＜ 時の流れに ＞
「アキト・・・ちょっといいかな？」
私は近頃の悩みを聞いて欲しくて、アキトに声を掛けた。
最近は皆に艦長としての自覚を問われる。
・・・今の情勢がどうなっているのか。
それは艦長として、ちゃんと報告書に目は通している。
けど・・・
肝心の私が・・・ナデシコが何をするべきなのか？
それは全然見えてこなかった。
そして、今日の事件。
木星蜥蜴との初めての邂逅。
謎の襲撃者。
私の頭は完全に混乱してしまった。
だから・・・今はアキトに話を聞いて欲しい。
そうすれば、少しは落ち着くと思うから。
いまやアキトは、私の目標にもなっていたから・・・
しかし、アキトは私の姿を見て動きを止めた。
不思議に思った私が声をかける。
「アキト？ どうした・・・！！」
ガバッ！！
・・・いきなり、アキトに抱き付かれた！！
始めは抱き付かれて驚いた。
そして、現状を理解すると嬉しさが込み上げてきた。
次に、私を抱き締めているアキトを感じて・・・
私は自分の浅はかさを呪った。
震えていた・・・あのアキトが。
一騎当千なんて言葉では、全然言い足りない実力を持つ人が。
専用のエステバリスに乗れば、確実にナデシコを凌駕し。
生身の格闘戦でも達人の域を超えている、この人が・・・
私を抱き締めるその両腕には、震えが走っていた。
顔は・・・私の肩にある為に見えない。
けど、見ない方がいいと思う。
・・・この身体の震えが、アキトの心情を現していると思うから。
私はアキトを落ち着かせる様に・・・優しくその身体を抱き締めた。
それ位しか、今の私には出来ないから。
アキトとは・・・ナデシコが初めて木星蜥蜴と戦った時から、ずっと一緒だったよね。
地球を脱出する時も。
火星に行った時も。
地球に帰ってきてから、少しの間だけ違う部隊に行ってたけどね。
ずっと、私はアキトを見てきた。
アキトは何でも出来たし、何でもしてくれた。
ナデシコの危機を一人で何度も救ってくれたね。
もしかしたら、私達はアキトにとってただのお荷物なのかもしれない？
・・・そう思う事が、何度もあったよ。
でも、アキトは何時も皆を励ましてくれた。
リョーコちゃん達の訓練にも付き合っていたし。
ブリッジの皆にも良くしてくれたね。
それに、コックとしても頑張っていたよね。
私や、他のクルーも全員その事に感謝してるよ。
・・・でも、孤独だったんだ。
そうだよね、何時も頼られてばかりだもんね。
あのアキトの出向していた空白の３ヶ月、本当に辛かった。
何か、支えが欲しくて仕方が無かったよ。
だから解る・・・一人の辛さ、支えの無い不安が。
私達は結局・・・あの時もアキトが帰って来る事を糧に、困難を乗り切ったよね。
アキトはもっと楽な戦い方も。
きっと安全な居場所もあったはずなのに。
なのに、こうしてナデシコに帰ってきてくれた。
だから、私や皆がまた頼った。
今回の事件も、アキトが帰ってきてくれなければ、全員殺されていた。
それは断言出来るよ。
・・・アイツの目は私達を人として、見ていなかった。
今、思い出しても身体が震える。
私達が、もっとしっかり艦内をチェックしていれば・・・こんな事にならなかった。
そしてアキトは、そんな人達と今まで一人で戦ってきたんだね。
きっと、影では色々と大変な事もあったんだ。
そう、私達の知らない所で・・・
だって、アキトは優しい人だから。
私達に心配をさせないように、一人で頑張ってたんでしょ？
・・・でも、サポートをする私達は不甲斐なかった。
実力差・・・どうこうじゃない。
心構えで既に失格だ。
私はさっきもアキトを頼って、格納庫に来ていた。
そして今も、アキトが震えているのに何も言えない。
「・・・怖かったんだ。」
「アキト？」
「・・・前回は全てを失った。」
「・・・」
私はアキトの独白に黙って耳を傾ける。
その言葉の意味は解らないけど・・・
私には想像も出来ない、深い悲しみと嘆きを感じたから。
そして思い知らされた、アキトも完璧な人間じゃないんだ。
私と同じ、悩んで傷ついて・・・そして、今のアキトがいるんだ。
「繰り返したく無い。
もう・・・無くしたくない。
そう、決めたから。」
搾り出すようなアキトの声。
「・・・うん。」
私は一つだけ頷いた。
頷くくらいしか、出来なかった。
そして、アキトは私を解放した。
「御免、ちょっと混乱しちゃって。」
頭を掻きながら笑うアキトは・・・何時ものアキトだった。
でも、私のアキトを見る目は変わったと思う。
いや、変わらざるを得ない・・・
あんなアキトを見たのだから。
「へへ〜、ルリちゃん達に見つかったら大変だよ。」
「あ、ああ、そうだな・・・もう、遅いみたいだけど。」
「ほえ？」
アキトの視線は私の後ろを見ていた。
そして私が振り返って見たものは・・・
「・・・アキトさん。」
「・・・な、何かなルリちゃん？」
「ラピスが待ってます。」
「あ、そ、そうだね。」
「・・・でも、その前に。」
「その・・・前に？」
パチン！！
ルリちゃんが指を鳴らすと・・・
ザザッザッ！！ × １１
・・・何処からともなく皆が現れた。
いや、本当に何処にいたんだろ？
一瞬にして、アキトは皆に包囲されていた。
「取り敢えず・・・詳しい事情を聞きましょうか。」
ルリちゃんの視線は・・・マジだった。
思いっきり、私も睨まれたし。
・・・まあ、他の皆からも睨まれたけどね。
ふ、ふん！！ 今は私からのアプローチじゃないもん！！
アキトが私を抱き締めたんだからね！！
取り敢えず虚勢を張ってみる。
・・・言葉に出すのは、怖くて絶対に出来ないけど。
「ル、ルリちゃん？
・・・お手柔らかにお願いします。」
アキトが頬を引き攣らせながら、ルリちゃんに頼んでる。
そして、ルリちゃんの返事は・・・
「それは、アキトさん次第ですね。
では皆さん、何時もの部屋に・・・ラピスも待ってますよ。」
「い、何時もの部屋って！！
お、おい皆して俺を何処に連れて行くつもりなんだ〜〜〜〜〜〜！！」
ゾロゾロ・・・ × １２（女性１１人 男性１人）
「お〜〜〜〜〜い・・・」
「黙って来るんだ、テンカワ！！」
「そうよ、アキト君！！」
ギャ〜！！ ギャ〜！！
アキトは連れて行かれた。
・・・何故か、私の頭の中ではドナドナがエンドレスで流れていたりした。
「・・・艦長。」
「な、何かなルリちゃん？」
その場に一人残っていたルリちゃんが、私に声をかける。
その視線には・・・怒りの感情が？
「アキトさんの・・・本当の素顔を見ましたね？」
「あ・・・うん。」
「なら・・・これから先のアキトさんへの甘えは、私が許しません！！」
「！！」
ルリちゃんから、凄い気迫を感じた。
私の、アキトへの甘えを一喝したルリちゃんに。
・・・私は、アキトと同じ深い悲しみと怒りを感じた。
「艦長は・・・それだけ恵まれた立場にいるんです。
ここから先は、御自分の足で進んで下さい。
でなければ・・・アキトさんの隣を歩く資格は。
艦長には、いえユリカさんには有りません。」
そう言い残して、ルリちゃんはその場から歩きだした。
そして・・・廊下の曲がり角で一度だけ私を見て。
「・・・私には、アキトさんは弱音を吐いてくれませんから。」
今度は羨望の眼差しで私を見ながら、ルリちゃんはそう言った。
後には、呆然とした表情の私だけが残されていた。
アキトとルリちゃんの間に、何かがあるのは確かだ。
・・・私の知らない何かが。
そして、ルリちゃんは私が恵まれていると言った。
そう、ルリちゃんの視線には嫉妬じゃない、羨望の感情もあった。
「私は・・・恵まれているの？
解らないよ・・・全然解らないよルリちゃん、アキト・・・」
何故か、打ちのめされた気分の私がいた。
一つ確かな事は・・・私は変わらなければ、アキトの隣には絶対に立てないという事。
今の私はルリちゃんの相手では・・・無い。
廊下を歩く・・・
「あ、先輩！！
結局侵入者は見つかったんですか？」
コツコツコツ・・・
色々な事が頭に浮かぶ。
アキトの辛そうな顔、ルリちゃんの羨望の顔・・・
「先輩！！ 一緒に食堂にでも行きませんか？
何だか今回、私は全然関与出来なかったんですよ。
詳しい事情を教えて下さい。」
私に出来る事。
私がアキトにしてあげれる事・・・
そんな事が、本当にあるんだろうか？
「・・・先輩。
解りました、今日は引き下がります。
でも、何時か一緒に食事をしましょうね！！」
ルリちゃん・・・ルリちゃんは私に何をしろと言うの？
ルリちゃんにさえ反論出来なかった私に・・・
「あ、あれ？
誰かが私に話し掛けていた様な、気が・・・」
辺りを見ても人影は無い・・・
どうやら気のせいだったようだ。
そして、私は再び歩き出した。
何となく・・・私が足を運んだのは医療室だった。
あ、そうだ。
あの時に怪我をした人の、具合を聞いておかなくっちゃ。
シュン！！
「失礼しま〜す・・・って、どうして地面に寝てるのジュン君？」
「ユ、ユリカ〜〜〜・・・」
「あら、艦長じゃない。」
・・・確か、アキトを連行する皆の中にイネスさんがいたよね？
注射器を持って笑ってたもん、だから見間違えるはず無いし。
アキト無事かな？
・・・深く考えると怖いから、想像するのは止めておこうっと。
「ジュン君・・・ベットは空いてないの？」
「どうもこうも・・・ベットが足りないのよ。
敵さんは全員見事な腕前の様ね、確実に急所を攻撃してるわ。
こんな傷を見るのは・・・」
「アキトくらい・・・だろ、イネスさん？」
包帯で首から腕を吊るしているナオさんが、私達の会話に参加してきた。
・・・ナオさんは良く見ると、体中に包帯が巻かれている。
「その通りよナオ君。
で、君の傷はかなり安静にしておくべきなんだけど？」
イネスさんが醒めた目でナオさんを睨んでる。
「俺としても、ベットでゆっくりと寝ていたいんですけどね。
まだ非常警戒態勢は解かれていないし、見回りを止める訳にはいかんでしょ？」
トレードマークのサングラスを、背広のポケットから出しながらナオさんはそう言った。
「ま、その通りだけどね。
それじゃあ艦長、まだ非常警戒態勢は解けないの？」
ナオさんのその言葉を聞いて・・・私は自分がつくづく、楽天的だと思い知った。
重症を押してまで警備に当たろうとするナオさん。
冷静に自分の仕事をこなしているイネスさん。
・・・この二人に比べて私は？
ピッ！！
「ルリちゃん、艦内の状況は？」
私はコミニュケでルリちゃんと連絡を取る。
『はい、ウリバタケさんより爆弾の撤去完了の報告を貰いました。
また艦内に不審人物の反応はありません。
非常警戒態勢、解きますか？』
「うん、お願い。」
『了解しました。』
何時の間にか慣れてしまっていた、非常警戒態勢のサイレンが止まる。
レベルは最小だったので、それ程勘に障る音量ではなかった。
・・・けど、私はその事を忘れていい立場ではない。
ドサッ・・・
その音を聞いて顔を向けると・・・
ナオさんが再びベットに横たわっていた。
「あいてててて・・・無理はするもんじゃないな。」
「当たり前でしょ、一番の重症は嘘じゃないんだから。
だいたい歩くだけでも激痛が走るくせに、鎮痛剤を打つのは止めろなんてよく言うわね。」
「しょうが無いでしょうが、鎮痛剤が効いて眠ってる間に敵が来たらどうするんです？」
「今はアキト君がいるわよ。」
「・・・そりゃそ〜だ。
って、その注射器の中身は本当に鎮痛剤ですか？ イネスさん？」
「さあ？」
さ、さあって・・・イネスさんの顔が怖いの・・・・
注射器の中身は濃い緑色だし。
御免なさい！！ 私にはナオさんを助ける力は無いの！！
プスッ！！
「ちょっと待った〜〜〜〜〜〜・・・・（バタ！！）」
「ふっ、他愛の無い・・・」
「こ、殺しちゃったんですか？」
恐る恐る、イネスさんに確認をする私。
「あのね、私を何だと思ってるの？
・・・寝てるだけよ、これ以上無茶をしたら本当に危険だわ。」
馬鹿なんだから、さすがアキト君の親友ね。
そう言い残して、イネスさんは他の患者の手当てに戻った。
私は・・・静かに眠るナオさんを見ていた。
ナオさんは・・・本当にプロだった。
最後までアキトの依頼を見事にこなしていた。
なら、私は？
今までアキトの役に立てた事があった？
皆、それぞれの分野で精一杯頑張ってるのに。
私は・・・私は状況に、ただ流されているだけじゃないのだろうか？
暫くすると、リョーコさん達が医療室に入って来た。
「ほら、リョーコ！！
まったく、リョーコも結構怪我をしてるんだからね。
どうして大人しく出来ないのよ？」
そう言うヒカルちゃんの頭にも、包帯は巻かれていた。
「うるせ〜、テンカワが悪いんでぇ〜」
「もうそろそろ、限界ね。」
イズミさんの言葉を合図に。
ドタッ・・・
リョーコさんは床に倒れた。
「うぅぅ・・・」
「あ〜あ、こんな姿絶対にアキト君には見せられ無いよね。」
「ま、ここまで頑張った根性は凄いわ。」
「同感、同感。」
そ、そんな状態でアキトを問い詰めに来てたの、リョーコちゃん？
・・・そっか、それだけ想ってるんだ、アキトの事。
そして、イネスさんの診察を受け。
リョーコちゃんは自室に帰っていった。
ヒカルさんとイズミさんに引きずられながら。
「さて、と艦長は何時までココにいるつもり？」
「あ、邪魔・・・ですか？」
「邪魔ね。」
そんな、即答しなくてもいいじゃないですか。
私は潤んだ目で、イネスさんに抗議をした。
「でも、今は手が空いてるから、少し位は話を聞いてあげるわよ。」
「ほ、本当ですか？」
「嘘よ。」
「・・・」
「冗談。」
「・・・どれが？」
「全部。」
えっと・・・話を聞いてくれるのが嘘で、それは実は冗談で、結局全部・・・何、それ？
「何を混乱してるのよ、早く話さないと次の患者が来ちゃうわよ。」
頭を捻っている私を見て、イネスさんは笑いながらそう言った。
もしかして・・・遊ばれてるの、私？
「じゃ、今日気が付いた事から・・・」
「はいはい。」
そして、結局私は２時間も医療室に閉じこもっていたのだった。
「ミ、ミリア〜〜〜〜〜〜〜♪」
「煩い（ゴスッ！！）」
「ぐはっ！！（・・・ドテッ））
「ナ、ナオさん、って重症だったんじゃ（汗）」
「精神的に幸福そうだからいいのよ。」
「そ、そうなんですか（大汗）」
「たっだいま〜♪」
「お帰りなさい、艦長。」
ブリッジに帰って来た私を、ルリちゃんが迎えてくれた。
・・・相変わらず不機嫌そうな顔だけど。
「あれ、メグちゃんは？」
「・・・」
シィィィィィィンンンンン・・・
何故かブリッジに沈黙が落ちる。
「あ〜、つまりですな艦長。」
「はい、何でしょうプロスさん？」
私の背後からプロスさんが声をかけてきた。
「実はメグミさんとテンカワさん、それにラピスさんは一足先に月に行かれたのです。」
「は？」
「くっ！！ ハルカ ミナトさえいれば、私が着いて行ってたのに！！」
そう言って、ミナトさんの席でしきりに悔しがるエリナさん。
「私だって！！ メグミさんとのジャンケンで負けなければ！！
うううううううう・・・アキト〜〜〜〜〜！！」
そう言って、サラちゃんが自分の席で不貞腐れていた。
「・・・嘘？」
やっと私の脳は現状を理解した。
・・・つまり、また私達は置いてきぼりにされた訳だ。
「嘘じゃ無いです。
・・・どうやら、お仕置きが甘かったみたいですね。」
フフフフフ・・・
そう言って静かに笑うルリちゃん。
・・・どうやらルリちゃんにも秘密で、アキト達は月に向かったらしい。
結構・・・命知らずだったのね、アキト。
冥福をお祈りしてるわ・・・
だって、今の私じゃルリちゃんに勝てないもの。
「いやはや・・・この雰囲気には参りますな〜」
「いや、本当にね。」
「副提督はどう考えます？
あの木星蜥蜴の事について。」
「・・・真実は時がくれば暴かれる。
嘘で塗り固めていても、何時か白日の元に晒されるもんさ。」
「名言ですな。」
「どちらにしろ、今は主人公が不在だ。
敵さんの目的が、ナデシコや相転移エンジンにあるのなら・・・アキトの判断は正しいだろう。」
「確かに・・・今の月面で木星蜥蜴と戦えるのは、テンカワさんだけですな。」
「おや、否定しないのかい？
ネルガルが軍に内緒で、相転移エンジンを積んだ戦艦を作っている事を。」
「そちらこそ、テンカワさんにもう報告を聞いてられるんでしょう？
・・・木星蜥蜴の秘密と一緒に。」
「さてさて、真相は月で暴かれる・・・ってね。」
「はいはい、結局テンカワさんの読み通りですか。」
「・・・そうだな、馬鹿野郎が無理ばかりしやがって。」
「・・・そうですな。」
背後ではそんな会話がされていたが。
私達は口喧嘩に熱中していた。
そして、ナデシコはアキトに少し遅れながらも、月へと到着した。
「・・・僕達の存在って（泣）」
「泣くなハーリー君！！
・・・俺だって隊長に忘れられてるんだぞ。」
「・・・むう。」
「「いたのか（いたんですか）！！ ゴート（さん）！！」」