< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

第十二話 その1

 

 



2197年11月

ナナフシとの戦闘による損傷を何とか修復した後、ナデシコは近場のドックに向かって航行していた。
流石に応急処置ではカバーしきれないだけの被害を、ナナフシにより与えられていたのだ。

もっとも、相手が弱っている事を知っているならば、チャンスと考えるのは無人兵器達にとっても同じだった。

ナデシコは既に数度目の強襲を受けていた。

「敵増援です。
 前方のチューリップから戦艦3、無人兵器200」

ルリの報告を受けて、ブリッジクルー達が顔色を青褪め、ユリカが数瞬だけ考え込む。
そして、自分が確認している敵戦力に修正を加え、最優先で攻略するターゲットについて再評価を行う。

「う〜ん、やっぱりチューリップをナデシコで直接狙うのは無理かな。
 このままナデシコはグラビティ・ブラストのチャージ完了次第、増援の戦艦を優先的に狙います。
 ジュン君、エステバリス隊から人を割いて、無人兵器の対処は出来る?」

「一人元気が有り余ってるのが居るからね、ソイツに任せるから大丈夫」

この場で余裕のある人間など一人も居ないと言いたいが、実際に鼻歌混じりに戦ってる奴が居る。
それが誰なのか分かっている一同は、苦笑をしただけで何も言おうとはしなかった。
むしろ手綱をきちんと握っていないと、冗談ではなく一人で敵を殲滅するような存在だからだ。

それを思い出しただけで、ブリッジに漂っていた悲壮感が一気に駆逐される。

「うわぁ、連合軍の友軍が救援を求めて、こちらに向かってるそうです」

「こっち来るな!!、って言えたら楽なのにね、艦長」

メグミからの連絡を受けて、思わず苦笑混じりにミナトが意見を述べる。
もっとも、ミナトの意見はブリッジに居る全員が内心で思っている事だった。

「ははは、友軍の方を見捨てると、後々大変な事になっちゃいますからね。
 無駄死にするのは一番本人達が許せないと思いますし。
 メグちゃん、先ほど同じ様に後方に送り出して、ナデシコは殿を務めます、って返信して」

「了解しました」

ユリカからの指示を聞き、少し不機嫌な声で返事をするメグミ。
実際、この戦闘が始まってから既に3回、同じような退避行動の手助けを行っているのだ。

今までにこちらから依頼した手助けを全て断れていただけに、メグミの内心は誰もが分かっていた。

「いやはや、まるで駆け込み寺のような扱いですな」

「・・・ま、建前が幾ら立派でも、誰しも命は惜しいでしょうしね。
 それに、実際に末端の人間には、このナデシコは本当に有り難い戦艦と思われてるはずよ」

ナデシコの戦力をいいように利用されている事に、連合軍の上層部に文句を言ってやりたいプロス。
だが、それに対するムネタケの返答は、現状を容認するようなモノだった。

連合軍の末端としての立場を、様々な場面で見てきただけに、その言葉には深い実感が篭っていた。
今でも夢に見る火星攻略戦にこのナデシコと、あの男が揃っていれば・・・と、無駄な事を考えない日は無い。

「今まで散々救援要請を蹴られたムネタケ提督なら、一言くらい嫌味が出ると思ったんですがね」

「全くよ、我が社の資産なのに良い様に使ってくれるわね」

プロスの意見に同調をしたのはエリナだった。
今はミナトが操舵をしているので、諸々の雑事を一手に引き受けて処理を行っている。
その事務処理関連のスキルの多彩さはミナトを凌ぐ為、何気にプロスから一番頼られている存在になっていた。

そんなネルガル社員からの視線を受けても、ムネタケは微妙に肩を竦めてみせただけだった。
実際、プロス達も本気で抗議をしているわけではない事を、ムネタケも感じ取っていたからだ。

「ですがこの周辺に友軍はもう居ません。
 最後の友軍を送り出した後なら、問答無用で殲滅出来ます」

ルリからの報告を受けて全員が同意する。
ナデシコクルー以外がこの発言を聞けば、戦場における恐怖によってルリが混乱していると思われただろう。


――――――だが、ここは戦艦ナデシコだった。


「・・・そろそろ隠し通すのは限界かもね」

「でも、今は頼らざるを得ませんな」

ムネタケの独白に対して、プロスがそんな発言をする。

他の軍人から見ても深手を負っているナデシコが、毎回窮地に陥りながらも敵を殲滅して生き延びている現状を、不思議に思わない筈は無い。
実際、各方面から感謝の言葉と共に、こちらに存在する最強の牙についての詮索が絶えない。
最近では名前さえ忘れかけている士官学校の同期から、こちらを詮索するようなメールが届いたりもした。
相手も戦場で生き残る為に必死だと思うと、ムネタケとしてもその気持ちに共感も出来る。

だが、あの男と同じ装備をネルガルに用意させて、他の部隊に渡した所で、扱える存在など居ないのだ。

むしろ、相手に希望を持たせた後に絶望を与えるだけ、より残酷だとムネタケは考えている。
時間を掛ければあるいは、有る程度運用も可能になるかもしれないが、今はその時間が圧倒的に足りないのだった。

何しろあのテンカワですら、実戦でモノにする為に半年以上の壮絶な訓練期間が必要だったのだから。
ならば凡人にどれだけの時間が必要なのか、それこそ予想も出来ない。

「友軍の退避を確認しました」

「ジュン君、露払いはナデシコに任せて。
 前方の戦艦の残りはグラビティ・ブラストで撃墜可能だよ」

ユリカの指示を聞いたジュンが小さく頷いた後、一人だけ元気に戦闘をしているアキトに通信を繋ぐ。

「テンカワ、グラビティ・ブラスト発射後にお待ちかねの狩の時間だ」

『ん、まとめて切り裂いてもいいのか?』

「・・・派手な事はするな、頼むから」

ナナフシとの戦闘でナニかが吹っ切れたアキトは、躊躇う事無く必殺技を使うようになっていた。
むしろ時々はっちゃけ過ぎる為、ウリバタケとルリの両方からお小言をもらう事もあった。
お陰でシミュレータ訓練などの時には、他のパイロット達にとって必殺技の前口上は死神の囁きに聞こえるらしい。

実際、無人兵器の側からすればまさに死神に等しい存在だろう。
少し前にはチューリップの輪切りを作成して、友軍から激しい問合せを受けた事も記憶に新しい。
建前上で撃墜に使用しているグラビティブラストでは、どう頑張ってもチューリップの輪切りなど作成のしようがないのだ。

ジュンの視線から無言の抗議を感じ取ったアキトは、微妙に視線を逸らしながらチューリップへと向き合う。

『じゃ、地道にチューリップを落としてくる』

そう言い残して、アキトとの通信は終った。

「テンカワ君ならではの発言よねぇ、地道にチューリップを落としてくるなんて」

常識が崩壊しそうだわ、と呟くミナトの発言に対して、全員が大きく頷いたのだった。



――――――数分後、見事に真っ二つにされたチューリップが自壊をしながら海に沈んだ。






「あ〜、疲れた・・・俺はもう寝るぞぉ
 絶対に自室に帰って、そのまま朝まで寝てやる。
 起こしに来た奴はコロスからな」

「連日の出動だもんね。
 しかも昼夜問わずに、イベントで徹夜と修羅場慣れしてる私でも辛いよ」

「同感、今日位は待機所じゃなくて、自室のベットで寝たいわね」

何とか無事にナデシコのパイロット待機所に帰ってこれた三人娘が、備え付けのテーブルでダレていた。
実際、今のナデシコが運航している海域での敵との遭遇率は半端なく高い為、殆ど休む間もなく出撃を繰り返していた。

「今日はあまりスコアが伸びなかったな、残念だ・・・
 防戦一方だと仕方が無いとは分かっているんだけどな。
 やっぱり男は攻めないと!!」

「タフだなぁ、ガイは」

そこそこ余裕のあるガイに対して、心から感心するのは疲れが殆ど見えないアキト。

「・・・君が言っても全然説得力ないよ」

一番負担の大きい箇所を担っている筈なのに、どういう身体の構造をしているんだとアカツキが呆れた視線でアキトを見る。
そして、壁にもたれ掛かってダレているアカツキが、そのままの流れで全員に話を切り出した。

「まあ、テンカワ君の異常性はこの際置いといて・・・・
 もう少しで敵さんがテリトリーにしているこの海域を抜けるから、襲撃も減るんじゃないのかな」

その話を聞いて、アキト以外の全員がほっとした雰囲気を作り出した。
いくら強がりを言っているガイにしても、やはり心身には泥のような疲労が溜まっているのだ。

「それにしても随分と足止めをくらったよなぁ。
 予定通りの航海なら、今日明日中にはサセボに着く予定だったんだろ?」

明るい話が聞けて少しは疲れが取れたのか、リョーコが身体を引き起こしながらアカツキに尋ねる。

「本来の予定通りならね。
 でも現在地は3分の2程度の距離しか動けてないそうだよ」

「うわぁ、目の敵にされすぎだよぉ」

困った事に、今日の遭遇戦の時にも少し離れた場所に大きな船団が居たというのに、何故かナデシコに向けて敵は一直線に攻めてきたのだ。
その事によりプライドを刺激されたのか、無視をされた船団が無理矢理参戦。
しかし、善戦やむなく無人兵器の猛攻にあい、その後は必死の撤退戦へと戦況が移行したのだ。

お陰で、ナデシコ側はアキトの存在を隠す為にDFSを使えず、味方を護る為にも防御一辺倒の戦いを強いられた。
その挙句、友軍の撤退を助ける為に殿まで務めたのだから、理不尽にも程があると誰もが叫びたい気分だった。

「実際、敵からすれば何時でも勝てる連合軍の艦隊よりも、手負いのナデシコの方がどうしても落としたいターゲットな訳ね」

「普通ならもうとっくの昔にナデシコは落ちてると思うよ」

イズミの発言に同意をしながら、アカツキ達はガイと必殺技について語り合っているアキトを見る。
今のナデシコが余りにもアキトに頼りすぎている事に、危機感が無いわけではない。
それはきっとユリカ達も悩んでいる事だろう。

だが、手負いのナデシコが敵の集中攻撃から生き延びる為には、アキトに頼らざるを得ないのだ。

「・・・今のままじゃ駄目だな、やっぱり」

アカツキが洩らした小さな呟きを、イズミだけが聞き取っていた。







「補給援助、ですか?」

「はい、連合軍から先程の戦闘に対するお礼らしいですが」

プロスからの説明を受けて、ユリカは考え込む。
確かに想定外の連戦によりナデシコクルーの消耗は激しかった。
積み込まれている物資にしても、相転移エンジンからのエネルギーとは別にして、消耗品の類いはかなり減っている。
無理をして切り詰めればサセボのドックまで持たない事も無い、という微妙な状況になっていた。

しかし、連合軍に所属してから今までの間、徹底的に嫌われていた自覚があるだけに、素直にその提案に乗りかねる気持ちも有る。
さらに頭が痛いことに、連合軍が丸投げしてきた厄介毎を次々と解決しただけに、面子を潰されたと感じてる軍人も少なからず居たのだ。
プロスの立場からすれば、結果を出しても睨まれ、出さなければ侮られと、まさに胃を痛め続ける日々だった。

「・・・うん、援助を受けましょう」

「おや、良いのですか?」

プロスは敢てそれ以上の事を言わずに、ユリカに真意を問い掛けた。
相手に感謝の意が無いとは言い切れないが、明らかに何らかの策謀を紛れ込ますための提案だと思われるからだ。
それにナデシコ本体にネルガル以外の人間を招きいれるのは、機密上好ましくも無かった。
クルー達の疲労度はかなりのものだが、あと少し粘ればネルガルの勢力圏内に入れる。

よって、プロス個人の考えとしては、今のこの時点ではメリットよりデメリットの方が大きいと判断している。

「確かに機密上の事を考えると下策に思えます。
 ですが、ここで下手に断ると、益々相手の態度が硬化しちゃいますよ。
 形式上とはいえ、向こうが歩み寄ってきているのを無下には出来ません。
 それにナデシコクルーの疲労度も、ここ最近の連戦でピークに達しているみたいですし。
 船団単位で固まっていれば、木星蜥蜴さん達もそうそう気安く攻めてこれないでしょうから」

「ですが、もし襲撃があった場合、最悪の事態になりかねませんが?」

有る意味、隠し通してきた切り札を、全員の目の前でオープンせざるを得ない状況になりかねない。
何しろタイミングによってはナデシコがまるで動けない状態の時に、相手に襲われる可能性も有るのだから。

そうなれば、ナデシコとそのクルーを護る為に、命令違反をしてでもアキトが単機で飛び出す可能性は高い。
軍人としてより、私人としての行動を優先しがちなアキトの弱点をプロスは気に掛けていたのだ。

「多分、このタイミングでこの話が来た時点で、アキトの事は有る程度バレてます。
 この海域に辿り着くまでに、ジュン君が結構無茶な言い訳をしたりしましたし。
 それなら皆の疲れを癒す事を優先させましょう。
 それに、その事についてはプロスさん達も、何か手を考えているんでしょ?」

「・・・いやはや、艦長には隠し事は無理ですなぁ」

まさかの切り返しを受けて、一瞬黙り込んだプロスは苦笑をしながら負けを認めた。
内心では、ユリカが何処まで察しているのかと、ヒヤリとしながら。






「と言う訳で、もう直ぐあの補給艦とドッキング予定なんだよね」

「・・・デカイんだなぁ、補給艦って」

基本、戦艦クラスを旗艦にしてきたアキトにとって、ドック艦のコスモス以上の大きさの船を見るのは初めてだった。
この補給艦の大きさはコスモスの3倍以上有り、その巨体故に宇宙には出れないが地球の海で活躍をしていた。

宇宙では態々大きな戦艦を運用する利点は薄い為、その為このような巨大な船を見る機会はアキトには無かったのだ。
パイロット達の待機室で船外の景色を映したウィンドウを見ながら、アキトが感嘆の声を上げている。

「あの補給艦には娯楽施設も充実しているそうだからね、暇が出来れば足を伸ばしてみれば?」

「へー、それは楽しみだな」

アカツキから補給艦について説明を受け、関心しながら改めてその巨体を眺めるアキト。
『戻る』前を含めて、宇宙を駆け巡ってきた人生だが、身近な場所にも知らない事は沢山溢れているんだと、改めて認識をしていた。

「おーい、アキトー
 ウリバタケのおっさんから、自機のメンテナンスチェックが終ったら半舷上陸して良いって許可貰ったぞー
 後で俺と一緒にあの補給艦に行ってみようぜ」

「そうだな、それも面白そうだ」

隣に居たガイと二人でそんな会話を盛り上げているアキトの後ろで、アカツキは苦笑をしながら上手く誘導出来たと自分を褒めていた。
幾ら本人が大丈夫と言っていても、疲れがまるで溜まっていないはずがない。
それに戦場に立つ以上、身体だけではなく精神にもその疲れは蓄積されていくはずなのだ。
ましてやアキトが行う戦法は、常に生身で戦場を疾駆するに等しいのだから。

――――――それはきっと自分達では、到底理解する事が出来ない領域での戦い。

何処かで誰かが肩を叩いて止めてやらなければ、この男はボロボロになりながら疾走を続けるだろう。
ユリカとエリナ、そしてルリからその事を頼まれていたアカツキは、真摯な態度でその要望を聞き入れていた。
その為の方策として、タイミング良く現れた補給艦を利用したのだった。

「ま、見聞を広めてきたまえ」

「はいはい、どうせ俺は狭い視界しかもってないよ」

アカツキからの苦言を聞いて、アキトは少し拗ねたような口調で返事をした。

やがて、何時もの如くガイが整備班のボランティアに連行されると、アキトもアカツキに手を挙げ、その後に着いて姿を消した。
どうやらガイとの約束を実現させる為に、同時に自機のメンテナンスチェックを行うつもりらしい。

「で、最後の仕上げだな。
 イズミ君、リョーコ君にこの情報を耳打ちしておいてね」

「ふふふふ、了解」

実に楽しそうに笑う二人を見て、雑誌を読む振りをしていたヒカルは少し引いていた。






アキトとガイが自機に取り付いて作業をしている傍ら、ウリバタケは整備班を全員使ってテキパキと見られると拙いモノを隠していく。
有る意味、機密の塊のようなアキトの愛機に関しては、ルリが特性のロックを掛けてくれるそうなので、ソフト面からの漏洩は心配なかった。
しかし、ハードウェア的な情報に関しては、モノによっては写真からも重要な情報が漏れる可能性がある為、出来る限り見えないようにしておきたかったのだ。

「プロスさんの指示とはいえ、隠し切れねぇもんも多いからなぁ・・・
 下手に幌でも掛けてると、余計に怪しまれるしよぉ
 ある意味、味方のはずの軍人を一番疑わないと駄目っていうのも変な話だよな。
 さてはて、どうしたもんだが」

ガリガリと頭を掻きながらも文句を言いつつも、ウリバタケの顔には不敵な笑みを浮かぶ。

「くくくく、ウチのカミさん相手に磨き上げた、俺の騙し・隠し・スカしのテクニック。
 とくと披露してやるぜぇ〜」

最早トレードマークになりつつある、眼鏡からの怪光線を発射しながら高笑いするウリバタケ。
それを見てアキト達と整備班は、今日もウリバタケ班長は絶好調なんだなぁ、と暖かい視線を送っていた。





――――――そして、様々な思惑を乗せつつ、ナデシコは補給艦へとドッキングした。





「ルリちゃんも休憩をしたら?
 ブリッジは私とミナトさんが詰めてるし」

先程、笑顔でジュンとメグミを送り出したユリカが、未だ作業をしているルリに声を掛ける。
ナデシコにとってルリは欠く事の出来ないクルーだが、まだ幼い少女である事を忘れないようにしようと、ユリカは何時も心に留めていた。

ちなみにメグミに連れ出される時にジュンは視線でユリカに助けを求めていたが、笑顔で手を振ったユリカはジュンの意図を明らかに誤解している。

「最初はそのつもりでしたが、どうも相手が許してくれそうにありません」

「ほえ?」

ルリの目の前で次々と現れては消えるウィンドウの数々を見て、緩んでいたユリカの顔が引き締まったモノに変わる。
今、ルリはナデシコのシステム・・・オモイカネに向かって行われているアタックの数々を、一人で完全に防ぎきっていた。

「うっわー、これ全部オモイカネにアタックしてる人達なの?」

興味を惹かれたのか、操舵席から立ち上がったミナトがルリの後ろに回りこみ、そんな感想を述べる。

「各々の実力は低いですが、数が多いのでナデシコを離れる訳にはいきません。
 ここまであからさまに来る以上、ナニを仕出かしてくるか分かりませんから。
 有る程度手の内を掴めたら、特性の『防壁』を構築して締め出すつもりです」

「ふぅ、予想していたとはいえ、接舷そうそうコレかぁ・・・
 隠す気が無いのか、隠す必要が無いのか。
 よし、ルリちゃんには後で何か奢ってあげるね」

「それは楽しみですね」

笑顔でユリカにお礼を言いつつ、ルリは同じ様に生身の侵入者の対応を行っているプロスとゴートに、侵入者有りとメールを出した。






「ミスター、報告にあった不審者を1名拘束した」

『これで3人目ですか、接舷してまだ2時間しか経ってないんですがね』

気絶させた作業着姿の男を縛り上げながら、ゴートは無言のまま頷いて同意する。
普段の戦場ではアキト達に頼りきっている分、この戦場では手を借りるつもりはゴートには無かった。
多分、この事に気が付けばいくらこっちが断ろうとしても、あの男は勝手に顔を突っ込んでくるだろう。
もしかすると、ノリであの会長も顔を突っ込んでくるかもしれない。

そして、彼等の手腕が頼もしい事も分かっている。

だが頼れる存在だからと言って、何もかもを彼等に押し付けるべきではないと、ゴートとプロスは考えている。
それがいい年をした大人のプライドでもあるし、役立たずのように思われるのも癪である。
自分達はブリッジに立ってコメントを述べるだけの置物では無いのだから。

何より、この程度の仕事をこなせないようでは、ブリッジで一人静かに戦っているルリに申し訳が無い。

「・・・今、テンカワは休む事が仕事だ。
 それに相手も所詮は切り捨て用の駒ばかりだからな、総じて腕は良くない」

『テンカワさんについては、ヤマダさんが意図せず連れ出してくれましたからね、問題は無いでしょう。
 おやおや、ルリさんから次の情報が来ましたね、さくさく行きますよ〜』

「了解した」

拘束をした不審者を部下に預け、ゴートは数名の部下を引き連れて次の現場に向かった。






どういう偶然なのか、何故か同時にナデシコのタラップに降り立った男性陣三人。

「お、ジュンも半舷上陸なのか?」

「ガイにテンカワ!!
 ああああ、丁度良かった!!
 神は僕を見捨ててなかった!!
 なあ、僕と一緒に補給艦を散策しないか!!」

「いや、まあ、別に良いけど・・・なんでそこまで必死なんだ?」

普段からは想像できないほどの喜び具合を見せるジュンに、よっぽど補給艦が好きなのか?という勘違いを起すアキト達。
そこには、前回の骨董品ヘリを見て涙していたジュンのイメージが強く残っている事を窺わせた。

「いや、別に補給艦が珍しいわけじゃなんだが!!
 とにかく向こうに迅速かつ速やかに渡るぞ!!」

「「あ、ああ?」」

そして、急かされるように補給艦に向けて移動をする三人。
珍しい事に先頭に立つジュンが、右手にアキト、左手にガイの手を引いて早足で進む。

そんなジュンの必死の努力が実ったのか、女性陣がタラップに現れたのはアキト達が補給艦に乗り込んだ後だった。

気合を入れて化粧をしていた為、遅れて現れた女性陣は、監視をしていたルリからジュンの悪行を教えられ、血相を変えて後を追うのだった。



「うーん、結構古い艦なんだな」

「最近の造船は宇宙船ばかりだからね。
 必然的に残された地球の船は、老朽艦ばかりになっていくのさ」

「なるほどねぇ」

アキトが自分達の歩いている廊下の寂れ具合に言及すると、早速ジュンが事情を説明しだす。
それを聞いたガイが納得をしながら、興味深げに周囲を観察していた。

やがて大きな食堂に差し掛かると、見習いとはいえコックとして気になるのか、アキトがどうしても寄っていくと言い出した。
普段、こういう意見を述べないアキトなだけに、残りの二人から否定の言葉が出る事はなかった。

そこそこに人が入っている食堂の中で、テーブルの一角をキープした三人は、メニュー表を見て早速食券を買いに移動する。
基本、軍艦に位置する船に、ナデシコ食堂のように注文を取りに来てくれる、可愛いウェイトレスなど存在しないのだ。

「で、何で三人揃ってカレーを頼むんだよ?」

テーブルの載っている、それぞれが注文した料理を見てアキトが苦笑をしながら尋ねる。
そこには美味しそうな匂いを立てている3つのカレーが並んでいた。

「他に美味そうな料理が無かったからな」

「海軍の船に乗ったらカレーだろ」

ガイの意見には同意できたが、いまいちジュンの意図が理解出来ないアキトだった。
そんなものなのか?そんなもんさ、という会話を行った後、三人は食事を開始した。

その後は補給艦の事についてジュンからマニアックな説明を受けて盛り上がりつつ、アキト達は食事を楽しむ。
カレーは予想以上に味は良かったが、何より量が凄い為、アキトとガイは直ぐに完食したが、途中でジュンがギブアップをしたりした。
ガイがその事についてジュンを茶化していると、突然テーブルの余っている席に立派なガタイをした一人の青年が座ってきた。

「よう、坊主達はもしかして、あのナデシコのクルーなのか?」

目の前の男の意図が分からない為、一瞬緊張を漲らせたジュンとガイだが、アキトが通常モードである事に気が付き肩の力を抜く。
もし、相手に何らかの害意が有れば、この友人は瞬時に戦闘態勢に入る事を、二人共に良く知っていたからだ。

「その通りですが、貴官はこの補給艦のクルーの方ですか?」

外交用の笑顔を浮かべたジュンが、此処は自分が対応するべきだと脳筋の二人に視線で黙っておくように釘を刺す。
ジュンが見た限りでは自分達と同じ東南アジア系ではなく、相手には西欧の人間の特徴が窺えた。

「いや、俺はこの補給艦のクルーじゃない。
 つい先日、坊主達が乗るナデシコに助けられた戦艦のエステバリスライダーさ」

そう言って、男臭い笑みを男性は浮かべた。







男性陣に置き去りにされた女性陣が、迷いつつも何とか食堂に辿り着いた時、そこの一角に人だかりが出来ていた。

「・・・騒ぎ有る所に、テンカワ有り」

「同感です」

「同じく」

しかし、女性陣が筋骨逞しい軍人達の壁に勝てる筈も無く、どうしようかと思案をしていると、壁の向うから盛大な声援が上がった。
それに負けじと、頑張れアキトーというガイの怒鳴り声も聞こえる。

「確実に居るわね、ちょっとそこの貴方、これって何の騒ぎなの?」

「ん、なんだ随分と場違いな別嬪さんだな」

「あら、有難う」

素直な褒め言葉に笑顔でエリナが礼を言う。
その言葉を聞いて、最初に声を掛けた男性の近くの兵隊達も、興味深そうにエリナ達に視線を向ける。
むさ苦しい男だけの世界に、3人もの綺麗どころが現れた事で、その目には好色そうな色が浮かんでいた。

その視線を敏感に感じとったヒカルが、庇うようにエリナの隣に立った。

「多分、私達の仲間がこの騒ぎに関わってると思うんですけど」

しかし、メグミがナデシコクルーとしての身分を証明書を見せると、男達の目が一瞬で真摯なモノに変わる。

「アンタ達もナデシコクルーなのか、前回の戦闘では本当に助かったよ!!
 キャリア付けの為に配属された馬鹿上官のせいで、無駄死にする所だったぜ」

満面の笑顔でメグミの両手を握り締め、激しくシェイクをして感謝の意を表現する兵隊。
その隣に居た兵隊達も、相好を崩して気安くエリナやヒカルに声を掛けてくる。

「戦争をやってるからな、そう簡単にくたばるつもりはないが、死ぬ時は仕方がねぇ。
 だけどよ、無駄死にだけは勘弁して欲しいってのが本音だからな」

この事は口外無用で頼むぜ、と大柄な身体を精一杯縮めて、彼等は揃ってエリナ達に囁く。
その言葉を聞いて苦笑をしながら、三人は頷いて黙っておく事を約束した。

その後で笑顔になった兵隊は、どけどけと大声で目の前の壁となっている仲間達を左右に切り分け、エリナ達を騒ぎの元へろ先導した。
そして、兵隊達の山に囲まれたその先では、エリナの予想通りにアキト達が居た。

「・・・あ、エリナさん」

「・・・何やってるかな、この男は」

騒ぎを極力起さないようにと、こちらが色々と気を使っているというのに、と肩を落としながらアキトの隣にエリナが座る。
そして視線で指示を受けたヒカルがガイを、メグミが冷や汗を掻いているジュンの肩をそれぞれ掴まえた。

「で、その勝負は何時付くのよ?」

「えっと、もう直ぐ・・・かなっと!!」

「げぇぇぇ!!」

最後の気合を入れると、アキトに腕相撲を挑んでいた髭面をした筋骨隆々という感じの大柄な兵隊が、勢い良く身体を宙で半回転させる。
その後、テーブルに自分の身体と一緒に手の甲を叩きつけられ、思わず呻き声が髭面から漏れ出た。

「勝負有り!!」

「うっし、6連勝!!」

審判役の兵隊が判定を述べ、両手を挙げて勝利をアピールするアキト。
そして、アキトに賭けていた兵隊達から手荒い祝福が背中に叩きつけられる。
結構な痛みを背中に感じながらも、アキトは嬉しそうにその祝福を受けていた。


そんなアキトの姿を見て、最初は呆れた顔をしてたエリナだが、最後には微笑んで見ていた。





兵隊達から罵声と祝福を受けながら、6人は食堂を後にした。
アキトの腕相撲で予想外の収入を得たガイは笑顔を浮かべており、ジュンは苦笑をしている。

「ジュンもアキトに賭ければ良かったのによ。
 ここまで堅実な賭け事ってのも珍しいぞ」

「一応将官だからね、本当なら僕は賭け事を取り締まる立場だよ」

止めなかっただけ感謝して欲しいね、と言いながらジュンは肩を竦める。
もっとも、その将官殿も右腕を完全にメグミに取り押さえられており、威厳など欠片も存在してなかった。

「折角の休憩時間を男だけで周るのも味気ないでしょ、私の買い物に付き合ってよ」

「はいはい、エリナさんの強引な所は出会った時から変わらないなぁ」

アキトの手を取り、あらかじめ調べておいた購買関係が集中している区画に向かって移動するエリナ。
手を引っ張られているアキトも、ガイ達に悪いなと手で謝りながらその後を着いて行く。

「うお、男の友情より女を取ったぞアキトの奴」

「はーい、ヤマダ君はこっちねー
 折角こんなレアな補給艦に乗り込めたんだから、撮影可能な所はとことん攻めてくよ〜
 ウリピーからお勧めスポットも聞き出してるんだから」

「おおぃ、マジかよ・・・」

口では嫌がりながらも、ヒカルと並んで仲良くガイは歩き出す。
その去り行く背に向かって手を上げたまま固まるジュン。

空気が読める男なだけに、流石にここで無粋な真似は出来ないし、許される雰囲気でもない。
何よりその後に女性陣に何をされるか分かったものではない。

「・・・喫茶店でも行こうか?」

「はい!!」

メグミの嬉しそうな返事を聞いて、たまにはこういう時間も良いか、と自分を納得させるジュンであった。






「・・・何でリョーコ君が待機所に居るの?」

鼻歌交じりでパイロット待機所に現れたアカツキは、そこに居るはずのない人物を見つけて思わず動きを止めた。

「え?
 いや、ヒカルが用事があるから先に休憩を取りたいって、順番を替わってくれって頼むからよ。
 俺も休憩を取ったばっかりだし、特に用事とか無かったから替わったんだよ。
 それとも、何か問題でも有るのか?」

何かヒカルにしか出来ない作業とかあったか?と言いつつ、パイロットのスケジュール表を覗き込むリョーコ。
そんなリョーコの姿を見ながら、アカツキは視線でイズミに問い掛ける。

するとブロックサインで返事が返って来た。

その結果、利害が一致したメグミとエリナとヒカルが、共謀して休憩時間を操作した事が分かった。
この三人が共謀した時点で、直球勝負がウリのリョーコには防ぐ手立てなど無かった。
そういえばエリナ君が最近は働きすぎで、ストレスが溜まってるって騒いでたなぁ、とアカツキは思い出す。

偶には会長秘書のストレスも発散させないと駄目かな、と今頃振り回されているアキトに心の中で黙祷を奉げる。
そして、別の意味でも気分転換になるだろうし、問題無いな、と自分を納得させた。

「ま、自業自得かもしれないけどね」

「?」

首を傾げるリョーコの隣を歩き、自分の椅子に腰を下ろしてアカツキは持参した雑誌を読む。
暇潰しの為に持ってきたゴシップ雑誌なので、斜め読みをしながら今回の事を脳裏で思い返していた。

元々、リョーコの援護射撃を行った理由も、先日送られてきたスバル家一同からの依頼があったからだった。
何だかんだと言いながら、自分の正体も知っているスバル家の一同だが、その付き合い方に変化は見られなかった。
ネルガルの会長就任以来、掌返しを多数経験したアカツキにとって、正体を知っても変わらないスバル家の面々は貴重な存在だったりする。

そんなこんなで、アカツキとしては趣味と実益を兼ねて今回のデートプランをセッティングしたのだ。
そして、大企業の会長を使い走りにして、娘の恋の成功を計るのはどうかと思うが、というメールの返信も行っていた。

アカツキの視線の先に居たイズミも苦笑をした後、同じ様に呼び出したウィンドウで何かを検索している。
イズミからすれば、親友二人の恋をどちらも応援している状態なので、今回の件については半々だと割り切っていた。

「そう言えば、さっきゴートのおっさんが凄い勢いで走ってたけど、何かあったのか?」

リョーコがふと思い出したかのように、アカツキとイズミに尋ねてくる。

「さあ、また整備班が馬鹿やったんじゃないのかな」

「この前のウリバタケ班長が、爆発騒ぎを起したばかりだしね」

本当の事を知っているアカツキと、何となく事態を察しているイズミは、リョーコが騒ぎ出さないようにする為に連携するのであった。






「それで、何であんな騒ぎになってたのよ?」

思っていたよりも豊富な品揃えに満足しながら、エリナはミナトに頼まれていた雑貨類をアキトが持つ買い物籠に放り込む。
大量の荷物を持とうとも、器用にバランスを取って歩くアキトに、周囲からは奇異な視線が向けられている。

ネルガル本社に就職中、何度もアカツキと一緒に買い物の手伝いに任命されたのは伊達ではないのだ。

「んー、最初はナデシコクルーに対するお礼が目的だったらしいんだけどさ。
 ほら俺って傭兵流儀しか知らないからさ、ついつい砕けた感じで受け答えしてるうちに、意気投合しちゃって。
 やっぱり将官とかより、兵卒位の人の方が俺には馬が合うんだよな」

ははは、と笑いながら誤魔化すようにアキトは頭を掻く。
片手になりながらも、荷物を落とさないのが凄い。

しかし、決まり悪げなアキトの仕草を見ただけで、敏腕な社長秘書は大よその経緯を見抜いた。

「・・・ヤマダ君辺りが、ちょっとしたトラウマを刺激されて激高。
 アオイ君が止めに入るも、お互いに言い争いになって乱闘。
 テンカワ君が傭兵流儀で『肉体言語』の話し合いで鎮圧したわけね」

そう言えば、何人か顔に青痣を作ってたわよねぇ、とエリナは騒いでいた兵隊達の顔を思い出しながら呟く。

「ナンデワカルンデスカ?」

「貴方達が判り易いからよ」

この三人が揃ってて、何も起こらない事を期待した私が馬鹿だったわ、とエリナは天を仰いだ。
だが、そんな状態になりつつも、最後には仲良く腕相撲をしているあたり、似た者同士が集っていたのだろうと思い直した。

「休憩時間だからはしゃぎたくなる気持ちも分かるけど、ほどほどにしておきなさいよ。
 特にテンカワ君はタダでさえ、色々な所から目を付けられているんだから」

「肝に免じておきます」

反省の弁を述べるアキトだが、エリナは絶対分かってないだろうな、という視線を外す事は無かった。
実際、今まで何度この会話を繰り返したのか、既に覚えきれていない。

だが、それがテンカワ アキトとエリナ=キンジョウ=ウォンの関係だった。

手に持っていた買い物リストでアキトの頭を小突いた後、エリナは笑顔で活を入れる。

「ほら、まだまだ周る所は一杯あるんだから、ちゃきちゃき行くわよ!!」

「へーい」

その後、特に大きな問題が起きる事も無く、意気揚々とアキトを引き連れたままエリナはナデシコへと帰艦した。






「まあ話してみれば、気持ちの良いオッサン連中だったけどな」

「本職の兵隊さん数名を素手で叩きのめすとは、流石最強の見習いコック テンカワ アキトだね。
 絶対に職業を間違えてると私は思うんだ」

「いや、まあ、そこは突っ込んじゃいけない所だろ?」

話の経緯を聞いて、思わずヒカルは笑い出す。
現場を見たわけではないが、外見だけではアキトやガイが歴戦のエステバリスライダーには見えないのは確かだった。
何より若すぎるし、その隣に居る将官のジュンでさえ、年齢と階級が吊り合ってるとは言い難いのだ。

ヒカルの予想通り、相手は助けてくれた礼を述べた後、漆黒のエステバリスについて質問してきたらしい。
それに対して、ジュンは機密の一言で追及を避けた。
もっとも、相手には機密を探るつもりは無いらしく、ジュンの言葉に素直に頷いた。

そこで終っていれば話は綺麗に終った筈だが、相手がピンク色のエステバリスについて苦言を呈したのだ。

つまり、漆黒のエステバリスとペアを組む為にはまだ腕が足りない、と。

本人もその事を理解しているが、他人から指摘されると激高するもので、ガイには簡単に火が付いた。
以前に比べれば大人しくなった方だが、やはりそうそう本質は変わらないもので、口より先に手が出たのだ。
一対一ならば体格が違い過ぎるとはいえ、普段から鍛えているガイにも十分に勝機はあっただろう。
だが、相手も血の気の多い人物だったらしく、その仲間も同様だった。

ガイが気が付いた時には周りを囲まれており、そして袋叩きにされる前にアキトが制圧した。

「後はジュンの奴が地位にモノを言わせて、平和的な話し合いによる手打ちを実行したって事」

手打ちの方法が腕相撲になり、その腕相撲が賭けの対象になるとはジュンも予想していなかった。
ちなみに腕相撲を持ちかけたのはアキトからだった。

「ふ〜ん、なるほどねぇ・・・あ、あの兵士募集のポスターって、もしかしてレアもの?」

「・・・だからって勝手に剥がすのは良くないと思うぞー」

廊下の壁に貼り付けてある、古ぼけた軍人募集用のポスターを見て気勢を上げるヒカルの隣で、ガイが苦笑をしながら忠告をしていた。
その後も、二人で仲良く艦内を歩き回る姿を、補給艦のクルー達が目撃をしていた。






「どうして待っててくれなかったんですか?」

「いや、まあ、テンカワ達と丁度鉢合わせてさ」

「ふ〜ん、そうだったんですか」

しどろもどろに弁解するジュンに、白い目を向けながらメグミは手元のジュースで喉を潤す。
既にジュンの所業についてはルリから報告を受けていたので、ここで追求する事は簡単だった。
しかし、ジュンはその事について気が付いていると思われるので、ここで下手に追求する事は上策では無いと判断する。

ジュンはゆるそうに見えても、芯の部分では計算高いことをメグミは感じ取っていたのだ。
そして、その壁を何時か乗り越える事を、メグミを楽しみにしてアタックを繰り返していた。

その他の同年代の男性クルーには無い、不思議な手応えがメグミをジュンに拘らせる理由になっていた。

「ま、そうなると、この後はテンカワさん達とも別れた訳ですし、私と一緒に動いても問題無いですよね?」

笑顔でそう切り換えしてきたメグミに、肩透かしをくらったジュンは微妙に引き攣った顔で同意した。

「あー、まあ、そうなるかな」

ジュンとしては先程の嘘を追及してもらい、その場を誤魔化して話題を変更するのが狙いだった。
少し心苦しいが、メグミを怒らせる事で自分に対する好意を減らす事も目的の一つだった。
しかし、その後の対応と笑顔を見る限り、どうやらジュンの拙い作戦を見破られていると感じ取る。

「・・・メグミさんはどうして僕を、そんなに気に掛けるかのかな?」

「そうですね、一応は顔が好みだという事にしておいて下さい」

「一応、なんだ」

どうもこの手の会話では、メグミに勝てる気がまるでしないジュンは、苦笑をしながらこの後の予定を諦めるのだった。






「どうにも相手の意図が読めません」

「無駄なアタックばかりを繰り返してきただけだからね。
 ゴートさんとプロスさんの方でも、本当に下っ端としか思えない人達を捕まえただけだって」

結局、休憩をまともに取る事が出来なかったルリとユリカは、少々不機嫌になりながらも今回の件について話し合っていた。
補給艦での作業も殆ど終っており、後は艦長としてユリカが受け取りの書類にサインをすれば終わりだった。
今回の出来事が本当に好意によるものだけならば、ここまで悩まずに済むのだが、接舷当初からのトラブルがその意見を裏切っている。

「うーん、戦略とか戦術とかの範囲じゃなんだよねぇ、コレって」

「謀略になりますからね、私や艦長には向いてません」

お互いに顔を付き合わせて、珍しい事に溜息を吐きあう。
通常ならばルリのような幼い少女に相談するような内容では無いのだが、ユリカはルリの年不相応な実力を感じ取っており、時々このような会話をしていた。
ルリとしてもユリカの意図が分からないが、自分の発言を通し易くなるチャンスと考えて、この会話に応えてもいた。

「今回積み込んだ品にしても、ウリバタケさんが厳重にチェックをしていましたし。
 一部の品物については無理矢理、他の船の積荷と交換させていたみたいです」

「うわぁ、それって今回悪戯された事に対する意趣返しかな」

「多分」

補給艦のクルー達の泣き顔を想像して、ユリカとルリが困ったような表情を作る。
上役のツケを払うのは部下という構図は、何時の時代でも何処の世界でも変わらないようだ。

「もし仕掛けるとしたら、ルリちゃんならどのタイミングを狙うかな?」

「そうですね、あくまで目標がナデシコと仮定するとします。
 ある意味足手まといな味方艦隊が周囲に揃っている今が、最大のチャンスだと思いますね」

「やっぱり、そうなるかな・・・」

襲撃の規模にもよるが、今までの経緯を考えると無人兵器達はナデシコが味方艦隊を庇う行動をすると、簡単に予測する事が出来る。
そうなると次に仕掛けてくるタイミングは、どんなに甘く考えても補給艦への停泊時か、出立時に絞られるのだった。

「う〜ん、頭が痛いなぁ〜」

色々な意味を込めてユリカは天井を見上げながら、そんな独り言を呟いた。







「得てして、こういう時は最悪のパターンが選ばれるものです」

「・・・何言ってるのルリルリ?」

「いえ、ただの愚痴です、ミナトさん」

「あら、そうなの?」

ユリカとルリの心配など知った事では無い、とばかりに何故か連合軍の艦隊がナデシコを取り囲んで航行している。
この艦隊の責任者である、脂ぎった中年の太った司令官が、前回の借りを返すという宣言の元に、ナデシコをサセボのドック付近まで護衛すると言い出したのだ。
はっきり言えば迷惑だったのだが、一応好意から出た言葉と相手の方が階級が上という事もあり、ユリカやムネタケに断るという選択肢は無かった。

通信が切れた後、珍しい事にユリカとムネタケがお互いに励ましあっていた姿があった。

「相手の意図が分かっているだけ、まだマシだと思うけどね。
 あの戦功著しいナデシコを護衛して、無事に本拠地に送り届ける・・・この行動の意味は大きいよ。
 ユリカが居る分、ミスマル提督個人にすら恩を売れるからね」

「それも無事にサセボに辿り着けたら、の話ですがねぇ」

ジュンの言葉にプロスが補足を入れる。

「向うの参謀も前回の敗戦を挽回しようと躍起なんでしょう。
 何より敵に襲われても、今回は最初からナデシコの戦力を期待できますし。
 ・・・テンカワの存在を確認するチャンス、とも考えているかもしれません」

「ま、ここまで大所帯になったら、そうそう敵も襲い掛かってこないでしょ。
 それにこっちは嫌がったのに、無理矢理着いてきたのは向こうなんだから、その先までは面倒見れないわよ」

同行に対しての説得時に散々嫌味を言われたムネタケが、不機嫌そうに顔を顰めながら湯呑みの茶を飲む。
その湯呑みがフクベ提督が愛用していたモノである事を、ユリカとジュンは知っていたが突っ込みはしなかった。

「確かに武装については決定力に欠けるけど、防御フィールドを重ねて張れるのは大きいよね。
 これだけ集まれば、そうそう木星蜥蜴さん達の攻撃も効かないでしょ!!
 うんうん、大丈夫大丈夫!!」

「あ、レーダーに敵影有り。
 チューリップ3つです」

ルリからの報告を受けて、ブリッジに居た全員の視線が先程太鼓判を押したユリカの顔に集中する。

「わ、私が呼んだんじゃないよ?」



――――――そんな締まらない台詞と共に、予想以上の激戦が始まったのだった。






『本っ気で防御だけしかしねぇな、あの艦隊!!』

『まあまあ、下手に攻撃しても相手に通じないしねぇ』

『こうなると、まだ敵の数が少なかった事は幸いね』

リョーコが鉄壁の防御を見せる連合軍に向かって文句を言うと、ヒカルとイズミがフォローを入れてきた。
実際、無駄な攻撃をして戦艦を失うより、小型の無人兵器を機動兵器任せ、戦艦は防御に徹するのは正しい判断に思えた。

何しろ自分達では破壊できないチューリップを、破壊する事が出来る存在が中央に居るのだから。

そんなリョーコ達の隣では、アキト・アカツキ・ガイのトリオが戦闘を行っていた。

『お、あのエステバリスの肩のエンブレム、見覚えがあるぞ?
 きっと補給艦で一緒に騒いだ奴等だな』

『ああ、確かに軍服に同じエンブレムが付いていたっけ』

『ふーん、あの人達が昨日言ってた連中かい?
 ・・・うん、僕より良い腕をしているじゃないか』

昨日の補給艦での出来事を聞いていたアカツキは、連合軍の周囲を飛び回るエステバリスの姿を関心しながら見ていた。
彼等は派手な行動をせず、堅実な動きで連携をしながら確実に無人兵器を葬っていた。
それはナデシコというオーバースペックを頼りにした力任せな攻撃ではなく、無駄を省いた巧みな兵器運用の見本でもあった。

やがて向うもアキト達の視線に気が付いたのか、軽く手を上げて挨拶をしてきた。
その挨拶に対してアキトとガイも同じ様に手を上げて返答する。

その外にも補給艦でアキト達の事を見知っていたのか、敵の攻撃が思ったより散発的な為、余裕が有るパイロット達はナデシコの雄姿を見ようと遠巻きにして眺めている。

何時もとは違う雰囲気に若干のやり辛さを感じつつも、アキト達は順調に襲い掛かってくる無人兵器達を殲滅する。
その手際と武器の威力に、観察をしていたパイロット連中から無言の賞賛をアキト達は感じ取っていた。

そしてナデシコからグラビティ・ブラストが発射され、戦艦数隻が一度に沈められた。




「・・・攻撃が単調すぎる。
 もしかして、何か仕掛けてくるつもりかな?」

順調に殲滅されている無人兵器と、もう直ぐグラビティ・ブラストの射程に入る、中央のチューリップを見据えながらユリカが訝しがる。
残り2つのチューリップは左右に分かれて移動をしている為、かなり離れた位置に居る。
しかし、全力で防御を行っている艦隊の防御力はかなりのモノであり、早々に敵の攻撃で沈みそうには無かった。
このまま戦況が動くと、時間は掛かるがナデシコのグラビティ・ブラストで十分に勝利を掴める。

「うん、嫌な予感しか浮かばない。
 ルリちゃん、索敵レーダーに反応は無いんだよね?」

「はい、深海までは無理ですが、ある程度の深さなら海中も索敵出来るようにウリバタケ班長が改造をしてくれました。
 そのレーダーを見る限りでは、この周辺に敵は居ません」

「・・・そうなんだ」

ルリからの報告を受け、何か言おうとしてユリカは黙り込む。
それは決して口には出していけない言葉だった。

そしてユリカが黙り込むと同時に、事態は急速に動き出した。

『なっ!! 何処を狙ってるんだテメー!!』

リョーコの叫び声と同時に、ナデシコを取り囲むように配置されていた艦隊のエステバリスから、次々とミサイルが撃ち込まれる。
一瞬、その光景に動きを止めたナデシコクルー達だが、素早く立ち直ったユリカがルリに簡潔に命令を出した。

「ルリちゃん!! フィールド全力展開!!」

「っ!! 了解!!」

片肺で動いている相転移エンジンが唸りを上げ、チャージ中のグラビティ・ブラストを停止し、ディストーション・フィールドに全エネルギーが廻される。
幸いにしてフィールドの展開はギリギリのタイミングで間に合い、何とか味方からの誤射を防ぐ事に成功した。

ミサイル着弾時の衝撃に耐えながら、ユリカは次々と指示を出す。

「ジュン君、アキト達の現状を確認!!
 最悪の場合、ナデシコに皆を収容して強行突破するよ!!
 ルリちゃんは現在のナデシコの状態をチェック!!」

「分かった!!」

「了解」

険しい表情のユリカに気圧されていたジュンがアキト達に通信を繋ぐと、そこには同じ様に味方と無人兵器の攻撃に晒されるパイロット達の姿があった。
正に正気を疑うような光景に、思わずジュンの動きが再度止まりそうになる。

「アカツキ、現状報告!!」

『無茶言うなっての!!
 そんな事はテンカワ君にでも頼んでよ!!』

アカツキは必死に回避行動を取りながら、ジュンにそう怒鳴り返す。
ジュンはアカツキの抗議により、自分が激しく動揺している事を悟り、一呼吸入れてからアキトに通信を繋げる。

「くっ、やはりパイロット達も狙われてるのか・・・テンカワ!!」

『・・・いや、どうやらこの攻撃は、本人の意思じゃないみたいだぞ』

アカツキと違い、まだ余裕を持って回避行動をしているアキトは、苦々しい表情をしたままジュンにそんな報告をしてきた。
自分に向かってきたミサイルを銃撃で落とし、弾丸を何時もの如くナイフで切り裂くその姿に、クルー達は何故か安心をしてしまう。

そして、アキトはエステバリスのカメラに映った画像を、ブリッジに向けて転送してきた。

そこには、必死に攻撃を止めようとする艦隊所属のエステバリス部隊による、大パニックの現状が映されていた。

『銃口やミサイルの発射口は無人兵器を向いているのに、発射される寸前に銃口が変更されるし、発射したミサイルはナデシコや俺達に向かってくるんだ。
 ・・・もしかすると、所属艦の火器管制システムが乗っ取られてるかもしれないぞ』

「なん、だと?」

予想を越える最悪の事態を告げられ、思わずジュンは言葉に詰まる。
視線で先程から味方艦に通信によって猛抗議をしていたムネタケに問い掛けると、こちらも青い顔で頷いてきた。

「忌々しい事にテンカワの予想通りよ、しかも火器管制システムどころか艦全体の制御システムも乗っ取られつつあるそうよ」

ムネタケからの通知に、思わずユリカ達の顔色が青褪める。
それはつまり、周りを囲んでいた味方が徐々に敵に替わりつつある事を意味していたのだ。






「艦長、緊急事態です」

「何かな、ルリちゃん?」

今後の戦闘をどうするのか、ジュンと二人で相談をしていたユリカにルリが話しかける。
敵に味方の戦艦を完全に乗っ取られれば、まさに袋叩きの良い的になる事は簡単に予想できた。
だが、その味方を見捨てて逃げ出すわけにもいかないのが、今のナデシコの状況だった。

しかし、現実は過酷になる一方だった。

「実はオモイカネにも同じ様なハッキングが、先程行われました。
 オモイカネ自体への攻撃は防ぎましたが、腹いせとばかりにオモイカネと繋がっている各ラインをズタズタにされました」

「えっと・・・つまり、どういう影響があるのかなぁ?」

良く見ると微妙に顔色が悪いルリに気が付き、ユリカの尋ねる声色が低くなる。

「ぶっちゃけて言うと、ディストーション・フィールドを展開する意外、まともに動けませんし、戦闘もできません」

「うわぁ」

「何て事だ・・・」

余りにぶっちゃけた内容に、思わずユリカとジュンが将官にあるまじき態度で揃って顔を覆う。

「それとこの現象の原因も判明しました。
 原因は先日行った補給艦で受け取った補修用資材の中に、ウィルスが紛れ込んでいたようです。
 向うの艦隊も同じ現象が起きている以上、全ての補給物資が罠だったみたいですね。
 全艦に同じ物資が行き渡っていると分かっていたので、私も油断をしていました、申し訳有りません」

「ううん、それこそ誰もルリちゃんを責められないよ。
 でも、この補給作業で・・・そうなんだ」

ユリカは悔しそうに唇を噛み締め、ジュンは静かに怒りを燃やしていた。
この事が何を意味するのか、気付かない二人ではない。
幾ら木星蜥蜴が神出鬼没でも、ルリが十全にナデシコ内の監視をしておけばこのような事態は防げたはずなのだ。
しかし、補給艦で行われた嫌がらせのようなハッキングや侵入者への対応により、その目を掻い潜る隙を与えてしまった。
このような細工や隙が、偶発的に発生したと考えるほど、二人の脳味噌は御目出度くなかった。

つまり、人類の中に木星蜥蜴と手を組んでいる存在が居る、という証左を得たのだ。

「ルリちゃん、何とかシステムの復旧をする事は出来る?」

「1日、時間が頂ければ」

ユリカの問いに対するルリの答えは絶望的なモノだった。

「駆逐するだけなら10分もあればワクチンを作成できます。
 ただし、その駆逐後の破壊されたネットワークの再構成と、置き土産等の確認、その他諸々を考えるとどうしても一日は必要です」

通常ならば1日でウィルスに犯されたシステムを復旧させる事すら、驚異的なスピードと言える。
ただし、今現在、ナデシコとその友軍は敵に包囲された状態であり、そのような猶予を貰えるような状況ではなかった。

厳しさを増す現状の把握が終了し、重苦しい沈黙がブリッジ内に満ちる。
プロスとゴートの二人も完璧に裏をかかれた事を悟り、内心では激しく苛立っている。
何か指示を出したいが、何をすれば現状を打破出来るのか思いつかず、ムネタケはヒステリックに頭を掻いている。
そんな上層部の混乱が伝播したのか、ミナトやメグミも不安そうに周囲を見渡し、エリナも不機嫌な顔で黙り込んでいた。


――――――しかし、ユリカの瞳に諦めの色は無かった。


「ナデシコのディストーション・フィールドが張れるって事は、エネルギーラインを有る程度操る事は可能なんだよね?」

「はい、用途はかなり限られていますが可能です。
 実際、エステバリス隊へのエネルギー供給も継続出来ています」

「それと同じ事を、味方艦隊でも可能にするワクチンなら作れる?」

「・・・可能ですね。
 味方艦隊は既にフィールドの展開状態だったので、その系統は真っ先に防御に廻せたみたいです。
 ですので、ウィルスの駆逐を行えばエネルギーラインの確保は可能です」

「そっか、その点は不幸中の幸いだったね」

ルリの回答を受けて、何かを閃いたのかユリカの顔に初めて笑顔が浮かぶ。
しかし、その笑顔を正面から見ていたルリは、ユリカが何か決意を固めたように感じていた。

「ゴメン、ルリちゃん直ぐに味方艦隊用のワクチンを作ってくれるかな。
 内容はウィルスの駆除とエネルギーラインの確保だけでいいから、最速でお願い」

「了解しました」

色々と質問をしたい事がルリにも有ったが、今は非常時だと割り切って自分の席へと急ぐ。
そのルリの小さな背中に向かって、ユリカは無理をさせてゴメンと小声で呟いた後、事の推移を見守っていたジュンとムネタケに顔を向けた。

「ジュン君、エステバリス隊の皆と通信を繋いで。
 それとムネタケ提督、かなり危ない橋を渡りますが、お付き合い願えますか?」

美しい筈のユリカの笑顔に、何故か断れない凄みを感じた男二人は気圧されるように頷いた。








――――――ナデシコの反撃が今、始まる。




 

 

 

 

第十二話その2に続く

 

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