< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

第八話 その1

 

 



2197年9月

第四次月攻略戦

この作戦が始まるまで、アキト達が宇宙に上ってから一週間ほどの時間が必要だった。
随分と腰が低いアカツキの挨拶に、相手がネルガルの会長とは気が付かずに罵声を浴びせるムネタケを横目に、アキトは荷物の搬入を急ぐ。
エリナとアカツキの分まで搬入を手伝ってるので、アカツキの助けを求めるような視線は意図的に無視をした。

「というか、何であの見習いコックが此処に居るのよ?」

「あ、お久しぶりです」

特に隠れるつもりが無かったアキトは、呆れたような顔をしたムネタケに向かって頭を下げた。
最初は疑いの目を向けていたが、やがて自分のアドバイスを受け入れてナデシコを脱出したのだろうと自己完結をする。

ムネタケの常識に当て嵌めれば、そのような思考になるのは当然だった。

「あんたもせっかく無事にナデシコから抜け出せたのに・・・また、ナデシコ級に乗るなんて物好きねぇ。
 ネルガルに何か弱味でも握られてるの?
 ・・・というか、何だか、いえ、随分と身体を鍛えてない?」

「あははは、頑張って鍛えました」

胡乱な人間を見るような目で、目の前で恐縮をするアキトを観察するムネタケ。
自身の腕っ節にまるっきり自身の無いムネタケは、相手の戦闘能力を測る事に関しては一級の実力を誇っていた。

もっとも、その彼の目でも過去のナデシコで見たアキトには、最初騙されていたのだが、今はその実力を完全に発揮できる体躯が隠蔽を不可能としていた。

つまり、第一級の戦闘能力を持つ人員として、アキトを認識したのだ。

「ふーん、まあ使えるようになったのは良い事だけど。
 あんた達も若いんだし、私の功績の為にも直ぐにくたばらない様にね。
 ・・・せっかくナデシコ一番艦の自爆から逃れたんだから」

「「はい、お心遣い有難う御座います!!」」

「そ、そう? まあ分かっていれば良いのよ」

何故か見事な敬礼をアカツキと一緒にするアキトに、かなりの違和感を感じながらムネタケはコスモスのブリッジに向かう。
その背中に向けて、アキトとアカツキが舌を出している事に、最後までムネタケは気付かなかった。

「何やってるのよ、あんた達・・・」

その様子を離れた所で見ていたエリナが、呆れたような口調で二人に話しかける。
傭兵達との付き合いの結果か、アキトの軍人嫌いもそこそこ緩和しており、いきなりの喧嘩腰という対応は無くなっていた。
ただし、そのストレスが消えたわけでは無いので、無害な悪戯をアカツキと一緒に行う機会が増えていた。

「で、これから皆で一緒にブリッジに顔を出しとく?
 一応セキュリティの問題とか有るから、会長という身分は隠して乗船してるし、他の社員にはそうそうばれないと思うけど」

「何でそんな堅苦しい所に、態々顔を出す必要があるんだい?
 そりゃあ可愛い女子か、美人さんが居るのなら喜んで行くけど」

「あら、私が服操舵主のポジションで居るわよ」

「・・・美人なのは認めるけど、心の潤いにはならないねぇ」

首を左右に振るアカツキに天誅を加えるべく動こうとしたエリナに、意外な事にアキトから待ったが掛かった。

「というか、アカツキを今のうちに鍛えとかないと。
 宇宙での実際の戦闘は初めてのはずだからな。
 今から当分はシミュレーション漬けだ」

「え?」

「俺が直接指導してやる、課題が出来るまで休憩も食事も無し、だ」

「ええ?」

アキトの目にはアカツキの身を案じるあまり、炎が宿っていた。
その視線の先に居るアカツキにはその姿が、チューリップを細切れにした死神の如きエステバリスと重なる。

やばい、マジで殺る気だコイツ。

この時、アカツキとエリナの思考は一致した

「あら、お気の毒様。
 まあ生き残る為なんだし、頑張ってね〜」

特訓好きのアキトに睨まれたアカツキを、逆に不憫に思いながらエリナはその場を去った。
きっと自分の行う天誅以上の効果が、アキトによってもたされると信じて。

「ちょっ、そんな話は聞いて無い、エ、エリナ君カムバッ〜〜〜〜ク!!」

「さあアカツキ、気合を入れて逝くぞ!!」



それから一週間、コスモスのシミュレータルームからアカツキの悲鳴が聞こえない日は無かった。






「食欲がまるでないよ・・・」

コスモスの食堂でテーブルの上に突っ伏しながら、アカツキが痩せこけた顔で呟く。
その姿を見ていると、戦闘が始まる前にお亡くなりになりそうな雰囲気が漂っていた。

ちなみに、他のクルー達とは食事時間がズレているのか、アキト達以外の人影は食堂に無かった。

「まあ、ギリギリ及第点だな。
 何とかナデシコに乗ってる他のエステバリスライダーより、一段落ちる程度の腕前にはなった」

「あら、随分と頑張ったじゃない」

こちらは余裕の表情で食事を楽しんでいるアキトと、食後の珈琲を堪能するエリナの姿があった。

「ところで、テンカワ君がナデシコの凄腕エステバリスライダーだとしたら・・・
 以前の報告にあった、ヤマダ君の腕前はどうなんだい?」

胃に優しいスープを少しずつ口に運びながら、アカツキが気になっていた事を尋ねる。
既にプロスペクターから提出された報告書が、ラピスによって改竄されていた事はアキトから聞かされていた。

その時、他に改竄はしていないか、魔女裁判の如く責められた事をアキトは決して忘れない。

「さっき言った通り、アカツキより一段上、のレベルかな。
 リョーコちゃん達もその位の腕前をしているよ」

「ナデシコクルーは一流どころを集めている筈だから、アカツキ君の腕前もそこそこに達したって事ね」

「このまま継続的に鍛えていけば、皆にも追いつけるさ。
 頑張れば皆を超える事も可能な筈だ!!」

自信満々にそう宣言をするアキトに、アカツキは勘弁して下さいと泣きついた。
師匠の受け売りなのか、限界ギリギリまで修練を課す方法は、常人にはキツイの一言なのだ。

そもそも、アキト自身を基準にして訓練目標を立てるのは無謀過ぎると、アカツキは事在る毎に注意をしていた。

「どちらにしろギリギリ間に合った、って所ね。
 先程軍から連絡があったんだけど、月軌道に接近するチューリップをレーダーが捉えたそうよ。
 明日には迎撃体勢を整える為に、周辺の軍が召集されるわ。
 もっとも軍はコスモスの多連装グラビティ・ブラストを当てにしているから、きっとその戦場に派遣される」

「・・・後はナデシコがジャンプ・アウトする前に、チューリップを破壊されないようにしないとな」

アキトがどうやってその時間を稼ごうかと悩む。

「流石に此処まで来て、自分達の手で止めを刺すのは有り得ないよねぇ」

「それ笑えない」

アカツキの笑えない冗談に、エリナが指を鳴らすとアキトが無言のままアカツキの背後に立つ。

「・・・ゴメンナサイ」

連日の特訓がトラウマとなったのか、アカツキは微笑むアキトに心の底から恐怖を感じた。

「冗談はそれ位にするとして、テンカワ君はDFSは使用禁止ね。
 通常の射撃系の新兵器なら、既に売り込み済みの軍に見せても問題は無いけど。
 ・・・理由とか分かってるわよね?」

「え、チューリップを撃破しなければ、別に問題無いんじゃないか?」

というか敵を切り裂きたいぞ、と心底不思議そうに尋ねるアキトに、エリナは疲れたような溜息を吐いた。

「・・・単独でチューリップを破壊するから、貴方の使い道に困るのよ。
 コスト面、戦術面に限らず、あらゆる意味でテンカワ君の戦力は魅力的過ぎるの!!
 私が連合軍の将官で、目の前であんな解体ショーされた日には、是が非でも軍に徴収するわよ!!
 ちなみに、軍に借りの有るネルガルというか私達に、その徴収は断れないから!!
 今っ、此処にっ、テンカワ君が居れるのは、ミスマル提督のお目こぼしだって理解しなさい!!」

「イェス、マム!!」

真正面からエリナに両手で顔を押さえつけられ、お叱りを受けたアキトは直立不動のまま最敬礼を行った。

「・・・仲が宜しい事で」

そんな中、スープにパンを漬しながら、アカツキはもそもそと食事を続けていた。






――――――そして遂に、第四次月攻略戦が始まる。






『実際、ナデシコが出てくるまでどうする?
 何だかんだと難癖を付けて、グラビティ・ブラストの発射は遅らせるけど』

「多分大丈夫だろ、俺の『勘』だと無人兵器を全て排出した後に、ナデシコが出てくると思う」

本当は未来の体験なんだけどな、と苦笑をしながらアカツキの問いにアキトは応えた。

『・・・まあ、グラビティ・ブラストの範囲に入らないよう脅しを掛けたから、周辺に軍艦は居ないんだけどね。
 つまり何かい、ナデシコが出てくるまで僕とテンカワ君と、コスモス所属のエステバリス隊で奮闘しちゃうわけ?』

「戦艦とかならグラビティ・ブラストで落とした方が効率が良いんじゃないか?
 俺とアカツキで取りこぼしの戦艦を落として、無人兵器は他のエステバリスライダーに任せるとか」

DFSを使わなくても戦艦なら落とせるだろう、と気軽にアキトがアカツキに声を掛ける。

『普通のエステバリスライダーは戦艦を落とせません』

「え?」

『いや、それ驚くところじゃないから、シミュレーションで僕も何とか一隻落とせたけど、普通出来ないから』

アキトに急き立てられて、半泣きで戦艦を撃沈した事をアカツキは思い出す。
その時には飢えと疲れでハイテンションになっており、何やら危ない事を叫んだような気もする。

「・・・なあ、俺って何処まで本気を出したらいいんだ?」

『・・・もうDFSを使わない以外、テンカワ君の好きにしたら良いよ』

DFSさえ使わなければ、後のフォローはエリナ君がするだろうと、アカツキは全ての問題はエリナに丸投げする事にした。

宇宙での初実戦という、有る意味緊張をするべき場面で、アカツキは緊張以外の疲れを切実に感じていた。





コスモスの前方に陣取る無人兵器達が、連鎖反応を起こしたかのように次々と破壊されていく。
小型の無人兵器ならば、その光景に特に驚く事も無いのだが、今破壊されている対象には戦艦と呼ばれるモノも含まれていた。
軍の常識として、戦艦クラスの無人兵器を破壊するには、こちらも戦艦の主砲を用いる事になっている。

なのに、今、コスモスの計器類を信じるならばこの光景を作り出してる存在は、一機の起動兵器という事になっていた。

「・・・やりすぎよ、あの馬鹿」

その光景を見て固まってるコスモスのブリッジクルーの中、一人冷静なまま仕事を続けるエリナは小声でぼやく。
何処の世界に、エステバリス単機で次々と戦艦を撫で斬りにするライダーが居ると言うのだ。
しかも、ライフルは性に合わないとか言って、ナイフ一本で特攻を行い解体とは・・・戦艦をマグロか何かと勘違いをしているのだろうか?

他のエステバリライダー達も、その光景に思考停止をして足が止まっており、アカツキ機だけが鼻歌混じりに狙撃でスコアを稼いでいた。

「な、何よあのエステバリス、頭がどうにかなってるんじゃないの!!」

「激しく同意します」

きーきーと上方で喚いているキノコに小声で同意をしながら、こっそりとエリナはお叱りメールをアキトに送る。
そして、そのメールに対するアキトの反応は劇的だった。

「テンカワ機、突如戦線を離脱!!
 凄い勢いで帰艦してきます!!」

「ほら見なさい、無茶しすぎなのよあの馬鹿!!
 早くドックで休息させて!!
 その間にエステバリスの点検も急いでするのよ!!」

「イエッサー!!」

「というか、あの馬鹿が変な薬物を使ってないか調べといて!!」

「イエッサー!!」

今日最大の戦果を出した功労者に対して、何とも微妙な命令を出すムネタケ。
もっとも、あんな自殺まがいの突撃を30分以上行うなど、薬でハイテンションになっていると疑われても仕方が無いだろう。

「本当、調子に乗りすぎ」

苦笑をしながらもエリナは、医療チームに連行されるアキトを救出する為にドックへと向かった。




「ふふん、戦艦1、無人兵器35、どうだいこのスコア」

「あ、俺は戦艦4落とした。
 無人兵器は数えて無いけど。
 それとついでに医療チームの人間を、3人ほどKOした」

「えーえー、テンカワ君に自慢した僕が馬鹿でしたよ。
 というか何で医療チームの人を伸してるの?」

「馬鹿馬鹿しい戦いだったわ。
 まあ、それは置いといて、アカツキ君は褒めてあげる、はい飴ちゃん。
 ・・・テンカワ君、後で私の部屋に来なさい」

「「・・・わーい」」

エリナがポケットから取り出した飴をアカツキは口に放り込み、アキトは引き攣った笑顔を作る。
アキトとしても久しぶりの宇宙戦で少し、いやかなりはしゃいでいたという自覚はあった。

だが、自重はしなかった。

「まあ、結局はマグロ解体ショーに夢中になって、お客さんからおひねりが出なかったんだけどね」

「というか、おひねりってグラビティ・ブラストの事?
 その場合には、俺も攻撃範囲内に入ってるような気が・・・」

「余裕で避けれるでしょ?」

「うん」

「じゃ、問題無し」

アキトの抗議は一言で却下された。
ちょっといじけているアキトはその場に放置して、アカツキとエリナが次の行動について話し合う。

「まあ第一陣は凌げたわけだし、この次に待ち人が来る事を祈るよ」

「全くその通りね。
 周囲を連合軍に囲まれていると、ろくに陰謀も出来ないわ」



――――――その時、艦内に非常警報が響き渡る。



「さて、2回目の出撃ですか。
 今度こそ、当たりを引けるかな?」

ヘルメットを被りながら、アカツキが楽しそうに呟いた。







ナデシコがジャンプ・アウトした瞬間、既に目の前は戦場だった。
この事を予想していたルリは、オモイカネにアラームを仕込んでおり、ジャンプ・アウト後直ぐに目を覚ます。
素早く艦内に居るクルーの位置を確認しながら、オモイカネにディストーション・フィールドを現状の最大出力で展開するように指示を出した。

「どれ位なら持ちそう?」

『今のままだと1時間位で貫かれる』

オモイカネの回答に少し眉を顰めた後、ルリは戦闘時にはもっとも頼りになる存在に連絡を取ろうとした。
しかし、幾ら艦内を捜査したところで、アキトの存在を捉える事が出来ない。
ルリは一瞬思考を停止したが、直ぐに気を取り直して再度の捜査を行う。

だが、やはりアキトを艦内に見付ける事は出来なかった。

「オモイカネの捜査範囲外に隠れている?
 いえ、そんな必要も無いですし、今の現状を予想出来るアキトさんが姿を消す理由が有りません」

色々な可能性が頭に浮かんだが、今はそれどころでは無いと判断したルリは、こちらは予想通りに展望室に居たユリカを起こそうと声を掛ける。

『艦長、起きてください』

しかし、平坦な声で何度呼びかけた所で、ユリカはピクリとも動かない。
その隣で横になっているイネスすら、身動き一つしなかった。

余り時間の余裕も無いので、ルリは駄目元で賭けに出る。

『艦長、アキトさんがブリッジで待ってます』

「うぇ!!
 うん、わかった直ぐ行くよルリちゃん!!」

寝ぼけ眼をこすりながら、怪しい足取りで展望室を抜け出すユリカ。
ユリカに寝癖が酷い髪を注意するべきか、それとも実はアキトが居ない事を報告するべきか・・・

結局、それらを後回しにしてルリはナデシコクルーを起こすべく、大音量で艦内にアラームを鳴らした。



「まあ、確かにフィールドを展開する意外、出来る事なんて限られてるしね」

流石に毎回のように周囲を隙間無く敵に囲まれた状況に陥れば、嫌でも耐性が付くのかジュンは落ち着いていた。
ユリカもその意見に同意なのか、何度も頷いている。

「それにしても、コレはどうゆう事なのでしょうかねぇ・・・」

目の前に広がる無人兵器の大群と、その向うに見える月と地球。
自分達は先程まで火星に居はずなのに、何故か月軌道上を今は逃走している。
ナデシコの反対側ではどうやら連合軍が戦っているらしく、爆発を示す光が所々で起こっている事が窺えた。

自分達の身に起きた事が理解不能とばかりに、プロスは頭を左右に振る。

「チューリップには謎が多いと聞いていたが、これはまた予想外な出来事だな」

「そもそも、チューリップの中に飛び込もうと思う人なんていませんよ」

ゴートとプロスはそんな会話をしつつ、チラリと横目でルリの様子を盗み見る。
そしてルリは二人の視線に気が付いているが、まるで興味無しとばかりにナデシコの現状をオモイカネを使って調査していた。

「ジリ貧ですね、このままだと30分後にはフィールドを確実に貫かれます」

「そっかー、もう少しエステバリス隊の人達を休ませてあげたかったんだけどなぁ」

ユリカが困ったように制帽を弄りながら、パイロット控え室で待機中のガイ達の心配をする。

激戦に次ぐ激戦、そして敗走という精神的にも肉体的にも辛い状況に陥ったナデシコクルー達。
そんな彼等の中にあって、特に最前線を戦い続けたガイ達の疲労はピークに達していた。
謎の移動方法時に全員が強制的に睡眠状態となったが、その程度では取れない疲れが彼等に泥の様にへばりついていた。

「しかも、何故かテンカワが行方不明だ。
 エステバリスや艦載機も無くなっていない以上、ナデシコから離れているとは思えないんだが」

「そんな形跡は無いですね。
 ちなみに、外部からの侵入もありませんでした」

考え込むジュンにルリが補足事項を教える。
もっとも、ナデシコに居ない時点で、ルリにはアキトが何を行ったのか直ぐに予想は付いていた。
ただ、何故このタイミングでナデシコを離れたのか、その一点については分からなかったが。

逃げたという選択肢だけは、決して無いとルリは確信している。

「・・・うん、悩んでいても仕方が無いね。
 どちらにしろ、フィールドを貫かれればナデシコが沈む。
 ここはパイロット達と一緒に、連合軍の助けがくるまで徹底防戦します!!」

謎は多いが、今は生き残る事が先決。
そう判断をしたユリカはクルーに向けて檄を飛ばした。






「くそったれが!!」

自分のエステバリスの損傷が激しい為、急遽アキトのエステバリスに乗り換えてガイは出撃をした。
信じられない事にボロボロの自分のエステバリスと違い、同じ激戦を潜り抜けたアキトの機体には殆ど損傷をしていなかった。
その事に改めてアキトとの技量差を感じつつ、エステバリスに乗り込んだガイだが、出撃早々無人兵器に囲まれてピンチに陥っていた。

『何遊んでるんだよヤマダ!!』

「好きで遊んでる訳じゃねぇよ!!」

カバーに入ったリョーコに怒鳴られながら、ガイは必死に機体制御を行う。
しかし、アキト仕様にカスタマイズされた機体は、その異様なまでのレスポンスの良さにより、かなりピーキーな機体に変貌をしていた。

つまり、ガイがぶっつけ本番で操るには難易度が高すぎる機体だったのだ。

『ヤマダ君、前!!』

「この!!」

ヒカルの声に反応して、反射的に繰り出した攻撃が目の前の無人兵器に命中する。
しかし、今までなら攻撃が命中すれば確実に撃墜をしていた無人兵器が、ガイの攻撃に耐えて彼方へ飛び去る。

その行方を目で追いながら、ガイは先程の攻撃で敵を倒せなかった事に不信感を覚えた。

「攻撃が効いてねぇのか?」

『正確には向こうのフィールド性能が上がってるのよ』

ライフルで狙撃を行っていたイズミが、ガイの疑問に答える形で返信を行う。
今までは一撃仕留められた敵が、今回は数回の攻撃を余儀なくされていたのだ。

「ちっ、じり貧じゃねえか」

向かってきた敵を、フィールドで包まれた拳で叩き潰しながらガイはそうはき捨てた。
そして敵の性能向上よりも、自分達の疲労よりも、アキトが居ないという事がその動きを阻害していた。






「やっぱり、ウリバタケさんの予想通り・・・ヤマダさんが全然動けてない」

「仕方が無いよ、今使える機体がテンカワの分しか無いんだから。
 残念ながら、ガイが扱える仕様に変更する時間も無い。
 今はガイの腕前に期待するしかないね」

その事についてユリカ達は、ガイと一緒にウリバタケから散々注意を受けていた。
アキトの専用機は生半可な腕の持ち主では扱えない、と。
しかし、時間的な余裕を持てないユリカとジュンは、苦渋の決断の末に出撃を催促するガイを戦場に送り出した。

そうしなければ、ナデシコが沈む事を全員が認識していたのだ。

「駄目か、やはり中央が薄い・・・
 ナデシコからグラビティ・ブラストが撃てれば問題は無いんだが」

「ルリちゃん?」

「無理です、今フィールドを解除すれば数分でナデシコは沈みます」

ユリカの問い掛けに、ルリが即答する。
ギリギリの所でナデシコクルーは踏み止まっていた。

「艦長、逃げ道が完全に塞がれちゃって動けないわよ」

「・・・思ったより捕まるのが早いね。
 予想以上にエンジン出力も落ちてるって事かな?」

ミナトからの報告を受け、ユリカが視線を天井に向ける。
ルリからの補足が入らない以上、その推測は当たっているのだとユリカは判断した。

必死に策を練ろうにも、手も足も止まった状態では何も出来ない。

その時、通信を受けていたメグミが考え込むユリカに向けて、先程受け取った内容を大声で報告する。

「艦長!! ネルガル所有の戦艦コスモスから通信です!!
 救援を先行させたので、それまで持ち堪えるように、との事です!!」

「ネルガルの戦艦が近場に居るんだ!!
 よし、これで光明が見えてきたよ!!」

「・・・救援ってこの起動兵器ですか?」

今まで黙ってレーダーを見ていたルリは、こちらに向けて信じられないスピードで接近してくる機影を捉えていた。

「とんでもないスピードだな、何に乗ってるんだ?」

「サイズから見ると起動兵器だと思われます。
 先行する機体に遅れて、もう一機こちらに向かっていますが・・・こちらは通常の移動速度ですね」

ルリが表示したレーダーマップ上には、凄い勢いで移動する光点と、比較するとノロノロと動いて見える光点が表示されていた。
一体どんな編成の救援部隊なんだと全員が疑問に思っている間に、ガイが敵に囲まれていた。

『ちょ、おま、イテ、誰かカバー!!』

『こっちも手一杯だよ!!』

『ごめん、そこ射線外』

『ヤマダ君、もうちょっと粘ってて!!』

ガイのヘルプに対して、優しい言葉が返って来たのは只一人だった。
もっとも、パイロット全員が許容量を超える敵の数に二進も三進もいかない中、フォローに回ろうとするヒカルは健気でもあった。




――――――だが現実問題として、物量差が激し過ぎた。




「やべぇ!!」

背後からの攻撃を受け、体勢を崩したガイのエステバリスに敵の攻撃が集中する。
逃げ場を探すガイの視界には、無人兵器の壁しか見当たらなかった。

「けっ、締まらねぇ死に方だけは・・・御免だぜ!!」

せめて一矢報いるとばかりに、目の前に敵に特攻を掛けようとするガイの目の前で、突然無人兵器の壁が切り崩された。
突然開けた視界に、本能に従ってガイが飛び込む。
背後を振り返り敵を迎撃しようとする前に、既にその場に居た無人兵器はあらかた破壊されていた。

「な、何があったんだ?」

ガイの問い掛けに応える声は無く、その時視界の端にスラスターの光が瞬いた。
そちらに目を向けると、信じられない起動で次々と無人兵器を駆逐する漆黒のエステバリスが目に入ってきた。

優美な動きの中に、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを感じさせるその起動は、最早見ているだけで背筋に怖気を感じるようなレベルに達している。

その起動を見た瞬間、同じエステバリスライダーとして、パイロットが誰であるかなど尋ねるまでもなく分かっていた。

「・・・出番待ちしてたのか、あの野郎」

苦笑をしながらポッカリと胸に空いていた大きな穴が、その時埋まった事をガイは感じ取っていた。






『悪い、遅れた!!』

ナデシコのブリッジに謝罪をしつつ、その動きは止まらない。
アキトは目まぐるしく動きながら、次々に無人兵器をすれ違い様にナイフで撫で斬りにしていく。
離れた敵にはライフルで攻撃をするか牽制を行い、次の瞬間には足を止めた敵の足元に飛び込みざまに斬り捨てる。

それは、今までガイ達が敵を倒す事に手間取っていた事が、まるで嘘だったと思わせるような獅子奮迅振りだった。
ナデシコクルーからすれば、明らかに昨日とは比べ物にならないレベルの動きで、事も無げにアキトは無人兵器を破壊していった。

「・・・遅刻の理由は後で説明して貰うからな」

一先ず窮地を脱したナデシコでは、ジュンが深く息を吐いた後にアキトに対して強い口調でそう言い放った。

『了解した』

「うーん、何だかアキトが精悍になってるー
 うん、ワイルドなアキトも素敵だね!!」

『・・・本当、ブレないなお前』

ユリカの台詞に少し肩を落とした後、アキトは再度敵の群れに向かって加速を開始。
目の前から津波のように襲い掛かる無人兵器達を、手当たり次第に次々と破壊していく。

時々、そんな猛威を揮うアキトの周辺で、突然無人兵器が爆発している事にユリカは気が付いた。

「あれ、イズミちゃんってアキトのフォローに回る余裕が出来たんだ?」

アキトの周辺の爆発を狙撃と看破したユリカが、攻撃をしているのがイズミなのかルリに確認をする。

「いいえ、あの狙撃は二機目の救援隊からの攻撃です」

「へー、あの距離で精密射撃が出来るんだ。
 結構良い腕の人なのかな?」

「そうですね、意外と腕は良いみたいです」

良い腕前の人が助けに来てくれる分には、全然歓迎ですと喜ぶユリカの前でルリは少し首を傾げていた。
ルリが知っているアカツキは、確かにエステバリスライダーとしての腕は良かったが、狙撃に拘ってはいなかった。
それが、何故急に戦闘スタイルを変更して現れたのだろうか?

アキトがコスモスから出撃した事もあわせて、色々と聞き出さないといけないな、とルリは気合を入れた。


その後、追いついたアカツキが戦線に加わり、十分な余裕を持ってナデシコは防衛網を構築。
止めとしてコスモスの多連装グラビティ・ブラストが全てを薙ぎ払った。





「やあ、僕の名前はアカツキ ナガレ、コスモスから来た男さ」

アカツキが爽やかな笑顔と共にエステバリスのコクピットから現れる。
しかし、誰もアカツキの台詞に対して反応を返してはくれなかった。

というよりも、誰も見ていなかった。

「アキト!! お前何処に行ってたんだよ!!」

「そうだぞ、目が覚めたらナデシコ艦内の何処にも居ないってどういう事だよ!!」

「っていうか、何だか顔付きとか体型が変わってない?
 あの細かった手足が一夜で筋肉でパンパン、ってどうゆう事?」

「いや、これには理由が、ってちょっと落ち着けよ皆!!」

「そうね、実に美味しそうな身体付き・・・」

リョーコの横から手を差し込んだイズミが、指先でアキトの鍛え抜かれた腹筋に触れながら怪しい笑みを浮かべる。

「「「「え?」」」」

次の瞬間、四人の男女は固まって格納庫の隅に移動し、何故か小声で相談を始めた。

「え、イズミちゃんって実はマッチョ好き?
 リョーコ知ってた?」

「いや、そこそこ長い付き合いだけど、俺もそれは初めて知った」

「良かったなアキト、モテモテだぁ」

「・・・何故だろう全然嬉しくない。
 というか殴っていいかガイ?」

そんな頭の緩い一団を余所に、ウリバタケは奇声を上げながらアキトが乗っていたエステバリス・カスタムに取り付く。

「新型だ!! 新型が何時の間にか出来てるよ、おい!!
 さっそく解体だ!! そして改造だ!!
 お前等!! 休んでる暇なんてねぇぞ!!」

「「「「はい、班長!!」」」」






「何だろう、この疎外感・・・」

早くエリナ君来ないかなぁ、と思いつつアカツキは一人涙を流した。







その後、プロスの介入により混沌とした場は解消された。
その時アカツキを見掛け少し目付きを鋭くしたが、アカツキが唇に指を当てるジェスチャーを行うと、小さく頷く事で黙っておく事を了解した。

「僕とテンカワ君は、コスモスのクルーとして雇われたパイロットさ。
 こう見えても僕達は新米の傭兵なんだよ。
 金払いの良いネルガルは、ちょっとしたお得意様なのさ」

「へー、そうなんですか」

如何にも適当な嘘を並べるアカツキの言葉に、心の底から納得しましたという返事をするユリカ。
しかし、その情報を鵜呑みにしてる風に見えるが、完全に信用をしていない事をアカツキは感じ取っていた。

そんなユリカをやはり手強いと思いつつ、別に『この嘘』は何時ばれても問題無いと笑顔を見せるアカツキ。

「で、どうしてアキトだけ先に地球に行けたの?」

アカツキの事はそれ以上感心が無かったのか、さっさとアキトに向けて笑顔でユリカが質問を行う。

「さあ?どうしてだろうな?
 ま、実際ナデシコが現れるまで八ヶ月も掛かってるし、あの現象には不思議な事ばかりだよ」

「そうそう、八ヶ月って大きいよねぇ。
 ・・・え、八ヶ月?」

「そう、八ヶ月。
 今日は2197年9月23日です」



アキトの発言が全員の頭の中に染み渡るのに数秒を要した。



そして、理解が追いついた瞬間、休憩中のクルーは凄い勢いで自室にメールの確認等をする為に駆け出していった。



「ふー、やっと落ち着いたか・・・」

ナデシコクルーが八ヶ月という時間を跳んだ事に驚き、その確認を始めた隙を狙ってアキトは自由を取り戻していた。
休憩室の一つに滑り込み、お茶を飲みながら無事全員と再会できた事について、喜びを噛み締めていた。

アキトの感覚だけで行われた火星から月へのボソン・ジャンプ。
本人だけならば今までの経験上、なんら問題無く地球に跳ぶ自信は有った。
だが、戦艦一つ分の場合は『戻る』前からラピスのサポートを受けて行っていたジャンプだったのだ。
つまり、今回のジャンプは確証のないぶっつけ本番の試みでもあり、実はアキト自身は絶対に大丈夫だと思っていなかった。

今回は何とか『以前』と同じ結果に落ち着いたが、同じ事をもう一度やれと言われてもアキトには行う自信は無い。

「アカツキとかには自信満々の演技をしてたけど、これで九月中に現れなかったら大事だったな・・・」

『全くです』

「おわっ!!」

流石のアキトも、気配や足音など関係の無い通信ウィンドウによる襲撃を察知する事は不可能だった。
そして、問題の通信ウィンドウの中ではルリが、少し怒った顔でアキトを見ている。

『地球に先に降りて、修行をするならするとメッセージ位残しておいて下さい。
 大体、どうやったらDFS習熟の為の特訓から、ネルガルのお家騒動の解決に繋がるんですか?』

「いや、本当・・・何でだろう?」

『・・・私が理由を聞いてる側なんですけど。
 はぁ、もう良いです、アキトさんらしいという事で納得しておきます』

アキトに聞いても無駄だろうと判断したのか、そのままルリは片手間にラピスに事情の説明を求めるメールを出した。
ここでハーリーに頼まない辺り、アキトに関しては余程ラピスの事を信用している事が窺える。

『先程の戦闘では使用されていませんでしたが、DFSは作製出来なかったのですか?』

八ヶ月もの時間を掛けて作製が出来なかったとすれば大問題だ、とルリは緊張をしながら問い掛けてくる。

「いや、完成しているし、その制御も俺には可能だ。
 ただし、エリナさんからストップが掛かっているからな、自分の判断で使用できない状態なんだ。
 もし使用する事が出来てたら、さっきの戦闘なんて俺一人で十分だったさ」

『つまりアキトさん飛び抜けた強さを、連合軍に見せたく無かった、という事ですか。
 なるほどそれなら納得です、ナデシコに居るならばユリカさんの頭を超えて無理やり徴兵は出来ませんから。
 エリナさんはミスマル提督の影を利用して、出来る限り連合軍の干渉を防ぐつもりなんですね。
 この機転にこの発想・・・流石ですね』

「え、そうなの?」

そこまで複雑な事を考えていなかったアキトは、ルリの指摘を受けて驚いた表情を作った。
地上に降りてからは、日常的にアカツキ達や傭兵達と馬鹿騒ぎをしていた為、戦闘時の鋭さは磨かれたが、平時の緩さも戻りつつあった。

それが良い事なのか悪い事なのか、今は誰にも分からない。

『・・・取り合えず、ユリカさんやエリナさんの言う事を聞いておけば良いと思います』

「なるほど、あの二人は頭が良いからな」

そう言いながら納得したようにアキトは頷く。
明るくなる兆しは歓迎したいが、ヤマダさんのように考え無しにはならないで欲しい、とルリは真摯に願った。





その頃、意外な所でルリから信頼を勝ち得ていたエリナは、コスモスのブリッジでくしゃみをしていた。

「くしゅん!!」

「ちょっと風邪でも引いてるの?
 私にうつさないようにしてよね」

「はい、申し訳有りません」

不機嫌そのものといった表情のムネタケに神妙な表情で頭を下げつつ、内心で舌を出すエリナ。
色々とアキト達に注意をしながらも、根っこの部分では似たもの同士だった。

「しかし、ミスマル提督から預かった命令書がまさか、あのナデシコの提督任命書ってどんな冗談よ。
 その上フクベ提督は火星で行方不明って、何があったんだか・・・
 ああ、嫌だ嫌だ、悪い予感しかしないわ」

何時までも愚痴を溢し続けるその背中を、思いっきり蹴り飛ばしてやりたい気持ちをエリナは必死に抑える。
勿論、ムネタケもそれを分かっていて、ネルガルの社員であるエリナに愚痴を漏らしていた。

つまり、憂さ晴らしの嫌がらせだった。

「そ、それでは今からコスモスはナデシコの回収に向かいますので、修復後に乗船をお願い致します」

「完全に直しておいてよ、私が乗る戦艦なんだから。
 あ、そうそう、フクベ提督の私物は私が預かっておくわ・・・提督には縁者は居ないから」

エリナに背を向けたまま、ムネタケは言いたい事を言ってコスモスのブリッジから去っていった。

その去り行く背中が、エリナには何故か少し寂しそうに見えた。






一通りナデシコクルーに挨拶を済ませたアキトは、ブリッジに戻ろうとしないユリカをジュンに任せて食堂へと向かった。
そこでは既に何時も通りに営業をしているホウメイと、忙しそうに働いているホウメイガールズの姿があった。

「すみません、遅れました!!」

「何処行ってたんだい、テンカワ!!」

台詞は怒っているが、顔は笑顔のままでホウメイはアキトに怒って見せた。
ホウメイ達も目が覚めた時に、アキトが居ない事をブリッジから告げられていたので、その安否を気に掛けていたのだ。

「色々とあって、ちょっと地球に降りてました」

「ふーん、体付きが立派になったのはそのせいかい」

これは、料理人の体付きじゃないねぇ・・・

アキトの全身を一瞥し、ホウメイは内心で少し気落ちしながら呟いた。
この青年が八ヶ月という期間、決して遊んでなどいなかった結果がそこにあった。
だがそれは、ホウメイが望む料理人としての成長ではなく、ナデシコクルーを守るべく鍛え上げられた剣だったのだ。

「鍋の振り方は忘れちゃいないだろうね?」

「勿論です」

笑顔で肯定するアキトに小さく頷くと、ホウメイはアキトを厨房へと入れた。



「・・・下手にもなってないけど、上手くもなってないねぇ」

「うぐっ、面目ないです」



アキトが冷や汗を掻きながら厨房で作業をしていると、アカツキが一人で食堂に現れた。

「おーいテンカワ君、この艦に不慣れな人間を残して、とっとと自分は仕事に向かうのはどうかと思うけど?」

「あ、いや、すまん。
 ・・・本気でアカツキの事を忘れてた」

「・・・終いには泣くよ、僕でも」

お玉を片手に謝るアキトに、引き攣った笑顔で文句を言うアカツキだった。





メールを確認してみると、母親からの着信が凄い事になっていた。
最初は返事を寄越せという内容だったが、段々と弱気になっていき、最後には泣き落としに近いような内容になっていた。
多分、最後のメールを書く頃には俺は生きていないと思っていたんだろう。

「・・・だからと言って、俺のコレクションを墓前で燃やすとか書くなよな!!」

慌てて返信を書きながら、ガイは自分が本当に八ヶ月も行方不明だった事を痛感していた。

「それにしても、お袋からのメールは有るけど、親父と兄貴からの分は無いな。
 ま、俺が生きているときっと信じていたんだな、うん」

自分の都合の良い解釈を行い、ガイは母親宛に短い内容の生存通知メールを送った後、小腹が空いたので食堂へと向かった。
気分よくゲキガンガーのOPを鼻歌で唄っいながら食堂に着くと、そこではアキトが見覚えの無い男性に謝っている姿があった。

「どうしたんだよアキト?
 因縁でも付けられてんのか?」

「あー、まあ事の元凶は俺なんだけどな」

「徹頭徹尾、君が悪いと思うけどね」

ホウメイが作ったカツ丼を食べながら、アカツキが呆れた口調でアキトに釘を刺す。
不慣れな人間を一人残して、さっさと自分の職場に直行するとは何と不義理な男だ、とアカツキは少々怒っていた。

ちなみにその怒りの原因の一端として、ナデシコクルーが誰も自分を構ってくれないという理由も有ったりする。
プロスとゴートの二人も現状確認の為に本社と会議を行っており、アカツキの要望通りに接触をしてこなかったのだ。

アキトとアカツキの会話を聞いて、ガイはアカツキが先程の戦闘で助太刀として現れたパイロットだと思い出した。

「ふーん、アキトと一緒に傭兵なんてやってたのか。
 ・・・じゃあ腕に自信があるんだな!!
 よっし、早速俺と手合わせしようぜ!!」

「疲れるから遠慮するよ」

ヤル気満々のガイの誘いを、アカツキは素気無く断った。
実際、先程まで戦闘を行っていたのに、何が悲しくて休憩中にまで訓練をしなければいけないのか、というのがアカツキの正直な感想だった。
それにまだ危機は去ってはいない、実際のところブリッジから警戒レベルを解くような通達は出ていないのだ。

「これしきの連戦でへばってどうするんだよ。
 いいか、俺達が火星に行った時にはな、もっと過酷な戦いを経験したんだぞ!!」

「はいはい、武勇伝はまた今度聞かせてもらうよ」

ナデシコの戦歴を自慢するガイに辟易としつつ、アカツキは食べ終えた食器をアキトの前に置いた。
残りのパイロット三人娘は分からないが、どうにもガイの熱血具合とは反りが合わないとアカツキは思っていた。
話をした限り、周りの迷惑を顧みず自分のスタンスを押し付けるきらいがある。

アカツキの冷めた部分がその性格とは正反対の為、ガイに対する第一印象は最悪に近かった。

どうやら向うもその気配を感じ取ったらしく、どうにも胡散臭い人物を見るような目でアカツキを見ていた。
もっともそんな視線に気が付いても、アカツキはまるで無視をしていた。

一方的にガイが突っ掛かっている状況に、険悪な雰囲気を感じ取ったのかホウメイガールズも近づこうとしない。
その為、アキトが溜息を吐きながら食後のお茶を片手に持って、アカツキの目の前に置く。

「随分と気が立ってるじゃないか、どうかしたのかガイ?」

どちらかというとおおらかな気性のガイが珍しく突っ掛かる姿に、アキトは不思議に思いながら尋ねた。

「別に・・・というか、コイツってそんなに良い腕前をしてるのか?」

「残念ながら僕の腕前だと、君には一歩及ばないよ。
 テンカワ君のお墨付きだから、確実な情報だろうさ」

それでこの話は終わり、とばかりにガイから視線を外してアカツキはお茶に口を付ける。

「ふん、だったら少しは悔しがれってんだよ」

「負けると分かってる試合に興味は無いんでね」

泰然自若としたアカツキの態度に、自分自身で不思議なほど苛立ちをガイは覚えていた。
アキトが首を傾げながら厨房に帰るのを見送った後、ガイは更にアカツキに向かって何かを言おうとした時、食堂に大音声が響き渡った。

「テーンーカーワー!!」

その場に居た全員が声の源を見ると、真っ赤な顔をしたリョーコが肩を震わせながら立っていた。

「な、何か用かなリョーコちゃん?」

顔を伏せたままリョーコはアキトの目の前に歩み寄り、無言のまま手に持っていた紙を差し出した。
リョーコの態度を不審に思いながらも、アキトはその紙を受け取り目を通す。

全員が注目する中、文面を読み進めるアキトの顔色が段々と青くなっていった。

「説明して貰おうか?」

「いや、これはきっとカナデさんの冗談だよ、うん」

「説明して貰おうか?」

「師匠も悪乗りしてるんだよ、うん」

「説明して貰おうか?」

リョーコの迫力に圧され、段々と後退をするアキト。
しかし、それ以上後ろに下がれない位置にまで、既に追い詰められていた。

必死の視線でアカツキに助けを求めるアキト。
逆に面白い玩具を見付けたとばかりに、アカツキはアキト達に歩み寄り問題の紙を奪い取り素早く目を通す。

「ふーん、この場合は婚約オメデトウと言うべきなのかな?
 ユウさんまで太鼓判を押すなんて、スバル家のテンカワ君への印象は最高って所かい」

「ちょっと待て!!誤解だと言ってるだろうが!!」

「そう言われてもねぇ、親御さん公認なんだし義理の娘さんまで実家に預けておいて、今更それは無いんじゃない?」

「ちょっと待て、義理の娘って誰だよ!!」

「え、突っ込むところソコ?」

「それはそれ、これはこれで気になるだろうが!!」

「あーもー、場をややこしくするなよアカツキ!!」

「えー、こうなる事はナデシコに来る前に予想出来るじゃないか。
 というか、本気で予想してなかったのなら、信じられない程・・・オメデタイ頭ダネ」

「うわ、何かコイツの言い方、ムカツクなテンカワ?」

「そうだろ、俺も時々殺意を抱くんだ」

「・・・何、そのいきなりの共闘宣言?
 随分と仲が宜しい事で、さすが許婚」

「「黙れこの野郎!!」」

アカツキの身を挺した介入により、アキトの危機は救われたのだった。



その騒がしい馴れ合いに、何時もなら真っ先に参加するガイは、何故か椅子に座ったまま動かなかった。
参加をしない理由は単純で、その場にアカツキが居たからだ。

何となくだがガイは、アカツキによって自分の居場所が取られたような気分を味わっていた。






結局、アカツキをノシた事で冷静さを取り戻したリョーコは、アキトの説明により誤解を解いた。
しかしリョーコとしては実の両親と祖父の性格は、それはもう骨身に染みるほどに良く理解している。
つまり、文面的には冗談を装っているが、家族としてアキトを迎える分には反対しない・・・むしろ攻めろ、と言っているのだと分かっていた。
それが分かるだけに赤面を抑えきれず、アキトに事の真偽についての確認を兼ねてこの食堂に赴いたのだった。

そして、スバル家の面々が本気でアキトを婿養子に取ろうとしている事を、アキト本人だけが認識していない。





その後、アキトとリョーコの件を聞きつけたヒカルとイズミが食堂に現れ、再度大騒ぎが始まる。
アカツキはもうサポートをするのは無理、とばかりに食堂から逃げ出した。
逃走時にガイが睨んできたが、その手の視線に慣れているアカツキは涼しい顔でその場を去った。

「うーん、予想より楽しい艦ではあるんだけど、一部嫌われてるみたいだねぇ
 ま、全ての人に好かれるなんて思ってもないけどさ」

書面上ではコスモス配属の為、ナデシコ内では所属部署も決まっていない。
アカツキは勝手気ままに廊下を歩いていると、目の前から凄い好みの美女が歩いて来るのを見付けた。

「お嬢さん、ちょっと道を尋ねてもいいですか?」

「あら嬉しい事を言ってくれるわね?
 でも、私の方が年上だって事は分かってるんでしょ?
 ついでに言えば、道案内ならコミュニケを使いなさい」

「ありゃりゃ、まるで脈無しか、これは残念」

「ナンパは良くされるから対処方法も知ってるわよ。
 もっとも、本気でナンパをしている訳じゃなさそうね」

何が目的かしら、と興味を引かれたのかミナトは目でアカツキに問い掛けた。
ミナトはルリからアキトと一緒にナデシコに乗り込んできた、アカツキというパイロットが居る事を聞かされていた。

「じゃ、お時間を頂いてそこの休憩所でお茶なんてどうです?
 こちらが誘った方なんで、奢りますよ」

「まぁ、今は休憩中だし・・・ちょっと位は付き合ってあげようかな」

そう言ってミナトは笑顔でアカツキの誘いに乗った。



「ずばり、テンカワ君の恋人候補って予想できます?」

「うふふふ、これは面白い話題ねぇ」

休憩所で缶コーヒーを飲みながら、アカツキとミナトは有る意味色っぽい話をしていた。
もっとも、その内容は他人の色恋沙汰だが。

「何だかんだで八ヶ月程友人やってますけど、あの男は鈍いくせに手が早い」

「分かる分かる。
 私が知っているだけでも、艦長とリョーコちゃんと・・・多分、ルリちゃんもそうね」

「なるほど、彼はやはりロリコンだったか」

からかうネタにすれば、殺されるな・・・と、アカツキは内心で思いつつ、是非ともからかってみたい誘惑に駆られていた。
親友をおちょくる為ならば、命さえ掛け兼ねない大馬鹿者である。

「でもやっぱり幼馴染の艦長が一番有利かしら?
 ほら、テンカワ君が名前を呼び捨てにしている女性って、艦長だけじゃない」

「・・・ああ、なるほど」

もう一人、極上の美人の幼馴染が居るんですけどねぇ、と思いつつ顔には出さないアカツキ。
しかし、敵も然る者だった。

「それで、アカツキ君はどんな情報を持ってるのかな?
 テンカワ君も八ヶ月も地球に居たんだから、それなりに親交を持った女性が居るんでしょ?」

「あー、まあ、そうですね。
 今ホットな話題になってますけど、リョーコ君の実家に居候をして婚約者になってますし。
 ネルガルの会長秘書なんかとも、結構良い雰囲気作ってましたね。
 メカニックの女の子とも仲良くなってましたけど、こっちはちょっとした事故のせいで距離を置かれてます」

「う〜ん、地球では二人か・・・少ないと見るか多いと見るか・・・
 実は私的にはルリルリを応援したいのよね、あの娘って年の割に怖いくらいしっかりしてるけど。
 精神的な支えとして、どこかテンカワ君を頼ってる所があるのよね」

此処でルリの名前が出たことで、アカツキは警戒度を少し上げた。
今回、エリナを置いて先にナデシコに乗り込んだ理由の一つが、ホシノ ルリとの接触を意図していたからだった。
やはり予想通り、ミナトはルリと近い位置におり、ルリの情報をある程度持っていると思われた。

内心で色々な打算を働かせつつ、顔は笑顔でアカツキはミナトにある提案を申し出た。

「僕としてはさっさっと誰かとくっついて、少しは大人しくなってくれる事を願っているんだよね。
 多分、僕もナデシコに配置される予定なので、その時には二人で彼の恋愛に協力しない?」

「あら、随分と友達思いなのね?」

「テンカワ君には少し錘を付けた方が良いと思うんだ、ほおっておくと何処までも飛んで行く風船だから。
 ま、僕だけの意見とは思っていないけど」

じゃあ、今後とも宜しくー、と軽い別れの言葉を残してアカツキは休憩室から去って行った。
一人残されたミナトは楽しそうな笑顔で、アカツキに手を振りながら見送った後、真面目な顔で考え込んでいた。

「何を考えてるのかいまいち読めないけど、テンカワ君の身を案じてるのは本当っぽいわね。
 彼自身、軽薄そうな態度を取ってるけど、中々の男っぽいし・・・惜しいなぁ」

ミナトは女の直感で、アカツキに今は恋愛をするつもりがない事を感じ取っていた。
だからこそ、気安く彼の誘いに乗って席を同じにもしたし、その話に付き合いもしたのだ。

「私としてはルリルリを推すだけかな」

そう言って、ミナトは空缶をダストボックスに放り込んだ。





様々な所で騒ぎを起こしたアキトの帰艦とアカツキの訪問だが、その騒ぎを一掃するかのように緊急警報がナデシコ内に奔る。





「私まだアキトとまともに会話してないのに!!
 もう、何でこのタイミングで襲撃なの〜
 ルリちゃんナデシコの状態は?」

「以前変わらず最悪の一歩手前です。
 フィールドを張るだけで精一杯ですね」

「ぶー、まあウリバタケさん達が幾ら凄腕でも、時間が足りないもんね。
 ジュン君、エステバリス隊は大丈夫?」

「全員コンディションに問題無し。
 廊下を歩いていた例のパイロットも、テンカワが途中で捕獲して無理矢理エステに放り込んだそうだ」

「ああ、あの長髪の人・・・確かアカツキさんだっけ?」

「さっき参戦を依頼したら、散々文句を言われたよ。
 まあそれも口だけみたいで、エステから降りるとは一度も言わなかったからね」

「じゃあお手伝いをお願いしましょう!!
 作戦は前回と基本は同じ!!
 ナデシコはフィールドの維持!!
 エステバリス隊は時間を稼いで下さい!!」

「「「「了解!!」」」」

先程の戦闘とは違い、何処か明るい雰囲気を纏ったユリカの指令に、全員が口を揃えて了解をする。
確かにコスモスという強力な味方との合流が、目の前という理由もある。

だが、何よりも疲れ切った身体を奮い立たせている理由は、目の前を凄い勢いで飛んで行く漆黒のエステバリスにあった。





「うん、やっぱりアキトが入ると皆の動きが違うね!!」





――――――そのユリカの言葉が、ブリッジクルー全員の内心を現していた。





 

 

 

 

第八話その2に続く

 

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