< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

第十一話 その1

 

 



2197年10月

テニシアン島での戦闘による興奮も冷めないうちに、早くも次の指令が軍から出たという事で、休む暇も無くナデシコは航海を続けていた。
事あるごとに暴走をする一部のパイロット連中に、上層部の苦労を理解させる為、今後もパイロット達は強制参加の運びとなっていた。

「お、俺は今回暴走してないぞ?」

「暴走したのは、隣で涼しい顔をしている二人です」

色々とトラウマになっているガイが、おどおどした態度で反応をするので、プロスが簡潔に対象者を告げる。
そして全員の視線が暇そうに立っているアキトと、我関せずとばかりにジュースを飲んでいたアカツキに集中した。

「一人は調子に乗って交渉に失敗をして、もう一人は調子に乗って調査対象を三枚に下ろしてくれましたからね」

「「ちょっと!!」」

色々と言いたい事が有った二人だが、下手にプロスに反抗をしても碌な事にならないと思い、賢明にも黙り込む事に成功した。
もっとも黙り込んだ最大の理由は、下手をうったわねと睨みつけるエリナと、無用な危険を好んだと思っているルリの視線が怖かったからだ。

「というか、こう立て続けに任務が振られるのは大変だと思うんだ」

場の空気を換えようと、毒殺から奇跡の生還を果したアカツキが、しみじみと呟く。
本人としては前回のトラブルによる心と身体の傷を癒す為、少なくとも一週間はダラダラとして過ごすつもりだったのだ。
自分は頑張った、だからそれくらいは許されるはずだ、むしろ許して欲しいという嘆願書も作成していた。
ついでに言えば、その一週間でアキトとエリナに復讐の手筈を整えようと目論んでもいた。

なのに、初日から躓いた、アカツキとしては正直に言えばやってられない気分だ。

「私に文句を言っても仕方が無いわよ?
 所詮、上意下達のスポークスマンだから」

「だからと言ってよぉ、少しは休ませてくれてもいいんじゃねぇか?
 火星から帰ってきてからこっち、全然休む暇がねぇぞ」

そ知らぬ顔で反論してきたムネタケに、ウリバタケがここぞとばかりに絡み出す。
企業で言うところの超過勤務って奴だ、とムネタケに突っ掛かる。
ソレに対して、戦場にそんなルールは適用されなわよ、とムネタケが虫を追い払うように掌を動かす。

その場に居たクルー達は、何時も馴れ合いが始まるのかと思い、生温い目で二人を見ている。

「・・・まあ、実際の話。
 本当ならテニシアン島で、最低でも一ヶ月は調査に留まる予定だったのよ。
 ある意味、前回の軍令は今までの連戦連勝を労う為だったらしいの。
 それを何処かの誰かさんが、島の所有者との交渉で失敗をして、休眠状態から活性化させて」

この時点で全員の視線が、一人の男性に集中する。
当人は明後日の方向を向きながら、口笛を吹いている。

「しかも、対象のチューリップ本体を一刀両断するパイロットまで出てくるし」

一刀両断をしたパイロットが、口笛を吹いていた男性と一緒に肩を組んで、仲良くブリッジから出て行こうとしている。
その二人の両肩に、パイロット仲間達が額に青筋を浮かべながら手を置いて逃亡を阻止した。

「例によってネルガルとの契約で、チューリップの破壊手段までは詳しく書いてないけどね。
 まったく、私が報告書を書くのにどれだけ苦心した事か、事細かく教えてやりたい気分よ。
 そろそろ自分達の戦艦が、異常な部隊なんだって自覚して欲しいものね!!
 ようするに軍のお偉方に調査対象が消えた訳だから、これだけ優秀な艦を遊ばせておくのは勿体無いって判断されたわけ!!
 上から正当に評価されて、アンタ達も良かったわね!!」

「確かに、今の連合軍にそんな余裕は無いだろうね」

真っ黒に日焼けしたジュンがそんな発言をし、全員の視線を集める。
男性クルー達からすれば、テニシアン島で一番青春を謳歌したのは、間違い無くこの男だという認識が有った。
最後に散歩に出掛けたアキトとユリカについては、気を利かせたルリが存在を隠蔽していた事と、フォローをする存在が多数いた為それほど騒ぎになっていない。

戦闘前も戦闘中も戦闘後も、悪目立ちし過ぎたジュンには誰もフォローが入れなかったのだ。

よって、スケープゴートとして注目を集められたジュンは、一部の整備班などからは青春野郎として、目の敵にされている節もある。

「まあまあ、過去を振り返っても仕方が無いじゃなですか。
 若い私達は未来を歩べきです。
 と言う訳で、ムネタケ提督、次の任務は何ですか?」

「・・・艦長の何時も以上のハイテンション振りが、微妙にウザイわね。
 ま、別にいいけど、次の目的地はクルスク工業地帯。
 何でも木星蜥蜴の秘密兵器のせいで、友軍が三回も撃墜されているらしいわ。
 秘密兵器には「ナナフシ」って名付けられてるわ」



――――――『戻る』前に苦戦した相手を思い出し、アキトとルリの顔に緊張が走った。







「全員の機体に『バーストモード』を積み込むだけの時間は、ギリギリ有るってこったな。
 本当に、休憩時間を削ったりして、ギリギリなんだけどな!!」

「あらそう、残業頑張ってねぇ」

「・・・てめぇ、人事だとおもいやがって!!
 こっちはテンカワの機体のオーバーホールで忙しいのに、他の機体の改造まで艦長に頼まれて大変なんだぞ!!
 この獲物は貰ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あああ!! 私が楽しみに取っておいた特注のキノコ盛合せリゾットを!!
 ここここここの冷血漢、人でなし!!」

「うるせぇ!! この料理はな元々テンカワの奴が、俺達整備班に差し入れしてきた物なんだよ!!
 ちゃっかり自分の分までリクエストしやがって!!」

「私は提督なのよ、偉いのよ!!」

「この格納庫内には、そんな立場なんざ関係ねぇよ!!」

ギャー、ギャーと醜い罵りあいをしている中年を余所に、パイロット連中はアキトが持ってきた軽食をつつきながらミーティングをしていた。
本来の目的は技術者の視点で意見を述べてもらうつもりでウリバタケの元に立ち寄ったのだが、既に目的は果せそうにない状態だった。

それを悟ったパイロット達は、事前に配られた資料に目を通す。

そこにはパイロット達が一番関心を持っている『バーストモード』の大まかな概要と注意事項が記載されていた。
フィールド・ジェネレータのリミッター解除により、3分間だけ保有エネルギーが5倍に跳ね上がる事。
しかし、使用後は30分の冷却期間が必要となり、また一回の出撃で何度も使用する事は禁止という注意書きが最後に大きく記されている。

何とか『バーストモード』について理解が出来たガイは、瞼を指でほぐしながら未だ騒いでいる中年達について愚痴を溢した。

「誰だよキノコ提督呼んだの?」

「いや、何故か先にこの整備班の休憩小屋に居たんだよ。
 最近はブリッジ勤務時間以外、何処に居るかと思ってたら此処に居たんだな。
 それとガイ、その渾名は流石に・・・酷いと思うぞ?」

ガイから出た素直な意見に、思わず同調しかかったジュンが慌てて嗜めていた。
ちなみにヒカルはキノコ提督がツボに入ったのか、爆笑を押し殺しながらガイの背中をバシバシと叩いている。

「はいはい、あの不良中年達は無視して、さくっとミーティング始めるよー
 皆、手元の資料には目を通したよねぇー
 では、唯一の『バーストモード』経験者、前へ」

我関せずとばかりにポテトチップを齧っていたアキトに、場を仕切りだしたアカツキから声が掛かった瞬間。
何故か天井からアキトに向けて、スポットライトが当てられた。

「え、何、この展開?」

「やっぱり実際の使用者の意見は貴重じゃねぇか?
 モード発動時のデータや映像は見せて貰ったけどよ、あれだけだとイメージ湧かねぇしさ」

アキトからの説明を心待ちにしているのか、リョーコが満面の笑みで次の言葉を待っている。
その隣ではイズミもストローを咥えながら、アキトに何故かマイクを差し出していた。

「説明と言われても、倍増したエネルギーを推力に換えて加速して、敵の懐に潜り込みつつDFSで一刀両断としか」

「・・・もうちょっとさ、加速時に必要と思った注意点とか、発動時に気になった問題点とかないのかい?」

「だから、バーっと凄い加速をして、接近したら敵をザシュって斬って」

「ごめん、聞いた僕が悪かった」

身振り手振りで必死に説明を試みるアキトに対して、質問する相手が悪すぎた、とアカツキが掌で顔を覆う。
画期的な新システムすら、ほとんど反射神経と戦闘センスのみで使用出来る存在に、一般のパイロットに分かるような説明を求めた事が失敗だった。

テストパイロットとして例えると、腕前は超一流だがコミュニケーション能力が低すぎるという、総合すると微妙な人材になる。

アキトの脳筋を甘く見すぎていた事に気が付き、アカツキは残念な子を見るような瞳でアキトを見た。
その視線を受けて、何となく馬鹿にされている事を感知したアキトは、次の訓練時にアカツキを重点的に鍛える事に決めた。

「というか、そんなに知りたいならシミュレーターに組み込めばいいじゃねぇか。
 俺も最近まで『バーストモード』については秘密にされていたからな、その辺の扱いは知らないが。
 ここまで派手にお披露目したんだ、そうそう突っぱねられないだろう。
 ルリルリとイネスさんに頼めば、数日中に設定してくれるだろうさ」

「おお、それはナイスアイデア!!」

そういう意見を言って欲しかった!!、とばかりにアカツキ達が手放しでウリバタケを褒め称える。
アキトを除く全員がノリノリな状態になり、早速ルリにアカツキが代表としてコンタクトを繋げた。

「と言うわけでルリ君、パイロットの総意としてシミュレーターに『バーストモード』を追加して欲しいんだけど」

『・・・・?』

アカツキの要望に対して、珍しいほどルリが困惑をして首を傾げるという珍事が発生した。

「えっと、何か問題が有るのかい?」

『いえ、問題以前に私がシミュレーターで稼動テストもせずに、ぶっつけ本番で新システムをアキトさんに渡すと思いますか?』

「・・・思わないねぇ」

確かにそんな事は有り得ないよね、と今更ながらアカツキは気が付いた。
鮮烈過ぎた『バーストモード』のデビュー戦により、本来なら気が付くべき点がスッポリと抜け落ちていたのだ。

『そもそも、幾らアキトさんでも突然エネルギー量が5倍になって、何の問題も起きない筈ないです。
 機体の耐久テストについては、当初は極秘開発だったのでテスト時のログだけをウリバタケさんに検証依頼をしましたが。
 シュミレーターによる稼動テストについては、アキトさん本人にお願いしましたよ。
 ・・・それに、まあ、初回テストでも少し動揺しただけで、2回目からは完全に制御していましたが』

「はいはい、ルリ君ちょっとストップね。
 リョーコ君、イズミ君、ヒカル君、奴を捕まえろ!!」

「「「サー、イエッサー!!」」」

こそこそと逃げ出そうとしていたアキトを、出入り口に先回りした女性陣が捕まえる。
これがガイやジュンだったら、力尽くで逃げ出す事は可能だったかもしれないが、アカツキの采配は女性に強く出れないアキトの弱点を見事に突いていた。
伊達に傭兵生活を含めて、アキトと親友関係を築いていないとも言える。

「どう思うかね、アオイ君?」

捕らえられ涙目で助けを請うアキトの前で、前髪で目元を隠したアカツキが、同じような表情をしたジュンに簡潔に尋ねる。

「そうだねぇ、ざっと理由を考えてみると。
 1.ここぞという時に、自慢できるよう隠しておきたかった。
 2.深く考えていないが、ルリ君に口止めされていたので黙ってた。
 3.単純に忙しくて皆に伝えるのを忘れてた」

さあどれだと思う?、と全員の目の前に3本指を立てるジュン。
その質問に対して全員が揃って、3番目の指を指差した。

「あ、正解」

――――――自白した馬鹿に対して、全員が良い笑顔で制裁を加えた。






『YHEEEEEEEEEE!!、吹き飛ぶぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・あひゃ』

『あ、事故った』

アキトの目の前を凄い勢いでピンク色のエステバリスが吹っ飛んで行き、方向転換が間に合わずに岩礁に激突し大破した。
幾度目かの綺麗な花火を打ち上げたガイに、全員が生温い視線を送る。
もっとも、他のパイロット連中にしても少なからず暴走させているので、五十歩百歩な状態とも言えるのだが。

『扱いきれないならフルスロットにするなと、何度言えば分かるんだよガイ?』

『いや、繊細過ぎるって、このエネルギーバランス!!』

やれやれと肩を竦めるアキトに、同じ様にエネルギーの配分に苦労しているアカツキから苦情がとぶ。

実際問題として、武器かフィールド、そして機体出力に増加したエネルギーを配分する事に、全員が四苦八苦していた。
どれか一つに偏れば、武器の場合は暴発、フィールドは馬鹿みたい厚い壁、機体出力だと暴れ馬になる。
かといって何もせずにバランスを取る事だけを考えれば、3分間と言うリミットは直ぐに訪れてしまう。

これらの出力をバランス良く配分しながら、戦場であれだけの活躍をしてみせたアキトに、改めて化け物だと全員が再認識した。

かと言って、フィールドを堅くしたまま3分間保持、では余りに芸が無さ過ぎる。
目の前にはその恩恵を受ける事で、どれだけ戦力を跳ね上げる事が出来るのかを実証した存在が居るのだ。
シミュレーター内に奔る振動に唇を噛み締めながらも、全員の目に諦めの色は無かった。

「まあ、目標は高い方が成長が早いだろうしな。
 ヤマダの奴が少し心配だったが、最近では前向きになってるし、問題はねぇだろ」

「確かにね、私ならあんなのが目の前を歩いてたら、とっとと諦めてるわよ」

シミュレーターの調査という名目で部屋を訪れたウリバタケと、暇を持て余して着いてきたムネタケが持参した茶を飲みながら会話する。
前回のテニシアン島の戦闘データも追加されたので、アキトと同じ装備でチューリップ相手に戦闘を繰り返すパイロット達。

だが、未だにチューリップにさえ辿り着けた者は居ない。

「戦闘で使えるようになるのは、まだ先だろうなぁ。
 上手く使いこなせれば、三人娘の連携でチューリップを落とせるかもしれねぇし」

ヤマダは単独で戦艦が落とせる程度になるかもな、と半信半疑という感じでウリバタケが言葉を呟く。

「・・・ある意味、テンカワだけが使えてれば良いシステムなんだけどね。
 これ以上、ナデシコに戦力が集中するのは好ましくないわ」

「どういう事でい?」

パイロット連中の努力を無にするのか、とウリバタケがムネタケを睨みつける。
その視線を受けたムネタケは、その特徴的な髪型を自分でかき乱しながら説明を行った。

「あのね、ナデシコ単体でもチューリップを落とせる、搭載している機動兵器単体でも落とせる。
 ましてや、そんな機動兵器が更に複数存在する戦艦・・・
 今の戦場にはね、まだチューリップのフィールドすら貫けずに、落とされて行く戦艦の方が多いのよ?
 彼等の立場からすれば、一隻にこれだけの戦力を集中するのは許し難い行為だと思わない?」

「そりゃあ、まさか・・・」

火星で無力感を味わいつくしたムネタケは、このナデシコの戦力がどれ程凄いのか、嫌と言うほど分かっていた。
単純な戦闘能力ではナデシコとホシノ ルリ、そしてテンカワ アキトは強過ぎる。
そして、その戦力を十全に発揮し運用・采配が出来る天才ミスマル ユリカと秀才アオイ ジュン。
若さゆえに価値観の凝り固まった作戦ではなく、柔軟にどんな危機にも即時に対応し、またその期待に応え続けるクルー達。
サポート陣もイネス博士を筆頭に、ウリバタケのメカニックとしての腕前も桁外れだった。

ネルガルが何処まで意図していたのか分からないが、軍では絶対に実現しない夢の戦力集中化が行われているのだ。

「・・・何時まで上層部を誤魔化せるかしらね、異常すぎるのよこのナデシコの戦闘能力は」

貪欲に強さを求めるパイロット達を見守りながら、ムネタケとウリバタケの間に会話は無くなっていた。






予約をしていた会議室に、ルリが連絡をした関係者達が集まった後、休憩がてらにと夕食を取る事となった。
その関係者達とは、『バーストモード』の開発に関わった人達で構成されていた。

「はい、チキンライスお待ち」

アキトはルリの目の前に、出来たてのチキンライスを置く。
料理が出来るのを心待ちにしていたルリは、早速いただきますと言ってスプーンをつける。

一口、口に含んでゆっくりと咀嚼して味を楽しむ。
記憶に残されている味と、ほぼ一致する事に至福を感じつつ、次の一口を用意する。

ルリの幸福感が伝播したのか、隣でラーメンを啜っているイネスの顔にも笑顔が広がっていた。
そして、そんな二人の対面にはウリバタケが難しい顔で唐揚げ定食をかっ込んでいる。

「ウリバタケ班長は随分とお悩みのようね?」

「あ、ああ・・・まあ、悩みは尽きねぇよ。
 今日もヤマダの奴、整備の手伝い中にまた機械を壊しやがった。
 若い連中が庇うから、スパナ一発で許してやったが、もう少し集中力を持続出来ねぇもんかな」

イネスからの問い掛けにそう応えつつも、ウリバタケの顔色は優れない。
それは手元に渡された資料の内容のせいだと、イネスやルリも分かっているが何も発言はしない。

やがて意を決したのか、ウリバタケは牛丼を食べているアキトに向けて話しかける。

「ようテンカワ、本当にこのDFSと『バーストモード』を併用した攻撃が実現できたとして。
 ・・・ここまでの攻撃力が必要な場面なんてあるのか?
 つーか、危険過ぎないかこの必殺技?」

ハーリー作と書かれた分厚い資料をパシパシと叩きながら、ウリバタケがアキトに詰め寄る。
必殺技?と言われた部分で、アキトの頬が引き攣ったが、その事については今は触れない事にする。

「う〜ん、どうなんでしょうね?
 この企画を持ち込んだ本人は、趣味と実益を兼ねて作ったみたいな事を言ってましたが。
 才能だけは有り余っていますから、多分実現は可能なんでしょうけど。
 それに、ルリちゃんとイネスさんも検証では今の所、問題無しと言ってるし。
 この後でシミュレーターで実際に試してみますよ。
 ・・・でも、なんで、なんでこんなシステムなんだ?」

自分で言っていて欝になったのか、アキトは必殺技?の前口上を思い出して項垂れる。
ルリも必死になって確認を行ったのだが、奇跡のバランスにより組上げられたハーリー作の新しいDFS制御システムに隙は無かった。
まず何が凄いかと言うと、IFSによる制御と並行して、必殺技?の前口上を述べる事で脳内のイメージとシンクロし、補助システムが働くのだ。
これにより、DFSの戦闘能力は更に桁外れな次元に突入する事を、ルリとラピスは保証した。

ついでに言えば、必殺技?の前口上無しではシステムが何故か作動しない事も保証した。
自分達ですら手を加えられないシステムを作った事に、人の執念を見ました・・・と、ルリとラピスが揃って降参するという珍事が発生していた。

しかし、アキトの羞恥心は別として、その威力と汎用性には目を見張る物があったのだ。

「あの時、地球でハーリー君の趣味を止められなかったツケが、これなのか・・・」

その桁外れな威力を知ってしまい、是非使いたい、でも使えば何か大切なモノを失いそうだ、アキトの内心は荒れていた。

そんな苦悩をしているアキトに呆れたような目を向けながら、ウリバタケも悩んでいた。
昼間に聞いたムネタケの話もそうだが、そんな問題を吹き飛ばすような相談を、またこのトリオが持参してきたのだ。
よくもまあこの短期間に次から次へと、ノーベル賞モノの発明を作り出すもんだと内心で呆れてもいた。

そのぶっ飛んだ内容の相談に、最初は開いた口が塞がらなかったウリバタケだが、今では興味心を押し殺す事に苦労をしている。


――――――実際、この技術というか必殺技?がアキトにより実現すれば、ナデシコにすら正面からの撃合いで撃沈できる。


目の前で青い顔になってブツブツと言ってる青年が、また一つ人外の階段を昇るのだ。
その手助けを出来る立場に自分が居る事に、ウリバタケは興奮し恐怖した。

もしかすると、取り返しのつかない事に自分は足を踏み入れているのかもしれない、と。

ふと視線を感じたウリバタケがそちらを見ると、イネスが艶やかにウィンクをしていた。
どうやら彼女は既に腹を括っているのだと、その仕草からウリバタケは悟る。

むしろ進んで関わりそうな気配を醸し出している。

「なあテンカワ、一つ聞かせてくれ。
 何でそんなに強くなる必要が有るんだ?
 今のままでも十分に木星蜥蜴共を殲滅できる力が、俺達にはあるじゃねぇか」

今現在、連合軍の中で間違いなく単機の戦闘能力トップを走っている青年に、ウリバタケは正面から問い質した。

「いざと言う時に、守りたい人を守る為です。
 そして自分自身が生き残る為に」

「・・・それって、お前と対等に戦える相手が居るって事だよな?」

「そうです、今でも相打ちなら勝てる自身はあります。
 でも相打ちだと、ルリちゃんとの約束を守れませんし、その後の事まで誰かに丸投げ出来ません。
 それに剣の師匠との約束も有ります、自分と相手の命を守る為には、今のままだと・・・力が全然足りない」

このテンカワにそこまで言わせる相手に、ウリバタケの背筋を氷の柱が貫く。
そしてテンカワの宣言を聞いて、当然ですと頷くルリの姿に少し救われた。

少なくとも、無目的に力を求めている訳ではないと、ウリバタケは理解する事が出来た。
そうなると俄然、このシステムに興味が湧いてくる事を止められなくなる。
きっとイネスも同じ様に質問を行い、同じ結論に達したのだろう。

アキトにはアキトの、ウリバタケにはウリバタケの、ムネタケにはムネタケの戦う理由がある。
つまりは、そういう事なのだ。

「・・・技の反動による強度計算とかはやっといてやる。
 シミュレーターでの結果ログは、何時もの隠しメールアドレスに送っておいてくれや」

「はい、了解しました」

腹を括ったウリバタケは、今度はこの必殺技?のお披露目で再び度肝を抜くと思うダチを思い、内心で苦笑をした。







その日のブリッジの夜勤には、中々に濃い面子が揃っていた。

「ふむ、異常は無さそうですし、アオイさんも一緒に少し息抜きでもしませんかな?」

「そうですね、じゃあこのチェックが終ったらそうします」

「ゴートさんは早く日報を提出して下さい」

「・・・うむぅ」

今日の出来事、と書かれた日報を前に巨体を小さくして考え込むゴート。
何故かジュン、プロス、ゴートという潤いのまるで無いメンバーが、ブリッジに揃って夜勤をしていた。

全く持って華がない、と全員が心の中で思っていたりもする。

「しかし、またぞろあの問題児達が裏でコソコソしているそうですね?」

「テンカワは無理だが、ホシノ君とイネス女史の動きは追跡が可能だからな、度々会議室で顔を合わせていれば予想は付く。
 そこに今日はウリバタケ班長とコンタクトを取った以上、何らかの謀が有ると見て間違いない」

プロスが淹れた珈琲を飲みながら、ゴートが自分の予想を話す。
それを何となく聞き流しながら、ジュンは自分の仕事を黙々とこなしていた。

アキトやルリの異常性について考える事は、既に無意味と判断をしていたからだ。

「アオイさんは今度はどんな隠し球を見せてくると、思っていますか?」

「多分僕が予想した事の、斜め上45度をぶっちぎると思ってます」

「・・・実に分かり易い表現ですね」

突然話題を振ってきたプロスに、ジュンは簡潔に返答をする。

実際問題として、このブリッジで『バーストモード』の初戦闘を見た時には、全員がその動きを止めていた。
ジュンとメグミは医務室で同衾して居たので、その場面をリアルタイムでは見逃したのだが。
後になって記録映像を見せられて、ジュン本人も開いた口が塞がらない状態になった事を覚えている。

「まあ、僕としてはユリカが無事にこの戦争を乗り切れる為なら、テンカワやパイロット連中の戦力増強は嬉しい事です」

「戦力増強ですか・・・単体でチューリップを殲滅するエステバリスを、これ以上どうやって強化するつもりなのだか」

コストパフォーマンスは凄いんですけどねぇ、とブツブツと言いつつプロスは何やら計算を始める。
そんなプロスを横目に、ゴートは一つ気になっていた事をジュンに尋ねた。

「その言い方だと、テンカワが艦長の為にならないと判断した時には、排除をすると聞こえるぞ?」

「その通りです」

至極あっさりと言われた台詞と、その内容の落差に思わずプロスとゴートの間に沈黙が落ちる。
だが裏の世界に名が知れている二人は、直ぐに精神の構築を果して話を続ける。

「お前達は良い友人関係を築いていたと思うんだがな?」

ゴートが再度、ジュンの真意を尋ねた。

「そうですね、得難い親友だと思ってますよ。
 テンカワは不器用で友誼に厚い、良い奴です。
 隠し事が多いのが玉に瑕ですが。
 その点で言うとガイは裏表の無い、実に分かり易い奴です。
 二人とも、僕の今までの交友関係では、一番踏み込んできた男友達と言ってもいいですね。
 ・・・そういえばアカツキの馴れ馴れしさも、有る意味では好ましいですね」

アキトとガイについて自慢そうに語るジュンの言葉には、嘲りや嘘が含まれているようには思えなかった。
取って付けた様なアカツキの扱いについては、色々と思うところがあるようだが嫌悪している感じでもない。

だがそうなると、先の発言との間に齟齬が生じてしまう。
プロスは眼鏡を引き上げながら、視線でその先をジュンに問い質した。

「プロスさんやゴートさんなら調査済みでしょ?
 ユリカと僕が士官学校に通っていた時、ユリカの才能を妬んだ奴等が複数居た事を。
 そして、僕がそんな下衆な奴等にどんな手段で報復していたか」

「・・・やはりそうですか、本人達からは証言を取れませんでしたから半信半疑でしたが」

士官学校を問題有りというレッテルを貼られて退学をした生徒が、何故か毎年のように学期初めに集中をしていた。
ナデシコクルーの募集をしていたプロスはその事に気が付き、少し本格的に調査を行ってみた。
その結果、問題のあった生徒達全てにミスマル ユリカとアオイ ジュンが関わっている事が判明したのだ。
当初は目を付けていたミスマル ユリカが、意外と曲者なのかと警戒をしていたが、スカウト時の顔合わせでそれは無いと判断した。

そうなると、問題の有った生徒達を追い出した存在は・・・アオイ ジュンが最有力となる。

「努力もせずに親の力だけで我を通すアイツ等は、ユリカが女性だという事に目を付けて、手篭めにしようとしてた。
 卒業後も自分達の支配下に置いて、出世も思いのままだと馬鹿な事を夢想してた。
 そんな事は僕には絶対に許せなかったし、そんな奴等を排除する為にユリカが手を汚す事も認められなかった。
 だから、全てを自分一人の力で解決したんですよ」

勿論、ユリカにはこの事は秘密ですよ、とジュンは真顔でプロス達に念を押す。

「だがアオイ、そこまでして艦長を護る理由は何だ?」

「・・・別に何かを求めている訳じゃないんですよ、ゴートさん。
 僕にとってユリカは大切な存在だから、汚されたくないから護ったんです。
 何処までも綺麗なままで、統合軍を導くような素晴らしい存在になって欲しかった。
 その為なら、僕は裏方になって汚れ役を引き受けても全然良かった」

そして、何かを思い出すかのようにジュンは笑顔を浮かべる。

「ユリカと出会ってから僕がユリカに逆らったのは、ナデシコに乗船して火星に向かった時だけです。
 どう考えても、そんな事は自殺行為にしか思えなかったから。
 でも、結局それもナデシコの潜在能力と、テンカワという存在を見切れなかった僕の判断ミスでしたけどね」

今度は自嘲気味に笑うジュンに、プロスが慰めるように話しかける。

「あの時点でナデシコクルーを始め、テンカワさんの才能を艦長が見抜いていたとは思えません。
 きっとそれも天運というものなんでしょうな」

「甘いですね、プロスさん」

予想外に強い声と口調で、ジュンはプロスの慰めの言葉を切って捨てた。

「あのユリカが、幼馴染かつ恋心を抱くテンカワを、何の根拠も無しに戦場に出す筈が無い。
 既に初回出撃時にその腕前が、自分の期待値を超えている事を確認していた筈です。
 本当に守りたい者がいる場合、ユリカは容易く賭けになんて出ないんですよ。
 本気のユリカは誰よりも綿密に、誰よりも臆病に事を運びます。
 その一端については、テンカワにDFSを使用させる時に、散々迷っている姿をプロスさんも見てたでしょう?」

それは、長年ユリカを見守ってきたジュンだからこその発言だった。

「・・・テンカワを排除する事が可能なのか?」

あのテンカワだぞ、と言外にその非常識さを乗せながらゴートが尋ねる。
質問を受けたジュンは、今度は苦笑をしながら答えた。

「テンカワ相手に正面戦闘で勝てる方法なんて、そうそう有りませんよ。
 ですから、昔から得意としている搦め手でいきます。
 僕のような奴でも、テンカワの脆い所は直ぐに分かるんですからね、脇が甘いんですよ、逆に心配になりますよ。
 ・・・そんな所までユリカと似てるんだから、有る意味お似合いのカップルなのかもしれませんね」

この話はお終いです、とばかりに背を向けたジュンにプロスとゴートは複雑な視線を向けた。
ジュンが自分達にこんな話をしたのは、何時か退学した者達の事をプロス達がユリカに尋ねる前に釘を刺したのだ。
きっと同じような口止めを、各関係者の弱味を握って行っていたのだろう・・・ユリカの耳に何も入らないようにと。
だからこそ、調査時にプロスの網にこの事実は浮かび上がらなかった。

学生の身分でこれだけの『仕事』を一人でやってのけたジュンに、プロスは軽い寒気を覚えてもいた。

ユリカの才能については、幾度に渡る実戦を勝ち抜いた事で信頼を置いている。
だが、いまいちパッとしないと思っていたジュンが実は隠し持っていた牙は、もしかすると想像以上なのかもしれない。

「・・・まさか裏関係に才能が有ったとは、予想外ですな」

「・・・確かに」

次々と自分の予想を超えていくクルー達の頼もしさに、プロスとゴートの顔には苦笑が浮かんでいた。







「第3回女子会の開催〜」

ミナトの宣言に合わせて、左右に座っていたユリカとルリがクラッカーを鳴らす。
ナデシコ内に有る会議場を一室貸切、夜勤対応を行っていない女性クルーの殆どがその場に集まっていた。

「では、今回はテニシアン島で動きのあった艦長とメグちゃんに拍手ー」

ノリノリな状態のクルー達から拍手を受けて、満面の笑顔でVサインをするユリカと、見事に日焼けをしたメグミが照れる。

「この調子でどんどん狙った相手を攻略しましょう!!
 皆も応援宜しく!!」

おー!!、と威勢の良い女性達の声が会議室に響き渡る。
完全防音の部屋を予約しておいて良かったと、ルリは内心で自分の判断を褒めていた。

それからはホウメイガールズが持ち込んだ食事を楽しみつつ、女性同士の情報交換会が始まる。
お互いに今現在誰を狙っているのか、隠し事無しで本音をぶつけ合う女性達。
戦艦という閉ざされたスペースなだけに、オープンに行こうというのが彼女達の合言葉でもあった。

それは命を賭けた戦場に、女の戦いを持ち込まない為の、彼女達なりの知恵だったのかもしれない。

テニシアン島でアキトとユリカが騒ぎにならなかった理由も、彼女達の影のフォローがあった為だった。

「それにしても、テンカワ君と艦長が急接近中ね。
 ルリルリはそこのところどう思ってるの?」

ミナトがさり気なくルリに話題を振ってみる。
艦長の対抗馬として全員に予想されているのが、このルリだったからだ。

「良い事だと思ってますよ?」

何時もの冷静な表情に陰りはなく、むしろ何を聞いてくるんです?的な視線を受けてミナトの顔に苦笑が広がった。

ミナトによりこの女子会が発足した当初は、何処か冷めた所が見受けられるルリは参加しないだろうというのが全員の見解だった。
しかし、いざ会を開いてみると、ちゃっかりとルリは自分の席と料理をキープしてその場に居た。
本当に、何時の間にか部屋の中に居て、全員の自己紹介にもすすんで参加をしていたのだ。
それどころか女性陣が狙っている男性の美味しい情報を、随所で提供するサービス精神まで見せた。

結果、女子会の不動の女幹部として女性クルーに崇められる存在となっている。

「私よりもリョーコさんの方が大変だと思うんですが」

さらっと自分への話題を受け流し、ルリは次のターゲットとしてリョーコに話題を振る。

「へっ、テ、テンカワと接してる時間は訓練とかを合わせると、艦長より長いからな!!
 偶には二人きりってのも良いんじゃねぇのか?」

「強がってる、強がってる。
 この前まで落ち込んでた癖に〜」

「イ〜ズ〜ミ〜!!」

強がりを言っていたリョーコの脇腹を突きながら告げ口をしたイズミに、リョーコがキレて襲い掛かる。
これも何時もの光景なので、他のメンバー達はやんやと喝采を送り、どちらが勝つか賭けまで行い出した。

「やっぱりアカツキさんって優しいよねぇ」

「そうそう、意外と紳士なのよね」

「お金の匂いがします」

「でも、傭兵やってるんでしょ?
 実家がお金持ちだっったりして」

「父親はどこかの企業の社長とか?」

きゃー、と騒ぎ立てるホウメイガールズを横目に、意外とモテてるわねあの道楽会長、と思いつつエリナは席を外す。
アカツキの話題になると、どうしても仕事上顔を合わせる必要があるエリナに質問が集中する為だった。

この女子会への参加当初はアカツキの彼女扱いをされ、本気で怒ったのもの今では懐かしい思い出だった。

「正直、ヤマダさんの攻略は難しいと思うんですよ」

「う〜ん、その意見には同意するけどね。
 あのヤンチャな所も可愛いと言うか」

「アレが可愛いって・・・ヒカル、末期よあなたの趣味」

「エリナさんの相手も、大概にぶっ飛んでると思いますけど?」

片隅でガイについて意見を述べていたヒカルとメグミに、話相手を探していたエリナが乱入する。
そんなエリナの断定に対して、苦笑するだけのヒカルに替わってメグミが抗議の声を上げた。

「あれは飛んでる訳じゃなくて、壊れてるの」

「そうだな、ぶっ壊れてるって感じだな」

「今も基礎から再建中だしねぇ」

それに対してエリナ、リョーコ、ユリカの順に意外な反論がされた。
三人はお互いに視線で牽制をしあった後、トップバッターとしてエリナが口を開く。

「私の場合は、そこそこの時間彼に付き合ってたから、人物鑑定してて分かった事だけどね。
 彼って自分の人生に対する拘りが無いのよ。
 料理にしたって、ルリルリとの約束が有るから、って建前で修行しているだけ。
 戦闘に関しては、ナデシコを守る為に己を省みずに鍛え込んで、その挙句突き抜けちゃったでしょ?
 じゃあ戦争が終ったら?
 そこから先がまるで見えない、こっちに見せようとしない。
 建前的な将来像を聞いた事は有るけど、全然本気さが感じ取れなかったのよね。
 つまり、刹那的過ぎる壊れた生き方しか選んでないのよ、あの馬鹿」

アルコールは持ち込んでいない筈なのだが、顔を赤くしながらエリナが先ほど発言について説明する。

「俺の場合は、武術的な視点から気付いたかな。
 今は爺ちゃんとの修行で、有る程度マシになってるけどな。
 最初に火星に行く時は、戦闘中とか訓練中にしょっちゅう死人の目をしてたんだ。
 死人と言っても何ていうかな、武術で言う所の死域ってやつなんだが・・・己を省みない刃って事。
 何時でも誰の為にでも命を捨てられる強さなんて、壊れてるって事だろ」

リョーコも普段とは違い、淡々と過去を振り返りながら言葉を吐き出す。

「う〜ん、エリナさんもリョーコちゃんも良く見てるんだね。
 私は再会した時から、直感的にどこか歪なモノを感じてたんだ。
 それが戦闘を繰り返す度に大きくなってるのは分かってた。
 顔は笑顔だけど、こっちをちゃんと見てない・・・ううん、鏡越しに違う誰かを見ている感じかな?
 しかも、本人もその事を自覚していて、余計に距離を取りたがってる。
 その矛盾が負担になって、何処か壊れた感じを受けていたけど」

ユリカも表現がしにくい自分の直感について、試行錯誤をしながら全員に説明を試みていた。

「それが最近になってマシになってきた、という事ですね」

「「「うんうん」」」

三人の話を黙って聞いていたルリが、何故か嬉しそうに微笑みながら話を纏めた。
その事を不思議に思いながらも、ユリカ達は一斉に同意をする。

「これからも皆さんが頑張ってくれれば、何時かアキトさんを救えるかもしれませんね」

期待しています、と言い残してルリはその場を去った。
後に残された女性陣が引き止める間も与えない、見事な引き際だった。

「・・・考えてみれば、あのルリルリも不可解な点が多い子なのよねぇ」

ミナトの独白に思わず全員が頷いた。






深夜に近い時間になり、ルリの部屋に呼ばれていたアキトが、こっそりと天井から現れる。
既にお馴染みの登場方法なので、ルリも驚きはせずにお茶の用意をする為にベットから立ち上がった。

そして一息ついた所で、今回の難敵について相談を始めた。

「正直な話、どうやってナナフシを攻略しようか?
 理想は初撃を放つ前に、エステバリスで先行して破壊するのが良いと思うけど」

「統合軍にすらまともに情報が無いのに、私達がその詳細情報を持ってるのは怪しすぎますからね。
 それとなくムネタケ提督にも確認しましたが、ナナフシ関連の情報は何も通達されていないそうです。
 それなのに、私達がグラビティ・ブラストの射程外から、マイクロブラックホールで狙われています、なんて話を流石にユリカさん達に公開出来ません」

根拠を出してと言われた場合、何も提出できないのだから。
自分自身で置き換えても、あまりに怪しすぎる話だとルリは思った。

「ハーリー君の執念が実って、必殺技?も使えるようになったし。
 むしろ、他人が見ていない状態で俺はナナフシを必殺技?でぶっ飛ばしたい」

「・・・気持ちは分かりますが、少しは自重して下さい」

つい先ほど、シミュレーター内でのテストで見事に必殺技?は発動した。
それはもう呆気ないほど簡単に、そして凶悪なまでの威力を見せて。
流石にその威力を目の当たりにした時には、アキト本人と立会いをしていたルリとイネスも開いた口が塞がらない状態だった。
きっと、後でログを見たウリバタケも自室で絶叫する事だろうと、その場の全員が予想していた。

「しかも、その時のイメージが強く脳に焼き付いたせいで、ますます前口上が必要になるって・・・どんな罠なんだ?」

「ハーリー君もやりますね。
 脳に強烈な刺激を与える事で、より強くその事象を刻み込む。
 つまり暗示のようなモノです。
 これで、もう二度と、前口上無しに必殺技?は使えませんよ」

「うわぁ・・・」

ルリに止めを刺されたアキトが、力なく頭を垂れる。
そんなアキトの頭を撫でて慰めつつ、弟分の成長を喜んでいいのか悲しんでいいのか、ルリの内心もかなり複雑だった。

やがて、落ち込む事にも飽きたのか、アキトがふと思いついたような顔で提案をしてくる。

「さり気なくユリカが通る通路に、ナナフシについてのデータディスクを置いておくとか?」

「・・・・・・本気で言ってませんよね?」

ルリの視線に危ないモノを感じたアキトは、良い勢いで頭を左右に振る。
ちなみに、アキトは本気だった。

「こうなったら、さっき言った通りに独断専行で俺が飛び出して、ナナフシを殲滅した方がいいかな」

「それは一番最悪な手ですね、アキトさんが良くても私が絶対に止めます」

「そ、そうなんだ?」

更に険しくなったルリの視線に圧され、アキトは心の中でラピスに話しかける事で現実逃避に入った。
もっとも、既に就寝中だったラピスにも不機嫌にあしらわれ、部屋の隅で煤ける結果となったが。

そんな緩い状態のアキトを観察しながら、ルリは最悪手を気軽に行おうとしているアキトに危機感を高めた。

「アキトさんは、自分が揮う力がどれほど凄いモノなのか、ちゃんと自覚していますか?
 ましてや今や必殺技?なんていう、最早冗談みたいな攻撃手段も持ち合わせているんですよ。
 以前のヤマダさんみたいに、自分の我を通せる一兵卒ではない事は分かっていますよね?」

「ん、まあ、自分がエステバリスに乗った場合、桁外れな存在になるというのは分かっているよ」

「なら、身内にそんな存在を抱えているクルーの皆さんが、アキトさんが軍規違反や命令無視を軽々しく行うと知ったら、どんな事を考えるか想像出来ますか?」

「俺の事を・・・危険視する、か」

ルリが言いたい事について思い当たったアキトは、焦れた様な表情をしながら天井を見詰める。

培った実力を十全に発揮できない、問題の多い自分の愛機。
磨き上げた力を思い通りに揮えない、雁字搦めにされた現状。
未来を知っているのに、わざわざ罠に嵌るしか手が無い現実。

アキト本人も自分の考えや行動が軽率であり、一部のクルー達から危険視されている事を自覚していた。
だが、そんな事よりもナデシコに迫る脅威を何とかして排除したかったのだ。

暫くの間、アキトの思考が落ち着くのを待っていたルリは、空になっていたアキトの湯飲みにお茶を注ぐ。

「かなり賭けの要素が強いですが、『戻る』前と同じ箇所に砲撃が来ると予想してナデシコの運行を行います。
 タイミングを合わせて、攻撃を受ける予定のブロック周辺を無人にするつもりです。
 もし、ブリッジが狙われれば終わりですが・・・
 それと前回迎撃された連合軍の戦艦の情報を手に入れたとでも説明して、ユリカさんに超遠距離砲撃について注意を呼びかけてみます」

「それもユリカからすれば、怪しい話に聞こえるだろうなぁ」

そんな理由でユリカが納得するだろうか?と首を傾げるアキト。
しかし、次に放たれたルリの言葉を聞いて、アキトは湯飲みを持ったまま絶句した。

「・・・多分、ユリカさんは薄々ですが、私達が何らかの形で木連の情報を持っていると勘付いています。
 私達も過去の悲劇を回避しようとして、形振り構わず動きすぎた部分も有りますからね。
 ですから、周りを説得できる形で情報を提供できれば、ユリカさんの方で上手く動いてくれると思います。
 アキトさんや私に問い質してこないのは、何時か話してくれると思って待っているからですかね?」

「どこまで優秀なんだよ、アイツ・・・」

こちらには未来の記憶という圧倒的なアドバンテージがある筈なのに、それすら見透かされているような気分をアキトは味わっていた。

「浮気とかは絶対に出来ないでしょうね」

クスクスと楽しそうに笑うルリを見て、アキトは赤い顔をしながら口を開け閉めしている。

『戻る』前の記憶に引き摺られていたアキトが、ようやくこの時代の人達と向き合おうとしている事にルリは気付いていた。
そういう意味では以前には存在していない、ミナトが開催した女子会という情報交換の場は、ルリにとって嬉しい誤算だ。

『戻る』前とはまるで違う人物像。
『戻る』前には予想もしていなかった人間関係。
自分も、アキトも、あの人も、この人も、何もかもが少しずつ自分の知る人から、別の未来に変わっていく。

だが、そんな事を考えつつ、優しい大好きなクルー達を冷静に観察している自分に、時々嫌気が差す時があった。




「・・・未来なんて、本当は知らない方が幸せだと、最近良く思うんです」








――――――不意に真顔になり、ポツリと呟いたルリの言葉に、アキトは無言のまま頷いた。







 

 

 

 

第十一話その2に続く

 

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