< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

漆黒の戦神

第一話

 




2197年11月

暖かい機内から、冷え切った外気に晒されたと同時に、目の前に広がる惨状の酷さにレイナは動きを止めた。
上空から見ていた時も、破壊の跡の生々しさに恐れ戦いていたが、自分がそんな場所に立つ事になるとは予想などしていなかった。

「え、何コレ、どっきり?」

「・・・流石に西欧方面軍の司令部、とは思えないよな」

レイナの後に機外に出たアキトも、整備班の怒声が響き渡る格納庫や救急隊や歩兵が慌しく走り回る姿に眉を顰めた。
その光景はどう考えても、敵の攻撃を受けたばかりの基地にしか思えなかった。

アカツキの指示に従い、アキトが向かった先では確かに新品の機体と、その専属スタッフとして微笑んでいるレイナの姿があった。
前回の事件のお詫びにと、アキトと同じく西欧で羽を伸ばす約束で同行をする事になっていたのだ。

事前に調査を行ったという名店や観光場所の説明をレイナに聞きながら、アキト達はネルガルが用意した専用機に乗り込みその地を発った。

アキトが居る為、目的に直行しても問題は無かったが、一応安全な地域を経由して長時間のフライを行い、先程無事に目的に到着をした。


――――――その筈だった。


しかし、二人が降り立った地は血生臭い風と、悲鳴と怒声が響き渡る地獄のような基地内だった。


「どう見ても、最前線なんだけど」

「だな」

当初のウキウキ気分を忘れ、呆然と滑走路で佇む二人。

突然に現れた場違いな訪問客にしか見えない二人に、肩を怒らせた憲兵が厳つい表情でこちらに向かって来ていた。
その表情を見る限り、どう好意的に解釈をしても、二人は歓迎されているようには思えなかった。





「そもそも、民間人の協力者を受け入れるなんていう指令は、今時点でも司令部から受けてないぞ。
 俺達が受け取っているのは、ネルガルからの補給部隊の到着だけだ」

「ですが、東南アジア方面軍の指示書も存在してます」

「ああ、確かに書類及び添付データは本物みたいだが、司令部に問合せた所、そんな指示は受け取ってないそうだ」

そう言って、困ったように頭を掻く中年の軍人。

意外な事にこの基地の責任者をしている軍人は、中肉中背のぼさぼさの黒髪を無理矢理軍帽に押さえ込んでいる東洋人だった。
自己紹介をした時にオオサキ シュンと名乗っており、階級は中佐と名乗っている。
そして、そのオオサキ中佐の斜め後ろでは、直立不動の体勢でアキト達を監視している角刈りをした大柄な人物が居る。
こちらも東洋人であり、名前をタカバ カズシと名乗っており、階級は大尉だった。

「気の毒だが、ここは見ての通り最前線だ。
 手違いが有ったとしても、お前さん達にそれほど構ってやる余裕は無いんだ。
 つまり、司令部から迎えが来ない事には、お前さん達を送り出す事は出来ない。
 そして司令部がその書類を正式に認めない限り、迎えをこの最前線にまで寄越す事はまずないだろう。
 それと、補給物資については有り難い話なんだが、持ち込んだエステバリスについては使用許可は出せない」

「何故ですか?」

アキトの腕前を知るレイナがそのシュン中佐の発言に噛み付く。
この基地のライダーの腕前は知らないが、レイナからすれば最前線とは言えアキトが出撃出来るというだけで安心できるのだ。

それだけの実績と、期待を裏切らない腕前をアキトが持っている事を、この場の誰よりもレイナは知っている。

「決まってるだろ、木星蜥蜴の奴等と戦うのは軍人の務めだ。
 幾ら腕が立つからといって、民間人を戦場に立たせるわけにはいかん」






納得いかないと抗議するレイナを連れて、アキトは苦笑をしながらシュンの執務室から出て行った。
その後姿を苦笑しながら眺めていたシュンは、二人が立ち去った後で表情を引き締め、自分の副官に話しかける。

「どういう事だと思う?」

「多分、あの糞野郎の嫌がらせかと」

「・・・多分そうなんだろうな。
 だが、態々あれ程大量の補給物資まで俺達に渡す必要性があるのか?
 言っちゃあなんだが、あの野郎を論破してここに飛ばされて以来、まともな補給なんて無かったんだぞ?」

戦術も戦略もまともに語れない、血筋だけを誇りにしている准将の愚策を止める為、シュンは進んで汚れ役を買って出た事がある。
本人自身が既に出世等には興味が無い為、散々にお偉方の面前で准将を扱き下ろしたシュンは見事に怨まれた。
その結果、地獄の最前線に配置されたのだが、シュン自身はその事についてどうとも思っていない。

ただ、一つ気になる点が有るとすれば、副官までこの地獄に付き合わせてしまった事だった。

もっとも、本人にその事を聞けば、むしろ連れて行かない方が怨みます、と言われる事は分かっているのだが。

「あの貴族至上主義が改心したとか?」

「有り得ないな」

カズシが苦笑混じりに呟いた言葉を、即座に否定する。
人はそう簡単に変われない、その事を我が身で実感しているだけに、再度有り得ないとシュンは首を左右に振る。

そして一つの可能性として、どうしてもあの二人の民間人を早急に最前線に送り込むため、補給物資など考慮もされなかったとしたら?と考える。

それなりの地位と権限、そして無茶を押し通すコネを持つ准将が、そこまで恐れるナニかを、あの二人が持っている。

「・・・いや、それこそ流石に有り得んか」

「何か理由でも思いつきましたか?」

「ああ、ちょっと馬鹿な事を思いついたが、やはり有り得んだろ。
 どちらにしろ、あの二人は被害者なんだろうな。
 しかも、この最前線に騙されて送られるくらいに、怨まれている」

司令部からの命令書に記入されている、例の准将のサインを見てシュンは嫌そうに顔を顰めた。
どのような経緯があったのかは判らないが、軍に協力をしてくれている民間人にすら、嫌悪の感情だけで判断する行動が信じられない。
同じ軍人として恥ずかしく、彼等を気の毒に思うのだが、こちらもギリギリの所で踏ん張っているだけに、そうそう手助けをしてやれない。

グラシス司令官の好意から送られてくる補給物資が生命線なだけに、この臨時の補給は本当に嬉しい限りだった。

例え、負け続けるばかりの最前線とはいえ、やはり補給が無ければ機能はしないのだ。

「しかし、持ってきたエステバリスだけは軍に貸し出せないとは、ネルガルも何を考えているんだ?」

「理由を聞いても、あの青年以外は誰も扱えないからの一点張りですしね。
 まあクリムゾンと同じく、色々と噂の絶えない企業ですし、何らかの理由があるんでしょう」

「ま、どちらにしろ、エステバリスが一機増えただけで引っ繰り返るような戦況ではないしな。
 軍内と戦場に迷惑を掛けないように、立ち去るまで封印を解かないようにしておくか。
 今は先程の強襲による被害状況の把握と戦力の建て直し、そして救助活動が最優先だ」

「ではこの問題は、そのように処理します」

そう言って、シュンはアキトとエステバリスの事を記憶の奥に沈めた。


――――――後日、その時の発言を振り返り、副官と一緒に大いに苦笑をする事になる。






「がー!! 人の話をまともに聞け、あの能無しの軍人共ー!!」

怒りに任せて食堂で自棄食いをしているレイナの対面で、アキトは苦笑をしながらトーストを齧っていた。
現在のところお客扱いの二人は、特にする事もないので腹ごしらえをする事にしたのだ。

もっとも、最前線という言葉に偽りは無く、まともな調理を行った食事など一つとして存在せず、殆どがレトルトだった。
そのレトルトからしても粗悪な質のモノであり、どう贔屓目に見ても美味しいとは言えないモノだった。

「とんだ手違いもあったもんだな」

「・・・むしろあの陰険会長の悪意を感じるわ」

流石にそれは無いだろう、と一応は友人を援護しつつアキトは話を持ち込んだエステバリスに移行した。
ちなみにテニシアン島での一件をその時に思い出し、ほんの少しだけそれも有り得るか?と疑心を抱いたりもした。

どちらにしろ、日本付近に居るはずのナデシコとの時差は8時間程なので、深夜に連絡を入れるのも迷惑だろうと思い、今はまだ何も伝えていない。

「あのエステバリス、かなりカスタムされてるみたいだったけど、あのまま倉庫に放置してて大丈夫かな?」

「あのね、テンカワ君専用のカスタム機よ?
 しかもデフォルトでマニュアル操作するような機体を、誰がまともに動かせるもんですか。
 その上武装は『例の奴』以外は、最新式のライフルとナイフのみ。
 動かせてもゆっくり歩いたりとか、トロトロと空を飛ぶ姿しか思い浮かばないわ」

それが出来ただけでも、結構良い腕だと思うけどね。

ぐふふふ、と楽しそうな笑みを浮かべるレイナに少し引きつつ、例の事件を振り切ったその姿をアキトは頼もしく思った。
以前の引っ込み思案なところは影を潜め、エステバリスの格納時には整備班と丁々発止のやり取りを繰り広げてもいた。

あの事件の後、様々な用件が重なってしまい、最後までレイナとアキトは顔を合わせる事はなかった。
エリナから元気になっていると聞いてはいたが、やはり目の前でその姿を見ると安心感が違う。

これからどうしようか、と二人で悩んでいると外が急に騒がしくなっている事にアキトが気が付いた。
二人が顔をそちらに向けてみると、食堂前に広がっている中庭に仁王立ちしたカズシがマイクを握り締めて大声で怒鳴っていた。

「おい、麓の街が先程の攻撃の被害を受けたらしい。
 まだ要救助者が多いそうだから、軍からも人手を出すぞ。
 手の空いてる野郎はこの車に早く乗り込め!!」

それを聞いて立ち上がるアキトの顔を見て、止めても無駄だと悟ったレイナは、溜息を吐きながら同じ様に席から立ち上がるのだった。






「なあ、お前さん達の好意は嬉しいんだが、正直に言うと後で後悔する事になると思うぞ?」

「現在進行形で後悔中ですから、ご心配無く」

狭い軍用トラックの中に押し込まれたレイナが、クッションの効かない座席に座り込み、激しい振動に辟易している中。
アキトはある意味慣れ親しんだ感触に苦笑を浮かべながら、布で巻いた愛刀を抱えてレイナとカズシのやり取りを聞いていた。

「はぁ、元気なお嬢さんだな・・・
 まあ向うで救急隊の手伝いをして貰えば、一応は安全か。
 ところで彼氏の方が持ってるその棒は何だ?」

レイナを説得する事を諦めたカズシが、今度は妙に落ち着いているアキトを訝しげに見ながら問い質してくる。

「護身用の武器です。
 無人兵器は去ったはずですけど、現場では何が起こるか分かりませんから」

「ほぅ、ネルガルの新製品か何かなのか?」

予想外の援軍を得れるかもしれないと、カズシの表情に喜色が浮かぶ。

「いえ、ただの日本刀です。
 これが俺の愛刀ですよ」

そういって布の一部を外し、漆黒の鞘に収まった刀をカズシに見せる。

「・・・・は?」

アキトの言葉を聞いて、たっぷり30秒は固まった後、日本刀というモノが何かを思い出し、痛み出した頭を右手で抑える。
何処の世界に銃弾を放つ上にシールドまで張る存在を相手に、刀一本で戦おうとする人間が居るのだろうか。
生半可な携行火器では破壊は不可能と、既に幾人もの血と命によって立証されている存在を相手取るかもしれないというのに。

もっとも、目の前にそんな存在が居るのだが。

それから何かを悟ったのか、最早この場違いなカップルに何を言っても無駄だろうと力なくカズシは首を振る。
この二人は隊の客人でもあるので、救援部隊の本部に駐在させようと心に決めたのだった。

「知らないって事は、本当に幸せなんだなぁ」

アキトとカズシのやり取りを見て、馬鹿にしたように笑う他の軍人を盗み見しながら、レイナは気の毒そうに呟くのだった。







数時間後

夕暮れが包み込むように基地に訪れる中、薄汚れた格好のカズシが青い顔をして司令室を訪れた。

「お、思ったよりも早かったな、それほど街に被害は出ていなかったのか?」

「ただいま戻りました。
 いえ、想定よりも被害状況は酷かったです」

敬礼をしながらそう報告をするカズシに、シュンは表情を少し翳らせる。
被害状況が酷い中での早期の帰還となると、ほとんど生存者は居なかったという事が想像出来るからだ。

だが、ある意味その状況にも慣れてしまった自分が居る事に気が付き、再度シュンは顔を顰める。

「そうか・・・死者は何名だ」

「問題のあったシェルター付近での死者は38名です。
 その他、重傷が63名、軽傷が128名、無傷で保護されたのは500名ほどです。
 他のシェルターについては、避難された民間人全てが無事である事も確認しております」

「おいおい、朗報じゃないか!!」

三桁には昇らない死者の数に、思わず腰を浮かして明るい顔をするシュン。
シェルターに市民が避難しているとはいえ、そのシェルターにまで被害が及んだと聞いており、下手をすると百人単位の死人が出たのかと思っていたのだ。
実際、今回の戦闘による攻撃の余波で、シェルターの出入り口が塞がれた事を知った時には、肝を冷やしたものだった。

しかし、そのシュンとは対照的に青い顔のままのカズシに気が付き、その顔を訝しげに見る。

「隊長、直ぐにテンカワ アキトについて、可能な限りの身辺調査を行う事を進言します」

「・・・何が、あった?」

「これをご覧下さい」

論より証拠とばかりに、救助活動時に撮っていた映像データをシュンに手渡すカズシ。
長年の部下であり親友であり、同士でもある男の滅多に見ない態度を訝しく思いつつ、シュンは受け取った映像データを自分のデスクで再生させた。



最初に映っていた映像は、ある意味予想通りのモノだった。
シェルターにまで逃げ切れなかったのか、無人兵器に惨殺された死体を見てレイナが吐いた。
その背中をアキトが優しくさすってやる隣で、カズシが的確に指示を出していく。
死体の上にも布が掛けられ仮の安置所へと丁重に運ばれていく。

カズシはアキトには、レイナの面倒をみておくように頼むつもりだったが、その事を言う前にアキトは自分から進んで死者を毛布で包み、丁寧に運んでいく。
中にはカズシにも見るに耐えない死体もあったが、アキトは躊躇する事なく優しい手付きでその人達を運んでいった。

この時からカズシの中ではアキトの印象はガラリと変わっていた。
当初はネルガルのエリート社員にしてテストパイロットという、ある意味現場には出ない男だと予想していたのだ。

しかし、違った。

「・・・実戦を、いや負け戦的なモノを体験してやがるな、こいつ」

「私も同じ意見です」

カズシと同じ様にアキトの身分を疑っていたシュンも、この映像を見てその考えを改める。
現場を知らない甘ちゃんが、この凄惨な場面に尻込みする事無く動ける筈が無い。
これだけは映像や写真では伝わらない、生の現場に漂うリアルは、その場に立つ者にしか分からないのだ。

本来ならばレイナのような反応こそが、「まとも」な人間のする行動だった。

「ですが、問題はこの先です」

カズシの言葉に促され、その先の映像をシュンは注視する。

その映像の中では、アキトが次々と部隊の人間にアドバイスを与え、瓦礫に埋まった人達を助け出す姿があった。
まるで最初から救助者の場所が分かっているかのような態度と、実際にその先に居る救助者の存在に驚く面々。
不思議がる軍人達を尻目に、口元を拭いながら現れた青い顔のレイナが、意外にもしっかりとした足取りで、助け出された人達を救助施設に誘導する。

『いちいち固まってないで、さっさと動きなさいよ』

『い、意外とタフだなお譲ちゃん』

『テンカワ君のする事に、いちいち驚くだけ時間の無駄なの。
 それと私の名前はレイナよ、ちゃんと名前で呼んでよね』

カズシの褒め言葉に舌を出して返した後、怪我をした老婆に肩を貸してレイナは歩き出す。
その逞しい後姿に感心していたカズシは、それでも気になったのか隣を小走りで駆けて行ったアキトに並走をしながら声を掛けた。

『おいテンカワ、どうやって瓦礫に埋まっている人達を見つけてるんだ?
 何か小型の探知機でも持ってきてるのか?』

『気配に音、それと勘ですね』

返された言葉に、今度は絶句するカズシの姿が映っていた。

そして、テンカワはそんなカズシを放っておいて、目の前に立ち塞がるビルの壁に向かい、短い気合の言葉と共に手元を閃かせた。
その動きに合わせて、アキトが首に巻いていた白いマフラーがふわりと漂う。

この時になって初めて、シュンはアキトが日本刀を持っている事に気が付く。


――――――それと同時に、目の前のビルの壁に大きな切れ目が入り、内側に向かってゆっくりと倒れていった。


「・・・おい」

「いや、何度見ても凄いですね。
 まさに抜く手も見せない、ってやつです」

同じ映像を見ていたカズシが、乾いた笑みでシュンの問いに応える。
それを聞いた限り、本当に刀一本でこの芸当をアキトが為したのだと、シュンは無理矢理自分を納得させた。

その後も、固まっているカズシや他の軍人の目の前で、容赦無く常識と一緒に壁やコンクリートや鉄筋が切り裂かれていく。
そしてその切り裂かれて作られた道の先には、必ずと言っていいほど要救助者が、寒さや怪我の痛さに震えながら待っていた。

「その結果、手遅れになる前にかなりの人数を救えました。
 潰されたシェルターの入り口にしても、横道をテンカワが『くり貫いて』作ってくれたので、酸欠になる前に救助出来ました」

「彼は救助活動のエキスパートなのか?」

その鮮やかな手並みに感心しつつも、救助時の手法が問題だなと場違いな事を考えるシュン。
しかし、そんなシュンの突っ込みも、画面に突如現れた小型無人兵器によって掻き消された。

どうやら相手は間抜けにも、自分の破壊したビルの破片に今まで埋まっていたらしく、お仲間が既に退散した後にやっと脱出をしたらしいと、シュンは瞬時に判断した。

不吉な機械音をさせながら武器を構える無人兵器に、思わず動きを止めていた人々がパニックになりながら我先にと逃げ出そうとする。
そんな人混みに弾き飛ばされたのか、6歳位の少女が地面に倒れ込み、恐怖のせいで動けなくなっていた。

『くそっ!!
 射撃開始!!』

カズシが万が一に備えて配置していた武装兵に指示を出すが、やはり携帯火器では決定打に欠けていた。
こちらの攻撃をシールドで防ぎながら、無人兵器は嘲笑うかのように空に浮き、去り際の駄賃とばかりに周囲に銃撃を振り撒く。
その攻撃により更に周囲はパニックに陥り、カズシの指示も届かない状況に陥っていった。

そんな中、移動を始めた無人兵器の先には、倒れた少女が絶望に染まった顔で座り込んでいた。

これから起る悲劇を予想し、怒声を上げるカズシの目の前で、一人の青年が風のように動く。

誰もが固まる中、何時の間にかその青年は少女の前に立っていた。

そしてまるで目の前の存在など、何ほどの問題でも無いかのように、吐き出される銃弾ごと真一文字に閃光が奔る。



その場に居た全員が、その現象を見ていながら、何も理解出来ないまま、生き残っていた悪意は真っ二つに切り裂かれて、破壊され、爆発した。



「腕が立つ、っていうレベルじゃないですよ。
 生身の人間が刀一本で無人兵器を切り裂くなんて、性質の悪いジョークです。
 むしろ今までテンカワ アキトという存在について、何一つ情報が出ていない事が信じられません。
 ここまで突き抜けた事をやる人間には、それなりの逸話や噂話くらいは裏では流出しているものですが」

「・・・まあ、確かに、な」

実際、テンカワ アキトという名前が、裏で広がっているなどという話は聞いた事が無い。
軍の情報部にはそれなりに知人は居るし、この手の話はどうしても面白おかしく広まる為、過大広告だったとしても存在は知れ渡る。
今回の件で言えば、日本刀一本で小型の木星蜥蜴を、正面から真っ二つにする馬鹿が居るらしい、という感じだ。

しかし、当然の事ながら無人兵器を刀一本で切り伏せた男の話など、聞いた事も無い。

「都市伝説にも無かったと思うがな」

「私も聞いた覚えは有りませんね」

「「・・・」」

いい加減、頭が痛くなってきた二人は、今更になって自分達がトンでもない人物を懐に招き入れたのでは?と悩み始める。

「そういえば、確かテンカワが到着する30分前だったよな?
 優勢だった木星蜥蜴共が、急に慌てたように退却していったのは」

「はははは、アイツ等がテンカワが来るのが分かって、此処から逃げ出したんですか?
 そんな馬鹿な事、有るわけ無いじゃないですか」

「わはははは、そうだよな?」

「「・・・」」

空調は壊れていないはずなのに、何故か背筋に走る寒気を抑えきれない二人の中年だった。





基地内に鮮烈なデビューをアキトが果した翌日、アキトは後ろに昨日助けた少女を連れて歩きながら厨房で忙しく働いていた。
当初は短い滞在期間と誰もが思っていたのだが、その後も西欧方面軍の司令部からは何も連絡は入らない。
これは一時の嫌がらせなどではなく、本格的な陰謀の匂いがするとシュンは判断をした。

各方面軍の上層部の一部が仲が良くても、その部下までもが仲が良いとは限らない。
そして組織として運用されている以上、部下の機嫌を取る事を放棄する訳にはいかない。

人類はこんな切羽詰った状況にありながらも、愚かなプライドと目先の欲の為に何処までも馬鹿になれる、シュンはその事について骨身に染みていた。

そんな風に長期戦を覚悟したシュン達だが、今度は逆に遊ばせておくには余りにスキルが高すぎる客人をどう扱うかで迷い出す。
本人の自己申告だったが、レイナがネルガルが誇るエンジニアである事は間違いは無い。
この基地の整備班のチーフにも確認をしたが、その知識と手際は自分より数段上だと悔しそうにぼやいていた。

そして、一番の問題が昨日散々活躍をしてくれたテンカワ アキトだった。

後で陸戦部隊の隊長に例の映像を見せた所、青い顔でお手上げとばかり白旗を振っていた。
つまり、テンカワがこの基地の制圧に出れば、こちらはまともに対応できずに終りかねない可能性もある。
シュン自身、無人兵器に刀一本で勝つような異才に、正面から勝てるビジョンなど浮かびようがないので文句は言えず、苦笑をするしかなかった。

そんな時、本人達から通信が入り、この基地の仕事を手伝う旨が伝えられた。
相手からの提案という事で、軍としての面子も立つし、何より敵対行動をしようというのでは無い限り断る必要は無いと判断したシュンは、その提案を受けた。
実際の話として、猫の手を借りたいほどに仕事が山積しているという事情も有った。

そして交渉の結果、レイナは格納庫に集まる整備班の元に赴き、何故かアキトは厨房へと引き篭もった。



「はい、ラーメンお待ち!!」

「おお、これは美味そうだな!!」

異邦人に対して深く考える事を放棄したシュンは、むしろ積極的にアキトに関わる方針へと変更していた。
アキトがこそこそと陰謀を仕掛けるような裏表のある性格でない事は、一日も付き合えば大抵の人間には分かってしまうのである。
むしろ、力押しこそがアキトの真骨頂であると理解するのも簡単だったりもする。

「しっかし、この基地の厨房が稼動する日がくるとは、夢にも思わなかったなぁ
 今までは食料の保存用に、冷蔵庫が動いていたいただけだしな。
 なのに、今、この西欧の地でラーメンが食えるとは、まさに望外の喜びだ」

この基地に赴任していらい、麓の街にでも足を伸ばさなければ食べられなかった暖かい食事に、思わずホロリとなるシュン。
そんな尊敬する隊長と、いまいち正体が掴めない青年のツーショットを見張りながら、カズシも食事を楽しんでいた。

「はい、おじさんのお水」

「ああ、有難うメティちゃん」

おじさん発言に微妙に傷つきながらも、笑顔で少女に礼を言うカズシ。

昨日の救出後に判明した事だが、フルネームはメティス=テア、愛称メティという少女は隣町から家族で買出しに来た時に襲撃に巻き込まれてしまった。
そして、襲撃によるパニックを起こした人混みに流され、そのまま家族と逸れてしまい現在に至る。
一応、亡くなった人達の中に家族が居なかった事は確認出来たが、隣町までそこそこに距離がある為、一人で帰らせる訳にもいかない。
しかし、軍は今回の襲撃の後始末と今後の守備もある為、そうそう送り届ける事も出来ない状態だ。

一時的に養護施設に預ける事も検討されたが、本人が嫌がりその案は却下された。
何より、メティ自身はあのピンチに颯爽と現れ、誰もが殺されると思った無人兵器を切り伏せたアキトに心酔しており、離れる事を拒み続けたからだ。

結局、家族の安否は分からず、回りは知らない大人ばかりでは6歳児には厳しかろう、という事で懐いているアキトにお鉢が回ってきた。

本来ならそんな面倒な子供を預かるなど、誰もが嫌がるところだが、アキトは笑顔で身元引受人を引き受けた。
最初は危ない趣味の男なのかと心配をしていたカズシだが、見ている限り実に甲斐甲斐しくメティの世話をしており、傍目にも良い兄にしか見えない。
アキトの彼女と思っているレイナに聞いてみると、同じ年くらいの養女が居るので慣れているんじゃないの?という返事が返ってきた。

19歳の青年が6歳位の養女を持つ・・・ますますもって素性が分からん、と頭を傾げるカズシ。

そんな風に唸っているカズシに向かって去り際にレイナは、自分はアキトの彼女では無いと凄い目つきで訂正してから格納庫に帰って行った。

結局、テンカワ アキトとは自分では計りきれない様な器の大きい男なのか、それともただの馬鹿なのか?
そもそも、あんな物騒な腕前を持つ男が、何故自ら進んで厨房に引き篭もるのか?
あと、意外と美味いなこの漬物。

そんな事を悩みつつも、久しぶりの日本食に舌鼓を打つカズシだった。





久しぶりのラーメンを十分に堪能し、午後からの仕事の多さを思い出し唸っているシュンに、アキトがおずおずと質問をしてきた。

「厨房から見ていて思ったんですが、随分と国際色が豊かな部隊ですね?」

「お、分かるのか?
 この部隊は言ってみれば西欧方面軍にとって厄介払いをしたい軍人を、意図的に集めて作られた経緯があるからな。
 何処の世界にも居るだろう?
 上に煙たがれらたり、噛み付いたりするやんちゃな奴や、癖のある奴とかな」

そう言ってニヤリと笑うシュンに、同意するようにアキトが頷く。
この部隊は余り軍人らしい気配を感じさせない為、ネルガルでキリュウの部隊に身を寄せていた事を思い出すのだ。
隊長としてこの部隊を取り仕切っているシュンからして、随分と砕けた対応をしている事から規格外という事が窺える。

もっとも、そういう意味ではアキトにとってこの部隊は、実に過ごし易い雰囲気を構築していた。

「俺自身、無謀な作戦を自慢そうに語る准将を論破した結果、この部隊の隊長になった経緯がある。
 お陰で階級に比べて率いる部隊規模は、大分オーバーしているのが現状だ。
 まあ何が言いたいかというとだな、俺に取り入っても一つも良い事は無いぞ、という事だ。
 上から睨まれている分、補給は滞っているし、常に最前線送り出しな」

「だからこその豊富な戦闘経験ですか、道理で皆さん歴戦の風格が有る訳だ」

シュンからの説明に納得したのか、アキトは小さく頷きながら晩御飯の為の仕込を始める。
実に手馴れた手付きで野菜を刻むその姿に、昨日今日の趣味でコックをやっている訳ではないとシュンは感じた。

「しかし、ネルガルではテストパイロットにコックの修行でもさせるのか?
 というか、陸戦隊に何で所属してないのか不思議で仕方が無いんだが」

「どちらかというと、俺はコックが本業です・・・もっとも、見習いですけどね。
 パイロットについては、まあ成り行き上、仕方なく契約に盛り込まれたんですよ。
 陸戦隊には縁はありませんでしたが、シークレットサービスの真似事なら一時期やってました。
 あ、そう言えば塩が足りないんだ、他の調味料も全般的に不足してるし。
 シュン隊長、ちょっと買出しをしに街に出てきます」

そう言い残して、アキトはじゃれ付くメティを連れて、いそいそと麓の街に向かう。
幸いにも昼時は過ぎているので、食堂の客はシュンとカズシだけだった。

「なあ、俺は何処から突っ込めば良かったのかな?」

「とりあえず、調理師免許は持っているのかを確認するべきでしたね」

ご飯を掻っ込みながら、カズシが投げやりな口調で忠告してきた。






「それにしても、随分とカスタムされてるよな、このエステ」

「ネルガルでもかなりの立場に居るんじゃねぇの、あの二人?
 羨ましいねぇ、資金と時間に余裕のある奴等はよぉ、これだけの機体を弄れるってんだから。
 西欧に比べて東南アジアが落ち着いてきてる、って噂は本当なのかもな」

「おいおい、下手にチョッカイ出すなよ?
 少なくともテンカワの奴は、小型の無人兵器より強いからな」

「俺も救助活動での記録映像を見たけど、アレは無いわー」

整備班の面々が、格納庫の一角に鎮座している漆黒のエステバリスを見て、そんな談笑をしていた。
明らかにこの基地に配備されているエステバリスよりも、数段上のポテンシャルを発揮しそうな機体に、整備班は興味津々だった。

もっとも、手を出そうにもガチガチに固められたセキュリティに邪魔をされて、ろくに情報を見る事も出来ないのが現状だったのだが。

「あれ、皆さん仕事は終ったの?」

「あー、応急処置は何とかね。
 レイナちゃん達が持ってきてくれた物資が無ければ、半分位の機体は今もスクラップのままだったかもな。
 本当に感謝感謝だ」

「こちらこそ、役に立てて良かったです。
 本当ならネルガルのメカニックも数人同行する予定だったのに、直前になって断られちゃってこっちも困ってたんですよ。
 それなのに待機時間は限られてるから、って運んでくれた連絡船のパイロットは帰ろうとするし。
 皆さんが搬入の手助けをしてくれなかったら、『この子』だけネルガル本社に帰っちゃうところでした」

そう言って漆黒のエステバリスをレイナは見上げる。
この機体をアキトの為に全力で仕上げた日々を思い出し、その活躍を見る事無くお蔵入りしなくて本当に良かった、と内心で呟く。

「それはそうと、サイトウ君。
 さっき言ってた部品ってコレで代用出来ないかな?」

そう言って、レイナは西欧人ばかりで形成された整備班の中で、明らかに浮いている東洋系の青年に運んできたパーツを手渡す。

「うおっ、コレってかなり高額なパーツじゃないか!!
 しかも補給物資に無かったはずなのに、何処から調達してきたんだ?
 ・・・というより、使っちゃっても良いのかよ?」

同い年の気安さから、レイナはサイトウという青年と意外なほど仲良くなっていた。
この場面をアキトが見ていれば、出会った当初の男嫌いな態度は演技だったのかと疑うかもしれない。

もっとも、レイナからすればとある『理由』により、サイトウに関しては最初から垣根が低かったというのが真相だったのだが。

「いいのいいの、どうせその規格は『この子』には使えないから。
 元々は私が研究用に運んできてたパーツだから、私物から探し出してきたのよ。
 だから死蔵してるよりも、少しでも役立てたほうがいいでしょ?」

「まあ、こっちとしては有り難い話だから、断る理由は無いけどよぉ。
 でも私物でも、こんな高額なパーツをタダっていうのは・・・」

「馬鹿野郎、断る余裕なんて俺達に有るわけないだろ、ほら早くそのパーツを使って整備を終らせるぞ!!
 少しでも多く、動ける機体を用意しておかないと、次の襲撃で後悔するぞ!!」

無駄にプライドの高いと思われるサイトウは、レイナにパーツを無料で譲ってもらうという事を躊躇していた。
しかし、そんなチンケなプライドを命懸けの現場で発揮されても邪魔、とばかりに整備班のリーダーがサイトウの尻を蹴り上げる。

悲鳴を上げながら走り去るサイトウの背中を見送りながら、レイナは感慨深げに小声で呟いた。

「本当は無料って訳でもないんだけど。
 うーん、偶然って恐ろしいなぁ」







「テンカワの事に付いて、司令部から何か連絡は入ったのですか?」

「ああ、一応の決着はついたかな。
 それに今はこっちに関わってる暇は無いらしい」

「何か有りましたか?」

困ったような表情をしているシュンを不思議そうに見ていたカズシに、シュンは手元のウィンドウを目の前に表示した。
そこにはチューリップを3つ沈めた英雄として、シュンを目の敵にしてきた准将の姿が映っていた。

「救国の英雄として大々的に取り上げらているらしい。
 今度、昇進式と同時に勲章も授与されるそうだ」

「ほう、あの臆病者の准将殿が、チューリップ3個を沈める大活躍、ですか?
 ・・・有り得ないでしょ?」

「だが本人が率いた艦隊とチューリップが交戦し、全てを沈めた事は確かだ。
 相手の攻撃により何故か交戦途中の情報が抜け落ちているというのは疑問だが、結果としてチューリップは沈んでいる。
 なら、その功績は確かに准将のモノだろうよ。
 どちらにろ、司令部も最近の連敗記録を止めたという事実は、喉から手が出るほど欲しい戦果だ。
 結果的に誰が落としたのかは別として、准将の昇進と英雄の称号を贈られる事に躊躇いは無いだろうさ」

「正直言えば納得できませんがね」

カズシの中で英雄と呼ばれるに相応しい存在は、目の前の男性のみと考えている。
それなのに、実際に戦場に殆ど立った事も無いあの差別主義者の肥満体が、世間から英雄と持て囃される事に不満を抱いた。

だがその一方で、戦意高揚の為には偽りとはいえ英雄が必要だという事も理解している。

「ま、英雄と呼ばれたところで、今後最前線には出てこないから、俺達には関係の無い話だな。
 それよりも、テンカワ達についてだが、司令部は正式に受入を拒否してきた。
 2ヶ月ほど俺達の部隊で預かっておけ、というお達しだ」

そう言いながらシュンは、先程送られてきた命令書の写しをカズシに見せる。
その命令書の写しを受け取り、微妙な表情をカズシが浮かべる。

性格的には悪い人間には思えないのだが、どうにもあのテンカワにはトラブルの匂いが付いてまわる。
カスシは今までの人生で何度も嗅ぎ取ってきたキナ臭い匂いを、アキトから盛大に嗅ぎ取っていたのだ。

「命令となれば遂行するのが兵士の務めですから、文句を言うつもりはありませんが。
 隊長も感じているんじゃないんですか、テンカワに係わる事のヤバさを?」

「まあな、そりゃあアレだけぶっ飛んだキャラをしてれば、何か裏が有るんだろうさ」

アキトに作って貰った夜食を摘まみながら、シュンはカズシの言葉を簡単に認めた。
もっとも、認めた所でカズシ自身が宣言した通り、上からの命令には逆らえないのだ。

「色々と疑問は尽きないが、料理が美味いうえに戦闘も出来るコックが、期間限定で来たと思うしかないな。
 それにどう足掻いたところで、人一人の活躍で戦況は変わらんさ」

「そんな単純な話で済みますかねぇ」







それから2日、何事もなく時間は過ぎていった。

当初は異物のように扱われていたアキトだが、人外としか思えない腕っ節を誇らず、むしろコックとして喜々として働く姿に毒気を抜かれたのか、早急に隊に馴染んでいった。
それはレイナも同じであり、運び込んだエステバリスその他の整備が終わった後には、他の整備に手を貸すなどして立場を確立していった。

アキト達からもナデシコに居るアカツキやエリナに確認を行ったが、東南アジア方面軍としては正式な書類を発行をしている、という返事しか貰えなかった。
当初はバカンスに連れ出すつもりが、何故か最前線に居ると聞いて二人とも滅多に見ないほどに驚いていた。
結局、どう足掻いたところで西欧という地は遠すぎる為、これ以上の干渉は不可能と悟ったアカツキ達は、くれぐれも騒ぎを起こさないように、と釘を刺して通信を終えたのだった。

「・・・まるで俺がトラブルメーカーみたいな言い方だったよな?」

「・・・もうちょっと自覚を持とうね」

その様なやりとりもあったが、どうこう言いながらも、シュンが率いる隊に馴染みまくっている二人だった。



「シュン隊長、もう一人か二人、食堂で人を雇えませんか?
 何時までもメティちゃんに、手伝ってもらう訳にはいきませんよ」

「あ〜、そんな予算がこの部隊に有る筈ないだろうが」

アキトが切り盛りする事によって、普段は滅多に使用される事が無かった食堂に人が集まるようになっていた。
そのおかげで外食が減り、自然と懐に余裕が生まれた隊員達の顔は非常に明るい。

何処の世界でも胃袋を掴む存在は偉大な為、アキトに対する疑惑や恐れはほぼ解消されていた。

「・・・この特別会計に上げられてる酒代を切り崩せば可能だと思うんですが」

「ちょっ、おまっ、何でそんなトップシークレットを知ってるんだよ!!」

アキトが半眼で突き出した用紙に目を通した瞬間、シュンは飲んでいた番茶を吹き飛ばす。
その吹き飛ばした先に居た隊員が、怒声を上げてシュンに抗議をする。

「わぁ〜、大丈夫?」

「あ、ああ、大丈夫だよメティちゃん」

シュンの暴挙を見ていたメティは、あわててタオルを取出し被害者に手渡す。
幼いながらもアキトと一緒に健気に働くメティは隊の人気者であるので、その心遣いに感動した隊員は一旦隊長への怒りを収める事とした。

そんなやり取りを横目で確認しつつ、アキトは真顔で事情を説明する。

「この情報については、カズシ副官からリークして貰いました」

「最悪だ、身内に裏切り者が居たなんて・・・」

絶望に顔を歪めるシュン、それを見て勝ち誇った顔をするアキト。
部隊内での階級からいうと、天と地ほどの差が有る二人だが、この場でシュンに味方する存在は居なかった。

ちなみに、人手が足りない事をカズシに相談した所、このような策がアキトに授けられたのだ。
全ては敬愛する上司の体調を心配した、副官の善意なのだ。

「では、来週には新しい人を雇うので、シュン隊長は手続きを含めて承認を宜しくお願いします。
 ちなみに女性のウェイトレスですから、会報でもまわしておいて下さいね」

「おう、美人なのか?」

燃え尽きているシュンを放置しておいて、先ほどのシュンからの口撃を受けた隊員が、メティから渡されたタオルで顔を拭きながら確認してくる。

「俺は会った事ないんですけどね。
 レイナちゃんが言うには、可愛らしい女性らしいですよ」

「そりゃあ楽しみだ!!」

「俺の酒・・・」

幽鬼の如き表情で何やら呟いているシュンを余所に、楽しそうに会話を続けるアキトと隊員。
そんな三人のやりとりを見て、他の隊員が苦笑をしている時、食堂内に非常警報が鳴り響いた。

瞬時に立ち直ったシュンが、食堂を飛び出していきながらカズシに現状を確認する。
他の職員達もそれぞれの持ち場に向かって、素早く移動を開始した。

「お、お兄ちゃん・・・」

「大丈夫、きっと隊長達が守ってくれるさ」

襲撃された時の事を思い出したのか、大きく震えているメティを抱きしめながら、アキトの瞳に強い光が宿る。






チューリップ1、戦艦3、小型無人兵器1000

それが隣街を強襲した敵戦力だった。
その街を守備していた小隊は、圧倒的な敵戦力の前にろくに抵抗も出来ずに壊滅。
何とか逃げ出せた街の住人や怪我人を守りながら、今はシュン達が居る街にむけて撤退中だった

「まさかこんな僻地にチューリップが襲い掛かってくるとはな、戦艦が来ただけでも持て余すってのに。
 ・・・この駐屯地の火力では、どう足掻いても勝てんな」

敵の布陣を知って、思わずシュンが呻き声と一緒にそう呟く。

本来ならば勝てない、など口には出してはいけないのだが、今のシュン達の隊の現状では打つ手がまるで無かった。
何とか修理を終えたエステバリスや戦闘機を使用して特攻をしても、戦艦はともかくチューリップを破壊する事は出来ない。

圧倒的な物量による破壊を試みようにも、司令部からの救援が間に合うとは思えない。

「撤退中の民間人を保護して、他の基地に逃げ出す事は可能か?」

「無理ですね、保護対象が多すぎます。
 こちらが取れる手は基地を放棄して逃げ出すか、撤退してきた民間人の殿を務めて全滅するか、ですね」

「実に分かりやすい選択肢だな、おい」

自分達を犠牲にしたところで、逃がせる民間人の数は半分にも満たないだろう。
シュンもカズシもその事は分かっていたが、民間人を残して逃げるという手だけは選ぶつもりは無かった。

「麓の街には既に避難勧告を出しています。
 今のタイミングだと、何とかチューリップが来る前に、全員シェルターに入れるはずです。
 後は木星蜥蜴の奴等に見付からない事を祈るのみですね」

「そうなると、避難をしてくる民間人が逃げ出す時間をどう稼ぐかが、一番の問題だな。
 ・・・最悪の場合、基地を囮にして派手に爆破してやるか?」

「それは良い考えですね、派手な花火になりそうです」

お互いに悪戯小僧のように、楽しそうに笑顔を浮かべる。
死に場所を求めている訳ではないが、せめて胸を張ってあの世に行けるようにはなりたい。
それはシュンとカズシにとって、どうしても譲れない大切な思いだった。

「よし、方針は決まったな。
 まずは残りたい隊員以外は直ぐに撤退するように、放送で伝えてくれ。
 エステバリス隊は陽動を行った後、他の部隊と合流させる。
 陸戦隊はここに残る有志以外は、避難民の護衛をする手筈で行く」

「イエッサー」

シュンからの指示を受け、素早く部屋を飛び出そうとするカズシだが、一つ気になった事があった。

「隊長、テンカワ達はどうしますか?」

「・・・そうだな、俺から避難するように伝えておく。
 それくらいの時間はまだ残されているだろ」

変な所で頑固そうな青年を思い出し、苦笑をしながらシュンは副官を執務室から送り出した。






「俺がエステで出撃出来れば、戦艦位なら撃沈できますよ?」

逃げろと言った矢先に、何でも無い事のようにそう発言したアキトに、流石のシュンも思考を停止した。
まるで気負いの無いその表情を見る限り、話の真偽はともかく、本人は戦艦に勝てると信じている事が分かる。

思わずアキトの隣に立っているレイナに視線を向けると、否定の言葉は無く苦笑をしている。

「・・・まあ、それが本当だとしてもだ、後ろにはチューリップも居るんだ。
 だから、さっさと二人を連れて逃げろ」

「え、戦闘に参加しなくて良いんですか?」

シュンの言葉が余程意外だったのか、今度はアキトが驚いた顔をしてシュンの真意を問う。

「あのなぁ、何度も言ってるだろうが。
 民間人を守るのが軍人の務めだ。
 お前が腕が立つ事は良く知っているが、俺達軍人がその背中に隠れるのは本末転倒なんだよ」

軍帽を脱いで頭を掻きながら、シュンが呆れたようにアキトに忠告をする。
そんなシュンの近くのテーブルで、最後の食事をしていた他の隊員達が揃って陽気な声でアキトに話しかけてきた。

「そう言うこった、さっさとレイナちゃんとメティちゃんを連れて逃げな。
 逃げ切るだけの時間は稼いでみせるさ。
 ・・・ま、最後に美味い飯を食えただけ、俺達は幸せもんだぜ」

「そうそう、先週までは保存食しか食えない状態だったからなぁ」

「きっとコックになっても十分に食っていけるぜ。
 だから逃げ切ってみせろよな」

笑顔でそう言い残し、アキトの肩を気安く叩いた後、彼等は自分達の持ち場へと去って行った。
カズシが流した放送については、もちろん食堂でも流れており、アキト達はその内容を知っていた。

そして、その放送が流れた後、逃げ出すような隊員は一人も見当たらなかった。

その高すぎる戦意と使命感が故に、この最前線に送られてきた彼等に、守るべき民間人を置いて逃げるという選択肢は無かったのだ。

「もうちょっとお前の飯を食ってみたかったが、ここでタイムリミットだ。
 この基地と部隊が消えれば、お前さん達を縛る理由は無くなる。
 そのまま西欧方面軍の司令部に向かうんだぞ、いいな」

飯、美味かったよ。

そう笑顔で言い残して、シュンは指令室に向かって歩いて行った。






「・・・初めてだな、戦えるって言ったのに、逃げろって言われたのはさ」

「この基地にそんな余裕、全然無いのにね。
 何であんな人が、こんな場所に居るんだろ」

珍しく困惑した表情で話し掛けるアキトを見て、思わず笑いながらレイナは呟く。
ナデシコと関わって以来、常に戦闘を強要されたり、自ら戦場に飛び込んで行ったアキトからすれば、逃げろと言われたのは初めての経験だった。

もしかすると、『戻る』前にシュンと出会っていれば、アキトの人生は大きく変わっていたのかもしれない。

「お兄ちゃん、隊長さん達死んじゃうの?
 私、そんなの嫌だ!!」

大きな目に涙を溜めて抗議をしてくるメティに、屈みこんで視線を合わせながらアキトは話しかける。

「俺もあの人達が死ぬのは嫌だな。
 皆、良い人ばっかりだもんな」

そう言いながら、アキトは隣で渋い顔をしているレイナを見つめる。
本当ならば直ぐにでも飛び出して行きたい所だが、愛機を動かす為にはどうしてもレイナの手が必要だったのだ。
アキトの視線からその事を勘で悟ったメティも、同じ様にレイナの顔を涙目で下から覗き込む。

「うっ、それは卑怯よテンカワ君・・・」

二人の視線に耐えかねて顔を背けながら、レイナも内心で必死に戦っていた。
姉とスチャラカ会長から釘を刺されていた、ただ一つの遵守事項。

――――――テンカワ アキトを『出来るだけ』戦場には出さない。

それなのに、到着三日目にして出撃とは、アキトのトラブルを呼び込む力に思わず立ち眩みを覚えるレイナだった。
まあ、出来るだけと言ってるあたり、あの二人にも完全に防ぎきる事は不可能だと諦めてはいたのだろう、と言い訳を考える。

それに、エンジニアとして自分の作品が、最高のパフォーマンスを見せる姿はやはり見てみたいのだ。

「はぁ・・・後で、姉さんに一緒に謝ってよね」

内心の葛藤に蹴りをつけたレイナは、苦笑をしながらアキトにGOサインを出した。






戦闘はある意味予想通りの展開を見せていた。
何とか死者は出していないが、既にエステバリス隊で稼働する機体は存在せず、制空権は完全に無人兵器に握られていた。
シュン達はその事を当初から見通していたので、エステバリス隊に無理な攻撃をさせず、牽制のみを指示していたが、相手の物量に押し切られてしまった。

「もう少し粘れると思ったんだがな」

攻撃を受けた防御フィールドごしに、かなりの轟音が指令室に響き渡る。
現在、エステバリス隊に割り振る必要が無くなったエネルギー全てを、基地を守る防御フィールドに注ぎ込んでいた。

「このままだと攻撃の過負荷で、防御フィールドかジェネレーターが壊れますね。
 まあ、派手な死に方ではありますね」

「くそったれが、あのタコとかデブ貴族が、喜ぶ姿が目に浮かぶなぁ・・・
 もうちょっと嫌がらせをしてやるつもりだったんだが」

肌身離さず持っている写真を見て、不本意そうにシュンが呟く。
やるべき事が有ったのなら、逃げ出すという手も残されてはいた。
だが、シュンとカズシはあまりに軍人としての生き方に忠実過ぎた。
民間人を逃がす為に残れと言われれば、喜んで残るような軍人だった。
そんな二人の上司を慕う部下達も、苦笑をしながら二人の会話に相槌をうっている。



そして、そんな彼等だからこそ動かせる存在が、この基地に棲んでいたのだ。



「はーい、シュン隊長は居ますか?」

「おいおい!!
 何でこんな所にレイナ君が居るんだ!!」

「私も居るよー!!」

「「!!」」

あまりに場違いなレイナとメティの登場に、思わず思考が停止する二人。
その周囲に居たスタッフ達も、予想外な人物の登場に何も言えずに固まっていた。

そんな空白の時間が訪れても、基地に響く地鳴りは鳴りやまず細かい破片がパラパラと天井から落ちてくる。

「うわっ、この環境って身体に悪すぎ。
 早く終わらせちゃいましょ。
 ちょっと通信借りますね」

固まって人達を無視して、そそくさとレイナはオペレーター席を確保する。
そして、座り込んだレイナの膝の上にはメティが載せられていた。

「逃げ遅れたのか?
 それとも逃げられない事情でもあったのか?
 今から逃げ出すのは無理だが、簡易シェルターなら地下に有るぞ」

「私がここに居るのは、どちらかと言うと隊長達のせいです。
 あんな態度を取るから、テンカワ君が大ハッスルして大変だったんですよ。
 まあ、木星蜥蜴にとっては不幸ですけどね」

その身を心配して、レイナに問いかけたシュンだが、何故か逆に睨まれてしまい困惑する。
そんなシュンの姿が面白かったのか、レイナはころころと笑いながらも、通信を手早く繋げた。

「テンカワ君、敵の配置が判明したからデータ送るね。
 オモイカネと違って索敵誘導とかは無理だから、目に着く敵から破壊してちょうだい。
 敵の数はチューリップは1つのままだけど、戦艦は5、小型無人兵器1300程に増えてるみたい」

『了解、派手に狩ってやるよ』

レイナの繋げた通信ウィンドウの先には、何時になく闘志を漲らせたアキトの顔があった。






それは、ある意味今迄の戦闘を否定するような闘いだった。
一方的に人間を狩り尽くそうと襲い掛かった獣が、それ以上の牙を持つ獣に追い立てられる瞬間だった。

そして逃げる事を許されない無人兵器達は、敵わぬと知りながらも漆黒の機体へと群がり集まる。

「お兄ちゃんすっごーい!!」

はしゃいだ声を上げるメティによって、モニターを見ていたオペレーターが自分の業務を思い出す。

「て、敵戦艦、全て撃沈!!
 無人兵器も4分の1が既に破壊されています!!」

最初の戦艦が呆気なく両断されて以来、動きを止めていたシュン達がその悲鳴のような報告を聞いて、ノロノロと動き出す。

「レイナちゃん、あれは本当にテンカワが操ってるのか?」

シュンが少々引きつった顔で、唯一事情を説明できそうなレイナに話しかける。

「そうですよ、さっき通信ウィンドウに映ってたじゃないですか」

まあ、疑う気持ちも十分に分かりますけどねぇ、と呟きながらも手元の端末で必死にアキトが操る機体のデータ収集を行う。
どう見ても圧倒的なその戦力を見ながらも、レイナの顔には不満そうな表情があった。

「うわぁ、今度こそ9割をいく自信があったのに・・・8割止まりってどういう事?
 2ヵ月程度でここまで腕を上げられると、こっちも困るんですけど」

「どういう意味なんだ?」

こちらも額に大量の汗を掻きながら、カズシが問いかける。
もっとも、その内容を聞かない方がいいと勘が激しく囁いていたのだが。

「昔からの課題なんですが、テンカワ君の操作コマンドに、機体スペックが追いついてないんですよ。
 全力で振り回せない分、そこは技術でカバーしているらしいんですけどね。
 う〜ん、これは本格的にOSを再構築するしかないかなぁ・・・」

「つまり、テンカワの奴は全力で戦っていない、のか?」

「違います、正確には全力で戦えないんです」

どちらの意味にしろ、あの大量破壊を行っている存在が全力でないというのは、シュン達にとって最早悪夢でしかなかった。

「そう言えば、あのエステバリスのエネルギーは何処から供給されているんだ?
 この基地を守っている防御フィールドは健在な以上、あれほどの威力を誇る武器を使い続けるだけのエネルギー供給は無理なはずだ」

「流石シュン隊長、良い所に気が付きましたね。
 そこで出てくるのが、こんな事もあろうかと持ち込んでいた、ネルガル特製試作型小型相転移エンジン!!
 本当なら、起動兵器に載せる事を目的に作成をしているエンジンなのですが、まだそこまで縮小化できていません。
 まあ起動兵器に乗せるには、まだまだ大きすぎて使えませんが、専用トレーラー等に積めば移動は問題無い大きさです。
 今までは格納庫の隅で保管してましたが、現在フル稼働でテンカワ機にエネルギーを送っていますよ」

「・・・・・・そんなモノまで持ち込んでいたのか」

「最高レベルの企業秘密なので、流石に持ち込み時の申請書に詳しい事は書けませんでした、すみません」

神妙に頭を下げるレイナに、問題無いとばかりにシュンは首を振る。
文句を言う事は簡単だが、その品物のお陰でこうして生き延びている以上、ここはむしろ感謝をする場面だろ。

軍人としては失格な話だが、人間としては助けられた恩を無下にする事は出来ない。

「それにしても、あの刀みたいな武器は何なんだ?」

「あれ、ご存じなかったんですか?
 もう西欧方面軍では有名になってると思ってたんですけどね。
 あの武器はDFSと言って、防御を捨てた攻撃特化型の秘密兵器です。
 つい最近にも西欧方面軍の艦隊を守る為に、チューリップを3つばかり沈めたはずですけど」

「話の内容に関しては、思いっきり身に覚えがあるな。
 あのデブ、何処まで恥知らずな真似をしやがる」

その会話によって、シュンは何処の誰がアキトの武勲を握りつぶし、横取りをしたのか悟った。
もっとも、アキト本人からすれば今更チューリップの撃墜スコアが3増えた所で、あまり気にならない数字でもあった。

『レイナちゃん、チューリップが最初の位置から動かないんだけど、あの距離までエネルギー送信大丈夫かな?』

その時、一番の激戦区にいるはずの本人から気安く通信が入ってきた。
中継されている通信ウインドウを見る限り、今もとんでもない機動をしているはずなのだが。

「ちょっと待っててね計算するから。
 ・・・・・・う〜ん、無理っぽいなぁ」

『・・・ちなみに、チューリップの口辺りに危険そうな光が見えるんだけど?』

「あー、何らかのエネルギー攻撃みたいねぇ・・・って、暢気に言ってないで何とかしてよ!!
 あのエネルギー量だと、この基地の防御フィールドを貫いちゃうわよ!!」

『いや、何とかしてと言われても』

そんなやり取りをしている間にも、アキトの動きは冴えわたる。
最早小型の無人兵器が幾ら集まった所で、その動きを止める事は敵わなかった。

そして、そんな気の抜けた発言と、実際の破壊現場のギャップに、テンカワ アキトという存在について深刻に悩みだす軍人達。

『しょうがないか、バーストモードは使える?』

「一回くらいなら大丈夫よ。
 連続使用されると、機体もこっちの小型相転移エンジンも持たない可能性は高いけど」

『ま、一回あれば十分かな。
 こうなったら、派手にまとめて吹き飛ばしてやるさ』

そう言って、アキトはレイナとの通信を切った。

「レイナお姉ちゃん、お兄ちゃん大丈夫かな?」

どちらかというと頭の回転が速いメティは、会話の内容からアキトが不利になっている事に気付いた。
だがそんな心配を吹き飛ばすように、レイナは笑顔でメティの頭を撫でながら宣言する。

「一分後にはチューリップなんて吹き飛んでるわよ、跡形も無くね」

幾らなんでも、それは無いだろ・・・シュン達は心の中で盛大に突っ込みを入れていた。



「生きて、往きて、逝きて、辿りし道を今、還らん」

バーストモードを発動させ、エネルギーをDFSに集めながらアキトは必殺技の前口上を述べる。
その間にも、増大するエネルギーを溜めこむDFSの刃により、最早無人兵器は切断ではなく蒸発していく。
それは第三者から見れば、華麗な舞を踊っているかのように見える、幻想的な光景であった。

そして、漆黒の機体は必要なエネルギーを溜め終えたDFSを腰だめにし、前方に突き出す。

「黄泉路を渡れ――――――黄泉比良坂」

次の瞬間DFSから奔り出した真っ赤な一撃が、通り道に存在していた無人兵器を、そしてチューリップを無慈悲に飲み込み、存在を消し去っていく。

その光景はまさに黄泉路に押し流される死者の群れを想像させる。

そして、既に理解力の限界を迎えていたシュン達は、その光景を見ながら大きく顎を落としていた。



――――――レイナの宣言通り、一分後にはチューリップはその姿を消したのだった。









「今日を生き残った事と!!
 このお人好しの化け物野郎に乾杯!!」

「化け物というより、変態でいいんじゃねぇの?
 普通やろうとも思わねぇよな、チューリップとエステバリスのタイマンなんてさ」

「うわ、また変態呼ばわりされてる!!」

「「「余所でも呼ばれてたのかよ!!」」」

アキトを中心にして、この戦いを生き抜いた兵士達が馬鹿騒ぎをしていた。
出撃を覚悟した時から、まず生きては帰れないと悟っていただけに、民間人と自分達を救ったアキトに対する感謝は尽きない。
そして、幸いな事に重傷者は出たが、死者は出る事無く戦闘は終了したのだ。

本来ならば隊長の命令を無視して出撃をした事に対する処罰が必要なのだが、相手の身分が預かっている客分ではそこまでの強制力は無い。
多分、こちらから理を説いて責め立てれば、アキトは大人しく懲罰房にも入るだろうが、それは野暮だろうとシュンは諦めた。

隊の規律の為に、一人で闘いに向かったアキトの漢気を貶すのは無粋と感じたからだ。

アキトにはシュンに勧められたように、レイナとメティを連れて逃げ出すという手段も残されていたのだから。

「隊長、確認が取れました。
 確かにこの前の艦隊遠征の時に、猛威を奮ったらしいですよテンカワの奴。
 それもチューリップ3つ、見事に切り裂いたそうです。
 参戦していた部隊には全て緘口令が出されていたので、あくまで噂扱いの戦果になりますが」

「現場を見たらそんな緘口令なんて吹き飛ぶだろうに、相変わらず場当たり的な対応しかできねぇ奴だな。
 そもそも、自分で扱いきれない事に気づいたなら、こっちに振るなってんだ」

「全くですな」

ご苦労さん、と言いながら確保していたビールをカズシに手渡す。
それを礼を言って受け取りながら、カズシは視線を馬鹿騒ぎをしている集団に向けた。

そこでは飲めない酒を無理矢理飲まされて、目を回しているアキトの姿と、それを見て大笑いする兵士達の姿があった。

「漆黒の戦鬼、か。
 確かに鬼にも見えるよな、アレだけの事を仕出かせば」

「前回の闘いを見た兵達の間で、最近になって噂されていたヤツですね。
 ネットで流れていたエステバリス単騎で、チューリップを輪切りにする化け物が居るって話でしたね。
 最初聞いた時には、馬鹿な作り話だと鼻で笑ってましたが・・・」

「今となっては笑えん、全然、笑えんぞ」

あんな超規格外な存在をどう扱えというのか?
しかも身分は客分扱いなので、こちらからの命令を聞く義務は、アキトには無いのだ。

生身の状態でも爆弾扱いだったが、エステバリスに乗り込まれた日には周辺の部隊を掻き集めても勝てるビジョンが浮かばない。
下手をすると西欧方面軍の半分近くとも戦えるのではないのか?

アキトが持つ桁外れな戦闘能力に気が付き、政治的に軍事的にも自分が複雑な立場に立たされた事をシュンは悟る。

「だが、まあ苦労するだけの価値はあるかもな。
 もしかすると一変するかもしれないぞ、西欧の今の地獄絵図がな」

そう言って、シュンは普段滅多に見せる事がない鋭い光を目に宿す。

「バックアップは任せておいて下さい」

そんな視線に晒されながらも、カズシは心得たとばかりに嬉しげに宣言をする。
実際、どんな事があってもある事件以来、自分から行動を起こそうとしなかったシュンが、能動的に動こうとしている事に喜びを感じていた。

「不謹慎ですが、楽しくなりそうですね」

「俺の予想だと、苦労しかないと思うがな」

お互いに苦笑をした後、缶ビールで乾杯をして生き残った今日を噛み締める二人だった。





















 

 

 

 

漆黒の戦神 第二話に続く

 

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