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第十話 その1




2197年10月

困難な戦闘を誰一人欠ける事無く制したナデシコクルー達は、意気軒昂の状態だった。
そして、今日も今日とてナデシコ食堂はフル回転である。
前回の軍からの命令についても、最終的には無事にアカツキが親善大使を救出した事で完了していた。

もっとも、当初はアカツキが連れてきた親善大使が白熊だった事により、ナデシコへの帰艦を艦長を始め全員が認めなかったのだが。

全員、先ほどの苦闘により感情が高ぶっていた為、アカツキの行動を笑えないジョークと判断したが故だった。

ちなみに事情を知っているアキトは疲労と悪酔いにより、帰艦早々に自室にてダウン。
命令を受けたはずのムネタケは、その疑り深い性格からアカツキが何か自分を担ごうとしているのでは無いかと、軍に問合せもせず始終警戒をする始末だった。

そして、唯一助け舟を出せるルリは、面白そうなのでアカツキに泣きが入るまで全員のコントを見守っていた。





「もうね、何が信じられないかって言うと、自分の秘書が一番信じられない訳よ・・・
 僕が困り果ててる姿を見て、モニターの前で笑い転げてたんだよ?
 プロスさん達もその流れに乗って僕を苛めるってどういう事?
 その後も、全員謝りに来る気配も全然無いし」

「あー、まあ、俺もダウンしてたからな、フォロー出来なくて悪かったな」

夜中にアキトの部屋に突然の訪問があった。
その訪問者は滅茶苦茶に酔っている、というより泥酔しているアカツキと、そのアカツキに肩を貸して歩いてきたガイだった。

眠りたいから力尽くで追い返そうかな、と思ったアキトだったが、必死な目で助けを求めているガイを見て仕方なく部屋に酔客を招きいれる。

「というかさ、あの時もし僕にDFSが使えてたら、きっとナデシコごとぶった斬ってやったのに。
 それもブリッジを徹底的に!!
 揃いも揃ってネルガル会長を低く見すぎてると思わないかい?
 言ってみれば雇い主だよね、僕?」

「・・・良かったな、DFSが使えなくて」

もし使えてたとしても、絶対に事前にルリに撃墜されているとアキトは予想した。
グラビティ・ブラストの直撃を受けて消滅するネルガル会長・・・笑えない映像だと、心の底からアキトは思った。

アカツキに対してルリは悪い感情を持ってはいないが、何故か遠慮も持っていないのだ。

「そういえば、ガイは今日の奉仕作業は終ったのか?」

「これが今日最後の仕事だ・・・」

疲れ切った顔でガイは、酒に呑まれているアカツキを指差す。
色々とアカツキが危ない発言をしていたのだが、ガイ自身が酷く疲労をしており、上手く思考が働いていない。
そしてアキトに的確なフォローが出来るような頭は無い。
ここでアカツキの正体がバレた場合、ガイの身の上に危険が舞い降りる可能性はかなり高い。
ナデシコ内でのヒエラルキー最下層に位置するガイは、何時処分を受けてもおかしくない状態なのだ。

このようにかなり危ない橋を渡っているガイだったが、持ち前の凶運により今日を生き長らえている。

「色々と便利に使われてるんだな」

「ま、自業自得なんだけどな・・・」

同情の眼差しでアキトがガイの肩を叩くと、本人も眠そうに目をこすりながら同意した。





北極での戦いが終った後。
ガイは格納庫でパイロットと整備班全員に土下座をして謝った。
そして、自分にどうか最後のチャンスを下さいと頼み込んだ。
プライドも見栄も全て捨て去り、誠心誠意に本当にパイロットを続けたいのだと語るガイを、ウリバタケは冷めた目で見ていた。

しかし、何より今は急ピッチで出撃した機体の修理やメンテナンスをする必要が有ったので、ガイを残したまま全員が仕事場に戻ってしまう。

ガイは人の気配が無くなった事を感じつつも、土下座をしたままその場から動こうとはしなかった。

そして、周りの視線に耐えながらの土下座が4時間に及んだ時、ウリバタケが愛用のスパナ片手にガイに近づく。
整備班としては、ウリバタケの行動が方針を決めると言って過言ではないので、チラチラとその挙動に注目していた。




――――――そして、問答無用のスパナの一撃がガイの頭に振り下ろされた。




無言のままガイは気絶し、床に崩れた。

「まったく仕事の邪魔だってのに、何時までも居座りやがって。
 まあ、その根性に免じてこれで一旦様子見としてやらぁ。
 ムネタケの奴がお前用の罰を用意してくれてるらしいから、後はその結果次第だな」

そう言いながらウリバタケは、物陰から覗き見をしていたヒカルを手招きし、気絶したガイを運搬用の台車に載せて後を託す。

「ちょ、ちょっと過激すぎないかな?」

まさか手加減無しのスパナの一撃が来るとは思っていなかったヒカルが、多少引き気味な笑顔でウリバタケに話しかける。
外見上はタンコブも出来ていないが、鉄の塊で後頭部を殴打された以上、何があってもおかしくない。

「別に問題無ぇよ、俺がスパナを揮えば頭蓋骨にヒビも入れずに脳を揺らす事も可能だぜ。
 整備のプロを舐めるなっての」

「・・・」

そういって自慢気にスパナを手の中でクルクルと廻すウリバタケ。
その特技に整備のプロとかは関係無いと思うけどなぁ、と思いつつもそれでガイが許されるならばとヒカルは愛想笑いをしながらガイを引き取ったのだった。

医務室には色々な意味で危ない人物が居座っているので、賢明にもヒカルはそのままガイを彼の自室に運んだ。





ムネタケがガイに課せた罰則は勤労奉仕だった。
しかも、その対象となるのはナデシコ全クルーであり、就労時間以外では頼まれ事を余程の理由が無い限り断れない、というモノだった。

その日以降、ナデシコ艦内のあらゆる場所にガイの姿が見受けられるようになった。
整備班と一緒にパーツの仕分けをしていたり、便所掃除をしていたり、女子風呂の掃除をしていて痴漢と間違えられたり。
医療室でベットに縛り付けられた状態で、悲鳴を上げている姿を目撃したクルーもいた。
ナデシコ食堂ではウェイターの真似事をして、利用者全員から顰蹙を買ったりもした。
プロスの部屋に引っ張り込まれて、書類整理の仕事を手伝いというか邪魔?をしたりもしていた。

そんなガイにとって、何が一番キツイかと言うと。

「ぎゃー!!」

「待て!!逃げるな!!」

「いや、普通逃げるだろ!!
 むしろ、このトレーニングルームから逃げ出さない自分を褒めてやりたい!!
 今なら子供の頃に見た、猛獣使いのサーカス団員の心境が良く分かる!!
 ライオンに追いかけられて泣いていた団員さん、あの時笑ってしまって本当にゴメンナサイ!!」

「・・・って、誰が猛獣だ!!」

「ぎゃー!!」

――――――殆ど手加減抜きのアキトの訓練に付き合うのが、一番堪えていた。

「おー、今日も派手に飛んでるねぇ」

「記録更新だね」

休憩中のアカツキとヒカルが、スポーツドリンクを飲みながら縦回転で空を舞うガイを眺めている。
リョーコとイズミは現在、シミュレーターにて対戦中。

「それにしてもヤマダ君も随分と丸くなったもんだね。
 僕が出会った当初は、尖った感じしか受けなかったけど」

「えー、以前と同じ状態に戻っただけだよぉ」

涙目になってアキトに抗議をしている姿を微笑みながら見てるヒカルが、アカツキの台詞に対して反論をした。
そんな二人の目の前に、ボロボロになったガイが落ちてきた。

「あー、スッキリした」

「俺は全然スッキリしないけどな!!」

アキトが良い笑顔のまま、マジ泣きをしているガイの怪我の手当てをする。

日々の特訓が効いてきたのか、手加減されているとはいえアキトの攻撃を受けても気絶しないだけのタフさを、ガイは身に付けつつあった。
それが幸福に繋がるわけではないところに、ガイの不幸さが窺えた。
ちなみに、あくまでも打撃に対する打たれ強さだけの話なので、愛刀を持ったアキトを目撃した日には本気で逃走をする。

この時の逃走に関してだけは、哀れと感じたのかムネタケも認めていた。

「さて次はシミュレーションでの特訓行くぞー」

「も、もうイッソの事、殺してくれ・・・」

項垂れて連れて行かれるガイに手を振りながら、心の中でエールを送るアカツキ達。
誰もが下手に声を掛けて、自分達もアキトの訓練に巻き込まれるのは御免だったから。





「軍に提出する報告書に、記録映像が必要無いのは本当に幸いだわ」

「全くですね」

一応、個人的な趣味で録画をしていた前回のアキトの戦闘場面を横目に、ルリは今回の戦果を振り返る。
ルリの隣に座っているエリナは、ちらちらとその画面を気にしつつ、今回の戦闘についての報告書に目を通していた。
報告書自体は既にムネタケによってミスマル提督に提出済みであり、エリナの手元に有る物はそのコピーだった。

現在のナデシコは安全な航路を次の目的地に向かっており、今は夜勤シフトとしてルリとエリナがブリッジに控えていた。
そして、暇潰しの一環として、エリナが前回の戦闘についての話題をルリに振った事から、この会話が始まった。

「戦艦一隻の戦果としても異常な数だけどね。
 チューリップ6つに無人兵器多数撃墜って、何処の大部隊の挙げた戦果なんだか・・・」

「うち、半数はアキトさん個人で撃墜してます」

「他人がこの話を聞いたら、絶対正気を疑われるわね」

予想を遥かに超える斬れ味に、自分達が用意した刃ながら戦慄を覚える。
アキトが味方だと分かってはいても、その戦闘能力にはどうしても危機感を抱かざるにはいかない。

「・・・それにしても、際限なく強くなっていくわね。
 こうなってみると、まだ出会った当初の彼には可愛げがあったわ」

「そうですね」

「これもルリちゃんにとって、想定内の事だったのかしら?」

「・・・意味が分かりません」

探りを入れてきたエリナの問いに、ルリは素っ気無く返事をする。
取り付く島もない感じだが、あのアカツキが何らかの交渉をルリと行っていると、エリナは確信していた。
秘書にして仲間とも言える自分に隠れて、コソコソと何をやっているのか気になる所だが、それを暴くのも一興と考えていた。
色々と探りを入れてるが、最近は言い逃れが上手くなったのか中々尻尾を掴ませない。

そこで、探る対象を替えてみたのだが。

ラピスやハーリーという存在を知った以上、長女という位置に当たる目の前の少女が、そんな生易しい存在であるはずが無い。

「直接ナデシコにまで乗り込んできた心意気を、少しは買って欲しいわね。
 これでも我が社の利益とは別にして、友人として気遣ってるつもりなんだけどね。
 最初はテンカワ君を、救国の英雄にでも祭り上げるつもりかと思ってたわ・・・
 でも、そうなると、ちょっとこの戦果は・・・逸脱しすぎなのよね」

もし、このアキトの異常なまでの戦闘能力を知っていた上での行動なら、ルリの目指すモノが何なのかをエリナは探り出そうとしていた。
自分の揺さぶりに対して、どんな反応が返ってくるのかとルリを凝視する。

「全くです。
 昔からそうなんですが、走り出したら周りの迷惑を気にせずに、一向に止まらない人ですからね。
 『あの時』もそうです、言いたい事だけ言ってさっさと逃げ出すなんて、何処まで無責任なんですか。
 後始末とかフォローがどれだけ大変なのか、一度思い知るべきなんです」

そこには、無表情ながら不機嫌全開という感じのルリが居た。
その瞬間、エリナは自分が地雷を踏んだ事を直感で悟った。

「・・・じゃ、私は自室で別の仕事があるから」

「ふふふ、逃がしませんよ?
 既にブリッジの扉はロックしました。
 それに夜勤中ですので職場放棄も許しません」



――――――大魔王はブリッジにも居た。







「ムネタケ提督のお陰で、何とか全員無事で勝利を拾えました。
 お礼を言うのが遅れてしまいましたが、有難う御座います」

「ふん、私は自分の命が惜しいから動いたまでよ。
 まあ感謝してくれるって言うのなら、何処かで返してくれればいいわよ」

「って言ってるけどな、本当はお礼を言われて照れてるんだぜコイツ」

「・・・アンタは黙ってなさい」

最近、恒例となりつつ格納庫でのウリバタケとムネタケの愚痴大会に、何故かジュンが姿を現した。
そして前回の戦闘時に機転を利かせて、ガイを送り出してくれた事に礼を述べた。
ジュンとしては能力的にムネタケに劣っていると思っていない。
だが、人の心の機微について、自分は余りに無頓着だったと、前回の事で深く反省をしていた。
その点についてフォローをしてくれたムネタケに、ジュンは本当に感謝をしていたのだ。

そのお礼を受けて最初は驚いた顔をしたムネタケは、その後でソッポを向いて何時もの憎まれ口を叩く。
しかしその態度について、ウリバタケが余計な注釈を加えた為、上手く誤魔化す事は出来なかった。

「それにしても、あのパイロットはつくづく扱いに困るわねぇ。
 パイロット本人はボケボケだし、武器の方は融通が利かないみたいだし。
 それで、次の出撃までに機動兵器の整備と調整は間に合いそうなの?」

「あー、無理無理。
 機体は以前の状態には何とか戻せるけど、あの馬鹿が全力を出せるように改修するのは無理だ。
 精々6〜7割の出力で我慢してもらうしかないな」

「・・・それでも十分にお釣りが来る戦闘能力なんですけどね」

ウリバタケの発言を聞いて、引き攣った笑みをジュンは浮かべる。
シミュレーション上ではその無双振りを十分に知っていたが、現実で再現をされるとその脅威を見せ付けられ、背中に冷たい汗が流れた。
そして自分が予想していた戦力を、実際には上回っている事に戦慄した。

「それは十分に分かってるけどよ、整備を預かる人間としては、戦場に向かう奴には十全の力を発揮できる機体を与えてやりてぇじゃねか。
 ましてや命を賭けた戦場なんだぜ、アイツが全力を出せる状態にしてやるのが・・・本当なら当然の話なんだよ」

現状では叶わぬ夢と分かってるけどな、小声でそう呟きながらウリバタケは緑茶の缶を口に当てる。
何となく黙り込んでしまった一堂は、ジュンが手土産として持ってきた饅頭を食べながらそれぞれの考えに没入した。

「でも、それが本当に良い事なのかしらね、飛び抜けた存在っていうのは何時の世も疎まれるものよ。
 ましてや、今でもその壊れ具合の桁が違うんだし」

「そりゃあ・・・まあ、な・・・」

ムネタケが呟いた言葉に反論をしようとして、ウリバタケは言葉を飲み込んだ。
実際にその胸中を聞いた訳ではないが、ジュンは何となく予想が出来た。

単純に『怖い』のだ、テンカワ アキトという強すぎる存在が。

アキトは現在の機体とDFSでも、十分にナデシコに伍する強さを持っている。
その強さは頼もしい限りだし、どんな困難な命令にも愚痴を言いながらも完全にこなしてくれている。
軍という体面を持つ以上、上司からの命令に逆らうような素振りは見せてこなかった。

だが、個人の感情でその武力が振るわれ出した時・・・ジュン達にはアキトを止め得る方法は、何処にも無い。

「やーやー、どうしたの皆さん暗い顔して?
 次の目的地は南国のリーゾト地なんでしょ、明るく行こうよ。
 青い海、澄み渡った空、そして水着姿の美女!!
 ナデシコの女性クルーは揃って綺麗どころだからね、もう楽しみで仕方が無いよ」

「・・・・・・むしろお前はどうしてそんなに明るいんだ?
 先日までは、濁りきった瞳で僕達を見ていたくせに。
 ついでに言わせてもらえれば、目的地に着くのは数日後だぞ?」

脈絡も無く整備班の詰め所に現れたアカツキを、ジュンが冷めた目と口調で迎える。
同年代のせいか、馴れ馴れしい態度を当初から取ってくるアカツキに対して、ジュンは少し苦手意識があった。
今までの付き合いのある友人には居ないタイプなだけに、どういった態度で接すればいいのか分からないのだ。

そんなジュンの心の動きなどとっくにお見通しのアカツキは、気軽にジュンの肩を叩きながら話を続ける。

「いや、僕って基本ネガティブ思考が続かない体質なのよ。
 南国ビーチが待っていると知れば、もう落ち込んでなんかいられないよ!!
 それに皆さん、どうせテンカワ君の事で悩んでるんでしょ?
 分かるよ・・・僕も一時期、大いに悩んだからね」

その言葉と表情を見て、全員の共感を得たアカツキは無言でお互いに拳を打ち合わせて、その場に参加する事を許されたのであった。

年齢を超えた不思議な絆がそこにはあった。






格納庫内でアキトが整備班と一緒に愛機の手入れをしている時。

「テンカワー、イネスさんが呼んでるぞー」

「分っかりましたー」

後ろからウリバタケが大声で、イネスが訪問してきた事を伝える。
イネスが訪問してきた理由について、心当たりがあるアキトは嬉しそうにイネスの元に急いだ。

「イネスさん、例のモノが完成したんですか?」

「そうよ、アキト君お待ちかねの例のモノを持ってきたわよ」

そう言ってイネスは笑顔で白衣のポケットからディスクを取り出し、アキトにそのまま手渡した。

「使用方法その他はウリバタケ班長に、既にマニュアルを渡してるから、後はこのディスクを機体にインストールするだけよ。
 基幹システムについてはオモイカネにアップロードしてるから、ルリちゃんに頼めば機体に反映してくれるわ。
 これでアキト君の戦闘能力は更に激増間違い無し。
 ふふふふ、今の素の状態でもDFS一本であの戦果ですもの・・・何処まで行けるのか楽しみね」

「あの、イネスさん、目が怖いです・・・寝てないんですか?」

良く見ればイネスの目元には凄い隈が出来ていた。
今も足元がグラついており、実は限界ギリギリだという事が良く分かる。

「そうよ、ルリちゃんが前回の戦闘で危機感を増したのか、随分と急かしてくれたから全然寝てないの。
 でもこれで一段落ついた筈だし、もう眠っても良いわよね?
 ・・・いえ、もう此処で寝るわ」

「ちょっ、イネスさーん!!」

アキトとの会話中に意識を失い、格納庫に倒れる所を急いで抱きとめる。

こんな状態になるまで研究を続けてくれたイネスに、アキトとしては感謝の念は絶えない。
だが、その満足そうな寝顔を見る限り、きっと本人の趣味も含まれているんだろうな、とアキトは思った。

そして、それとは別に思ったより軽く女性特有の柔らかさを感じ、顔を赤らめるアキトだった。

「仕方が無い、ウリバタケさんこのディスクを・・・」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!何じゃっこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「し、信じられないシステムっすね班長!!」

「すげぇ!!ぱねぇ!!
 何だこのエネルギーゲインの増幅率!!有り得ねぇぇぇぇ!!」

「よっしゃ!!手前等!!今日は徹夜だ!!
 早速テンカワの機体にこの『バーストモード』を仕込むぞこら!!」

「「「がってんでぇい!!」」」




「・・・邪魔しちゃ悪いな、うん」

余りに熱く燃え上がっている男達を見て、アキトはコソコソと幸せそうに眠るイネスを連れて格納庫を去ったのだった。








深夜のナデシコ食堂にて、プロスとジュンとガイという異色のトリオが揃って夜食を取っていた。
事の経緯としては、プロスの書類仕事にガイが強制的に連行され、そのガイがジュンに助力を泣きついたのだ。

そして、人の良いジュンに友人の頼みを断る勇気は持てなかった。

「まあ、予想通りにアオイさんを巻き込めたので、予定より早く仕事が終りましたよ。
 お礼にとっておきの夜食をご馳走しますので、食べていって下さい」

上機嫌でお気に入りのお茶漬けと、秘蔵の漬物をプロスが用意する。
ナデシコに乗船してから、言う事を聞かないクルーに、ぶっ飛んだ戦闘員に、オチャラケ上司まで乗り込んで来たので胃に優しい食事を好んでいるのだ。

テーブルに並んだそのラインナップを見て、ジュンはそっと心の中でプロスに合掌した。

「やっぱりダシに使われてるぞ、ガイ?」

薄々感じてはいたので、特に怒る事も無くガイに意見を求めるジュン。

「あんな書類の山に埋もれて死ぬ位なら、出涸らしになってもダシにされた方が良い」

此処最近の奉仕活動で色々と吹っ切れてしまったのか、悟りきった表情でガイが返事をした。
以前のように暴走をしてもフォローをしてくれるヒカルやアキトが居ない為、各部署でガイは徹底的に怒られ続けた。
そして、パイロットという仕事がいかに沢山の人達のフォローによって成り立っているのか、身をもって実感をしたのだ。

奇しくもそれは、アキトが地球に居た時にネルガルで実感したモノと同じだった。

「ははは、少しは落ち着いたという事ですかな?
 まあ、破いてしまった書類を一字一句間違いなく手書きで複写させたのが、効いたみたいですな。
 あの時はマジ泣きが入ってましたねぇ」

「・・・そんな事をしてたのか?」

「・・・ああ」

素直に頷くガイに、一体どんな書類を複写したのか聞きたい衝動に駆られたジュンだが、震えるガイと笑顔のプロスを見て諦めた。
きっと絶対、碌な事にならない、と珍しく本能が告げていたからだ。

「それにしても、ムネタケ提督も面白い罰を考えますね。
 確かに自分がどれだけ周囲に迷惑を掛けたのか、身に染みて実感できる方法です。
 何より人件費がタダというのが嬉しい限り」

「こっちは、タダ働きほど疲れる仕事は無いと身に染みたよ。
 まあどれだけ迷惑を掛けていたのか、嫌でも実感出来たのは良い事だけどよ」

奮われた茶漬けを漬物と一緒に食べながら、しみじみとガイが呟いていた。
実際の話として、毎日クタクタになって廊下を移動しているガイを見て、クルー達の怒りも鎮火傾向にあった。
そこにはウリバタケなどが意図的にガイを厳しく叱るなどして、他のクルーからの同情を集めていたお陰でもある。

もっとも、当事者たるガイにはそこまでの機微を察する能力が無いので、その有り難味を今は実感していなかった。

「そうそう、その事で気になっていたんだが、あの時にムネタケ提督とどんな話をしてたんだ?
 今だから聞けるけど、当時は人の話に耳を傾けれるような状態じゃなかっただろう?」

「あー、あの時は酷かったぞ・・・最初に言われたのは『見苦しいから死んできなさい』だったかな」

「「・・・」」

流石に予想外の台詞だったため、プロスとジュンの動きが止まった。
そんな二人を見て苦笑をしながら、ガイは説明を続ける。

「色々な意味で絶句するだろ?
 その後でこうも言われた『あんた、負け犬にさえなれてないわよ』ってな。
 俺が色々と足掻いていた理由を、アキトの奴には理解出来て無いんだって教えられた。
 無視されていた訳じゃなく・・・本当に分かって無かったんだよなぁ、アイツにはよ。
 レベルが違いすぎるっていうのも、此処まで来ると笑えるぜ。
 その上、あのDFSだろ?」

あそこまで突き抜けられると、もう笑うしかねぇや。
吹っ切れた顔をしたガイは、そう言いながら漬物を美味しそうに頬張る。

「そうそう、提督の話はその後も続いたな。
 ああいう突然変異みたいな天才は、秀才や努力型の人間のやる事を理解出来ない。
 だから俺達みたいな凡人は、その天才を拒否するか利用する事を考えろ、ってな。
 ・・・もし、士官学校の同期にあの艦長が居たら、どんな手を使っても陥れてる、とも言ってたな」

「・・・」

思い当たる節があるのか、ジュンはガイの話を聞いて顔を俯かせてしまった。
そんな二人を視界に収めたまま、プロスは何でもないかのように箸を進める。

「お互いの物差しが違い過ぎるんだ、そりゃあすれ違うだろうさ。
 それでも、アキトの奴はダチだ。
 ナデシコクルーが暴走した俺に愛想を尽かしても、アイツとヒカルだけは俺を庇ってくれてた。
 アイツが握ってくれた握り飯は、どんなに心が冷めていても美味かった。
 そいつのピンチなんだ、プライドを捨てるくらいには吹っ切れたさ」

「まあ、悪い方向にプライドを捨てるよりは良いですな」

「提督には天才に恩を売るチャンスよ!!って、格納庫に向かう途中で背中を叩かれたけどな」

実にムネタケらしい発言に、思わず三人の間で笑い声が上がる。

「・・・でも感謝してるよ、あのままナデシコを降ろされてたら。
 俺は一生負け犬にさえなれなかったもんな」





ブリッジに主要なクルーが揃っている中、ムネタケが次に軍から受領した命令について説明を行っていた。
名目は調査となっているが戦闘の可能性もある為、今回からはパイロット連中もその場には参加していた。

前回の戦闘で全員にハブられたアカツキが、パイロットもブリーフィングに参加するべきだと力説した結果だった。

「今回の軍からの指令は、地上に落ちた休眠中と思われるチューリップの調査及び捕獲よ。
 もっとも調査中に稼動をしだしたら、目標の破壊を優先してもいいそうよ。
 何しろ世界中に休眠中のチューリップは有るからね」

ちょろい任務よねぇ、と嬉しそうに笑うムネタケ。
ブリッジクルー達の表情にも、ナデシコのグラビティ・ブラスト以外にチューリップの破壊手段を得た今では余裕が窺えた。

「そう言う訳で、テンカワはチューリップの調査中はナデシコで待機よ。
 調査員に何か有った時に、アンタの機動力は心強いから」

「了解しました」

『戻る』前とは違った展開だなぁ、と思いつつもその命令の正当性を認めたアキトは、素直にムネタケに返答した。

「えー、じゃあ私もナデシコに残ろうかなぁ」

「そんな、何を言ってるのよ艦長!!
 折角リゾート地に来たのよ、勿体無い事言わないの!!
 テンカワ君も提督の命令に素直に頷いてないで、少しは反抗したら?
 ほら、ルリルリの水着も用意したるんだから」

「・・・ミナトさん、何時の間に」

「あ、私もミナトさんと一緒にルリちゃんの水着を選んだのよ。
 まさか戦艦に乗り込んで、リゾート地に行くなんて思わなかったから、この前、通販で皆揃って買っておいたの」

「ちなみに私は自前で持参してるわよ」

上から順番に、ユリカ・ミナト・ルリ・メグミ・エリナの発言だった。
そのまま女性陣はルリを囲んだ状態で取り押さえ、水着について話の花を咲かせる。
ヒカルもその話に興味を持ったのか、渋るリョーコを捕まえて会話に参加していった。
イズミは特に何を言う事も無いが、無言のままそんな二人に付いて行った。

「・・・まあ、仕方ないからテンカワも調査が始まるまではビーチに出てもいいわよ。
 今までの報告だと、休眠中のチューリップは下手に刺激しない限り活性化しないそうだから」

「はぁ、良いんですか?」

「アンタ分かってないわね、結託した女性は怖いのよ・・・本当に」

滅多に見れない真剣な顔で、アキトに注意をしてくるムネタケに、過去に本当に何があったんだ?と逆にアキト達は興味に駆られるのだった。






戦艦とは思えない賑やかな一行を乗せたナデシコは、その後は大きなトラブルも無く無事にテニシアン島のビーチに到着した。
全員が予想していた通りの南国のビーチに、テンションが上がる一方のクルー達は一斉にビーチに飛び出す。

「うぉぉぉおぉお、重くて動けん・・・」

そんな中、女性陣の用意した大量の荷物と、ウリバタケが趣味で持って行こうとしている屋台の資材に埋もれて、ガイが怨嗟の声を響かせる。

「・・・手伝ってやるよ、ガイ」

「すまんな、助かるぜ親友!!」

荷物の山と同化しているガイを不憫に思い、アキトが手伝いを申し出る。
しかし、一歩踏み出す前にその手を掴む存在が居た。

「そうそう手伝っては駄目です。
 あんなのは、一度に運んで楽をしようとするから動けないだけです。
 ちゃんと小分けにして運べば問題は有りません。
 何より、ヤマダさんに対する罰にならないじゃないですか」

「あー、うん・・・そうだね」

ルリの金色の瞳に正面から見詰められ、反論が出来ないアキトはそのまま連行されていった。
残されたガイは一人こっそりと涙を拭った後、もくもくと荷物を小分けにして運び出すのだった。



「ふと気になったんだけどよ、ここって無人島なのか?」

ガイが運び込んだ屋台を組み立て、早速ヤキソバを作りながらウリバタケは屋台前でカキ氷を食べているムネタケに話を振る。
ちなみにガイは荷物運びが終った後、パラソルの下でくたばっていた。

「いやいや、この時代に手付かずの無人島など有る筈が無い。
 このテニシアン島にもちゃんと所有者が存在しますよ」

「ナデシコが停泊する許可も貰っている」

カキ氷の一気食いで頭痛に苦しめられているムネタケの替わりに、テーブルで向かい合って将棋をしていたプロスとゴートが返事をした。

「おお、そういう事なら俺達以外に人は居ないな。
 そうなると、綺麗に後片付けをしてりゃあ、何をしても怒られねぇって事だな!!」

リゾート用の島を所有する金持ちなら、既にこの島からも脱出しているだろうと思い、この後の予定をウリバタケが上機嫌で考え出す。
この時、ウリバタケの頭の中では、夜の花火から肝試しまでの様々なプランが組み立てられていた。

そんなウリバタケの暴走をプロスが一言で押し止める。

「居ますよ、オーナーとその護衛の方が多数、この島にね」

「おいおい、マジかよ!!
 何時動き出すか分からないチューリップが、目と鼻の先にあるんだろ?」

「・・・まあ、色々と問題が多い事で有名な方ですからねぇ。
 軍も退避勧告とチューリップの調査許可を、何度もその方に依頼しているのですが。
 結局相手にして貰えなかったそうでして、その方の調査交渉についてもこちらに丸投げとなりましたよ」

そう言って溜息を吐きながら、プロスは将棋盤に勢い良く駒を打ち付けた。

「ぬっ」

「権力を持った人間には、変わり者が多いですからね。
 さて、待ったはもう無しですよ?」






「アクア=クリムゾン、この女性がこのテニシアン島のオーナーです。
 まあ、財界では色々と問題が有る事で有名なお嬢様なのですが、こちらとしても切り札が有りまして」

「へぇ、その切り札ってあそこで猿轡されて、簀巻きにされて、あの自称見習いコックに担がれて運ばれてる人かしら」

「まさにその通り」

肌を焼く陽気を嫌い、パラソルの下で暢気に会話をしながら、ムネタケとプロスが目の前を横切っていく二人を見送る。
そこでは水着にパーカーを着たアキトが嬉々として、じたばたと抵抗をするアカツキを軽々と肩に担いで移動する姿があった。

そんな二人を見送りながら、二人は塩を振ったスイカに齧り付く。

きっと、アカツキが猿轡をされていなければ、色々と危ない情報が口から漏れていた事だろう。

「・・・ま、私からすれば任務さえ遂行できれば文句は無いんだけど。
 どう見ても人攫いにしか見えないわね、アレ」

「・・・結果が出れば文句は出ませんよ、多分」





喧嘩友達が親友によって売り飛ばされようとしている事など知らず、ジュンは別の意味で危機に陥っていた。

「ジュンさぁん、早くオイル塗って下さぁい」

甘えるような声でそう責めるメグミの横で、ジュンは何故自分は此処に居るのだろう、と馬鹿な事を考えていた。
そんなジュンの姿を隠れる気の無い女性陣の面々が、近場に生えている雑木林の下で楽しそうに観察をしている。

勿論、その女性陣の中にはジュンが思いを寄せるユリカも含まれていた。

「駄目ね、完全に動きが止まってるわあのヘタレ」

「根性がねぇなぁ、ヘタレの奴」

「根性もそうだけど度胸も無いよね、ヘタレの場合」

背後から聞こえる三人娘の罵声に、ジュンの肩がビクリと震える。

「あれって頼む女性の方も、結構勇気が必要なのよねぇ」

「そうなんですかエリナさん?」

「まあ、ルリルリ位の年だと、それほど抵抗は無いと思うけどね」

「そう言えば、エリナは何時の間にルリルリと仲良くなってたのよね?
 この娘、結構警戒心が強いはずなのに」

「・・・あははは、お互いに一晩中愚痴を言い合った仲なのよ」

「ふ〜ん・・・ま、仲が良いんだったらいっか。
 ところで、ジュン君が何時メグちゃんに触れるか賭けをしない?」

「あ、私は時間切れにジュース一杯」

「私はメグミさんが脱水症状を起すに、アキトさんのラーメン一杯」

「・・・賭けにならないわね」

好き勝手な事を言われているが、やはり反論が出来ずに硬直をしたままのジュン。
事態は既にメグミとジュンの我慢比べへと移っていた。






「この扱いは余りに酷すぎるだろ!!」

「だって拘束を解いたら、絶対に逃げるだろ?」

「当たり前だ!!」

森林に入れば流石に猿轡は必要無いと判断をしたのか、アキトは肩の上で暴れているアカツキの口を自由にした。
大きな原因は、アカツキが騒ぎすぎて酸欠状態に陥り、顔色が青くなっていた為だった。

「ビーチに行く前に、ルリ君やエリナ君が僕を見て笑ってたのはこのせいだな?
 そういえば何となくプロスさんからも、同情的な目で見られてた!!
 というより、一番楽しんでるのは君だろう!!」

「そこで危険に気付ければ良かったのにな、修行が足りないぞ?」

「何、他人事のように言ってんの!!」

「だって他人事だし」

そんな馬鹿騒ぎをしながらも、アキトは自分達を囲んでいる人の気配を感じていた。
元々、『戻る前』の記憶からも此処で手を出してくる事は無いと思い、手元に愛刀は持ってきていない。

――――――しかし、その事を今は少し後悔していた。

「・・・出来る奴が一人居るな」

「・・・マジ?」

「ああ、戦闘になれば梃子摺るかも」

アキトの戦闘能力については誰よりも知っているアカツキは、その発言を受けて背筋に冷たい汗を掻いた。
この戦闘馬鹿が負ける姿はそうそう思いつかないが、梃子摺るようなレベルの存在がこの島に居るという事に驚いたのだ。
何だかんだ言いながらも、何か有った時はアキトと逃げ出せば問題無いと考えていただけに、その情報には心底驚いていた。

「まあ、先方には許可を得る為に顔を出す、という話は通してるらしいし。
 よっぽどの事が無い限り、戦闘になんてならない筈だろ?
 上手く口説いて、ご機嫌を取ってくれよな」

「え、何気にプレッシャー掛けてる?」

今度は顔色を白くしたアカツキに、アキトは獰猛な笑みでもって回答した。






「二人揃って日射病ね、何を好き好んでリゾート地で我慢大会をしてるのだか」

目の前で唸っている馬鹿二人に、イネスが溜息を付きながら診断結果を告げる。
そんな二人を医務室に担架で運んできた雑用係のガイは、今は涼しげに空調の下でアイスコーヒーを楽しんでいた。

「ちょっとヤマダ君、どうしてこの二人が揃って日射病になってるの?」

「だから俺の名前はダイゴウジ ガイだ。
 えっと、二人が倒れた理由は、何でも男と女の駆け引きの結果、ドローで終ったから・・・ってミナトさんが言ってたぞ。
 ちなみに俺は木陰でくたばってたから、現場は見てないからな」

「・・・アオイ君に、ヤマダ君並の鈍感さと身体の丈夫さがあればねぇ」

イネスの発言の意味が分からずに首を傾げるガイを横目に、イネスは素早く運び込まれた二人の状態を診察した。
安静にしておけばそれほど酷い事になりはしないが、明日からは凄い日焼けに悩まされるだろうと判断した。

その時の事を見越して、痛み止めのクリームで用意をしておこうとイネスは思った。

「急を要する症状でもないし、二〜三時間このベットで寝ていれば気が付くでしょ。
 折角だし、ヤマダ君も泳いできたら?」

「一人で泳いでもつまらねぇし、別にいいよ。
 それよりも先生は行かねぇのかよ?」

「あまり日に焼けたくないのよ」

「ああ、先生もいい年だもんな」




















1時間後、格納庫の片隅で極限の恐怖に震え、まともに言葉が話せない状態のガイをヒカルが発見した。
ある意味では豪胆なガイが『ナニ』と遭遇をし、そのような状態になったのか知人達は揃って知りたがったが、ガイがその真実を話す事は一生無かった。





「なあ、あそこで縮こまって震えてるのって・・・ヤマダ、だよな?
 隣にヒカルの奴も居るし」

「ええ、何やらかなり酷い目にあったみたいね」

唯一、ウリバタケの出店でまともに食べられるソフトクリームを食べながら、木陰で休憩をしていたリョーコとイズミ。
目の前ではユリカとルリ、ミナトとエリナのという異色ペアがビーチバレーをしている。
片方のペアが圧倒的に有利だと思われたが、意外な運動神経の良さを発揮するユリカと、演算でコースを割り出しているのか的確にボールを拾うルリは健闘をしていた。

ガイとジュンを除く男性クルー達は、魅惑的な肢体を持つ三名の動きに目が釘付け状態だ。

「ウチの残りの男連中が居ないわね?」

「あ、ああ、そうだな」

しきりに左右を見渡しているリョーコを見て、苦笑をしながらイズミが話しかける。
同姓から見ても、目の前で遊んでいる艦長達は魅力的だと二人は思っている。

しかし、そんな女性達に思いを寄せられている男性は、何故かその姿を見つける事が出来ない。

「まさか、本当にナデシコで待機してるのか?」

「アカツキ君と馬鹿騒ぎをしながら降りていくの見たから、それは無いはずよ。
 帰っていった姿も見てないし。
 案外、ヤマダ君に聞けば知っているかもしれないけど・・・あの状態じゃあね」

使えない・・・という視線をガイに向ける二人。
そんな視線を感じたのか、縮こまっているガイの肩が更に大きく震えた。

「せっかくリョーコが水着なんて珍しいモノを着てるのにねぇ」

「べ、別に俺だって水着の一つや二つ持ってるよ!!」

「ふーん」

ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるイズミの頭を叩こうと腕を振るが、ニヤニヤと笑みを浮かべたイズミは軽く避けてみせた。
子憎たらしい顔に手持ちのソフトクリームを投げつける誘惑に耐えながら、リョーコはユリカ達の戦いに目を向ける。

その時、綺麗なフォームでスパイクを決めるユリカの姿が目に映った。

それが決勝点だったのか、ルリを胸に抱きかかえて嬉しそうに砂浜で跳ねている。
抱きかかえられたルリの手足が痙攣しているような気もするが、男連中は羨ましそうにその姿を見ていた。

「幼馴染、か・・・」

そう呟いたリョーコに何か言おうとして、イズミはそのまま黙り込んでいた。






「じゃ、これ薄型の防弾チョッキ、パーカーの下かシャツの下に忍ばせて。
 そんでもって、一応の護身用ナイフ」

「はいはい」

次々とアキトから手渡される装備を、文句を言いながらもアカツキは手早く身に付けていく。
この手の作業については、嫌というほど基礎訓練として仕込まれているので、無意識の内に行えていた。

「で、これが今回の勝利の切り札『解・毒・剤☆』だ。
 一応、イネスさんに確認した所、現在確認されている毒物なら、採取後数分以内に服用すれば助かるらしい?」

「何で疑問系なのさ」

「・・・いや、良く見るとネ。
 タブレットにイネス印が付いてるからネ」

「絶対、薬事法違反だよネ、ネ?」

「「・・・」」

「無いよりマシだろ」

「死んだら化けて出てやる」

「幽霊呼ばわりされた事はあったが、ホンモノを見た事無いからな、楽しみにしてるよ」

ナンダソレ、オボエテロヨー!、と捨て台詞を残してアカツキは目の前に有る、立派な別荘に入っていった。
その背中には悲壮な決意が見えた。

それを笑顔で見送った後、アキトは周囲を一度見回す。

アキトが気配を探ったところ、目の前の別荘には人一人分の気配しか感じ取れなかった。
アカツキにもその事は伝えてあるので、後は本人が上手くやるだろうと信頼する事としたのだ。

「結局、仕掛けてはこなかったな・・・
 この場には居ないのか『真紅の牙』」

鋭い眼差しで雑木林の一点を見据えた後、アキトは別荘の入り口に寄りかかって目を閉じた。






「おいおい、何だよあの化け物?
 命令違反の罰でつまらない仕事を割り振られたと思ってたが、こりゃあ予想以上に楽しめそうじゃないか」

気配を殺して尾行をしていたはずなのに、事も無げにアキトに見つけられ驚く。
その黒服にサングラスをした長身の男は楽しそうに笑った後、一旦その場から音も立てず離れるのだった。









――――――楽しいバカンスは終わりを告げようとしていた。




 

 

 

 

第十話その2に続く

 

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