< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、一人減った分だけ出力が上がってるね。」

 

「・・・」

 

「もう少し嬉しそうな顔をしたら?

 確実に君は性能アップをしてるわけだし。

 余計な足手まといも減ったんだしね。」

 

  ガシィ!!

 

「おっと、僕に手を出すのは御法度だろう?

 制約機構が働いて、意識がブラックアウトしちゃうよ。」

 

「・・・くっ!!」

 

「まったく、草壁中将と君達の飼主との仲が険悪になって、僕としては肩身が狭いのに。

 なのに僕はここに残って、君達のメンテナンスをしている。

 本当、優しいよね僕って。」

 

「・・・」

 

「またお得意の無表情かい?

 君のその顔も飽きてきちゃったよ、今度整形でもしてみようか?

 エル君の時みたいにさ。」

 

「・・・無駄口を叩かずに早く仕事をしろ。」

 

「はいはい。」

 

 

 

 

 隣の会話が嫌でも私に聞えてくる。

 そのたびに、自分の心に見えないナイフが突き刺さる。

 Dの身体をチェックをしながら、あの男が楽しげにボードに何かを記入している。

 

 そして、私は―――動かない身体に絶望しながらも、耳を塞ごうと無駄な努力をしている。

 

 あの男には悪気は無い。

 自分の思った事を、そのままストレートに口にしているだけだ。

 だが、その言葉により私は確実に傷付いていく。

 見えない傷となって、それは心に残り続ける。

 

 そして、その傷が癒えるような時間は私には残されていない・・・

 

「でもさ、僕の技術が無かったら、クリムゾンの技術力だけじゃあ君達は死んでたんだよ? 

 寿命が二年間だけとは言っても、延びた事に感謝をしてほしいよね。」

 

 ボードに素早く何かを書き込みながら、Dにそう話し掛ける。

 

「貴様は・・・ただ実験材料が欲しかっただけだろうが。」

 

 Dの返事を聞いて―――少し驚いた表情をしながら、ボードから顔を上げる。

 

「何を今更言ってるんだい?

 世の中はギブ アンド テイクが基本じゃないか。

 僕の技術を提供する代わりに、君達の身体を貰ったんだから。

 それにね、身近なところに実験に適した材料が無かったんだよね。

 木連は本当に人口問題が深刻なんだよ・・・困ったもんさ。」

 

「所詮、貴様にとって俺達など―――」

 

「モルモットだよ?

 今更確認する必要なんてないでしょ?」

 

 人を見る目じゃ無い・・・

 私達の生い立ちを知っていても、ここまではっきりと言い切った科学者はいなかった。

 なのにこの男はそれが当然だというように―――

 

「おや、エル君が泣いてるよ?

 最低限の身体機能以外は、全て停止しているはずなんだけどな?

 もしかして、また故障かい?

 いい加減にして欲しいよね。」

 

 そう言って、男は―――山崎は私の方を見て首を傾げた。

 動かない自分の身体が、心底恨めしかった。 

 

 そして、変えようのない運命が―――憎らしい。

 

 

 

 

 

 

「アレを見てどう思った、万葉ちゃん?」

 

 私が話し掛けると、万葉は難しそうな顔で画面を睨んだまま―――返事を返してきた。

 

「・・・無茶苦茶だ。

 何だか存在を疑いたくなるな、あそこまで非常識だと。

 殆ど小説やマンガの世界の住人に思えてきた。」

 

 両手を上げて・・・お手上げのポーズをする万葉ちゃんだった。

 少し前の万葉ちゃんなら、こんな態度は絶対にとらなかったのに?

 

 ・・・何かあったんだろうか?

 

「百華、お前もこの―――」

 

 と言って、人差し指で『ブローディア』と呼ばれる機体を指差す万葉ちゃん。

 私達は二人で舞歌様に貸してもらった記録映像を見ていたのだ。

 他の皆は、一度見ただけでもう充分だと・・・青い顔で言ってた。

 

 まあ、北斗殿だけが嬉しそうな顔をしてたけど。

 

「テンカワ アキトに私と一緒に挑んだ身だったよな。

 ・・・お互いに無謀な事をしたものだ。」

 

 ああ、ピースランドでの事か。

 私は万葉ちゃんが言っている事をやっと理解出来た。

 

 確かに今考えてみれば・・・凄く無謀な事をしたものよね。

 まさかテンカワ アキトが素手の格闘戦でも、あんなに強いとは思わなかったもんね。 

 本当に北斗殿と互角に戦っちゃうんだもん。

 信じられない腕前よね。

 

「でもでも、格闘戦と機動戦は関係ないんじゃないの?」

 

「確かに関係は無いかもしれないが・・・まだ格闘戦の方が可愛気があるぞ。

 少なくとも問答無用で消滅させられる事は無いからな。」

 

 でも、『昂氣』を使われたら身体に触れる事も不可能だと思うけど?

 

 と疑問に思ったけど、万葉ちゃんの頭の中ではどうやってあの桁外れな攻撃を避けるかで一杯みたい。

 桁外れな攻撃―――攻撃目標を強制的に相転移させて、消滅させる事。

 舞歌様の説明では、事実上防ぐ事は不可能らしい。

 北斗殿はそんな攻撃を出す余裕は与えない、と断言されてた。

 でも、私達が相手なら?

 

 ・・・防ぐ術も、逃げる術も無いじゃない。

 

 それを思い至った他の皆は、青い顔で自室に帰っていった。

 万葉ちゃんだけが、青い顔をしながらでも舞歌様に例の記録画像を貸し出して貰ったのだった。

 

 私は他の皆の暗い雰囲気に馴染めず、万葉ちゃんの後をつけてきたのだ。

 

「一撃が全てか・・・それを避けられれば、私に勝機は無い。」

 

「無駄だと思うな〜、そんな事を考えるより一目散に逃げる方が建設的だと思うよ?

 皆して別々の方向でね。

 そうすれば、少なくとも半数は生き残れると思うよ。

 最初の一撃を凌げれば、当分あの武器は使えないと思うから勝機は生まれるね。」

 

 私の意見を聞いて、顔を顰める万葉ちゃん。

 

「百華・・・その癖を止めろと、何度舞歌様や千沙に言われた?

 お前はもう昔の暗殺者ではない、皆が生き残る方法を考えるんだ。」

 

「・・・は〜い。」

 

    バフッ!!

 

 そう言って、万葉ちゃんのベットに寝転ぶ私・・・

 確かに私の生い立ちは変わっている。

 万葉もその点では似たり寄ったりだけど、私の場合は暗殺者として教育を受けてきた。

 両親が誰なのかは、当然知らない。

 物心がつく頃には、既に二桁の人を殺していた。

 言ってみれば、私は北斗殿の複製品だったらしい。

 

 北斗殿の成功に気を良くしたあの科学者が、私を使って更に複数の人格を意図的に作ろうとした。

 そこで枝織様の時と同様に、舞歌様に私の教育を委ねたのだった。

 だけど、枝織様の事で警戒をしていた舞歌様は―――徹底的に私を普通の女の子として扱った。

 何時の間にか、暗殺者としての意識は無く・・・

 極々普通の女の子として生活をしていた。

 そんな私を見て、あの科学者は私を捨てた。

 最早使えない道具と判断されて、裏の組織からも捨てられた。

 

 そして、居場所の無くなった私を引き取ってくれたのは―――舞歌様だった。

 

 だけど、幼少の頃から鍛えられた身体能力は健在だったので。

 私は舞歌様の指揮する優華部隊に入隊する事を望んだのだった。

 舞歌様のお屋敷で、普通の女の子として生活する事も出来たけど・・・

 私は舞歌様の手助けがしたくて、結局我儘を押し通したのだ。

 

 でも、時々自分の考えがやはり異質だと感じる事がある。

 優華部隊の皆はその場で注意をしてくれるけど。

 ・・・先程の様に、無意識の内に仲間を犠牲にする事を前提にして、敵を倒す事を考えてしまう。

 格闘戦もそうだ。

 追い詰められたり、強敵に出会うと―――変に頭が冴えてくる。

 ただの戦闘マシーンに自分が変貌していくのが解る。

 痛みも感じず、疲れも感じない身体。

 何の感情も湧かないままに、人の命を奪えるのだ。

 

 それでも皆はこんな私を嫌わずに、根気良く付き合ってくれている。

 それが嬉しくて―――ついつい甘えてしまうけどね。

 

「だが、囮を使う、か・・・一つの手ではあるが。」

 

「じゃ、囮役は高杉さんに決定!!」

 

 私の元気一杯の提案に・・・

 

「・・・三姫に殺される覚悟があるのなら、舞歌様にそう伝えてもいいぞ?」

 

 万葉ちゃんは冷たい視線でそう返事を返してきた。

 

「・・・取り下げますぅ」

 

 私も三姫ちゃんに薙刀で追いかけられたくは無いです・・・ 

 

 

 

 

 

 

「・・・何処に行くつもりなの、京子?」

 

    ビクッ!!

 

 私の声を聞いて、暗闇に溶け込み部屋の扉に向かっていた京子の身体が止まる。

 この私を誤魔化せるほどの気殺の達人は、今のところ三人しか知らない。

 

 一人目は北斗殿(枝織様)

 二人目はテンカワ アキト

 三人目は・・・意外かもしれないけど、源八郎さんだった。

 

 私と源八郎さんは、3つ年の差が有る幼馴染。

 家同士の付き合いがあったので、幼少の頃からの付き合いだった。

 そして源八郎さんも木連の男児として、当然のように木連式柔を習うように・・・

 私は我が家に伝わる暗殺術を修行させられた。

 その為に人の気配を読む事に関しては、幼い頃からかなりの実力を持つに至った。

 

 ・・・あと、薬の調合に興味を持ってから科学に興味を持ったのよね。

 その実験体として選ばれたのが―――

 

『飛厘、その怪しい丸薬は何だ?

 と言うか、どうして俺に向かって差し出す?』

 

『え? これの事ですか?

 お爺様が秘蔵にしていた丸薬を、こっそりと持ち出しだしたんだけど?』

 

『お爺様って・・・確か、毒薬の配合が得意な・・・』

 

『大丈夫ですよ、だってラベルには何も書かれていませんでしたから。』

 

『それでは余計に信用出来んわ!!』

 

 ・・・でも、無理矢理飲ませたのよね。

 あの頃の源八郎さんは、凄く素直な人だったわ。

 

 結果―――まあ、源八郎さんが丈夫な人で良かった。

 お爺様にも怒られて、私は少し大人しくなった。

 

 ・・・少し、ね。

 

 でもあれ以来、源八郎さんは私の前から気配を殺す努力をしだしたのよね。

 それも素質があったらしくて、立派な体躯をお持ちなのに見事に気配を断ってしまうんだから。

 余程、あの体験が忘れられなかったのね・・・

 

 お陰で私の好奇心が満たされる機会が、大幅に減ってしまったわ。

 ナデシコのイネスさんには、あんなに沢山の優秀な協力者が居るのにね。

 

 と、回想はもういいわね。

 京子が固まったまま、涙目で私を見てるし。

 

「行き先は予想が出来るけど。

 ・・・あまり感心出来ないわね。」

 

「でも〜、直ぐそこに月臣さんがおられるんです。」

 

 両手を組んで、私に嘆願のポーズをとる京子・・・

 男性相手には強力な武器になるかもしれないけど、私には効かないわよ?

 

「幾ら近くても、間に真空が挟まってるけどね。」

 

 努めて冷静な声で京子の行動を諌める私だった。

 放置しておいたら、宇宙服一つで月臣少佐が乗られている艦まで飛んで行きかねない。

 戦艦サイズでの直ぐそこなど、実際の距離に換算すればとんでも無い距離になる。

 また、だからと言って本当に私用で『氷神皇』を使われては、他の面々に示しがつかない。

 

 なにより・・・私も、源八郎さんに会いたいのを我慢してると言うのに!!

 何だか凄く腹立たしい気分になってきた。

 

「ねえ、京子?」

 

「な、なにかしら?」

 

 私の猫なで声に、身の危険を感じて逃げ腰になる京子。

 だが、私の追撃は終らない・・・

 

「実は試してみたい新薬が二つ三つあるんだけど?」

 

「おやすみなさい。

 寝不足は美容の敵ですからね。」

 

 ちっ・・・素早い。

 

 

 

 

 

 

「三姫!! 流石にそれは無茶だ!!」

 

「離して万葉!!

 私は高杉さんに会いにいく!!」

 

「ああ〜〜、暴走するんじゃない!!

 百華!! 手伝え!!」

 

「無理だって!! こっちも千沙ちゃんを引き止めるので精一杯だよ〜!!」

 

「私は九十九さんに一言伝えたい事が〜〜〜〜〜〜!!」

 

「「いい加減にしろ(して)!!」」

 

 

 

「なあ、零夜・・・どうしてこんなに騒がしいんだ?」

 

「・・・北ちゃんには関係無いことだよ、うん。」

 

「そうなのか?」

 

 

 

 

 

 

「今回の作戦の結果を・・・どう思う、お前達?」

 

 俺は自分の艦に招いた、元一郎と源八郎に意見を問う。

 

「・・・どうにもこうにも、誰かの掌の上で踊らされている気分だ。」

 

「案外、その通りかもしれんぞ元一郎。」

 

 忌々しそうに呟く元一郎に、源八郎が同意する。

 そして、それは俺も同じ意見だった。

 

「実際のところ・・・これで舞歌殿の立場はさらに悪くなった。

 俺達の行動を止めるだけではなく、草壁中将の作戦を止め様としたんだからな。

 俺達の失態を全軍に示し、舞歌様の名を地に落とす・・・

 まさに、一石二鳥となったな。」

 

「やはり、排斥派か?」

 

 源八郎の意見を聞いて、俺がその真意を問う。

 

「ほぼ間違い無いだろう。

 木星にも間違い無く和平派は存在する。

 今回の挙兵に反対した実力者も多い。

 だが、それを説き伏せるだけのカリスマと世論の流が草壁中将にはあった。」

 

 源八郎の言葉の後を、俺が継ぐ・・・

 

「最初の頃は火星を奪還し、地球にもかなりの『正義の鉄槌』を下せた。

 だが、ナデシコの登場により全てのバランスが崩れ出した。」

 

 その言葉を聞いて、二人が黙り込む。

 一体、この戦争の裏で蠢いているモノは何なのだ?

 俺達は何時の間にか、その不可解なモノに操られているのではないのだろうか?

 

 既に俺達には、この戦争が過去の遺恨によるものだとは信じられなくなっていた。

 その一番の理由としては、草壁中将の考えておられる事が全然理解出来ないからだ。

 

 何故、これほどまでに戦争に拘るのだろうか?

 物量戦になれば、我々が不利な事は一目瞭然である。

 草壁中将ともあろう御方が、その事を忘れるとは思えない。

 

 今、我々と地球人が考える事は・・・和平ではないのだろうか?

 

「そもそも、ナデシコに使われてる技術の数々は我々の技術に似ている。

 いや、数段上と言ってもいいだろう。

 だが、どうして突然にそんな技術が発生したのだ?

 今まで無人兵器にすら全然歯が立たなかった軍隊を保持していた地球人に。

 俺達には木星のプラントがあった。

 ならば地球側にも・・・」

 

 源八郎が自分の考えを整理するように話を進める。

 

「まさか、地球にも似たような施設が存在すると言うのか!!」

 

 その言葉を聞いて、元一郎が激昂する。

 

「落ち着け元一郎・・・あくまで可能性の話だろう? 源八郎?」

 

「ああ、そうだ。

 だが・・・仮にプラントと同じ施設があったとしても、だ。

 ―――あの男の存在は異質すぎる。」

 

 源八郎が言っている「あの男」が誰なのかは、俺達には直ぐに解った。

 だが、俺達には何も言える事は・・・無い。

 

「お前達はそれぞれ一度は戦ったのだろう?

 どんな感じの男だったのだ?」

 

「あんなものは戦闘とは言わん。

 認めるのは屈辱だが―――俺達が相手では、その実力の10分の1も使っていないだろうよ。」

 

 悔しそうな表情で、そう吐き捨てる元一郎。

 優人部隊としてのプライドが高いぶん、あの男との圧倒的な実力差が悔しいのだろう。

 

 だが実際のところ、木連中の兵士の中で唯一あの男と戦える人物は―――

 

「『漆黒の戦神』対『真紅の羅刹』、か。

 類稀な実力を持つ者同士だ、その戦いを間近で見てみたいものだな。」

 

「何を呑気な事を言っている。

 まあ、俺にもその気持ちは解らんでもないが・・・

 今の問題は俺達が今後和平を進めるかどうか、だろう?

 それに―――」

 

 そこで言葉を濁す源八郎・・・

 こいつの性格からいって、発言を途中で躊躇うなど珍しい事だ。

 

「どうした、源八郎?」

 

 元一郎も不審に思ったのか、源八郎を問い質す。

 

「いや・・・実はどうも三郎太の事が気掛かりでな。

 何故、アイツはあんなに変わってしまったんだ?

 それも―――ナデシコとあのテンカワ アキトが登場した時期と一致する。」

 

「それは―――」

 

「まさか―――」

 

 俺と元一郎の言葉が尻すぼみになっていく・・・

 誰しも身近な知人に疑惑など持ちたくは無いものだ。

 

「俺も、あの三郎太が裏切り者だと思いたくは無い。

 だが、アイツの行動は余りに不審な点が多い・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 それっきり、俺達は黙り込んでしまった。

 一体、この戦争は今後どの様に展開していくのだろうか?

 

 そして、その時俺が取るべき行動は―――何なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話 その3へ続く

 

 

 

 

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