< 時の流れに Re:Make >

 

 

 

 

 

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第八話

 






2197年9月

案内されたネルガル会長室に入ったコウイチロウは、その部屋に揃っている人物に驚きを隠せなかった。

「ネルガルの会長室に、まさかカグヤ君が居るとは思わなかったな」

「お久しぶりです、コウイチロウ小父様」

「うむ、久しぶりだね」

座っていたソファーから立ち上がり、綺麗に礼をする黒いスーツ姿のカグヤに目を細めながらコウイチロウは頷く。
娘と幼馴染にあたるカグヤも輝くばかりの美人に成長しており、時の流れを実感させた。

何より、時々招かれる明日香・インダストリー主催のパーティ会場で何度か会った覚えはあるのだが、今日ほど輝かしい笑顔を見た事は無かった。

「予定の時間より少し遅れてしまったな、申し訳ない」

「いいえ、とんでもない。
 こちらこそ、お忙しいミスマル提督に態々足を運んでいただき申し訳有りません」

カグヤと一緒に立ち上がっていたアカツキが、コウイチロウと握手をしながらカグヤの隣のソファーを勧める。
コウイチロウはソファーに身を沈めた後、時間が惜しいとばかりに話を切り出した。

「さて、私が聞きたい事はすでに分かっていると思うが。
 それとは別に、この話をカグヤ君に聞かせていいのかね?」

ネルガルの社中秘に少なからず引っ掛かる話になると予想していたコウイチロウは、まずはその事をアカツキに尋ねた。
明日香・インダストリーとしての立場でカグヤが動いた場合、アカツキ達会長派に多大な痛手を与える情報かもしれないのだ。
大企業同士の駆け引きに係わるつもりは無いし、命の恩人の立場をそうそう危機に晒すつもりは無かった。

しかし、その質問を受けたアカツキは、困ったような笑みを浮かべながら問題無いと返事をする。

「いえ、どうにも全面的にカグヤ嬢は、僕達会長派の味方をしてくれるようでして」

「当然ですわ」

満面の笑顔でアカツキに返事をするカグヤに、そういう間柄なのかと納得するコウイチロウ。
よくよく観察してみれば、アカツキの態度や仕草に、以前とは違い一本芯が通ったような印象を受ける。
ネルガル会長として最初に挨拶を受けた時は、その役職に不相応な自分に戸惑っている感じを強く受けた事を覚えている。

それが今ではコウイチロウからの発する威圧感にすら怯むことなく、柳に風と受け流している。

「随分と大変な経験をしたみたいですな」

「・・・ええ、それなりに頑張ってきました。
 でもミスマル提督や、うちの長老達にはまだまだ及びませんよ」

コウイチロウの世辞に、男臭い笑みを浮かべながら照れるアカツキ。
予想以上に良い男に育ったなと、コウイチロウは更に内心でアカツキの評価点を上げた。

「話を戻しますが、カグヤ君に聞かせても良い話とはどういう意味ですかな?」

「それはアカツキさんがアキト様の御友人である以上、最大限の便宜を図ります、という意味ですわ」

「・・・と言う訳で、おまけ扱いながら協力を取り付けてます。
 さてそろそろ始めるかな、テンカワ君とエリナ君もこちらに来て貰えるかい」

アカツキは背後に控えていた二人に声を掛けて呼び出した。

「はい、会長」

「了解」

流石に社会的に高い地位を持つ面々を前にしているので、エリナやアキトも普段の砕けた調子で返事はしなかった。
エリナに至っては珍しい事に少し緊張をしているように見受けられる。
もっとも、何時もと同じようにリラックスをしているアキトの方が、この場合には異常なのだが。

「簡単ですが紹介をさせて頂きます。
 まずは会長秘書を務めて貰っているエリナ=キンジョウ=ウォン」

「初めまして、ミスマル提督。
 エリナ=キンジョウ=ウォンです」

「うむ、ミスマル コウイチロウだ」

深々と礼をするエリナに、コウイチロウも軽く頭を下げながら名乗る。
そして、全員の視線が黒スーツ姿のアキトに向かう。

「実はもう一人社長秘書が居るのですが、今は所要で席を外しています。
 そして彼が僕の身辺警護を担当しているテンカワ アキト。
 ミスマル提督から問合せを頂いていた、あの時のエステバリスライダーが彼です。
 そして、カグヤ嬢の幼馴染でもあります。
 まあ、彼についての説明は今更な感がありますけどね」

「当然ですわ」

アカツキが場を和ませようとそんな発言をするが、即座に返したカグヤとは違いコウイチロウの顔は厳しいものに変わる。
その変化を敏感に感じ取ったアカツキが、何事だとアキトに視線で問い掛けた。

そして、アキトが口を開くより早く、コウイチロウが搾り出すように声を紡ぐ。

「何時まで・・・茶番を見せるつもりかねテンカワ君?
 それとも君が此処に居るという以上、ユリカもこのビル内に居るという意思表示なのか?
 以前の戦闘時には名前の聞き間違いかと思っていたが、カグヤ君と幼馴染かつ本人だと名乗る以上、覚悟は出来ているんだろうな!!」

最後は怒号とも言えるコウイチロウの叫びに、最初は驚いたもののアカツキの立ち直りは早かった。
今までに経験してきた実戦が、少々の事では動じない精神力をアカツキに与えていたのだ。

「何やらミスマル提督はお怒りのようだが、理由を知っているかいテンカワ君?」

「ああ、良く知ってるよ。
 ミスマル提督、ナデシコは今月中頃に月の軌道上にチューリップを通って現れます。
 ユリカを含むナデシコクルーは、火星に残って囮役を引き受けたフクベ提督以外、全員無事です」





「ナデシコ食堂の見習いコック兼パイロット、それが俺のナデシコでの立場だ」

突然、親友から放たれたその言葉に、流石に固まったアカツキの姿に苦笑をしながら、アキトは自分の身分を申告した。
その言葉を聞いて再起動を果したエリナが、素早くウィンドウを開きさきほどの情報を確認する。

「うそ!! 本当にテンカワ君の名前が、見習いコックとして申告してあるわ!!」

「・・・おいおい、今更それはないでしょ」

いきなりのカミングアウトに、流石にアカツキとエリナも表面を取り繕う事無く発言をする。

「実はアカツキ達にも先程の話は秘密にしていたので、彼等は本当にナデシコの事は知りません。
 ですが、ミスマル提督が知りたい情報は、全て俺が答える事が出来ると思います」

「ではユリカは無事なんだな?」

「はい」

疑うべき点は幾らでも有ると思うが、まずはその一点を確認してくるコウイチロウに笑顔でアキトは返事をした。
記憶の通り変わらないコウイチロウの姿勢に、アキトは過去での日々を思い出していた。

その笑顔に訝しがりながらも、コウイチロウは質問を続ける。

「次の質問だ、何故テンカワ君だけが地球に居る?」

「その説明には時間が掛かりますね・・・ですが、アカツキにも聞かせるべき話でもあります。
 お時間は宜しいですか?」

「ああ、この日の為に午後の予定は全て空けてある」

アキトから放たれる、二十歳に満たない青年の気迫とは思えない重圧に圧されつつ、負けないようにコウイチロウは気合を込めて深く頷いた。



そしてアキトはナデシコの地球脱出から始まる今までの経緯と、自分の両親の死とボソン・ジャンプについて語った。



「ボソン・ジャンプ・・・その中枢を担う「遺跡」の確保、それが父さんや兄さん、そして社長派が独占を狙った技術なのか。
 確かにこの技術を独占できれば、今後のネルガルの地位は安泰だね」

今までどれほど探っても分からなかった謎が、一番身近な親友により明かされた為、流石のアカツキでも一種の虚脱状態に陥っていた。

「まあ、この場にはカグヤちゃんにミスマル提督も居るからな、流石に独占しようとは思わんだろ?」

「いや、まあ、確かにねぇ・・・」

普段は行わない、長時間の説明に気疲れをしたのか、こちらも冷水で喉を潤しながらアキトが気軽にアカツキに話しかける。
ボソン・ジャンプの公開について悩んでいたアキトが取った手段は、アカツキと同レベルの地位を持つ存在に、同時にその真実を告げるというものだった。
最初はコウイチロウのみをターゲットにしていたが、ここに来てカグヤの存在はアキトにとって嬉しい誤算でもあった。
その為、無理を言ってアキトは今日の会談にカグヤの参加を依頼していたのだ。

「テンカワ君、そうなると・・・どうして君は、ネルガルを助けるような行動をしているんだい?」

アカツキが複雑な表情で親友に尋ねる。
むしろアキトには両親を殺したネルガルを復讐の対象として見るべき立場だと、先程の説明を聞いた人間は判断するだろう。

コウイチロウが以前に予想した通り、アキトの両親がネルガルによって暗殺されている事も先程告げられたのだ。
もっとも、今迄の話は全てアキトの告白だけなので証拠は何も提示されていないのだが。

それでもアキトがその事を告げた以上、事実と仮定して話を進める必要があった。

「両親の事はこの際忘れる事にしているよ、もっと大きな問題があるからな」

「それは何かね?」

「木星蜥蜴と呼ばれる存在との和平だ」

何気ない一言の意味が全員に浸透した時、呻くような声がアカツキから上がった。

「テンカワ君、冗談にしては笑えないよ・・・」

「なあアカツキ、どうして木星蜥蜴なんて名前が無人兵器に付けられたんだ?
 別に木星じゃなくても、土星でも水星でも問題は無いだろう?」

「そんな言葉遊びがしたい訳じゃない!!」

アカツキが動こうとした瞬間、何時の間にか正面に移動をしていたアキトがその肩を押して、ソファーにアカツキを強制的に座らせる。

「命を賭けて誓う、お前や俺を守る為に犠牲になった、あの人達の事を蔑ろにしている訳じゃない。
 だから落ち着いてこの戦争のからくりを聞いてくれ。
 木星蜥蜴を地球に向けて送り出しているのは、木星に住んでいる俺達と同じ人間なんだ。
 そして、俺とアカツキが仇として狙う相手は、その事実を知りながら利用をしている、クリムゾンだ」





「・・・証拠が無いな」

頭を抱えながらコウイチロウは弱々しく呟く。
アキトから聞かされた話は、作り話として一笑に付すには筋が通りすぎていた。
その上、一部の軍高官にしか知らない、過去に火星で発生した独立運動を鎮圧する為に行なわれた核攻撃を知る術は無いはずだった。

話の整合性を考えれば考えるほど、訳が分からなくなるような真実が次々と明かされたのだ。

そもそもどうやって木星に向かった彼等の現状を、アキトは知りえたと言うのか?
だが、木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体、通称木連という存在が嘘だという理由も無かった。

そして詳細を聞けば聞くほど、この戦争が侵略ではなく企業間の代理戦争という側面を浮き立たせていく。

「テンカワ君、これは・・・知っているだけで、国からも命を狙われる情報だよ。
 ネルガル、明日香・インダストリー、クリムゾン、確かにどの企業にとっても無視できない話だ。
 でも、君が桁外れに強い事は知っている、だけどこれだけの情報を収集する術や、謀略に長けているとは思えない」

今まで信じていた親友の姿は嘘だったのか、アカツキの表情には裏切りにあったかのように悲壮感を漂わせていた。

「ああ、心配しなくてもお前の良く知っている抜けてる俺は、演技でも何でも無い、そのまま素だよ。
 今回話した情報もある伝手と、一部は実体験からの情報さ、俺は何しろ脳筋だからな」

照れたように苦笑をしながらアカツキの質問に答え、その胸に拳を軽くぶつけた。
そして、そのままアキトは奥に設置してある会長用の机に足を運んだ。

「ミスマル提督の言うとおり、何も証拠が無いのは問題だからな、一つ実例を見せるとしようか。
 アカツキ、確か会長用のデスク周りには、非常時用のディストーション・フィールドを張る機能があったよな?」

「その通りだよ、展開時の消費電力量が多過ぎて携帯出来ないから、会長用の机のまわりだけ社内の電力を使用して展開するよ。
 だけど、生身でフィールドに触れると消し飛ぶだけだよ?」

アカツキの返事に頷いた後、アキトは机の裏に隠されているスイッチを押した。
瞬時にアキトと机を中心にして、ディストーション・フィールドが展開される。

「ボソン・ジャンプの実行条件は幾つか有る。
 まずはディストーション・フィールド、それとCCと呼ばれるチューリップ・クリスタルを使用して展開するジャンプ・フィールド」

アキトがポケットから取り出したCCを全員に見せながら、ディストーション・フィールドに接触させる。
その瞬間、虹色の光が会長室を満たした。

そして、光が消えた後、ディストーション・フィールド内にはアキトの姿は無かった。

「・・・嘘、え、マジック?」

「アキト様?」

エリナとカグヤが呆然とした言葉を漏らした瞬間、会長室のドアがノックされた。
そして室内の誰の返事も待たずに扉が開かれ、アキトが何でもないように入ってくる。

唖然とする一同の前で肩を竦めた後、アキトは説明の続きを行った。

「多分、木連でも有人ジャンプは研究中で実現できていない。
 有人ジャンプには更に厳しい条件が必要となるからな。
 その為に俺が話した事について、証明は残念ながら出来ない。
 何しろ今現在、自由にボソン・ジャンプを操れるのは俺だけの筈だ」






「なら、ナデシコが9月中に月軌道上にチューリップを通って現れるというのは・・・」

「木星蜥蜴を運搬するゲートの役割をチューリップは持っています。
 先程説明した通り、火星で危機に陥ったナデシコはディストーション・フィールドを張ってチューリップに突入しました。
 俺はナデシコのジャンプ先をナビゲートして、一人だけ先に地球へとジャンプしたんです。
 その時のジャンプ先として選んだのが、月軌道上のチューリップという訳です。
 時間が8ヶ月空いた理由については、ボソン・ジャンプは時間すら越える技術ですので俺には説明は無理です」

ある程度、アキトの発言に確証が取れた為、コウイチロウの顔に喜色が湧いてくる。
色々と納得し難い箇所も有るが、娘が無事に帰ってくる確立が上がったのだと理解したのだ。

「ちなみに、ジャンプはナビゲーターが一度訪問した場所にしか、原則跳べません。
 この理由はナビゲーターのイメージによって、「遺跡」がジャンプ先を算出している為です。
 こういった縛りが有る為、木連は長い時間を掛けてチューリップを地球にまで飛ばし、ジャンプの出口として利用をしている訳です」

「なるほど、その説明を聞く限りではチューリップに入ったモノは、チューリップから出るという話には頷けるね。
 しかし、聞けば聞くほどとんでもない技術だね」

余りに驚愕の事実が続いた為、逆に冷静になったアカツキがアキトの説明に納得をしたと頷いた。

「他に質問は?」

分かる範囲で答えるよ、とアキトがその場に居る人物に視線を向けると、エリナが真っ先に手を挙げてきた。

「何故今まで私達に黙っていたの?
 もしかして、信頼されてなかったのかな?
 そうだすると、ちょっと傷ついちゃったなぁ」

「それは謝りますよ。
 ・・・ですが、ジャンプに係わった人は大抵不幸になるんですよ。
 大きすぎる力が、不幸を呼ぶって例かもしれませんね。
 俺は・・・そんな力に振り回されて、アカツキやエリナさん達が変わる姿を見たくなかった」

そこには、ボソン・ジャンプという未知の技術に振り回される青年の本音が確かにあった。

「何より初対面の頃の俺に、この話を聞かされたらエリナさんはどうしてました?」

「うん、家に連れ込んで無理矢理関係を結んででも、手元に繋ぎとめてたかな」

笑顔で凄い事を言うエリナに、アカツキとアキトの表情が引き攣った。
この女性はヤると決めれば、躊躇いも無くヤると二人とも良く知っていたからだ。

「・・・ちょっとエリナさん、あちらの部屋で少しお話をしません?」

「おほほほほほ、遠慮させて頂きますわ」

しかし、爆弾発言をした本人は、何時の間にか背後に立っていたカグヤに両肩を掴まれ、冷や汗を額に浮かべていた。

次に手を挙げたのはアカツキだった。

「テンカワ君の目的が和平と言うのは分かったよ。
 だけど・・・その和平によってテンカワ君にどんな利益が有るんだい?
 捻くれた性格の僕としては、木連と地球の人達の平和の為、とかは信じられないだけどね」

「いや、アカツキって結構単純な所もあるけどな。
 まあその質問の答えは簡単だ。
 俺自身と関係者の安全を守るため、というのが利益なのさ。
 このままクリムゾンによってボソン・ジャンプが世間に公開されると、俺なんかは体の良いモルモットに見られるからな。
 だが和平後に木連の技術と地球に有る複数の大企業が共同で研究にあたれば、俺が悲惨な目に遭わなくて済む可能性が高くなる。
 ・・・何時かは判明すると思うが、俺と同じ素質を持つ人達は結構存在している。
 その人達を含めて、身の安全を守りたいのさ」

ボソン・ジャンプという技術の将来性を考えると、確かにその可能性は否定できなかった。
大企業を背負う立場の人間として、アカツキとカグヤもそんな実験は有り得ない、という戯言を吐く事は無理だった。
確かにアキトが画策している通りに公共性の高い技術として浸透すれば、その素質を持つ人達の安全も高くなるだろう。

「この戦争が続けば、必ずボソン・ジャンプは世間に公開される。
 その時までに、どれだけ自分の立場を固める事が出来るかが、俺自身を守る為の命題かな?」

さすがに複数の大企業相手に勝てる自信は無い、と苦笑をするアキトをアカツキ達は痛ましそうに見ていた。
その言葉の端々に、アキトが実際にモルモット的な扱いを受けた事を推測させる陰があったのだ。
考えてみれば突然にその能力に目覚め、都合よく扱えるようになるはずなど無い。

きっと自分達には想像も出来ない地獄を見てきたのだろうと、その場に居た全員が胸の内で呻っていた。

「そんな顔をするなよ、皆。
 さっき言った通り、俺は俺自身を守る為にもこの戦争に関与するだけさ。
 それに、ちゃんと将来の夢も考えてるよ?」

「それは私を妻に迎えてくれるという事ですね!!」

「・・・いや、何時かラーメン屋を屋台でも引いて営みたいだけなんだけど」

「私はラーメン屋の妻でも構いませんわ!!」

両手をカグヤに握られ、視線でアキトはアカツキに助けを求める。
しかし、アカツキは両手をクロスしてその求めを切り捨てた。

ここでカグヤに臍を曲げられて困るのは、アカツキもアキトも同じなので助けに入る事は出来ないのだ。

「って、見習いコックって肩書きだけじゃないの?」

エリナが心底驚いたという表情で口元に手を当てる。

「皆そう言うんだよね・・・本当に見習いコックなのに」

ちなみに、アキトのコックとしての腕前の片鱗を知るアカツキは、面白そうなので真実を話すつもりは無い。

一気に軽くなった空気に、コウイチロウは彼等のチームワークを見て張り詰めていた気配を緩めた。
ボソン・ジャンプについて実演をされたが、木連については何も実証はされていない。
ならば自分は東南アジア方面軍に睨みを効かせて、事の真相を解明すれば良い。

「これ以上の証明は無理ならば、この話は一端心の内に置いておこう。
 いい加減、オカルト染みた話にはお腹が一杯だよ。
 では次にネルガルご自慢の新兵器について、詳しく教えて貰えるかな?」

コウイチロウから出された救出の手に、アキトは素早く飛びついた。

「そうですね、今回の話で全てを信じて貰うのは無理だと思いますから!!
 ただ、俺一人で抱えていても和平は無理だって思い知ったので、勝手な話ですけどこの場で説明させてもらいました。
 ミスマル提督の頭の片隅に、こんな事を考えてる奴が居るって程度で覚えておいてくれれば幸いです」

「・・・うむ、覚えておこう」

そう言って、アキトはミスマル提督に頭を下げてアカツキの背後に立った。
両手を解かれたカグヤは名残惜しそうに、アカツキの背後に立ったアキトを見詰めていた。

「それでは、ネルガルの新兵器について紹介をさせて頂きます」

今日の為に必死に揃えたプレゼン資料をやっと提示出来る事になり、エリナは嬉々として資料をその場の全員に配り出した。






ミスマル提督と帰りたくないと愚図るカグヤをネルガル本社から送り出した後、怖い笑顔をした二人がアキトを会長室の床の上で正座をさせていた。

「よくもまぁ、今まで謀ってくれたねぇ、テンカワくぅん?」

「いや、悪かったって、謝るから許してくれよ。
 地味に痛いんだぞ、石で出来たフロアの上での正座って」

「ふん、いい気味ね」

自分達は来客用のソファーに座ったまま、アカツキとエリナは蔑視の視線をアキトに向けていた。
我が身をアキトに置き換えてみれば、その事情も理解できる為に本気で怒ってはいないが、やはり身内に裏切られたような気分になっていたのだ。

「今気付いたんだけど、もしかしてDFSとかの設計図を僕に贈って来たのは、アキト君の協力者なのかい?」

「えー、教えたら正座から解放してくれるか?」

「・・・自分の立場が分かってないみたいねぇ」

ふてぶてしい態度のアキトに、反省が見当たらないと判断したエリナは、その手に持っていた大量のプレゼン資料をアキトの太ももの上に置いた。

「ソレ位でテンカワ君が根を上げるもんか。
 そうだねぇ・・・いっその事、エリナ君がそこに座れば良いよ。
 心身共に大ダメージ確実だ」

「あら、それは面白うね♪」

黒い笑みを浮かべたアカツキとエリナが、楽しそうに悪巧みを始めた。

「え、いや、ちょっと待って!!」

「動いたら本当に絶対に今回の事を許さないからね♪」

素早く言葉でアキトの動きを封じたエリナは、アキトの太ももの資料を素早く床にどけ、アキトの首筋に両手を回して太ももの上に座り込んだ。
至近距離で微笑むエリナと、微かに香る香水の香りにアキトの動きは完全に停止した。

「デジカメデジカメ、確か資料作成用に机の中に仕舞っていた筈だけど・・・」

少し上気した笑顔でピースサインをするエリナと、そんなエリナを太ももの上に乗せて硬直したアキトの姿をアカツキは問答無用で激写した。


アキトが正気に戻ったのは、それから10分後の事だった。


「コレ以上下手な嘘を吐くと、このスクープ写真を君の師匠に流すから」

「本当にゴメンナサイ」

誠心誠意の土下座を披露するアキトに、アカツキとエリナの憤慨もようやく収まった。
アキトの本質を知る二人は、今までの嘘を見逃す変わりに散々遊んだ事で溜飲を下げる事にしたのだ。

色々と文句を言いながらも、この二人も身内には甘い所が多々有るのだった。

「それで本当のところどうなんだい、例のプレゼントの贈り主を知ってるんだろ?」

「ああ、良く知ってるけど、まだアカツキには会わせられないな。
 まあ向こうにも色々と理由があるからな。
 ・・・そうだな、社長派を黙らせてネルガルの実権を把握出来たら、紹介するよ」

やっと土下座を止めたアキトは、少し考えた後にアカツキにそんな保証をした。
別に紹介をしないと言ってる訳ではないし、元々社長派に勝たなければ全てを失うアカツキは、無言でその提案に頷いた。

多分、アキトは協力者の身の安全を気にしているのだろうと、アカツキは予想した。

「実はテンカワ君の第二人格とか、謎の電波を受信しているとか、そういうオチは無いよね?」

「・・・お前は俺を・・・何だと思ってるんだ?」

握り締めた拳を震わせたアキトが、どうしてくれようと思案した時、キリュウからミキ家が襲撃されたとの緊急通信が入ってきた。






「何やら複雑な表情をしておりますな」

一人で将棋を打ちながら、ムネタケ提督はネルガルから帰って来た同僚に話を振った。

「・・・複雑にならざるを得ない話を、多数聞かされたのですよ」

深い溜息を吐きながら、コウイチロウは持ち帰った資料に目を通した。
そこに書かれている新兵器の数々は実に魅力的であり、軍としては正に垂涎物だった。
口約束とはいえ、コウイチロウはこの商品についての契約には、大いに乗り気になっていた。
数を揃えることが出来れば、今の戦局を十分に押し返すことが可能な性能を、ネルガルの新製品は秘めていたのだ。

しかし、それとは別に最大の目玉商品には決して手が届かない事も分かってしまった。

「例のテストパイロットを引き抜くのは無理でしたか?
 あの映像を見せられた時は、流石の私も喝采を叫びましたぞ。
 まさか、エステバリス一機でチューリップを「解体」するとは」

「・・・無理だな、ネルガルが彼を手放す事は絶対に無い。
 DFSと呼ばれる兵器は、現在の所は彼にしか使用出来ないらしいからね」

自分が経営者だとしたら、パイロットとしての腕前もそうだが、あんな特別な人材をそう簡単に手放す理由は無い。
しかも、コウイチロウから見た限りでも、アキトとアカツキとエリナの間には確かな絆が見えた。
公私共に良い関係を築いている彼等に、軍が付け込む隙間は無いだろう。

そう思ってはいても、アキトの持つ戦力は軍としては是非とも手に入れたい力だった。
今でもはっきりと思い出すことが出来るほど、アキトがDFSを揮う姿が脳裏に焼きついている。

最初、コウイチロウの個人宛にネルガルから秘匿情報として送られてきた映像を見た時、コウイチロウは驚きから自席より半ば立ち上がり。
そのままの姿勢で、チューリップが最後まで「解体」される姿を見詰める事となった。

有象無象の無人兵器を寄せ付けない、精緻を極めた芸術の如き機動。
揮われる白刃は、近寄る敵をチューリップごと撫で斬りにしていく。

徐々に解体をされていくチューリップは、その身を守る為に次々と無人兵器を吐き出す。
しかし、所詮無人兵器では彼の足止めにもならず、白刃に切り裂かれるか、映像外からの遠距離狙撃により次々と破壊されていく。

そして、チューリップはその身を徐々に解体されていき、最後には断末魔のような響きを残しながら地面に墜落して瓦解した。

夜空に白刃を携えた死神は遥か上空から、その崩れ行くチューリップをまるで断罪者のように見下ろしていた。

「ですが民間に居る以上、軍の面子を考えると世間にネルガルや彼の功績を公開出来ませんぞ?
 本人はその事を承知しておりましたか?」

「ああ、十分に承知していたよ・・・
 むしろ、名前が売れない方が気楽で良い、とまで言っていた。
 ネルガル会長は少し違う意見を持っていたみたいだが、最終的に本人の意思に任せると頷いていたな」

「何とも欲の無い」

個人的には好感が持てますな、と言いながら笑うムネタケ提督とは違い、コウイチロウはある確信を持っていた。
アキトが自分に語った理想を実現する為には、何時か本人が表舞台に立たざるを得ないという事を。

そして、英雄足る力を持つ彼が表に現れた時、大きく時代が動き始めるだろう。

「何時までも逃げ切れるものじゃないぞ、テンカワ君・・・」

小さくそう呟きながら、コウイチロウはその時に自分がどう動くべきか、思考を開始した。






「ミキの爺さんの容態は?」

「現在意識不明の重態との事です。
 幸いなんとか一命は取りとめていますが・・・」

病院に駆け込んだ後、アカツキは集中治療室に待機していたキリュウから報告を受け取っていた。

「それでサヤカ姉さんは何処に?」

「現場に残された証拠からは、何処に連れ去れたのか不明です。
 周囲を警備していたメンバーも、皆殺しですからね」

「くそっ、ここまでするのかアイツ等は!!
 自分達にとっても、ミキの爺さんは苦楽を共にした仕事仲間だろうに!!」

アカツキは怒りを顕にしながら、病院の壁を殴りつけた。
明後日に開かれる役員会議にて、決定打となる株の保有率についてはミキの判断で決着が付く状態だった。
特に大きな功績を残せなかった社長派と違い、新兵器の数々と明日香・インダストリーとの技術提携、それにミスマル提督による大口発注の確約という成果がアカツキには有った。
その事実を述べ、さらにナデシコが無事に現れる事をアキトの口から宣言すれば、間違いなく勝てる筈だったのだ。

しかし、その全ての段取りを社長派は最低最悪の手段で引っ繰り返しに出た。

先程、アカツキ達がキリュウから受けた報告は、ミキ家に強盗が侵入してカズユキに重症を負わせ、サヤカが連れ去られたというものだった。
その報告を聞いたアカツキ達は、急いでカズユキが運び込まれた病院へと駆け付けた。
ミキ家の住宅周辺を警護していた歴戦の傭兵達が皆殺しにされた時点で、相手がその道のプロである事は間違いなかった。

株式の譲渡及び委任状を作成するためには、持ち主かその家族の直筆のサインと指紋が必要なのだ。

「それ以外にも報告が有ります。
 レイナさんの所在も、現在の所確認出来てません」

「何ですって!!」

予想外の名前を聞いて、エリナが思わず驚きの声を上げる。
まさかレイナがこのタイミングで、社長派のターゲットにされるとは思ってもいなかったのだ。

「こちらがミキ親子の件で手薄になった瞬間を狙われました。
 カズユキさんを病院に運んだ後、要警護対象者の安否を確認した所で、レイナさんが拉致された事が判明しました。
 レイナさんと同じ部屋に居た例のチーフについては、床に気絶していましたので一応の関係を考えて別室に監禁しています」

ミキの件でキリュウの手が塞がった、僅か数分という空白の時間を突いてその行動は起こされていた。
その鮮やかな手際に、相手のトップが替わったのだろうかと、流石のキリュウでも判断を悩ませていた。

だが初動で出遅れた以上、こちら側としては犯人からの連絡を待つしか無かった。

悄然とした雰囲気の中、対策本部を設置するべく関係者はネルガル本部へと移動する事になった。

「アカツキ君、言うまでも無いと思っていますが、君が取られれば本当にエンドです。
 くれぐれも軽挙妄動はしないで下さいよ」

「ああ、分かってますよ・・・」

青い顔をしたアカツキからの気の無い返事に、誰か見張りを付ける必要を感じたキリュウだが、生憎と手持ちの札が足りなかった。
ミキ家に残された痕跡から、相手の情報を割り出すためにローダーは現場で検証をしており。
マウロとリサは警察関係からの質問に対応する為、警察署に足を運ばせていた。

そして、陸戦最強のカードは現在アカツキに並ぶほどに青い顔をしたエリナを、アカツキによる依頼によって何とか落ち着かせようと奮闘をしている。
もしアカツキの機転がなければ、この男は全員をこの場に残して真っ先に外に飛び出していただろう。

しかし、このタイミングでレイナを狙ってくるという事は、レイナ自身の持つ新兵器の知識に、姉のエリナへの影響が大きい事も相手は計算をしているのだろう。

「嫌になるくらいに隙の無い仕掛けですね」

舌打ちしたい気持ちを押し殺しながら、キリュウは他のメンバーにアカツキの護衛を命じた。





そして一時間後、会長室からアカツキが抜け出して居る事を、キリュウは護衛を依頼した傭兵達から緊急報告として受け取った。





「会長室からの緊急脱出通路ですか、ネルガル会長しか知らない情報ではどうしようも無いですね」

現場に駆けつけたアキト達は、壁に穿たれている人が一人位入る程度の穴を発見した。
その穴を見て、キリュウが疲れたように呟く。
自分達の動きが、後手後手になっている事は分かっているのだが、相手の動きが早すぎた。

「アカツキ君が自分で抜け出した以上、何らかの情報が残っている思うのですが・・・」

一番考えられるのはメール等の連絡手段だが、流石にネルガル会長のメールを勝手に覗き見るような手段はそうそう無い。
例えあったとしても、その手段を講じるまでにかなりの時間が掛かってしまうだろう。
次善の策を考えるキリュウの耳に、エリナの弱々しい声が聞こえた。

「私がしっかりしてなかったから・・・テンカワ君が会長に付き添っていれば、こんな事にならなかったのに」

「いや、まだ逆転の目は有るさ」

会長の机の上にあるパネルを操作して、メーラーをアキトが立ち上げる。
その場に居たキリュウとエリナは、アキトがアカツキからメーラーのパスワードを聞いているのかと予想した。

しかし、その予想を思いついた後、エリナは力なく首を振りながらアキトに話しかける。

「駄目よテンカワ君、ネルガル会長のメーラーには厳重なロックが掛かっているのよ。
 パスワードだけじゃなくて、指紋認証から網膜パターンの認証まで・・・」

エリナが最後まで言い切る前に、アキトが何事かを呟くと呆気なくメーラーが起動を開始した。

「え?」

呆然とするエリナを残して、勝手にメーラーの内容が検索されて一つのメールをアキトの目の前に表示する。
そこにはネルガル本社ビルの近くの公園名と時間、そしてお決まりの脅し文句、最後に一つの添付画像だけが有った。

「・・・よし場所が分かったな、その場所を拡大してくれ。
 その周辺をアカツキをターゲットにして捜査を頼む」

アキトがこの場に居ない誰かに向かってそう頼んだ瞬間、会長室に備え付けられた巨大モニターにまずは公園が表示される。
その後、公園を中心に周辺の監視カメラの情報が検索され、アカツキが用意されていたネルガルの社用車に目隠しをして連れ込まれる姿が映っていた。
そして問題の社用車の移動先が順次検索されていき、複数の到着予想地点が表示されるなか、突然鄙びた工場跡が大きく映し出された。
一気に拡大されたその景色の中では、忙しそうに動き回る人影と、今まさに建物に連れ込まれようとしている半裸のサヤカの姿があった。

エリナには見せなかったが、アカツキ宛のメールには半裸で縛られた姿のサヤカの姿が、画像として添付されていたのだ。

「アカツキが飛び出して行く訳だ、外道め・・・」

次に拡大された映像には、気絶しているレイナを運ぶ姿も映し出されていた。
そして映像の右上には現在の時刻が刻まれていた。

「レイナ!!」

「これは・・・リアルタイムの映像という事ですか?
 公共システムの監視カメラの映像から、到着予想地点の算出までを行ったというのか?
 そしてこれがライブ映像だとすると、まさか軌道衛星をハッキングしてこの映像を!!」

今起こっている現象について原因を思いついたキリュウは、珍しい事に大きな声を上げた。
この短時間にネルガル会長のメーラーをハッキングした事も驚きだが、軌道衛星のような機密の塊をハッキングして自由に動かしている事は最早脅威だった。

一体この青年の隠し球は、どれほどのモノをまだ秘めているのだろうか?

アキトの背中を見詰めるキリュウの視線には、以前よりも強い熱が篭っていた。

「二人の無事は一応確認できた、後はアカツキに追い付いて取り返す」






「サヤカ姉さんは何処だ!!」

車から降ろされて目隠しを取られた後、アカツキは廃工場の入り口に立っている事を確認した。
後ろを振り返ると、数人の男性がネルガルのロゴが入った社用車で走り去る姿が見えた。

周囲に人の姿は見えないが、何処かで監視はしているだろうと判断をする。

先の自分の発言に何のリアクションも無い事を訝しく思いながらも、アカツキは足を廃工場内へと進める。

アキトには到底及ばないが、簡単な人の気配が読める程度にはアカツキも鍛えられていた。
その感覚を信じる限りでは、目の前の錆付いた扉の向うに人の気配を感じる。

「・・・どう考えても、罠だよねぇ」

自分の命が危機に晒されている事は十分に分かっている。
あの傭兵達の事を考えると、何て罰当たりな事をしているのかと自分の冷静な部分が責め立ててくる。
だが、そんな意見を圧殺するほどに、大切な姉への仕打ち対する怒りは強かった。

「こりゃあテンカワ君の事を責められないな」

言い出せない秘密を抱え込み、自分の親友として影に日向に活躍をしてくれた。
彼には気軽に何でも話しをしたし、彼からも色んな相談を聞いてきたつもりだった。
そんな彼の不義理を詰ったのは5時間ほど前の事であり、その舌の根も乾かないうちに今度は自分が彼の信頼を裏切った。

ある意味、似た者同士かもしれないな、と内心でアカツキは苦笑をした。

「行くか」

大切なモノを棄ててこの場に来たのだ、今更引き返すつもりは無い。

錆付いた扉を抜けると、ボロボロの天井から漏れてくる月明かりに照らされた部屋の中央に、メールにあった画像の通り半裸で縛られているサヤカが倒れていた。

「サヤカ姉さん!!」

罠の可能性など忘れて、形振り構わずアカツキは走り出した。
幸い銃弾が跳んで来る事も無く、アカツキは無事にサヤカの元に辿り着いた。

「姉さん!!姉さん!!」

自分のスーツの上着を脱いでサヤカに掛けながら、アカツキは手足を縛るロープを何とか解こうと奮戦する。
出る前に身に付けていた護身用の武器を始め、時計やコミュニケに至る通信装置は全て取り上げれていた。
その事に文句を溢しながらも、アカツキは何とかサヤカを縛るロープを解く事に成功した。

『おっと、それ以上お嬢さんを動かすと、足元の爆弾を爆破させるぞ』

「・・・随分と手の込んだ歓迎だね」

工場内に声が反響する為、マイクの位置が分からないが、アカツキは勘に従って天井に向けて返事をする。

『まあこちらとしては、あんたを殺してスッキリと終りたいんだがな。
 ちょっと殺す前に聞きたい事があるから、態々お前に時間をやったんだよ』

「素直に喋ると思ってるのかい?」

『いやいやいや、勘違いするなよ?
 お前に拒否権は無いんだよ。
 まあ、聞き出した情報の価値によっては、お前と彼女の寿命が少しは延びるかもな』

「ふ〜ん、取り合えず質問を言ってみれば?」

未だ意識の戻らないサヤカの身体を胸元に抱きかかえながら、アカツキは嘲るように話しかける。
その態度が気に入らないのか、マイクの向うの相手は少々苛立った声で話を続けてきた。

『会長派がDFSと呼んでいる兵器を開発した人物は・・・何処の誰だ?』

「コレくらいで怒るなよ、器の小さな奴だなぁ・・・
 ちなみにDFSについては心優しい小さな妖精が、苛められっ子の僕にプレゼントしてくれたのさ」

僕って人徳有るからねぇ、と嘯くアカツキの耳に歯軋りをする音が聞こえた。

内心では冷や汗モノの発言をしているアカツキだが、時間稼ぎを止めるつもりは無かった。
自分が会長専用の緊急脱出通路を使えば、自動的に警備部に通報は入ってるはず。
目隠しをされた後、車で此処に来るまでにそこそこの時間は掛かっていた、後はどれだけ引き伸ばされるかが勝負だった。

辣腕として信頼をしているキリュウ隊長や、アキトと関係が深いと思われる謎の協力者の実力にアカツキは自分の命を賭けていた。

『大事な姉を無事に家に帰したいなら、素直に話したほうが身のためだぞ』

「心配しなくても直ぐに迎えが来るさ。
 それにしても、僕は家に帰れないんだ、それは残念。
 でも君も僕の友人にちょっかいを掛けて、散々な目にあったらしいじゃないか。
 僕に何かあったら、君も無事にお家に帰れなくなるかもよ?」

うちのシークレット・サービスと親友は優秀だからねぇ、とアカツキが続けると息を呑む気配が相手から伝わる。
どうやらしっかりとアキトによって恐怖を刻み込まれていたらしい。

『随分余裕を持ってるみたいだが、何時までその余裕が保つかな?
 確かにあの男は訳の分からん強さを持っているが、陸戦の強さだけで全てが覆る訳じゃ無い。
 まあ、この映像を見て同じ事を言えるかな?』

「・・・本当、良い趣味してるよ」

目の前に表示されたウィンドウには、複数の暴漢に押さえつけられ、泣きながら許しを請うレイナの姿が映っていた。
駆け出しそうな我が身を押さえ込む為、アカツキはキツク奥歯を噛み締めた。






レイナが気が付いた時、目の前には下品な笑みを浮かべる複数の男性に囲まれていた。
改めて我が身を見てみると、下着以外に身を包むものは無く、白い肌を外気に晒している状態だった。

「ひっ!!」

逃げ出そうと立ち上がるレイナだが、自分の足首が地面に打ち付けられた杭に鎖により繋がれて居る事を知り、絶望に顔を歪めた。

「へへへ、誘ってるのか姉ちゃん?
 まあどんな趣味があるのか知らないが、俺達の相手をしてくれるなら大歓迎だぜ」

「結構良い身体をしてんじゃねぇか、こりゃあ抱き心地が良さそうだ」

「おい、最初は誰がやるんだ。
 俺は譲る気はねぇぞ!!」

じりじりと近づいてくる五人の汚い身形の男達から、少しでも距離を取ろうとレイナは身を捩る。
形振り構わないその行動は、逆に扇情的な姿を男達に晒す事になる。

「良い尻してやがるぜ。
 お嬢さんも我慢できないみたいだぜ、早く楽しませてやろうぜ」

「そうだな同時にっていうのも、たまには良いもんだろ?」

「賛成賛成」

「いやぁぁぁぁぁ!!」

泣きながら抵抗するレイナを男達は無理矢理抑え込む。
ブラジャーを強引に剥ぎ取られ綺麗な乳房が外気に晒され、両足を抱えられて動きを止められた時。

「おい、両手も押さえてろがっ!!」



――――――疾風が得物に群がる五匹の狼の内の一匹を天高く打ち上げた。



「覚悟は良いか、この下種共!!」



男の一人を遥か彼方に峰打ちで吹き飛ばした、憤怒の気を纏ったアキトが、硬直する四人の前に立ち塞がった。






「居ました、レイナちゃんです!!」

「待てアキト!!」

キリュウが止める間もなく、刀を携えたアキトが走行中のトラックから飛び降り、疾風の勢いで駆け出す。
瞬く間に廃工場手前で襲われているレイナの元に辿り着くアキトの後姿を見ながら、キリュウは歯噛みをした。
急いでいる気持ちは分かるが、どんな仕掛けが施されているのか分からない場所に、単独で乗り込むなどキチガイ沙汰としか思えない。
だが、普通の人間はそう感じても、アキトのような突出した存在はその事を考慮しない場合が多々ある。

確かにどんな罠でも食い破る自信が有るのだろうが、今はその足元に保護すべき存在・・・つまり弱点が作られているのだ。

次の瞬間、キリュウの目の前で浮浪者の身形をした男達が、全てアキトにより叩き伏せられた。
だが、キリュウは自分自身で作戦を組み立てた場合、このチャンスを見逃す筈がないと確信していた。

「マウロ、周辺にスナイパーが居るはずだ片っ端から黙らせろ!!」

「イエッサー!!」

マウロが愛用のライフルを手にトラックから飛び降り、狙撃しやすいポイントに移動する。

そして予想通り、レイナを縛る鎖を断とうとしたアキトに、四方八方から銃弾が襲い掛かってきた。
通常ならレイナと一緒に蜂の巣になるところを、アキトはその非常識な業を持ってギリギリの所で致命傷となる銃弾を斬り飛ばしていた。

だが、そんな超人的な動きが長時間続く筈は無い。

「ローダーはアキトが敵を引き付けてる間に、裏からアカツキとサヤカ嬢を救出しろ」

「・・・」

こちらは音も立てずトラックから飛び降り、そのまま闇に姿を同化した。

「リサは・・・」

リサへの指示を出そうとした瞬間、キリュウの脳裏に数年前の記憶が蘇る。
全てに事象が『あの時』と同じ状況を象ろうとしている事に、今更ながら気が付いたのだ。

嫌な予感がキリュウの背筋を走る。

「降りろ!!」

「え・・・」

無理矢理トラックから愛娘を突き飛ばしたキリュウは、そのまま運転席に飛び込みトラックを急発進させる。
アキトの元に向かうトラックにも銃弾が集中し、防弾ガラスを貫いた銃弾が運転席に襲い掛かるが、そんな事を気にしている暇は無かった。
今は身体に喰い込む銃弾の熱さすら、キリュウには些細な事だった。

「こんな所で、同じ手で夢を潰されて溜まるかぁ!!」

マウロにより敵の狙撃は徐々に数を減らしている。
当然だ、あのエステル自らが鍛えた自慢の弟子なのだから。

そして、アキトがレイナの戒めを壊し自由を手に入れる前に、廃工場からは3発のミサイルが発射された事をキリュウは目視した。

それからの光景は、キリュウにとって正に過去の焼き直しだった。
ミサイルによる攻撃を防げないと判断したアキトは、リュウジと同じ様にレイナを庇う為に、その身を投げ出した
レイナは泣きじゃくりながら、エステルと同じ様にアキトを突き飛ばそうと必死に足掻いていた。



ただ、以前と違う所は、過去では二人を消し飛ばしたミサイルが、今回は自分の運転したトラックによって受け止められたという事だ。



特注として頑丈に作られたトラックが破壊され、運転席から外に吹き飛ばされながら、キリュウの顔には満足気な笑みが刻まれていた。






『いやいや、意外な結末だな』

楽しそうに笑っている相手に唾を吐き掛けたい気持ちを抑えて、アカツキは拳を握り締めながら映像を凝視していた。
こちらからは見えないが、ミサイルによって吹き飛ばされたトラックが転がった先には、アキトとレイナの二人が居たはずだった。

「親友をあんな目に遭わされた僕が、君達に対して更に態度を硬化すると思わなかったのかい?」

『お前に質問した内容は、こっちは特に拘ってないんだよ。
 元々の目的は、あの非常識な男を呼び出して始末する事だったんだ。
 もっとも、予想以上に早い到着のせいで、こっちの準備が全て整わなかったが、あの様子なら問題無いだろう。
 それにDFSと呼ばれる兵器を始め、そちらの情報はお前が抱きしめている女から既にリーク済みだからな』

「・・・何だと」

突然、降って湧いた情報に思わずアカツキは思わずサヤカの顔を覗き込む。

『そろそろ薬が切れるだろう、叩き起こして話を聞いてみろよ』

その後で、絶望に染まったお前を殺してやるよ。

最後に楽しそうに告げた後、天井からの声は止まった。
アカツキは相手の言葉を必死に否定しながら、腕の中で眠るサヤカに必死に呼びかけた。

「サヤカ姉さん、大丈夫かい?」

「う、ううん・・・此処は・・・」

アカツキの呼びかけを受けて暫くすると、サヤカは朦朧とした目を開いて周囲を確認した。
そして、自分の状態とアカツキの顔を見付けて、泣きそうな表情になる。

「大丈夫だよ、絶対にサヤカ姉さんを助けてみせるから」

元気付けるようにアカツキが呼びかけると、サヤカは瞳に涙を溜めながら首を左右に振った。
そして自分の身体を動かそうとして、薬のせいで思うように動かない事を知り、諦めたようにアカツキに語りかけた。

「駄目よ私を置いて逃げなさい」

「嫌だよ、一緒に逃げよう!!
 きっと皆が助けに来てくれるさ!!」

そのアカツキの態度から、サヤカは真実が告げられている事を知った。

「もう知ってるでしょ、私がスパイだったって事」

「・・・嘘だ」

「ううん、本当なのよ」

サヤカがそう告げた瞬間、薄暗い廃工場内に突然強烈な光が満ちた。

『っ!!』

監視者の声にならない悲鳴を感じ取り、反射的にアカツキはサヤカを抱えたまま走り出した。
背後で着弾の音が聞こえる中、アカツキは視界の効かない中で一心不乱に出口を目指す。

「こっちだ!!」

聞きなれない声が自分を呼んだ時、アカツキは己の直感に従いそちらに向けて方向転換を行った。
多分、この閃光弾を使った人物が自分を呼んでいるのだと、予想をしたのだ。

そして事実、アカツキが辿り着いた先には、大きく口を開けているドアがあった。
アカツキがドアを潜った瞬間、ドアの傍に控えていた人物が直ぐにドアを閉めてロックをする。

「早く裏に回って表に向かえ!!
 直ぐに追っ手が来るぞ!!」

「・・・君は?」

見覚えの無い黒服を着た肥満体の青年に、思わずアカツキが警戒をする。
恩人かもしれないが、まだ完全に助け出された訳ではないのだ。

「アキトの奴に色々と借りがあるんだよ」

「了解、伝えとくよ」

それだけでアカツキは青年を疑う事を止めた。
あの変わったアキトの事だから、敵側に変な知り合いが居てもかしくないと判断をしたのだ。
それに時間が無い事は確かだった。

これだけ特徴的な青年だ、きっとアキトに伝えれば分かるだろうとアカツキは納得した。

「これで貸し借り無しだ、って伝言頼むぜ!!」

格好をつけながらそう言う青年に、苦笑をしながらアカツキが頷く。
しかし、走り出そうとするアカツキの背を、怒り狂った男の声が叩く。

『そう簡単に逃がすと思ってるのか!!』

その声と同時にドアが爆砕され、アカツキとサヤカと肥満体の青年が同時に衝撃波により吹き飛ばされた。






「くそ、梃子摺らせやがって」

重症に呻き声を上げる肥満体の青年に蹴りを入れてから、黒尽くめにサングラスを付けた男がブラスターをアカツキに向けた。
その外に3名の黒尽くめが、周囲を警戒しながらアカツキとサヤカに向けて歩いている。

「おいデブ、殺す前に聞いといてやる。
 どんな賄賂を受け取って、俺達を裏切ったんだ?」

「別に、しゅ、主義の違いだよ・・・
 お前達のや、やり方が、気に喰わないだけだ。
 それに、アキトの奴には、色々と、借りが、あるからな」

息も絶え絶えに反論する青年に、黒尽くめはつまらないという顔をした後で、青年に唾を吐いた。

「馬鹿か、お前?
 死んだ相手に恩を感じて裏切ったのか?
 此処で殺されて正解だな、お前みたいな奴は、この先絶対生き残れねぇよ」

「・・・へっ」

侮蔑の視線を向ける黒尽くめを、逆に鼻で笑う青年。
それを見て逆上をした黒尽くめは、アカツキに向けていたブラスターを足元の青年に向けた。




――――――次の瞬間、その場に居た全員の魂を縛り付けるような絶叫が、背後から襲い掛かってきた。




「オ、オオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」




ビリビリと物理的に震えるような声で叫びつつ、血に塗れた顔のアキトが疾走する。

「ひっ、何でアイツが!!
 死んだんじゃ無かったのかよ!!」

その憎悪を一身に受けた黒尽くめが、ブラスターを連射するが悉くその弾丸はアキトによって切り伏せられた。
アカツキの元に向かっていた黒尽くめ達も、同じ様にブラスターを連射しているが、一つとしてアキトの身に届くモノは無かった。

修羅の如きアキトの疾走を止める事は誰にも出来ない。

「この、化け物がぁぁぁぁぁl!!!!!」

せめて一矢報いるとばかりに、アカツキにブラスターを向けた瞬間、その腕が肘から斬り飛ばされ。
呆然とした表情の黒尽くめはそのままの表情で、アキトの振り切った峰打ちによりその身体を廃工場の壁に叩きつけられた。

そして、残りの黒尽くめ達も数秒後には、その身をもって廃工場の壁を突き破り気絶をした。







「最初はね、ナガレ君が会長を降ろされた後に、命を狙われないようする為だったのよ。
 社長派がナガレ君の命を狙う事は、私にもお父様にも分かってたから。
 でも、マモルさんを亡くした時、私だけはナガレ君を最後まで守ろうって・・・そう決めた」

冷たくなる姉の手を必死に握ったまま、アカツキは無言でその話を聞いていた。

「社長派に渡りをつけて、情報提供をして安全を買おうとしたわ。
 最初は上手くいってたけど、それもテンカワ君が現れるまでね。
 それからナガレ君はどんどん変わっていった。
 きっと、ナガレ君の成長を止めていたのは私、最後まで独り立ちを認めなかったのも私だった」

面倒を見てるつもりだったのに、何時の間にか追い抜かれちゃってたわね。

そう言って苦笑をしながら、サヤカは涙を流すアカツキの頬を撫でる。

「何とか情報を小出しにして社長派を誤魔化してきたけど、向うも次々に強引な手で責めてきたわ。
 身体を使って社長派の役員を取り込んだりもしたけど、結局駄目だった。
 手元にナガレ君を置こうと無理をすればするほど、事態は悪くなっていった。
 もっと早くにナガレ君を認めていれば、こんな酷い目に遭わせなくてすんだのに・・・ごめんね」

遂に我慢を堪えきれなくなったアカツキが泣き叫ぶ。

「何で謝るんだよ!!
 サヤカ姉さんが居たから、守ってくれたから、僕は此処まで来れた!!
 強くなれたんだ!!」

地面に寝かされたサヤカの胸部からは、鋭い金属の破片が生えていた。
誰に聴くまでも無く致命傷であり、死相すら浮かんでいる。

それが廃工場のドアが爆破された時、咄嗟にアカツキを庇った代償だったのだ。

「もう足枷は無いから・・・自由に飛び立っていいから。
 思う通りに・・・生きて・・・」

「姉さん?
 嘘だろ、サヤカ姉さん!?
 こんな・・・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

サヤカの血と己の血で染まった拳を地面に叩きつけながら、アカツキは月に向かって吼え続けた。






「マウロ、酒は・・・無いな。
 隠し持っているタバコを寄越せ」

その命令を受けてマウロは、苦笑をしながら隠し持っていた取って置きをキリュウに渡した。
ローダーが身を乗り出して、キリュウが咥えたタバコに火を付ける。

「5年ぶりか、案外吸えるもんだなぁ」

ズタボロの身体をリサに支えて貰いながら、キリュウは美味そうに煙を吐く。
既に痛みを感じる状態を過ぎており、キリュウは段々と血と共に力が抜けていく感触を味わっていた。

一同が無言のまま待っていると、アキトが凄い勢いで走り寄ってくる。

「相変わらず健脚だな。
 でも、少しは立ち止まる事を覚えろよ?」

「・・・」

息切れもしていないアキトだが、唇を噛み締めたまま俯いてキリュウの言葉を聞いていた。
そんな一同の傍らには、何時も移動時に使用していた愛用のトラックが、真っ二つになって転がっていた。
ミサイル攻撃を受けた後、倒れこむトラックをアキトは両断し、レイナと二人して押しつぶされる事を何とか回避したのだった。

しかし、トラックを運転していたキリュウ自身は、タダでは済まなかった。

血だらけのキリュウとレイナを抱き上げ、退避しようとするアキトをキリュウは一喝した。
己の目的を忘れるな、と。
その一喝を受け、アキトはマウロとリサに助け出したレイナと傷だらけのキリュウを託し、不甲斐無い己に怒りを感じながらアカツキの救助に向かったのだ。

「アカツキとサヤカ嬢は保護出来たのか?」

「アカツキの保護に成功、サヤカさんは・・・致命傷を受けています」

「・・・そうか」

全員がアカツキとサヤカの別れを思い、それ以上の口を出す事は無かった。

「正直言えば、満足している。
 5年前と同じ後悔をしなくて済んだからな。
 それとコレは最後のお節介だ、受け取るかどうかは自分で決めろ」

胸ポケットから取り出した、血の滲むメモをアキトに手渡しキリュウは大きく息を吐いた。

「悪いなリサ、約束していた花嫁の父親役は、出来そうにない」

「お父さんの嘘つき、でも大好きだよ」

「マウロ、リサを泣かせたら・・・分かってるな?」

「あの世に行ってまで後悔をしたくないので、任せて下さい」

「ローダー、彼女と幸せにな」

「・・・お世話になりました」

「アキト、悪かったなお前に親友を重ねて見てた。
 お前が居たお陰で、あの楽しかった頃をまた思い出せた。
 あの世でアイツ等に自慢してくるぜ」

「キリュウさん・・・」

「馬鹿野郎、白兵戦無敵の男がこんな事で泣くな。
 こういう場合には皆と一緒に笑顔で見送ればいいんだよ、好き勝手に生きた男の最後なんだからな」

血だらけの笑顔をアキトに向けた後、キリュウは静かに瞳を閉じた。

「・・・へっ、本当に手招きして・・・やがる」





お互いに無言のまま、並べられた二つの遺体が丁重に布に包まれる姿を見守っていた。

「結局、最初から最後まで・・・僕はサヤカ姉さんに守れていた」

お礼さえも、一言も言えなかった。

「俺もキリュウさんの教えを、大事な所で何も分かっていなかった。
 自惚れていたんだな、自分の強さに」

その代償まで、キリュウさんに払ってもらった。

朝焼けに照らされながら、胸に空いた大きな穴を埋められず、二人は悄然として立ち尽くしていた。






抜け殻のような二人に活を入れたのは、泣き腫らした顔をしたエリナだった。
会長室に入ってきた二人の頬を、続けざまに張り飛ばし、さっさと顔を洗ってこいと命令した。
最初は呆然とした表情をしていアキト達だが、もう一度怒鳴られると急いで洗面所に駆け込み、競い合うように顔を冷水で洗い流した。
少しは頭が冷えた二人にタオルを手渡し、エリナは会長室の備え付けのキャビネットからウィスキーを取り出してグラスに注いだ。

「気付に飲みなさい」

アカツキはグラスを受け取り、無言のまま一気に飲み干した。
しかし、アキトはグラスを受け取った後も、琥珀色の液体を覗き見るだけで動こうとしない。

その姿に苛立ったエリナが次に取った行動も凄かった。

アキトからグラスを奪い取り、自分の口に含んだ後、強引にアキトの唇を奪って口移しで流し込む。

「・・・随分、待遇が違うんじゃない?」

別の意味で呆然とした表情のアカツキがそう呟き、ウィスキーを無理矢理嚥下させられたアキトも同意するように頭を上下する。

「五月蝿いわね、私はいい女だと自認してるけど、まだサヤカさんに勝てる程だとは自惚れていないわよ」

流石に自分でも大胆だったと思ったのか、赤い顔をしたエリナがグラスに残ったウィスキーを照れ隠しに飲む。
そんな彼女の姿を見て、死んだような顔をしていた馬鹿な男達は仮初ながら活力を取り戻した。



「明日に役員会議が無かったら、私もこんな活の入れ方をしないわよ。
 でも泣き寝入りなんて、絶対に許さないんだから」

「いや、全くその通りだね、エリナ君が居てくれて本当に良かったよ」

今度は熱い珈琲を飲みながら、アカツキとエリナが明日の役員会議について話を進める。
アキトも同じ様に珈琲を飲みながら、二人の会話に耳を傾けていた。

悔やんだり悲しんだりする事は後になっても出来る、今は身を挺してくれた人達の期待に応える場面だった。

「実際の話として、社長派も形振り構わず攻めてきたからね。
 あちらとしても、とうとう攻め手が尽きたという事かな」

「でもミキ家の株譲渡が無いのは、正直言うと痛いわ」

このままでは、業績面から優位に立てても社長派の殆どの人間が会社に残る為、将来の禍根を残してしまう。

「無い袖は振れない、その件は忘れよう。
 まずは社長派のトップである、ムトウ社長の首を取る。
 今回の目的はそれでいくよ」

「ちょっと待てアカツキ、その件だが意外な情報を手に入れてる」

危険な光を目に浮かべるアカツキに、今まで黙っていたアキトが待ったを掛ける。
今まで大人しくしていた理由の一つに、実はラピスとリンク内で会話をしていたのだ。

「意外な情報?」

「まだ、何か隠していたのかしらぁ?」

トラブルの連続と寝不足からくるハイテンションで、少々目が血走っている二人の剣幕に圧されながらも、アキトは最新の情報を披露した。






「・・・やれやれ、やっとリサが寝たよ」

「ご苦労さん」

キリュウの死体を安置所に運んだ後、気が緩んだリサはマウロに抱きついて泣き続けた。
あの場で泣く事はキリュウが望まないし、アキトが気に病んでしまう。
姉としてその現状を察していたリサは、恋人と二人きりになるまで気丈にも耐えてみせた。

「・・・ん」

飲むか、とばかりにローダーがバーボンの入ったビンをマウロに向けて差し出す。
マウロは無言のままそのビンを受け取り、そのまま口を付けて中身を呷った。

しばしの間、お互いに無言のままビンの中身を飲み続ける。

「思ったより早かったな、隊長がくたばる日も」

「・・・そうだな」

「簡単に死なないと思ってたんだけどな、リサを嫁にやるまでは」

「・・・」

「最後の最後まで、自分の夢を選びやがったな。
 あのアキトが身を挺した相手の頼みを、断れるはず無いじゃないか。
 あっさり、自分の命まで夢に費やしやがって・・・残される方の気持ちを考えろっての」

今までの付き合いでキリュウの本性を知るマウロ達は、本当にキリュウが納得して死んだ事を知っていた。
元々、親友のリュウジとエステルの二人を見捨てる形で亡くした時から、キリュウの中での時間は止まっていた。

その時間を動かす事は、養女となったリサにも、後継者と目されていたマウロにも無理だったのだ。

それを一人の二十歳にも満たない青年が成し遂げた。
錆付かせていたキリュウの夢を、その可能性の大きさを見せ付ける事で再び動かしたのだ。

「やはり、あのメモに書かれているのか」

「ああ、どういった手段か分からないが、間違いなく『キリュウの後継者』の誕生だね。
 これで益々・・・アキトの奴は戦争に絡め取られていくよ、隊長の望み通り」






様々な人々が、様々な思惑を抱きつつ、時間は過ぎる。
そして翌日、最後の決戦がネルガル本社の一室で開催される。






「テンカワ君から連絡が入ってるかい?」

自慢の髪を櫛で整えながら、背後で資料の整理をしているエリナにアカツキが声を掛ける。

「直接彼が向かったのよ、何ら問題なくミッション・コンプリート。
 今朝方に任務完了ってメールが入ってたわ」

「後は時間との戦いかな?
 まあ、彼なら何とか間に合うでしょ」

ネクタイの歪みを直しながら、アカツキは懐かしそうに手元を見た。
わざと歪んで結んだネクタイを、苦笑をしながら直してくれた姉はもう居ない。

「浸ってないで、さっさとケリをつけに行くわよ!!」

「はいはい、そんなに急がなくても獲物はもう逃げられないよ」

最愛の姉を失ったが、まだ最高の友人と秘書は手元に残っている。
会長室を出る間際に一度だけ後ろを振り返り、もう主の居ない席を暫しの間だけ見詰める。

そして、振り切るように背中を向けると迷いの無い足取りで歩き出す。

「さあ、行くぞ」

「ええ」







時間通りに現れた年若いネルガル会長に向けて、前回と同じように無言のプレッシャーを社長派と呼ばれる役員は送り続けた。
だが、以前面白いように狼狽をしていた若造の姿はそこには無く、逆にこちらが腰を引いてしまいそうになるほどの視線が向けられてきた。

そのまま優雅に歩を進めた後、中央が抜かれた円卓に用意された会長席に腰を下ろして、アカツキは開始の合図を待った。


――――――未だ、アキトはこの場に登場していない。


「では、予定の時間となりましたので役員会議を始めたいと思います」

宜しいですか、と今回の進行役を務めるムトウ社長の秘書が、感情を窺わせない瞳で全員を見渡しながら会議の開始を宣言した。

まずは社長派の功績として2番艦「コスモス」の建造と、軍との交渉実績について必死にアピールを行う。
だが冷めた目でその報告を聞いているアカツキとエリナの様子を横目で見る姿は、第三者から見れば敗者の戯言にしか聞こえない。
実際問題として、「コスモス」の建造以外にはネルガルとして有益な行動を示すものが無いのが現状だったのだ。
アカツキという若造を組し易いと油断をして、我が世の春を謳った結果がここで公開された。

それは、今まで彼らの仕事の原動力となっていた、先々代会長と先代会長の存在の大きさを、逆に周囲に知らしめるだけの報告となった。

「もう報告は終わりかな?
 全体的な業績からして、随分と売り上げが減っているみたいだけど?」

「それはナデシコがビック・バリアを突破した時の補償額が、余りに大き過ぎたせいですな。
 お陰で軍とクリムゾンにも随分と搾り取られましたよ」

アカツキの追求を受け、青い顔の役員を下がらせたムトウ社長は、自らが矢面に立つ事にした。
今の役員共は事前にミキ親子に起こった事を聞かされ、自分達がアカツキに復讐の対象として見られていると思い萎縮していたのだ。

「ふ〜ん、そうなると決算時には大赤字が確定だね。
 どうするつもりなんだい?」

「責任を取る為に会長に辞職をして貰います」

臆面も無くそう言い切ったムトウ社長に、逆に周囲を囲む手下達の方が驚いた顔をした。
そして会議室の片隅で固まっている中立派達も、その発言を聞いて呻くような声を上げる。

面白そうにその話を聞いているのは、話の当人たるアカツキとその背後に控えるエリナだけだった。

「僕達の業績については既に知っていると思うけど、何か落ち度があったかな?
 簡単な試算をしてみても、今回の赤字を埋めるだけの売り上げは出ている筈だけどね」

「確かにDFS及び各種新兵器の開発、それに伴うミスマル提督への売り込みと、明日香・インダストリーの橋渡し。
 前会長にも勝る大御活躍ですな」

サヤカから自分達の情報は全て渡されているだろう、と揶揄したアカツキに対して、ムトウは素直に認めた。

「ネルガルにとってその業績は、正に起死回生の策に当たるでしょう。
 ですが、その業績は遊び歩いていた貴方のものではない。
 周囲を固めていたスタッフのモノです。
 ならば、そのスタッフ達の未来を明るい物とする為に、貴方にはビック・バリアの突破及びナデシコ撃沈の経営責任を取って頂く。
 こちらには40%に達する株保有率が有る、貴方の経営責任を問い、首にする事は可能だ」

アカツキを強気に攻め、挑発を繰り返すムトウは違和感を感じていた。
中立派達もミキ親子の惨劇を逆手にとって恫喝をしている為、そうそう会長派の擁護に回るはずがなかった。

だが、会長派の唯一の弱点と思われる株関連を槍玉に挙げているのに、相手からは動揺する気配すらなかったのだ。

「確かに身に覚えの無い仕事だけど、会長という立場上その経営責任は発生するだろうね。
 でも、ビック・バリアについては既に賠償金で片が付いているとして、ナデシコが姿を現した場合はどうなるかな?」

「夢は寝てから見るものだ。
 貴方が会長に就いた時から、このシナリオに変更は有り得ん」

ムトウがそう言い切った後、アカツキの背後に立っていたエリナが何事かをアカツキに呟いた。
それを聞いてアカツキは笑顔を浮かべて頷いた後、楽しそうに指を鳴らす。

「一度、こういう事をやってみたかったんだよね」

その瞬間、会議室の真中に虹色の光が弾けた。

「別にアカツキの執事という訳ではないんだがな」

虹色の光が弾けた後には、苦笑をしながら立つ黒スーツのアキトの姿があった。





社長派に所属する一部の人間には、アキトが行った事について理解をしていた。
だが、それは今迄の研究成果を遥かに超える現象であり、正直に言えば有り得ない現象であった。
当然の事ながら、ムトウもその真実を知る一人であり、今目の前に起っている現象に初めて動揺を顕にしていた。

「ムトウ社長達はご存知だと思うけど、他の人達に紹介するよ。
 彼の名前はテンカワ アキト。
 ネルガルが誇る地球最強のエステバリスライダーさ」

「そ、そんな事はどうでもいい!!
 何故だ、何故その男がボソン・ジャンプを使える!!」

身を乗り出さんばかりに問い質すムトウに、アカツキは肩を竦めながらアキトに問い掛けた。

「そう言えば発動条件については説明を受けたけど、資格については教えてくれなかったよね?」

「だからまだ秘密だって言ってるだろ。
 まあ、俺の両親が生きてたらもっと詳しく、ネルガル宛にレポートを書いてたかもしれんがな」

「テンカワ・・・まさかテンカワ博士の息子なのか!!」

悪戯っぽく答えたアキトの言葉を聞いて、ムトウは脱力をして椅子に座り込んだ。
テンカワ夫妻の殺害に一枚噛んでいた身としては、その息子によるジャンプの実演は余りに衝撃的過ぎたのだ。

ムトウの姿を興味無さそうに一瞥した後、アキトは通信ウィンドウを開きその内容を確認した後、アカツキに向けて放り投げた。

「昨日まで忘れてたけど、ネルガルの株を俺も持ってたよ。
 それが委任状だから、アカツキの好きなようにしてくれ」

「おいおい、心遣いは嬉しいけれど、個人で取得できる程度の株券で・・・」

苦笑をしながら通信ウィンドウを見たアカツキは、そこで動きを止めた。
同様に背後から内容を覗き見たエリナも動きを止めた。

「結構な数字が出てるだろ?」

「くくくく、テンカワ君がまさか株保有率でネルガルの第二位だったとはね」

「何だと!!」

アカツキの発言に驚愕の声を上げる社長派達。
自分達の唯一のアドバンテージが、アカツキの発言が本当ならばいきなり瓦解するする事になる。

「まさか、ネルガル株の保有率17%とは・・・僕に次ぐ大株主じゃないか、テンカワ君」

その場に居た全員に見えるように通信ウィンドウを向けながら、楽しそうにアカツキが話しかける。
偽造防止の電子証書が表示されるその画面には、確かにテンカワ アキトがネルガル株を17%保持する事実が記されていた。

こういう隠し球がポンポン出てくるから面白いのだ、この親友は。

「知ってるかいテンカワ君?
 世間では色男、金と力は無かりけり、って言うのが常識なんだよ?」

「心配しなくても、俺もアカツキも色男じゃないから問題無い」

「おー、何とも心に痛い発言だねぇ」

お互いに苦笑をした後、アキトは円卓を身軽に跳び越えてアカツキの後ろに立つ。

「お疲れ様、素敵なプレゼントね」

「どう致しまして」

エリナからの労いの言葉に、アキトは笑顔で返事をした。

「さて、これで僕の手元には合計で52%の株が有る訳だけど、何か言う事は有るかな?」

アカツキのその発言を聞いて、声を上げる人間はその場には居なかった。




揃って青褪めた表情を作るムトウ率いる社長派に向けて、アカツキは追い討ちのような発言を行う。
二転三転する会議内容に、中立派の役員達は目を白黒する事しか出来なかった。

「さて、先程テンカワ君の紹介についてだけど、まだ言ってない事が一つ有る。
 彼は現在行方不明となっているナデシコのクルーだ。
 そして彼が言うには、ナデシコは9月中頃に月軌道上に現れるらしい。
 ボソン・ジャンプを自在に操れる彼が保障するのだから、まず間違いは無いだろうね」

その発言を聞いて、ムトウの顔色は青色を通り越して白に近くなる。
実際、自分達の人体実験ではジャンプの取っ掛かりすら得られなかったのに、目の前の青年は既に完全に制御している事を見せ付けたのだ。
そのナデシコに乗っており、ジャンプを操ったという本人からの保障なのだ、まず間違い無くナデシコは無事に現れるのだろう。

「次に社長派が僕に黙って研究を続けていた、ある実験について問い質させてもらうかな」

極秘に行っていたジャンプ実験についても知っているのかと、思わず身構えるムトウにアカツキは更に予想外な発言を行った。

「ラピス・ラズリ、マキビ ハリ。
 この両名に対するIFS強化体質への実験について、どう釈明するのかな?」

「ぐっ!!」

予想を超えた追求の内容に、考えが追いつかずにムトウとラピス達の研究を担当していた役員が息を乱す。
ホシノ ルリの成功に気を良くした役員達が、更なる成果を求めて人体実験に手を染めた事が、何故かアカツキに漏れていた。

その事実を知り、当事者達は背中に冷たい汗を掻く。

「ちなみに、本人達がネルガル会長室に居るけどね」

そう言って、再びアカツキが楽しそうに指を鳴らすと、目の前に通信ウィンドウが2つ開き、ムトウにも見覚えの有る少年少女の姿を映し出した。

ルリと同じく金の瞳を持つラピスは、感情を窺わせない目で狼狽する役員達を見詰める。
逆にマキビ ハリは楽しそうにそんな大人達を観察していた。

「あ、ちなみに今日からこの二人は僕の保護下に入るから。
 下手に手を出すと、怖いテンカワ君が黙ってないよ?」

「そういう事だ」

獰猛な笑みを向けるアキトに、その場に居る役員達は呻き声すら出せない状態となった。

「そして次が最後かな、ムトウ社長の娘さんとお孫さんは、無事にテンカワ君がクリムゾンの施設から救出したよ。
 彼女達についても会長室で待ってもらっている」

「何だと!!」

思わずムトウが顔を上げて叫んだ瞬間、その隣に控えていた秘書が懐からブラスターを引き抜く。
だがアカツキに銃口を向ける前に、その腕はアキトによって取り押さえられていた。

「先週の日曜以来かな、鍾乳洞では取り逃がしたが・・・今回はダテも居ない、手加減無しだ」

「貴様ぁぁぁぁ!!!!」

それがクリムゾンから派遣され、ムトウを見張っていた男の最後の言葉だった。
アキトの手加減無用の拳を腹部にもらい、壁にヒビを入れながら男は悶絶して崩れ落ちる。

「キリュウさんと、サヤカさんを弄んだ罪は、絶対に償わせてやる」

壮絶なまでの鬼気を宿すアキトの背中を見て、その場に居た全員がその本質を正しく理解した瞬間だった。






「ラピス君に感謝するんだね。
 そこの偽秘書が前回の作戦で失敗した後、クリムゾンに秘匿回線で通信を行っていた事を突き止めてくれたんだ。
 その後の追跡調査でムトウ社長の家族が、クリムゾンが経営する施設に保護されている事が分かった。
 ・・・サヤカ姉さん達に仕掛けられた罠を察知するには、残念ながら間に合わなかったけどね」

「お、おおお・・・」

気絶している元秘書を運び出すと同時に、ムトウの娘と孫が会議室へと入ってきた。
その二人を抱きしめながら、ムトウはただただ言葉も無く泣き崩れている。

「一応宣言しておくけど、今回の騒動で社長派の誰かを首にしたり降格するつもりは無いよ。
 僕は所詮お飾りの会長で、本当に会社を盛り立ててきたのは誰なのか、理解はしているつもりだ。
 ここで社長派を揃って処分する事は、クリムゾンの利益にしかならないからね」

アカツキとしては内心では色々と複雑な思いはある。
だが、務めて冷静になって考えてみれば、一時の復讐心で動いたところで本当の仇に利する事にしかならないのだ。
あのまま放置されていれば、暴走する事は確実だった二人を止めたのは、唯一冷静に行動を起こせるエリナだった。

エリナの言葉を聞いてその利を認めた後、アカツキはそんな判断が出来てしまう自分に、心底驚いた。

「僕からの通達は以上だよ。
 他に連絡が無ければムトウ社長だけ残ってもらって、他の人達は退出して貰えるかな?」

ムトウが残される事に不安を覚える役員達だが、今のアカツキにはどう足掻いても勝てない事を悟り、大人しく会議室から出て行った。
残されたのは何処か釈然としない表情のアキトと、そのアキトのストッパー役を買って出たエリナ、そしてアカツキとムトウ一家となった。

「正直言うとさ・・・サヤカ姉さんは死んで、ムトウ社長の家族が助かった事に憤りを感じるよ。
 でもムトウ社長の家族が誘拐された理由が、兄さんが殺された後の混乱期を突かれたのだから、全ての責任が貴方に有るとは思ってない」

「だが、私は家族を守る為に、アカツキ家とミキ家を生贄に差し出した」

泣きじゃくる孫娘を胸に抱いたまま、ムトウは懺悔をするように告白する。

「どちらにしろ、小さな子供の前で話す内容じゃないね。
 それにムトウ社長の家族を助け出したのも、打算的な考えがあったからさ。
 何とか力尽くでこの役員会議を乗り切れても、今後も社長派の恨みは必ず残る。
 実際会社を守りここまで育ててきたのは、社長派を含む古参の役員達なんだしね。
 僕はその社長派を取り込む為に、ムトウ社長の家族を助けた・・・それだけの事さ」

姉を殺したと子供のように当り散らせたら、よっぽど楽だったのにね。

ムトウにだけ聞こえるような小声でそう呟き、内心の葛藤を現すかのようにアカツキの強く握り締めた拳は震えていた。
己の所業を知るムトウはそのアカツキの判断を聞いて、改めて自分が目の前の青年の器を見誤っていた事を痛感した。

「テンカワ君は、そろそろラピス君が待っている会長室に戻ってくれていいよ。
 一応クリムゾンの巻いた種は全て刈り取った訳だし」

「・・・それで良いのか?」

さすがにネルガル本社で刺客に襲われる事はそうそう無いと思うが、万が一を考えてこの場に残ろうとするアキト。
だが、アカツキとしてはこの先の話をアキトに聞かせるつもりは無かった。

「エリナ君が残ってくれれば、後の話を纏めるのは簡単さ。
 それとも株主権限で、今から詳細を詰める人事その他に口を出してみるかい?」

「優しく教えてあげるわよ?」

笑顔で優しく手招きをするエリナに綺麗な一礼をして、アキトは素早く会議室を出て行った。

「絶対トラウマになってるね、アレは」

「ふふ〜ん、今度個人レッスンでもしてあげようかな♪」

最近、アキトで遊ぶ事が趣味と化している二人は、そのお陰で陰気に捕らわれていた気分を振り払う事に成功する。
多少なりとも笑顔を浮かべる事に成功したアカツキは、ムトウに家族を別室で休ませる事を提案した。

会議室の隣にある、休憩用の部屋に娘達を案内した後、ムトウは神妙な表情でアカツキの元に戻ってきた。

「今更私が残っていても害悪にしかならんでしょう、クリムゾンへの情報漏洩なり背任罪でも適用して首にする事を提案する」

「だからぁ、それだと社長派が黙ってないって。
 ムトウ社長だけに罪を着せて晒し者にしても、誰も納得をしてくれないよ。
 大体、世間にそんな事を公表したら、娘さんとお孫さんまでマスコミの餌食だよ?」

「・・・それだけの事に手を染めたんだ、覚悟は出来ている。
 それに命が取られるよりは余程マシだ」

アキトから聞いた話では、ムトウの目の前で入り婿は見せしめの為に殺されたらしい。

悟りきった顔でそう言い切るムトウに、アカツキは処置無しとばかりに両手を挙げる。
そして、その両手をそのままムトウの肩に置き、真剣な顔で自分の願いを伝えた。

「正直言えば、僕はもうネルガル会長職に未練は無いんだ。
 でも、親友の今後を助ける為に、このポストが必要だと思ってる。
 何より家族の仇となるクリムゾンと闘う為には、ネルガルの力が必要になるからね。
 だから、ムトウ社長には今のポストのまま、ミキの爺さんと一緒にネルガルを盛り立てて欲しい」

「私が居なくても、今の会長なら十分にその役をこなせる。
 つくづく自分の眼が曇っていたのだと、最近になって思い知ったよ。
 こんな使えないロートルは、さっさと引退するに限る」

今迄の疲れが一気に出たのか、ムトウの顔には深い疲労が出ていた。
常に人質となった家族を心配しつつ、監視の目に怯えながら社長業という激務をこなす日々。

家族が手元に戻りその疲れを自覚した時、ムトウの心には泥の様に積もった疲労が一気に襲い掛かってきた。

しかし、アカツキがムトウ社長を許した真の狙いの為には、ムトウの途中リタイヤを絶対に許す事は出来なかったのだ。

「悪いけれど罪滅ぼしを兼ねて、ムトウ社長にはまだまだ現役で頑張ってもらうよ。
 僕の我侭な要求を適えて貰うためにね」

「・・・どんな要求かね?」

「結構無責任なお願いさ。
 一年ほど相棒と一緒に戦争をしてくる間、留守番を頼む」

「な、戦争に参加するつもりなのか!!」

ネルガル会長という何処よりも安全な立場を放棄し、ただの一兵卒として戦争に参加するとアカツキは宣言する。




「そうさ、やられっ放しは・・・趣味じゃない」

確かそう言ったよね、サヤカ姉さん。

亡き姉に向かって強がって放った言葉を、今度は自分自身に向かってアカツキは呟いた。








――――――9月、遂にナデシコが姿を現す。


 

 

 

 

外伝エピローグに続く

 

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