< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

blank of Eight months

第五話

 

 




2197年6月

何時もクールな表情の姉が、何時に無く上機嫌な表情でショッピングへと誘うので、若干引きながらレイナが向かった先には、二人の男性が待っていた。
レイナが滅多に履かないスカートに違和感を感じている間に、姉のエリナによって自己紹介が始まっていた。

「この子が妹のレイナ・キンジョウ・ウォンよ。
 ほら、挨拶しなさい。
 そして、そこで立って居る長髪のノッポが、一応ネルガルの会長よ」

「・・・一応で悪かったね」

初夏に相応しい装いをしたアカツキが、引き攣った笑顔でエリナに文句を言う。

「ネルガル会長の護衛をやっているテンカワです、宜しく」

「はぁ、どうも」

爽やかな笑顔と一緒にアキトが頭を下げて自己紹介をする。
それに釣られた様にレイナも同じ様に頭を下げた。

アカツキに合わせたのか、アキトも何時もの黒服ではなく初夏に相応しい私服の軽装になっている。

「さて、流石に平日の街は空いているわねぇ
 ここ最近忙しくて買い物に行けなかった分、張り切っていくわよ!!
 荷物持ち宜しくね、お二人さん」

「・・・一応、会長だよね、僕?」

「あはははははは・・・諦めろよ、アカツキ」

呆然とした表情のレイナの手をエリナが引きながら、4人は目の前に立つ巨大デパートに向けて足を運んだ。






一通りエリナの買い物が済んだので、精神的に気疲れをした荷物持ち係の男二人を連れて喫茶店での休憩となった。
準備の良い事に、事前にエリナが予約をしていた為、待ち時間も無く個室に入る事が出来た。

「ふぅ、何とか夏物のお気に入りを買えたわね。
 休憩の後からは水着を見て回らないと!!」

よしっ、と気合を入れる姉の隣で、妹は未だ戸惑いながらも同意をしていた。
普段出不精なレイナを、エリナが休日毎に連れまわすのは昔から良くある事だった。

しかし、その姉妹のお出掛けに、男性が着いて来るのは今まで無かった構図だ。
自分と違い見た目を気に掛ける姉は、何処に出しても恥ずかしくないクール美女だとレイナは思っていた。

なのに浮いた話を聞かないのは、その理想が高いからだと母親と話していた覚えがある。
そんな姉が珍しい事に男性とお出掛けをしている、しかも二人と?

「そうなると、姉さんがこの二人のどちらかと付き合ってる、と?」

「何でそうなるのよ」

「父さんの説得に力を貸して欲しい、と?」

「だから、何でそうなるのよ」

「姉さん、年下趣味だったんだ」

「ぶつわよ」

エリナの拳骨を頭部に貰い、顔を顰めながらもレイナは文句を言った。

「何の説明も無しに、こんなに仲の良さそうな男性を紹介されたら、そう邪推するに決まってるでしょ!!」

「最初に紹介したじゃない、ネルガル会長とその護衛だって。
 今更だけど、私の仕事先が何処だか知ってるわよね?」

「その会長さんと護衛が、何で姉さんのプライベートな休日に荷物持ちやってるのよ!!」

普段、男性とは殆ど接しない為に緊張をしていたレイナだが、いい加減、姉に頭の上がらない二人に馴れたのか、疑問を次々と投げ掛けだした。

「今日の午後から会長は暇だから良いのよ。
 私が休日出勤してる間、先週もキャンプをして遊んでたんだから。
 荷物持ちくらい安いものでしょう。
 それにテンカワ君は会長の護衛だから、付いてくるのは当然でしょ?」

「間違ってる、何かが激しく間違ってるわ姉さん!!」

「それは置いといて、年下趣味ってどう言う意味よ」

「だってテンカワ君って、私と同じ年じゃない」

「何時の間に彼と仲良くなったのよ。
 貴方は男性に全然免疫が無いんだから、近寄ると喰われるわよ」

「・・・うそ、あんな大人しい人の良さそうな顔をしていて、そんなに野獣なの?」

「野獣どころか怪獣よ・・・彼は」

その姉妹の息のあった掛け合い漫才を、面白そうに眺めながら、アカツキとアキトはアイスコーヒーを啜っていた。

「怪獣君はレイナ君の事をどう思うかね?」

「メカニックとしての腕前については、調査済みなんだろ?
 怪獣的には、美味しい性格をしていると思うけど?」

「確かに性格的には合格だね、打ち解けると随分と面白い娘みたいだし。
 腕前についても、サヤカ姉さんが合格を言い渡すレベルには達している。
 何よりエリナ君との息がピッタリだ」

「まあ、有名大学の研究室で、四六時中篭ってる人材らしいから、技術面での腕前は問題は無いとして。
 残りは、社交面で不安が有るかなぁ」

最初の頃のオドオドとしていた態度を思い出し、苦笑をしながらアキトが感想を述べる。

「・・・社交面という意味だと、テンカワ君も壊滅的だと思うけどね」

「・・・自覚してるよ」

暫くして、姉妹の意見交換は終ったのか似たような美貌を持つ二人が、手元の紅茶を含んで同時に喉の渇きを癒した。

「あー、そろそろレイナ君に話を持ちかけていいかな?」

「ええ、どうぞ」

急に真面目な顔をしたアカツキに不安を覚えたのか、エリナに助けを求めるような視線をレイナは向ける。
だが、エリナはこれも試練とばかりに、その視線を無視して頼んでいたケーキにフォークを入れた。

「別に取って喰われたりしないよ」

「姉さんに怪獣呼ばわりされてる人に言われても、信用出来ません」

「・・・」

レイナの怯えっぷりを気の毒に感じたアキトのフォローは、見事に玉砕した。
どうやら姉の言葉には絶対の信頼を置いているらしい。

「まあ、怪獣君の事はほっといて、僕がレイナ君に会いに来た理由は、君をスカウトする為なんだ。
 大学の研究室では女性という理由だけで、功績も認められず、仕事も任させて貰えないんでしょ?」

「うっ・・・」

ウィークポイントを的確に突かれたレイナは、涙目になりながらケーキを突き刺したフォークを口に咥えた。

姉と違い、気の弱い性格が災いし、研究の成果は同僚に横取りされ、教授からは地味で厄介な仕事ばかりを押し付けられる日々。
天才的なメカニックの腕前を持つレイナは、研究室では機械と会話をしていると言われる程の逸材だ。
なのに殆ど無名となっている理由は、全ての成果を横取りされていた為だった。

エリナはそんなレイナの現状を知ってはいたが、口を出すのは本人の為にならないと見守るだけに留めていた。
勿論、レイナの美少女という外見に引き寄せられて、余計なチョッカイを出してくる輩には、問答無用で制裁をしていたが。
過剰に干渉をした結果、男性恐怖症に近い性格がレイナに形成されてしまった事は誤算だった。

しかし、今のネルガル会長派の現状が反撃に入る為に、その機軸となる新技術を任せられる人材がどうしても欲しかった。
残念な事に会長派には、それだけの信頼と腕を保障できる人材は存在していなかった。
そこで勝手な話だが、実力を発揮できず研究室で燻っている妹に、飛翔のチャンスを与えてみようとしたのだ。

「実は面白い資料を持参してきてるんだ。
 テンカワ君、頼めるかな?」

足を組んで格好を付けながら、アカツキが指を鳴らしてアキトに合図を送る。
雰囲気に酔ってるなコイツ、という視線をアキトとエリナが向けるが、何処ふく風よとばかりに無視を決め込んでいた。

「はいはい、怪獣さんは何でも持ってますよー」

微妙に機嫌が悪いアキトは、大事に運んでいた鞄の中からDFSについて記載された資料をアカツキに手渡した。
苦笑をしながらその資料を受け取ったアカツキは、目の前でおろおろとしているレイナの前にその資料の束を置く。

ネルガル会長が言う面白い資料に、興味を引かれたレイナが姉に視線を向ける。
エリナが無言のまま首を縦に振ったので、レイナは安心してその資料を手に取った。




そして、10分後




「お願いします、このDFSの作製チームに私を加えて下さい!!」

男性恐怖症は何処に行った。

思わずそう聞きたくなるような勢いで、レイナはアカツキの手を両手で握り締めていた。
その反応に気を良くしたアカツキだが、事前にエリナから頼まれていた台詞を述べる。

「即戦力として歓迎をしたいところだけど、大学の研究は良いのかな?」

「そ、それは・・・」

先程の勢いは完全に消え去り、青褪めた顔で下を向き、紅茶の残りをスプーンで掻き混ぜ始める。
いいように利用をされている事は分かっているのに、持ち前の気弱さと責任感から大学の研究を辞めると言えないレイナ。

そんなレイナにアカツキは誠心誠意で話しかけた。

「このプロジェクト以外にも、複数の画期的なプロジェクトが開始される予定なんだ。
 もしこれらのプロジェクトが成功すれば、木星蜥蜴との戦いに終止符が打てるかもしれないような代物だよ。
 ただし、レイナ君なら分かると思うけど、それだけの価値がある物が狙われない筈が無い。
 だからこれから先の仕事を任せるには、雇用関係を超えた、僕達と一緒に戦ってくれる仲間が必要なんだ」

「私にネルガル会長から誘われる程の価値が有るんですか?」

「実力は十分だと思うよ」

そう言いながら、レイナの瞳に宿る光が強くなった事に気が付いたアカツキは、アキトに次の餌を出すように指示する。
アキトはアカツキの浮かべている人の悪そうな笑顔を見て、楽しんでるなコイツ・・・と思いつつも、次の資料を手渡した。

「レイナ君がネルガルに着てくれた時に、任せる予定のプロジェクトの概略の一つだよ。
 プロジェクト名は「ブラックサレナ」と言う」

レイナの目の前に新しい餌を置きつつ、アカツキは最高の笑顔を浮かべていた。





「さーて、餌は撒いたし、そろそろサヤカ姉さんが待つ本社に帰ろうかな」

「滅茶苦茶お預け状態だったな、思いっきり欲求不満な顔をしていたぞレイナちゃん。
 俺には意味は分からなかったけど、中途半端な情報を開示したんだな?」

「仕方ないでしょ、あんまり深い情報を渡したら何かあった時に大変だし。
 まあ、テンカワ君が個人的に四六時中、レイナ君に付き添うなら別だけどぉ?」

「・・・身内じゃないと、厳しいんだな」

「身内位しか守りきれない力しかないんでね」

「社長派の追い込みも本格化しそうだしな。
 レイナちゃんからの返答は後日に、か・・・どうなると思う?」

「う〜ん、どうなるんでしょうかねぇ・・・
 ただ、こういうのって縁が大事な所もあるし、僕としては手応えはあったよ」

「ところで、さっきリサ姉さんから定時連絡があったんだが。
 社長派の諜報員には、キンジョウ姉妹と俺達がダブルデートをしている事になってるそうなんだが・・・」

「うそーん・・・」






その日の深夜、スバル邸を抜け出そうとするアキトに背後から声が掛かった。

「こんな時間に何処に行くつもりだ?」

「し、師匠・・・」

まさか先回りをされているとは思わず、アキトは足を止めてしまう。
驚いた顔のアキトを見て満足をしたのか、ユウは悪戯っ子のような笑みを浮かべてアキトに話しかけた。

「お前はどうも考えが直ぐに顔に出るな。
 夕方の稽古中に、何度も外に向けて視線を向けていただろう?
 態々深夜に動き出す以上、色恋沙汰なら無視しておいたが・・・その装いを見る限り、違うみたいだのぉ」

「・・・えっと」

アキトは動きやすいジーパンとTシャツ姿だったが、どう見てもデートに着ていく服装には見えなかった。
ましてや手には、野戦服が入ってパンパンに膨らんだバックを持っている。
ラピスに用意をして貰った銃器類も詰め込んでいる為、かなりの重量があった。

「お前は若い頃の血に飢えたわしとは違うと思っておる。
 むしろ、その性根は争い事を好んではおらんだろう。
 あのネルガル会長や、キリュウが命令をしても、己が納得出来ない事はしない・・・そんな人間だお前は。
 そんなお前が自ら仕掛けようとしておる以上、それが必要と思ったからなんじゃな?」

「はい」

自分という人間の性格を、深く理解してくれている師匠に、アキトは嘘をつくような事は出来なかった。
そしてユウも弟子の優しさを知るだけに、深く事情を聞こうとはしない。

「何やら興味深い事をするつもりのようだが、弟子の戦いに師匠が出るものではないしな。
 明日も何時も通りに鍛錬が有るのだ、早く帰ってきて寝るんだぞ」

「はい、師匠!!」

ユウに頭を深く下げた後、アキトは素晴らしい勢いで走り出した。
その後姿を見送った後、ユウは頭上に輝く月に向かって呟いた。



「優しいお前が、人を斬る時がこない事を祈るのは・・・剣術家として失格なのだろうな」



アキトの性根を深く理解するが故に、ユウの悩みもまた深かった。






深夜のアトモ社のボソン・ジャンプ研究所内に一人の不審人物が忍び込んだ。
本来ならば不審者に反応をしたセキュリティシステムが、即座に警報を鳴らし、警備員が駆け付けるはずだが、警報が鳴る様子は無かった。

「ラピス、システムのハッキングは完了済みなんだな?」

それを当然と受け取っていた黒い野戦服姿のアキトは、ジャンプ実験設備の所々に爆弾を仕掛ける。
今迄のキリュウとの訓練成果を現すかのように、淀みない動きで要所要所に設置をしていく。

流石にチューリップの破壊は無理だが、これ以上のジャンプ実験による被害者を食い止めるため、設備の破壊をアキト達は目指していた。

『うん、実験データも全てクリアしておいた』

「そうか・・・」

その実験データを得る為に犠牲になった人達を思うと、アキトの心にやるせない思いが湧き上がって来た。
あの火星の後継者達に、実験データを採取する為のモルモットとして扱われていた頃を思い出す。
ラピスに調べてもらったところによると、アトモ社で行われていた実験は本人の意思により実行されていたらしい。
もっとも、提示された金額に誘惑されて、実験動物の役を引き受けた面が強いのだが。

そんな彼等が命懸けで採取したデータだとしても、そこから先には何も繋がらないのだ。

それを知っているアキト達は、社長派達に余計な未練を残さない為にもデータの削除を決めたのだ。

「じゃあ、後はCCを回収して帰るかな。
 早く帰って眠らないと、明日の鍛錬に響くからな」

『お爺さんに見付かったの?』

「師匠を出し抜けると考えた俺が、浅はかだったよ」

ラピスの問い掛けに苦笑をしながら返答をしたアキトは、厳重に保管されている筈のCCを、次々と手掴みでバックに放り込む。
幾らセキュリティを幾重に掛けていたとしても、ラピスという協力者が居るアキトの前では蟷螂の斧にも値しなかった。

「しかし、ジャンプ・シールドの発生装置が完成すれば、こういう潜入作業も楽になるんだけどな」

便利すぎるのも問題かもしれないけどな、と呟きつつアキトは腕を動かし続ける。

『アカツキに情報を流して作って貰う?』

「・・・いや、ジャンプの事を知らないというのなら、そのままでいた方が幸せだろう。
 ジャンプ技術に係わった人間は、皆不幸になるばかりだ。
 木連との和平が実現して、共同で開発する時に情報提供をするのが一番かもな。
 誰にも旨味が無い技術となれば、命を落とす人が無くなるかもしれない」

『うん、分かった』

今のアカツキ達との関係を、結構アキトは楽しんでいた。
だからこそ、ボソン・ジャンプという技術を与えて、彼等が変わるかもしれない可能性を見たくなかった。
ある意味、自分の人生はボソン・ジャンプという技術によって歪めれている。
そこにアカツキ達を巻き込みたくは無かったのだ。

それが所詮悪足掻きだったとしても、アキトには踏み出せない一線だった。

「この技術で人生を振り回されるのは、俺で最後にしたいものだな・・・」



初夏の香りが匂う深夜に、アトモ社の研究施設の一角で爆発事件があった事を、翌日の新聞が小さく取り上げていた。






書類仕事に追われているアカツキの隣で、アキトは暇そうに新聞に目を通していた。
自分が仕出かした事件が、こうやって新聞に載るのはやはり変な気分だな、とまるで他人事のように考えていた。

「テンカワ君、この書類が捌けたら直ぐに出掛けるから、準備をしておくように」

「あれ、今日は出掛ける予定は無かっただろ?」

一応のスケジュールはエリナから事前に聞いているので、思わずアカツキに対して確認をする。
するとアカツキは自慢気に笑いながら、自分の右手の甲をアキトに見せびらかした。

「それって、IFSじゃないか・・・」

「DFSを見て僕も感銘を受けたのでね。
 是非、自分であの刃を出せないか試してみたくなったのさ。
 選ばれし者だけが使える聖剣・・・実に僕好みの設定だ!!」

そんな下らない理由で、IFSを付けたのか・・・と、呆れた視線をエリナとサヤカに向けるアキト。
視線の先では、悟ったような表情で同時に首を左右に振る秘書達が居た。

「あの工場で元軍人のテスト要員でも、刃を出すだけで2週間掛かったって聞いたよな?
 ど素人のアカツキに、いきなり出来るわけないだろ?」

「そんな事ぁ、やってみないと分からないじゃないか。
 何だったらテンカワ君も試してみるかい、同じIFS持ちなんだし。
 パイロットの訓練も受けてるって、キリュウさんからは聞いてるよ」

俺は刃も出せるし、その状態を保持したまま、ある程度の機動戦も出来るんだよ!!
しかも師匠の修行を受ける前でそこまで出来たんだから、今は高速起動をする自信もある!!

・・・とは、決して口に出せないアキトは、何とも言えない表情で黙り込んでしまった。

「俺は起動兵器とは相性が悪くてね、パイロットは諦めたんだ。
 何より、今は陸戦がモットーだから良いよ」

「ふ〜ん、自由に空を飛びまわれるだけでも、魅力的だと思うんだけどねぇ」

「糸の切れた凧にならなければいいけどな」

「何気に酷くない?

そんな二人の不毛な言い争いを止めたのは、最近ストッパー役が板についてきたエリナだった。

「だからDFSのデータ取りについては、ナデシコのエースパイロットに依頼するって話になってるでしょ?
 あの凄腕のヤマダ ジロウなら、きっと私達が望む結果を叩き出してくれるわよ。
 まあ、本当に9月中に帰ってくるか分からないけど」

「確かにプロスさんの報告書にあった、ヤマダ君の実力は頼もしい限りだよ。
 でもね、DFSが稼動するという証拠だけでは、社長派を黙らせるには物足りなさ過ぎる。
 せめて何らかの実績を残しておけば、どれだけの利益が望めるのか説得力が段違いじゃないか。
 だけど下手な人選で、DFSを持ち逃げされても適わないし。
 そうなると、僕自らがテストパイロットをするのが最適だと思わないかい?」

穴だらけのアカツキの反論にも、一部正しい箇所はある為、思わず言葉に詰まるエリナ。
確かに稼動データが揃っている方が、社長派に付け入る隙を減らせるだろう。
しかし、だからと言ってトップ自らがテストパイロットをする理由にはならない。
要するに、この会長は何らかの娯楽に飢えているのだ。

その事に気が付いているエリナは、何を言ってもこの男が止まらないだろうと気が付き、頭を抱えた。

そんなエリナに対して、今度はサヤカから援護射撃が飛んだ。

「だからと言って、会長自ら戦場に立つつもり?
 それならせめて、ヤマダ君レベルの実力を身に付けてからにしなさいよ」

「うーん、あんな凄腕エステバリスライダーのレベルを求められても困るよねぇ。
 ところで、何でテンカワ君は壁際に蹲ってるんだい?」

「いや、横腹が急に痛くなって・・・」

偽の報告書の内容を鵜呑みにしている三人の会話を聞き、余りの違和感の凄さに爆笑を堪えていたとは・・・決して言えないアキトだった。


結局、全員の意見はまずはエステバリスに乗る訓練からだろう、という話に落ち着いた。


2時間後、ネルガルが経営しているエステバリスの訓練所に、アカツキ達の姿は有った。
物珍しそうに周囲を見回して騒いでいるアキトとアカツキを引っ張り、羞恥の為に赤い顔をしたエリナは無言のまま受付に向かう。
毎度の事ながらこの二人が揃って出掛けると、何故か精神年齢が極端に低くなる傾向があるらしい。

すっかり保母さん気分になっているエリナは、自分も丸くなったものだと・・・深い溜息を吐いていた。

その後は、身分を明かすと騒ぎになりそうなので、責任者に掛け合い特別に個人コーチを付けて貰う事になった。

「あら、テンカワ君は講習を受けないの?」

「ええ、余り興味は無いですから」

基本を全てすっ飛ばして初陣を飾ったアキトにとって、今更な初期講習は不要だった。
勿論、基本自体を疎かにするつもりは無く、『戻る』前に略式ながら講習を受けている事も、今回参加をしない理由の一つだった。

演習場に突っ立て居る青色のエステバリスに、アカツキが乗り込む姿を見送ると、アキトはエリナに質問をした。

「よくアカツキがエステバリスに乗る事を、二人して許しましたね?
 ネルガル会長としては、全然必要が無いスキルでしょうに」

「確かにその通りだと思うわよ。
 でもね、私達が知らない所で勝手に馬鹿をして、大怪我をされるよりマシじゃない?
 ああ見えて、結構ストレスを抱えているみたいなのよ、あの会長も。
 いよいよ社長派に反撃する準備が整いだして、そのストレスの増加具合も凄いみたいだしね」

「ストレス発散でエステバリスを使うなよ・・・」

そんな苦言を言いつつも、アカツキに掛かっているプレッシャーやストレスは、自分には想像も出来ないモノなんだろうな、とアキトは思った。

「まあ、本来なら大学でのほほんと過ごしている筈の、只の大学生だったんだから。
 それがいきなり魑魅魍魎が徘徊する大会社の会長職に抜擢されるなんて、夢にも思わなかったでしょうしね。
 実際、その辺を考えてみると、良くやってるんじゃないの?」

「・・・そうか、アカツキも半年前までは、只の大学生だったんだよなぁ」

勢い良く機体を動かしすぎたせいで、その場で転倒するエステバリスを見守りながらアキトは呟いた。






「先生、良い酒が手に入ったので持ってきました」

「おお、気が利くな」

キリュウの突然の来訪を受けて、少し驚いたユウだったが、手土産を見せられて直ぐに機嫌を直した。

「昼間から飲むには、ちと惜しい程の酒じゃな。
 今日の晩酌の楽しみに取っておくか」

手渡された酒瓶を、近くに居た仲居に手渡す。

「・・・私には飲ませて貰えないんですね」

「あの娘っ子から飲酒を止めるように、頼まれておるからのぅ」

無念の眼差しを去り行く酒瓶に注ぐキリュウに、ユウが苦笑をしながら理由を話した。
その後で、視線でキリュウに向けて付いて来る様に告げると、離れに向けて移動を開始した。

「何ぞ相談事でもあるのか?」

「実は恥ずかしながら、私の眼力ではアキト君の実力を測りきれなくなりまして。
 実際のところ、彼の正確な戦闘能力は何処まで伸びているのか、先生にお聞きしたくて訪ねてまいりました」

「ふむ、情報収集の大切さを知るお前らしいな」

キリュウの頼みを聞いた後、ユウは目を閉じて考え込んでしまう。
その姿を見詰めたまま、キリュウは静かに答えが返ってくるのを待った。

「既に基本的な身体能力では、わしを遥かに超えておる。
 わしがアキト相手に圧倒できるのも、奴の「気」の運用が稚拙な今だけだろうな」

「まさか、この短期間にそこまでとは・・・」

返って来たユウの答えに、キリュウは衝撃を受ける。
アキトがユウに弟子入りしてから、確か5ヶ月にも満たないはずだった。

実際、自分の人生の中でも「剣鬼」と呼ばれるユウの実力にもっとも近付けたのが、戦場で命懸けの修練を積んだリュウジだけだと思っていた。
しかし、最近の演習ではアキトの動きはそのリュウジを彷彿させるレベルに近づいていたので、本日ユウに確認をしに訪れたのだった。

「あ奴、隠しておるが過去に五感を損なった形跡がある。
 その為、身体能力を全て「気」でもって強化し続けていたのだろうな。
 今の所そのような素振りは見えぬから、五感も正常に戻っておるみたいだが。
 その時の癖が残っているために、身体強化を行う時に無駄な箇所にまで「気」を回して強化を行っておる。
 そのせいで「気」の運用が一向に上達しておらぬのだ。
 この弱点を克服すれば、奴は更に一気に化けるだろうよ」

「そんな!!」

「この事は次の課題故、まだ本人に伝えていないのだ。
 もし、この「気」の最適な運用法を身につければ・・・
 ふふふ、本気を出したわしでも、奴の相手は務まらなくなるだろうな」

己の鍛え上げた弟子を誇る師匠は、驚愕の表情を作っているキリュウに、自慢気な笑みを見せた。

「素直に驚きましたよ、才能は有ると知っていましたが、そこまでの実力を身に付けていたとは・・・」

「普通の人間ではないからな」

サラリと述べられた言葉に、思わずキリュウの身体の動きが止まる。

「・・・どういう意味ですか?」

「普通の人間なら、この短期間にあれだけの修練を行えばとっくに潰れておる。
 実際、最初の一週間は、修練後にはまともに動けない状態だったからな。
 最初は限界を試すつもりで、修練量を日々増やしていたのだが・・・その量に毎回適応しおった。
 そこで不思議に思い、気絶している間に知り合いの医者に、身体を調べてもらったのだ」

「そ、それはまた思い切った事をしますね」

「師匠たるもの、弟子の体調も管理できんでどうする!!」

「確かにその通りです!!」

臍を曲げたり、怒らせると厄介な事を知り尽くしているキリュウは、素早くユウの言葉に同意をした。
続けて怒鳴ろうとしていたユウだが、キリュウからの絶妙の合の手を受けて、結局何も言えなくなっていた。

「調査結果を簡単に言うと、常人とは桁違いの治癒速度と体力回復速度を持っているらしい。
 いまいち理解出来なかったが、神経シナプスの伝達速度も桁違いだとか言っておった。
 その理由としては、あ奴の体内を巡っているナノマシンが、独自の進化を継げておると騒いでおったな。
 ・・・まあ、その後で是非とも医学界の貢献の為に、アキトの身柄を寄越せと言うので〆ておいたわ」

そういいながら、楽しそうな笑顔を浮かべるユウ。

「まー、その知り合いの医者も災難でしたねぇ」

ユウが〆たと言う以上、本気でその医者は死にそうな目に会ったのだろうと、キリュウは今迄の付き合いから予測した。
しかし、アキトの身体にそのような秘密が有ったとは、驚きだった。

引き攣った顔をしているキリュウに、ユウが真面目な口調で問い掛けてきた。

「それで、何を悩んでおる?」

キリュウはユウからの問い掛けには直ぐに答えず、暫くの間庭を眺めていた。
黙り込んだキリュウから話しかけて来る事を信じているのか、その間はユウも無言のまま庭を眺めている。

時々、カナデが困惑するアキトに手伝わせて手入れをしている庭には、紫陽花が綺麗に華を咲かせていた。
土を運びから雑草の草抜きまで、仲良く並んで手を動かしていた姿をユウは思い出していた。

「・・・アキト君やアカツキ君を見ていると、遠い昔に棄てた夢が、また蘇ってきそうで怖いのですよ」

「確かにアヤツ等が組めば、お前の夢をもっと大きな形で実現出来るかもしれんな」

紛争地域を無くす。

そんな夢物語を語った時、大抵の人間は顔を顰めていた。
実際問題として、木星蜥蜴からの襲撃を受け続ける昨今でも、未だ紛争は収まってはいない。
問答無用の武力と、その武力を支えつつ紛争地域に支援を行える資本力。
どちらもキリュウには望んでも手に入らなかった力だった。
しかし、アキトとアカツキの姿にその可能性を見出した時、キリュウの中で封印していた夢はゆっくりと目覚めようとしていた。

そして、それはユウにも同じ事が言えた。
最早若くない自分では実現しない強者達との鎬を削る戦いを、自分の全てを受け継いだアキトに挑んで欲しいと思っている。

「まあ、若い彼等にとって、他人の夢を押し付けられのはいい迷惑でしょうね。
 ですが、本人達にとっては余計なお世話かもしれませんが・・・あの二人には、狭い世界で満足して欲しくないです」

「確かにな」

静かに降り出した雨を眺めながら、二人は若者達の未来を思った。






その後も、アカツキのエステバリス訓練は続いた。
週末に行われる軍事キャンプでは、エステバリス・ライダー経験者に話を聞きに行く程の熱の入りようだった。
その熱意が通じたのか、周囲が驚く程にアカツキのエステバリス・ライダーとしての腕は上達していった。


――――――しかし、そんなアカツキをもってしても、DFSを使いこなせはしなかった。


「駄目駄目、まともに刃にもなりゃしなかったよ」

「そりゃあ難儀な武器だなー」

アカツキとマウロが、テントの中で仲良くライフルの手入れをしている。
梅雨らしく連日続く雨に、荷物を背負った強行軍でも足を泥に取られてしまい、余計に疲労を加速させていた。
それでも命を預ける愛銃の手入れを怠るのは以ての外、とマウロに怒鳴られながらアカツキはライフルの手入れをしていた。

ちなみにアカツキの愛銃はマウロからのお下がりである。

「しかし、少しは様になってきたな、週末ソルジャーの手入れ姿も」

「・・・誰が付けたの、その渾名?」

「僕」

素早くライフルを構えようとしたアカツキだが、持ち上げる途中て銃身を掴まれて阻止されてしまった。

「他の傭兵さん達が笑いながら言っていた、あの渾名の名付け親はアンタか!!」

「ハハハハ、皆には好意的に受け止められたよー」

お互いの技量にはやはり隔絶した差があるため、それ以上アカツキの抵抗は続かなかった。

「手入れは定期的にやっておくんだぞ、注いだ愛情の分だけ武器も応えてくれるもんさ」

「確かにこの銃は手に馴染んではきたけどね・・・
 同じ理屈だと、エステバリスにも愛情を注げばDFSは使えるのかなぁ」

「無理だろ、それは」

「ですよねー」

暫し、テントに当たる雨音を聞きながら銃の手入れを二人は行う。
不思議な話だが、アカツキとしては自室で篭っているより、こうやって疲労困憊になりながらでも、軍事キャンプに居る方がリラックスが出来た。
他人の息遣いが常に聞こえる、プライバシーなんて存在しない窮屈な環境だと言うのにだ。

自分はこんなに寂しがりだっただろうかと自嘲しつつ、どうせなら隣には美人が居て欲しいなぁと思考を飛ばしていた。

「実際の話、DFSを使える可能性が有るのはアキトだろーね」

マウロが思い出したかのようにアカツキに話しかけてくる。

「やっぱりそう思う?」

作業を止めて二人して、少し離れた位置にあるテントに視線を向ける。

その先のテントは空であり、名前の上がったアキトがユウと一緒に走り去ってから、既に1時間は経過していた。
時々聞こえる木立倒れる音、岩が砕かれる音、そしてアキトの悲鳴。
本当にお互いに身体一つで闘っているのかと、小一時間ほど問い詰めたくなる。

「本人はどう思っているか知らないけど、アキトはかなりの凄腕のエステバリス・ライダーになると思うよ。
 何しろイメージがそのまま動きにつながるなら、陸戦最強のアキトなんて無敵じゃないか」

最近、益々人外染みてきた下っ端の動きを思い出しながら、マウロが肩を竦める。
実際問題として、マウロが本気をだしても今のアキトを狙撃する自信は、殆ど無くなっていた。

過去に共に戦ったリュウジにも同じ様な予感を感じていたなー、とマウロは過去を思い出していた。

「僕も同意見。
 だけど、乗ってDFSを試す気は無いみたいなんだよねぇ、色々と誘ってみたりしてるんだけど。
 自分は興味が無いからって、断るばかりさ」

「単に動かないテスト機や練習機なんかだと、物足りないからじゃないの?」

「ああ、それはあり得るかも」

実は二人が無駄話で正鵠を射ている事を知らないまま、梅雨空の中にアキトの悲鳴が木霊していた。







「ふん、起動に成功したか・・・」

報告書に書かれているDFSの起動成功と、その威力の詳細を見てムトウは鼻を鳴らした。
実際に稼動データにして見てみると、予想通り起動兵器用とは思えない攻撃力をDFSは保持していた。
今の所は起動しているだけで手一杯のようだが、日進月歩の技術を考えれば、そのうちに戦場での運用も可能になるかもしれない。

コストパフォーマンスも良い上に、ディストーション・フィールドを紙の如く切り裂けるその力は、軍にとっては垂涎の的だと思えた。

「弾頭にDFSを仕込んで、撃ち出してみるか?
 ・・・ああ、そう言えば制御を離れた瞬間に、フィールドが消えるのだったな」

自分で思いついた案を即座に否定しながら、ムトウは苦笑をしていた。
実に面白い兵器では有るが、問題なのはその兵器を会長達が作り出したという事だった。

会社の売り上げに貢献してくれるのは嬉しいのだが、その労力は自分達の追い落としの為だと思うと眉を顰めるしか無い。

「結局、DFSの技術開発をした人物は不明のままか」

「はい、どう探りを入れても影すら確認出来ませんでした」

秘書から聞かされた話に考え込みながら、ムトウは社長席に深く身体を沈めた。

「これだけの兵器を開発できる存在なら、こちらに是非とも取り込んでおきたかったが。
 ・・・勝ち馬を見極めているのか?
 いや、それなら会長を援助する理由が分からん」

また、ムトウはアトモ社のジャンプ実験施設が破壊された事も気に掛かっていた。
どうにもナデシコが消え去ってから、自分達に都合の悪い事ばかりが起こっているような気がする。

特に最重要機密としていたジャンプ実験施設が、ピンポイントに破壊された事は驚きだった。

此処まで痛手が続くと、社長派に裏切り者が居るのでは無いかと勘繰りたくもなる。

「意図的に社長派と会長派で、バランスを取らせているというのは?」

「そんな事をして誰が得をする?
 クリムゾンの爺か?
 あの爺さんがそんな悠長な事をするものか。
 それに、もしその気なら」

激昂して秘書に対して何かを言おうとして、ムトウは口を閉じた。
そのまま暫く黙り込んだ後、元の冷静な表情に戻って秘書に指示を出した。

「引き続き、会長派の見張りと切崩しを行え。
 それと、DFSの開発者を何としても探し出せ」

「はい、了解致しました」

頭を下げて社長室から退出する秘書を見送り、ムトウは小さく溜息を吐いた。

「・・・最初に私が、あの妾腹の小僧の器を見誤ったのが、最大のミスかもしれんな」


そして、首を小さく左右に振った後、秘匿回線で通信ウィンドウを立ち上げたのだった。






梅雨に入っている筈なのに、見事に晴れ渡った空の下。
今日も快調にアカツキはエステバリスを駆って、大空の散歩を楽しんでいた。
眼下にはアキトとエリナが居る建物が見えている。

「週末のキャンプも良いけれど、誰にも小言を言われない大空の散歩も棄てがたいよねぇ」

バレルロールをしながら上空の雲に向かって、アカツキは機体を加速していった。


「ご機嫌だな・・・」

「仕事にもアレ位真摯に取り組んで欲しいものね」

綺麗な軌跡を残して上空を舞うアカツキ機に、苦笑をしながらアキトが呟き、エリナが苦言を述べた。

「そう言えばテンカワ君には言ってなかったけど、レイナがまだ考え込んでいるのよ。
 画期的な技術には興味深々なんだけど、ネルガルに好いイメージが無いんだって。
 責任を取って、レイナを口説いてくれない?」

「え、その会話の内容で、何処に俺の責任が?!」

余りに酷い言い草に、流石のアキトもエリナに対して反論を試みる。
しかしエリナはアキトの抗議には取り合わず話を続ける。

「私が会長派に入った結果、命か身体目当てか知らないけれど狙われたって、ついつい溢しちゃったのよ。
 それを聞いたあの娘が怯えちゃってねぇ・・・
 ほら、テンカワ君の彼女にでもなれば、そうそう手を出そうという人も減りそうじゃない?」

「それはアレですか、俺は番犬扱いですか?」

「別に本当に食べちゃってもいいわよ?」

「あー、姉としてどうなんですか、それは?」

「義姉さん、って呼んでくれてもいいのよ?」

「真っ平ごめんです」

「そこは即答なのね。
 まあ、あの娘って浮いた噂一つ無いからねぇ・・・」

「だからって適当に俺を宛がわないで下さい・・・」

遠い目をしたエリナに力の篭らない突込みをした後、アキトは視線を上空に戻した。

「お気楽に飛び回りやがって」

自分も出来る事なら、様々な柵を脱ぎ捨てて大空や宇宙を飛んでみたい誘惑は有る。
だが、今の自分が全力でエステバリスを振り回した時、その機体が持たないで有ろう事が本能的に分かっていた。

身体には問題は無いだろうが、脳が過負荷で焼かれるのは勘弁して欲しい、と思うアキトだった。

「そろそろ時間ね、会長を呼び戻そうかしら」

「そうですねー」

エリナが手元に用意していた通信ウィンドウに、アカツキの機体を呼び出そうとした時、訓練所内にサイレンが鳴り響いた。




「そろそろ帰って来い、と連絡が入ると思ったんだけど」

黙り込んだままの通信ウィンドウを不思議に思いながら、アカツキはエステバリスを飛ばし続けていた。
練習機の為、出力は絞り気味なので、意識を失うほどの加速をする事は出来ない。
最近はその事を不満に思ってきたが、訓練が終り次第、とっておきのカスタム機を作ろうとアカツキは決めていた。

「しかし、随分と連絡が遅いなぁ・・・
 これはアレかな、テンカワ君とエリナ君のオフィスラブ?」

地上に居る二人の仲間を思い出し、勝手な想像を膨らませていたアカツキは、次の瞬間鳴り響いたアラームにより現実に連れ戻された。

「何だ何だ、故障かい?」

しかし、練習機のレーダーに表示されている大量の光点には「Enemy」の文字が光っていた。




「練習機、山の向こう側に墜落しました!!」

「軍の到着は何時になる予定か確認!!
 こっちは練習用のエステバリスしか置いてないと伝えろ!!」

訓練所のオペレーター室に、会長秘書権限を振りかざして突入をしたエリナとアキトは、怒声を上げる責任者らしい男性に詰め寄った。

「先程言っていた山向うに落ちた練習機、誰が乗っていたか分かる?」

「誰だアンタ達は?
 生憎と、今は非常事態で見学者や余所者の相手をしている暇は無い。
 とっとと出て行ってくれ!!」

「お生憎様、思いっきり関係者よ」

パニックになっている責任者に見切りを付け、レーダーの担当をしている女性の元に急ぐ。
泣きそうな顔の女性が必死に器材を操っている隣に立ち、エリナはウィンドウ上に表示されている名前に素早く眼を通した。

「テンカワ君、どうやらまだ飛んではいるようね」

「時間の問題だな、そもそも練習機には武装が無い」

同じ様にアカツキの現状を確認したアキトは、隣で訓練所中に避難勧告をしている通信担当の女性に、厳しい顔で質問をした。

「他に稼動可能なエステバリスは無いのか?」

「そんな事を聞いてどうするんですか?」

自分も逃げ出したい気持ちなのか、涙目になっている女性にアキトは簡潔に回答をした。

「仲間を助けに行くのに必要なんだ」






「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

四方八方から降り注ぐ銃弾から、自分でも制御できていない滅茶苦茶な動きでアカツキは避け続ける。
練習機の持っているフィールドでは、同時に複数の銃弾を受け続ければ、直ぐに限界に達して撃墜されてしまう。
実際、近くを飛んでいた練習機が、先程コクピットに直撃を受けて目の前で墜落をしていった。

つい先程まで、つまらない会話をしながら飛んでいた隣人が、呆気無く亡くなった瞬間だった。

「う、えっ、お・・・」

自身にも迫ってくる死の予感に触れ、ストレスから胃の内容物を吐きそうになる。

アカツキは今迄の人生で、これほど死を身近に感じた事は無かった。

出自こそネルガル会長の妾腹の子という特殊な立場だが、自分自身は平々凡々に生きてきた。
そんな人生の中で、戦場の矢面に立つなど想像をする必要は無かったのだ。
此処最近の軍事キャンプにした所で、心の片隅にはお遊びという気持ちは抜けていなかった。

「教官!! 教官!! 何処に逃げればいいんだ!!
 どうして通信が繋がらないんだよ!!
 畜生っ!! こんな所で死にたくない、死にたくない!!」

半泣きになりながらも生存本能が強いのか、アカツキは何とか練習機を操り半狂乱になりながらも逃げ続けていた。

「絶対に逃げ切ってやる!!」



――――――しかし次の瞬間、背中に直撃を受けたアカツキ機は錐揉みをしながら地面に向けて落ちていった。






「どうなっても責任は取らないからな!!」

それが現場責任者の最後の棄て台詞だった。
無理矢理強権を発動して、訓練所の指揮権を奪い取ったエリナは、逃げ出さずに残ったスタッフの面々を前にして堂々とした姿で立っていた。

「それで、テンカワ君の準備は完了した?」

「はい、テンカワ機は既に発進準備完了です!!」

半ばエリナの気迫に負けて、その場に残った通信担当の女性が自棄気味の大声で返答をする。
実際、既に殆どの練習機は木星蜥蜴の攻撃により撃墜され、一部の無人兵器が訓練所に向かって侵攻を開始していた。

既に、この場から逃げる段階は過ぎていた。

「通信、繋げて」

「了解しました」

凄い勢いで格納庫に向かった同僚を思い出しながら、エリナは通信ウィンドウにアキトが映るのを待った。

『こちらテンカワ機、発進準備完了した』

「敵の数は戦艦クラスは無いけれど、小型の無人兵器が約50機。
 こちらの武装は練習用のライフル一丁にイミディエットナイフのみ、軍からの救援は1時間は掛かるそうよ。
 正直に言うと笑えるくらいの劣勢ね」

『全くだ』

「別に一人で逃げても怨まないわよ?
 陸戦は敵無しのテンカワ君でも、畑違いの機動戦にまで狩り出される理由は無いんだから」

内心では少しは怨むかなぁ、と思いつつもエリナは笑顔でアキトにそう告げた。

『大切な約束があってね、もう逃げる事はしないんだ。
 何より、仲間を見捨てる訳にはいかない』

「了解、良い心がけね・・・じゃあ、我等の会長様を助けてきなさい!!」

『アイ、アイマム』

エリナが笑顔でウィンクを贈ると、アキトも笑顔を返してから格納庫から飛び立った。





アカツキが気を失っていた時間は極短い間だったらしく、まだ機体を破壊されてはいなかった。
ただし、アカツキ本人へのダメージは深刻らしく、身体中に激痛が走っており、特に左腕はあらぬ方向へ向いている事が一目で分かった。

「は、ははは、生きてる、生きてるぞ」

暫し、呆然としてアカツキだが、興奮が冷めると傷の痛さにより正気へと戻された。

「何で僕が、くそ、こんな目に・・・」

IFSの付いている右手をパネルに乗せて、機体のチェックを行う。
あらゆる箇所で赤色や黄色の表示が出ているが、何とか動けそうな事が分かった。
ただし、エネルギー供給装置に異常をきたしており、空を飛んで逃げる事は不可能という事が分かった。

「何処までもついてないな」

苦笑をしたその時、アカツキの目の前に無人兵器が降り立った。
ついていない事にアカツキがエステバリスを再起動した為に、既に敵として認識されていなかった所を、再度敵機として認識されてしまったのだ。

無機質なカメラがアカツキが乗るエステバリスに照準を定め、今にも攻撃をしようとしている事が分かる。

「ひっ!!」

再び訪れた突然の死の恐怖に居竦まったアカツキは、自分が小便を洩らしている事を自覚できないほどに固まってしまう。
その一方で、何処か冷めた部分が頭の中に有り、自分がもう直ぐ殺されるのだな、と納得をしていた。

走馬灯は流れなかった。

ただ、一瞬頭の中に別の場面・・・ネルガル会長室で談笑をしている敬愛する姉と、仲間達の姿が浮かんだ。

「!!」

反射的に動かされたエステバリスの右腕が、ギリギリのタイミングで無人兵器を殴り飛ばす。
無人兵器から放たれた銃弾は、アカツキの乗るエステバリスの左肩を抉り取るだけの結果となった。
よほど当たり所が良かったのか、無人兵器はかなり離れた場所で黒煙を上げ、やがて爆発をした。

「まだ、死ねないんだよねぇ!!」

悲鳴を上げる身体と、エステバリスの両方に喝を入れながら、アカツキは這いずる様に逃走を開始した。






「テンカワ機、接敵します!!」

「周辺の敵機に注意をして、取り合えず訓練所に向かっている敵から排除をしてもらうわ!!」

自分達の身も守る必要があるエリナは、唯一の矛に願いを託しながら忙しく周囲の状況を確認していた。
勿論、エリナ自身は軍人ではないので、戦略も戦術も何も思いつかない。
素人考えの指揮だが自分が崩れる事で、この指令所の士気が崩壊する事を勘で悟ったエリナは、震える膝を叱咤しながら立ち続けていた。

「テンカワ君の様子はどう!!」

暫く待っても何も返答が無い事に苛立ち、レーダー担当の女性を睨むと、その女性はウィンドウを呆けたような顔で見上げて動きを止めていた。

「ちょっと、しっかりしなさい!!」

恐怖から来る現実逃避、そう思ったエリナが急いでその女性の元に向かおうとした時、通信を担当して女性が震える声で報告をした。

「敵機、全滅しました」

「・・・え?」

思わず聞き返すエリナに、通信担当の女性が興奮したような声で繰り返す。

「テンカワ機は接敵後、5秒で敵10機を撃破。
 その後、アカツキ機を救出する為に移動を続けています!!」

「無人兵器10機を瞬殺?
 ちょっと、洒落にならないわよそれ」

完全なスペックを発揮できない練習機に、殆ど無いに等しい武装を使用して、10機にも及ぶ無人兵器を瞬殺するなど、連合軍のエースパイロットにも不可能な事だった。

「本当です、戦闘時の映像を記録していますから確認をしてみて下さい」

再起動を果たしたらしいレーダー担当の女性が表示したウィンドウには、無人兵器の群れにスピードを落とさず突入するテンカワ機が映されていた。
全員がぶつかると思った瞬間、エステバリスは信じられない動きで左右に飛び跳ね、そのままの勢いで敵の間を通り抜けた。
そして、敵が背後に抜けたテンカワ機を追撃しようと旋回を開始した瞬間、連鎖するように無人兵器は全て爆発を起こした。

ウィンドウには何事も無かったかのように、飛び去るテンカワ機の背中だけが残されていた。

「・・・まったく、何処まで出鱈目なのよ」

危機を抜けた反動なのか、自然と苦笑を浮かべてしまったエリナだった。





多勢に無勢の言葉通り、アカツキは直ぐに追い詰められる事になった。
一機だけとはいえ敵を撃破した事により、攻撃対象としての優先順位が上がってしまったのだ。
周囲を逃げ惑っていた人達には有り難い話だが、当の本人には愚痴を言う気力すら尽きようとしていた。

そして、改めて周りを見ると、アカツキ機を取り囲むように無人兵器達が配置されていた。

「あー、こんな時にまで損な役回りを当てられるとは、とことん運命の女神様に見放されたかなぁ」

最後の意地とばかりに愚痴を述べると同時に、通信ウィンドウが開く。

『エリナさんなら指令所に居るぞ?』

「・・・彼女は女神なんて柄じゃない」

聞き間違えようの無い親友の声に、命知らずな返事をした瞬間、目の前に居た無人兵器が立て続けに破壊された。

「遅いじゃないか」

『これでも結構急いできたんだぞ?
 此処まで逃げ延びるなんて、思ってもいなかったからな。
 途中で何度、無人兵器達に襲われた事か・・・』

実際、アカツキ機の隣に立つアキトのエステバリスは、四肢が歪み所々で火花を出していた。

『生きているだけでも、初陣としては満点に近いぞ』

そう言いつつ、アキトはアカツキに向けて手に持っていたライフルを手渡した。

「・・・怪我をしてるんで、そろそろ休みたいんだけど?」

『悪いな、俺自身は問題が無いんだが、エステバリスが限界だ。
 敵は残り15機、囮役は引き受けてやるから、支援を頼むぞ戦友』

「だから、左腕が折れてるんですけど」

『笑いながら言う泣き言なんて、信用しないぞ』

お互いに笑顔で別れを告げた後、アキトは壊れかけのエステバリスを急発進させた。
アカツキは自分では到底届かない領域で、エステバリスを操るアキトに嫉妬をする前に納得をしていた。

奴ならこの程度の機動戦はするだろう、と。

「まったく、そんな奴に戦友なんて呼ばれたら、奮起するしかないじゃないか」

左腕からの痛みを無視して、ライフルを照準を遠方の無人兵器に当てる。
元々アカツキにライフルを手渡すつもりだったのだろう、弾丸は殆ど使用されていなかった。

「殆ど素手で戦ってきたって事?
 まったく、帰ったらエリナ君と一緒に問い詰めてやらないとね」

周囲を飛び交う銃弾は、アカツキにとって既に気にならない状態になっていた。
何しろ目の前に闘っている戦友が墜ちない限り、自分は絶対に安全だと分かっているから。

華麗に舞うエステバリスは、予定調和のように無人兵器達を次々と破壊していく。

「漏らして泣き叫んで、それでも生き残った者が勝者か・・・傭兵さん達の言う事は正しいよ」

そう言いながら、遠距離からアキトのエステバリスを攻撃していた無人兵器を、見事に一発で狙撃する。
アカツキの目は何時の間にか、得物を狙うスナイパーへと変化をしていった。








――――――7月、事態は収束に向かって加速していく。



 

 

 

 

外伝第六話に続く

 

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