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第八話 その2

 

 


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第八話 その2





2197年9月

敵の悪足掻きとも言える襲撃は、大した時間を掛ける事無く鎮圧する事に成功した。
最初のプランではコスモスからの援護射撃も予定されていたが、その必要すらなかった。
元々からして、帰りのチューリップを破壊されており、補給の無いままに突撃を敢行したような部隊が相手だったのだ。

そして、最大の敗因は・・・敵対した相手が悪すぎた。



『ちょ、テンカワ君の動き速すぎ!!』

『機体の性能差だけじゃねぇな、ありゃあ速いくて上手いんだ・・・』

置いてけぼりにされたヒカルとリョーコが、呆れたような口調で先頭を疾走する漆黒の機体を見守る。
確かにアキトが駆る最新鋭の機体のスペックは、今の自分達の機体より優れているだろう。
しかし、そこに数倍もの性能差がある訳でなく、あくまで数割程度の上昇率でしかないのだ。

そして敵陣深くに在って、足を止める事無く流水の如く動き、次々と敵に止めを刺して行く姿は正に圧巻だった。

『これは、サポートをするつもりが邪魔をしかねないわね』

無人兵器との交戦に入り、次々と敵を撃破していくテンカワ機に、イズミはサポートの援護射撃を諦める。
目の前の敵を殲滅した瞬簡には、まるで違う場所に移動をして次の敵を倒しているのだ、誤射などをすれば目を当てられない。
そして、アキトと同じく接近戦を得意とするガイは、そのフィールドに辿り着く前にアキトにより敵を葬りされらており、所在無げに浮かんでいた。

時々、アキトを大きく迂回して襲い掛かってくる無人兵器居るが、極少数での襲撃の為にガイ達により問題無く殲滅されている。
改めて周りを見渡してみれば、周辺に展開していた無人兵器達が次々と誘蛾灯に誘われる虫のように、群れをなしてアキトが作り出している白光に飛び込んで行く。

それは今回の襲撃に加わっている無人兵器にとって、最優先攻略対象がナデシコよりアキト個人に設定されているという証左だった。

『何つーか、マジでやる事がねぇ・・・』

『まあ、ヤマダの言う事も分かるが、俺達は気を抜かずに防衛網を維持しておかねぇとな』

『そうだよねぇ・・・あ、また戦艦が沈んだ。
 たーまやー』

『テンカワ君も八ヶ月、遊んでた訳じゃないって事ね』

しかし、アキトと共にナデシコに来たこの男は違った。

『あー、別に遠慮しなくていいと思うよ、テンカワ君を狙っても当たらないし、適当に避けると思うから』

そう言いながら、アカツキは本当にアキトに向かって群がる敵に狙撃を開始する。
次々と弾を撃ち出すその姿には、遠慮の欠片も見当たらなかった。

『って、お前、何をやってるんだよ!!』

その姿に呆然としてたガイ達だが、我に返ったガイがアカツキのエステバリスに勢い良く掴みかかる。
そのせいで狙いが逸れた一撃が、運悪く真っ直ぐにアキトに向けて放たれた。

『『『・・・あ』』』

三人娘が呆けたような口調で見守る中、一直線に背後から迫ってきた銃弾を、アキトは振り向き様にナイフで斬り捨てる。

『おい、何してるんだよアカツキ!!
 フレンドリーファイアだぞ』

あまり怒ってると思えないような口調で、アキトがアカツキに通信で文句を言ってくる。

『いやぁ、実戦の恐怖に負けて誤射しちゃったんだよ。
 無人兵器怖い、無人兵器怖いって感じで。
 ほら、僕ってトラウマ持ちだしさ、決して狙って撃った訳じゃないから許してよ』

『当たり前だ馬鹿。
 ちゃんと敵を狙えよ、全く・・・後で覚えとけよ、それとシミュレーションで再教育だ』

『いや、それは勘弁して欲しいんだけど』

『お前が悪い』

そう言い残して、アキトの通信は一方的に切られた。
そして腹いせのように、先程を超える勢いで無人兵器達を壊し始めた。

アカツキは肩を竦めた後、呆然とした表情をしているガイ達に軽い口調で話しかける。

『という訳で、偶然にも実証しちゃった通り、テンカワ君なら狙っても避けるか迎撃するよ。
 生身でも狙撃に対応するような変態なんだし、センサー類の充実したエステバリスならまず落ちないね』

『誰が変態だコラ!!』

『・・・あれ、まだ通信繋いでたっけ?』

『ルリちゃんから密告があったんだよ、帰ったら本気でオボエテロヨ。
 それと、ナデシコの左舷から纏まった襲撃が来てるらしいから、そっちは任せた』

慌てるアカツキを険悪な目付きで睨んだ後、アキトの通信は再度途切れた。

『了解、あーあ、このまま楽できると思ったんだけどねぇ・・・無人兵器と言えど、機転が利かない馬鹿ばかりじゃないか。
 さて皆、僕達の戦場はナデシコの左舷だってさ〜』

そう言いながら、リョーコ達を誘導するように移動を開始するアカツキ。
さきほどのやり取りにしても、リョーコ達にはアキトとアカツキがお互いに深く信頼している事が窺えた。

『えっと、じゃあ行こうかリョーコ?』

『・・・そうだな、此処に俺達の戦場は無ぇや』

『ヤマダ君?』

先程から一度も口を挟まないガイを不審に思ったのか、珍しくイズミからガイに話し掛ける。
しかし、ガイは苦虫を噛み潰したような顔をしたまま、イズミの言葉には何も返さずに指定された地点に向かった。

その視線が先導するように飛んでいるアカツキに向けられている事に、イズミだけは気が付いていた。

『・・・どうにも良くない前兆ね』

ガイの表情の中に焦りを見たイズミは、この先の戦闘に気をつけておこうと内心で思った。





「で、事の顛末を言わせてもらえれば・・・
 無茶な突撃を慣れない機体で行ったヤマダ君が、無人兵器の体当たりをくらって行方不明になった」

「・・・何やってるんだよ、ガイ」

獅子奮迅の活躍を終え、ナデシコに帰艦したアキトを迎えたアカツキが、顔を顰めながら話した内容がそれだった。
既にユリカ達には報告済みであり、今後どうするのかを今は会議中らしい。

ブリッジに向かう途中にアカツキに視線で呼び出されたアキトは、その後を付いてってパイロット用の休憩室でその話を聞いた。

「ルリ君が戦闘中の独り言を拾っていてね、僕もその場で聞かせてもらったんだけど・・・
 彼は本当に戦争をしているという意識が有るのかな?」

久しぶりに聞いたアカツキの冷たい声に、アキトも背筋を正してその続きを促した。

「テンカワ君のパートナーは自分だって息巻いて、僕に自分の実力を見せようと焦って、無茶な特攻をしたらしい。
 別に僕の方から戦闘中に挑発行為をした覚えも無いし、彼を侮ったつもりもない。
 食堂の一件もそれほど後を引くような内容では無かったはずだ。
 ・・・むしろ、戦場における場数から言えば、彼を尊敬しているつもりさ。
 だけど、どうにも彼にはプロ意識を感じられないね」

自分達の知る戦争のプロは、戦場におけるオン・オフの切替を確実に行っていた。
そうしなければ死んでしまい、後悔も出来ない事を骨の髄まで叩き込んでいるからだ。
戦闘中にふざけた言い回しで緊張を和らげようとする事はあっても、そこで油断をするような隙を見せなかった。

これで僕の立場がネルガル会長としてこの場に居たのなら、問答無用で首にしてるよ?

アカツキは無言のまま、ジェスチャーでアキトに心の中で発言した内容を伝えた。

「キリュウさん達と一緒に過ごした君にも分かってるだろ?
 彼は腕は良いかもしれないが、その意識が幼稚過ぎる。
 他人の意見も聞かないし、戦場での仲間とのコミュニケーションまでおぼつかない。
 そんな彼と並んで僕は戦場には立ちたくない」

アカツキの宣言を聞いてアキトは困ったように頭を掻いた後、思い出したかのように話し出した。

「アカツキ・・・俺達は最高の腕前を持つ人達と接してきて、鍛えられた。
 確かにその人達とガイを比べるのは無謀だと思う。
 だけど、今後の教育次第では頼りになる仲間になると思うんだ。
 それに俺達だって、キリュウ隊長と比べれば、まだまだな所ばかりだしな」

「・・・まあ、彼の負けず嫌いなところは認めるけどねぇ」

キャンプで散々叱られ罵られた事を思い出し、思わず二人揃って苦笑をする。
確かに自分自身、殆ど戦場を知らない新兵みたいな状態なのに、他人を批判するのは身の程知らずだろう。
こんな所を『あの人達』に見付かれば、怒声程度で終らないペナルティが降りかかる。

その事を親友に指摘され、確かにその通りだと認めたアカツキは降参とばかりに両手を挙げた。
どうやら自分自身では気が付いていなかったが、初めての宇宙戦闘と今後の事を考えすぎて、少し気負っていたのだろう。

「多分、ブリッジの判断も救出に傾くだろうね。
 何だかんだと言って、余裕があるみたいだからさ。
 で、どうするんだい?」

「エステバリスの受信できるエネルギーフィールド範囲を超えた場所だろ?
 艦載機でも貸してもらって、俺が迎えに行くよ。
 幸いにも先程の襲撃で、この周辺の無人兵器は殆ど倒したみたいだからな」

ユリカ達やルリちゃんなら、ガイの遭難した方向とかを計算で出しそうだしな。

苦笑をしながらそう言い残して、アキトはパイロット用の休憩室から出て行った。
それを見送った後、アカツキは少し考えこんだ後に、何処かに向けて通信を繋げた。






アキトはアカツキの話を思い出しながら、ブリッジへの道を歩いていた。
確かに集団戦闘という場において、ガイの独断専行は許されない事だろう。
しかし、明確な戦闘指揮者が現場に居ない事も、今回のトラブルの原因の一つではないかと思っていた。

「全体の指揮はジュンに任せとけば問題は無いだろうけど、現場で即時に判断を出来る人間が欲しいな。
 そうなると、やはりアカツキに任せるのが一番か・・・」

でもガイの奴がなぁ・・・

ここにきて、人間関係で意外な展開を迎えた事にアキトは頭を悩ましていた。
考えてみれば、『戻る』前にはアカツキとガイの共闘する場面は無かった。
それがいざ実現した時には、お互いに反りが合わない間柄になるとは、正に予想も出来ない事だった。

次の瞬間、アキトは首を少し傾けて背後から撃たれた模擬弾を避けた。

「何の遊びだよ?」

「いや、アカツキ君が背後から襲いかかっても問題ないから、試してみればって言うんでね」

「あの野郎・・・」

アキトの背後には、ウリバタケから借り出したと思われるサバゲー用のエアガンを構えたイズミが、悪戯を誤魔化すように薄く笑っていた。
そんなイズミに対して文句を言おうと一歩踏み出した瞬間、今度は通路の影に隠れていたリョーコの木刀が襲い掛かる。

騙まし討ちで放たれた、頭部に向けられたその一撃も、アキトは軽くしゃがむ事で無効化した。

「はぁ、リョーコちゃんまで」

「やっぱり、気配を殺した上での騙まし討ちまで効果無しかよ・・・マジで爺ちゃんの直弟子やってたのか?」

「うん、ちゃんと皆伝まで貰ったよ」

「・・・八ヶ月で皆伝か、本当に信じられない奴だな」

あの爺ちゃんが認める筈だよ、と呟きながらリョーコは木刀で自分の肩を叩いた。

アキトは予備知識無しでユウに弟子入りをした筈だが、ユウはその筋の人間には腕前と鍛錬方法について恐怖の代名詞とも呼ばれる存在なのだ。
その噂や腕前に惚れ込み入門をする者は後を絶たないが、皆伝まで授かった人間をリョーコは聞いたことも無かった。

むしろ、八ヶ月という短期間で皆伝を授けるような鍛錬を受けて、生きているアキトの方がおかしい、とリョーコは戦慄した。

「こりゃ剣術でも、もう俺は足元に及ばないみたいだな」

「いや、俺なんてまだまだだよ。
 師匠にも言われたけど、所詮は促成栽培で業を詰め込んだだけだからね。
 ・・・中身というか経験が圧倒的に不足してるんだ。
 基礎体力の差で試合なら師匠と好い勝負は出来るけど、本気の戦闘なら勝てる気はしない」

「当たり前だ馬鹿。
 才能だけで爺ちゃんの積み重ねてきた鍛錬を、そうそう超えられるかっての。
 まあ、俺としても身近に皆伝持ちが居るんなら、鍛錬の時には付き合ってくれよ」

「リョーコちゃんの鍛錬については師匠にも頼まれているからね、望むところさ」

「ふふふ、やるわねリョーコ・・・そうやって二人っきりの時間を作るなんて」

「って、何言ってるんだよイズミ!!
 お、俺はそんな意味で、テンカワを鍛錬に付き合わせようとしてねぇ!!」

リョーコをからかいながら逃げるイズミ。
それを真っ赤な顔をして、木刀を振り回しながら追いかけるリョーコ。

相変わらずの構図を見て微笑みを浮かべながら、ふとアキトはそこにヒカルが居ない事を不思議に思った。

「あれ、ヒカルちゃんは?」

「・・・ブリッジ前でヤマダの処分についての決定を待ってる。
 暴走する前に止めれた筈なのに、って悔やんでたからな」

ヒカルの事について説明した後、リョーコは少し困ったような表情を作った。

「ヤマダの奴、俺達の言う事を全然聞きやがらねぇで、敵のど真ん中に突撃しやがった。
 戦場に出る以上、あんな暴走を繰り返されちゃあ俺達の命も危ねぇし、仲間として背中も預けられねぇ。
 本当ならテンカワに頼む筋じゃねぇけど、助かった時にはテンカワから一言注意をしといてくれねぇか?」

「・・・ああ、言っとくよ」

頼むぜ、と言い残してリョーコはイズミを追ってその場から走り去った。






アカツキ用に準備された個室で二人の男が会話をしていた。
一人は部屋の主になる予定のアカツキ、そしてもう一人はアカツキに呼び出されたプロスだった。

「本社との確認作業は終ったかい?」

「ええ、驚かされましたよ。
 まさか、あの状況から会長派と社長派を纏め上げるとは・・・いやはや、これも血の為せる業ですかねぇ」

就任当初はこんな頼りない若造では、社長派に早期に潰されてしまうと思っていましたが。

笑顔の奥にそんな言葉を隠しながら、プロスはアカツキから手渡された珈琲のカップを手に取った。

「殆ど僕の手柄というより、周りのお陰なんだけどね。
 幸運にも優秀な人材に恵まれてたからね。
 まぁ、御輿程度の価値は有ると、身内連中が認めてくれたのは好い事さ。
 もっとも、テンカワ君やエリナ君にそっぽを向かれれば、そこで終わりかもしれないけど」

同じ様に珈琲を飲みながら、アカツキは自分以外の人間の手柄を誇らしげに語る。
プロスは改めて、そこにナデシコで火星に向かう前に見た、自信の無い青褪めた顔の青年が居ない事を確認した。

人が変わるには長い月日が必要とされるが、稀に短期間で大きく変貌を遂げる人物も居るのだ。

既に故人となった雇用主を思い出しながら、プロスはその息子の成長を素直に喜んでいた。

「それで、私を此処に呼んだ理由は何ですかな?」

「うん、さっき言った通り、僕自身の能力なんて多寡がしれてる。
 ・・・ネルガルの闇、つまり裏の部分の仕切り役を改めてプロスさんに頼みたいんだ。
 そろそろ引退したいって愚痴を前に聞いたけど、そう簡単に辞めてもらっちゃあ困るんだよね」

アカツキのその発言を受けて、プロスの眉が少し跳ねた。

「父さんと兄さんの記録は全て目を通したよ、よくもまあ、あれだけの悪行に手を染めれたもんだね。
 兄さんの場合は、既に引き返せない位置に最初に放り込まれたせいだけどね。
 もっとも、そこまでしなければ、ネルガルはここまで大きくなれなかったんだろうけどさ。
 でもその負の遺産が、今回の戦争に繋がるのは頂けない」

「どうやら私の知らない闇の部分まで、知ってしまったようですな」

プロスの問い掛けにアカツキは軽く頷く。

「まずはテンカワ君の知る情報から説明をしようか・・・」

そしてアカツキは、アキトが目標としてる木連との和平についてプロスに説明を始めた。
当初は驚いた表情で説明を聞いていたプロスだが、所々で確認の質問をする以外、大人しくしていた。

「会長は先代から続く情報があったので、テンカワさんの話が信じられると判断されたのですか。
 ・・・しかし、彼はどうやってこれ程の情報を掴んだんでしょうな?
 ましてやネルガルでは解決の糸口さえ掴めていない、ボソン・ジャンプという新技術まで操るとは」

「さあね、何時か話してくれると思うけど・・・彼の顔を見る限り、聞いて楽しい話ではないだろうさ。
 律儀な性格な奴だから、必要と分かれば直ぐにでも話してくれるかもね。
 そして、この前提条件に加えて、此処からが僕だけが知る補足情報となる」

そう言いながら、アカツキは手元に用意してた数枚の用紙をプロスに手渡した。
プライベートルームだからと言って安心せず、この情報を言葉にする危険を排除する為の手段だった。
ルリの存在を警戒しての手段だが、もしこの動きに興味を持つならばそこを糸口にルリと接触するつもりでもあった。

無言のままプロスはアカツキからその用紙を受け取り、素早く目を通していく。
そこに記載されている情報を読むにつれ、プロスの表情は段々と厳しいものへと変わっていった。

そして最後まで読み終わった後、考え込むように目を閉じてしまう。

「これはかなり精度の高い情報だと思うよ・・・
 この情報は今後ルリ君達に知られないよう、ネットワーク的に切離された場所に保管をしている。
 テンカワ君が知れば大元の元凶に突撃をしかねないからね」

「それは、彼の理想や人柄を考えるに確かにそうでしょうな」

「でも、僕の予想だとその手法で助かる人は殆ど居ない。
 それどころか、ネルガルやテンカワ君は社会的には極悪人扱いにされる。
 僕は木連とネルガルを天秤に掛けるなら、躊躇わずに木連を犠牲にして、ネルガルと友人を選ぶ。
 そして最悪の場合、木連には全ての罪を被ってもらう事も考えている。
 どう言い繕った所で、地球に侵攻をしたのは木連なのは確かだしね」

そう言い切ったアカツキの前で、プロスは手元にある用紙を引き裂き、備え付けの灰皿の上で燃やす。

「今更言う必要も無いと思うけど、この考えはテンカワ君の基本方針と食い違う。
 そしてテンカワ君には、僕も知らないような多数の有力な人材がバックアップに付いていると思われる。
 時には彼等を出し抜く為に、僕のサポートを出来る人材が必要なんだ。
 その一人目の人材として、プロスさんをスカウトした訳さ」

「随分と高評価を頂いたみたいですな」

苦笑をするプロスにアカツキは笑顔で頷いた。

「兄さんはネルガルの闇の部分まで、サヤカ姉さんを巻き込んでいた。
 ・・・きっと、サヤカ姉さんが無理をしてでも僕を会長から降ろそうとしたのは、その闇を覗いた部分も在るんだろうね。
 だから僕はエリナ君を、この闇には関わらせないと誓った。
 でも僕一人の力なんて僅かなモノだと、嫌というほど分かっている。
 だからこそ、プロスさんの手助けが必要なんだ」

真剣な顔で頼み込むアカツキを正面から睨み、プロスは暫く考え込んだ後・・・静かに頷いた。



「しかし、ブラスターを隠し持ちながらの交渉とは、随分と思い切った事をしますなぁ」

「あ、やっぱりバレてた?
 こっちも海千山千のプロスさん相手に、若造なりに必死に頑張ってるんだと思ってよ」






『アキトさん、この方向にヤマダさんが居ると思われますので、出迎え宜しくお願いします』

「ああ、分かった有難うルリちゃん」

ルリから表示された情報ウィンドウを見ながら、アキトは連絡艇の発進準備を進めていた。
全員の予想通り、ブリッジクルーはガイの救出を決定した。

ちなみにこの決定を聞いて、一番最初に胸を撫で下ろしたのはヒカルだった。

そして捜査をする担当として、ヒカルとアキトが名乗り出たが、色々な理由によりアキトが選ばれた。
その色々な理由の中には、ガイとヒカルの男女仲を心配したプロスの意見が大きかったりする。

最初は不貞腐れていたヒカルだが、何か有ったとしてもアキトの腕前なら問題無いだろうと思い直し、最後には納得をしていた。

『それと、何だかアカツキさんが怪しい動きをしています。
 つい先程もプロスさんを自室に呼んで、何やら密談めいた事をしてますし。
 適当に探りを入れておきますか?』

「・・・まあ、アカツキの事はほっておいて良いよ。
 『戻る』前と違って、俺に対して変な事は考えてないと思うから。
 それに、アカツキにはアカツキの、立場や物の考え方があるはずだからね」

『随分と信頼をしているんですね?』

心底不思議そうに尋ねてくるルリに、アキトは苦笑をしながら答えた。

「伊達に八ヶ月の間、二人で命懸けの馬鹿をやってないさ」

『はあ、そうですか・・・』

アキトにそう言われたルリだが、自分だけはアカツキの動きに気を付けようと心に誓ったのだった。






アキトが連絡艇で出発した直後、ついにナデシコとコスモスが合流を果した。
そして、エリナとムネタケが業務内容の引継ぎ作業などの為に、一足先に連絡艇に乗ってナデシコに到着する。

「げっ、ムネタケじゃねぇか!!」

「アンタは相変わらずみたいねぇ・・・
 ま、不在の提督の替わりに私が派遣されたって事よ。
 これからは馬鹿な事をしたら、即吊るし上げるから気を付けなさいよ」

格納庫で真っ先にムネタケを見付けたウリバタケが、心底嫌そうな顔でムネタケを迎えた。
そんな歓迎を受けたムネタケも、嫌そうに顔を顰めながらウリバタケに苦言をした。

「けっ!!」

「ふん!!」

若輩者が多いナデシコ内では年長組みに入る二人は、その役職の都合もあり意図せず顔を突き合せる機会が多かった。
その為、嫌々ながらもお互いの性格を良く知っており、何かと口喧嘩をする仲になっていたのだ。

喧嘩するほど仲が良いとも言われるとおり、二人は口喧嘩はしても本当に憎んでいるような素振りは見せていなかった。

「それはそうと、その隣の美女は誰だよ?
 まさかお前さんの副官とか言うなよ?
 というか、恋人とかだったら許さん」

「彼女はネルガルから派遣された、ナデシコの副操縦士だそうよ。
 ま、何よりも私としてはこんなキツイ性格の恋人なんてお断りだけどね」

「・・・キツイのか?」

「ええ、かなり」

「美人なだけに残念だな。
 いや残念な美人、と言うべきか?」

何時か痛い目にあわせてやる、エリナは引き攣った笑顔の下で二人の中年に復讐を誓った。

その後は何の問題も無く、ナデシコへの荷物の受入が行われた。
ナデシコ自体もその傷ついた船体を、やっとドック艦のコスモスに収容され、急ピッチで改修と修理が同時に行われる事となった。
火星から続く連戦のプレッシャーからやっと解放されたナデシコクルーの中には、緊張が解けた瞬間に気絶をする者も居たほどだった。

ムネタケがブリッジクルーに挨拶をした時、ルリの「アンタ誰?」発言等があったが、特に問題も無く就任の挨拶は終った。
その後、ムネタケは自室に荷物の整理に向かい、エリナはこれ幸いとその場に居たユリカとジュンを会議室に誘う。

「エリナさん、私達に何のお話が有るんですか?」

「ちょっと見て欲しい映像があるのよ、ムネタケ提督には内緒のね。
 それと、私のナデシコでの立場は副操縦士だけど、本職はネルガルの会長秘書だから。
 そこのところ宜しくね。
 一応秘密にしておきたいから、他言無用でお願いね」

「なっ、ネルガルの会長秘書が何故戦艦なんかに?」

エリナからさらっと出されたカミングアウト宣言に、思わずジュンが問い詰めようとした時、エリナが持ち込んでいた映像の再生が始まった。
その映像がエステバリスと無人兵器達の戦闘シーンだったので、軍人でもある二人は興味を惹かれたのか一旦質問を止める。

そして、二人の目の前で衝撃的な戦闘が展開された。

「チューリップをエステバリス単機で破壊するだと・・・」

周囲の猛攻を寄せ付けず、手に持っている白刃でチューリップをフィールドごと豆腐のように切り裂くエステバリスの姿が、そこには映っていた。
その映像を目の前にして、思わずジュンが呆けたような表情で言葉を溢す。

そして隣に座っているユリカは、普段からは想像も付かない厳しい表情で、その映像を見つめていた。

「この機動を見てもらえば分かると思うけど、エステバリスの操縦者はテンカワ アキトよ。
 そして彼が使っている武器は、DFSと呼ばれるネルガルの新兵器。
 もっとも、残念な事にこのDFSを使用できる人材は、私の知る限りではテンカワ君一人だけよ。
 特殊な方法で発動する武器だから、ネルガル自慢のお抱えのテストパイロットや、軍のエースパイロットではまともに刃を作る事が出来なかったわ」

「・・・そんな事って」

エリナの話を聞いて、ユリカが呻くような声でそう呟く。
その声を聞いたエリナは、ユリカが現状を正確に把握している事を知り、一人ほくそ笑んだ。

「頭の良い貴方達なら、何故私がムネタケ提督の不在を狙ったのか分かってるでしょ?
 エステバリス単体でチューリップを葬れる存在、その価値は計り知れないわ。
 この事実が判明すれば、テンカワ君は真っ先に軍に徴収される。
 そうなれば、彼の配属先の司令官が余程の無能でない限り、とてつもない戦果を叩き出すでしょうね」

「つまり、アキトにDFSを使わせるタイミングを、私達に任せる・・・という事ですか」

ユリカが確信を込めてエリナに話しかける。

「そういう事よ。
 餅は餅屋に任せるべきでしょう?
 それと、ムネタケ提督の上司に当たるミスマル提督は、今回の事を既に伝えているから情報漏れをシャットアウトできるわ。
 でも、その他の連合軍にはネルガルの影響力が及ばない所も多々ある・・・
 ナデシコ単体の戦闘で使用する分には、それほど問題は無いと思うけど、連合軍との共同戦闘時には気をつけてね。
 もっとも、この話を聞いた上で、そうそう使用許可を出すとは思えないけれどね」

私から伝える事は以上だけど、何か質問はあるかしら?

視線でエリナからそう問い掛けられたジュンは内心で唸っていた。
個人の戦闘能力を突き詰めた結果、まさか戦艦クラスの攻撃力を操るレベルに達するとは、正に予想だにしていなかった。

なによりアキトの桁外れの機動戦に、あの脅威の攻撃力が追加される事を知り、その戦力計算を行ったジュンは鳥肌を立てる。
チューリップを単独で落とせるという事は、つまりナデシコすら単独で落とせるという事実を思い付いたが故に。

「でも、アキトがこの武器を使い出した時、アキトの未来が決まってしまう」

しかし、秘密兵器に類する情報を告げられたユリカは、震えるような声でエリナに話しかけていた。

「・・・それは避けて通れない道よ。
 勿論、本人も覚悟は決めている筈だわ。
 そして、世間はそんな絶大な力を持つ個人という存在を、野放しには出来ないし許さない。
 あくまで指揮系統に組み込まれていて、こちらの命令で運用可能な存在、というスタンスは崩せないのよ。
 そうなると下手な人間に彼の命令権を握られるのは、色々な意味で致命的だわ。
 そこでネルガルと本人の意思により、彼の指揮権は貴女の元に配られたのよ。
 後は彼を世に出すのも、隠棲させるのも、貴女の判断次第よ」

言いたい事を言い終えたのか、エリナはDFSの詳細な情報を載せた資料をジュンに手渡し、その場を去ろうとした。

その背中にユリカが泣きそうな声で話しかける。

「私に・・・アキトにコックは諦めて英雄になれ、って命令させるんですか?」

「・・・それが貴方の仕事でしょ」




後に残されたユリカは手を握り締めて俯いたままだった。
そのまま動こうとしないユリカを心配して、ジュンは声を掛ける。

「ユリカ、ブリッジに戻らないと・・・」

ジュンの言葉に暫くの間、反応を返さなかったユリカから小声で質問がされる。

「ジュン君、アキトは英雄になりたいのかな?」

「さあね、でも昔から・・・僕が羨ましいと思うほど、その素質は十分に持っていた。
 そして僕達は皆揃ってテンカワの存在に頼っていたし、テンカワはその期待に応え続けていた。
 今回の件にしても、火星での敗戦をふまえて、同じ轍を踏まないよう更に大きな力を手に入れたんだと思うよ。
 ただ、本人から英雄に憧れているとは、一度も聞いた事は無いけどね」

「やっぱり、そうなんだよね・・・」

当初は増大し続けるアキトの戦闘能力に、ユリカは頼もしさを感じていた。
そのツケが戦闘時の判断の甘さなどを度々招いていた。
だが、そのツケを帳消しにしてきたアキトの力は、とうとう単体でナデシコを超える処にまで至ってしまったのだ。

アキトがそれだけの力を求めた理由は、不甲斐無い自分達のせいだとユリカは判断した。

そして、そんな思いとは別に、何故アキトがそこまでナデシコを守ろうとするのか不思議に思ってもいた。
八ヶ月の間、地球で過ごしていたのなら、それなりに縁が出来た人達も居ただろうし、悲しい話だが恋人も出来るかもしれない。
何しろ、ナデシコで過ごした期間より長い間、地球に居たのだから。

ユリカは自分の気持ちに自信は有るが、アキトからは何を告げられていない為、アキトがナデシコに拘る理由が自分のせいだと断言は出来なかった。

明後日の方向に行こうとする思考を無理矢理引き戻し、ユリカは冷静な思考でアキトの戦力分析を行う。

「今のアキトの全力を解放した時、この戦争は大きく動き出すと思う。
 勿論、私達にとって心強い味方が増える事は嬉しいけれど、周りの騒音が酷くなる事は確実だね。
 ただでさえ、ナデシコは連合軍にとって邪魔者扱いに近い存在だと思うし。
 そんな私達が無人兵器では無く外部から、アキトを守りきる事は出来るのかな?」

ユリカのその問いに応えるだけの答えを、ジュンは持っていなかった。






アカツキの自室では不機嫌な顔をしたエリナが、自分で淹れた紅茶を飲んでいた。

「何だか嫌な事は他人に押し付け、って感じな悪女になってるみたいなんだけど?」

「いいね、そのキャラ作り。
 なんなら悪の女幹部のコスチュームでも着てみる?
 今なら会社の経費で用意するよ?」

テンカワ君にちなんで漆黒のハイレグの凄い奴、と言葉を続ける前に、無言のままエリナはアカツキの頭を拳骨で殴った。

「しかし、その話は誰かが艦長に伝える必要が有りますからな。
 最初から本人の裁量に任せていると、肝心な時に使用を躊躇う可能性が有ります。
 才能は凄いのですが、やはりまだ若い・・・という事なんでしょうな。
 実際、火星からの退却時にはフクベ提督の通信がなければ、あのままナデシコは火星で沈んでいた可能性は高いですからな」

秘書が行った会長への暴行を見て見ぬ振りをしたプロスは、美味しそうにエリナが淹れた珈琲を楽しんでいた。
ネルガル社員での顔合わせと言い出したアカツキが、自室で荷物を整理していたエリナを連れ出し、プロスを交えて事の顛末を話していたのだ。

ちなみに密談場所はアカツキの自室だった。

「そうは言ってもね、本人は嫌がっているけど、ミスマル提督の娘っていうブランド効果は凄いよ。
 彼女がテンカワ君の上に居る限り、そうそう下手な引き抜きは出来ないだろうしね。
 後は、彼女が何処まで開き直れるかが問題かな?」

「その点については、もう十分に理解しているみたいよ。
 多分、実際テンカワ君に何か有った場合には、全力で護るでしょうね。
 自分の嫌っていた父親の権威を使ってでもね」

「おや、何か艦長がそう言ってましたか?」

「・・・女の勘よ」

少々不機嫌そうにそう呟くと、エリナは物憂げに紅茶の入ったカップに目を落とした。

「これは、もしかして、そういう事なのですかな?」

「さあね、地球でも結構スキンシップとかも楽しんでたからねぇ」

「おやおや、さすがはナデシコが誇る撃墜王ですな」

「何時か後ろから刺されればいいんだ、あんなモテ男」

「・・・いい加減にしとかないと、それなりの反撃をするわよ?」

「「済みませんでした・・・」」

冷たい瞳で一瞥されて、男二人の無駄話はお開きとなった。

「しかし、DFSとは凄い武器を考え付く人が居るものですな。
 是非とも我が社にスカウトをしたいものです」

「うーん、そう言えばテンカワ君にまだ・・・開発者を紹介してもらってないなぁ・・・」

「迂闊、最近の忙しさで忘れていたわね・・・」

プロスに言われて思い出したのか、アカツキとエリナが悔しそうに地団駄を踏んだ。
もっとも、アキトは意図的に隠していたのではなく、本人も約束を忘れているのだろうと二人とも決め付けていた。

何をするにしても直ぐに表情に出るので、ちょっと揺さぶればアキトの嘘を見破る事は容易いのであった。

「DFSで思い出したけど、ナデシコにはあのイネス女史も乗ってるんだよね?」

プロスから提出された最新の情報を思い出し、アカツキは以前から気に掛けていた女性について尋ねる。

「はい、成り行きでそうなりましたが、今は医務室を占領していますよ」

「・・・何で医務室?」

「実験をするのにもってこいだ、と本人が言い張るものですから」

アカツキはその発言に、色々と突っ込みたい衝動に駆られたが、碌な答えは返ってこないだろうと思い、賢明にも口に出す事は無かった。

「実はそのイネス女史から内々に連絡を受けていたのですが。
 「バーストモード」と言って、エステバリスの出力を一時的に倍増するシステムを開発しているそうです」

「ほう・・・」

「遠まわしにですが、本人が全てを開発した訳ではなく、知り合いからその基礎部分を譲り受けたとの事でした。
 どうにも、話を聞く限り・・・同一人物と思えませんかな?」

余りに都合の良い新システムの存在に、アカツキとエリナの口元が微妙に引き攣った。

DFSの弱点の一つに、エステバリスから供給できるエネルギー量が上げられていたのだ。
現在の運用方法である防御フィールドを削り、攻撃用に転化し続ける兵器など、あの変態以外に使える筈が無いのだ。
そんな弱点の一つを解消するシステムが、都合良く開発されており、近日中に形なるという。

「つまり、火星に居た時点からDFSとそのシステムは開発段階にあったって事かい?」

「そうなるわね・・・」

呆れたようにお互いに肩を竦める会長とその秘書。
ある意味、アキトのホームグランドとも言えるナデシコならば、こういった事象も在り得ると思ったのかも知れない。

「なら、テンカワ君の言っていた知人とは、ナデシコクルーの中に含まれるのかな?」

「それは無いでしょ、DFS等の設計書を受け取った時点では、ナデシコはジャンプ中で音信不通だったのよ?」

「では、ナデシコとネルガル本社で共通する事項とは何でしょうな?」

そ知らぬ顔で珈琲を飲み干すプロスが、ポツリとその言葉を漏らした。
その発言の意図は分からないが、アカツキは思わず脳裏に問題の共通項を浮かべていく。
そして、思い浮かべては消していく項目の中で、直感的に残ったのは一つの単語だった。

テンカワ アキトが、ナデシコと地球で親しく接している異能の存在達。

「・・・IFS強化体質者か」

「そんな、まさか・・・最年長のホシノ ルリでさえ、まだ12歳なのよ?」

同じ結論に達したエリナが、信じられないとばかりに首を振りながら、弱々しい声でアカツキの予想を否定する。
しかし、そんな本人もそれが正解ではないかと思っていた。

「もしかすると、ネルガルはとんでもない存在を身内に囲っているかもしれませんな」

プロスの言葉を遠くに聞きながら、早くホシノ ルリとコンタクトを取ろうとアカツキは決心した。





考え込むユリカを自室に送り届けた後、ジュンは一人でブリッジに向かった。
現在の所は襲撃をする敵を捉えてもいないので、自分がブリッジに居れば問題は無いだろうと判断したからだった。

通い慣れたブリッジへ続く通路を無意識の内に歩きながら、ジュンは改めてテンカワの非常識さを考えていた。
以前からその機動戦には目を見張るモノを感じていたが、八ヶ月の訓練を得たその姿は更にその上を行っていた。
そこに、今回持ち込んだ新兵器が加わるとなると、指揮をする側からすればもう勝手にやってくれ、という事態になりかねない。

「・・・強すぎる個人がこんなに厄介だとはな」

無意識のうちに溜息を吐きながら、ジュンがブリッジに入るとそこにはメグミしか残って居なかった。

「あれ、他の皆は?」

「ミナトさんは新しい副操縦士さんに業務説明をする為に、会議室でミーティング中です。
 ゴートさんはプロスさんに呼び出されて、何処かに行っちゃいました。
 ルリちゃんはお腹が空きました、って言い残して食堂に向かってます」

「・・・あ、そう」

全員、見事なまでにフリーダムだった。

「まあ、今は襲撃もないだろうし、どちらにしろナデシコもドックで修理中だから動けないしね」

良い意味でも悪い意味でもナデシコの気風に染まりつつあるジュンは、それ以上の突っ込みを放棄した。
そして特に指示を出す事も無いので、報告書の類いに目を通しつつ意識の奥では先程の課題を考えていた。

そんなジュンの耳に、メグミが独り言のように呟いた言葉が入り込む。

「それにしても、テンカワさんって前よりもずっと強くなってません?
 通信士の私でも分かるくらいに、強くなってると思います。
 何だか・・・普段見ている姿とのギャップが凄いですよね」

報告書から顔を上げると、そこには真剣な顔でジュンを見詰めるメグミの姿があった。

「私って戦争や軍隊の事なんて殆ど知らないですけど、他の戦艦にもテンカワさんみたいな人が居るんですか?」

「・・・あんな奴が複数居たら、僕は木星蜥蜴に同情するよ」

実際、複数のテンカワと同程度の腕前が揃ったドリームチームを想像し、ジュンは引き攣った笑みを浮かべた。
その後は特に殺伐とした話題が出る事も無く、ほのぼのとした会話をジュンとメグミは楽しんだ。






比較的簡単にアキトはガイを発見する事が出来た。
最初にルリが指定した方向とほぼ一致していたので、改めてルリの優秀さにアキトは感心する。

残り少ない酸素に配慮して、コクピットの中で大人しくしていたのか青い顔をしたガイが無言で連絡艇の中に入ってきた。
一目で分かるほどに落ち込んでいるガイに掛ける言葉も無かったアキトは、無言のままエステバリスを連絡艇に回収し、ナデシコへの帰路に着いた。

やがて沈黙に耐え兼ねたのか、ガイがぶっきらぼうな声でアキトに話し掛けてきた。

「・・・怒らねぇのかよ」

「俺にも同じ様な経験があるからな、特に言う事は無いさ。
 それに、帰ったら盛大に怒ってくれる人が複数待ってるよ」

もう、ナデシコにはガイを救出したと連絡を入れてるからな。

それを聞いて不貞腐れているガイを横目に見て、思わず苦笑をしながら自分の時の事を思いだす。
あの時はアカツキに挑発をされて無謀な攻撃をしてしまい、見事に無人兵器の体当たりを受けてしまった。
そう考えると今回のガイの遭難は、ある意味では前回と同じ出来事になるのだろうか?

ふと思いついた共通点に思考を集中していると、ガイが悔しそうに話し出した。

「俺はさ、ゲキガンガーの天空ケンになる事は諦めてたんだ・・・アキトが居るからな。
 でも海燕ジョーも好きなキャラだからさ、その立場になるのも悪くないって思ってたんだよ」

「へ、へぇ、そうだったのか?」

ナデシコに乗っている間、殆ど毎日にように見せられていたゲキガンガーの主人公達を思い出しながら、アキトはガイの言葉に頷いていた。
だが、この話題の意図が分からずに内心では首を捻っていた。

ガイはアキトが戸惑っている事など関係無いかのように話を続ける。

「でも、その立場を脅かす奴が目の前に現れたんだ」

「・・・まさか」

「ああ、あのアカツキって奴だよ。
 見た目からして海燕ジョーに相応しいクールキャラじゃねぇか。
 俺は・・・俺は大地アキラのポジションにだけは着きたくねぇ!!」


――――――ガイ、魂の叫びだった。


「取り合えず寝てろ」

そして、アキトから手加減無しの一撃を貰い、ガイの意識は途絶えた。






ナデシコへの帰艦に問題は起きなかった。
アキトは痛む頭を抑えつつ、気絶したガイを担いでブリッジへと向かった。

「おーい、テンカワ、ヤマダの奴は大丈夫なのか?」

「はい、全然、問題無し、です」

「そ、そうか・・・」

ヤマダとエステバリスが無事に回収された事に気を良くしていたウリバタケは、壮絶な笑みを浮かべるアキトを見て心底引いた。
普段のアキトがお人好し過ぎる事を知るだけに、そのギャップに驚いたと言ってもいいだろう。

「で、その気絶しているヤマダはどうするんだ?
 医務室にでも放り込むつもりか?」

「いえ、ブリッジに放り込みます」

そう言い残してアキトは格納庫を去った。

「ナニをやらかしたんだ、あの馬鹿・・・」

ウリバタケにはアキトの背中を見送りながら、ガイの無事を祈る事しか出来なかった。





ブリッジにて事の真相を聞いた面々は怒り呆れ、床に正座をしているガイに懇々と説教を行った。
この時、ガイが一番堪えていたのが、無言のまま頬を引っ叩いたヒカルだった。
ブリッジを早足で出て行くヒカルに謝ろうとするガイだったが、良い笑顔をしたプロスによって取り押さえられ不可能となった。

一部始終をアキトとアカツキは隣で見ていたが・・・流石に今回の件についてはフォローのしようが無かった。

暴走するプロスを止める人が誰も現れない為、珍しく涙目のガイを残してクルー達はそれぞれの部署に戻った。





地球のスバル家では、師匠から指示があった修練を終えたラピスが、月を見上げながら冷えたお茶を飲んでいた。
季節は秋に入りかかっており火照った身体には涼風が気持ちよかった。

「あら、ラピスちゃんもお月見?」

「うん」

初めて会った時から何かと世話をしてくれるカナデにも、最近では少し馴れて来たラピスは普通に返事をする。
母親という単語を知識として知っているが、その存在を体感した事は初めてなので当初は戸惑っていたのだ。

「そうそう、さっきリョーコからのメールが届いたのよ!!
 アキト君の言うとおり、ナデシコの人達も含めて全員無事だったみたいで安心したわ」

「うん、本当に良かった」

しみじみとカナデと一緒に喜びを分かち合う。
ボソン・ジャンプにはまだまだ謎な部分が存在しており、最も理解をしているアキトにも不明な点は多々有る。
実際、未来から過去に跳ばされた身としては、今回も無事にナデシコが現れたと聞いてラピスは胸を撫で下ろした。

もし、ナデシコが現れなければ、きっとアキトは気が狂っていたと思うからこそだった。

「それにしても、ハーリー君もあの年で良く頑張るわねぇ」

「あれで楽しんでるから大丈夫」

二人が向けた視線の先では、我武者羅にユウに向けて竹刀を打ち込むハーリーの姿があった。
何度もユウに打ち据えられた為、胴着は既に泥だらけになっており、剥き出しの手足にも青痣が幾つも見えた。

痛くない筈はないだろうに、それでもハーリーの顔には笑みがあった。

「・・・もしかして、危ない子なのかしら」

少し引き気味でカナデが呟く。
ラピスも不思議に思い、一度尋ねた事があった。
その時ハーリーはこう言った。

『僕達って知識の吸収については、殆ど努力無しで出来ちゃうだろ?
 でも肉体の鍛錬は地道に一歩一歩するしかないじゃないか。
 その努力の過程が楽しいんだよ』

ヒーローになるには必要な要素さ、と輝く笑顔をラピスに向けてきた。
その意見を聞いてラピスはハーリーの評価を改めた。

ああ、コイツは真性の馬鹿なんだ、と。

だからこそ、カナデの疑問を訂正するラピスはしないのであった。





怒りを食欲に変換したヒカルが、ナデシコ食堂で凄い勢いで食事をしている傍らで、イズミは先程のガイの話を考えていた。
確かに嫉妬からくる暴走という納得も出来る話だったが、その対象がアカツキというのは本当だろうか、と。

「なあイズミ、ヤマダの奴はこれで懲りたと思うか?」

「さあ、次の戦闘になれば分かるんじゃないかしら」

「まあ、確かにそうなんだけどな」

イズミはリョーコの質問に答えながらも、もう一つの可能性を強く感じ取っていた。

一番、ガイの存在を危うくしているのはアカツキではない事を。
本来ならばナデシコの正規パイロットとして脚光を浴びるはずだった自分が、その場所を明け渡している事に気が付いたのか。

「・・・それなのに、どうあっても勝てないって、思い知らされたって事かしら」

イズミの視線の先には、ホウメイに怒られながらも必死にフライパンを操るアキトの姿があった。





――――――アキト合流後のナデシコ艦内は、色々な思惑を抱えつつ地球へと向かう。





 

 

 

 

第九話に続く

 

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