< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

第十話 その2

 

 



2197年10月

スバル家の道場の片隅で休憩中のハーリーは、持参したスケッチに鼻歌混じりに何かを書き込んでいた。
流石の鬼師匠も身体の出来ていない6歳児に無茶はさせないらしく、アキトに比べてラピスとハーリーの稽古はまだ常識的なものだった。

「あら、ハーリー君は何を書いているの?」

休憩時のお茶を運んできたカナデが、お茶をユウに手渡した後でハーリーの手元を覗き込む。
そこには様々なアイデアを書き込んだ、子供らしいヒーローお約束の必殺技の名前と、不釣合いなほどに理路整然とした記号が乱立していた。
そのあまりのアンバランスさにカナデは少し目眩を覚えた。

「えっとですね、DFSのエネルギーを一定の方向に収縮する事で、様々な現象を引き起こそうとしてるんですよ。
 この理論が完成すれば凄い事になりますよぉ、まさにヒーロー爆誕ってやつです!!
 欠点としては現状のインターフェースでは処理が追いつかない部分があるので、使い手に超絶な技量が求められという所でしょうか?
 もっとも、そんな高いハードルをテンカワさんは何とかしてくれると、僕は信じてますけどね!!
 次のアップデートまでには何としてでも間に合わせるつもりです。
 それにしても、何故か師匠の竹刀で打ち込まれると、こういう凄く良いアイデアが閃くんですよねぇ」

ほら、この計算式なんか芸術的でしょ?と自慢げに数ページに及ぶ訳の分からない数字と記号の羅列をカナデに見せる。
言い訳になってしまうがカナデの頭は残念な方ではない。
そこそこの大学も出ているし、そもそも旦那とはその大学で知り合い学生結婚をした仲だ。
話が逸れてしまったが、そんなカナデから見ても、ハーリーの見せてくれたモノは子供の書いた悪戯書きにしか見えなかった。

「・・・御免なさい、おばさん、色々な意味で理解できないわ」

「そうですか?残念です」

力なく首を左右に振った後、責めるような眼でこの事態を引き起こした実父を見つめる。
それと同時に、ユウはカナデの視線を避けるかのように道場の天井に眼を向ける。

「カナデ、師匠は悪くない」

「あら、ラピスちゃん」

可愛らしい胴着を身に着け、長いピンクの髪を後ろで纏めたラピスがユウの援護に入る。
意外にも強面のユウに懐いており、ユウも悪い気はしないのか何かと可愛がっている。
今やスバル家のアイドルと化しているラピスだった。

そして、カナデとしてもそんな風に溺愛している子供からのフォローに、一応の矛先を収める。

「ラピスちゃんの言う事だから信じておきますけど、あまり人様の子供に変な影響は与えないで下さいね」

「う、うむ」

本当に無実?のはずなのだが、下手に反論をすると後々まで五月蝿い事を知っているユウは、手短に頷いてこの話を打ち切った。
ユウも自分の妻に似て強情なカナデが、日常生活において少しばかり苦手だったのだ。

そして、後でハーリーに三割り増しの稽古をしてやろうと、内心で決意した。

「おおう、また一つ凄い業を思いつきましたよー」

自分の才能が怖いね、とお気楽な発言をしつつハーリーのスケッチには今日もまた、不思議な数式や記号が追加されていく。






「一度私の手料理を食べられた方に、もう一度お会いするのは『初めて』ですわ」

「ハハハハハハ、色々ナ意味デソウダロウネ」

「はっ!!
 これは、もしかして・・・運命の出会いというものでしょうか?」

「・・・イヤ、ドウダロウネ?」

「まずはテラスでお茶にしませんか、お気に入りの紅茶を持参してますの」

「・・・ソレハ楽シミデスネー」

恐怖に震える膝を必死に押え付けながら、アカツキはその足を一歩地獄へと踏み出した。
内心では、そもそも事後承諾で良かったんじゃない?
というか、軍令を盾にして、強行調査したらいいんじゃない?
やっぱり、コレって逃げ出してもいいんじゃね?と色々と思いながら。



「覚悟完了したみたいだな」

微かに聞こえてくるアカツキ達の会話に耳を傾けつつ、アキトは周囲の警戒を続けていた。
ついにアクアの手料理に手を出すのか、と勇者アカツキの冥福を祈る傍ら、自分を誘っている気配を敏感に感じ取っていた。

個人的にはその誘いに乗りたいアキトだったが、流石にアカツキを一人で敵地に置き去りには出来ない。
あんな奴でも親友である。
そんな失礼な事を考えつつ、相手の誘いにあえて気付かない振りをしていると、意外な人物の気配を感じ取った。

「あれ、ゴートさん?」

「待たせたな、テンカワ」

この暑い中でも仕事着とも呼べる黒スーツを着たゴートの登場に、流石にアキトが驚く。
アキトの目の前に辿り着いた時には、顔中に汗を掻いた状態になっていた。
シークレットサービスの人達は、このスタイルに何か深い拘りが有るのだろうか?とアキトは内心で首を傾げた。

「暑そうですね」

「暑いに決まってるだろうが」

自分で質問をしておいてなんだが、真顔で返事をされて対応に困るアキト。

それにしても、『戻る』前の時には確か自分がアクアの別荘に一人で迷い込み、誰も救出には訪れなかったはずなのだがと考え込む。
だが、臨時パイロットとネルガル会長では、重要度が違いすぎるかとアキトは内心で納得した。

「ミスターからの命令でフォローに入らせてもらう。
 会長に何かあれば、折角纏まってきたネルガル上層部が瓦解しかねないからな。
 幸いな事に、この島に配属されたクリムゾンの手下には、大した腕前の奴は居ない。
 ・・・それとは別に、相手のアクア嬢の意図がまるで読めんがな」

アキト達は前回の記憶からアクアの馬鹿げた独り善がりの願望を知っているが、他のクルーは知る由は無い。
確かに傍目から見ればアクアは危地を好む、物好きな金持ちの女性にしか見えないだろう。

――――――真実は、一人で死ぬのが怖いので心中相手を探している地雷女なのだが。

「確かにその通りですね。
 では、ちょっと俺は誘ってきてる相手の様子を見てきます」

「ぬ?」

「ゴートさんでも気付かないほどの使い手が一人、あの護衛集団に紛れ込んでるんですよ」

そう言い残して、アキトは楽しそうな笑みを浮かべた後、林の中に姿を消して行った。






「や〜っと、誘いに乗ってくれたな。
 このまま放置プレイされるのかと思って、戦々恐々だったぜ。
 さて、一応業務上の決まり事なんでな、名前を聞いておこうか?」

「知らないのか?」

誘い出された空き地には、長身痩躯に短く刈り揃えられた黒髪、顔にはサングラスをした男性が待っていた。
『真紅の牙』からのアプローチだと思い込んでいたアキトは、自分の名前を知らないという男に対して思わず逆に尋ねていた。

「・・・なら、お前は『真紅の牙』の所属じゃないんだな?」

一気にやる気が削げるのを感じつつ、一応の確認をアキトは行う。
その言葉を来て一瞬意外そうな表情を男はするが、次の瞬間には楽しそうに笑いながら否定した。

「いや、思いっきり所属してるぞ。
 しかもこの島の護衛部隊で『真紅の牙』の所属は俺だけだ。
 まあ此処最近、回覧板や周知メールを無視してるからな、お前さんの事は知らなかったよ。
 しっかし、俺があの悪名高い『真紅の牙』のメンバーと知って、誘いの乗ったのか?
 こりゃあ面白い奴と出会ったもんだ」

「・・・そうか。
 それなら、叩きのめした後で色々と聞きたい事がある」

「へへへ、それが出来たら、その時は正直に話してやるよ」

突如豹変したアキトの雰囲気に飲まれる事無く、サングラスの男はグローブを嵌めた拳を構えた。





弾き飛ばされた身体が空に浮いている間に、勢いをつけて足を振り空中で体勢を整える。
何とか足から地面に着地し、素早く飛び退き相手との距離を取る。

「かぁ〜、やっぱとんでもねぇ化け物だな。
 楽しいねぇ、全く!!」

「上手く逃げるもんだ、こっちも感心してるよ」

力・速度・技量、その点においてはアキトは目の前の男を上回っていた。
対峙してからの数手の攻防で、その事はお互いに直ぐに理解した。

だが、そこからは経験の差が出た。

何とかして男を口が聞ける状態で制圧したいアキトに対して、相手はその思惑すら考慮した上で攻撃を捌く。
どうしても止めが甘くなるアキトの一撃を、男はギリギリで回避し続ける事に成功していた。

しかし、そんな綱渡りの様な均衡も、少しずつ手加減を減らしていくアキトの攻撃によって崩れようとしている。

致命的な有効打はもらっていないが、決して軽くは無いアキトの攻撃を受け続けた男の身体は限界に近づいていた。
その事は対峙しているアキトも分かっているので、予想以上に時間は掛かったがそろそろこの闘いを終らせようと気合を入れる。

「そろそろ終らせてもらうぞ」

「いやいや、これからが楽しい所だろ?」

その台詞と同時に、男の足元が不自然に動いた事をアキトは感じた。
次の瞬間、右手側の林からアキトに向けて矢が飛んで来る。

人の意思が介しない攻撃故に、反応が遅れたアキトはギリギリのタイミングで矢を右手で掴み取る。
その隙を逃さなかった男は一気に距離を縮め、至近距離から連撃を仕掛けてきた。

「っあ!!」

この戦いで初めて訪れた主導権を渡さない為に、男はスタミナ配分も無視して、形振り構わぬ攻勢にでる。
体勢を立て直す暇も無いアキトは、その怒涛のような攻勢に圧されながらも、落ち着いて防御を続けていた。

しかし、相手の勢いに押されるように、アキトが一歩退いた先の地面が突然陥没する。

「!!」

反射的に地に着いている足に力を込めて、アキトは思いっきり背後へと飛び退る。
相手の身体能力は把握しているので、この跳躍に付いてこれない事は分かっていた。
後は体勢さえ立て直せば、問題は無いと判断したからだった。

だからこそ、そのように思考誘導をされたとは分からなかった。

「おらぁぁぁぁぁぁ!!」

「がっ!!」

予想外のスピードで想定以上の突き蹴りが、油断していたアキトのガードを抜けて鳩尾に突き刺さる。
そのまま吹き飛んで地面に倒れこむアキトに、男も追撃を入れようとしたが、何故かその場で膝を着いて動きを止めた。

「くそっ、ついてねぇな!!」

激痛に震える足に気合を込めて、男が無理矢理立ち上がると既に目の前ではアキトが立ち上がっていた。
当初は冷めた目で男を見ていたアキトだが、今は感心したような目をしている。

「・・・そこまでやるのか、凄いなアンタ」

「お前さんも大概にタフだな、結構手応えがあったのに」

そう言って、お互いに笑みを浮かべた。

アキトは男の背後に、地面から突き出している細目の木の幹を見て、先ほどの攻撃の全容を理解していた。
本来ならブッシュ戦で使用するような罠に自ら引っ掛かり、木の幹のしなりに無理矢理乗る事で異常な加速を得ていたのだ。
しかし、木の幹にはトラップとして当然のように棘が打ち付けられており、その棘によって負傷した男は最後の詰めが決められなかった。

正に起死回生を狙った捨て身の一撃だったのだ。

最後の策が決まらなかった時点で、自分に勝ち目が無くなった事を悟った男だが、その顔には不敵な笑みが宿ったままだった。
何故ならば戦闘当初から余裕を窺わせていたアキトの表情から、その余裕を剥ぎ取る事に成功したからだ。

男にはどう見ても年下の癖に、自分に対して余裕ぶった態度を取るアキトが小憎たらしく許せなかった。

「正直言って侮ってた。
 良かったら名前を教えてくれないか?」

そんな事を言いながら、アキトは鳩尾の痛みを無視しながら構えを取る。
相手のしてやったりという態度に、自分が痛がる事で更に喜ばせるのが癪だったからだ。

そして、そんな思いとは別に、目の前の男に敬意も生まれていた。

それは今まで敵対していた『真紅の牙』という組織に疑いを感じる程、真っ直ぐに気持ちの良い相手だったからかもしれない。

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。
 だが、年上からの忠告だ・・・人に名前を聞く時には、自分から名乗るもんだぜ?」

減らず口を叩きながら男も立ち上がり、アキト以上に堂に入った構えを取った。
そこにはアキトには無い、長い年月を掛けて磨き上げた業が詰まっている。

そんな男からの挑発に対して、有る意味素直なアキトはその意見はもっともだと納得して、自分の名前を名乗る。

「俺の名前はテンカワ アキト。
 戦艦ナデシコのクルーだ」

「素直な奴だなぁ・・・
 ヤガミ ナオ、クリムゾンの飼い犬さ」

予想外のアキトからの返答に、思わずナオも本名を告げてしまう。
こんな殺伐とした世界に居る割に、素直な奴だと感心しつつも拳を更に硬く握りこむ。
機動力を失った自分がここから逆転する為には、相手の猛攻を受け止めて隙を作り出し、反撃をするしかないと判断したからだ。
幸いな事に罠の存在を知った事で、相手の攻めは慎重になるはず、と楽観的に考えている部分もあった。

この逆境にあってなお、ナオの戦意に翳りはない。

――――――そして、無言のままお互いの拳の間合いへと身体を運んで行く。





地面に横たわり満足そうな笑みを浮かべて気絶しているナオを見て、アキトは大きく息を吐き出した。
お互いに名乗りあった後、手加減抜きの攻撃で圧倒するアキトに対し、防戦一方ながら反撃の機会をナオは待ち続けた。
罠の存在に考慮して、注意力が割かれていたとしてもかなりの打撃を受けていたにも限らずにだ。

それほどナオの見せたタフネスさは、アキトからしても脅威とも言える程のレベルだった。

そして肋骨全損と引き換えに生まれたアキトの隙を突き、関節技に持ち込みアキトの右腕を折る寸前まで追い込む事に成功した。
ナオの誤算は、アキトの筋力が明らかに人外レベルだったという事だ。

地面に倒れこめば一発逆転という場面で、逆にナオを右手一本で持ち上げたアキトが、驚きに動きを止めたナオに止めを刺し勝負は終った。

「ヤガミ ナオ、か・・・確か隊長に教えてもらった、クリムゾンの凄腕じゃないか。
 本当に何でもありで襲い掛かってこられてたら、やばかったかもな」

もし自分に「気」を使用する技術が無ければ、また違った結果だったかもしれないが、アキトは相手の実力に素直に感服した。
何も自分が最強などと思ってもいなかったが、師匠との鍛錬のお陰でそうそう負けない実力を身に付けたと思っていた。
だが、それが所詮自惚れである事を、今日改めて思い知らされた。
世の中は広く、強者は幾らでも存在している。
自分はまだまだ未熟なんだと痛感した闘いだった。

ヤガミ ナオは経験という武器だけで、アキトに敗北を与える寸前まで追い込む事に成功したのだから。

「本当、世界は広いな・・・こんな様は師匠には見せられないや」

そんな事を考えながら、次に冷静にヤガミ ナオの処理について悩み出す。
これほどの男が容易くクリムゾンの秘密を話すとは、アキトには思えなかった。
かといって、次に相対した時には今日以上の準備を整えて、確実にアキトを出し抜くかもしれない。
傭兵としての戦いを教え込まれたアキトには、ナオが罠を準備していた事についての嫌悪感は無い。
むしろ、これほど巧妙に自分のフィールドを用意し、それを自分が傷つく事すら躊躇わず活用した戦闘手腕に感心をする一方だ。

そして、アキトにそれだけの危険性を感じさせる強さを、ナオは持っているのだ。

「・・・」

無言のまま気絶しているナオを睨むアキト。
師匠との誓いから命を取るつもりは無いが、手足の関節を砕くなりして、二度と格闘が出来ない状態にする必要があるかもと考える。
自分自身だけでなく、身近な人間の安全を守る為にも心を鬼にするべきか・・・と、アキトは悩む。

「ん?」

その時、ナオの背広の内ポケットに何か入っている事にアキトは気付く。
何となく気になったアキトはソレを取り出し、出てきた物に少し驚いた後に・・・微笑んだ。






「会長!!しっかり!!」

「あ、が・・・」

「早くこの薬を!!」

「それ、薬事法、違反・・・」

「しかし、このままでは命に危険が!!」

「いーや、だー・・・」

予想通りというか残念な結果というか、アカツキは見事に毒殺されかかっていた。


心底楽しそうな笑みを浮かべ、次々と目の前に美味しそうな料理を用意するアクアに戦々恐々としつつ、安全を確かめるように少しずつ口に運ぶ。
細かく噛み砕き、身体に変調がない事を確認しながら慎重に嚥下する。
正直に言えば味など判る筈が無い状態だった。

そんな孤独な戦場に立つアカツキを、アクアは満面の笑みで見詰めながら甲斐甲斐しく料理を勧めていた。

恐怖に心が擦り切れそうになりながらも、何とか無事に食事を終え、チューリップの件についても了承を得た事により、隙が出来てしまった。

アカツキの生んだ、一瞬の心の隙を突かれてしまった。

既に一度口を付けたカップに、アクアも飲んでいた同じポットから注がれた紅茶を、深く考えずに口に運んでしまった。
しかし、毒はスプーンに塗られていたのだ。
勧められるままにアクアが使用していたミルクを紅茶に入れ、毒の塗られたスプーンで掻き混ぜ、己自身で毒入りミルクティーを作成したアカツキ。

己の身体に変調を感じた時には、既に手遅れだった。

「うっ!!」

手足に異変を感じ取り、カップをテーブルに落としながらその身体はゆっくりと床に沈んでいく。

「ふふふ、もう離しませんわアカツキ様。
 私の元に再度訪れてくれた殿方なんて、お父様以外では始めてです。
 絶対に、離しませんわ。
 そう、これで・・・一人で寂しい思いをしなくて済みます」

心底嬉しそうに、微笑みながら床で痺れて動けないアカツキの頭を胸に抱き寄せるアクア。
その瞳には自分の所業について、一片の後悔や躊躇いなど浮かんではいなかった。

真性の地雷女に捕まったアカツキは、心の底で自分を送り出した仲間達を大声で罵倒していた。

――――――本気で話が通じる相手じゃないよ!!、と。

そして玄関前にいる筈の親友に向けて、テレパシーを送った。

――――――早く助けに来い親友!!、と。

その頃、親友は嬉々としてヤガミ ナオとの決闘を楽しんでいた。
当然ながらリンクが繋がっているラピスではないので、アカツキのSOSなど分かりはしない。
これが平時なら、少しは虫の知らせ程度なら感じていたかもしれないが。

上手く動かない身体と口を必死に動かし、ちゃっかりとアクアの胸の感触を楽しみつつ、アカツキは必死に命を繋ぎとめようと足掻く。
その結果、アクアが意外と着痩せするタイプであり、見た目以上に立派なモノを持っている事が分かった。

事の本人はダメダメだが、それも含めて事件を予想していた仲間達は、実はアカツキのパーカーに仕掛けを施していた。
イネス作のバイタルチェックを行うセンサーが仕込まれており、アカツキの非常事態をゴートに知らせる。
その知らせを受けて、躊躇いも無くアクアの別荘に突入をするゴート。

蹴破った扉の先では、愛おしそうにアカツキを胸に掻き抱くアクアと、その感触を楽しんでいるのか頬がだらしなく歪んでいるアカツキ。

「・・・失礼しました」

頭を下げながら、空気が読めるゴートはその場を後にした。
そして、アクアの表情が歓喜に輝き、アカツキの顔色が絶望に染まる。



5分後、今度はレッドアラームを鳴らすセンサーに、慌てて再突入をするゴートの姿が有った。






「あ、ゴートさん」

「テンカワか?」

ナデシコクルーが待つビーチに向かう途中、アカツキを背負ったゴートとアキトと合流した。
背中に背負っているアカツキに意識は無いが、何とか一命を取り止めていた。

「こっちも何とか片付いたんですけど、そちらはどうです?」

「うむ、チューリップ調査についての許可は取ったらしい」

「・・・そうですか、惜しい友人を亡くしました」

「うむ」

「死んでないよぉ〜?」

「「・・・」」

力のまるで篭ってない声が苦情を訴えるが、並んで歩く二人は揃って無視をした。
既に事の顛末は簡単にゴートから聞いているだけに、アキトから慰めの言葉など出るはずが無い。

「それにしても随分と遅かったな?」

「ついでにクルーにちょっかいを出そうとしていた人達を、まとめて懲らしめてましたから。
 何しろナデシコクルーは美女美少女揃いですからね。
 もっとも、相手も一人例外を除いてそれほど腕の立つ人は居ませんでしたから、楽でしたよ。
 ・・・まあ、高い授業料になったんじゃないんですかね」

そう言って、悪い顔で笑うアキトに少し引きが入るゴート。
こういう箇所で、真面目一辺倒だったアキトが、地球での八ヶ月の生活によって随分と雰囲気が変わったと、ナデシコクルー達は思っていた。

もっとも、以前の張り詰めた雰囲気が柔らかくなっているだけに、それほど悪い変化ではないだろうと概ね好意的に捉えられている。

「愛刀無しでそこまで出来るとは、流石だな」

「いえいえ、俺なんてまだまだですよ。
 何しろ一番最初にちょっかいを出してきた相手に、随分と梃子摺りましたからね。
 多分、俺も肋骨の一本くらい折れてます」

「親友を見捨てた罰だ、ざまぁ〜」

「「・・・」」

さらに暫くの間、無言で歩を進める二人。

「向うのお嬢様はどうしたんですか?」

「最初は交渉で会長を解放してもらおうとしたんだがな、何を言っても嫌だと言い張るので。
 無理矢理引き剥がそうとした次の瞬間、会長に馬乗りになって首を絞めてきてな・・・
 二人で遠い国行きましょう、とか叫んでたな。
 流石に危ない状態だったので、仕方が無いので気絶させてきた。
 ・・・しかし、周りの護衛が全然来ない事が不思議だったが、原因はテンカワだな」

「言われてみればそうですね。
 しかし愛されてるなぁ、アカツキの奴。
 あんな美少女に心底惚れられているなんてさ」

「確かにな、羨ましい限りだ」

「お前達、艦に帰ったらオボエテロヨ・・・」

「「・・・」」

段々と声に怨念が篭り始めた為、南国なのに背中に冷たい汗を掻き始める二人。
その後は無言で歩を進めていたが、突然起こった轟音と揺れに慌てて周囲を見回す。

「何事だ!!」

「・・・あっちゃー、あのお嬢さん本当に自棄になったみたいですね」

アキトが指差した先には、チューリップを守っていたクリムゾン製のバリア装置が破壊された煙と、静かに動き出すチューリップの姿があった。






「ちょっと、ナデシコの出航はまだ無理なの?」

ムネタケは次々と無人兵器を吐き出すチューリップを見ながら、慌てて隣に立っているユリカに質問をする。

「えっと、無人兵器を迎撃しながらの出航ですから、もう少し掛かると予想されます」

着替える暇が無かったクルー達は、水着姿のままでブリッジに戻っていた。
何気に日光浴を楽しんでいたムネタケも水着姿だった。
むさいおっさんの水着姿は目に毒だが、艦長を始め美女軍団の水着姿を拝む為に、大した用事も無いのにブリッジへの通信が殺到している。

「ルリちゃん、映像カット!!」

「映像カット完了」

通信頻度が半分に減少した瞬間だった。

ちなみに警報を聞いて医務室で眠っていたジュンも慌てて跳び起き、ブリッジに向かおうとしたが。
未だ日射病の熱が体内に残っており、その場で転んで床で頭を打って気絶した。
その一部始終を冷静に見ていたイネスは溜息を吐いたあと、面倒なのでそのままメグミの隣にジュンを放り込んだ。

「エリナさん、パイロットの皆の準備はどう?」

「テンカワ君とアカツキ君を除けば、全員出撃可能だそうよ」

「あ〜、あれだけ注意してたのに!!
 肝心な時に居ないなんて、何しているのよあの男は〜」

伏せているメグミの代わりに、臨時で通信士の役を請け負ったエリナがテキパキとユリカの質問に答える。
何をやらせてもそつなくこなすその能力に、定位置で見守っていたプロスは流石ですねぇ、と小声で呟いていた。
ムネタケは自慢の最強カードを紛失した子供のように、その場で地団駄を踏んでいる。

しかし、ルリは有る意味記憶通りのムネタケのその雄姿に、逆に安心感を感じていたりした。
『戻って』きてからのムネタケの行動が大人しいので、少々不気味に感じていたのだ。

「ルリちゃん、グラビティ・ブラストのチャージは?」

「このまま順調に行けば後10分です。
 しかし、無人兵器の攻撃が始まると、フィールドにエネルギーを取られてもっと遅くなります」

「ありゃりゃ、出航前に無人兵器で埋め尽くされちゃいそうね・・・」

レーダーに映る大量の敵マークを見て、ミナトが暢気にそんな感想を溢した。

「というより、フィールド展開しちゃったら、テンカワの奴が戻れないんじゃないの!!」

今気付いた、とばかりに大声で悲鳴を上げるムネタケ。

「大丈夫です、アキトさんなら生身でフィールドを突破できます」

「嘘でしょ!! そんなの人間じゃないわよ!!
 でも、あのテンカワなら、出来るのかしら・・・」

「本気にしないで下さい、嘘です」

「・・・は?」

真顔で考え込むムネタケが呆けたような声を出し、白々しい顔でルリがおちょくりを入れる。
その台詞を聞いて、突然の事態に緊張気味だったブリッジに爆笑が起こった。

「お、お腹痛い・・・
 提督、アキトが帰艦するタイミングでフィールドを一時解除します。
 その間の防御については、パイロットの皆に頑張って貰うしかないですね。
 今までの戦闘を生き抜いてきたパイロット達です、きっと私達の期待に応えてくれます。
 ルリちゃん、フィールド解除のタイミングは任せるからね」

「了解しました、艦長。
 アキトさんからの連絡によれば、あと10分ほどで帰艦出来るそうです」

「あ、あんた達ねぇ・・・
 ふん、最初からそうやって真面目にやりなさいよ!!」

「「はーい」」

笑いのダシにされた事に憮然としながらも、ユリカとルリのやり取りについてムネタケは感心する。
全員の緊張を解す為に利用された事は少々腹立たしいが、奥の手が不在によるパニック気味の自分と違い冷静に手を打ってきた。

普段の姿を見ていると時々信じられなくなるが、やはり二人共に天才と称される事は有るわね、と内心で再評価をしていた。

『艦長、パイロット連中の出撃準備完了したぜ』

こちらも海の家仕様のウリバタケが、エステバリスの出撃準備が整った事を連絡してきた。

「牽制も兼ねて直ぐに出撃させます。
 エリナさん管制お願いします」

「了解、まずはヤマダ君からね」

『俺の名前はダイ「さっさと出ろ」了解っす!!』

エリナに一睨みされた瞬間、勝てない事を悟ったガイは大人しく発進していった。
あのヤンチャ坊主を軽くあしらうその姿に、ナデシコクルーの中でエリナの評価がまた上がった。

その後は特に問題も無く、リョーコ、ヒカル、イズミの順にエステバリス隊の出撃は完了した。






『あ、テンカワ君発見』

『何!! 何処だイズミ!!』

『やっと到着したんだー』

『よっしゃ!!これで反撃開始だぜ!!』

無人兵器の猛攻を防ぎつつ、アキトの到着を待っていたパイロット連中は、その発見報告に色めきたった。
何しろナデシコを発進させない為に、無人兵器達は特攻までしてくる始末で、全然油断がならない。

その為、ナデシコは今だグラビティ・ブラストの発射に必要なエネルギーは溜まらず、それどころか発進すら出来ていなかった。
これが最初から巡航中の状態もしくは警戒状態でのエンカウントなら、ここまで梃子摺る事は無かっただろう。


――――――全ては白いビーチと輝く太陽が悪いのよ、とこの時の戦闘記録にムネタケはそんな記入をしている。


『つーかよ、アキトに向けて無人兵器が襲い掛かってないか?』

2機の小型無人兵器が、浜辺を疾走するアキトに向かって動き出している事にガイが気が付いた。

『あ、本当だ!!』

同じ光景をヒカルが捉える。
そして助けに行こうとガイが動き出す目の前で、アキトは気合一閃、ウリバタケの屋台に隠していた愛刀を抜き放ち敵を切り裂いた。
ガイ達の目には、銀光が二度閃いたように見えた。

そして、銀閃を受けた無人兵器達は、そのままアキトの隣を通り過ぎて行き、静かに上下に機体を別れさせ・・・爆発。

背後で爆発する無人兵器を背に、本人はなにやら残心を決めながら納刀している。

『『『『・・・人間業じゃない』』』』

あまりに理不尽な現象に、思わず手を止めて呆然とする四人。
心なしか周囲の無人兵器達も、その動きを止めているように見える。

『って、暢気に観察してないで、助けに行けよお前等!!』

真っ先に我に帰ったリョーコが、仲間達に文句を言いながら率先してアキトの元に向かうのだった。






「・・・本当に、生身で、フィールドには、侵入出来ないのよね?」

「・・・ええ、多分」

同じ光景を見ていたナデシコブリッジでは、ムネタケが引き攣った顔でルリに確認をしていた。
問い質されたルリも微妙に視線を逸らしながら、そんな、馬鹿な事は、と呟きつつどうにも歯切れが悪かった。

実際問題として、小型の無人兵器が展開している携帯用の重火器が効かないフィールドを、刀一本で切り裂いているのだ。

「いちいち、こちらを驚かせないと気が済まないんですかねぇ」

やれやれと首を振りながらプロスが感想を述べる。
何となくプロスにはアキトが行った事が予想できたが、それにしても誰にでも出来る事ではないと溜息を吐いた。

「まあアレを見たら、何時もヤマダ君が逃げ出している気持ちも分かるわ。
 それで、次はどうしよっか艦長?」

「アキトすご〜い」

ミナトが後ろを振り返ると、眼を輝かせたユリカが胸の前で手を合わせてハートマークを出していた。
今までのピンチに比べると状況がそれほど切迫してないとはいえ、随分と余裕が窺えるとミナトは肩を落とした。
ストッパー役となるジュンが隣に居ない事も、暴走の要因の一つとも言えた。

「艦長は恋する乙女の顔になってるし、テンカワ君も絶好調みたいだけど、どうするエリナ?
 私達も何か合の手を入れたほうがいいのかな?」

「あのお調子者のする事にいちいち反応するから、ああやって図に乗るのよ。
 無視して自分の仕事に集中しましょ」

こちらは有る意味アキトの対応を熟知しているらしく、またはしゃいでるわね後でお仕置きよ、と軽口で受け流すエリナ。
そのアドバイスに従って、大人なミナトも自分の仕事に帰っていった。

「帰ってきたらまた説教ね」

エリナが小声で呟いた内容は、ミナトには聞こえていなかった。

結局、騒動を起した本人はそのままリョーコのエステバリスに回収され、無事にナデシコへと帰艦。
お礼を言った後、やはり着替える暇が惜しいのでそのままの格好で愛機に向かって走っていった。

「おう、やっと帰ってきたのかよ。
 何処に遊びに行ってたんだこの野郎」

「すみません、野暮用で遅れました」

直ぐにでもアキトが出撃できるように、漆黒のエステバリスに張り付いてメンテナンスをしていたウリバタケが大声で話しかける。

「まあ、後はテメーに任せるだけだな。
 例の『バーストモード』も稼動可能だぜ。
 ・・・ところでアカツキの奴はどうしたんだ?」

「まだ毒物が抜けきらない状態なので、ゴートさんと一緒に地上で避難してます。
 殺しても死なないような奴ですし、後で回収すれば問題無いですよ」

「・・・毒物って、何食ったんだよ、アイツ」

不思議そうに首を捻るウリバタケに苦笑をしながら、アキトは愛刀を片手に愛機に飛び乗っていった。






『随分と爽やかな顔をしてますね』

「うん、久しぶりに良い運動をしたからね」

『そうですか。
 それとエリナさんから伝言です、はしゃぎ過ぎ、後で出頭するように、だそうです』

「・・・」

一気に青くなって震え出すアキトに、気付かない振りをして、ルリが疑問に思っていた事を尋ねる。

『それと質問なんですが、どうやって無人兵器のフィールドを切り裂いたんですか?
 何か特別な機能がその刀に付いてるとか?』

「この刀にはそんな機能は無いよ。
 ひたすら頑丈で、切れ味も抜群だけどフィールドの無効化なんて出来ない」

ルリにそんな説明をしながら、何とか精神の再構築を行ったアキトは愛機のチェックを手早く行っていく。
ナデシコの外ではパイロット仲間達が、ナデシコを守る為に奮闘中なのだ。

『でも2機撃墜しました』

「何度も言うけど、あの刀ではフィールドは切り裂けない。
 だけど、無人兵器が攻撃する瞬間、相手もフィールドを解除するよね」

『・・・つまり、発射寸前の銃口に生身を晒した訳ですか?』

ルリの口調と顔付きが変わった事を察知し、余計な事を喋りすぎたかとアキトは焦り出す。

「し、視線が怖いよ、ルリちゃん」

目付きが急激に悪くなったルリを、何とか宥めようとアキトが話しかける。
実はアキト自身、リョーコ達が自分の救援に向かっている事を察していたので、無理に無人兵器を破壊する必要が無い事を知っていた。
そしてアキトの身体能力を駆使すれば、何とか救援が来るまで逃げ切ることも可能だった。

簡潔に言うと愛刀で無人兵器を斬りたいが為に、無用な危地に自ら飛び込んだのだ。

そして当然の如く、その行動はアキトの浅慮っぷりを知るエリナとルリに見抜かれていた。

『エリナさんの気持ちが良〜く分かりました。
 ・・・出撃後、オハナシが有りますので、ちゃんと出頭して下さい』

「いえす、まむ!!」

内心で鬼が二人に増えた!!などと失礼な事を考えながら、アキトは出撃した。






発進時に整備班の声援を受けながら、漆黒のエステバリスが凄い加速で一瞬にして無人兵器達の包囲網を突破する。
そして行きがけの駄賃とばかりに白光が閃き、無数の小型兵器と数隻の戦艦が沈む。
憎まれ口を叩きながらも、やはり地上に残してきたアカツキとゴートの身が気になるアキトは、なるべく派手に動く事で無人兵器の関心を集めていた。

そしてその思惑通り、爆発を感知した無人兵器の一部が、慌ててターゲットをナデシコからアキトへと変更する。

「ジュン、アカツキとゴートさんがまだビーチの近くに居る。
 早急に決着を着ける必要が有ると思うんだが?」

『ジュンさんは医務室でダウン中です』

「えー」

ジュンの代わりにルリからの報告を受け、気の抜けた声を出しながらも、襲い掛かってきた無人兵器達を次々に破壊する。
もう少し粘ればナデシコの発進が可能なので、後はグラビティ・ブラストの一撃で決着は着く。

だが、アキトとしては是非とも新しい力を、この場面で試しておきたかった。

「・・・ユリカにでも、許可を貰えれば良いのかな」

地面に垂直に刺さっているチューリップに視線を向けながら、アキトがそう呟く。
そのタイミングを計っていたかのように、ウリバタケから通信が入った。

『よう、ご機嫌だなテンカワ』

「ええ、最高の状態に機体が整備されてますからね。
 ウリバタケ班長達の腕前には、本当に感心しますよ。
 後で夜食の差し入れに行きます」

『勿論、奢りなんだろうな?』

「当然です」

実際、前回の戦闘で基礎フレームからボロボロになった機体を、この短期間で修復したウリバタケ達の腕前はやはり凄まじい。
寝る間も惜しんで修復作業を行っていた事を知っているアキトは、心の底から感謝をしていた。

そして、次はなるべく壊さないように操縦をしよう、と心に誓う。

『おいおい、変に遠慮なんかするなよ?
 お前が戦ってる場所は最前線なんだ、生き残る為に戦って、その結果機体を壊すのは当然なんだよ。
 思いっ切りぶんまわして、そんでもって俺達の所に修理しろって言う為に帰って来いや』

「じゃ、お言葉に甘えて!!」

背後から襲い掛かってきたきた無人兵器を、振り向き様に切り捨てる。
そして、その後に続く敵の大群の中に、最大加速で突入を仕掛けた。






「おーおー、本当に派手に動いてやがるなぁ」

「班長、機体に掛かるストレスが既に20%に達してます」

アキトの機体ステータスをモニタリングしていた一人が、慌ててプリントアウトした資料をウリバタケに提出する。
ウィンドウ上で目まぐるしく動くエステバリスから、手渡されたプリントに眼を通す。

「かぁー、やっぱ幾ら小細工をした所で焼け石に水かよ・・・
 全然負荷が分散しきれてねぇな。
 こうなると基礎フレームから見直さないと駄目だな」

これって人間に耐えられる加速度じゃねぇだろ、とぼやきつつ数値化された現実に頭を抱える。
操縦する人間がここまで非常識だと、操る機体にも非常識さが求められるという結果がはっきりとした。

アキト専用機については数々の難問が山積しているのだが、まず筆頭となるのが機体の剛体性であり、次にエネルギーとなっている。
幸いな事にエネルギー問題については『バーストモード』などというソフト面からの援助が入った為、一旦遠ざける事が出来た。

しかし、機体自体については何も解決方法が無いというのが、今の現状だ。
現行のエステバリスの基本設計では、どう頑張ってもアキトの求める動きは不可能なのだ。

そんな中、未来に繋ぐ為にもウリバタケはアキトの戦闘時における機体データの採取など、地道な努力も着実にこなしている。

「間接部分を増やせばいい、ってもんじゃねぇしな。
 そうなると耐久性を犠牲にしちまう」

アキトがDFSを使用しだしてからは特に、間接系への負担が激増していた。

人間に比べれば当然のように、エステバリスの間接の数は少ない。
その少ない稼動範囲の中で、人間に近い動きを再現しようとするアキトのイメージが押し込まれているのだ。
これでも他のエステバリスに比べると、その間接部分の稼動範囲は恐ろしい程に広い。

そんな間接部分は戦闘の度に最大稼動範囲ギリギリまで使用され、各箇所に掛かる負担は鰻上りになっていた。

敵からの攻撃による被弾より、パイロット本人による操縦の方が余程恐ろしいと思う整備班の面々だった。

このままアキトの実力が伸び続けると、最終的には一回の出撃の度にオーバーホールが必要となり、稼働率が極端に下がってしまう恐れがある。

「アカツキの奴が、知り合いのネルガル役員をスポンサーとして紹介するって言ってるが。
 開発費用はとんでもない額になるぞ、これ・・・しかもワンオフ決定だしな」

次々と問題に対する対策アイデアや、仕込んでみたい機能は思いつくのだが、その概算費用を思い浮かべてウリバタケは苦笑する。
はっきり言ってしまえば、個人用の機動兵器に対する費用というより、もはや戦艦や空母を作成する額に近い。
下手をしなくても、このナデシコよりも高い値段が着きそうな勢いだ。

「うーん、技術者冥利に尽きるんだが・・・こりゃ、どう考えても採算が合わない、無理だろうなぁ」

頭を掻きながら自分の夢物語に苦笑をしていた。

ウリバタケが悩んでいる目の前のウィンドウでは、雑魚の掃討を終えたアキトが最後の大物に向けて止めを刺そうとしていた。






ユリカからのゴーサインが出たので、アキトは雑魚との戦いを切り上げてチューリップを破壊する事になった。
既にその通達は他のパイロット連中にも行われているので、時間が惜しいとばかりにアキトは加速する。

「ガイ、リョーコちゃん、ナデシコの防衛宜しく!!」

『おう、後はまかしてくれ!!』

『格好良く決めてくれよ親友!!』

仲間の応援を背に受け、漆黒のエステバリスが一直線にチューリップへと跳ぶ。
既に周囲を防御する無人兵器達の姿は無く、散開していた為に破壊を逃れた戦艦や無人兵器から、散発的な攻撃が行われるだけだった。
チューリップ自身も危険を感じ取ったのか、虹色の光がその先端から漏れ出していた。

「増援を呼ぶ暇など・・・与えると思うか!!」

アサルトピット内に新しく追加されたスイッチを押した瞬間、背後から唸るような音が響き渡り、機体を包むフィールドの厚みが一気に増した。
『バーストモード』が発動した事を、計器と感覚から確認したアキトは、高揚感に包まれながら更なる加速を行い一気にチューリップへと迫る。
一時的とは言え、通常の5倍のエネルギーを得た機体は、アキトのイメージ通りの動きを完全に再現してみせた。

跳ね上がったエンジン出力による桁違いな推力により、先ほど以上の負荷が掛かった機体の各所で歪な音が響いてくる。
愛機に無理をさせている事に内心で謝りつつも、アキトは初めて体感する圧倒的な加速度に快感を覚えていた。

「これっは、病み付きになり、っそうだな!!」

かつてないGに翻弄されながらも、行く手を邪魔する無人兵器達を、有り得ない加速と転進で次々に屠り置き去りにしていく。
『戻る』前に使用したブラックサレナのような厚い装甲は無い、攻撃を受ければ下手をすると衝撃で空中分解も在り得る機動戦。

だが、そのスリルが今のアキトをとことんまで魅了していた。

遠くから見守っていたリョーコ達には、そのスラスターの輝きは流星に見えただろう。

そして、僅か数秒という時間でチューリップに到達したアキトは、有り余るエネルギーをDFSに注ぎ込みつつ、すれ違い様に抜き打ちを放つ。
その長大な閃光と化した一撃は、活性化したチューリップが展開しているフィールドをまるで紙の様に切り裂き、一撃で本体を真中から切り裂いた。

『マジかよ、チューリップのフィールドごとぶった斬るって、どんな非常識な攻撃力だよ!!
 ウリバタケのおっさんが言ってた奥の手って、アレの事か・・・』

出撃前に含み笑いをしていたウリバタケを思い出し、リョーコが呆れた口調で呟く。
実際、DFSを扱いきれないリョーコでは、あれだけのエネルギーを受け取った所で防御フィールドを厚くする位にしか使えない。
益々遠く感じる漆黒の機体の背中に、リョーコは焦燥感を覚えずにはいられなかった。

『エステバリスとしては規格外のエネルギー量を、爆発的に高めて使用しているみたいね。
 まあ、機体の耐久性を考えれば、短時間しか使えないドーピングみたいなものだと思うけど。
 そのエネルギーを余す事無くDFSに転換出来るテンカワ君にとっては、正に欲しかった機能そのものでしょうね』

『ふわぁ、だから前回と違ってチューリップを一刀両断できたんだ。
 そうなると、もうチューリップが複数来ても、テンカワ君の敵じゃ無いって事かな?』

『いいや、馬鹿げた攻撃力なだけに、弱点が無いって訳じゃないみたいだぜ?』

イズミとヒカルの会話に割って入ったガイは、そのまま自機をアキトの元に急がせた。
遠目には分かり難いが、機体の所々で火花が散っていたのだ。
それに先ほどまでの神速の機動戦が幻だったかのように、機体を上手く動かせずに足掻いているように見える。

『俺が言えた事じゃないが、無茶しやがるぜ・・・』

まあ、色々と手の掛かる親友だが、それもお互い様か、そう苦笑しつつガイは機体を更に加速した。






「・・・生身では無理でも、エステバリスに乗ってれば、フィールドなんて余裕で切り裂けるのね」

「はい、生身じゃないので」

軽く一分ほど自失をしていたムネタケは、呆けたような声でルリに話しかける。
ルリもその事を予想していたのか、テキパキと返事をした。

そして誰もが内心で、ナデシコのフィールドも同じ扱いなのでは?という事を考えていた。

「しかし、コストパフォーマンスには優れていますが、稼働率の低さが今後の課題ですなぁ」

「じゃ、ウリバタケ班長の研究費を、少しは増やしてあげれば?」

「彼は優秀ですが趣味に走る傾向も有りますしねぇ。
 手渡した研究費も、全て使い切る癖も有りますから」

そんな中、プロスとエリナがそんな会話をしている。
『バーストモード』の破壊力についてはお互いに初見だったが、アキトなら納得出来ると無理矢理精神の再構築を行っていたのだ。
修羅場を数多く潜り抜けてきたプロスは元より、まだ年若いエリナのその肝の太さに、プロスは彼女の有能さを改めて喜んだ。

理解力が飽和状態のミナトは普通に驚いていたが、何となく先ほどまで浮かれていたユリカを窺う。
そこには、深く考え込むユリカの姿のがあった。





ヤガミ ナオが気が付いた時、既に辺りは夕闇に覆われつつあった。
暫くの間、薄闇色に染まりつつある空を眺めていたが、それにも飽きたので身体を起して怪我の確認をする。
言ってみればこちらから喧嘩を売った形なので、手足の一本を失う事や最悪の場合には命を失う覚悟はしていた。

もし自分があのテンカワの立場なら、きっと容赦無く間接の一つや二つ砕いている。

「・・・それが五体満足ってのは、どういうこった?」

確かに身体中に刻まれた打撃の痕や、自分自身で作った足の怪我など歩くのもままならない重傷ではある。
だが、それは治せる怪我であり、今後の活動に支障をきたすような致命的な怪我は一つとして無かった。

「俺が襲い掛かったところで、脅威じゃないと言いたいのか?
 ガキの癖に舐めやがって!!」

かつてない侮辱に怒りを燃え上がらせながら、足をひきずりつつ詰め所へと歩を進める。
周囲に仕事仲間の気配が感じ取れないが、ナオは自分が生かされている以上、他の仲間達も生きているだろうと確信していた。

戦闘時のアドレナリンの効果が切れ、歩く度に襲い掛かる激痛に顔を歪ませつつも、あの時の会話を思い出す。

「戦艦ナデシコのテンカワ アキトか。
 あれだけの凄腕なのに、今まで聞いたことが無いのは何故だ?
 どう考えても素人の腕じゃねぇだろ」

脳裏に浮かぶのは、圧倒的かつ理不尽な実力で自分を敗北させた相手の青年。
裏で燻っている自分とは違い、その姿に迷いは無く、光り輝いているようにすら見えた。

最近、意固地になって本部からの連絡事項に眼を通していなかった事に、初めて後悔をした。

「アレだけの逸材だ、きっとまだ本部のデータベースにも残ってるだろう」

普段は周囲の事に関心など持たず、自分の趣味と自己鍛錬以外に時間を使わないナオに、久しぶりに興味心が湧いていた。

何故、あのタイミングで自分に止めを刺さなかったのか、その訳が知りたい。
そして何より、あのテンカワ アキトと関わる事で、何か面白い事が起こりそうだと、勘がしきりに囁いていた。

「親父さんの残した借金返済は終ってるし。
 それなら、ダラダラとこの胸糞悪い会社に義理立てする必要はねぇか?
 やっぱ、ねぇよな親父さんよ?
 気掛かりなのは・・・アイツがここぞとばかりに、俺を始末しようとする事か」

己の人生を振り返ってみれば、本当に碌な事が無いと苦笑をしながらナオは怪我の痛みを噛み締めつつ歩を進める。

その日、「真紅の牙」の腕利きエージェントが一人、組織から抜け出した。






夕焼けに染まる白浜の中を、ルリとエリナによる説教から解放されたアキトとユリカが散歩をしていた。
自室で燃え尽き白くなっていたアキトをユリカが掴まえ、嬉々としてナデシコ外に連れ出したのだ。
戦闘後の事務処理については、嫌になるほど休憩を味わったジュンが取り仕切っていた。

同じ様にナデシコの外に出ている人達も多かったが、有る意味高名なカップリングに遠慮をしたのか周辺に人影は無かった。

二人共に泳ぐつもりは無いので、動きやすい私服へと着替えている。
そして、アキトと二人っきりで歩ける事が余程嬉しいのか、ユリカは先ほどから笑顔のままだった。

「しかし、よくあの戦闘で俺にチューリップの撃墜許可を出したな?
 ユリカなら安全策として時間を掛ければ、出航したナデシコから破壊可能だって分かってただろ?」

「んー、それは分かってたけどね。
 アキトは自分の今の限界を知りたかったんでしょ?
 私も『バーストモード』を使った、アキトの戦闘能力を知りたかったし。
 それなら、まだチューリップが一つしかない今回の戦闘は、良い試金石になると思ったんだ」

「・・・って、そんな事まで考えてたのか?
 参ったなぁ」

自分の内心を見透かした上で、自分の思惑まで乗せて来ていたユリカの智謀に、アキトは改めて驚いていた。
多分、自分のような脳筋の考えなど、手に取るように解るんだろうなぁ、と苦笑する。

「ふふふ、参ったでしょ〜」

隣で嬉しそうに笑う幼馴染の綺麗な笑顔に、『戻る』前の生活が思い出される。
あの時も屋台を引いている自分の隣で、同じ様に楽しそうな笑顔をしていた。


――――――この笑顔を失いたくない、改めてそう思った。


「あ、貝殻」

足元に落ちていた貝殻を、座り込んでユリカが拾い上げる。

「・・・正直に言うと、だんだん戦闘に熱中していってるアキトが心配なんだ。
 でもね、DFSと『バーストモード』の有効性が証明された以上、もう戦場から逃げる事は出来ない。
 どう考えても、この戦争が何らかの形で終るまで、アキトは戦場に留まり続けるしかないよね。
 そして、戦後にも自由は無いかもしれない・・・
 だからね、その原因を作り出した私はどんな時もアキトの味方であろうと決めたんだ」

アキトには砂浜に座り込んだユリカの顔は見えなかった。
気にするな、と言うのは容易かったが、その言葉でユリカの心が救えるとは思えない。

ユリカを守る為に鍛え上げた牙は、予想を超える威力となり守るべき存在に傷を与えていた。
数多くの人達から忠告された、自分自身の行いを軽く捉えていたツケは、こんな所でも現れていたのだ。

だからこそ、今のアキトには感謝の言葉しか思いつかない。

「・・・そっか、それは心強いな」

「うん、だから戦争が終ってもず〜っと一緒だよ!!
 戦後直ぐにお父様に挨拶に行こう!!」

『戻る』前の記憶が、アキトの心を苛む。
此処に居るのは、あのユリカでは無いと分かっているからこそ。

「それは勘弁して欲しいなぁ」

「えー、何でー!!」

頬を膨らませるユリカの手を取り、立ち上がらせながらアキトの顔には満面の笑みがあった。










 

 

 

 

第十一話その1に続く

 

もくじに戻る

 

 


※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)
コメント
URL