い噂って知ってるかしら?」

「あれだけの大企業ですからね、叩けば幾らでも埃が出てくるんじゃないんですか?」

イネスから出された曖昧な問い掛けに対して、アキトも曖昧な回答を行う。

「・・・ふーん、何か色々と知ってるっぽいわねぇ
 じゃあ、これに見覚えはある?」

アキトの受け答えを聞いて面白そうに微笑んだ後、イネスは白衣のポケットから青い石を取り出した。
余りに見覚えのあるチューリップ・クリスタル(CC)の姿に、思わずアキトの目が一瞬光る。

「やっぱりCCに見覚えが有るんだ」

「・・・両親の形見でしたからね、そりゃあ見覚えも有りますよ。
 お守りとして持ってた筈なのに、地球で過ごしているうちに、何時の間にか無くしちゃいましたけどね。
 でも、名前があった事自体、初めて知りましたよ」

一瞬の動揺を見破られたアキトは、憮然とした表情でイネスに言い訳をした。
隣に座っているジュンは、面白いようにやり込められているアキトを見ているだけで、手助けしようという気はないらしい。

「その辺りの事はプロスさんから聞いているわ。
 不思議な体験をしたそうね・・・
 この石はねテンカワ夫妻が研究していた、ある技術に関係が深い物なのよ。
 その研究と、アキト君が体験した不思議な経験がイコールになるかは分からないけどね」

そう説明をしながら、イネスはCCをアキトの前に差し出した。

「アキト君にあげるわ、多分だけど君が持っている方が良いと思うから」

「・・・いいんですか?」

「貴重品では有るけれど、ネルガルが押さえている遺跡でよく発掘されてるのよ。
 持っていれば、また不思議な体験が出来るかもしれないわよ?」

イネスの意図がいまいち分からないアキトだったが、CCを確保できる事は確かに有益だった。
ましてや、先程のルリとの会話の結果、ある決心をしていたアキトは有り難くこのCCを受け取る事にした。

「じゃあ、頂きます」

「はい、大切に扱ってね」

CCを素直に受け取ったアキトに微笑みながら、イネスは珈琲の残りに口を着けた。





「テンカワが目を剥くなんて、珍しいところが見れたな」

「悪趣味な奴」

あの後、ブリッジからの呼び出しをユリカから受けて、イネスを筆頭にしてアキトとジュンは廊下を歩いていた。

「でもネルガルの黒い噂か・・・もしかして、君はご両親の事を・・・」

「ユリカには黙ってろよ、所詮噂話なんだし」

「ああ、分かってるさ」

ジュンが言い掛けた言葉をアキトが遮り、その意図を汲んでジュンは話さない事を誓った。

もし仮にユリカがこの事を知れば、どこか潔癖症のきらいがある彼女はナデシコの艦長を降りると言い出しかねない。
ならば疑惑のうちという事で、黙っておく事が最善だとジュンは判断した。
隣でイネスから貰ったCCを手に持ち、考え事をしているテンカワに視線を向ける。
この謎が多い友人が此処まで拘る青い石に、興味が無いとは言えないが、今はそれを追及している場合では無かった。

やがて三人はブリッジに辿り着き、正面ウィンドウに映し出されている護衛艦クロッカスのなれの果てを見る。

「センサーに反応、間違いありません、護衛艦クロッカスです」

「地球でチューリップに飲み込まれた、あのクロッカス?」

「はい、あのクロッカスです」

ユリカの再度の確認に、ルリが同じ回答をする。
それを聞いて、ユリカは難しい顔をして考え込んでしまった。

「どうやら話を聞く限り、地球でチューリップに取り込まれた護衛艦らしいわね。
 私の予想だと木星蜥蜴が使ってるチューリップは、一種のワームホールだと思ってる。
 それを証明する一つの物証って所かしら」

「イネスさんはチューリップがワープ装置だと考えてられるんですね?」

「頭の良さそうな艦長なら、その可能性は思い付いていたでしょ?
 どう考えても、あの大量の無人兵器や戦艦が納まるようなスペースは、チューリップ内部に無いじゃない」

「確かにその可能性は、ユリカと僕も何度も話し合ってきたけど。
 ・・・本当にそんな技術を持ってるとしたら、益々厄介な敵だな」

ユリカとジュン、それにイネスが頭をつき合わせて話をしている間、アキトは暇そうにルリの仕事を覗いていた。
その謎を既に知っている人間として、下手に口を挟むと頭の良い三人に色々と勘付かれ兼ねないと思い、逃避をした結果だった。

アキトの賢明な判断に、ルリはこっそりと指でOKサインを作って見せた。



やがて口論に一応の決着が付いたのか、それとも胃を抑えながら働いて下さいと懇願するプロスに負けたのか、天才・秀才・奇才による三人のミニ会議は終わった。

「そして、ネルガルの研究所の周りにはチューリップが5つ、か」

「どうしたものですかな」

ジュンが周辺の状況を表示したウィンドウを見ながら状況を確認し、その言葉を聞いてプロスは今度は頭を抱えていた。
現状では圧倒的な戦力差が有り、目の前のチューリップからは更なる敵が出てくる可能性もある。
下手に刺激をすれば、先程の撤退戦の二の舞に成りかねなかった。

その時、考え込んでいたユリカが顔を上げ、決意を込めてルリに質問をした。

「・・・ルリちゃん、クロッカスに生体反応は有る?」

「いえ、認められません。
 どうやら逃げ出したか・・・もしくは・・・」

ルリが言いよどんだ言葉を、その場にいる全員は予測したが何も言う事は無かった。

「じゃあ、リモートコントロールでナデシコからクロッカスを動かせる?」

「それは・・・エンジンに火が入っていれば、可能かと思います」

ルリの返事を聞いてユリカは一つ頷いた後、ブリッジクルーに作戦を伝えた。

「このまま逃げ続けても、最後には物量差でナデシコは沈みます。
 その前に研究所を奪回し、ナデシコの修理を行い火星からの脱出を第一目標とします。
 目標達成の為に、クロッカスをリモートコントロールで動かし、チューリップを最低1つは体当たりを使ってでも破壊。
 その攻撃と同時にナデシコのグラビティ・ブラストで、残りのチューリップを破壊します。
 無人兵器の排出が始まる前に、どれだけの数のチューリップを破壊できるかが勝負です。
 厳しい戦いになると思うけど、拠点を得れば今後の展望が見えます!!
 皆、ここは踏ん張りどころだよ!!」




――――――ユリカの檄を受けて、ナデシコが揺れた。





チューリップを刺激する事になるので、エステバリスを出す事は躊躇われたが、クロッカスに行く手段はそれしか無かった。
そこで問題となったのが、誰がクロッカスに行くのかとい事だった。
現状、ナデシコすらチューリップの活動を警戒して、近くの山間にその船体を隠している状態なのに、ナデシコのフォロー無しで敵地のど真ん中を単機で横断する。
そんな命知らずな行動が可能な人物は、ナデシコには一人しか居ない。

だが、その人物を、今のナデシコの防衛から外せないのも現実だった。

「と言う訳で、俺が選ばれました」

「おー」

陸戦用に換装された、ピンク色のエステバリスに乗り込むガイを見送ったのは、ヒカル一人きりだった。

他のパイロット達も見送りに行こうとしたが、哨戒とか厨房?が忙しいと言い残して席を外していた。
ガイは素直にその言葉を信じていたが、ヒカルは仲間達のお節介に気付き苦笑をするばかりだった。

「でもヤマダ君に戦艦のシステム起動なんて出来るの?」

「勿論・・・出来るわけないだろうが!!
 ルリルリが作成したこの起動ディスクを、艦長席に有るスロットに入れれば問題無いらしい。
 ・・・ほら、ブリッジへの道順から、艦長席の位置まで記入されたメモ用紙まで貼ってある」

ガイはそう言って、ルリから手渡されたディスクを自慢そうに見せる。
チューリップが何に反応をするのか正確に判らない為、クロッカスに向かうガイには出発後の通信を禁じられている。
各方面から実行者に対して心配の声は寄せられているが、現状では他に選択肢が無い事も確かだった。

「うわぁ、準備万端だねぇ」

「これで迷ったら私にはヤマダさんのオペレートは無理です、と釘も刺された」

「うわぁ、信用無いねぇ」

そんな会話をしている間も、誰も二人に近づこうとはしなかった。
背後から複数の視線を感じるような気もするが、あくまで無視をするヒカルであった。
そしてガイはその視線に気付いてもいない。

「本当ならアキトの奴が行くのが一番なんだけどな、現状では無理だから仕方がねぇ」

「ま、無理をせずに危なくなったら帰ってくるように。
 もともと、これからは無茶な作戦行動の連続なんだから、誰も責めないよ」

「おう、任せておけ!!」

男臭い笑顔を浮かべて、ガイはピンク色のエステバリスに乗り込み、発進して行った。
暫くして見送りをしたヒカルの後ろにリョーコとイズミが現れる。

「何、変に気を使ってるのかなぁ?」

「別にそんな訳じゃねぇよ、ウリバタケの旦那が邪魔しようとしたから押さえ込んでただけだ」

「それを気を使ってる、と言うの」

「でもよぉ、今一番危ない橋を渡ってるのはヤマダなんだろう?
 言いたく無いけど、万が一って事もあるじゃねぇか」

リョーコが不機嫌そうにヒカルにそう告げる。
実際、もしクロッカスに向かうのがアキトならば、誰もが此処まで心配はしなかっただろう。
この短い期間にも成長著しいパイロット達だが、やはりアキトの腕前は隔絶しているというのが、パイロット達関係者全ての意見だった。
ただし、その腕前を惜しむ余り、この作戦にパイロットとして選抜出来なかったのだが。

そんな全員の心配を他所に、当の本人とヒカルはあけっらかんとしていたが。

「大丈夫大丈夫、ヤマダ君のしぶとさも悪運の強さも知ってるもん。
 きっと無事に帰ってくるよ!!」

そう言ってリョーコとイズミの背中を押しながら、ヒカルは格納庫から出て行く。
そして、格納庫から出る瞬間、一度だけガイが旅立った方向に視線を向けた。



じりじりと作戦の開始時間が近づき。
パイロット連中はそれぞれの愛機の中に。
ブリッジクルーは己の席に座り、ガイから送られて来る予定の、クロッカス起動準備完了の連絡を待つ。



その頃、ナデシコクルー全員の期待を一身に受けるという、未だかつて無い経験をしているガイは困惑をしていた。

「フクベ提督、何で貴方がこのエステバリスに乗っているんですか?」

「まあ、君の彼女じゃなくて悪いが、クロッカスまで乗せていってくれんかね。
 私のような古い軍人でなければ、あの古いタイプの戦艦に詳しい人材は居ないだろう?」

「確かにそうかもしれねぇ、いや、しれませんが、それにしても誰にも知らせないっていうのは。
 というか俺の彼女って誰ですか?」

ガイは普段言い慣れない敬語を無理に使おうとして、益々怪しい言葉遣いになる。
そんな風に四苦八苦しているガイを見て、フクベは目を細めて笑った。

「別に無理に敬語を使う必要はないぞ、特に私みたいな自分勝手な悪い大人にはな。
 それにどうやら私より、君達こそが生き残るに相応しいと改めて感じるよ」

「は? いや確かに敬語を使わないのは楽でいいけどよぉ・・・」

フクベの言いたい事がよく分からず、ガイは首を傾げる。
ただ、フクベの目に固い決意を感じ取り、通信も出来ず今更引き返せない状態でもあるので、無言のままエステバリスを疾走させるのであった。

幸いにも目の前に聳え立つチューリップから、無人兵器達が出てくる事は無く、無事に二人はクロッカスに潜入する事に成功する。





本来ならフクベの行動を止めるべく動く予定だったアキトとルリ。
この二人が動けなかった理由は、イネスに捕まっていたからだった。

事の発端はアキトとルリが、イネスにある装置の設計図を見せた事に始まる。

「・・・誰がこの設計図を引いたの!!」

「えっと、匿名希望という事で」

イネスの余りの剣幕に思わず尻込みをしてしまうアキト。
美人が怒ると怖いとよく聞かされて来たが、それは本当だと実感した。
もっとも設計図の基本を引いたのが、イネス本人であるなど正直に答えた所で、信じて貰えるとは思っていない。

アキトは無意識の内にルリを背中に庇いながら、前進を続けるイネスから必死に距離を取ろうとしていた。

「この設計図に書かれているディストーション・フィールド・オペレーティング・システム、略称DFSの価値が分かってる?
 もしこれが実用化出来れば・・・いえ十分に実用可能な技術レベルだわ。
 問題はエネルギーの出力不足と、その制御に・・・」

「何だか大変なスイッチを入れてしまった気分だ」

「・・・これは、既に手遅れレベルなのでは?」

自分の世界に突入し、独り言を際限無く呟くイネスを残して、アキト達はフクベ提督を見張ろうと、イネスを連れ込んだ空き部屋から出ようとした。
しかし、出口に向かおうとした次の瞬間、ルリが制服の襟首を掴まれる。

「ふふふ、何処に行くつもりかしら二人とも?」

「「あの、ちょっと用を足しに・・・」」

「そんな些細な理由では逃さないわよ、このDFSを実用化出来れば、エステバリスによる戦力向上は目を見張るものがあるわ。
 地球での戦局も変えられるし、火星から木星蜥蜴を一掃するチャンスも掴める!!」

今まで見た事が無いほどの危ない目付きをしたイネスに、常に冷静な顔しか知らなかった二人は身動きを完全に封じ込められていた。

実際、イネスは自分が手にしたDFSの設計図の価値を誰よりも理解していた。
だからこそ、その実用化にどれだけの困難が伴うかも分かっている。
作成をしてもその絶妙なバランスを制御するシステムが無い。
そして、作成後にも使い勝手を無視し、エステバリスの防御フィールドすら喰い尽くす、この暴れ馬を制御するような使い手は知らない。

そう、このナデシコに来るまでは。

軍や企業で幅を利かせる上級エンジニアなど裸足で逃げ出す、IFS強化体質の体現者 ホシノ ルリ
プロスから見せられた映像で知った、未だ底を見せない凄まじい機動戦の腕前を誇る テンカワ アキト


――――――此処に揃っているのだ、不可能を可能に変える人材達が。


「実際に実戦配備する為のデータ取りは、困難を極めるでしょうけど不可能じゃない。
 アキト君がこれを使いこなせれば、戦艦を複数相手取っても勝てるかもね」

「でも、俺が沈めたいのは戦艦じゃありません。
 チューリップです」

「!!」

アキトの強い眼差しで正面から睨まれ、お互いに顔を接近させ過ぎていた事を認識したイネスは、赤い顔をして体勢を戻した。
場を仕切りなおす直す為に一度咳払いを行い、冷静さを取り戻そうとする。
何気にルリの視線が冷たいような気もするが、イネスはそれは無視をする事にした。

「アキト君の気持ちも分かるけど、それはどう考えても出力的に無理よ。
 エステバリスを介している限り、DFSに出せる最大出力はエステバリスを超えられない。
 防御を棄てて全エネルギーをDFSに注ぎ込んで特攻をするにしても、その前提だけは覆らないわ」

「そこは私がカバー方法を考えました。
 イネスさん、コレなんて実用化が出来れば何とかなりませんか?」

冷たい眼差しのままのルリが差し出したデータディスクを受け取り、再度わくわくしながらイネスはウィンドウにデータを表示する。
概略説明しか記入されていない設計図には、タイトルとして「バーストモード」と記されていた。

一通り目を通した後、プルプルと身体を振るわせ出すイネス。
その姿を見て、先程以上の危険を感じた二人は一目散に逃げ出そうとした。


――――――しかし、遅かった。


「最高のシステムよ、ルリちゃん!!
 現行のエステバリスに大した改修をかけず、これだけの戦力アップを図れるなんて!!
 貴方こそ真の天才と呼ばれるべき人物よ!!」

アキトさえ唖然とするようなスピードでルリを抱きかかえ、イネスはその大きな胸にルリの顔を挟み込んで振り回す。

「・・・あの、ルリちゃんが痙攣しているので、そろそろ放して貰えませんか?」

「あら、ゴメンなさい」

気絶寸前だったルリを解放し、アキトに任せながらイネスは再度バーストモードの概略説明に眼を通す。

瞬間的にエステバリスに溜め込めるエネルギーゲインを倍増し、その後何らかの形で放出する事で自壊を防ぐ。
綱渡りをするような方法だが、一瞬に叩きだせるエステバリスの攻撃力は既存を遥かに超えるだろう。
これだけの緻密なシステム構築が可能かどうか、疑問はあるが自ら提示してくる以上、出来ると判断をしているらしい。

そしてバーストモードを前提に、その出力をフィールドのコントロールを主とするDFSで完全に扱える存在が居れば。

「・・・アキト君、本当にこのDFSとバーストモードが揃えば。
 貴方なら斬れるわ、あのチューリップを」






「何処に行ってたんだ?
 三人揃って居なくなるなんて?」

「ふふふ、それは秘密よアオイ君。
 それとアキト君とルリちゃん、教えてもらった事はちゃんと黙っておくから安心してね」

「随分とご機嫌ですね、イネスさん?
 何かしたのか、テンカワ?」

「・・・後生だから、聞くなジュン」

「・・・右に同じ、です」

「・・・まあ、今はそれどころじゃ無いから別にいいけど。
 ガイの奴はとっくにクロッカスに向かったぞ。
 それと、君達はフクベ提督の所在を知らないか?」


「「あ・・・」」







「生存者は無し、ね・・・
 そりゃあ生きてねぇだろうよ、壁と同化しちまえばな!!」

ガイは不機嫌な顔でクロッカスの通路を歩きながら、そうぼやいていた。
侵入当初はあまりの現状に足が竦んだが、その場で立ち止まっていても何も解決しない事に気が付き歩を進めた。
フクベ提督も同じ様に驚いていたが、今は無言でガイの後ろを歩いていた。

「一体、チューリップって何なんだ?
 木星蜥蜴について何も分からないにしても、何か手掛かりとか無いのかよ」

「皆がそう言い続けて既に2年が経つ。
 そして火星を取り戻せないまま、2年だ」

「・・・」

フクベ提督から聞かされる重い言葉に、何も言えなくなったガイはそのまま無言でブリッジに向かう。
途中、無人兵器に襲われたが、万が一の為に持ってきていたブラスターをガイが使用する事で、無事に危険を退ける事が出来た。
もっとも銃の腕前が悪いガイは、体当たりで無人兵器に跳び付き、零距離からブラスターを叩き込むという荒業を披露して、フクベ提督の目を剥かせていた。

そして、遂に二人はブリッジに辿り着いた。
廊下と同じ惨状を見せるブリッジに眉を顰めながら、ガイはルリに渡されたメモの通りに艦長席のスロットに起動ディスクを入れる。
暫くの間、ディスクの読込音だけがブリッジに流れ、やがて正面のウィンドウを始め次々と装置が再起動をしていく。

「おお、流石だなルリルリ」

「全くだな、あんな少女にこのような真似が出来るとは・・・
 世の中は本当に変わってしまったのだな」

感心しているガイの隣を歩き、フクベ提督は艦長席に身を沈めた。
そして艦体の状況をウィンドに呼び出し、様々なチェックを始める。

「そういえばヤマダ君。
 先程の無人兵器ではないと思いたいが、ブリッジに入る通路の先で異音がしなかったかね?」

「異音?
 そんな音していたかなぁ・・・」

「艦体のチェックは私が行っておくから、君は念の為に通路の先を確認してきてくれたまえ」

フクベ提督に促され、ブリッジから出たガイは一応用心をしつつ通路の先を調査する。
通路の端まで調査を行った結果、何も出てはこなかった。

「提督の空耳か?」

首を捻りつつガイがブリッジに戻ろうとするが、ブリッジに続く扉は何故か開かなかった。
何かトラブルが起きたのかと、慌ててガイが扉を叩いていると、扉に付いているスピーカーからフクベ提督の声が掛かった。

『ヤマダ君、悪い知らせだ・・・チューリップが動き出した。
 どうやらクロッカスが再起動した事により、勘付いたみたいだな』

「何だって!!
 そりゃ大変だ、早く俺とナデシコに帰ろうぜ提督!!」

『ははは、この老骨には君達パイロットと同じ動きは耐えれらんよ。
 君も老人と心中するのは本望ではあるまい?』

「いや、そりゃそうだけど!!」

自分の技量を知るガイは、フクベ提督に負担を掛けずに無人兵器の群れから逃げ切る自信は無かった。
そして、そんな事が出来る人物は一人だけしか知らない。

「フクベ提督、直ぐにナデシコに連絡を入れてアキトを呼んで下さい!!
 それまでは俺がクロッカスを守りきってみせる!!」

『・・・無理をするんじゃないぞ』

「はい!!」

フクベ提督にそう言い残して、ガイは愛機に向けて走りだした。
最後まで、フクベ提督がブリッジに自分を入れなかった事を理解しないまま。

ブリッジの艦長席に身を沈めるフクベ提督は、懸命に約束を守ろうとするその姿を見送りながら呟いた。

「図らずも、贖罪の場を手に入れれたか。
 逃げ切れよ、ヤマダ君・・・」





クロッカスの再起動の確認と同時に、チューリップも再起動を開始した事をナデシコでも確認が出来た。
同時に通信が回復したガイから、フクベ提督がクロッカスに残っている事が報告される。

その報告を受けて、辛そうな表情を一瞬だけ作るユリカ。
後ろに立っているジュンにも、現状ではフクベ提督の救出手段が限られている事が分かっており、唇を深く噛んだ。
全員で決めた事だが、クロッカスに居るのがアキトであれば、きっと全ての問題は解決をしていただろう。

予想した未来図の中でも、最悪な結果がナデシコとそのクルーに襲い掛かろうとしていた。

『俺はクロッカスの防御に回るぜ、艦長!!』

「・・・そんな事、可能なのヤマダさん?」

『無理だけどやってやる!!
 あと、俺の事はダイゴウジ ガイと呼んでくれ!!』

ユリカの質問に対して、肯定ではなく否定と願望を残してガイの通信は終わった。
今頃は通信をする暇も無い程に、多数の無人兵器に囲まれて戦っているのだろう。
動きの鈍い陸戦用エステバリスで、何処までヤマダが耐え切れるのか、心配の種は尽きなかった。

「・・・どうするの、艦長?」

操舵席に座っているミナトが、震える声で艦長に指示を求める。
聡明なミナトには、今回はルリに確認するまでもなく、今の現状が非常に不味い事を理解していた。

全員の視線を受けて、ユリカは制帽で顔を隠しながら考え込んでいた。

クロッカスの再起動までは予定通りだった。
最悪、そのクロッカスを特攻させて、チューリップの一つは落としておきたいところだ。
だが、それをする事はフクベ提督の命を見捨てる事になる。

ユリカは最大の戦果を得る為に、何を切り捨てなければいけないか、既に答えを出していた。
だが、その決断をするには彼女は余りに経験が乏しく、優しすぎた。

「ナデシコ発進、最短距離に有るチューリップから、順次破壊をしていきます。
 エステバリス隊はジュン君の指示に従って、隙を見てフクベ提督及びヤマダさんを救出。
 救出完了後、一旦ナデシコはこの場から撤退します!!」

「ユリカ、次のチャンスは多分無いよ」

「分かってる、分かってるよジュン君。
 だけど私にはその決断は出来ない、怖くて出来ないんだ。
 最低最悪だよ、ナデシコの皆を危険に巻き込もうとしている。
 艦長失格だよ・・・」

肩を落とし気落ちしながらも気丈に立つその姿に、ジュンは慰めの言葉を出そうとして・・・黙り込んだ。
自分の言葉ではユリカに届かない、そして彼女を支えるに相応しい男が既に、戦場に出ている事を知っていたから。





クロッカスに集中をしていたせいなのか、ナデシコの奇襲によりチューリップを一つ破壊する事に成功をした。
その後も不調な相転移エンジンを酷使し、何とか二つ目のチューリップも破壊する。
しかし、残りの三つのチューリップから次々と吐き出される無人兵器達によって、徐々にナデシコは追い込まれていった。
既にグラビティ・ブラストをチャージする余裕は無く、ディストーション・フィールドの維持に全エネルギーが使用されていた。

そして、被弾が著しいクロッカスは黒煙を上げ、辛うじて浮いているだけのような状態だった。

アキトが居たとしても、一方面をカバーする事で手一杯であり、ガイとフクベ提督を救いに行く余裕は誰にも無かった。
ジュンが以前予言していた通り、足を止めての防御はアキトの特性を完全に殺していた。


――――――更に追い討ちを掛ける様な凶報が、ナデシコを襲う。


「ヤマダさんから通信!!
 増設バッテリーに被弾、廃棄をしたため残りエネルギーが少ないそうです!!
 現在も無人兵器に囲まれて、動きが止められています!!」

メグミがガイから入った通信内容を、大声でユリカに報告する。

「良く粘ったが・・・ここまでか。
 テンカワ!!
 行けるか!!」

『ガイに3分持たせろと伝えてくれ!!』

ジュンの咄嗟の指示に従い、楔を解かれた漆黒のエステバリスが有象無象の無人兵器を切り裂きガイの元に奔る。
アキトの抜けた穴を塞ぐ為に、接近戦は苦手なイズミが自ら防御に回ってナデシコのカバーに入った。

「クロッカスの防御フィールド、もう限界です。
 後、5分持つかどうか」

そこに、ルリから追い討ちのような報告が入る。
一瞬、ユリカが視線をジュンに向ける。
その視線を受けたジュンは、無言のまま首を左右に振った。
幾らテンカワの実力が図抜けているとはいえ、助けられるのは一人だけだとジュンは悟っていた。

次の瞬間、クロッカスのフクベ提督から通信が入った。

『私の事はもう諦めろ。
 もともと、身勝手な行動をしたのは私自身だからな。
 そして、ヤマダ君を回収後・・・ナデシコはチューリップに突入するのだ』

「どう言う事ですか、提督!!」

『あのドクターが言っていただろう、チューリップが一種のワープ装置だと。
 勿論、通常の戦艦では通行不可能だと思うが・・・ナデシコのディストーション・フィールドは、無人兵器と同じモノらしい。
 そこに可能性があるのなら、一縷の望みに賭けてみないかね?』

ユリカの問い掛けに、フクベ提督は自論を説明した。
その説明を聞いた全員が、ブリッジの予備席に座っているイネスに視線を向ける。

「・・・可能性は確かに有るわ。
 まあ、あくまでゼロじゃない、って程度の可能性だけどね」

目の前に開いているウィンドウで何かを確認しながら、イネスが片手間にフクベ提督の自論を保障する。

「ドクター、ご自分も当事者になろうとしているのに、何を悠長に調べ物している?」

ゴートが自分達の命をチップにした賭け事をしようとしているのに、我関せずな態度のイネスに少し憤慨をしながら訪ねる。
そんなゴートに少し呆れたような表情をした後、イネスはつまらない事のように理由を説明した。

「あら、火星に残っていた人間にとって、生き死にの選択場面なんて日常茶飯事よ。
 それに私は、もしかしたら成功率の高い賭けかもって思ってるわ」

「ほう、何故ですかな?」

プロスが振動で揺れるブリッジで、手摺に捕まりながらイネスにその訳を聞いた。

「プロスさんやゴートさんが一番気にしている人物達が、この件に対して落ち着いてるからよ」





ナデシコ周辺は激戦区と化していた。
エステバリス隊は三人で多数の無人兵器を相手取り、奮闘をしていたが限界は刻一刻と近づいていた。

『ヒカル、ナデシコから帰艦命令が出たぞ!!』

「でもヤマダ君が!!」

『テンカワも戻ってねぇよ!!
 だから、きっとヤマダの奴を連れて帰ってくる!!』

「・・・フクベ提督を優先したらどうするの?」

『っ!!』

「替えの効くパイロットと、連合軍の『英雄』と呼ばれている提督じゃあ、価値が違いすぎるよ」

リョーコからは、伏せた状態のヒカルの顔を見る事は出来なかった。
その可能性は確かに存在する、ブリッジクルーの判断によっては、アキトをクロッカスに向かわせてフクベ提督を救助する事も可能なのだ。
戦闘に集中できるようにと、フクベ提督とブリッジのやり取りについては、パイロット達には何も連携が無いゆえの弊害だった。

今まで何ともないような口調と態度を取り続けていたヒカルの、初めて見せる弱気な態度にリョーコは掛ける言葉が見付からない。

『二人とも、口喧嘩はそれ位にしておきなさい。
 早くナデシコに戻らないと、撤退時に置いていかれるわよ』

二人の気まずい雰囲気を壊したのは、何時もと変わらぬ口調のイズミからの叱咤だった。





ヒカル達の心配を他所に、ジュンの指示を受けたアキトは真っ先にガイの救出に向かっていた。
実際、フクベ提督の今後が気になるが、一応過去の経験では無事に生きて帰ってきた事を知っている。
それにユリカを含むブリッジクルーには、フクベ提督自身が囮になりナデシコをチューリップに突入させる案が採用されたと、ルリから連絡が入っていた。
戦闘中のパイロット連中には動揺を生まないように、今の所は伏せてある情報だった。

普段は抑えている「気」を使用した、安全性度外視の機動で無人兵器を振り切り、アキトはピンク色のエステバリスの隣に降り立った。

「生きてるか、ガイ」

『・・・その台詞、毎回聞いてる気がしてきた』

「それだけ言えるなら、まだ大丈夫そうだな」

周囲に溢れている無人兵器を薙ぎ倒しながら、アキトは苦笑を浮かべた。
アキトの援護により一息つけたガイは、アラートを表示しまくっている愛機に活を入れて立ち上がらせる。

『よし、俺の方は何とかなりそうだ。
 アキト、後はフクベ提督の救助を頼むぜ』

「・・・俺はフクベ提督の救助は聞いていない。
 それに、ガイのエステバリスは飛ぶ事も出来ないじゃないか、どうやってナデシコに帰るつもりだ?」

アキトの返事を聞いた瞬間、ガイが呆けたような表情をした後、急激に顔を紅潮させて叫びだす。

『決まってるだろ、気合でだよ!!
 気合があれば何とかなるんだよ!!』

「気合で空が飛べたら歴史が変わってるよ」

チューリップに向けて船体を加速していくクロッカスを一瞥した後、アキトは喚くガイのエステバリスを強引に引き連れて、ナデシコへ向けて飛び立つ。

『放せアキト!!
 俺はフクベ提督を見殺しするなんて認めねぇぞ!!
 お前が無理なら俺が助けてみせる!!』

「・・・」

『お前の腕前なら何とかなるだろう!!
 何か言えよ!!』

「黙れ!!」

『!!』

「俺も助けれるものなら、フクベ提督を助けたい!!
 だがな、その間にナデシコは沈むぞ!!
 ガイも無人兵器に嬲り殺しにされる!!
 何より、俺はガイを助けて、ナデシコの皆を助ける方を既に選んだ!!」

普段、どんな戦闘でも余裕が窺えるアキトから、初めて聞いた怒声に押されてガイは黙り込んだ。
アキトほどの腕前を持っていても、何かを犠牲にしなければ生き残れない戦場に自分が居る事を、改めてガイは認識した。
そして、親友にそんな心情を吐露させるほどに追い込んだ自分を恥じた。

『・・・すまん』

「謝るのは無事にナデシコに帰ってからにしろ」

内心の憤りをぶつけるように、漆黒のエステバリスが進路を塞ごうとする無人兵器を叩き潰す。



『本当は弱かったんだな・・・俺達・・・』

「・・・ああ」






ガイを連れて無事にナデシコに帰艦した後、アキトは直ぐにブリッジへと向かった。
俺を殴れと五月蝿いガイに対して、ご要望通り全力の拳をお見舞いした為、流石のガイもその身体を格納庫の床に横たえていた。
背後でヒカルの悲鳴を聞いたような気がしたが、あまり気にしない事にした。
「気」の使用の反動で身体のあちこちから激痛が走るが、幸いにも以前と違い倒れこむよりマシな程度には身体が出来ていた。

ブリッジに辿り着くと、目の前には既にチューリップが大きく口を開いた姿が映っており、ナデシコがもう直ぐ飲み込まれる事を教えてくれた。

「ほら、アキト君は慌ててないじゃない」

「本当ですねぇ」

イネスとユリカからそのような言葉を掛けられて、首を傾げつつルリを見ると困ったような表情で頭を左右に振られた。

「アキト、単刀直入に聞くけど、ナデシコはディストーション・フィールドを張る事でチューリップを通れる?」

「何故、俺に聞く?」

ユリカが真剣な表情でそう問い掛けてきたことに驚き、アキトは思わずそう聞き返す。
しかし、その問いに対するユリカからの返答は無く、逆にブリッジに居る全員の視線がアキトに集中している事を意識させるだけに終わった。
一瞬、自分達の秘密がばれたのかと思ったが、その割には質問の内容が限定的すぎると思い、アキトは答えを迷った。


――――――しかし


「もう時間が無いの、お願い答えて」

縋り付く様なユリカの目を見た時、アキトの心は決まった。

「・・・ディストーション・フィールドが展開されている限り、問題は無い」

「そうなんだ、有難うアキト。
 私には何よりも心強い保障だよ」

笑顔でアキトに礼を言った後、ユリカはもう一つの通信ウィンドウに顔を向ける。
そこには映像が途切れ途切れになっている、フクベ提督の姿が映っていた。

「提督、私達は今からチューリップへの突入を行います」

『うむ、幸運を祈る』

「大丈夫です、だってアキトが保障をしてくれましたから!!」

『老骨の言う事より、彼の言葉の方が、余程説得力があったと言う事か。
 ふふふ、まあ、確かに一理あるかもしれんな。
 君達なら、この先の困難もきっと越えていけると信じているよ。
 ・・・ある意味、私の望み通りの結果になったのかな』

「全くです、私は提督の自殺幇助をする為に雇った訳ではありませんよ」

プロスが何とも言えない表情で、フクベ提督に抗議をする。

『すまんな、プロスペクター・・・私など所詮この程度の男だったのだ。
 英雄呼ばわりをされていても、結局自分の仕出かした事から逃げる事しか考えてこなかった。
 今の行動も、自己満足をする為にしているだけにすぎんと、それが分かっていて実行するような身勝手な男だ。
 だが、勝手な好意だが、ナデシコの皆に生き残ってもらいたいという思いは本物だ』

孫を見るような優しい瞳でユリカを見た後、短い期間だが席を置いていたナデシコのブリッジをフクベは見渡した。

自分を睨むように見ている者、悲しそうに見送る者、ただ冷静な瞳で見ている者。
様々な視線を受け止めながら、最後まで正体が判らなかった謎多き青年に視線を固定する。
色々と先達として言いたい事があったのだが、彼の前ではどんな言葉も虚しいのではないかと思えてしまう。

そして、最後に残った言葉は簡潔なモノだけだった。


『私の屍を超えて行け』


クロッカスとの通信ウィンドウはその一言を残して消えた。

「全員、敬礼!!」

震えるユリカの声に合わせて、全員が立ち上がり敬礼を去り行く老兵に送った。





次の瞬間、ナデシコはチューリップに突入し、全ては白い光に塗り潰された。





――――――そして八ヵ月後の月軌道上にナデシコが再び姿を現した時、一人の青年の姿はそこに無かった。




 

 

 

 

外伝第一話に続く

 

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