< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

第十一話 その2

 




2197年10月

「目標ナナフシ付近に強力なエネルギー反応有り!!」

「まさか遠距離砲撃?
 フィールド全開、いえ緊急回避!!」

「了解!!」

――――――その次の瞬間、映像が激しく乱れて記録は途絶えた。





会議室に集まった主要なクルーの前で、先ほど行われた戦闘についての記録映像が終る。
全員が黙り込んだまま、不機嫌な表情で最早何も映していない壁を見詰めていた。

「ここで緊急回避を選択した事が幸いしたわね。
 ナナフシが放ったマイクロブラックホールは、ディストーション・フィールドを紙のように貫通。
 その後、ナデシコの右舷に直撃して11ブロックほど消失させたわけね。
 もし、緊急回避を選んでなければ、ブリッジに直撃していた可能性も有ったわ。
 そのおかげで今回の攻撃による、人的損害は幸いにも無し。
 ついでに言えば、次にナナフシがマイクロブラックホールを生成するには、12時間ほど掛かるはずよ」

「それまでに、あのナナフシを破壊しなければいけない、って訳ですね」

「その通り。
 タイムリミットは早まる事はあっても、遅れる事は無いと思ってくれていいわよ」

満足気な顔でイネスの説明が終わり、こちらは顔を顰めたままユリカが確認を行う。
ナデシコの被害は予想以上に大きく、2つの相転移エンジンのうち片方が完全に停止していた。
ウリバタケからの報告によるとこの修理を行う為には、整備班全員で掛かっても一週間は掛かるという見通しだった。
現在も突貫で復旧作業が行われているが、流石のウリバタケ達でも12時間での再稼動は不可能だった。

つまり、ナデシコには修理後に一時撤退という手を選ぶ事は出来ない。

「ジュン君、ナナフシまでエステバリスで飛行可能かな?」

「無理だね、ギリギリ辿り着けそうだけど、攻撃までバッテリーが持たない。
 それと空戦型に増設バッテリーは積むのは、動きが極端に悪くなるから良い的になるだけだね」

それは既に考えていたのか、ユリカの問い掛けに対してジュンは素早く回答をする。

「そうなると、陸戦型のエステバリスに増設バッテリーを抱えて、地面を行くしかないのかな」

「今出来る最良の攻略手段としては、それしかないかな。
 まさか歩兵を使って破壊工作に行くわけにもいかない。
 まず間違いなく、ナナフシ周辺には護衛用の無人兵器達が配置されてるはずだ」

ユリカとジュンの会話を聞いていたアカツキが、白兵戦については無敵で不敵な友人に話を振ってみる。

「テンカワ君この極秘任務を請け負ってみないかい?」

ヒーローになれるよと、気楽に肩を叩きながらアキトに無茶振りをする。

「相方はアカツキが務めてくれるなら、行ってやってもいいぞ。
 ちなみに、無人兵器に囲まれた時には囮として見捨てていくけどな」

「ははは、なら足手まといを最初から連れて行くなよ、この脳筋野郎」

お互いに良い笑顔で罵った後、表に出ろと宣言して会議室を出て行こうとする二人。
それを見て溜息を吐いていたエリナが、問答無用で資料の挟まったボードで二人の頭を叩き、自席に座るように叱り付ける。

アキトからすれば『戻る』前と同じ状況なだけに、結果的に同じ対処法になるだろうという楽観的な思いがあった。
それに前回と違い、羞恥心は別として自分の切り札も充実している為、それほど苦戦はしないという自信が有る。
ただ、切り札を使用する時は、せめて現場を見ているのがルリだけにして欲しいという切実な思いがある。

アカツキについては内心では少々焦ってはいるが、下手に騒いだところで意味が無いと言う開き直りがあったので、アキト相手にふざけてもいた。
昔に比べると自分の命が掛かっている状況でも遊べるほど、図太くなっているとも言えた。

それが成長なのか堕落なのかは、二人を良く知るエリナにしか分からない部分だろう。

「何やってるんだよ、二人揃って」

「「いや、暇だったもので・・・」」

大人しく自席に戻った二人だが、ガイにそんな突込みを入れられる辺り、当人達に緊張感が欠如していると思われても仕方が無いだろう。
だが、彼等の言い分としては実際に意見を上層部から求めらている訳でも無いし、軍事について専門教育を受けたエリート達に意見を言うなど論外だ。

殆ど現場での経験しかない二人には、実は訓練学校出のガイよりもこの手の会議については苦手だった。

「経営会議ならまだ茶々を入れる事も出来るんだけどねぇ」

「俺はその場合でもパスだな」

「何だよ経営会議って?」

結局暇なのは一緒なのか、今度はガイまでがアキトとアカツキの小声での会話に参加する。
そんな会話を聞いてしまい、会議室で真面目に戦術を練っていた一部の人間の額に、ぶっとい青筋が浮かび出した。

ジュンが遊んでいる三人に雷を落とそうとした瞬間、ブリッジでナデシコ周囲の警戒を行っていたルリから緊急警報が入る。

『ナデシコを中心にして完全に敵に囲まれました』






ウィンドウ上に表示された敵の数に最初は呆れていた面々だったが、次の瞬間には余りにマニアックな敵の登場に一部の人間が歓喜した。

「うぉぉぉぉ!!
 ありゃティーガーじゃねぁか!!
 すげぇ、動いてる戦車なんて初めて見たぜ!!
 M1A1もあるぞ!!」

「ウ、ウ、ウリピーあれって、もしかして90式戦車だよ!!」

「何ぃ!!本当かヒカルちゃん!!
 動画、動画を取るんだ、早く!!」

「「「「・・・」」」」

ナデシコ周辺を埋め尽くす多種多様な戦車について、事細かく説明し出したマニア二人に、流石に付いていけないクルー達。
過去の兵器に興味が無いガイも、流石に今のヒカルのテンションには付いて行けず戸惑っていた。

「なあ、ヒカルの趣味って広すぎないか?」

「まあ、男の好みについては極端っぽいし、良いんじゃない?」

三人娘の残り二人も、どういう反応をしていいのか悩んでいた。

そんなクルー達を見てプロスが痛み出した胃に手を当てている時、隣で同じ様に呆然とした声で呟きが漏れた。

「・・・そんな、あれはまさかアパッチなのか?
 それにブラックホークまで・・・
 まさか実機が動いている所を見れるなんて、信じられない」

何故か隣で涙ぐんでいるジュンを見て、プロスは無言のまま携帯用のサプリケースから、愛用の胃薬を取り出した。
すると何時の間にか隣に来ていたエリナが、無言のまま水の入ったコップを手渡す。

「有難う御座います」

「どういたしまして、今プロスさんに倒れられると、私があの問題児達の面倒を見ないといけなくなるので」

「・・・打算尽くですか」

引き攣った笑みを浮かべながら、転職について考え込むプロスだった。




「どうやら敵はこの周辺の工場を利用して、過去の兵器を大量生産したらしい。
 これで現状の解決策として、白兵戦でのナナフシ破壊の線は完全に消えたな」

感動の海から復帰したジュンが場を誤魔化す為に、真面目な顔で発言をする。

もっとも今更取り繕ったところで、やっぱりコイツもナデシコクルーか、という全員の視線が変わる事は無い。
地味にゲキガンガーについて批評していただけに、ガイの生温い視線に泣きそうになっている。

「しかし、過去の兵器とは言っても数が数だ、その飽和攻撃のせいでナデシコはますます身動きが取れなくなっている」

そんな視線を振り払いつつ、ジュンはキャラに似合わない大きな身振り手振りで目の前のウィンドウを指差す。

そこではナデシコのフィールドには今の所問題は無いが、陸と空から恐ろしい密度の飽和攻撃がされていた。
そのせいで、残りの相転移エンジンの出力は全てフィールドに喰われてしまい、攻撃をする余裕など一欠けらも残されていなかった。

「連合軍の艦体が誰も帰ってこれないわけね。
 長遠距離からはマイクロブラックホールでフィールド貫通で狙撃されるわ、撃沈を免れても不時着した先で遺物に飽和攻撃されるんだもの。
 連射できないって分かってたら、艦隊規模の物量作戦が使えたのに」

遺物何て言うなー、と抗議をしてくる一部の人間を無視しながら、ムネタケが呆れたように発言する。
実際、宇宙での戦闘を目的とした戦艦に、火薬式の砲弾を撃ち込む機会などまず無いのだ。
いってみればこの戦車やヘリによる攻撃は、この戦闘区域のみに限定された戦法だった。

「どう考えても遺物でしょーが。
 今時の泥沼状態の紛争地域でも、こんな戦車やヘリを使ってる所なんてないわよ」

「でも生身の人間相手には、十分に殺傷能力が有ります。
 ちなみに、連合軍には現状の報告を入れましたので、次からは艦隊で討伐に向かわれる思います」

ルリから的確な突っ込みをもらい、黙り込むムネタケ。

「で、頼んでいた救援については?」

「毎度の如く『時間が足りない』そうです」

「・・・あ、そう」

ルリからの報告を受けて、何処か遣る瀬無さそうに返事をするムネタケ。
予想はしていたが、自分が所属する軍という組織に対して諦観染みた思いがその顔に浮かんでいた。

「とりあえず時間が勿体無いから話を戻そうかな。
 白兵戦は行う以前に、ナデシコのフィールドから出られないから駄目。
 エステバリスで飛行して行くとしても、バッテリーの問題があって無理。
 かと言って、地上を走行して行くためには、戦車からの飽和攻撃が邪魔。
 うーん、正攻法じゃ無理かなぁ・・・」

前向きにうんうん唸っているユリカに対して、アキトは何かを言おうとして口を閉ざすという行動を繰り返す。
その心情を汲んでいるルリは、自分からは何もアクションを起さずに、冷静な瞳でアキトがカミングアウトをするのを待っていた。

しかし、残された時間は刻一刻と迫っている。
そしてアキトの葛藤を知りつつも、その被害者として早々に事態を動かしたい存在がこの場には居たのだ。

「ぐふふふふ、そうかぁ手が無ぇのか、艦〜長〜?」

「うわぁ、何だか色々な意味で引いちゃいますが・・・
 何かウリバタケ班長に妙案が有るんですか?」

眼鏡を光らせながら迫ってくるウリバタケに、本能的に危機を察したユリカがアキトの背後に隠れる。
わざわざ隣に居るジュンではなく、アキトを選ぶところにユリカの内心が良く出ていた。

「ふぇへへへへへ、テンカワの奴は自分から言い出すには、踏ん切りが付かないみたいだからなぁ。
 俺が奴の秘密を教えてやるよぉぉぉぉぉ!!」

「なっ、ウリバタケさんまさか!!」

焦った表情のアキトがにやけるウリバタケに向けて拳を構えた時、ウリバタケからの合図を受けたルリが映像をスタートさせた。
ルリ自身、最近のアキトの暴走っぷりに思う所があるので、今回はウリバタケの味方についたのだ。

突如現れたテロップと、ウリバタケの声によるショートークに全員の視線が、何事だとばかりにそちらを向く。

『テンカワ アキト、108の必殺技について今日は語ろう』

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



――――――そして、アキトの悲鳴がブリッジに響き渡った。







「やー、やー、見事なヒーローショーだったねテンカワ君。
 僕はもう感涙で前が見えないよ、うん」

「そうだな、最後の方ではもうノリノリだったしな」

「アキト、すげぇなー、俺もあんな必殺技?が欲しいぜ!!」

当然ながら純粋に褒めているのはガイ、一人だけだった。
最初の二人、アカツキとジュンについては、何処まで非常識な事をしてくれるんだこの男は!!という意味が含まれている。

「・・・何ていうか、一人で激戦区に放り込んでも制圧出来るんじゃない、このヒーロー?」

「補給とメンテナンスを考えなければ確かにそうかもしれませんな。
 何しろヒーロー?ですし」

「だろ、俺も初見の時に珈琲を吹き出したからな。
 地元に帰ったらガキに良い土産が出来たと思って、途中で開き直ったけどな。
 あ、守秘義務に引っ掛かるか、残念無念。
 それにしてもやっぱヒーロー?は違うな」

「あああああああああああああああ!!」

ムネタケとプロスから生温い声援を受けて、ウリバタケからは笑われて、ついにアキトが奇声を上げながら床を転がり出す。
それを見ていたゴートが珍しく笑顔で止めを刺した

「ナイスファイトだヒーロー」


――――――アキトは真っ白に燃え尽きた。


男性陣による精神的リンチ現場を横目に、女性陣は現実的な話をしていた。
真っ白になった当人について、誰かが弄らないと復帰は出来ないと思うので、その被害者として自ら志願した彼等の死を無駄にしない為に。

「『バーストモード』で突き抜けたと思ってたけど、まだこんな底があったなんてね。
 というか上げ底が酷すぎない?」

「ちなみにその底は、最近になってハーリー君からの協力により発生しました。
 正確に言うと数日前です」

「ああ、あの子ね・・・」

何時か何かを仕出かすと予想していたエリナだが、予想以上にアキトと相性が良かったのかしら?と場違いな感想を抱いていた。
しかし、エリナ以外にハーリーに面識を持っているのはアカツキだけなので、ユリカが興味を引かれて顔を出してきた。

「ルリちゃん、ハーリー君って誰?」

「アキトさんの揮う108の必殺技を考案し、作成し、運用まで乗せ上げた狂気の逸般人です」

「へ、へぇ〜、そうなんだ」

余り関わらない方が良さそうだと、ルリの表情と口調から察したユリカはアキト関係以外では空気の読める女性だった。

「まあそれはそれとして、これなんて使ったらアキト一人で包囲網を突破出来そうじゃない?
 う〜ん、流石はアキト!!私の王子様にしてヒーロー!!」

瞬時に精神的構築を果したユリカは、先ほどのヒーローショーの中から気に入った必殺技?を一つ提示する。

「艦長、それってナデシコの前半分も効果範囲に入ってるぞ」

しかし、即座に効果範囲について難がある事をリョーコに指摘されてしまった。
えー、何でー、と口を尖らせて文句を言うユリカを尻目に、リョーコ自身も先ほどの動画からお気に入りの必殺技?をチョイスしようとする。

だが、どれをとっても威力が桁外れ過ぎてナデシコ付近で使えない。

「私のお勧めはコレね」

「・・・イズミちゃん、それって余波でナデシコが輪切りになっちゃうよ。
 ただでさえフィールド内で使わないといけないんだから。
 そうなると、やっぱりドリルだよドリル、漢のロマンだよね!!」

「「ないない」」

ヒカルの提案はリョーコとイズミよって却下された。

「私は見た目も派手だったこの必殺技?かな」

「うわっ、意外な所を攻めますねミナトさん。
 私としては地面に潜っていけそうな、コレがお勧めです」

「・・・メグちゃん、貴女の趣味もどうかと思うわよ?
 エリナはお勧めとかあるの?」

「んー、色合いで気に入ったものがないのよねぇ。
 今の時期なら秋物だし、暖色系が良いかな」

「「色合いで選ぶって・・・」」

先ほど見せられたシミュレーター内の映像にて、想像をぶっちぎる威力の数々を見せられたクルー達はとうとう理解する事を諦めた。
DFSと『バーストモード』の相乗効果は、冷静に受け止める事は到底無理な威力を全員に思い知らせたのだ。
味方だと分かっているが、余りに飛びぬけてしまったその戦力に恐怖すら麻痺しかけているクルー達。
自分達の理性を守る意味も込めて、今は現状を打破する為にアキトの必殺技?に頼ろうと一致団結する。

そうなると、何故か会話の内容が最早バーゲンセールの商品並みに扱われているアキトだった。

その女性クルーの背後では、とうとう羞恥心に耐えられなくなったアキトが復活し、男性クルーを相手に涙目で大暴れをしていた。



「よーし、じゃあ意見を纏めるよ。
 1.ナデシコ正面の敵を殲滅させる。
 2.ナデシコに影響を及ばせない。
 3.ナデシコのフィールドを内部から貫ける。
 以上の特徴を兼ね備えた必殺技?として『咆竜斬』が選択されましたー」

全員拍手ー、とボロボロの姿になったジュンが音頭を取り、次の瞬間にはブリッジ中に拍手が起こる。
そんな拍手の中、アキトは再び燃え尽きた灰になっていた。







「で、何をブツブツ言いながら、お握りを作ってるんだい?」

「色々と吹っ切れたつもりでしたが、まだまだ甘かったという事を自覚したんです。
 というか嫌な予感だけが当たるこの現状を呪っています」

アキトが何処か悟ったような笑みで、ホウメイの質問に答える。
どちらかというと虚ろなその瞳を見て、こりゃ重症だねとホウメイも内心で唸る。
何かを深く後悔しているとか、怒っているとかの激しい感情ではない、何かこう、取り返しのつかない事をしてしまった感が伺えるのだ。

まあ、それでも以前のように危うい気配がなりを潜めただけも成長したのかもしれないね、とホウメイは内心で頷いていた。

「テンカワさーん、次の出撃時に凄い隠し芸を披露してくれるって本当ですかー?」

ホウメイガールズのサユリが、無邪気な笑顔でそう尋ねてくる。
悪意無きその問い掛けに対して、アキトが頬を引き攣らせながら逆に質問を行った。

「そ、そ、そんな話を誰に聞いたのかな?」

「ウリバタケさんとかアカツキさんが、ナデシコ各所で説明してましたよ?
 あ、そういえば珍しい事にムネタケ提督もノリノリで会話に参加してました」

アキトの心にある仕返しリストのTOP10内に、アカツキとウリバタケがランクインした瞬間だった。
ちなみに、ごく最近にはハーリーの名前もそのリストに入っている。

「ま、まあ楽しみにしてるといいよ、うん」

目が泳ぎまくっている怪しい挙動のアキトに対して、サユリは可愛く首を傾げた後にはーい、と言い残してその場を去った。

「こら、食べ物を粗末にするんじゃないよ」

呆然と立ちすくむアキトの脳天にチョップを入れて、再起動をさせたホウメイが苦笑をしながら指摘する。
自分が無意識の内に握りつぶしていたお握りに気が付き、苦笑をしながらアキトは手についた米粒を口に運ぶ。

「もう出撃まで時間が無いんだろ?
 おまえさんがレーションだと味気が無いって言って、弁当を作ろうとしたくせに。
 まったく、何時までもウジウジと悩んでるんじゃないよ。
 腕っ節ばっかりが上がって、精神的には全然成長してないじゃないか」

「いや、確かにそうなんですが・・・」

何やら吹っ切れないようすのアキトに、苦笑をしながらホウメイは自分が用意したバスケットを手渡す。
そこには全然手が進んでいないアキトを思って、自分が並行して作成しておいた弁当が中に入っていた。

「このままじゃ、私達は全員くたばっちまうんだろ?」

「・・・はい」

「私らいい年の大人からすれば心苦しいし情けないが、アンタがそれをどうにか出来る」

「・・・はい」

「なら胸を張りな、戦場で小便垂れてママって泣き叫びながら戦ってる奴等も居るんだ。
 そいつ等に負けない位に恥を掻いてでも、生き残って飯を食える奴は幸せなんだと私は思うよ。
 ナデシコクルー全員の命や期待を一身に背負うっていうのは、私には分からない桁違いなプレッシャーだろうけどね。
 結構キツイこの状況であの娘達や艦長達が笑っているのは、アンタを信頼しているからなのは確かなんだからさ」

勿論、私も信頼してるよ、そう言って笑いながらアキトの背中を豪快に叩き、ホウメイはアキトを送り出した。
尊敬するホウメイからの発破が効いたのか、吹っ切った表情になったアキトは格納庫に向けて力強く足を進める。

その背中を見送りながら、数ヶ月前にはどこか儚い印象があった背中が、随分と逞しくなったものだとホウメイは感じていた。







騒々しい発砲と着弾の音に歓迎されながら、漆黒と赤のエステバリスが地面に降り立つ。
漆黒のエステバリスはノーマルモード、赤のエステバリスは補助タンクを多数取り付けた陸戦型になっていた。

『リョーコちゃん、ルリちゃんイネスさんから説明は受けてる?』

『受けてなけりゃ立候補なんてするかよ。
 まあヤマダの奴がやりたがってたが、俺の方が『バーストモード』の制御については上だからな。
 まったく、補助が無けりゃ使えないような必殺技?を考えるなよ』

『それには同感するよ』

自分一人だけなら暴発しても後悔は無いアキトだったが、今はナデシコクルーの命運を背負っていた。
しかも実際に使用するのは初めてという必殺技?に不安が無いわけではない。
そして最後に行われた技術検証の結果、今のエステバリスの出力ではどうしても越えられない問題が発覚した。

その欠点を告げられた時、精緻なデータ取りをする暇が無かった事を悔やむアキト達だった。

だが、既に他の手を打つだけの時間は残されておらず、急遽対応策が考えられた。

『アキトさん、そろそろ予定の時間です』

『アキト、リョーコちゃん、頼んだよ!!』

ルリに予定時刻を告げられ、ユリカから応援を受けたアキトは無言のまま腕を上げて声援に応える。
ナデシコ内では殆どのクルーが仕事を止めて、今から数えるのも馬鹿らしい戦車とヘリの群れに立ち向かう二機を見守っていた。

その視線を研ぎ澄まされた感覚により感じ取ったアキトは、顔に笑みを浮かべていた。
確かに、過去で自分はヒーローに憧れていた時期があった。
だが、『戻る』前にその思いは完膚なきまでに叩きのめされ、逃げ出した臆病者が、何故か再度同じ舞台に立った。

ホウメイの檄により吹っ切れたアキトの心には、静かな闘志のみが燃えていた。

やがて、漆黒のエステバリスがDFSに白い刃を発生させながら頭上に構えを取る。
そしてその後ろに居た赤いエステバリスが、腰を落として踏ん張る体勢になりながら、漆黒のエステバリスの胴体部分を両腕で掴んだ。

『準備OKだテンカワ!!』

『分かった、後は頼んだよリョーコちゃん。
 ・・・バーストモード発動!!』

次の瞬間、飢えた獣のような音を立てながらDFSが倍増したエネルギーを吸い込みだす。

『我が身が受けし、怒りを、悲しみを、嘆きを喰らえ!!』

アキトが必殺技?の前口上を始めた瞬間、荒れ狂っていたDFSの周囲のエネルギーが一気に収束し始める。
その影響を受けて周囲に異常な重力場が発生し、二機のエステバリスにとんでもない重圧を掛け出す。

『前半分でこの状態かよ!!
 ったく、これが終ったら覚えてろよ!!』

フィールド越しにでも軋みだした愛機に戦慄しつつ、リョーコは『バーストモード』を発動させる。
そして、DFSの先に発生した漆黒の渦・・・マイクロブラックホールに吸い込まれようとするアキトを、スラスター全開で必死に繋ぎとめる。

此処が戦場で、生身ではないはずなのに、何故かリョーコにはアキトの体温を感じる事が出来た。

『吼えろ、叫べ、全てを喰らい尽くせ!!』

『っ!!』

最後の瞬間に向けて内圧を高めるDFSのエネルギー量に、本能的な恐れを抱きつつ、絶対に離さないとばかりにエステバリスを更に抱き寄せる。
未だ完全に『バーストモード』を操りきれないリョーコには、余裕というものは全く無かった。
ただ、この手を離してしまえば、本当の意味でアキトが遠くに行ってしまうという事だけは、嫌でも理解していた。

リョーコの視界には地面を埋め尽くす戦車も、空中を飛び回るヘリも目に入らず、ただアキトの背中だけがあった。


――――――歯を食いしばり、極度の集中をしているリョーコの脳裏にルリとの会話が蘇る。


『これほど間近にマイクロブラックホールが発生するのですから、その影響力は計り知れません。
 生身なら一瞬でお陀仏ですよ。
 まあ、本来なら宇宙空間でのみ使用するような必殺技?ですし、環境への配慮も不要と思われていました。
 ですが、今回は例外中の例外として、地上での使用が必要となっています。
 よって前述した通り、何より一番近い位置に居るアキトさんの機体への影響度は、とんでもないモノになります』

『それを防ぐ為に俺が同行されるって訳だな』

『私達もテスト項目を制御システムのみに絞っていたのが徒になりました。
 本来ならもっと早くに、この危険性に気が付くべきだったのに・・・』

『そりゃあ、あんな必殺技が108もありゃな』

『でも、それって言い訳なんですよね。
 それに、今回の作戦に私の入る余地は一欠けらも有りません。
 ですからリョーコさんに全てを託します。
 どうか、アキトさんが遠くに行ってしまわないように、繋ぎとめて下さい。
 これはリョーコさんだからこそ、頼める事だと思っています』

『・・・ああ、任せとけ』

あの時のルリは間違いなく女の顔をしていた、リョーコはそう確信している。
自分が想う大切な男を傍で助ける事が出来ない、だからこそ代わりに手助けをするリョーコに全てを託したのだと。



『穿て!! 咆竜斬!!!』



その瞬間、引きずり込もうとしていた力のベクトルが反転し、押しつぶすような圧力がリョーコに襲い掛かってきた。
必死にそのタイミングを計っていたリョーコは、神懸り的な反射でアキトのエステバリスと自機を最大硬度のフィールドで包み込む。



――――――次の瞬間、前方から発生した衝撃波によりアキトとリョーコの機体が大きく吹き飛ばされた。






ヨロヨロと起き上がった二機のエステバリスが、お互いに励ましあうように立ち上がった。
赤いエステバリスは目前の光景に自失していたが、漆黒のエステバリスに手を引かれることで我に返って動き出す。

その行く先は正に無人の荒野の如く、全てを喰い尽したナニかが通過した痕。

地表に動いている物はおらず、空中にも鳥一匹すら姿は見えない。

一部始終を見ていたナデシコクルー達からは、何も発言は無い。
何を言ったところで、自分達が見た事を、感じた事を言葉で説明する事は不可能だと分かっているからだ。

人は想像を超える事態に出会った場合、思考を止めるという良い見本になっていた。

「何とか一つ目の関門は越えましたね。
 ナデシコにも被害は有りません。
 内側から貫かれたフィールドも、今は正常に稼動中です。
 前面に集まっていた戦車とヘリも、全て壊滅しています」

ブリッジで唯一人、安堵の溜息を吐きながらルリが作業を開始する。
きっと別室ではイネスが嬉々として実働データを検証している事だろう。

これらは一重にシュミレーションで何度と無く、このような非常識な場面を見てきたが故の悲しい耐性だった。
それでも実際に目の前で奮われた力には、ルリとイネスも揃ってかなりの危惧は抱いていた。

「あ、うん、そうだね・・・やっぱり、シミュレーターと違って現実で見ると迫力が違うね」

精神的にタフなのか、それともアキトの所業なだけに信じきっているのか、次に再起動を果したのはユリカだった。

「いや、だけど、うん・・・
 山が見事に半分削られてますね、生態系に壊滅的な被害が無いといいけど。
 どういう報告をしますか提督?」

「あのね、正直に理由を書いたって誰も信じないわよ。
 せいぜい、ナデシコのグラビティ・ブラストが当たりました、としか書き様が無いわね」

苛々とした声でジュンの問い掛けにムネタケが答える。
実際、どのように報告をすればいいのか、ムネタケには皆目見当がつかなかった。
シミュレーターの記録映像を見ただけでは、これほどの威力があるように見えなかったのだから。

そして、そんな思いとは別に、自分の報告書を見て顔を顰める上層部を想像して、内心で嘲笑もしていた。
この行動が軍という組織からの命令で発生して以上、兵達の行動に対して上層部は必ず責任を取らなければならないからだ。

「今回の報告書で、何処かのお偉いさんの首が飛ぶかもね」

「こうやってナデシコとネルガルの悪名が高まる訳ですな。
 怨みますよ、テンカワさん」

「命あっての物種とも言う。
 今はテンカワのナナフシ破壊を祈ろう、ミスター」

「はぁ、確かにそうですな・・・」

艦長とルリに続いて、次々と自分の業務を再開する女性クルー達を見て、女性は強いですなぁと思いつつも、再び痛み出した胃を抑えるプロスだった。








アカツキの部屋に集まった関係者が、何とも言えない表情でアキトの必殺技?について相談をしていた。

「何と言うかさ、もう暴走しすぎてコメントのしようが無いんだけど?
 ナニあれ? アレ何さ?」

「ナデシコと組めば、一個師団とも戦えそうですな」

「・・・冗談に聞こえないんだけど」

「ええ、冗談ではありませんから」

アカツキの台詞に対して、プロスが真面目にコメントを返す。
その内容を考えて、アカツキは微妙に引き攣った笑顔を作った。

「実際、そこの所はどうかな?」

「そうですね、ゲリラ戦が出来る状況なら、良い勝負をするんじゃないんですか?
 先制でグラビティ・ブラストと放出系の必殺技?を使用して旗艦を撃沈、その後は混乱中の相手をDFSで各個撃破というのが堅実ですかね。
 ナデシコは防御優先で、有る程度損害を与えたら退避を繰り返す、という感じですか。
 小回りが効く分、先制率は高いでしょうし。
 ・・・まあ、最終的には万単位で人が亡くなりますね」

「うわぁお・・・」

軽い気持ちでルリに話を振ると、持参したホットミルクを飲みながら絶望的な回答がされた。
もっともアキトの誓いを知るルリとしては、そんな戦闘をアキトが承諾するとは思ってもいなかったが。

「一応、確認した所ではあんな非常識な必殺技?は、機体の方が持たないから連発出来ないみたいだけど。
 他の必殺技?の殺傷範囲とかは把握してるのかな?」

「それは難しい質問ですね。
 皆さんにお見せしたように、必殺技?をDFSから放つ事は可能でした。
 ですが、時間が足りない為に、自機及び周辺環境への被害まで計算しきれていません。
 今回もこんな事態にならなければ、あんな派手な必殺技?を使う予定なんて無かったのですから」

「出来れば一生使わないで欲しかったですな」

この後で必ず行われる軍からの突き上げを考えて、痛む胃を抑えるプロス。
その姿を見て、胃に優しい食べ物を今度プレゼントしておこうと、アカツキとルリは同時に心の中で誓った。

この二人にとっても、今の時点でプロスに戦線離脱されるのは困るのだ。

「ルリ君、聞いておきたいんだけど、この必殺技?も『バーストモード』作成時に予定に入ってのかい?」

もしそうならば、完全に自分は蚊帳の外だった事になる為、アカツキは焦りを感じていた。
自分の知る範囲内での暴走ならばフォローのしようもあるが、こんな桁外れの暴走を告知無くされればフォローを仕切れなくなる。

ネルガル会長という巨大な力をもってしても、アキト達の影響力はその掌から容易く飛び出すレベルに達していた。

「流石にあんな必殺技?好んで使うほど、アキトさんはマゾじゃありません。
 それに色々と悪態を吐きながらも、アカツキさんへの義理を通す事は忘れていません。
 先ほども言いましたが、本来なら完璧に安全が確認出来たら皆さんに説明をする予定でした。
 元々この必殺技?は、ハーリー君が考え出した一世一代の執念の作品です。
 最初に見た時は、私自身かなり驚きました」

「そのハーリー君とは、例のIFS強化体質者の少年でしたかな?」

ルリという例外を知っているだけに、そうそう驚かないつもりだったプロスだが、やはり年齢と業績を比べると呻き声しか出てこない。

「そうだよ・・・僅か6歳の男の子さ。
 あれ、7歳だったけ?」

「つい最近7歳になった筈ですね」

「・・・どちらにしろ、とんでもない少年ですな」

実際の精神年齢はもっと上ですがね、と口に出せない情報を思い出しつつ、ルリはホットミルクを口に運ぶ。
ルリ自身、何処かでアキトの必殺技?を甘く見ていた部分はあった。
どう繕ったところで、ハーリーの作品である事には間違いはないのだから、と。

しかし、その認識を先ほどの光景が吹き飛ばしてしまった。

もし、事前にあれほどの威力が発揮されると知っていたのなら、こちらを監視していた『目』を問答無用で潰していたのに、と臍を噛む。

「それでやっぱり、バッチリ撮られちゃったかな?」

「残念ながら、今更軌道衛星をハッキングして墜落させても意味は無いです」

確認をしてきたアカツキに対して、既にデータは転送済みでしょうから、と事実を告げる。
それにこちらの切り札でもあるハッキング技術を晒して、相手に対応策を講じられるのは余計に不味い事になる。

「はぁ、それもこれも、あの脳筋が手加減しないから悪いんだ。
 機動兵器の攻撃で山肌を半分削るなよ。
 まったく、裏方の苦労も少しは分かれっていうんだよね。
 で、プロスさんの方にはどんな影響が出そうだい?」

「良い事半分、悪い事半分ですかな。
 アレを見てネルガルに付いた方が良いと判断する方と、恐れて排除に動く方が明確化するという所ですか。
 東南アジア方面軍からクリムゾンのシンパを排除する動きを、加速する一助にはなりそうですが。
 ・・・攻撃の口実にもなりかねませんからな。
 『あのような威力を持つ兵器の運用を、一企業に任せるなど信じられん』とか、うむ、在り得ますな」

そうだよねー、とうんざりした顔でプロスの意見に同意をするアカツキ。

まずは足元の確保という目論見から、アカツキ達はミスマル提督が所属する東南アジア方面軍を、完全にネルガルの味方にしようと動いていた。
ルリという超絶の情報収集能力を持つ存在に、プロスという表も裏も知り尽くした交渉のプロが事を進めていたのだ。
ナデシコに乗船した状態に有りながらも、二人は驚異的なペースでその仕事をこなしていた。

その結果として、予想以上にクリムゾンの手が東南アジア方面軍に及んでいる事が判明した。

それからは敵の目を誤魔化す為に、ナデシコは連合軍の傘下に入り、相手の目をナデシコに注目するように派手に動いた。
実際、相手もこちらの戦力を計る為に、色々と無茶な指令を遠慮なく押し付けてきたのだ。
何だかんだと文句を言いながらでも、はっきり言ってしまえば、アキトが居なければ勝てない博打だったと、この場に居る三人は分かっている。

その甲斐もあって、元々がネルガル寄りな東南アジア方面軍だった事と、明日香・インダストリーの助力も有り、今は大分盛り返している。
逆に言えば、ネルガルの会長がこの短期間で2度も変わり、組織的にズタズタだった為、ここまでクリムゾンの暗躍を許していた。
それがやっとアカツキが権力を握る事で纏まりが生まれ、反撃のチャンスを掴んだのだ。

近い将来の内に、東南アジア方面軍はミスマル提督の元に一致団結し、今後はネルガルの擁護も可能だろうと思われた。

「しかし・・・もう一波乱くらい有りそうですな」

「ああ、油断は出来ないね」

クリムゾンもその事には気付いているが、この流れを今は止められない事も分かっている筈だった。
だからこそ、この時期に相手の計略を促すような動きはとりたく無かったのだ。

「一つずつ、確実に片付けていきましょう。
 私達は確実に前進しています。
 そして、今はナナフシを破壊し、生き残る事が大切です」

アキトの向かった戦場の方向に視線を向けながら、ルリは心の中で応援の言葉を呟いた。







所々で機器に不調はあるものの、何とか予定通りの行程を消化しているアキト達は、現在休憩中だった。
ここで4時間の休憩を取り、後はナナフシに向けて直進をするのみ。

きっとナナフシ周辺では激戦が予想される為、アキト達は身体を十分に休める事にした。

「はい、リョーコちゃん」

「お、サンキュ」

アキトの手からお握りを受け取り、美味しそうにリョーコは口に運ぶ。
実際、軍から支給されているレーションより、人の手が加えられてるお握りを食べる方が、心身ともに満たされた気になる。

レンジャー訓練も受けているリョーコだが、隣で鼻歌を歌いながら焚き木を使って上機嫌でスープを作っているアキトの手際には及ばなかった。
何処でそんな腕を身に付けたのか尋ねてみると、地球に居る間に傭兵部隊で扱かれたとの返事がかえってくる。

本気でこの馬鹿は地球で八ヶ月の間、何をやっていたんだと頭を抱えたリョーコだった。

「さてと空腹も解消した事だし、リョーコちゃんは先に仮眠でも取ったら?」

「あー、どうにも気が高ぶって眠れねぇな。
 それより、アキトの方が『色々』と疲れてるじゃねーか、先に休んどけよ」

『色々』の部分でリョーコが声に力を入れると、アキトは少し引き攣った顔をしながら返事をした。

「俺はそんなに疲れてないよ?
 『色々』と吹っ切れたからね。
 それより予備に持ってきたDFSの調整をしておかないと駄目だし」

必殺技?の基点となったDFSは、ルリやイネスの予想通りに壊れてしまった。
その為、予め予備のDFSを持ち込んでいたアキトだったが、あくまで予備である為、この休憩中に調整をするつもりだったのだ。

アキトがメンテナンスを行えるのも、自分の使う兵器については、自分で有る程度メンテナンスが出来る必要が有る、と傭兵時代に叩き込まれた教訓のお陰だった。
そのお陰で理論はさっぱりだが、アキトでもDFSの簡単な調整程度ならマニュアル片手に可能な状態になっていた。

ルリとウリバタケが始めてその姿を見た時、ナデシコが今にも沈むかもしれないと顔を青褪めさせた。

そんな事を思い出しながら、待機状態のエステバリスのアサルトピット内で、ごそごそと動いているアキトを眺めつつリョーコは物思いに耽っていた。

「そういえば、テンカワって肋骨が折れてたんじゃねぇのか?」

緩やかに襲い掛かってきた睡魔に負けそうになりながら、リョーコが気になっていた事を尋ねる。

「んー、今は痛みも無いし大丈夫だと思うけど?
 師匠との修行の時も結構酷い怪我をしたけど、短期間で治ってたからね」

「どこまで非常識なんだよ・・・お前・・・」

本人は強がっていても、その心身には今日一日でかなりのストレスを受けていたのだろう。
日中には乗艦していたナデシコが不時着し、その後は命懸けの必殺技?のサポートとハードな時間を乗り越えてきたのだから。

傍らに有る焚き火の温かさに当てられ、知らず知らずのうちにリョーコは眠っていた。




「リョーコちゃん、そろそろ起きて」

「あ!!」

アキトに肩を揺すられて覚醒をしたリョーコは、慌ててコミュニケで時間の確認をする。
幸いにも出発予定時刻まで30分ほどの余裕は有るが、アキトを休ませる時間としては足りない。

「す、すまん!!
 寝ちまってたのか、俺・・・」

本当ならば、アタッカーとして最前線に立つアキトを優先的に休ませなければいけないのに、自分が寝てしまうとは、と後悔をするリョーコ。

「俺もさっきまでDFSの調整に熱中してたからね、別に良いさ」

アキトは笑顔でそう言うが、此処が敵地で有る以上、この3時間以上を気を張り詰めて見張っていた事は想像が付く。
リョーコは自分の不甲斐無さに唇を噛みながら、ついつい心の奥底に仕舞っていた本音を吐いてしまった。

「やっぱお前ってスゲーよな。
 爺ちゃんや親父にお袋が、メールで散々褒めてるだけの事はあるぜ。
 ・・・こんな息子が欲しかったんだろうな、きっと」

リョーコは物心がついてから、何度自分が女である事を怨んだか、こんな瞬間なのに思い出していた。
祖父の期待に応えられない自分を、両親が時々目を向ける他の家の息子への視線を怨んだ。
どれだけ男っぽく振舞おうと、自分はやはり女だった。

やがて、祖父の目が怖くなりあんなに拘っていた剣術の師事もお願いしなくなった。
父と母の心配する視線を不快に感じ、軍の教育機関に勝手に入学し、そのまま相談もせずにネルガルのスカウトに乗った。

自然と家族との連絡は疎遠となり、リョーコの意図していた通りに月一程度のメールのやり取りで全ては済んでいた。
それを寂しいと感じてはいたが、何処か心が軽くなっている事も実感していた。

だが、アキトがスバル家と関わる事により事態は大きく動いた。

月一だったメールの送信が、ほぼ毎日のように行われ、あの祖父からも初めてメールが届いたのだ。
そのメールの中にはリョーコの心配をする傍ら、アキトが如何に活躍をしているのかという質問と、スバル家ではどんな時間を過ごしたのかが事細かく書かれていた。

祖父の全力の指導を受け止めるアキト。
父親と一緒に付き合いで飲めない酒を飲み、介抱をされるアキト。
母親に連れられて買い物に出かけ、文句を言いながらも荷物持ちをするアキト。

アキトが想像する以上に多くの事を、スバル家の面々はリョーコに伝えていた。

そして、リョーコは自分以上にアキトはスバル家に受け入れられていると、そう感じてしまったのだ。

両親の本当に願いは、娘がアキトと会話をする口実を作りたかっただけなのに。
祖父の願いは、孫が戦場で命を散らさない為に、アキトの実力を信じ頼れと伝たかっただけなのに。

「あー、何か俺らしくないな、畜生・・・」

有る意味、自分の理想像でもあるアキトの強さに、心の弱さを抉られたリョーコは顔を地面に向ける。
今、アキトを正面に見てしまうと、自分でも予想していなかった言葉を言ってしまいそうだから。

「俺はさ、小さい頃に両親を亡くしたから、スバル家での日々は本当に楽しかったよ。
 両親がもし生きててたら、家族の団欒ってこんな感じなのかなって思った」

顔を伏せたリョーコの隣に座り込みながら、アキトが色々と話を続ける。
アキトにはリョーコの悩みについてまるで分からない状態だったが、何となく落ち込んでいる事だけは分かる。
そして、それがあの素晴らしい家族についてなのだから、アキトからすれば何が問題なのか見当がつかない。

だからアキトから言える事は、経験則からの忠告となってしまう。

「正直に言えば、リョーコちゃんの気持ちとか悩みは、俺には分からないけど・・・
 家族の事を放置していると、後で痛い目にあうよ、間違いなく。
 ましてや、スバル家の皆って個性的な人が多いし」

「・・・随分と実感が篭ってるな、家族が居なかったんじゃねぇのかよ?」

生みの親との絆は無かったが、その後で作った少女との絆には、時間と空間を飛び越えてまで追いつかれた。
その事については、流石に非常識過ぎるとアキトにも判断がつくので、リョーコからの追求には引き攣った笑みで誤魔化す。

「それに、リョーコちゃんの方が俺より師匠達について詳しいだろ?
 あの人達なら、気に入らない事や嫌な事があったら、真正面から言ってくるよ。
 師匠なら真剣を持って襲い掛かってくるだろうし」

「いや、確かにそうなんだけどな。
 それよりも何よりも、お前の中にある爺ちゃん像が凄く気になるんだが?
 って、ああ、もう!!何か自分が何に悩んでたのか、曖昧になっちまったじゃねぇか!!」

時間は掛かったが、上目遣いで睨みつけてくるリョーコに、アキトは苦笑をしながら頭を掻いた。
落ち込んでいるリョーコを元気付けるための話術や、家族について詳しく語れるような知識は無い。
なら自分のような過ちを犯さないように、きちんと向き合って話をするべきだとしかアキトにはアドバイスのしようが無かったのだ。


――――――実際、時間すら跳び越えて再会をした家族は、当初は滅茶苦茶に怒っていたのだから。


「それにリョーコちゃんを泣かすと、師匠が怖いんだよね。
 万が一そんな事が有ったら、次に顔を出した時に素っ首叩き斬ってやるって脅されててさ」

「へん、誰が泣いてるって?
 そんな事言ってると、有る事無い事、爺ちゃんに告げ口するぞ」

「・・・本気で勘弁して下さい」

「どうしようかなぁ〜」

不器用なりに、一生懸命自分を励まそうとしているアキトの姿に、リョーコは不貞腐れた振りをしながら顔を背けた。


――――――そして、改めてこの男の事を好きになった。







順調な旅は突然終わりを告げた。
アキト達を待ち構えていた無人兵器達は、ナナフシまであと一息という箇所で一斉攻撃に出たのだ。

所詮は雑魚とはいえ、バッテリーという弱点を抱えているアキト達は最小限の力で敵を倒すか、そのままやり過ごして行く。

予想をしていたとはいえ、精神的に厳しいその戦闘を開始して30分後、ついにアキト達は目標を視界に捉えた。

『ナナフシを肉眼で確認!!
 ルリちゃん、残り予想時間は?』

『当初のイネスさんの予想だと1時間弱有りますが、こちらから確認した所では後30分ほどかと』

『全然時間に余裕がねぇじゃねぇか!!』

『あら、早くなる可能性は有るわよって最初に言ってたでしょ?』

アキトとルリの会話に割って入ったリョーコが、アキトのエステバリスの背中を護りながら叫ぶ。
そのリョーコの文句について、更にイネスが割って入ってくる。

『どうやら敵も悠長に構えるのを止めたみたいですね。
 地味に生成を急いでいたんでしょうか?
 まあ、元々からして手の出しようがない事項なのですが。
 では、私に出来る事は此処までみたいですので、黙ってお二人を見守っています』

『アキト〜、勿論私達も居るよ〜』

ルリの背後からユリカが覗き込むようにして声を掛けてくる。
後頭部に当たるモノが気に入らないのか、ルリは無表情のままウィンドウをブリッジ内に向けてスルーした。

そこにはメインクルー達が揃っており、真剣な表情でアキト達を見ていた。

『何とか時間内に到着したみたいだな、後は敵の破壊のみだ頼んだぞ』

『アキト、必殺技?だ!!』

『いや、普通にDFSで十分だと思うよ?
 というか、これ以上自然を破壊するのは止めようね?』

ジュンの傍でガイが喚き、アカツキがどちらかというと懇願するように忠告している。
他にもヒカルやイズミが何やら小声でリョーコに話しかけ、それを聞いたリョーコが真っ赤になりながら反論をしていた。
通常の軍隊では考えられない、有る意味ナデシコらしいその騒動に、ムネタケが顔を顰めプロスが苦笑しゴートは無表情のままだ。

そんな彼等の命運を今、この二人が握っている。

だからこそ、増援を見込めない、有る意味ジリ貧な状況の中でも、アキト達は笑っていた。

『テンカワ!!
 後ろの敵は俺が引き受ける!!
 ナナフシはお前が破壊してくれ!!』

予備のバッテリーを全てアキトに押し付けながら、リョーコの機体が足を止めて反転する。
敵の数は少なくは無い、装甲は厚いが鈍重な陸戦型では攻撃を避けきれないだろう。
ましてや、エステバリスの一番のウリであるエネルギー補給が受けれない今、『バーストモード』は使用不可能であり、バッテリー切れは即、死を意味していた。

『・・・任せた!!』

『さんざん苦労させられたんだ、派手に壊してやれよな!!』

『勿論だ!!』

背中を向けたままアキトにエールを送り、リョーコは清々しい顔で無人兵器達と相対した。
残り30分、アキトにとってそれだけの時間があれば、ナナフシ程度の敵の破壊などお釣りが来る。
リョーコは背中から感じる圧力の高まりを感じ、そう確信をしていた。


――――――自分が惚れた男は世界最強のヒーローなんだぞ、と。


『俺の戦いは本当なら生き残る事だが・・・この先には一機も通さねぇ。
 何しろ、睡眠も休憩もたっぷり取らせてもらったからな。
 こっちもせいぜい、派手に行くぜ?』







背後をリョーコに完全に任せ切ったアキトは、前だけをみて疾走をしていた。
今までの行軍ではリョーコのエステバリスに、半ば掴まるようにして運ばれていた為、内臓バッテリーは十分に蓄えられている。
そして、別れ際に託された外付けバッテリーを繋げれば、急場でもDFSをかなりの間運用する事が可能になる計算だ。

無理をすれば、必殺技?の一発も撃てるかもしれない。

もっとも、その場合には帰りの移動手段が無くなるので、それはあくまで最後の手段となっている。

左右から襲い掛かる無人兵器達を、問答無用で一刀両断しながら漆黒のエステバリスが駆ける。

背後で響く破壊音にも、銃声にも反応はしない。

ただ、前だけを見てナナフシに集中をする。

アキトの気合に応えるかの様に、エステバリスが更に加速を行う。
凄い勢いで空になるバッテリーを敵に投げ付けながら、進路上に立ちはだかろうとした無人兵器を置き去りにして、最後の跳躍とばかりにエステバリスが舞う。

眼前にはマイクロブラックホールの発射体制に入ったナナフシ。

「――――――撃たせるかよ」

空中からスラスターを吹かして急降下をしながら、100m程に伸びた白刃が奔る。






ボロボロの機体を必死に操りながら、リョーコは背後で起こった大爆発を感じ取った。
既にセンサー類の殆どは機能しない状態になっていたが、身体で大気の振動を感じ取る事は出来る。
そして何より、目の前で群がっていた無人兵器達がその動きを止め、後退を始めた事で全てが終ったんだと悟った。

気張っていた気持ちが緩み、思わず機体が倒れこみそうになる所を間一髪で支えられた。

「ちょ〜〜〜〜っとばかり、時間が掛かり過ぎたんじゃないのか?」

『厳しいなぁ、リョーコちゃんは』

「当たり前だろ、こっちはテンカワみたいに桁外れな技量は持ってないんだよ。
 ま、そんな俺達の無茶な期待に何時も応えてくれるのが、テンカワなんだけどな」

『そうだっけ?』

惚けた声を聞きながら、リョーコは心地よい疲れに身を任せていた。
仲間と男を護り抜けた事に安堵をしながら、大きく溜息を吐く。

今でも脳裏には、自分に後ろを託して疾走する漆黒のエステバリスの姿が鮮やかに残っている。

あの背中の後押しを自分がしたという事が、リョーコにはとても誇らしい事に思えた。

「じゃ、後は帰るだけだな」

『ごめん、もうエネルギー残量ゼロ。
 思った以上にDFSの燃費って悪かった』

「・・・おいおい、俺もスッカラカンだぞ」

『そうなると、救援が来るまでやっぱり野宿、かな?』

「うわぁ、しまらない話だなぁ」

『大丈夫、野戦料理も出来るから!!』

「そういう問題じゃねぇよ、馬ぁ鹿」

そうやって文句を言いながらも、アキトともう一泊する事も悪くないと内心で喜ぶリョーコだった。












 

 

 

 

第十二話その1に続く

 

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